著者ごとのアーカイブ

WISDOM in Depth: #25

2008年 4月 8日 火曜日 筆者: 赤野 一郎
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第25回は編者の赤野一郎先生の5回目です。

コーパスが英和辞典を変える (5)

類義語を使い分ける

意味の似た語を類義語 (synonym) という。たとえばoccurとhappenは「〈出来事が〉起こる」という意味で類義語だが,まったく同じ意味とは言えず,何らかの点で異なる。1億語のイギリス英語コーパスBritish National Corpusで,書きことばと話しことばにおける使用頻度と分布を調べてみると,下の図1,図2のようになる。

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全体としてhappenはoccurにくらべ使用頻度が圧倒的に高く,比較的話しことばで好まれ,反対にoccurは話しことばより書きことばで好まれる傾向がある。といっても書きことば全般では図2が示すように,happenの使用頻度の方が高く,occurが4に対しhappenが6の比率である。occurの書きことばで好まれる傾向をさらに調べるために,書きことばの領域を自然科学・純粋科学および社会科学に限定し,happenとの分布の比率を調べてみると,occurが6割を占めhappenが4割になり,逆転する。つまり,occurは学術文書などのかなり堅い書きことばで特に好まれ,文脈を精査すると,特に化学や医学において現象などが「生じる,発生する」の意味で使われることがわかる。一方happenは,主語にthing, something, anythingなどをとり,とにかく何かが起こったことを述べるのに適している。happenの類義の囲み記事「happenとoccur」をご覧いただきたい。他の辞書の類義解説には見られない両者の意味上の相違についての解説が与えられている。

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このように使用領域によって頻度が異なる類義語もあれば,用法の異なる類義語もあり,外国語として英語を学んでいるわれわれにとって特に用法の違いを知ることが重要で,それによって使い分けが可能になる。類義語の意味の差は用法,特にコロケーションの差になって現れる。類義語におけるコロケーションの差は,コーパス分析の得意とするところである。たとえばalmostとnearlyを同時に検索し,右1語目で各列をアルファベット順に並べ替えると,almostとnearlyの両方と連結する語,almostと連結するがnearlyとは連結しない語,あるいはその逆の傾向を持つ語が即座にわかる。

いずれの語とも連結するケース
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almostとのみ連結するケース
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nearlyとのみ連結するケース
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almostの類義の囲み記事「almostとnearly」はこのようなコーパスに基づく分析結果に基づき作成されたものである。上に示した「almostのみと連結するケース」は(1a)~(1e)に対応していることに注意されたい。

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【筆者プロフィール】
赤野 一郎  (あかの・いちろう)

京都外国語大学教授。
専門は語用論,コーパス言語学,辞書学。
編著書には『英語コーパス言語学』(研究社出版)など多数。

WISDOM in Depth: #22

2008年 3月 25日 火曜日 筆者: 赤野 一郎
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第22回は編者の赤野一郎先生の4回目です。

コーパスが英和辞典を変える (4)

機能語を「知っている」とは?

単語は内容語 (content word) と機能語 (function word) に大別することができる。内容語とは,事物の名称,性質,状態,動作,様態などを表す語で,品詞で言えば,名詞,形容詞,動詞,副詞に相当する。機能語とは,内容語と異なり意味内容が希薄で,文法構造上の関係を示す語で,前置詞,接続詞,冠詞に当たる。

では後者の機能語を「知っている」とはどのようなことを意味するのだろうか。接続詞 that を例に考えてみよう。「接続詞thatの意味は何ですか」と問われても戸惑う。でもその働きは何ですかと問われれば,「that は名詞の働きをする従属節を作ります」と答えることはできる。このように機能語を「知っている」ということは,まずその働きを知っているということを意味する。たとえば ‘the fact that . . .’のように同格節を導く名詞について,文法書 (Quirk et. al. A Comprehensive Grammar of the English Language) には次のような解説が見られる。

appositive that-clause: the head of the noun phrase must be general abstract noun such as fact, idea, proposition, reply, remark, answer and the like.

同格節を伴う名詞は意味範囲の広い抽象的な名詞であること,fact, idea, proposition, reply, remark「など」がその例であることがわかる。文法書ではこの解説で十分だが,これら5つの単語以外の名詞が同格節を伴うかどうかについては,文法書は教えてくれない。‘. . . and the like’(「…など」)の中身が重要になる。機能語を「知っている」とは,その働きとコロケーションを知っているということなのである。

コーパスを活用すると,同格節を導く名詞のコロケーションの中身がたちどころにわかる。『ウィズダム英和辞典』では,「語法」の囲みで以下のように提示し,特に頻度の高い語は太字で示されている。

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また「作文のポイント」では,日本人学習者がいかにも間違いそうな事例を示し,注意を促している。

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【筆者プロフィール】
赤野 一郎  (あかの・いちろう)

京都外国語大学教授。
専門は語用論,コーパス言語学,辞書学。
編著書には『英語コーパス言語学』(研究社出版)など多数。

WISDOM in Depth: #17

2008年 2月 26日 火曜日 筆者: 赤野 一郎
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第17回は編者の赤野一郎先生,3回目のご登場です。

コーパスが英和辞典を変える(3)

基本語を「知っている」とは?

現行の学習指導要領では中学校における英語の必修単語は900語という総数が定められている。教科書によって900語の内容は異なるが,いずれの教科書も共通して扱っている語がある。名詞に限っても,wind, way, ideaなど英語における基本語といわれるものである。これらの単語を「知っている」とはどのようなことを意味するのだろう。それぞれの単語の意味が「風」,「方法,道」,「考え」だと言えれば,これらの単語を「知っている」と言えるのだろうか。では「風が吹く」,「風が強まる」,「風がやむ」は英語でどのように表現するのか。多くの中高生は「風が吹く」を除いて答えることができない。単語を「知っている」とは,その語の意味が認識できるだけでなく,その語にまつわる状況を表現できて初めてその語を「知っている」と言えるのである。windと言えば,blow (吹く), pick up (強まる), die down/stop (やむ) が即座に思い浮かばなければならない。『ウィズダム英和辞典』ではこのような語と語の典型的な結びつき,すなわちコロケーション情報を「表現」の囲みで提供している。

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さらに基本語を「知っている」と言えるためには,上で述べた語彙的パターンであるコロケーションだけでなく,基本語が持つ文法的パターンを知ることも重要である。その抽出と分析にコーパスが威力を発揮する。たとえば,wayという語はコーパスで分析すれば,‘限定詞+(形容詞)+ of doing’, ‘限定詞 +(形容詞)+ to do’, ‘in + a/an +(形容詞)+ way’, ‘the way + that節’, ‘動詞 + one’s way + 前置詞句’などの多様なパターンを有することがわかる。その1つが‘the way + 節’で,以下のコンコーダンスデータが示すように,このパターンには4つの意味用法があることがわかる。

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『ウィズダム英和辞典』ではこの分析結果をwayの語義2に反映させている。

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頻度の観点から2番目にもってきたことと,a~dの4つに分けて詳述できたのは,コーパス分析のたまものである。現代英語の使用実態を反映しているという点で,この用法にこれほどのスペースと重要性を与えた辞書は他にないと自負している。


【筆者プロフィール】
赤野 一郎  (あかの・いちろう)

京都外国語大学教授。
専門は語用論,コーパス言語学,辞書学。
編著書には『英語コーパス言語学』(研究社出版)など多数。

WISDOM in Depth: #15

2008年 2月 12日 火曜日 筆者: 赤野 一郎
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第15回は編者の赤野一郎先生,2回目のご登場です。

コーパスが英和辞典を変える(2)

コーパスを用いた語義区分の実際

語の意義(語義)をいくつ認めるかはやっかいな問題である。その証拠に特定の単語の語義を複数の辞書で比べてみると,辞書によって語義の数が異なることがあり,また一方の辞書では独立した語義として扱っているのに,他の辞書では別の語義の一部として扱っていることがある。語義区分に客観的基準がなく,編集者の主観に左右されがちだからである。コーパスとコンコーダンスを辞書編纂に活用すると,この語義区分というやっかいな問題を解決できる。

コーパスを辞書編纂に利用する理論的根拠を与えたイギリスの言語学者,ジョン・シンクレア (1933-2007) は,語の振る舞いに関して次のように述べている。

  1. (1) 語は一定の語と優先的に結びつき,典型的な反復傾向すなわちパターンを示す。
  2. (2) 語は複数の異なるパターンを持つ傾向がある。
  3. (3) 語の意義の各々の違いはそれが生じるパターンの違いになって現れる。

(3)の主張を,語義区分の観点から見れば,パターンの違いを手掛かりに語義の識別が可能になるということである。目に見える形(form)から目に見えない意義(sense)に接近するのである。

『ウィズダム英和辞典』では語義区分にこの手法が用いられている。名詞gapを例に,コーパスに基づく語義識別のプロセスを示すことにする。gapを検索しコーパスから以下のコンコーダンスが得られたとしよう。
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コンコーダンスに現れるgapの語彙的コロケーションあるいは統語上のパターンの違いに着目すると,1,4行目のbetween . . . teeth,9,11行目のin . . . fenceから ‘physical space’の語義「〈物の〉すき間,切れ目」を取り出すことができる。同様に,7,8,15,16行目のyear(s),month(s)から‘interval of time’の語義「(時間的な)空白,とぎれ」が,10,12,13,14行目のplug,fill,in . . . history [knowledge / budgets]から‘deficiency’の語義「抜けて[欠落して]いる部分」が,2,3,5,6,17, 18のbetween,bridge,fill,reduce,close,generation [trade] gapから‘discrepancy’の語義「隔たり,不一致; 不均衡」が識別できる。

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用例にもコーパスデータから得られたコロケーション情報が洩らさず盛り込まれていることに注目していただきたい。


【筆者プロフィール】
赤野 一郎  (あかの・いちろう)

京都外国語大学教授。
専門は語用論,コーパス言語学,辞書学。
編著書には『英語コーパス言語学』(研究社出版)など多数。

WISDOM in Depth: #2

2007年 11月 8日 木曜日 筆者: 赤野 一郎
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第2回は編者の赤野一郎先生です。第1回はこちらです。

コーパスが英和辞典を変える(1)

コーパスから隠れた意味を探る

コーパスを用いた言語研究において,語の使用の研究が飛躍的に進歩したのは,「コンコーダンサー」(concordancer)と呼ばれる検索プログラムのおかげである。このプログラムを使ってコーパスから特定の語を検索すると,検索対象語(keyword)を行の中央に配置し,その左右に文脈を添えた検索結果が行単位で表示される。この表示全体を「コンコーダンス」(concordance),別名 “KWIC” (「クイック」< KeyWord In Context)と呼ぶ。コンコーダンスは,特定の語がどのような語と結合するのか,その典型的なパターンを目に見える形で示してくれる。そして検索対象語の前後に現れる文脈を精査すると,母語話者でも気づかなかった言語事実に気づくことがある。この連載では,コンコーダンサーでコーパスを分析すれば,語の振る舞いについてどのようなことが明らかになり,それがどのよう形で『ウィズダム英和辞典』の記述になったかを紹介してゆくことにする。なお,最初に「三省堂コーパスとは?」も併せてお読みいただきたい。

第1回目は動詞causeをとりあげる。最初にこの語を三省堂コーパスで検索した結果の一部を示す。11340行のコンコーダンスから1000行を無作為に抽出し,causeの右側1語目の語を基準にアルファベット順に並べ替えたものである。

(クリックで拡大)
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causeの右側に生じる名詞に注目して上から下へと見ていくと, damage, death, diseaseが目的語として頻繁に使われていることがわかる。さらにcauseの全データに対して右側1語目に出現する名詞の頻度を10位まで調べると,problems, cancer, trouble, disease, damage, death, pain, heart (disease/failure), harm, concernであった。上で示した検索結果とこれらの語を見て気づくことは,名詞の示す内容が好ましくない出来事である点で,意味的に共通していることである。したがってcauseは単に「〈出来事〉を引き起こす」を意味するのではなく,「〈問題・病気・被害などの好ましくない事態〉を引き起こす」ことを意味する。『ウィズダム英和辞典』のcause (動) (他) 1aの語義をご覧いただきたい。

(クリックで拡大)
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「A〈良くない出来事など〉」と記してあるだけのことだが,この記述に至るまでには上述したようなコンコーダンサーによるコーパス分析が行われたのである。


【筆者プロフィール】
赤野 一郎  (あかの・いちろう)

京都外国語大学教授。
専門は語用論,コーパス言語学,辞書学。
編著書には『英語コーパス言語学』(研究社出版)など多数。

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