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『日本国語大辞典』をよむ―第31回 ユニセフとユネスコ

2018年 4月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第31回 ユニセフとユネスコ

 筆者が勤める大学はJR品川駅からも五反田駅からも、大崎駅からも歩いて行くことができる。筆者は、帰りは品川に向かうことが多い。品川から大学へ行く道の途中に「ユニセフハウス」がある。調べてみると、2001年7月にオープンした施設で、開発途上国の保健センターや小学校の教室、緊急支援の現場などを再現した常設展示がされ、ミニシアターやホールを備えていることがわかる。時々中学生ぐらいの集団が入っていくのを見たような記憶がある。

 「ユニセフハウス」は施設の名だから、『日本国語大辞典』には見出しになっていないが、「ユニセフ」は見出しになっている。

ユニセフ【UNICEF】({英}United Nations International Children’s Emergency Fundの略)国際連合国際児童緊急基金の略称。一九四六年設立。第二次世界大戦の犠牲となった児童の救済を主な仕事としたが、のち開発のおくれた国などの児童養護計画援助を行なう。一九五三年に国際連合児童基金(United Nations Children’s Fund)と改称、国連の常設機関となった。略称はそのまま使用。五九年に国連総会で採択された国際連合児童権利宣言を指導原則としている。本部ニューヨーク。

 上の説明からすれば、1953年の改称をうけて略称を「UNCF」としてもよかったことになるが、そうはしないで当初の略称をそのまま使っているということになる。「ユニセフ」は日本においてもひろく使われる略称であるので、省略しないもともとの語形を耳にしたり目にしたりすることがほとんどないが、それ以上に「国際連合国際児童緊急基金」という、いわば訳語形にはふれることがない。「緊急基金」だったのか、と思った。こうなると「ユネスコ」についても知りたくなる。

ユネスコ【UNESCO】({英}United Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationの略)国際連合教育科学文化機構の略称。国連の一専門機関。一九四五年議決されたユネスコ憲章に基づいて翌年成立。平和の精神こそ安全保障に寄与するという主張のもとに、教育・科学・文化を通じて諸国民間に協力を促し、世界の平和と繁栄に貢献することを目的としている。本部パリ。日本は昭和二六年(一九五一)加盟。

 こちらも1946年に設立されている。ただし説明では「成立」という語が使われている。「ユニセフ」には「設立」、「ユネスコ」には「成立」という語を使ったことに何らかの意図があるかどうか。いずれにしても、第二次世界大戦を顧みての設立である。教育や科学、文化を通じて世界の平和をめざす、という考え方は「王道」だと思うが、現在はそうした考え方からどんどん離れていっているように感じる。

 「UNICEF」や「UNESCO」は「アルファベット略語」と呼ばれることがあり、カタカナ語辞典に載せられていることが多い。もとになっている語が長くて記憶しにくいから略語が使われるのだろうから、もとの語は「知らない」ことも少なくないだろう。近時「iPS細胞」という語がよく使われたことがあった。「iPS」は「induced pluripotent stem cell」の略で、「誘導多能性幹細胞」と訳されている。「iPS(細胞)」は(当然のことと思うが)『日本国語大辞典』は見出しとしていない。

 「IT」もよく使われる語である。これは見出しとなっている。

アイティー【IT】〔名〕({英}information technologyの略)情報技術。「IT革命」「IT産業」

 しかし、語釈が少し寂しい感じだ。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、語釈には「情報技術. 特にコンピューターとネットワークを利用したデータ収集や処理の技術・処方. 工学的技術から企業経営,人文・社会科学,コミュニケーションまでその応用範囲を広げている」とある。実際的な技術の拡大により、応用範囲が広まり、それに伴って、そのように呼ばれる対象も広くなり、といういわば「相乗的な」「動き」を背景に、頻繁に使われるようになった語といえよう。古くからある語には、そうした語の「歴史」があり、新しく使われるようになった語には、そうした語の(またひと味違う)「歴史」がある。「歴史」は古いものにしかない、ということでもない。『コンサイスカタカナ語辞典』には「IT移民」「IT革命」「IT基本法」「IT砂漠」「IT産業」「ITスキル標準」「ITバブル」「IT不況」という見出しもあった。「IT基本法」は平成12(2000)年に制定された法律であるが、正式名称は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」であるので、この正式名称の略称ということでもなく、「通称」ということになりそうだ。

 見出し「ユネスコ」の少し先に「ユネスコむら」があった。

ユネスコむら【―村】埼玉県所沢市にある遊園地。昭和二六年(一九五一)日本のユネスコ加盟を記念してつくられ、世界各国の住居などを展示していたが、平成五年(一九九三)に大恐龍探検館に作り替えられた。

 この見出しをみて、小学生の頃に、遠足でユネスコ村に行ったことがあったことを思い出した。細かいことはほとんど何も覚えていない。小学校5年生ぐらいだっただろうか、それもはっきりしない。遠足に行った後で、遠足の時のことを絵に描くことが多かったように思うが、その絵にトーテムポールを描いたおぼろげな記憶がある。あるいは他の人が描いたのかもしれない。「世界各国の住居などを展示していた」とあるので、そうした住居の中で印象が強かったのだろう。そのユネスコ村が大恐竜探検館になっていたことを、『日本国語大辞典』で知るというのも、何か不思議な驚きだった。『日本国語大辞典』をよんでいるとこんなこともわかる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2018年 4月 8日