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シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第八回:トナカイが魚を食べる!?

2017年 11月 10日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第八回: トナカイが魚を食べる!?


雪上に魚が置かれている漁場の風景

 一般的に、トナカイは「草食動物」といわれます。確かに植物食性が強い動物ではありますが、まったく動物等を食べないというわけではありません。彼らにとってたんぱく質も必要であるし、動物性たんぱく質の消化も可能です。野生トナカイも家畜トナカイも、通常、ツンドラゴケや樹木に生えるコケ、草、ベリー、キノコなどを主に採食しますが、まれにレミング(キヌゲネズミ科)等を捕食することもあります。また、動物園ではトナカイに魚粉を含んだ配合飼料が与えられています。そもそも、トナカイは繊維の多い草本を消化するために反芻(はんすう)するので、植物と一緒に自らの第1胃の微生物も食べています。このように、自然は「肉食動物」に対する「草食動物」というように、明確な二項対立にはなっていません。

 さて、トナカイが動物を食べることもあるということが分かったところで、今回は西シベリアのオビ川中流において、トナカイが魚を食べるという興味深い事例を紹介したいと思います。魚を食べるといっても、トナカイが自ら魚を捕食しているのではなく、人間が漁撈(ぎょろう)を行って獲得した魚を家畜トナカイに与えています。なぜそのようなことをするかというと、それはトナカイの群れを管理しやすくするためです。


魚を入れた袋を持つ人を追うトナカイ

 西シベリアには低地が広がり、湖沼が無数に分布し、そのあいだを河川が蛇行しています。その内水面域には淡水魚が豊かに繁殖しています。ハンティたちはその淡水産資源を重要な糧として生活してきました。現在でも森に暮らす人々の多くは家庭で食べるために漁撈を行っています。そうして得た魚の余剰をトナカイに給餌しています。

 基本的にはトナカイは放牧中にツンドラゴケや草を採食しますが、群れが放牧から帰ってきたときや群れを誘導するときなどに、カワカマスやフナ類の淡水魚をトナカイに与えます。与える魚は、生魚、凍った魚、燻製や干し魚です。前回、放牧作業は意外とたいへんな仕事と言いましたが、魚を餌付けすることによって放牧活動がしやすくなります。例えば、群れを牧柵の中に誘導するとき、バケツ一杯の魚を牧柵の中へ投げ入れます。そうするとトナカイたちがスムーズに牧柵に入っていきます。別の例では、特定のトナカイに日頃から優先的に魚を与えておき、そのトナカイ自身に群れを先導させます。この先導トナカイは飼い主の住処に帰れば魚を与えられることが分かっているため、牧夫が放牧した群れを探しに行かなくても、群れを連れ帰ることがあります。


魚を食べるトナカイ

 このように、ハンティたちはトナカイ牧畜と漁撈の両方を営み、豊富な淡水産資源を牧畜に利用しています。この地域ならではの牧畜技術によって、自然界ではなかなか結びつかないトナカイと魚が人を介して結びつくという面白い事象がつくりだされています。

ひとことハンティ語

単語:
読み方:エプセン!
意味:おいしい!
使い方:食べたものがおいしかったときに言います。「Ям!」(読み方:ヤム、意味:良い)だけでも、何か食べたときに使用すれば、「おいしい」という意味になります。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回は「トナカイが魚を食べる?!」という興味深いタイトルです。自ら捕食するのかな、と予想しながら読み進めましたが、トナカイを管理するために人間が余剰を給餌しているのですね。意外な事実でした。次回は12月8日に更新予定です。

2017年 11月 10日