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ドイツ語の地域差と独和辞典

2011年 1月 24日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(106)

日本語と同じようにドイツ語にもさまざまな方言がある。それらは大きく、北ドイツの低地ドイツ語、中部ドイツの中部ドイツ語、南ドイツ・オーストリア・スイスの上部ドイツ語に三分され、そこからさらに各地域の諸方言に枝分かれしていく。隣接する方言、たとえば南東ドイツのバイエルン方言と南西ドイツのシュヴァーベン方言は相応の類似性を示すが、北ドイツの話者とスイスの話者が各々の方言で理解しあうことはきわめて難しい。もちろん、今日では大部分の人々が標準語を話せるので、ドイツ人とスイス人の間で通訳が必要になることはないし、我々も教科書で習ったドイツ語で不自由なく旅行したり暮らしたりすることができる。

とはいえ、実際にドイツ語圏に赴いてみると、方言はともかく、各地で話される「標準語」(ないし標準語に準ずる日常語)にもかなりの相違があることが実感される。一番目立つのは発音で、たとえば語末の-ig [ıç]は、ドイツ語圏の南部では[ık]となる。また、rは口蓋垂(のどひこ)の[R]が優勢であるが、バイエルン州とオーストリアなどでは巻き舌の[r]が用いられる。このような発音上の偏差は、「習うより慣れよ」で、特に意識しないでも自然に耳に馴染んでくる。

しかし、問題は発音にとどまらない。語彙や表現においてもドイツ語には少なからぬ地域差が見られる。ドイツ語学習者が一番はじめに習う挨拶Guten Tag!「こんにちは」からして、ドイツ語圏の南半分ではGrüß Gott!(南ドイツとオーストリア)、あるいはGrüezi!(スイス)という(ともに「神があなた[がた]に挨拶してくれるように」の意)。もちろん、南部でGuten Tag!といっても十分に通じるが、土地の流儀で挨拶をした方が好感を持たれるであろう。この挨拶表現に関しては、次のサイトに興味深い言語地図が掲載されている。
http://www.philhist.uni-augsburg.de/de/lehrstuehle/germanistik/sprachwissenschaft/ada/runde_2/f01/ [Atlas zur deutschen Alltagssprache]

さて、『クラウン独和』ではこれらの表現に対してどのような説明がなされているであろうか。Grüß Gott!については、grüßenの項に「GrüßI [dich/euch/Sie] Gott!《南部・オーストリア》おはよう;こんにちは;こんばんは;さようなら」とある。この挨拶は四六時中使えるため多数の訳語が並べられているが、「おはよう」は実は南部でもGuten Morgen!ということが多い。また、「さようなら」の意味での用法は(方言を除いて)稀であると思われる。スイスドイツ語のGrüezi!はそのまま見出し語になっており、同様の訳語が配されている。

もう1つ例を挙げよう。朝食として好まれる小型の白パンをBrötchen(<Brot「パン」+縮小語尾-chen)というが、これも全ドイツ語圏で使用される語ではない(「理解」はされるが)。地域ごとに(たとえ標準語で話すときでも)、Semmel、Wecken、Rundstück、Schrippeなど区々な呼称がある。クラ独で調べると、SemmelとWeckenは《南部・オーストリア》、Rundstückは《北部》、Schrippeは《ベルリン》となっている。これらの記述は一見マニアックと思われるかもしれないが、実は有益な情報である。かつて旧東独の教授から次のようなエピソードを聞いたことがある。彼が地元のギムナジウムを卒業して、ベルリンで大学生活を始めたころにパン屋で「Brötchen」を求めたところ、店員に「Schrippeですね」といわれたとか。まあ「おのぼりさん」であることが露呈しても特に損をするわけではないし、まして我々外国人がそこまで見栄を張ることもないかもしれないが、現地での暮らしに馴染むために多少の勉強が必要ではある。

このように各地で耳新しい表現に出会ったら、ぜひクラ独で調べていただきたい。「地域限定版」の語彙・語法には、通用域の記載とともに、類義語として「メジャー」な対応語が挙げられている(たとえばSemmelやSchrippeには(→Brötchen)といった形で)。一方、逆方向での(つまり「メジャー」な語から「地域限定版」への)類義語指示は原則としてなされていない。しかし、特に重要な情報は♦印の注として盛り込まれている。ちなみに、Brötchenの項には「♦南部・オーストリアではSemmelという」とある。このような言語上の地域差を、ドイツ語圏文化の多様性の一事例として楽しみながら学ばれてはいかがだろうか。
クラ独は大辞典ではないし、方言辞典でもない。しかし、ドイツ語の標準語~日常語に地域差が存在する以上、学習者に役立つ最低限の情報は提供されてしかるべきであろう。このような点で、クラ独の記述は中型辞典としては充実していると自負する。飽き足りない方は、上述のサイトや、W. König: dtv-Atlas Deutsche Sprache. München (Deutscher Taschenbuch Verlag) 142004をご覧になるようお勧めしたい。同書にはBrötchenの言語地図も収録されている。


【筆者プロフィール】
飯嶋一泰
早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

ドイツのスズメ・日本のスズメ

2010年 4月 12日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(87)

ドイツの町中で見かけるスズメは日本のスズメとやや異なる容貌をしている。とりわけ頭が灰色であるのが目につく。実は、これらのスズメはHaussperling(家スズメ)と呼ばれるもので、我々のスズメ、すなわちFeldsperling(スズメ、直訳すると「野スズメ」)とは別種である。ドイツに限らずヨーロッパで人間の身近に姿を見せるのは家スズメであり、野スズメは林や農地などに棲息する。ただし、日常語ではいずれも愛称的にSpatzということが多い。

家スズメの頭が灰色であると述べたが、実はそれはオスのユニフォームであり、メスは全体に地味な茶色を帯びている。家スズメは日本のスズメのように人間を恐れず、戸外で飲食しているとおこぼれに与ろうと擦り寄ってきたりする。その姿は可愛いらしいともいえるし、見方によっては図々しいともいえる。それを受けてか、ドイツ語にはfrech wie ein Spatz「スズメのように厚かましい」という言い回しもある。今回は、スズメに関するこのような慣用句やことわざをもとに、スズメに対してドイツ語人が抱くイメージを探ってみたい。

辞典類を調べると、何よりもスズメが小さなもの、取るに足りないものの比喩に用いられているのがわかる。Ein Spatz in der Hand ist besser als eine Taube auf dem Dach.「明日の百より今日の五十(<屋根のハトよりも手の中のスズメのほうがよい)」、mit Kanonen auf (nach) Spatzen schießen「鶏を割くに牛刀をもってする(<大砲でスズメを撃つ)」などがそれである。ein Spatzen[ge]hirn haben「脳みそが足りない」も文字どおりには「スズメの脳みそを持っている」ということでスズメには失礼な話だが、日本語の「雀の涙」にも通ずる楽しい表現である。

スズメのにぎやかな囀りをイメージした言い回しにもポピュラーなものがある。Das pfeifen die Spatzen von den Dächern.「そんなことは誰でもとっくに知っている(<そのことをスズメが屋根からぴーちくしゃべっている)」がそれである。ただし、その鳴き声があまり美しいものでないことは、Der Spatz will die Nachtigall singen lehren.「釈迦に説法(<スズメがナイチンゲールに歌を教えようとする)」にも現れている。日本語の「雀の千声、鶴の一声」などに近い発想といえようか。

これらの表現から共通して見えてくるのは、小さく身近な生き物であるスズメに対する「親しみ」であろうか。もちろん、ヨーロッパにおいてもスズメは穀物を荒らす「害鳥」として忌避されてきた長い歴史がある(実は害虫を食べる「益鳥」でもあるのだが)。しかし、少なくとも今日よく用いられることわざ・慣用句からは、スズメに対する「敵意」は感じられない。同じことは日本語についても言える。『新明解故事ことわざ辞典』に挙げられている9つのことわざのトーンには、今まで見てきたドイツ語の言い回しに通ずるものがある。近年、ヨーロッパや日本のあちこちでスズメが姿を見せなくなったというニュースを耳にする。スズメが言葉の上だけでの存在になりませんように。


【著者プロフィール】
飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

ドイツ語慣用句に見る犬のイメージ

2009年 7月 13日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(58)

現代のドイツは必ずしも子供にやさしい(kinderfreundlich)社会ではないが、犬に寛容ではある。街並みが小ぎれいなので油断していると、特に住宅地では歩道上の「落し物」を踏んで靴を汚すことになる。少子化が進み、子供に注ぐべき愛情がペット(や自動車)に向けられていると見ることもできよう。

このように犬好きのドイツ人ではあるが、ドイツ語に現れた犬のイメージは概して芳しいものではない。それは、『クラ独』でHundの項を見てみれば一目瞭然である。Der Hund bellt.「犬がほえる」、[sich3] einen Hund halten「犬を飼う」等いくつかの一般的用例は別として、大部分の慣用的表現はネガティブな比喩として用いられている。

中でも目に付くのが、犬を「みじめ」なものに喩えている例である。まず、wie ein Hund lebenであるが、これは「犬のように暮らす」転じて「みじめな暮らしをする」という意味である。同様の発想は英語のto lead a dog’s life、フランス語のvivre comme un chienにも見られる。他にも、Von ihm nimmt kein Hund ein Stück Brot.「彼には誰も見向きもしない<彼の手からは犬さえパンをもらわない」、auf den Hund kommen「落ちぶれる<(馬や驢馬にさえ乗れずに)犬に乗る」、Das ist unter dem (allem) Hund.「それは話にならない<それは(全ての)犬以下である」等々が挙がっている。さらに、hundeelend 「(犬のように)ひどくみじめな」、hundsgemein「(犬のように)卑屈な」のような複合語にも注目されたい。日本語の「犬死に」「犬畜生」などとも通ずる発想がそこには見られる。

次いで多く見られるのが、「獰猛」なものとしての猟犬をイメージしている表現である(ドイツ語には狩猟用語に由来する言い回しが多い)。Viele Hunde sind des Hasen Tod.「多勢に無勢<たくさんの犬はウサギにとっては死を意味する」、mit allen Hunden gehetzt sein「海千山千である<あらゆる犬に駆り立てられた」、vor die Hunde gehen「破滅する<犬たちの前に行く」などがこれにあたる。

以上、ネガティブな例ばかり見てきたが、犬を顕彰するような表現はないのだろうか。犬の徳目としてすぐ思いつくのは「忠実」で、日本語にも「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」ということわざがある。しかし、ドイツ語の慣用句としてはtreu wie ein Hund「犬のように忠実」ではなく、treu wie Gold「黄金のように忠実」が一般的である。

さて、このままでは犬の立つ瀬がないので、少なくとも犬への親しみが感じられる言い回しを紹介しておこう。それは、「滑稽」なものとしての犬をイメージした表現である。その筆頭格がEr ist bekannt wie ein bunter Hund.「彼は至る所で有名だ<“三毛犬”のように有名だ」である。bunt「多色」の犬というのは珍しいから(どちらかというと悪い意味での)「有名人」になってしまうわけだ。ちなみに、オランダ語でも同じ意味でbekend zijn als de bonte hondと言い、(西)フリジア語でもbekend wêze as de bûnte hûnと言うらしい。一方、フランス語でêtre connu comme le loup blanc「白い狼のように知られている」と、違う比喩を用いるのは興味深い。他にも、日本語の「犬も歩けば棒に当たる」に負けないユーモラスな表現がいくつかあるので、興味のある向きは『クラ独』、さらにはDuden: Redewendungen und sprichwörtliche Redensarten (Duden Bd.11)のような慣用句辞典を読まれるよう勧めたい。


【著者プロフィール】
飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


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2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

たかがソーセージ、されどソーセージ

2009年 3月 16日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(43)

ドイツ語でハムはSchinken、ソーセージはWurstあるいはWürstchen(-chenは縮小語尾)という。ハムが豚のモモ肉から作られる本来贅沢な食材であるのに対して、ソーセージは雑多な肉を腸詰にしたまさに大衆食である。ドイツの街角や駅構内には必ずといってよいほど焼きソーセージ(Bratwurst)のスタンドが見られ、それらは日本での立ち食いそば屋のような役割を演じている。

ドイツ人のソーセージに対する愛着は言語面にも現れており、Wurstを含む表現には特に口語で好んで用いられるものが少なくない。『クラ独』の記述を手がかりに、その一部を見てみよう。まず、最もポピュラーな言い回しはj3 Wurst sein「人3にとってどうでもよい」であろう。直訳すれば「人3にとってソーセージである」ということで、ここではありふれた安価なソーセージがイメージされている。これと一見矛盾する表現にJetzt geht es um die Wurst!「さあさあ、正念場だぞ、頑張れ」(文字通りには「今ソーセージがかかっている」)があるが、この言い回しは縁日などに催された競技の景品にしばしばソーセージが出たことに由来するという。同じことばが相矛盾する比喩に用いられるのは、ことわざや慣用句の常で、別に不思議はない。もう1つソーセージがらみの表現としてExtrawurstの項にあるj3 eine Extrawurst braten「人3を特別待遇(えこひいき)する」(直訳:「人3に特製ソーセージを焼く」)も外せないであろう。また、残念なことに『クラ独』では3版以来削除されてしまったが、mit der Wurst nach dem Schinken werfen「些細なもので大きな利益を上げる、エビでタイを釣る」(直訳:「ソーセージを投げてハムを得る」)にもあえて言及しておきたい。たしかに使用頻度はそれほど高くないかもしれないが、ハムとソーセージのヒエラルキーを如実に語る言い回しであり、5版での復活が期待される。

さて、この機会に無数ともいえる種類のドイツ・ソーセージの中から、ミュンヘン名物白ソーセージ(Weißwurst)を紹介しておきたい。これは子牛肉にパセリやタマネギを加えて作る「生」ソーセージで、日持ちがしない。かつては、Weißwürste dürfen das Zwölfuhrläuten nicht hören「白ソーセージは12時の鐘を聞いてはならない」といって、朝作ったものを昼前に消費する習慣であった。ボイル(というより湯通し)して、甘いからし(süßer Senf)を付けて食べる、柔らかくジューシーなソーセージである。ザウアークラウト(Sauerkraut)は添えず、Brez’n (Brezel)と呼ばれる8の字型パンとセットで供されるが、加えて小麦ビール(Weizenbier)があれば、言うことなし。皮はごく薄いけれど、ナイフあるいは指でむいて食べるのが流儀だ。このソーセージは中部・北部ドイツでは概して評判が芳しくなく、バイエルン州内でも北半分のフランケン地方ではもっぱら焼きソーセージが食される。州の南北を分かつドナウ川が戯れにWeißwurstäquator「白ソーセージ赤道」と呼ばれるのはこの事情からである。実際、この「赤道」はドイツ・ソーセージ文化の中央構造線ともいえ、第二次大戦後ベルリンないしハンブルクを起点にドイツ各地に普及したカレーソーセージ(Currywurst)-ぶつ切りにした焼きソーセージにケチャップとカレー粉をかけたファストフード-も、これを突破することができなかった。このカレーソーセージも気になる存在かもしれない。関心のある方はウーヴェ・ティム(浅井晶子訳)『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(河出書房新社 2005)を読まれるとよいであろう。


【著者プロフィール】
飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学


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ビールのドイツ語

2008年 12月 22日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(34)

ドイツの食事といえばビールとソーセージ、というのはいかにもステレオタイプだが、ビールが美味いことに間違いはない。ドイツがイギリス・ベルギー・チェコと並ぶビール最先進国であることに、誰しも異存あるまい。もちろん、ドイツワインもあるが、ワインが造られるのはライン・モーゼル・マイン流域など「13大産地」に限られる。それに対し、ビールは全国いたるところで醸造されるまさにNationalgetränk(国民的飲料)といえる。

『クラ独』の編修委員は左党が多く、編修会議後は連れ立ってビール(だけではないが)を飲みに行くのが慣わしとなっている。このような我々が、ビール関連語彙の記述に意を用いたのは言うまでもない。まず、そのものずばりBierの項を見ていただきたい。そこには、枠囲み記事として「主なビールの種類」が挙げられている。ここにある十数種の基本カテゴリーを知っていれば、ドイツのどこへ行っても、ビールの注文に困らないであろう。

今回は、『クラ独』のページをめくりながら、ドイツビールを簡単に紹介してみたい。ビールといえばバイエルンが特に有名だが、ここでは樽生の明色ないし暗色ビール(Helles/Dunkles vom Fass)とともに、ぜひWeizenbier (Weißbier)を試していただきたい。これは『クラ独』によると「小麦を主原料とする発泡性の強い南ドイツのビール」である。今日では南ドイツに限らず、ドイツ語圏であればどこでも飲むことができるが、バイエルンのものが最良である。お勧めはErdinger、Schneider、Andechserなどの銘柄。なお、このビールは瓶内で二次発酵させた酵母(Hefe)入りが本来のもので、酵母抜きは邪道(?)である。間違いなく注文したければ、Hefeweizenbier(これも『クラ独』にあり)と言えば確実だ。

バイエルン州北部のフランケン地方は、ワインの名産地として知られるが、ビール醸造も盛んな土地柄で、特にRauchbierは究極のドイツビールと呼ぶべき逸品である。『クラ独』には、「燻製ビール(麦芽をいぶして煙の香りをつけた上面発酵ビール.バンベルクの特産品)」とある(A社のX辞典、B社のY辞典には記載なし)。ドイツビールは、ベルギービールなどに比べると一般に性格が穏やかだが、Rauchbierは強烈な個性を持つgewöhnungsbedürftig「慣れが必要」なビールだ。日本にはSchlenkerlaという銘柄が入っている。

他にはケルンのKölsch、デュッセルドルフのAltbier (Alt)、ベルリンのBerliner Weißeなど、各地特産のビールがある。これらについても『クラ独』本文を参照されたい。ただ、スペースの関係上、記述は(我々の意に反して)簡略となっている。興味のある方は、長尾伸『ビールへの旅』(郁文堂 2001)あるいは相原恭子『もっと知りたい!ドイツビールの楽しみ』(岩波書店 2002)などを読まれるとよいであろう。もちろん、ビールは「読む」より「飲む」ものなので、品揃えの良いデパートや酒屋さんでまずはWeizenbierを(できれば専用グラスとともに)入手し、味わっていただきたい。また、ベルギービールほどではないが、日本にもドイツビールを飲ませる店がある。特に東京駅前・新丸ビルのFレストランにはWeizenbierの注ぎ方が上手なウェイターがおり、ドイツで飲むのと同じ味が楽しめる。この店ではもちろん日本語が通じるが、いずれドイツでビールと料理を心おきなく堪能できるよう、ドイツ語に精進していただければ幸いである。


【著者プロフィール】
飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


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クラウン独和でドイツマンガを読む

2008年 11月 10日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(29)

日本のマンガが今や広く世界で愛読されているのは周知の事実だが、ドイツでも1990年代半ばから翻訳が次々と刊行され、コミック市場を席巻している。もともとドイツ語圏で読まれるコミックといえば、フランスのAsterixやベルギーのTintin(ドイツではTim und Struppi)などのいわゆるバンド・デシネか、あるいはアメリカのMickey Mouseなどの翻訳が主流で、国産コミックで人気を博したものは多くない。挙げるとすれば、ユーモラスな探偵物Nick Knatterton(Manfred Schmidt作)やバイク乗りが主人公のWerner(Brösel作)あたりであろうか。このような土壌に、晴天の霹靂のごとく日本マンガが到来した。当初は、主にマニアがターゲットであったようだが、アニメ(Dragon BallやSailor Moon)との相乗効果もあり、マンガは瞬く間に若い世代の心を捉えた。

最近では、日本マンガを読んで育った世代の中から、オリジナルの「ドイツマンガ」を描く作家が登場している。オリジナルとはいえ、コミックではなくマンガであるから、本の体裁(右綴じで小型、白黒印刷)も、画やストーリーのスタイルも日本風だ。右綴じのため、文字の流れとコマの流れが逆になるが、すでに翻訳物で慣れている読者には問題ないらしい。形喩(血管・汗など)や効果線が多用されるほか、少女マンガの場合、背景を飾る花も欠かされない。多くの作家は発展途上と見られるが、何人かは力量を感じさせる作品を発表している。たとえば、Christina PlakaのYonen Buzzはパンクバンドのサクセスストーリーだが、なかなかサクセスしない重苦しさが読者を呪縛する(現在第4巻まで刊行)。また、韓国系ドイツ人のJudith ParkはY Square他コミックを数冊出しており、それらは典型的少女マンガで、奇想天外な展開と、まことに美しい画が魅力である。

これらドイツマンガは、読んで楽しいだけでなく、生きたドイツ語の教材としても活用できる。作家自身が二十代前半の若者で、登場人物も青少年が中心なので、若者言葉や口語がふんだんに使われているからである。以下に、ドイツマンガに出てくる表現をいくつか取り上げ、それらの独和辞典における記載を見てみよう。まず、古典的ともいえる若者語anmachenがマンガでも多用されているが、クラ独で引いてみると「(人4に)言い寄る」という訳語が与えられている。この語(語義)は、A社のX辞典にもB社のY辞典にも載っている。その類義語anbaggernもあるマンガで目にしたが、こちらはクラ独では「(人4に)強引に言い寄る」となっていて、よりインパクトの強い表現であることがわかる(ちなみにX・Y辞典には記載がない)。他に目立つ表現としては、so was von …に何度も遭遇したので、クラ独で調べてみると、wasの項の末尾近く(1588ページ)にSo was von Dummheit!「そんな馬鹿げたことが(を)」の用例が挙げられていた。マンガではもっぱらIch bin ja so was von dumm!「私は何て馬鹿なのかしら」のように、vonの後に形容詞を置くパターンで使われているので、これも辞書に反映するべきかも知れない(管見では他の独和・独独辞書にも未記載)。マンガに出てくる語や表現をすべて独和辞典に収録すべきとは考えないが、それらについての情報が乏しい辞書は、活きの良い辞書とは言えまい。その意味で、マンガは辞書の鮮度を測るバロメーターともなりうる。


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飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
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『クラウン独和辞典第4版』編修委員


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外来語の性の悩み

2008年 7月 28日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(19)

ドイツ語の名詞には文法上の性(Genus)があり、男性名詞・女性名詞・中性名詞の3種類に分類される。人間や動物を表す名詞の性は、一般に自然界における性に従うが、事物や概念を表す名詞も男・女・中のいずれかの性を割り振られている。たとえば、Löffel「スプーン」は男性、Gabel「フォーク」は女性、Messer「ナイフ」は中性といった具合である。文法上の性を持たない我々には奇妙に思えるが、ヨーロッパの多くの言語には同様のカテゴリーがある。ただ、ドイツ人でも性を間違える場合があり、地方によって性が異なる単語もある。

特に外来語に関しては、性の扱いが微妙なケースが多い。ラテン語やフランス語のように性の区別がある言語から受け入れた外来語は、原語における性を引き継ぐことが可能である(例外も少なくない)が、英語や日本語のように性のない言語から借用した場合、新たに性を付与する必要が生じる。その際、性はどのようにして決められるのであろうか。

まず、その外来語に近い意味の既存語の性を引き当てるということ(類推)が考えられる。たとえば、日本語から来たSake「酒」は、Wein「ワイン」が男性なので、それに倣って男性名詞となった。この類推作用は思いのほか強く、Grappa「グラッパ(ワインの絞りかすで作る蒸留酒)」は、もとのイタリア語では女性名詞であるにもかかわらず、ドイツ語ではSchnaps「シュナップス(蒸留酒)」の影響でしばしば男性扱いとなる(『クラ独』では男性(女性)と記されている)。

次に、語の形態が拠り所となるケースがある。ドイツ語では、-eあるいは-aで終わる名詞の大半は女性であるので、英語から入ったCola「コーラ」も女性名詞として使われることが多いようだ(『クラ独』では中性(女性)とされている)。日本語からの外来語ではSoja「大豆(<醤油)」やSatsuma「温州みかん」が-aで終わる女性名詞だが、これらはむしろBohne「豆」やMandarine「マンダリン」(いずれも女性)からの類推と見るべきかもしれない。

このようにすべての名詞に性を付与しなければならないのは因果な話だ。特に、新たに外来語が移入されたとき、かなりの混乱が生じうる。その顕著な例がE-Mail「eメール」であろう。この英語系外来語は、当初、女性と中性の2つの性の間を揺らいでいた。最近では、どうやら女性(Post「郵便」からの類推)に落ち着いた観があるが、昨夏、南ドイツのあるホテルから受け取ったメールに“Vielen Dank für Ihr freundliches E-Mail”「ご丁寧なメール有難うございます」という文言を発見した。ここでは中性のE-Mailが健在であった。ちなみにヤフー・ドイツで検索すると、女性・中性と並んで、少数ながら男性(Brief「手紙」の類推?)のE-Mailまで出現する。あまり神経質になる必要はないのかもしれない。


【筆者プロフィール】
飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
早稲田大学文学学術院教授
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『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
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クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(8)

2008年 5月 12日 月曜日 筆者: 飯嶋 一泰

【編集部から】
このたび『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

クラウン独和とDenglisch

『クラウン独和辞典』には約6万語が収録されているが、その中には多くの借用語(外来語)も含まれている。借用語の大半は西洋古典語であるギリシャ語・ラテン語系のものとフランス語を中心とするロマンス語系のものである。これらについては、語源欄に由来を記してあるので参照されたい。

近年では、日本語と同様にドイツ語においても英米語からの借用が盛んである。特に1990年代以降、英語系借用語を使うのがin(おしゃれ)という風潮が強まり、広告業界や若者はもとより、公共機関までがノリの良い(?)英語系借用語や「独製英語」を乱用する始末だ。たとえば、ドイツ鉄道では旅客案内所をService Point、出札窓口をCounterと呼んでいる。一方で、この「英語の氾濫」を嘆く言語純化主義者も少なからずおり、彼らはこの英語かぶれのドイツ語、つまりDenglisch(<Deutsch+Englisch)を駆除せんと躍起になっている。

我々編修委員は、Denglischを排斥する立場にも奨励する立場にもないが、少なくとも一般に受け入れられている英語系借用語は見出し語に採用すべく努めた。英語系借用語については、英和辞典を見れば良いとも言えるが、一旦ドイツ語の語彙に受け入れられ、それなりの頻度で用いられるものであればドイツ語辞典に採用するのが筋だからである(もちろん、上述のService Pointのような特殊なもの、あるいは一過性のものまで網羅主義的に採用する愚は避けた)。

『クラ独』第4版に載っていてA社のX辞典(5万6千語)とB社のY辞典(5万3千語)のいずれにも載っていない語をランダムに拾ってみると、次のようなものがある。Brunch「ブランチ」、Date「デート」、Deal「取引」、happy「ハッピーな」、shoppen「ショッピングする」、またIT関連では、Browser「ブラウザー」、Notebook「ノートパソコン」、Spam「スパム」、chatten「チャットする」等々。もちろん、収録すべき語はまだまだある。口語でよく使われるsorry「ごめんなさい」やsexy「セクシーな」は次回改訂時には盛り込みたい。最後に、第4版への補足を1つだけ。1484ページのups「(失敗や狼狽に際して)おっと、ありゃありゃ」には対応英語としてoopsが挙げられているが、そもそもupsは英語oopsを借用して、ドイツ語式に綴ったものである。したがって、むしろ語源欄に[英語]と記すべきであった。ちなみに、この間投詞は今ではすっかり定着して、昔ながらのhopplaは「死語」化の危機に立たされているとか。


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飯嶋 一泰(いいじま・かずやす)
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『クラウン独和辞典第4版』編修委員

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