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図鑑は愉しい! 第7回 図鑑はロマンだ!

2015年 4月 17日 金曜日 筆者: 原島康晴

【編集部から】
図鑑の作り手や売り手、愛読者に、図鑑にまつわる思い出や、図鑑の愉しみ方を語ってもらう好評リレー連載。第7回の執筆者は、出版社エディマン主宰の原島康晴さんです。

図鑑はロマンだ!

 図鑑を読むことの愉しみ——その一つにはまちがいなく「ロマン」とも呼ぶべきものがあります。

 多くの人は、幼少のころ「恐竜図鑑」や「昆虫図鑑」「鉄道図鑑」を目にした経験があるでしょう。カブトムシが好きな男の子は、「昆虫図鑑」にカブトムシの項目を見つけだし、そこに収められた世界中のさまざまなサイズ、色、かたちの異なるカブトムシの写真やリアルなイラストに心をときめかせた経験があると思います。どのカブトムシが最強か、なんて空想しながら、友だちと議論を交わしたことがある人もいるかもしれません。

 その空想を豊かなものにするのに役立ったのが、写真やイラストに添えられた具体的な情報だったのではないでしょうか。例えば世界最大のカブトムシと称されるヘラクレスオオカブトのおもな生息地域は中央アメリカから南アメリカで、それはそれは長い上角と下角をもちます。一方アジア地域には、マレーシアやインドネシア地方に生息するコーカサスオオカブトがいます。こちらは左右から2本の長く湾曲した角が生え中央にそれと同等くらいの長さの角が生えていて、いかにも強そうです。ヘラクレスオオカブトとの空想上の決闘の相手としてコーカサスオオカブトを挙げたことがある人もきっといることと思います。

 そのような子は、長じて図鑑に添えられた写真やイラストを模写したり、トレースするようになることでしょう。色鉛筆で彩色し、名前を見出しのように大きく書き、特徴などを余白に埋めていく……。その作業はまさに図鑑のなぞり書きにほかならず、紙面構成まで思いのままに表現できる遊びであり、完成したときには本物の昆虫を捕まえた以上の喜びまで得ることができる、場合さえあったかもしれません。

 これはもちろんカブトムシに限ったものではなく、「星座」「海の生き物」「宇宙」「恐竜」「鉄道」など現実世界のものから、「ポケモン」「妖怪ウォッチ」などキャラクターものまで、子ども心をくすぐるあらゆる図鑑において得られる感動です。

 

 このような再現不可能に思える感動的作業と似た体験を、人間は一生のうちに何度でも繰り返すことができるのかもしれません。世を見渡せば、この国ではおとなたちに向けたたくさんの図鑑が発行されていたことを知ります。ミクロな元素や人体、アパートや間取り、城や刀など少年時代のロマンをかき立てるもの、大学や職業、料理や恋愛など実用的なもの、女子アナなどをタイトルにつけた風変わりな種類の図鑑も散見されます。殺傷能力のある草木をテーマにした図鑑にあかるければ、推理小説を読むたのしみももより豊かなものとなるでしょう。

 しかし、上述したような幼少時代の図鑑的体験は、なにも図鑑だけに収まるものではないのかもしれません。たとえば海外旅行のガイドブックです。世界には、この目で見てみたいと思わせる風景があります。カンボジアのアンコールワットに興味をもったならば、何度もそのページに見入り、そこに至るルートや旅程を想像します。その国の主要言語から文化圏を、貨幣価値から経済状況を、交通インフラから歴史や発展度合いを推測し、最低限度の言語的表現とお金を用意して旅立つ。

 旅をしているあいだ、ガイドブックはパスポートと同等の重要性をもち、ガイドブックに従ってホテルやゲストハウスを探し出し、必要ならば両替所におもむき、それぞれの経済状況に応じた食堂で食事を楽しむ。ガイドブックに掲載された日常会話表現で現地の人びとと交流しながら、異なる表現方法を獲得した経験をしたことがある人もいるかもしれません。時にはガイドブックに掲載されていたホテルや食堂が見つからないといった体験をしたこともあることと思います。が、この一連の過程にはまさに少年時代に図鑑をトレースしたような愉しみが凝縮されているように思えます。

 

 かように図鑑のロマンの系譜は意外と出口が広いのかもしれませんが、三省堂の『大辞林』の「図鑑」の項には以下のようなシンプルな記述があります。「図鑑:図や写真を中心にして事物を系統的に解説した書物。「植物——」」。

 三省堂から刊行されている大図鑑シリーズは、この辞書の記述を本という形にしたらこうなりました、とでも言うべき体裁になっています。いまさらながら自己紹介的な文章を差し挟むのも気が引けるのですが、ぼくが編集を担当した『政治学大図鑑』(2014年刊)は、紀元前800年から現在に至るまで、洋の東西偏りなく世界中の政治(思想・哲学)者102名を見出し項目としています。それぞれに関連年表がつき、主著や名フレーズに支えられ、参照項目(人物)が指し示されています。写真図版も気が利いています。なんと『自由論』の著者ジョン・ステュアート・ミルの項では、パリのゲイ・プライド・パーティの写真が使用されているのですから大胆です。この安定感と大胆さこそが、本シリーズのいちばんの魅力のように思います。

 

【筆者プロフィール】

原島康晴(はらしま・やすはる)
1973年生まれ。
書籍の編集とブックデザインを手がける。三省堂『政治学大図鑑』『経営学大図鑑』の編集・制作に参画。
また、小出版社エディマンを主宰。近刊に、稲葉剛『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』、書肆マコンド『ガルシア・マルケスひとつ話』などがある。
http://edimantokyo.com

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◆→次回第8回の執筆者は、校正・校閲の鴎来堂/かもめブックス代表の柳下恭平さんです。

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