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『日本国語大辞典』をよむ― 第36回 いろいろな「洋」

2018年 6月 17日 日曜日 筆者: 今野 真二

第36回 いろいろな「洋」

 「歌は世につれ世は歌につれ」という表現があるが、言語も社会の中で使われるのだから、語を通して、その語が使われていた時期の社会のようすが窺われることがある。

ようふく【洋服】〔名〕(1)西洋風の衣服。西洋服。(2)((1)には袖(そで=たもとの意)がないところから、そうではないの意の「そでない」に掛けて)誠意のない人をいう俗語。〔東京語辞典{1917}〕

ようさい【洋裁】〔名〕洋服の裁縫。洋服を裁ったり、縫ったり、デザインを考えたりすること。↔和裁。

ようま【洋間】〔名〕西洋風の造りの部屋。洋室。西洋間。

 「ヨウフク(洋服)」「ヨウサイ(洋裁)」「ヨウマ(洋間)」はいわばまだ「現役」の「洋」であろうというつもりで掲げた。マンションやアパートの間取りに関して、「ヨウマ(洋間)」は「ワシツ(和室)」とともに使われることが多い。「ワシツ(和室)」と語構成上も対になる形は「ヨウシツ(洋室)」であるが、むしろ和語「マ」と複合した混種語「ヨウマ(洋間)」が案外と使われているのはおもしろい。

 さて、「ヨウフク(洋服)」は現在も上の(1)のように認識されているのだろうか、とふと思った。小型の国語辞書をみてみると、『三省堂国語辞典』第7版も「西洋ふうの衣服。背広・ズボン・ワンピース・スカートなど」と、『新明解国語辞典』第7版は「西洋風の衣服。〔男子は上着とズボンを、女子はワンピース・スーツ・スカートなどを用いる〕↔和服」と記している。『明鏡国語辞典』第2版にも「西洋風の衣服。背広・ズボン・ワンピース・スカートなど」とあるので、ほとんど同じように認識されていることがわかる。

 「新聞や雑誌でみた本をアマゾンで検索してクリック。翌日には自宅に届くからだ。洋服も家電もクリック一つでことが足りる。宅配業界の悲鳴は、私たちの行動が引き起こしていた。」は2017年5月30日の『朝日新聞』の記事であるが、上の記事中の「洋服」は「西洋風の衣服」という意味合いで使われているのだろうか。日常生活で着る服は、特別な場合以外は「洋服」になっている。「ワフク(和服)」を対義語として置いた「ヨウフク(洋服)」ではなく、「衣服」「着るもの」に限りなくちかい意味合いで「ヨウフク(洋服)」という語が使われているのではないだろうか。そして、そういう「状況」は今に始まったことではない、というのが筆者の「内省」だ。そうであるのならば、「洋」が限りなく「効いていない」「洋服」がある、ということを辞書は記述してもよいように思う。このように、対義語を向こう側に置いて、「対義」が成り立っているかどうか、を語義の検証に使うこともできそうだ。

 『日本国語大辞典』をよんでいて、懐かしい「洋」にであった。

ようひんてん【洋品店】〔名〕洋品(1)を売る店。洋物店。

ようふくだんす【洋服箪笥】〔名〕洋服をつるして入れるようにこしらえた箪笥。

 「洋品(1)」は「西洋風の品物。商品。特に、西洋風の衣類およびその付属品」であるが、筆者が子供の頃には、いかにもそういう店があった。店の外から見ると、マネキンなどに何着か洋服が着せてあるような、ちょっとおしゃれな感じのする店だ。「ヨウヒンテン」という語を自分で使ったかどうかはっきりとは覚えていないが、耳にしたことはあったように思う。

 『日本国語大辞典』は「ようふくだんす」の使用例として、谷崎潤一郎の「卍〔1928~30〕」をまずあげている。上の語釈をよんでいて、「ああ、そういう箪笥があったな」と思った。実家にかつてあった、主に父のスーツを入れていた箪笥は両開きになっていて、中にスーツが吊せるようになっていた。これは和服を入れるための(引き出しのみの)「ワダンス(和箪笥)」があり、それに対しての「ヨウフクダンス(洋服箪笥)」ということであろう。この語の場合は、「ヨウダンス(洋箪笥)」ではなくて、「ヨウフクダンス(洋服箪笥)」という語形が選ばれている。

 さらに幾つか「ヨウ(洋)~」という語をあげてみよう。

ようとう【洋灯】〔名〕ランプをいう。

ようはつ【洋髪】〔名〕西洋風の髪の結い方。洋式の髪形。

ようばん【洋盤】〔名〕洋楽のレコード。また、外国、特に欧米で録音・製作されたレコード。

ようふ【洋婦】〔名〕西洋の婦人。西洋の女。

ようぶ【洋舞】〔名〕西洋で発達した舞踊。ダンスやバレエなど。

ようぶん【洋文】〔名〕西洋のことばで書いた文。また、西洋の文字。

ようへい【洋兵】〔名〕西洋の兵隊。

ようへきか【洋癖家】〔名〕西洋の物事や様式などを並み外れて好む癖のある人。西洋かぶれ。

ようぼう【洋帽】〔名〕西洋風の帽子。烏帽子(えぼし)、頭巾などに対していう。

ようほん【洋本】〔名〕(1)西洋で出版された本。洋書。西洋本。(2)洋綴じの本。洋装本。

 「対義」という観点からはいろいろと考えることがある。例えば、「ヨウボウ(洋帽)」は「ワボウ(和帽)」という語がそもそもあって、その「和風の帽子」に対してできた語ではないだろうというようなことだ。「ようぼう」の語釈には「エボシ(烏帽子)」「ズキン(頭巾)」に対してとあり、そうした「頭を包むもの」に対して、かつてなかった「西洋風の帽子」を「ヨウボウ(洋帽)」と呼んだ、ということだろう。「ヨウブ(洋舞)」の対義語としては略語ではあるが「ニチブ(日舞)」を考えればよさそうだ。

 「ヨウバン(洋盤)」の「洋」は上の語釈からすれば、内容もしくは製作地ということになる。しかしまた、製作地ということを厳密に考えると、ニューヨークのスタジオで録音された尺八の演奏は「ヨウバン(洋盤)」と呼べるのか呼べないのか。筆者も中学生から大学生の頃にかけてはそれなりに音楽を聴いていたが、その時には「国内盤」に対して「輸入盤」という語を使っていた。輸入盤には(当然のことであるが)歌詞カードがついていないが価格が少し安いものがあった。「洋」はいろいろなことを思い出させてくれた。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2018年 6月 17日