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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第58回『粉河寺縁起』第二話「長者の家」を読み解く

2018年 2月 21日 水曜日 筆者: 倉田 実

第58回『粉河寺縁起』第二話「長者の家」を読み解く

場面:長者の家に童行者が訪れたところ
場所:河内国讃良郡(さららのこおり)の長者の家
時節:ある年の秋

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人物:[ア]童行者 [イ]門番 [ウ]僧  [エ]片立膝の下部 [オ]矢を背負った下部 [カ]刀を持つ下部 [キ]口取(くちとり) [ク][ケ][コ]里人
建物など:Ⓐ長者の家 Ⓑ丸太の橋 Ⓒ竹藪 Ⓓ板塀 Ⓔ櫓門(やぐらもん) Ⓕ板屋根 Ⓖ屋形 Ⓗ帷 Ⓘ深い溝 Ⓙ親柱 Ⓚ丸太 Ⓛ押さえの丸太
持ち物・衣装など:①袈裟 ②数珠 ③萎烏帽子(なええぼし) ④狩衣 ⑤鹿杖(かせづえ) ⑥・⑨矢 ⑦胸当 ⑧水干 ⑩弓 ⑪刀 ⑫馬 ⑬轡(くつわ) ⑭手綱 ⑮鞭(むち) ⑯面懸(おもがい) ⑰胸懸(むながい) ⑱尻懸(しりがい) ⑲腹帯(はるび) ⑳鞍 韉(したぐら) 鐙(あぶみ) 腰刀 小袖  四角の曲物(まげもの)  口紙  壺 鯉  梨か 唐櫃 朸(おうご)

はじめに 今回は『粉河寺縁起』に描かれた河内国(大阪府)の長者の家の様子を読み解きます。この絵巻は、紀伊国の粉河寺(和歌山県紀の川市)の起源譚と、本尊千手観音の霊験譚の二話を描いています。今回扱うのは霊験譚で、次のような話になります。河内国讃良郡(大阪府寝屋川市)に住む長者の難病の一人娘を、訪れた童行者が祈祷によって治癒させ、娘から提鞘(さげざや。下げ緒付きの小刀)と紅の袴だけを受け取り、粉河で会えることを伝えて去ります。翌春、お礼参りに粉河を訪れた長者一行は、見つけた庵の扉を開けると千手観音がおり、娘の提鞘と袴を持っていたので、童行者はその化身と分かり、一行の人々は出家して帰依したという内容になります。

『粉河寺縁起』の成立 この絵巻は12世紀末の後白河院の時代ころに成立したとする説が有力です。近年では、13世紀中ごろから起こった、紀伊国の粉河寺領と高野山領との境界をめぐる争いが背景にあるとする説が出されています。長者の家のある河内国讃良郡は高野山が権利を持っていた地でした。しかし、粉河寺本尊の霊験によってその住人の病が治癒し、粉河で出家するということで、粉河寺の優位を表したとするものです。讃良郡が高野山とかかわるとしたら面白い説になりますね。

 なお、この絵巻は火災で焼け残ったもので、第一話の冒頭が失われています。山の形になっている部分は焼損のあとになります。かなりの損傷がありますが、それでも地方の生活の様子が分かり貴重な絵巻になっています。

絵巻の場面 それでは絵巻を見ていきましょう。場面は第二話の始めの部分で[ア]童行者がⒶ長者の家を訪れたところです。Ⓑ丸太の橋の上にいる、①袈裟を付け②数珠を手にした垂髪の人物が童行者です。長者の娘の病を聞いて訪れ、③萎烏帽子に④狩衣を着て⑤鹿杖(上端に手をそえる物を付けた杖)を持つ[イ]門番に取り次ぎを頼んでいます。門番は家の中を指差して応接しています。この後、病室に入れられ七日間祈祷をすることになります。娘は三年も病んでいて、これまでの治療の効果もなかったので、長者としては藁にもすがる思いがあったのでしょう。

長者の家 この長者の家は、Ⓒ竹藪の外をⒹ板塀で囲み、Ⓔ櫓門を構えた武士の館を思わせます。櫓門のⒻ板屋根のⒼ屋形には、⑥矢の束が見えていて、ここから武力を行使することになります。この日は問題がないのでしょう、屋形にはⒽ帷が垂らされています。櫓門は、『一遍上人絵伝』巻四の筑前の武士の館や、巻七の京四条京極の町屋などにも描かれています。中世にもなると京内でも武力が必要になっていたのです。『粉河寺縁起』は櫓門が描かれた最も古い史料になっています。

 門前にはⒾ深い溝が掘られていて、これは城の堀と同じ役目をします。溝に渡されたⒷ橋は、両岸に打ち込んだⒿ親柱をつなぐ丸太を渡し、その上にⓀ丸太を横に並べ、固定するためにさらにⓁ押さえの丸太を渡した粗末な作りになっています。争乱になれば、この橋を壊し、敵の侵入を防ぐことができます。

櫓門警護の下部たち 櫓門には法衣の[ウ]僧と警護の下部三人が坐っています。この僧は、もしかしたら娘の祈祷に当たっていたのに童行者が来たので、ここに退避しているのかもしれません。何となくしょぼくれた顔をしていませんか。

 奥の[エ]片立膝の下部は鎧の一種の⑦胸当を⑧水干の下に着込んでいます。手前の⑨矢を背負った[オ]下部は⑩弓を板塀に立て掛け、その手前の[カ]者は⑪刀を膝に置いています。いずれも武装し、事が起きると武力を行使することになります。長者の家の門前は暴力的なのです。不審な人物が来れば、容赦なく殺害することもあったようです。

 橋の右側に坐る男は、[キ]口取(馬の轡を取って引く者)でしょう。⑫馬はいつでも乗れるように馬具一式を装備しています。⑬轡に付けた⑭手綱は木に結わえられ、⑮鞭が差し込んであります。顔の部分の飾りの⑯面懸の他、⑰胸懸と⑱尻懸が付き、⑲腹帯が締められ、⑳鞍は韉と呼ぶ敷物に置かれて、鐙が下がっています。水干鞍(すいかんぐら)と呼ぶ馬具になるようです。この馬も長者の武力の一環になるのです。

里の人々 警護の者たちの他に荷物を運んでいるのは、里人たちです。貢物を運んでいるのです。腰刀を差した小袖の[ク]男は、頭に四角の曲物を載せています。その中には口紙で覆った壺・鯉・梨(あるいは里芋か)が入っています。

 この前を行く小袖の [ケ]男は、唐櫃二つを朸と呼ぶ棒で吊り下げて肩で背負っています。この中にも貢物が入っていることになります。

 門内にも結わえた四角の曲物を担いだ腰刀の[コ]男が見えますね。さらに画面に続く左側にも長唐櫃で運び込まれた山海の幸や米俵が描かれています。

 これらの産物が長者の富になります。里人たちは、武力によって生業を保証される代わりに、様々な貢物が要求されるのです。この長者の家には倉が建てられており、そこに仕舞われます。支配・非支配の構図がここにあると言えましょう。

長者一家のその後 豊かな長者であっても、娘の不治の病は大きな痛手でした。それが千手観音の霊験で治癒したことを知って、一家と郎党たちは出家を遂げています。権力を持ち、冨を得るよりも、仏にすがる道を選んだのです。こうした人物を描いて霊験あらたかな粉河寺の縁起にしているのです。

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【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』編者、『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)、『平安大事典』(編著、朝日新聞出版)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』編者および『三省堂 詳説古語辞典』編集委員でいらっしゃる倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」。前回から、貧乏貴族や庶民の生活を主に取り上げて頂いております。月1回のペースで連載の予定ですので、引き続きご愛読ください。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

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2018年 2月 21日