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談話研究室にようこそ 第27回 得体の知れない呪文とその合理性
2012年 4月 26日 木曜日 筆者: 山口 治彦第27回 得体の知れない呪文とその合理性
呪文の基本的な特徴は,日頃のことばとは異なる非日常性と意味がすぐには理解できない難解さでした(第7回を参照ください)。その呪文が,『ハリー・ポッター』シリーズという小説と『ドラゴンクエスト』というコンピュータゲームでどのような姿を見せているのか,これまで(少し時間がかかりすぎた気もしますが)20回にわたり観察してきました。
『ハリポタ』ではラテン語もどきという体裁がとられていました。たとえば,Wingardium Leviosa(ウィンガーディアム・レヴィオーサ)は,ラテン語風の作りが日頃の英語の響きとは明らかに異なりますし,また,意味がスパッと分かる訳でもありません。
呪文の基本的な性格を維持しながらも,ラテン語もどきという呪文作成のための指針を作者に用意すると同時に,おもにラテン語系の英単語の知識から読者に意味するところを類推させるという遊びも含まれていました。よしんば,意味が分からなくとも,この術をかけられた登場人物の反応から呪文の意味は知れます。『ハリポタ』の呪文は,作者にとっても,読者にとっても,都合のよい形態をしているのです。
他方,『ドラクエ』の呪文はどうだったでしょうか。『ドラクエ』の呪文は『ハリポタ』のそれに比べると,明らかに短い。長い呪文は,スペースの制約のある画面表示に不利ですし,初期のコンピュータゲームに課せられたメモリ節約の要請にも反します。
しかも,プレーヤがゲームのなかで使い分けるのですから,プレーヤにとって区別しやすく,しかも覚えやすいものでなければなりません。非日常的で(やや)難解でありながらも,短く,区別可能な簡便さを兼ね備えるという離れ業を,オノマトペの利用とモーラ数の多少による強度の段階性などで解決していました。
呪文には得体の知れない性格が付きまといます。と同時に,『ハリー・ポッター』と『ドラゴンクエスト』というフィクションで用いられるとき,呪文は使われるコンテクストに見合った合理性も見せていたのです。得体の知れぬ呪文も,一片のことばである以上,ことばの規則に従います。私たちが使うゆえに,ことばは私たちの合理性を反映するのです。
さて,ひとつお話ししていなかったことがあります。『ドラクエ』をやったことのない私が,なぜ,『ドラクエ』の呪文について考えるようになったのか,その理由です。
数年前のことになりますが,ゼミの学生が『ドラクエ』の呪文に興味があるんですが……とデータを持ち込んできたのがはじまりです。聞けば,なるほどおもしろい。
じゃあ呪文でやっちゃえ,ということで,私が持っていた『ハリポタ』ネタとあわせてその学生は卒業論文を書きました。当時ゼミには『ドラクエ』の達人がほかに2人いて,議論が盛り上がったのを覚えています。
つまり,呪文に関する考察は、私ひとりですべて考えたというものではなく,ゼミでの(談話研究室での)議論が元になっています。
『ドラクエ』の呪文は,ひとりで勉強しているだけなら,決して出会えなかったでしょう。ゼミで学生とともに勉強する醍醐味がそこにあります。データの持ち込み大歓迎。そして,各自が調べた身近なことばを持ち寄って,その不思議さ,おもしろさについて一緒に考えてみる。そういった楽しさを共有したい。だからこそ,「談話研究室にようこそ」なんです。
これで呪文に関する考察はおしまいです。次回からは,味覚のことばについて考えてみましょう。食卓で,エッセイで,漫画で,そして小説で使われる「味な」ことばを追いかけます。
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【筆者プロフィール】
神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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【編集部から】
雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。
談話研究室にようこそ 第26回 ドラクエ呪文を英訳すると
2012年 4月 12日 木曜日 筆者: 山口 治彦第26回 ドラクエ呪文を英訳すると
さて,ドラクエは国外でも売れています。呪文はどのように翻訳されているのでしょうか。
ハリポタの呪文の場合,オリジナルのことば遊び(ラテン語もどき)は翻訳不可能でした。したがって,たとえば小説ではPetrificus Totalusを「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」というように,呪文であることをカタカナ表記の音で示し,さらに呪文の意味合いを明示的に訳出していました。とりあえず,わかりやすさを優先させたわけです。petrification(石化)とtotal(全体的)というラテン語系の単語がそこに織り込まれていることなど,示しようもありません。
他方,ドラクエの英語訳は,オリジナルの秀逸さを欠くものの,ツボを押さえた翻訳がなされています。たとえば,メラ系とバギ系の呪文ですとこうなります。
(36) a. メラ/メラミ/メラゾーマ/メラガイアー b. frizz / frizzle / kafrizz / kafrizzle c. バギ/バギマ/バギクロス/バギムーチョ d. woosh / swoosh / kaswoosh / kaswooshle
英訳は,ドラクエⅨの北米版ガイドブックDragon Quest IX: Sentinels of the Starry Skies (Bradygames)から採りました。「メラガイアー」「バギムーチョ」というのは,火球で攻撃するメラ系と竜巻で攻撃するバギ系でそれぞれ最強の呪文で,第9作で新たに加わりました。
frizzもfrizzleも実在する英語の擬音語で,ジュージューと揚げたり炒めたりする音を感じさせます。frizzleのほうが語尾にlの音が加わるので,呪文の強度が上がる訳です。そして,このfrizzとfrizzleの語頭にkaを付したのが,kafrizzとkafrizzleです。
wooshとswooshもまた、既成の擬音語で,ともにヒューッと風音を立てて素早く動くイメージがあります。ちなみに,ナイキのロゴはswooshと呼ばれています。
このswooshにkaとleを足してできるのがkaswooshとkaswooshleです。
英訳版においても,日本語オリジナルにおける呪文作成のストラテジーが踏襲されています。つまり,オノマトペを利用したことで,呪文の意味についてだいたいの見当はつくものの,そのものズバリの意味が分かることは回避しています。呪文に必要な難解性(非日常性)を少しでも残しておくためです。そして,語尾と語頭にkaやleが加えられると,発音に時間がかかる分だけ呪文の強度が上がる。そうすることで,ゲームの呪文に必要なわかりやすさ(操作性)を確保しているのです。
一方,オリジナルと英語訳では,異なる点もあります。
日本語のオリジナルは既存のオノマトペに近い音(「メラメラ」に対する「メラ」,および「バキッ」に対する「バギ」)を導入することで,イメージはだいたい分かるが,さりとて明示的に意味が表示されるわけではない,という(英訳版よりもさらに)微妙な印象を可能にしていました。これは,オノマトペの生産性が高く新奇な擬音語擬態語も受け入れてしまう,そんな日本語の特徴を生かしたものです。
英語は日本語ほどオノマトペが豊富なわけではありません。したがって,既存の語彙をそのまま使うという,もう少しわかりやすい方法をとったわけです。
ハリポタの呪文の翻訳でもそうでしたが,翻訳はしばしばわかりやすさを重視します。ホイミ系呪文の翻訳がその最たる例でしょう。第9作では6種類の呪文があります。
(37) a. ホイミ/ベホイミ/ベホイム/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン b. heal / midheal / moreheal / fullheal / multiheal / omniheal
「休み」の「休」を「イ」と「ホ」に分解して順序変更といった,凝ったことば遊びは翻訳しようもありません。休みを表しそうな擬態語もない。そこで単純にheal(治す,癒す)という動詞を軸に据えました。付け加えたmid-, more, full, multi-, omni-もすべて既存の語(形態素)です。(37b)を直訳すると「癒し」「中癒し」「より癒し」「完全癒し」「多数癒し」「全員癒し」といったふうです。うまく訳し分けていますが,ちょっとあからさまですね。
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神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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【編集部から】
雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
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談話研究室にようこそ 第25回 音がもたらす強さ,意味がもたらす強さ(その2)
2012年 3月 29日 木曜日 筆者: 山口 治彦第25回 音がもたらす強さ,意味がもたらす強さ(その2)
ヒャド系呪文は,「ヒャド」(2モーラ)「ヒャダルコ」(4モーラ)「ヒャダイン」(4モーラ)と,「モーラ(拍)数の多い呪文はより強力である」というルールに違うことなく,段階的に強度が高まります。

ところが,次の「マヒャド」でモーラ数は3に減少します。にもかかわらず,「マヒャド」がより強力な呪文として設定されているのはなぜでしょうか。
「マヒャド」には意味にかかわる理由が存在します。その強さは意味的に動機づけられているのです。
「マヒャド」の「マ」は「真水」の「真」です。
「真」は,真冬・真夜中・真っ最中というように,語頭に現れて後続する表現の純度を高める修飾語です。ですから,「マヒャド」はヒャド純度100%。そのような理由で「マヒャド」は「ヒャダイン」や「ヒャダルコ」よりも強力なのでしょう。
前回の「ベホマ」も,「マ」がつくという点では「マヒャド」と同じです。しかし,「ベホマ」の「マ」は語尾に位置するので,強調の修飾語「真」の解釈はされません。強調の修飾語としては機能しないのです。「マヒャド」とは対照的に,「ベホマ」には明確な意味的理由が与えられていません。せいぜい,「悪魔」「通り魔」など,「マ」で終わる不気味なことばをうっすらと連想させる程度です。前回,「ベホマ」に対し音韻的な理由しか挙げなかったのは,このような事情によります。
さて,意味的な動機づけは,音韻的な理由にしばしば優先します。前回も言及した名詞が連続する表現を例にとって考えてみましょう。慣用的な名詞並列表現では,音の重さの感覚が名詞の並び方に影響するからです。
たとえば,モーラの数から言えば,「巨人阪神戦」というのが妥当です。「巨人」が3モーラなのに対し,「阪神」は4モーラだからです。しかし,関西では「阪神巨人戦」と言わねばなりません。なぜかと言うと,阪神ファンが怖いからです名詞がふたつ並ぶとき,私たちはそのうちの自分にかかわりの深いほうを前に出して,自分の考える重要性の序列を名詞の順序に反映させる傾向があるからです。
このように,しばしば意味は音に優先します。そして,ドラクエの呪文には,一定の意味を担った要素(語句)が時折組み込まれています。その場合,音韻的な理由が考えられる場合よりも,呪文の階層性はより明示的になります。
たとえば,雷撃による攻撃を引き起こす呪文に「ライデイン」(第22回(30d))は,「ミナデイン」「ギガデイン」というふうに強化されます。「ミナ」は「皆」を表し,「ギガ」は「ギガバイト」などの単位に用いられる「ギガ」です。
もっとも,このような意味的動機づけは,ドラクエの呪文でそれほど多用されている訳ではありません。呪文の本願は分かりにくさにあります。意味的動機づけが多すぎると,分かりやすい底の浅い呪文になってしまいます。だから,意味を明示しない音韻的な動機づけ(たとえば,モーラ数の多少)も必要になります。この辺りのバランスが重要なのです。
第7作以降に登場する「マジャスティス」「ギガジャティス」という呪文があります。どちらが強力だと思いますか。
「マ」+「ジャスティス」,「ギガ」+「ジャティス」という作りです。「ギガジャティス」では「ジャティス」と「ス」が抜けるのは,字数を7文字に収めるという制約があるからでしょう。この場合,「ジャスティス」と「ジャティス」は同義と見なしてよい。
残るは「マ」と「ギガ」。どちらも語頭の位置で意味的な修飾語として使われています。「ギガ」は意味的には後続する語句が表す容量が桁違いに大きいことを表します。これに対し,「マ」は後続表現の純度を高める程度です。音韻的には,「ギガ」のほうがモーラ数も多く,発音に労力を要する濁音で構成されています。
結果はやはり,「ギガジャティス」のほうが強力なのです。
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神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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談話研究室にようこそ 第24回 音がもたらす強さ,意味がもたらす強さ(その1)
2012年 3月 15日 木曜日 筆者: 山口 治彦第24回 音がもたらす強さ,意味がもたらす強さ(その1)
最初に,用語について少しだけ解説します。前回は,紙数の都合から一般に知られている音節ということばで説明しました。しかし,これは日本語に関して正確な言い方ではありません。
音節は,母音を中心とした音のまとまりを指します。ですので,1つの母音に複数の子音が合体しても,母音1つのみでも1音節になります。とすると「ヒャダイン」は「ヒャ」+「ダ」+「イン」となり,3音節です。
ですが,日本語は撥音「ン」にも1音節分の長さ(1拍分)を認めます。ですので,日本語の表現については拍数で考えるほうがいい。ちなみに,この拍の概念をモーラ(mora)と言います。この拍数で勘定すると,「ヒャダイン」は4モーラになります。すると,4モーラの「ヒャダイン」よりも3モーラの「マヒャド」のほうが強いのはなぜか,という疑問が出てくるわけです。同様に,「ベホマ」が「ベホイミ」よりもモーラ数が少ないことも問題です。
今回は,「ベホマ」について考えます。ホイミ系の呪文は次の並びになっています。
(35) ホイミ/ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン
たしかに,「ベホマ」のほうが「ベホイミ」よりモーラ(拍)の数が少ない。なのに,「ベホマ」のほうが強い。ドラクエの呪文のなかで「ベホマ」は例外とすべきかもしれません。
しかし,「ベホマ」と「ベホイミ」のどちらが強そうですか?という少々間の抜けた質問をすると,皆が「ベホイミ」を選ぶわけではありません。つまり,音韻上の強さの印象は,モーラ数だけから単純に計れる訳ではないようなのです。ならば,モーラ数の多少による強さ重さの感覚を減じる事情が「ベホマ」にあるはずです。
「ベホイミ」と「ベホマ」の発音について少しこまかに観察します。「ベホイミ」は「ホ」のところでピッチが上がり,「イミ」の部分で下がります。「ホ」にアクセントがあり,「べ」が次に強く感じられる。他方,「イミ」は低く消えていくような感じです。強めに感じられるモーラはせいぜい2つで,モーラ4つ分のインパクトがじゅうぶんに伝わるとは言えません。
他方,「ベホマ」は「ホ」でいったん下がり,「マ」で少し浮上します。そして,「ベホマ」の3音はそれぞれが区切られるように明確に発音されます。こちらはモーラ3つ分の重量がしっかり伝わります。
前回,音節数(モーラ数)が多いと呪文が強く感じられるのは,つまるところ,呼気の消費量,つまり発音にかけるエネルギー量の差に理由があるのではないかと述べました。この考え方が正しいとすれば,本来強く感じられるはずの「ベホイミ」が弱めに感じられるのも無理からぬように思います。目立つモーラの数は「ベホマ」のほうが多いのです。
ほかにも理由は考えられます。前回に引いたクーパーとロスは,子音や母音の種類も名詞連続の順序に関係すると述べています。つまり,音が持つ大きさや重さの感覚に母音・子音の種類が関与する訳です。たとえば,zigzag(ジグザグ)ということばは,zigよりもzagのほうが重く感じられるために (そしておそらくは,舌の位置を上から下へ移動しつつ発音するほうがその逆よりも楽なために),zagzigとするよりも座り(語呂)がよいのです。
同様に,日本語の「イ」の音は「ア」に比べて,調音の際の舌の位置が高く,口の開き方も小さいため,軽く小さく感じらます。「ア」と「オ」は逆に大きく重い。そして,「ベホイミ」は大きさを感じさせないイ行の連続で閉じるのに対して,「ベホマ」はしっかりア行で終わっています。
今回は,「ベホマ」と「ベホイミ」の関係がモーラ数の基本則からはずれていることについて考察しました。「ベホマ」例外的な存在ですが,そこにモーラ数による強さの印象を減じる発音上の理由があることが了解できたかと思います。
次回は,ヒャド系呪文をもとに,呪文の強さと意味的な動機づけのかかわりについて考えます。
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専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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談話研究室にようこそ 第23回 呪文の長さと強度の関係
2012年 3月 1日 木曜日 筆者: 山口 治彦第23回 呪文の長さと強度の関係
前回までで,ドラクエの呪文の特徴を概観できたかと思います。おさらいしておくと,たとえばメラ系の呪文(メラ/メラミ/メラゾーマ)なら,語幹に当たる「メラ」の部分が既存の擬音語・擬態語(「メラメラ」)が持つ火炎のイメージを導入し,語尾の「ミ」「ゾーマ」の部分が当該の呪文の強度を表していました。今回と次回では,ドラクエの呪文が持つ階層性について,もう少しくわしく考えてみましょう。
まず,基本的なルールとしては,音節数(モーラ数)が増えるほど呪文の強度が増すことが挙げられます。以下が,音節数が順に増えている呪文です。
(31) a. メラ/メラミ/メラゾーマ (火の玉で攻撃する) b. ギラ/ベギラマ/ベギラゴン (閃光で攻撃する) c. イオ/イオラ/イオナズン (爆発で攻撃する) d. バギ/バギマ/バギクロス (真空で攻撃する) e. ザキ/ザラキ/ザラキーマ (敵を即死させる) f. ラリホー/ラリホーマ (敵を眠らせる)
では,なぜ,音節数が多いほうが強い印象を与えるのでしょうか。それはおそらく,音節が多いとその分だけ呼気を余計に消費するからでしょう。よりエネルギーが必要なのです。だから,強くて重い印象がする訳です。
このような感覚は,ことばにかたちをとって現れることがあります。クーパーとロスの1975年の論文(Cooper, W. E. & Ross, J. R. “World order.” Papers from the Parasession on Functionalism, CLS)は,名詞の並び方に一定の傾向があることを指摘しています。彼らが扱うのは”A and B”もしくは”AB”のかたちをした慣用表現における名詞ABの順序です。
英語では,意味上の必然性がない場合,音節数が多いものが後に来るという傾向があります。
(32) a. bread and butter (バターを塗ったパン) b. bride and bridegroom (新郎新婦←花嫁と花婿) c. peace and quiet (安らぎ←平和と静穏) d. days of wine and roses (酒と薔薇の日々)

たとえば,breadは1音節ですが,butterは2音節です。そして,butter and breadという順序はあまり見当たりません。
同じことは日本語でも言えます。名詞をふたつ(以上)並べる表現に,たとえば次のようなものがあります。
(33) a. 雨あられ b. 塵芥(ちりあくた) c. 魑魅魍魎(ちみもうりょう) d. 巨人大鵬卵焼き
(33c)の「魑魅魍魎」はさまざまな妖怪変化を表す表現ですが,「魑魅は山の精,魍魎は水の精」(『デイリーコンサイス国語辞典』)を意味します。同じような意味の名詞がふたつ並ぶとき,日本語でも音節数の多いものが後に来ることが多いようです。ちなみに「魍魎魑魅」(もうりょうちみ)という表現はありません。
(33d)の「巨人大鵬卵焼き」は,「国鉄」や「メリケン粉」と同じくらい昭和の香りがぷんぷんする表現です。1960年代に子供が好きだったものと言えば,読売ジャイアンツと横綱大鵬と卵焼きだった訳です。
同種のものを複数並べるときは,後のほうが重くなるように並べる,というのが日本語でも英語でも慣例となっています。ことばの音に対する重さ・強さの感覚はこのように,母語話者に共有されています。ドラクエの呪文はその感覚を利用して,同種の呪文を階層化しているのです。
しかし,問題があります。
(34) a. ホイミ/ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン b. ヒャド/ヒャダルコ/ヒャダイン/マヒャド
ホイミ系の呪文は,仲間のHP(体力)を回復させます。「ベホマ」は「ベホイミ」よりも音節数が少ないにもかかわらず,より体力を回復させます。そして,ヒャド系呪文は,氷や吹雪で敵を攻撃します。「マヒャド」も「ヒャダルコ」「ヒャダイン」より音節数が少ないのに,より強い攻撃ができるのです。
なぜでしょうか。続きは,また再来週。
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談話研究室にようこそ 第22回 コンピュータゲームと呪文(その2)
2012年 2月 16日 木曜日 筆者: 山口 治彦第22回 コンピュータゲームと呪文(その2)
前回は『ドラクエ』の呪文がコンピュータゲームという環境に見合った形態をしていることを,①真性型呪文である,②ことば遊びがある,そして,③短い,という3つの特徴にもとづいて確認しました。ことに,③の短さは,ゲームを行う際の操作性やソフトウェアを動かすハード面の制約に由来したものでした。
しかし,ここに問題があります。
コンピュータゲームの環境に適合させようとすると,呪文は短くなり,分かりやすいものになってしまいます。日常語との違いも出しにくくなります。ところが,第7回で確認したように,難解で非日常的なものが呪文であったはずです。つまり,コンピュータゲームの都合と呪文本来の性格は背反するのです。
どうしたらいいでしょうか?
『ドラゴンクエスト』に見出せる答えは,④オノマトペ(擬音語・擬態語)の語感を利用する,です。⑤の呪文の階層性の問題もかかわるので,あわせて考えてみましょう。
『ドラクエ』では形の似た呪文がグループを構成します。以下がその例です。
(30) a. メラ,メラミ,メラゾーマ b. ヒャド,ヒャダルコ,ヒャダイン,マヒャド c. バギ,バギマ,バギクロス d. ライデイン,ミナデイン,ギガデイン
「メラ」は火球で攻撃します。「メラミ」は「メラ」より強く,「メラゾーマ」は「メラミ」よりさらに強い打撃を敵に与えます。(30a)の「メラ」系の呪文は,炎がメラメラと燃えるイメージを「メラ」の部分が受け持ち,その「メラ」の部分をいわば語幹として,「メラミ」「メラゾーマ」と音節数が増えるにしたがって魔法が強まる,という設定になっています。
ほぼ同じことが,(30b, c)についても言えます。「ヒャド」系呪文は氷塊や冷気で敵を攻撃します。「ヒャド」の部分が冷やっと凍てつく感覚を伝えます。
「バギ」系は真空による打撃を与える呪文です。真空によって物がカマイタチ的に「バキッと」壊れる様を(おそらく)表します。
これらの呪文群は,語幹に当たる部分が既存の擬音語・擬態語(「メラメラ」「冷やっと」「バキッ」)に近い音(「メラ」「ヒャド」「バギ」)を表すことで,既存の擬音語・擬態語が持つイメージを間接的に導入します。つまり,オノマトペ的な感覚を利用して,呪文の効能を予感させる訳です。そして,その語幹に付加される部分によって魔法の強度を表しているのです。
これはとてもうまい方法だと思います。オノマトペは感覚的に表現内容を伝えます。だから,その感覚を共有する日本語話者には,呪文が表すだいたいのイメージは伝わります。その点においてコンピュータゲームの呪文に必要な操作性・分かりやすさを確保しています。語幹に付加される部分(「メラミ」の「ミ」,「メラゾーマ」の「ゾーマ」)によって呪文の強度を増やす設定も,分かりやすさに貢献しています。
他方,オノマトペ的感覚にたよるということは,ことばで論理的に明言したことにはなりません。しかも,既存の語をそのまま使うのではなく,それに類似する音を使う点も,呪文に必要な分かりにくさをもたらしていると言えるでしょう。
(30d)は上記の呪文と似ていますが,少しだけ性格を異にします。「デイン」系の呪文は雷撃による攻撃をもたらします。「雷電」をもじった命名です。オノマトペではなく,もじりによって「雷電」の意味合いを重ねた「ライデイン」が,まず作られる。その「ライデイン」の「デイン」を語幹にして「ギガデイン」と「ミナデイン」が出来上がる。オノマトペは関与しませんが,呪文の作り方は基本的に(30a-c)と同じです。
コンピュータゲームの都合と呪文本来の性格は,本来,背反するはずですが,『ドラゴンクエスト』では,このようにしてバランスをとっているのです。
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談話研究室にようこそ 第21回 コンピュータゲームと呪文(その1)
2012年 2月 2日 木曜日 筆者: 山口 治彦第21回 コンピュータゲームと呪文(その1)
前回抽出した『ドラクエ』呪文の特徴は次の通りです:
(28) ① 真性型呪文である ② ことば遊びがある ③ 短い ④ オノマトペ(擬音語・擬態語)の語感を利用している ⑤ 類似する呪文に階層性がある
『ドラクエ』の呪文が,呪文の種類ごとに異なる真性型であるのは,この呪文がゲームを操作するためのコマンドでもあるからです。「アブラカダブラ」のようにひとつで何でもこなす普及型呪文では,どの魔法を使いたいのか指定できません。それでは用をなさないのです。
②のことば遊びは,『ハリー・ポッター』のラテン語もどきのように全体にわたって徹底されたものではありませんが,いくつかの呪文に見受けられます。たとえば,「マホカンタ」は「魔法」+「カウンター」というのが由来らしく,敵の呪文を跳ね返します。「マホウカウンター」ではなく「マホカンタ」と少し短く,そして少し分かりにくくしてあるのが味噌です。
「ホイミ」は生命力(敵にやられると下がっていく)を回復させる呪文です。「休み」の「休」の字を「イ」と「ホ」に分割したうえで順序を逆さにしたようです。
呪文作成にことば遊びという指針があることは,『ハリー・ポッター』の呪文でも見たように,テクスト作成者にとって都合がいい。何の指針もなく訳の分からないことば(呪文)をたくさん作るのはむずかしいからです。
と同時に,ことば遊びの利用はテクストの受容者であるプレーヤにとっても利があります。円滑にゲームを進めるためには,どの呪文が何を引き起こすのか知っておかねばなりません。呪文にことば遊びという由来があれば,呪文の意味を覚えやすいのです。
次は,③の呪文の短さについてです。短いほうが覚えやすいという事情のほかにも,理由があります。
前回の(26)に挙げた呪文は,「メラ」「メラゾーマ」「ヒャダルコ」のように,すべて5文字以内に収まります。明らかに字数制限が課せられています。『ドラクエ』では,敵と対戦するとき「じゅもん」というコマンドを選択すると,画面にプレーヤが使える呪文が一覧で表示されます。その際,長い呪文は具合がよろしくない。スペースがたくさん必要ですし,読むのに時間がかかります。
なかでも初期作品は任天堂ファミリーコンピュータのソフトウェアでした。そこでは使用できるメモリがとても少なく,字数に対する制限も厳しかったのです。
シリーズ第6作以降では,「コーラルレイン」や「ギガジャティス」のように7文字の呪文も登場します。しかし,ハードの性能が向上して使用できるメモリが増えても,字数の制限(7文字)は依然として存在します。この辺り,小説『ハリー・ポッター』とは事情を異にします。
実際,ゲーム画面に表示される文字列を想起するなら,短い呪文がいいことは明白です。たとえば『ドラクエ』では,呪文を習得したり唱えたりしたとき,画面には以下のような表示が現れます(どちらも前掲書『冒険の歴史書』より引用)。
(28) a. メラの じゅもんを おぼえた! (『ドラゴンクエストⅣ』) b. ナインは バギマを となえた! (『ドラゴンクエストⅨ』)
このとき字数の多い呪文は不適当です。「ナインは ウィンガーディアム レヴィオーサを となえた!」だと,やたらスペースが必要です。しかし,画面の大きさには限りがあります。
要は,呪文が短いことも,ことば遊びが見られることも,そして,真性型呪文が用いられることも,コンピュータゲームの呪文であるという事情を考慮すると,すべて納得行くのです。
(28)の残りの特徴,④オノマトペ的な語感を利用している,および,⑤類似する呪文に階層性がある,については次回に考えます。では,2週間後にお会いしましょう。
* * *
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【筆者プロフィール】
神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
*
【編集部から】
雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。
談話研究室にようこそ 第20回 『ドラゴンクエスト』の呪文
2012年 1月 19日 木曜日 筆者: 山口 治彦第20回 『ドラゴンクエスト』の呪文
辰年になったからという訳ではありませんが,『ドラゴンクエスト』の呪文についても考えてみましょう。『ハリポタ』のあとは『ドラクエ』です。
『ドラクエ』は,コンピュータゲームの人気シリーズです。1986年に第1作『ドラゴンクエスト』が発売されて以来25年あまり。今では日本だけでなく世界的にヒットしています。2009年に発表された『ドラゴンクエストⅨ:星空の守り人』は,累計出荷本数で530万本を突破しました。
『ドラクエ』は,プレーヤが主人公となって冒険と戦いを繰り広げるロールプレーイングゲームです。たとえば,第1作目ですと,世界を絶望に陥れる竜王を倒すため,「選ばれし」勇者であるあなたは,竜王の手下と戦って経験値を上げ,隠されたアイテムを探し出す。そして,物語の最後に竜王と相見える。そういうゲームです。
敵と戦うときには魔法が使えますが,その呪文が秀逸なのです。
ただ,白状しますが,私は『ドラクエ』で遊んだことがありません。取り扱うデータに深く沈潜したことがないのは,談話研究者として恥ずかしいかぎりです。
そこで,今回,この文章を書くにあたり,『ドラクエ』デビューを目論みました。やはり,フィールドワークはとっても大切ですから。
ですが,性格からしてゲームにハマるのは目に見えています。仕事は結構忙しいですし,いい年をしたオヤジが何を今さら『ドラクエ』?と周囲は冷ややかな反応。で,この微妙なプレッシャーに負けてしまい,あえなくデビューを逃してしまいました。
閑話休題。
前置きが長くなりました。『ドラクエ』シリーズに出てくる呪文の観察からはじめましょう。第5作目あたりまでの呪文を中心に扱います。比較的初期の呪文のほうが,その体系と制約が見えやすいからです。コマで区切ったひとつひとつが呪文です。『ドラゴンクエスト25thアニバーサリー:冒険の歴史書』からおもなものを抜粋します。
(26) a. 攻撃呪文: メラ,メラミ,メラゾーマ,ギラ,
ベギラマ,べギラゴン,ヒャド,ヒャダルコ,
ヒャダイン,マヒャド,ライデイン,ミナデイン,
ギガデイン,ドラゴラムb. 回復呪文: ホイミ,ベホイミ,ベホマ,ベホマラー,
ベホマズン,キアリーc. 補助呪文: ラリホー,ラリホーマ,マホキテ,マホカンタ,
メダパニ
呪文の意味は適宜説明することにして,まずは,(26)に挙げた呪文を『ハリー・ポッター』の呪文と比べてみましょう。
(27) Petrificus Totalus(ペトリフィカス・トータラス), Expelliarmus(イクスペリアーマス), Expecto Patronum(イクスペクトー・パトローナム), Wingardium Leviosa(ウィンガーディアム・レヴィオーサ), Obliviate(オブリヴィエイト), Reparo(レパーロ), Finite Incantatem(フィニーテ・インカンテイタム), Alohomora(アローハモーラ), Lumos(ルーモス)
『ドラクエ』の呪文が,『ハリポタ』のそれと共通する部分は,①真性型呪文である,②ことば遊びがある,ところです。そして,異なるのは,③短い,④オノマトペの語感を利用している,⑤類似する呪文に階層性がある,という点です。
この特徴はどのような動機に支えられているのでしょうか? この連載の第1回で考えたことですが,モグラの形態的特徴がその生息環境に適合していたように,『ドラクエ』の呪文はコンピュータゲームというジャンルに見合ったものではないでしょうか。次回以降で考えてみましょう。
* * *
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【筆者プロフィール】
神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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【編集部から】
雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。
談話研究室にようこそ 第19回 無言の呪文と小説と映画
2012年 1月 5日 木曜日 筆者: 山口 治彦第19回 無言の呪文と小説と映画
『ハリー・ポッター』の呪文について述べておきたいことがもうひとつだけあります。映画と小説における無言呪文(nonverbal spells)の取り扱いについてです。小説第6巻のHarry Potter and the Half-Blood Prince(『ハリー・ポッターと謎のプリンス』)の終盤で,スネイプはハリーの攻撃をかわしてこう言います。
(25)’Blocked again, and again, and again until you learn to keep your mouth shut and your mind closed, Potter!’
「これも,前も,その前も,楽なもんだ。口を閉じ心を閉ざすことを覚えないうちはな。」
『ハリー・ポッター』の小説では,熟練した魔法使いなら呪文を声に出さずとも魔法をかけることができます。これが無言呪文です。ハリーたちが無言呪文を習い始めるのは,この第6巻です。上の例でハリーが「口を閉じ」ることを覚えないとあるのは,彼が無言呪文に長けていないことに言及したものです。
ところが,映画では第5作の『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』で,ハリーは彼の名付け親シリウスとともに無言呪文でこともなげに敵と戦っています。
では,なぜ,小説の設定が映画では変更されたのでしょうか?
その問いに答えるには,映画のどのような場面で無言呪文が使われるのか,そして,どのような場面で使われていないのか,確かめる必要があります。
映画においてハリーが無言呪文を使うのはバトルシーンです。そこでは魔法の応酬が見られます。映画の見所でもあるわけで,観客に息をつかせるわけにはいきません。いちいち呪文を唱えるのは間が悪い。どうしても展開を遅らせることになります。
映画では,スローモーションなどの効果を用いないかぎり,出来事はリアルタイムで進行します。だから,素早い展開を必要とする場面ではいちいち呪文を唱える訳にはいかないのです。小説の設定から外れることになっても,映画ではハリーに無言呪文を習熟しておいてもらわないと困る。そういうことだろうと思います。
では,映画において,無言呪文に習熟しているはずのハリーがことさらに呪文を唱える必要があるのは,どのような場面でしょうか。
たとえば,シリーズ第7作の『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』では,邪悪な魔法がかけられたペンダントを破壊しようとして,ハリーがさまざまな魔法を試みる場面があります。ここでハリーは,それぞれの呪文を声に出して魔法をかけます。
なぜ,わざわざ声に出すのでしょうか。もちろん,観客にさまざまな魔法が試されたことを(間接的に)伝えるためにです。
要するに,映画において無言呪文が使われるか否かは,観客に対してどのような効果を与えるのか,観客にどのような情報を伝えるのかによって決まります。
他方,小説における時間の流れは,映画におけるそれとは大きく異なります。小説は映画と違って出来事をリアルタイムに提示する必要がありません。だから,小説のハリーは無言呪文が苦手でもかまわないのです。
小説と映画とにおける呪文の扱いの違いは,両者のメディア(伝達媒体)としての性格の違いに起因しています。メディアの違いがそこで使われることばのふるまいに影響をもたらしている訳です。
このメディアの違いがことばに対してもたらす影響の違いについてさらに考えるために,次回以降ではコンピュータゲームの『ドラゴンクエスト』の呪文を取り上げます。
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神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。
談話研究室にようこそ 第18回 呪文をどう翻訳するか(その2)
2011年 12月 15日 木曜日 筆者: 山口 治彦第18回 呪文をどう翻訳するか(その2)
小説の翻訳者松岡佑子のとった方法は,映画の字幕翻訳者のそれとは少し異なります。たとえば,これまでにも取り上げた三つの呪文(Petrificus Totalus/ Expecto Patronum/ Experiarmus)は,以下のように訳出されています。
(23) a. ペトリフィカス トタルス! 石になれ! b. エクスペクト パトローナム! 守護霊 よ来たれ!c. エクスペリアームス! 武器 よ去れ!
小説の日本語訳では,このような訳出法が一貫してとられています。まず,片仮名表記によって呪文の音声的特徴を伝え,そしてその呪文の意味を提示する,というものです。呪文の意味は命令形で示され,可能な場合は「守護霊よ来たれ」のように古めかしい表現が使われます。また,戦闘や練習で呪文が飛び交うような場面では,「ペトリフィカス トタルス!」「石になれ!」というように,前半部と後半部がそれぞれ単体で用いられることもありますが,たいていは片仮名表記+意訳の形態に統一されています。
ところで,呪文のこのパタン,どこかで見たことはありませんか。そうです, 普及型呪文と形式的によく似ています。
(24) a. アブラカダブラ,締め切りよ伸びよ b. テクマクマヤコン,テクマクマヤコン,AKB48になーれ
「呪術的前付け」が片仮名で提示され,それに続く「効能説明」がどのような魔法が行われたのか明かす,という普及型呪文のパタンと,よく似たかたちをしています。異なるのは,呪術的前付けの部分が呪文ごとに変わる点です。
翻訳者はなぜ,このようなパタンを採用したのでしょうか。
この方法は,提示する情報量の点では(22)のルビ打ちの方法とほぼ同じですが,(23)の小説訳では,(22)のルビに当たる部分(例:「エクスペリアームス」)が前に来て,その後を呪文の意味(例:「武器よ去れ」)が追いかけます。そのうえで,(23c)に見られるように,「守護霊」「武器」など少しむずかしめの語にはルビを打っています。つまり,年少の読者に対する配慮がより細やかになされているのです。
ところが,(22)の字幕翻訳ではそのような配慮は不可能です。「武器よ去れ」には,「エクスペリアームス」というルビがすでに打たれているからです。したがって,(22)の字幕翻訳を読む観客は,「守護霊」や「武器」などの漢字を自力で読み進めねばなりません。つまり,(22)の字幕翻訳は,小説よりも対象年齢が高いのです。より年少の観客は字幕ではなく吹き替えで映画を観るので,それで問題ありません。
要するに,映画の字幕翻訳と小説の翻訳では,想定された受信者の対象年齢に開きがあり,小説のほうが対象年齢を低めに見積もっています。そして小説では,真性型の呪文を翻訳するにあたり,年少の読者におなじみのフォーマット――普及型呪文の「呪的前付け」+「効能説明」のパタン――に重ねることで呪文らしさを添えたわけです。
これはこれでとてもおもしろいやり方だと思います。ただ,翻訳者には折り込みずみのことだとは思いますが,オリジナルの真性型呪文を普及型呪文に変えた点で,原作よりも子供っぽさが目立つ結果となりました。
『ハリー・ポッター』シリーズの呪文翻訳の背景には,このような必然的な理由が隠されているようです。ことば遊びのニュアンスを翻訳に残すことには無理があるので,できるだけ分かりやすい翻訳を心がける。その過程で翻訳者は受信者の年齢層を考慮しながらも,それぞれの媒体に応じた翻訳を行う。その結果が,2種類の字幕翻訳と小説の翻訳に異なったかたちをとって現れた。そういうことだと思います。
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(*) 編集部注=このページをご覧になる環境によって、ルビが該当文字の上に表示される場合と、( )に括った状態で表示される場合があります。実際の字幕では、文字の上に表示されています。
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2007年









