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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第60回『信貴山縁起』「山崎長者の巻(飛倉の巻)」の「長者の家」を読み解く

2018年 4月 18日 水曜日 筆者: 倉田 実

第60回『信貴山縁起』「山崎長者の巻(飛倉の巻)」の「長者の家」を読み解く

場面:持っていかれた米俵が飛び戻ってきたところ
場所:山城国山崎の長者の家
時節:ある年の秋

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人物:[ア]里人の男か [イ]僧侶 [ウ]衵姿の童女  [エ]袿姿の妻 [オ]侍女 [カ][ク][ケ]小袖姿の侍女 [キ]袿姿の侍女
建物など: ①門扉 ②門 ③控柱 ④閾(しきみ) ⑤羽目板の板塀 ⑥簀子 ⑦束(つか) ⑧・礎石 ⑨・⑮・下長押 ⑩板敷 ⑪西廂 ⑫簾 ⑬妻戸 ⑭北廂 ⑯踏板 ⑰脇障子 ⑱竹の節欄間(たけのふしらんま) ⑲楣(まぐさ) ⑳くぐり 二枚格子の上部  釣金具 上長押 暖簾(のれん) 方形の柱  畳 いろり  母屋 腰長押 土壁 踏石 きりかけ
衣装・道具など:Ⓐ四手(しで) Ⓑ五徳 Ⓒ炭 Ⓓ米俵 Ⓔ鉢 Ⓕ袖細(そでぼそ) Ⓖ指貫 Ⓗ萎烏帽子 Ⓘ草鞋(わらじ) Ⓙ刀 Ⓚ袈裟 Ⓛ硯 Ⓜ墨 Ⓝ筆 Ⓞ巻紙 Ⓟ巻物 Ⓠ巻物と冊子を載せた経机 Ⓡ布類 Ⓢ二階棚 Ⓣ瓜を入れた四角の曲物(まげもの) Ⓤ元結 Ⓥ褶(しびら) Ⓦ調理台 Ⓧ鉢 Ⓨ椀 Ⓩ曲物の水桶

はじめに 今回は第41回で見ました、僧命蓮(みょうれん)の奇跡を描いた『信貴山縁起』の第一話「山崎長者の巻」の長者の家を採り上げます。この絵巻については、その回を参照してください。

「山崎長者の巻」 この巻頭部分は失われていますが、同話を収めた説話集などで補えます。それに拠りますと、信濃国出身の命蓮は東大寺で授戒してから信貴山に籠り、毘沙門天像を安置した小堂を建てて修業に励みます。命蓮は長者の家に鉢を飛ばして布施を受けていましたが、それを疎ましく思った長者は、その鉢を米倉の中に鍵をかけて閉じ込めてしまいます。しばらくしますと、その倉がゆさゆさと揺れ、中から鉢が出てきて、倉を載せて飛び立ちます。現存絵巻はここから始まります。

 後を追った長者たちは信貴山にたどり着き、命蓮に事情を話しますと、倉はお返しできないが、米俵は返しましょうと言われます。大量の米俵をどうして運べますかと尋ねると、命蓮は鉢の上に一俵を載せなさいと命じます。すると一俵を載せた鉢が飛び立ち、残った米俵も続いて次々と舞い上がり、長者の家に落ちたのでした。今回の場面は、米俵が戻ってきたことに驚いた長者の家に残っていた女性たちの様子になります。

 なお、長者の家の場所は、信貴山の麓近くのように思われますが、後世の史料では、山城国乙訓郡大山崎町とされています。この地は灯油に使用される荏胡麻(えごま)油の集積地でした。長者の家には油を搾る道具が最初の場面で描かれていますので、製油で長者になったと考えられたのです。ですから、この巻名がつけられましたが、話の内容からは「飛倉の巻」とも呼ばれています。

長者の家 それでは長者の家の様子を左側から見ていきましょう。東西南北は不明ですが、奥向きの台所設備が見えますので、画面下を仮に北としておきます。そうしますと、①門扉が開いている②門は西門となります。③控柱が付き、地面には門柱を固定させる④閾があり、車が通れるように窪みがあります。門以外は⑤羽目板の板塀で厳重に囲まれています。当然、侵入者を阻むためで、財産のある証でしょう。門の手前の板塀の上に吊り下げられているのはⒶ四手です。注連縄(しめなわ)のようなもので、魔除けになります。

門を入った正面には⑥簀子(縁)があり、支える⑦束はしっかりと⑧礎石に乗っています。簀子に接するのは⑨下長押分高くなった⑩板敷の⑪西廂です。⑫簾が垂れて開いている⑬妻戸の奥は⑭北廂になります。妻戸は⑮下長押に作られていて、奥はさらに一段高くなる感じですが、妻戸を設けるために置かれたようで、内側は高くならないようです。

 簀子は北側(下側)に回り、その下に⑯踏板があります。寝殿造では沓脱でした。北側の簀子は⑰脇障子で仕切られています。これには上部に⑱竹の節欄間が付けられます。片開きの戸になっているのでしょう。

 脇障子は⑤板塀に接していて、奥の庭と仕切られていますが、中に入れるのでしょうか。板塀が直角に折れている箇所を見てください。太めの横板が一つ見えますね。これは出入口の上に水平に渡された⑲楣ですので、その下が⑳くぐりになります。

 画面左側に移りましょう。二枚格子の上部三間分が釣金具で上長押の高さまで引き上げられています。左側一間分にだけ暖簾が巻き上げられていて、これは簾の代用なのでしょう。この家の方形の柱は、いずれも面取りされています。

 内部は⑭北廂で、右二間分は一続きになり、畳が敷かれ、いろりがあり、その中にⒷ五徳が置かれてⒸ炭がいけてあります。この奥は下長押分高くなった母屋で寝所になります。それは、この場面以前に枕と枕刀が描かれていましたので、それと分かります。

 暖簾のある畳が敷かれた間は、その左隣の、腰長押の下が土壁となる部屋とつながっています。境に見えるのは、これもいろりと思われ、主に調理に使用されるのでしょう。土壁の手前には簀子に上がるための踏石が見えます。

 一番左端には、垣となるきりかけが見えます。この奥は物置になっているのでしょう。

 以上、奥向きの部分と想定して長者の家を見てみました。全体像は分かりませんが、平安時代末の長者の家の奥向きの様子が分かりますね。

庭に下りた飛鉢 続いて、庭に目を転じましょう。Ⓓ米俵を載せて飛んできたⒺ鉢がちょうど地面に着いたところです。地面には礎石が直角に置かれているのが分かります。ここに米倉が建っていたのでした。鉢はきちんと元の場所に米俵を戻しているのです。次々と俵が飛来する光景が、この絵の面白さになります。鉢は俵が乗るほどの大きさで描かれているのは、飛鉢法(ひはつほう)の霊験を描くために、大きく誇張されているのです。なお、飛鉢法は、千手観音の秘法として知られていて、命蓮が信仰した毘沙門天はその同体とされていました。命蓮がこの法を使うのには謂れがあるのです。

人々の表情 最期に、人々の様子や調度品を見ていきます。門を入った所に、Ⓕ袖細にⒼ指貫、Ⓗ萎烏帽子にⒾ草鞋の、Ⓙ刀を差した[ア]男がしゃがんで大きな口を開けています。里人でしょうか。視線は⑪西廂に坐る[イ]僧侶には向いていませんね。視線の先には、Ⓓ米俵が空から落ちてきています。その光景に驚愕して口を開けているのです。

 Ⓚ袈裟を着けた[イ]僧侶はⓁ硯とⓂ墨を前に置いて、Ⓝ筆でⓄ巻紙に何かを書いています。それを[ウ]衵姿の童女が熱心に見つめています。字でも習っているのでしょうか。その前にはⓅ巻物が開かれています。僧侶の右側にはⓆ巻物と冊子を載せた経机が置かれています。平安時代末頃にもなりますと、この僧侶のように、長者の家などに寄食して半俗生活する者が現れてきます。この僧侶は、米倉が飛び立つ場面で描かれた赤鼻の僧侶と同一と思われ、命蓮の法力には適わなかったことになります。寄食する僧侶の無力さを暗示しているのかもしれません。

 画面左、母屋の寝所で横坐りしている[エ]袿姿はこの家の妻でしょう。引目鉤鼻に近い容貌で描かれていて、はっきりと喜んでいる表情になっています。その左横にはⓇ布類が束ねられて積み重ねられています。寝所は物置のように使用されるようです。廂にあるのはⓈ二階棚で、膳棚として使用しています。上の層(こし)の奥にⓉ四角の曲物に入れられているのは瓜のようですが、その他の物はよく分かりません。

 残りの五人の女性は、働きやすいようにいずれも垂髪をⓊ元結で束ねていますので、侍女たちになります。五人ともお歯黒の口を大きく開け、目が飛び出したかのように見開いて驚愕した表情をしています。また、廂の[オ]侍女は手を叩き、簀子の[カ][キ] [ク]三人は両手を開いています。これも驚愕した時の仕草になりますね。簀子の右側の、裳の一種となるⓋ褶を巻いた[カ]小袖姿の侍女は女主人に事態を注進に行こうとし、真ん中の[キ]袿姿の侍女は胸をはだけて大仰な仕草になっています。簀子に踏み出した[ク]小袖姿の侍女は、手招きで女主人にこの事態を見てと言っているようです。

 左端の[ケ]小袖姿の侍女もⓋ褶を巻き、Ⓦ調理台に向かって炊事をしています。手にしたⓍ鉢から水がこぼれていて、これは洗っているのではなく、驚愕して思わずこぼしたのでしょう。そばには同じような鉢とⓎ椀、それにⓏ曲物の水桶が見えます。五人の侍女たちの様子は、まことに見ごたえがありますね。

絵巻の意義 絵巻の主題は富や名声を求めない命蓮の生き方とその法力による奇跡です。ですから、絵巻全体からすれば、この場面は副次的です。しかし、女性たちの様子は、何と生き生きしていることでしょう。男たちは信貴山からまだ戻っていませんので、主に女性たちが描かれたわけですが、その為にその姿が活写されたことになります。こうしたところにも、この絵巻の意義があるのです。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』編者、『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)、『平安大事典』(編著、朝日新聞出版)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』編者および『三省堂 詳説古語辞典』編集委員でいらっしゃる倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」。次回は、同じく『信貴山縁起』を見ながら、庶民の家や生活について読み解きます。お楽しみに。

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2018年 4月 18日