シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十二回: ハンティのハンティング

筆者:
2018年3月9日

キツネ用の罠(わな). キツネをおびき寄せるための魚が中に仕掛けられており、周辺には罠にはいることをためらったキツネの足跡が見える(2012年ヌムトにて撮影)

ハンティが利用する動物は、これまで紹介してきた家畜トナカイや淡水魚ばかりではありません。家畜飼養や漁撈(ぎょろう)だけでなく、森の中で動物を捕獲し、その肉や毛皮を利用しています。このように、それぞれ居住地の自然・社会環境に合わせて複数の生業を営み、生活することを生業複合といいます。森に住むハンティは、漁撈とトナカイ牧畜、狩猟、採集、ジャガイモ栽培(半定住の場合)の生業複合を営んでいます。

ハンティが主に利用している野生動物は、哺乳類ではヒグマ、クズリ、アカギツネ、キタキツネ、イタチ、テン、オコジョ、ミンク、カワウソ、野生トナカイ、ノウサギ、リス等、鳥類ではガン、カモ、ハクチョウ、ライチョウ等です。これらの鳥類には下位分類があり、種によっては国際条約、国・地方行政で狩猟対象としてはならない種が定められていたり、狩猟数が制限されたりしている場合もあります。ハンターたちはそれらを注意深く見極めて狩猟します。

彼らの狩猟の方法には、罠を仕掛ける方法と銃を使用する方法があります。どちらの猟方法にせよ、ハンティの狩猟は基本的には「待ち」です。漁撈で網や筌(うけ)を仕掛けたり、釣り糸を垂らしたりして、魚がかかるのを待つのと同様に、狩猟においても罠を仕掛けて獣を待ちます。罠の素材は木材ですが、獣の種類によって罠の形状は異なります。住居から徒歩圏に罠を設置したのち、数日から1~2週間に1回の頻度でそれを見に行きます。冬季にはすぐに罠にかかった獲物が凍結するため、毎日見に行かなくても腐らずに保存できます。

キツネを生け捕りにしたハンティ(2012年ヌムト)

猟銃を使用するときは、自宅周辺に獣が「来た」場合、あるいはスノーモービルやボートで出かけている最中に動物が自分のところへ「来た」場合です。現在は趣味のスポーツのように狩猟を楽しむハンティもいます。しかし、森の中に住む古老たちは自ら積極的に動物を探し求め、追いかけて捕らえるのではなく、獣が自分のところに姿を現したときに狩猟します。鳥類の場合も、同様に自分のところに飛来したときに銃で捕えます。

さらに、自分たちが食べる分だけしか動物を捕獲しません。手が届きそうなところにリスがいても、捕まえずに無視することもあります。森の中では冷蔵庫がないため長期保存できないから、また貯えずともどこでも動物はいるからというのが理由です。しかし、かつては狩猟を積極的に行っていたこともあったようです。

筆者がある年配のハンティから聞いたことには、ソ連時代には野生動物の毛皮を国営農場に売り現金を得ることができたので、積極的に狩猟を行っていました。当時、毛皮はソ連の重要な輸出品であり、国営農場を通してシベリアの北方少数民族に狩猟を推奨して、高く買いとっていました。腕のいい少数民族のハンターは行政から表彰されたり褒賞を与えられたりしたそうです。しかし、ソ連崩壊後はそういった販売ルートがなくなったため、あまり積極的に狩猟を行わなくなったと聞きました。

キツネの足跡をたどる(2012年ヌムト)

森の中を歩けば、獣の足跡や野鳥の影に出会います。しかし、動物たちが現れたとしても、家庭で食べきれないほどの肉や必要のない毛皮のために狩猟は行わないというのが、現在のハンティの狩猟のあり方のようです。

ひとことハンティ語

単語:Муйсар бор?
読み方:ムイサル ボル?
意味:何の動物ですか?
使い方:森の中で獣の足跡を発見したときなど、獣の種類を訪ねるときに使用します。
「ムイМуй」が疑問詞「何」、「ムイサルМуйсар」が疑問詞「何の」であり、「ボルбор」が「獣」という意味です。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!