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『日本国語大辞典』をよむ―第26回 いろいろな学問

2018年 1月 28日 日曜日 筆者: 今野 真二

第26回 いろいろな学問

 1月25日に、思い立って、亀戸天神に行った。25日だから天神様の日だが、前日とこの日とは「鷽替え神事」の日である。凶事をうそにして、幸運に替えるということのようだ。また「鷽」の字が「學」の字と似ているから学問の神様である天神様とつながるということもいわれているようだ。「鷽替え神事」のことは知っていたが、なかなか行く機会がなかったので、今年がいわば「初参加」だ。

 それゆえ、行って驚いた。今年は小厄の前厄にあたっていたので、お祓いもしてもらったのだが、その間にどんどん人が増えて、結局2時間ほど並んでやっと、木彫りの鷽をいただくことができた。自分の分の他に、教え子3人の分もいただき、後日渡した。天神様は大事にしたいという気持ちになるので、いろいろな天神様に行った。

 「ミミガクモン(耳学問)」という語は現代でも使う語なので聞いたことがあるだろう。『日本国語大辞典』は「自分で習得した知識ではなく、人から聞いて得た知識。聞きかじりの知識」と説明している。使用例には「書言字考節用集〔1717〕」がまずあげられているので、江戸時代にはあった語だ。「キキトリガクモン」は語釈中に「耳学問」とあり、同様の語義をもつことがわかる。

ききとりがくもん【聞取学問】〔名〕書物を読んだり自分で考えたりしないで、人から聞いたままを覚えているだけの学問、知識。耳学問。ききとりがく。聞き学。

 『日本国語大辞典』をよみ始めて、第1巻で「アタマハリガクモン」という語にであった。こういう語があるのだと思っていたら、次には第2巻で「インコウサデン」という語にであって、ますますおもしろくなった。「キリツボゲンジ」もあれば、「サンガツテイキン」もあり、そのバリエーションもある。

あたまはりがくもん【頭張学問】〔名〕初めのうちだけで長続きしない勉強。

いんこうさでん【隠公左伝】〔名〕(「隠公」は中国、春秋時代の魯の国王。「左伝」は「春秋左氏伝」の略称。隠公元年の条から始まる)左伝を読む決心をしながら、最初の隠公の条で飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。桐壺源氏。

きりつぼげんじ【桐壺源氏】〔名〕(「源氏物語」を、最初の桐壺の巻だけで読むのをやめてしまう、ということから)中途半端でいいかげんな学問、教養のこと。

さんがつていきん【三月庭訓】〔名〕(「庭訓」は「庭訓往来」の略称で、正月から一二月までの手紙の模範文例を集めたもの)「庭訓往来」を手本に書を習う決心をしながら、三月のあたりで、飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。

さんがつていきん公冶長論語(こうやちょうろんご) (「庭訓往来」は三月のところで、「論語」は第五編の公冶長のところで習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

さんがつていきん須磨源氏(すまげんじ) (「庭訓往来」は三月のところで、「源氏物語」は巻一二の須磨の巻のところで、多くの人が習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

 『源氏物語』を「桐壺巻」でやめるのは、飽きっぽいなと思うが、「須磨巻」まで来てやめるのは何か妙にリアルでもある。実際に江戸時代の本をみていると、冒頭から(今でいえば)10ページぐらいにはやたらに書き込みがあるのに、後ろの方は真っ白ということがけっこうある。最初は意気込んでいたんだなあ、とほほえましいが、自分がそうならないようにしないと、とも思う。

 『庭訓往来』について、『日本国語大辞典』は「往復書簡の形式を採り、手紙文の模範とするとともに、武士の日常生活に関する諸事実・用語を素材とする初等教科書として編まれた。室町・江戸時代に広く流布した」と説明している。『源氏物語』や『論語』は現在、高等学校などで習うのでわかるが、この『庭訓往来』や『春秋左氏伝』は現在の学校教育ではほとんど扱われることがないだろう。学問のテキストも変わっていく。そういうことも『日本国語大辞典』を丁寧によんでいるとなんとなくわかってくる。さて「トンデモ学問」はまだまだある。

うめのきがくもん【梅木学問】〔名〕(梅の木は初め生長が早いけれども、結局大木にならないところから)にわか仕込みの不確実な学問。↔楠学問(くすのきがくもん)。

くすのきがくもん【楠学問】〔名〕(樟(くすのき)は生長は遅いが、着実に大木になるところから)進歩は遅くても、堅実に成長して行く学問。↔梅の木学問。

げだいがくもん【外題学問】〔名〕いろいろの書物の名前だけは知っているが、その内容を知らないうわべだけの学問をあざけっていう語。

じびきがくもん【字引学問】〔名〕一つ一つの文字やことばについては知っているが、それを生かして使うことを知らない学問。何でもひととおりのことは知っているが、それ以上の深さのない、表面的で浅い知識。

ぞめきがくもん【騒学問】〔名〕外見ばかりで内容のない学問。虚名を目標にするような学問。

ぬえがくもん【鵼学問】〔名〕いろいろな立場がまじっていて統一のとれていない学問。あやしげな学問。

 いやはや、梅の木、楠から鵼まで、いろいろな学問があるものです。ちなみにいえば「ヌエ」は頭がサル、胴体はタヌキ、尾はヘビ、手足はトラに似て、鳴き声はトラツグミに似るという怪鳥のことです。ここにあげたような語があるということは「がんばりきれなかった」人がいた、ということで、気持ちをひきしめなければと思う一方で、なんか人間ほほえましいぞ、とも思ってしまう。隠公でやめ、桐壺までしか読まなかったとしても、それでもいったん取り組もうとした気持ちは尊いと思う。ちなみにいえば、筆者が大学のゼミで掲げているのは、「きちんと取り組み楽しく卒業論文を書く」ということだ。学問は修行のためにするわけではないので、楽しくなくてはいけないと思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2018年 1月 28日