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『日本国語大辞典』をよむ―第15回 外来語今昔

2017年 8月 27日 日曜日 筆者: 今野 真二

第15回 外来語今昔

 『日本国語大辞典』をよんでいるとさまざまな外国語、外来語が見出しとなっていることに気づく。

アボストロン〔名〕(語源未詳)江戸時代に用いられた吸い出し膏薬の一つ。アボス。

 『日本国語大辞典』第1巻の冒頭に置かれている「凡例」「見出しについて」には、「和語・漢語はひらがなで示し、外来語はかたかなで示す」とあるので、この「アボストロン」は外来語とみなされていることがわかる。しかし「語源未詳」とあるので、どんな外国語に基づく語であるかはわかっていないということだ。

 「吸い出し膏薬」がすでにわかりにくい語かもしれないので、『日本国語大辞典』を調べてみると、「腫物(はれもの)・でき物の膿(うみ)を吸い出すためにはる膏薬。吸膏薬。すいだし」とある。

 「アボストロン」の使用例には「浄瑠璃・御所桜堀川夜討〔1737〕」と「譬喩尽〔1786〕」があげられているので、江戸時代には確実に使われていた語であることがわかる。『譬喩尽(たとえづくし)』は松葉軒東井(川瀬源之進久寛)がことわざや慣用句の類を集めていろは分けに編集したもので、8巻8冊の書である。18世紀後半の言語文化の格好の資料としてよく使われている。この『譬喩尽』に「阿慕寸登呂牟(原本振仮名:あぼすとろむ) 蛮語也」とあるので、異国の言語という認識はあったことがわかる。この「アボストロン」の省略語形と思われる「アボス」も『日本国語大辞典』には見出しとなっている。その使用例として「語彙〔1871~84〕」があげられている。『語彙』巻3には「あぼす [俗] 吸出膏薬(原本振仮名:スヒダシカウヤク)の/名なり」とある。そしてこの『語彙』の記事が(おそらくは)『言海』に受け継がれる。『言海』には「アボス(名)〔蘭語ナルベシ〕吸出シノ膏薬ノ名」とあって、大槻文彦はオランダ語由来の語という「見当」だったことがわかる。『言海』は「アボストロン」は見出しとしていない。改めて調べてみるまでもないように思うが、例えば、「新語に強い」ことを謳っている『三省堂国語辞典』第7版は「アボストロン」も「アボス」も見出しにしていない。

 『日本国語大辞典』の「アボス」から「アボストロン」までの間には、「アポステリオリ」「アポストロ」「アポストロフ」「アポストロフィー」という4つの見出しがある。いずれも片仮名で書かれているので、外来語ということになる。「アポストロ」は「キリシタン用語。キリストが布教のために特に選抜した一二人の直弟子。使徒」と説明されており、これも16世紀末から17世紀初めにかけて使われた外来語ということになる。さて、『三省堂国語辞典』第7版は、というと、同じ範囲に外来語としては「アポストロフィー」しか見出しになっていない。意外に思ったのは、「アポステリオリ」が見出しとなっていないことだ。『日本国語大辞典』は「アポステリオリ」の語義を「(1)スコラ哲学で、認識の順序が結果から原因へ、帰結から原理へさかのぼるさま。帰納的。↔ア-プリオリ」「(2)カントの認識論で、経験から得られたものをさす。後天的。↔ア-プリオリ」と説明している。「ア-プリオリ」は「先天的」だ。『三省堂国語辞典』第7版は「アプリオリ」には「社会常識語」の符号を付け見出しにし、「対義語」として「アポステリオリ」を示すが、「アポステリオリ」を見出しにしない。一貫性という点でどうなのだろうか。

アリモニー〔名〕({アメリカ}alimony)俗に、離婚・別居手当てをいう。手切れ金。

アリモニーハンター〔名〕({アメリカ}alimony hunter)手切れ金を目的に、裕福な男性と結婚しては離婚し、次から次へと男を漁る女性。

 なんか、そんなような事件が日本でもあったような気がしますが、「アリモニー」の使用例には「モダン辞典〔1930〕」が、「アリモニーハンター」の使用例には「改訂増補や、此は便利だ〔1918〕」があげられている。ちょっとわかりにくいかもしれないが、『や、此は便利だ』というタイトルの本があって、その改訂増補版だということだ。

 あげられている使用例からすれば、1918年から1930年頃には使われていた、もしくはそういう語があるということが認識されていたと思われるが、筆者はこの語を耳にしたことがおそらくない。もしもこれらの語が1960年頃にはすでに使われなくなっていたとしたら、50年ほどの「命」だったことになる。こういう「短命」の外来語があることは推測できる。

 『日本国語大辞典』は1972年から1976年にかけてその初版20巻が刊行された。筆者が大学生の頃に使っていたのは、この初版だ。1979年には、縮刷版10巻が刊行された。筆者はこの縮刷版を購入して使っていた。それぞれを「初版」「縮刷版」と呼ぶことにする。

 初版と、今よんでいる第2版とでは、当然のことながらさまざまな違いがある。初版が完結した1976年から、第2版が完結した2002年までの間は27年間もある。日本の社会もずいぶん変化した。当然日々使われる日本語も大きく変化している。外来語の使用には、そうした変化がはっきりと現れる。

 初版に「インターネット」という見出しがないのは「当然だ」と思うだろう。

インターネット〔名〕({英}internet)複数のコンピュータネットワークを公衆回線または専用回線を利用して相互に接続するためのネットワーク。また、それらすべての集合体。当初はアメリカで軍事目的に構築されたが、次第に大学や研究機関でも利用されるようになった。一九九〇年代に入ると地球規模で急激に普及し、一般企業や個人レベルでの情報の受発信に広く使われる国際的なネットワークに発展している。

 この見出しでは語義というよりも、解説にちかい。ちょっと熱を帯びているように感じるのは筆者の気のせいかもしれない。さて、『日本国語大辞典』第2版には見出し「インターン」がある。これをよんで、次は「インターンシップ」かな、と思ったら、「インターンシップ」は見出しになっていなかった。

 江戸時代に使われていた外来語、明治期に使われていた外来語、大正末期から昭和初期にかけての短い時期に使われていた外来語、初版では見出しになっていない外来語、第2版も見出しにしていない外来語など、外来語の変遷も、『日本国語大辞典』をよむと実感することができる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 8月 27日