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社会言語学者の雑記帳4 世界最先端の岡崎敬語調査

2009年 8月 28日 金曜日 筆者: 松田 謙次郎

世界最先端の調査:「敬語と敬語意識の半世紀」

昭和47年の東岡崎駅前
【第2次調査時の東岡崎駅前】
平成19年の東岡崎駅前
【第3次調査時の東岡崎駅前】
岡崎敬語調査のウェブサイトから
第二次調査当時と現在 名鉄東岡崎駅前

 ちょっと「社会言語学者になるまで」シリーズをお休みして、今回は現在関わっている敬語調査のお話をしましょう。この調査は、国立国語研究所が2007年から行っているもので、愛知県岡崎市での敬語使用と敬語意識に関するものです。岡崎市は本州のちょうど真ん中辺りにある小さな町で、八丁味噌でその名が知られる土地でもあります。以前NHK朝の連続ドラマの「純情きらり」の舞台となりました。

 敬語も日本語の一部ですから、当然時代とともに変わります。実際に敬語をどのように使うかということに加えて、何を敬語と捉えるかという意識も変化していきます。これを岡崎市民の方々について調査しようというのが岡崎敬語調査です。岡崎市民の、と言うからにはそのサンプルが岡崎全体を代表しているのか、ということが問題となります。そこで、調査対象者は「ランダム・サンプリング」という手法を用いて選ばれています。これは、テレビの視聴率調査や世論調査などでも使われている手法です。なお、そもそもこの調査で岡崎が選ばれたのは、方言と共通語がほどよく使われているからというのが理由のようです。

 さて、これだけであれば、「よくある言語調査」の一つ(!)になってしまいそうです。でも実はこれが世界最先端の調査なんです。なぜこの調査が世界最先端なのでしょう?

 それはこの調査が1953年以来、ずっと継続されて行われている息の長い調査だからなんです。この間1972年に2度目の調査が行われ、今回が第3次調査ということになります。最初の調査から数えると実に半世紀以上の年月が流れているわけですね。

岡崎敬語調査のサイトから打ち合わせ中の松田先生
【第三次調査の打ち合わせ風景】
岡崎敬語調査のウェブサイトから
打ち合わせ中の松田先生

 調査では、上に書いたようにランダム・サンプリングで選ばれた方々306名に加えて、前回に調査させていただいた方々62名、さらに前々回に調査させていただいた方々20名にも再び調査に伺いました。最初の調査に参加された方は、当時20歳であったとすると、75歳になっていらっしゃるわけです! その人に、「実は50年以上前にこういう調査でお伺いしました…」などと言いながら調査のお願いに上がるんです。もうほとんどドラマの世界ですね(笑) こんなとんでもない長さで行っている言語調査は、世界中を探しても国語研くらいなもののようで、こういうわけで「世界最先端の調査」となるのでした。

 さて、岡崎敬語調査は敬語の変化そのもの以外にもさまざまなことを教えてくれます。特に、ことばの変化そのもののメカニズムについては、画期的なデータとなります。たとえば、言語学の常識の一つとして、「人はいったん言語習得期を過ぎたら、ことばの基本的な部分は変わらない」というのがあります。ところがこの常識が最近になり見直されてきています。変わりにくいとされてきた発音、アクセント、文法についても、言語習得期がとっくに終わったはずの人々で変わってきているというデータが次々と出てきているのです。こうした変化のことを、生涯変動(lifespan change)と言いますが、生涯変動分析は岡崎敬語調査のように、数十年というスパンで同じ人々を観察するような調査(実時間調査、横断調査)が次々と出てくるようになった最近になってやっと可能になったものです。

 なお、似たような調査を国立国語研究所は山形県鶴岡市と、北海道富良野市でも行っています。これは地域社会で進行する共通語化をテーマとした調査ですが、やはり長期にわたる大規模言語調査を粘り強く続けています。国立国語研究所は、本当に凄いところですね。

 岡崎敬語調査については、国立国語研究所に「敬語と敬語意識の半世紀」というサイトもあります(http://www.kokken.go.jp/okazaki/)。調査計画、研究成果、そして調査の写真までアップしてあります(笑) こちらもどうかご覧下さいますよう<(_ _)>

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。
今回は、実際の調査のお話。世界最先端の調査が、日本でおこなわれています。

社会言語学者の雑記帳3-2

2009年 4月 10日 金曜日 筆者: 松田 謙次郎

社会言語学者になるまで(2)

 ある日のこと、午前中のフィールドワークから帰ってきた私は、現地の習慣に従ってホテルですやすやと昼寝をしておりました。と、目が覚めて見ると、天井に何か巨大なものが。それは、

 ク モ

キャ━━━━(゜∀゜)━━━━!!。私はクモが大嫌いで、こうして文字で書いていても見るのが嫌なほどです。電車の車体に「クモハ」などと書いてあると目をそらしますし、映画「スパイダーマン」などはまったくあり得ないオハナシだとしか思えません。それが、巨大なクモが、寝ている自分の真上の天井に張り付いている……! それから数分間の記憶が完全に欠落しているのですが、気がつくとホテルのフロントで大声で叫んでいました。それから不審な顔をしたフロントのおニイちゃんが面倒くさそうに私の部屋でクモを探しているシーンが断片的に浮かぶのですが、それ以外の記憶はかなり不確かです。

 しかし、私はこの時悟りました。しょせん自分には、自然が一杯の沖縄のフィールドワークは無理である。修士論文は乗りかかった舟であるからやり遂げるとして、これが終わったらフィールドを変えよう。そうだ、やっぱり生まれ故郷の東京にしよう。

 こうした深刻な動機により、私は翌年修論をまとめたネタで生まれて初めての学会発表を鹿児島で終えると、きっぱりと沖縄方言から足を洗いました。考えてみれば、たいして組織的に勉強したわけでもないのに、よくもいきなり沖縄方言を取り上げたものです。知らないと言うことは、本当に恐ろしいことです。学会発表の際には、沖縄語の専門家からいくつも鋭い質問が飛び、背筋に冷たい汗を感じたものです。同時に、こうした動機で研究分野を変更した人間も珍しいかも知れません。たいてい研究者が専門のフィールドを変えるには、それこそ「魂を揺さぶるような書物との巡り会い」とか「○○教授との運命的な論戦」、果ては「××学における自らの役割に限界を感じ」といった感動的な動機やエピソードがあるのが通例というもの。私のようにクモが嫌で、という軟弱なお方には、とんと出会ったこともないのであり、こういうところでも言語学者としての資質が問われてしまいそうです┐(´д`)┌。

 修論を終えた私は、すでに「博士後期課程在学」の身となりました。そして社会言語学、それも言語変異と変化の理論を勉強したいという気持ちが修士論文を経てますます強くなった私は、すでに留学を視野に入れていました。しかし留学準備は2年はかかるもの。さて、この2年間をどうしようか。

 まず早稲田のアメリカ人の先生の授業に出席しました。一種の他流試合です。修士の頃からほかの大学の授業に出させてもらっていたのですが、やはり自分の大学より外の世界を知ってしまうと、ああ、このままではダメだと焦ります。この先生の授業は形態論がテーマで、自分としては知識の穴であったこともあって学部の授業でありながら非常にまじめに勉強し、ついに先生は私の大事な恩師となりました。

 この経験から「自分の大学の外の世界」を知ることの重要性に気付いた私は、さらに暴走してアメリカ言語学会の夏期講習会にもノコノコ出かけてしまいました。カリフォルニアの陽光がさんさんと降り注ぐスタンフォード大での開催でしたが、この夏期講習会でまたしても「っがーん」という衝撃を受けました。なんということでしょう。ここでは社会言語学者も生成文法学者も真剣に互いの話を聞いて建設的な議論をしているし、コンピュータも図書館も使い放題。授業はむかーしの教科書を細かーく読んで訳をする(!)のではなく、先生の説明を聞いたらみーんなバシバシ言いたい放題質問をしている。中には相当アホな質問もあるが、だーれもまったく気にしない。( ・∀・)イイ!!これは(・∀・)イイ!! こういう環境で一度社会言語学を研究してみたい。これで一気に留学意欲に火がついたのです。

 この時期、さらにもう一つ、国立国語研究所の調査に参加しました。最初は当時参加していた授業の先生のお誘いでしたが、北海道の富良野市での共通語化調査でした。打ち合わせのために生まれて初めて国語研究所に行った時には、「きっと日本語の知識も試されるんだろうなぁ」などとあらぬ妄想が走り、日本語文法に今ひとつ自信のなかった私は、前日にコッソーリ『国語学概説』などを斜め読みしたものです(笑)

 院生仲間と参加した富良野調査は、自転車で富良野市を駆け巡っては、住所からインフォーマントを探しだし、調査をするという、まさにフィールドワークの最たるもの。一度、夜遅くに調査があり、原野のようなところで来るはずの迎えの車を待っていた時に見た真の闇も忘れがたいですが(^_^;)、それ以上に調査をやり終えた時の達成感も忘れられません。富良野調査でがんばったご褒美だったのか、国語研ではその後『方言文法全国地図』の調査にも参加させて頂きました。

 そしてそして! 出願書類だ推薦書だTOEFLだGREだ奨学金だと幾多の関門を抜けて、やっと卒論以来ずーっと憧れていたペンシルバニア大学に留学できることになりました\(^-^)/。目指していたのは、もちろんLabov教授。普通アメリカの大学に留学を考える時には、複数の大学に出願するものなのですが、私はペン(と現地では呼ばれていました)一本でした。ペンに入れなかったら、留学する意味もない、とまで考えていたのです。今考えると、これはかなり極端な考え方で、もっと広い視野で考えていても良かったのではないかとも思うのですが、そこは若気の至り。私の目にはペンしか見えていなかったのです。

 さて、こうして渡った彼の地でのオハナシはまた次回に……。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。

社会言語学者の雑記帳3-1

2008年 8月 10日 日曜日 筆者: 松田 謙次郎

社会言語学者になるまで(1)

 これまでいきなり自己紹介もなしにディープなフィールドワーク話を書いてきてしまいました。ちょっと順序に問題アリですね。そこで今回は、そもそも自分がどうして社会言語学者になってしまったのか、というオハナシをしてみましょう。

 本気で言語学をやろうと思ったのはやはり大学の英文科時代、それも4年で卒論を書きだしてからと、かなり遅めです。英語には中学以来ずっと興味があり、また構造主義にも関心があったので、それとなく入門書は読んでおりました。しかーし! 第2外国語のドイツ語でC、そして英文科必修科目であった「英語史」でもCというあまりに悲惨な成績。将来の進路で相談に行った高校時代の恩師には、「言語学をやるなら少なくとも3か国語はできないと……」という厳しいおことばをいただく始末(´Д`)ハァ… 言語学は面白そう、でも将来それで喰っていくのは無理無理無理。ワタシはそう諦めておりました。

 その頃「言語学史」という授業で、ワタシは構造主義の入門書で知っていた「プラーグ学派構造主義言語学」について発表することになり、うらうらと文献を調べておりました。ある日、そうした文献の一つである興津達朗著『言語学史』を読んでいたワタシは、突然自分の一生を変えた次のような一節に出会ったのでした。

「[プラーグ学派の言語変化論は] … 言語は、不断の変化、修正、合体、排除にもかかわらず、つねにひとつの音韻体系を維持しようとする調和的傾向を、それ自体の中に内蔵しているという考え方である」

(興津達朗, 『言語学史』 (太田朗(編)『英語学大系 第14巻』),
東京:大修館, 1976: 101)

 えっ、嘘だろ? 言語変化にこんな法則性があるなんて? これって……ほんと?

 ワタシはこの主張にいたく魂を揺さぶられ、これについて見極めたい、と思いました。こんな理論がすでに1920年代にあったなんて。うぅ、これは知りたい、いや、知ろう。そう、ワタシはまさにこの一節で人生を決めてしまったのです。怖いですねぇ。

 調べていくにつれ、当時同じことを別なところで考えていた言語学者(Edward Sapir)がいたことがわかり、ならそれらを比較しよう、ということでとんとん拍子に卒論テーマが決定。舞い上がったワタシは英語の論文はおろかフランス語論文にまで手を出し、他の大学図書館にまで足を伸ばして資料を漁るに至りました。やっぱり怖いですねぇ。

 卒論を書いているうちに分かったこと、その1。周囲にはあまりこのテーマについて詳しい人はいない。サピアに詳しい人、プラーグ学派に詳しい人はいる。でも、両者の言語変化理論を共に知っている人はいないみたい。その2。どうやら今こういうことをやるなら、Labov なる学者がやっている社会言語学がいいらしい。少なくとも最後に読んだ英語文献はそう言っていた。よし、ならこれで行こう。このオッサンのやっている社会言語学で言語変化を研究してみよう。

 しかししかし。周りを見回しても「社会言語学」の看板を出している大学院は当時見当たりませんでした。またあったとしても、私が考えていたような社会言語学ではありませんでした。当時英語学で大学院に行くなら、生成文法か応用言語学か歴史言語学。うーん、困った。学部からやり直すことも考えて某大学の学士入学も試みましたが、サクラチル(´Д`)ハァ… で、結局当時通っていた大学の大学院に進学しました。

 さてこの大学院が意外な展開。その1。生成文法万歳!なところだったので、社会言語学志望だったくせに生成文法を一生懸命学ぶことになった。その2。先輩から誘われて、突然ですが沖縄に敬語調査に行くことになった\(~o~)/ その3。ちょっと上の先輩がLabovのところで勉強していた ヮ(゚д゚)ォ!

 当時は正直生成文法をシャカリキに学ばねばならなかったことを恨んでいました。おまけに周囲は生成文法ピープルが多数派であったので、たま~に喧嘩を吹っかけられることもあり、私としてはショボーンなところもアリ。さらに授業ではほとんど社会言語学はなかったので、もっぱら論文を自分で探してきては読むばかり。でも、結局これが良かったのかもしれません。Labovのところで研究していた先輩と知り合いになったおかげで、日本では入手できなかったディープな論文が続々と入手できるようになり、私はそれらを次々と読んでいきました。今でもあの頃のようには論文を読んでいないと思います。誰もやっていないからこそ周囲を気にせず没頭できる。まさにそういう状況でした。

 そして修士論文。沖縄で敬語調査をやっていたので、どうせなら沖縄で言語調査をして論文を書きたいと思っていました。調査の傍ら言語地図を見ると調査地点はちょうどハ行音が「ファ」である(らしい)地域。これは本土方言のハ行転呼現象を考える上でも興味深い方言であるし、言語変化を実際に観察することもできるだろうということで、これをテーマにすることに。一応英語専攻だったので、当然周囲の反応は「???」。それでも理解してくださった国語学の先生に指導をお願いして、いざ!フィールドワーク@沖縄へ。

 自作の調査票を使った調査は面白く、地元の人々はとても親切。しかも睨んだ通りに「ファ」の音は「ハ」の音へと変化しつつある! 嬉々として毎日調査を進める私は、間もなく進路を沖縄方言から大きく変える大悲劇が起きようとは、夢にも思っていなかったのでした……。つづく。

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松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
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『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
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社会言語学者の雑記帳2-2

2008年 5月 17日 土曜日 筆者: 松田 謙次郎

書を捨てて街に出よう(2): 9ちゃんからヤンキーまで

 さて、いろいろあるフィールドワーク法(⇒前回のオハナシ「あれもフィールドワーク、これもフィールドワーク」)を、言語学者はどうやって使い分けてるのでしょう?

 それは「その言葉について何を知りたいのか」によって使い分けていると言えます。またその言語学者の「自分にとって何が本当の、あるいは普段の言葉なのか」という哲学によっても変わってきます。さらに、自分が持っている仮説や、どういうデータを集めたいのか、またどれほどの人員や資金があるのかによっても変わってきます。うーん、いきなりわけの分からん話になりました。とりあえず、それぞれの方法がどういう時に使えるのかをオハナシしましょう。

 最初の自然談話タイプとグループセッション。これは、「そもそも言葉の一番基本的なところは、その人のいつもの話し言葉にあるんだYO!」という哲学に基づいています。だから言葉を調べるなら、ぐだぐだ言ってねぇで誰かの話し言葉を取ってこい、となるわけです。これはともかく語ってもらわないことには始まりません。そこで、とりあえずマイクを付けてもらい、質問を交えてイロイロと雑談をしてもらいます。最初は「おっとマイクだどうしようΣ(゚∀゚ノ)ノ」と引きまくっていた人も、子どもの頃の遊びであるとか、ペットの話なんぞをしているうちに、いつもの話しっぷりが出てきます。グループセッションは、仲の良い友達を連れてきてもらってやるのが普通なので、簡単に普段の話し言葉を取ることができます。友達の手前、一人だけ畏(かしこ)まってられませんし^^

 しかーし、ここには致命的な欠陥があります。それは、知りたいことがある場合、いつまでもその人のおしゃべりに付き合い、偶然その言葉がその人の口から出てくるまで待たなければならないという点です。単語によっては。一日しゃべっても出てこないかもしれません(;´Д`)。たとえば、みなさん今朝から数字の「9」を何回使いました? 「うちのワンちゃんが9ちゃんですぅ」とか「妹が九子といいまーす」とかでない限り、多くの人は一度も使わなかったのではないでしょうか。しかし、未知の言語を調べる場合、数詞の調査は欠かせません。同じことは、親族名称にも言えますし、身体部位にも言えることです。「叔母」「くるぶし」だのといった単語も、なかなか使わないものなので、自然談話に頼っているとレコーダの電池が切れてしまいます。。

 そこで出てくるのが2番目のタイプ。知りたいことが書いてある調査票を使って対面調査をするので、能率的に調査ができます。そこで、その言語・方言の基礎語彙や基本的音韻・文法構造を知ろうと思ったら、まずはこの方法を使うことになるわけです。調査にはやはりレコーダ、そして筆記用具を持って行って相手の回答やメモを書き留めます。言語の基本構造を知らねばならないので、細かな発音や意味・用法の違いまで、かなり突っ込んで聞くことになります。そのため多くの人を調査するのには向きません。

 でも、時にはその地域やグループ全体の言葉の使い方を知りたいということがあります。熊本市の老人はどれくらい共通語を使うのか。東京の若者は、どれくらいら抜き言葉(見れる、食べれる…)を使っているのか、といった問いに答えようと思ったら、数人を調べても何も分かりません。そこで、短時間で多くのデータを集めることができるようにしたのが第3の方法です。予想される答えを選択肢として調査票に入れておいたり、質問数を制限したりして能率化が図られます。日本の社会言語学では国立国語研究所の共通語化調査をはじめ、このタイプの調査法で大きな成果を上げてきました。

 ここでまたしかーし、です。ここまでの調査法は、マイクだ調査票だと、いかにも「はい、これから調査ですよ~♪」と言わんばかりの方法でした。これでは調査される側は、どうしても舞い上がってしまいます。その状態でいろいろ普段の言葉について聞いても、聞かれた本人もなかなか普段の話しぶりを正確に答えることは難しいかもしれません。そこで相手に調査と悟られずにできれば、普段の言語行動が分かるはずです。これを実現したのが自然傍受法や即匿法なのです。もちろん、聞きたいことが出てくるとは限りませんし、隠し録音は調査倫理に反することでできません。アチラを立てればコチラが立たず、調査法とは難しいものです。自然傍受法や即匿法は、自然会話でよく出てくる現象の調査や、別な方法と組み合わせて使います。

 この論理をさらに進めると、ついに「観察者」から「参加者」へ変身します。それが参与観察になるわけです。ヤンキーの兄ちゃんに調査票を使って、「駅前でたむろしながら、親しい年上のヤンキー仲間に向かって、『うちのリーダーは今どこにいるのか』ということを、どのように言いますか」などと聞くよりは、仲間になってそういう発話を実際に聞くのがいいでしょう。ただし、ここでもその場でメモも録音も取れません^^ せいぜい後で日誌を書くぐらいです。ならばどうしてわざわざ参与観察をするのか。それはやはり、他の調査では分からない、普段の言語生活を観察するためなのです。

 フィールドワーク法には、ここまで書いてきたような一応の使い分けがあります。しかし、現実にはたいてい一人の言語学者はせいぜい2つの方法を使うくらいではないでしょうか。実像は実は1つの方法ではなく、複数の方法の重ね合わせで分かってくるものなので、難しいことですが、同じフィールドで違った方法をいくつかやってみるのが一番理想的な方法なのだと、私は考えています。教科書に書かれている言語学に飽き足らないアナタ、ちょーっと書を捨てて街へ出て、人の話し声を聞いてみませんか?

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松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
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『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
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次回は、そんな松田先生が言語学にハマったワケを聞いてみることにします(予定)。

社会言語学者の雑記帳2-1

2008年 5月 10日 土曜日 筆者: 松田 謙次郎

書を捨てて街に出よう(1): あれもフィールドワーク、これもフィールドワーク

 前回のオハナシでは、私のフィールドワーク体験を赤裸々に(^^ゞ書いてみましたが、そもそも「フィールドワーク」とは何をするものなのでしょう?

 フィールドワークは「野外調査」(野良仕事?)なので、研究室や大学を出て行う調査のことは、何でもフィールドワークになりそうです。人文科学では、人類学・民族学・民俗学・社会学などではこうした調査は日常茶飯事です。美術史でも、彫刻や壁画などがある場所まで出向いて現地調査をすることもありますが、これも立派なフィールドワークです。人文系の研究者というと、研究室に閉じこもって論文を読み耽(ふけ)っているヒッキーなイメージがあるかもしれませんが、みんながみんないつもそうではないので、誤解なきよう^^

 言語学のフィールドワークは、ある言語・方言が話されている地域に直接赴(おもむ)いたり、そうした言語を話す話者に会ってデータを収集したりすることを指します。でもデータを収集するって、どういうこと? そうです! 実はこれがイロイロなんです。そこで、今回はまず言語学のイロイロなフィールドワーク法を挙げてみましょう。

 まず、前回書いたような「ともかく人に会ってその人の自然談話を取ってくる」というタイプのフィールドワークがあります。レコーダ(今ならICレコーダ、ちょっと前ならDATレコーダかMDレコーダ)とマイクと電池かACアダプタ(メイビー手土産も?)を持って行って相手と話をして録音するものです。この応用型として、「グループセッション」といって、数人の仲良しグループに集まってもらい、会話を録音する方法もあります。これらは、マイクを付けて「調査ですよ~♪」ということをはっきりさせながらも、第2・3のタイプのように調査票を使わないという点で同じタイプとしてよいでしょう。

 2番目のタイプとして、あらかじめ質問を書いた調査票を作成し、それに沿った質問をして回答を集めてまわるタイプのフィールドワークがあります。「カタツムリのことをこの土地の言葉で何と言いますか」などという風に聞く方法です。これは方言調査やよく知られていない言語の調査で使われます。この質問文にしても、共通語からの翻訳方式(カタツムリの方法はまさにこれ)とか、なぞなぞ式(「人間がよく飼う、ニャーニャー鳴く動物のことを何と言いますか」)とか、絵や写真を見せる方法などがあり、聞きたい内容によって使い分けます。

 3番目のタイプは、やはり調査票を使いますが、個人ではなく数百人、時には1000人という集団を相手として、大量の回答を集めるアンケート方式です。社会学でよく使われる方法で、「ことばの世論調査」と思えばいいでしょう。世論調査や国勢調査のように調査員が質問項目の載った調査票を持って、みなさんの家に尋ねてくるわけです。ランダムサンプリング法を使って回答者を選ぶと、非常に正確にその集団の全体像をつかむことができます。

 この方法は、ある程度第2の方法を使った調査で、すでにその言語の基本的な音韻・文法構造が分かっているというのが前提となります。調査票を使うという点で第2・3の方法は似通っていますが、基本的に少人数を相手に音や文法の構造、また語彙面を明らかにしようとするのが第2の方法であるのに対して、第3の方法はそこから得られた情報を踏まえた上で、その地域や集団全体にみられることばのゆれ(バリエーション)を集団を相手にして大量データを集めることで解明しようとするアプローチ、ということができるでしょう。

 4つ目。その土地の人が話しているのをそばでナニゲに聞き、あとで記録するという方法。業界用語で言うと「自然傍受法」があります。これと似た方法に、「即匿法」というのがあります(ちなみにこれはMade in U.S.A.)。「即匿法」は、こちらが誰であるかを明かさずに、まったく日常的なやりとりの中で相手の言語行動を観察・記録することで、言語学者が観察していない状態での人の話し方を見ていこうとする方法です。たとえば、デパートの店員に売り場を聞くフリをして、実はその店員の発音を観察するような方法です。自分の身分を明かさないので、「匿」であり、観察はあっという間に終わるので「即」です。私もアメリカの授業で「マクドナルドに行ってそばに座った人々の-ingの発音を観察して来い」という宿題をやったことがあります。実際、3時間ぐらいマクドの座席に座って、さもナニゲにぼけっとしている東洋人のフリをしながら、後ろの席で喋りまくる地元ピーポーの話を懸命に聞いて、going、 eatingなどといった単語の最後の g をどのように発音しているのかを(例によって)必死になって記録しました。あ、まねする人は、きちんとそれなりのオーダーをするように^^

 ラスト、5つ目。社会学や文化人類学でよく使われる、参与観察という面白い方法があります。ぶっちゃけ、「えーい、観察している奴らに俺も入っちゃえー☆」という方法です^0^ 例えば「駅前にたむろしているヤンキーによる敬語使用の実態」が知りたいとしたら、自らヤンキーとなり(!)仲間に入れてもらい、行動を共にしつつ彼らの熱い敬語使用を観察するわけです。

 実際の研究場面では、研究者はこうしたいろいろな方法を使い分けて調査をしています。では、どのように使い分けているのか、それを次回は語ってみましょう。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

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【編集部から】
ということで、次回は、こんなにいっぱい方法があっても、で、どんなときにどんな方法を使えばいいの?ってところをご紹介(予定)。

社会言語学者の雑記帳1-2

2008年 1月 23日 水曜日 筆者: 松田 謙次郎

前回のお話
「最高のフィールドワーカーの条件を教えてやろう」と言った担当教授。もしかするとこれがこの授業最高の収穫になるかも。そんな期待でパンパンに膨らむ我々を前に教授が言った答えは……「背が低くて元気のいい女性だ」。
( ゚д゚)ポカーン
しかし、絶望するには及ばない。フィールドワークでは、外見以外のテクニックで男であったり背が高かったりするハンディ(!)をカバーできる点がいくらでもある。たとえば……

最高のフィールドワーカーの条件2

 実はフィールドワークで苦しんでいるのは我々ばかりではなく、他のグループでも背が低くもなく、不幸にして女性でもない人々、特に英語もまだまだ未熟な外国人は、都市の荒野を駆けめぐっては辛酸を嘗めていたのでした。そんなある日のこと、突然担当教授が授業で一人一人に紙を渡してくれました。

  「うーむ、君らの中にはかなり苦労をしている者もいるようだから(モットハヤクニキガツケヨ…)、私がいいことを思いついた。使えるときにはこれを見せて、ま、なんとかやってみなさい」

  「?」

 それは「日々是思いつき」を地で行く担当教授が書いたお手製の証明書で、それぞれに我々の名前と、この者は私の大学院の授業の学生でなんら怪しい者ではない、という文面が書いてありました。さすがは教授の思いつき、これもそれなりに威力がありました。日本のフィールドワークでも、最初の人を探すのに教育委員会から紹介していただく場合がありますが、アメリカ社会における「大学教授」は、かなり社会的信用のある職種なので、効果があったのでしょう。うさんくさそうな顔でドアを閉めようとするその刹那、「あ、大学の授業なんです、証明書もあります!」と早口で言うが早いかぱっと差し出して、何とか家に招じ入れてもらったこともあります。

 家に通されたら、手際よく録音機材をセットし、マイクやレコーダのテストをすることで、相手の信頼を得ることもできます。また、自己紹介がてら、自分が日本から来たのだと言うことも、相手の興味を引き、プチ信用を得ることが出来ました(もっとも、一度我が同胞にアンチな方に出くわし、イスをぶん投げられそうになったこともあったのでした(TДT))

 そしていよいよスイッチオン!となったら、ともかく相手の話したいことを探り出し、それをとことん話してもらうことに専念します。不思議なもので、相手の言うことをマジメに聞いていると、どんな話でもそれなりに興味が持てるようになるものです。元軍人の昔話、大都市郊外の白人ばかりの町で時に孤立するアフリカ系アメリカ人の苦労話、プロのホルン奏者の語る言語論など、話者もトピックも方言もさまざまでした。でも、なんとかめいっぱい話してもらおうと必死になってついて行くと、相手もどんどん話してくれるものです。「必死の形相で採るくだけた会話」というのも変なのですが、ともかく一生懸命聞く人が目の前にいれば、男だろうが外国人だろうが、人はどんどん話すものなのですね。こうした努力を積み重ねた結果、私もやっといくつかインタビューが取れるようになりました。めでたしめでたし\(^O^)/

 結論。件の「最高のフィールドワーカーの条件」というのは、あくまで外見限定な話であり、他の面でいくらでもカバーが効くものなのです。インタビューやフィールドワークというものは、人と人とが出会う場なので、嫌でもフィールドワーカーの地が出てしまいます。それだけに読んだ論文の量とか詰め込んだ言語学の知識より、どれほど興味を持って人の話が聞けるか、また人が話したくなるような顔をして聞けるか、が問われてしまうのですね。これが、性別や背の高さに優らずとも劣らない、重要な要件なのでした。

 そう言えば、実はやはり巨漢(ただし水平方向に…(^^ゞ)でありながら、次々と名インタビューをモノにし、未だに授業でその功績(というか伝説)が語り継がれる人もいます。現在は文法理論で世界的に名の知られるようになったこの人こそ、上述の「背の低い元気な女性の一般化」に対する生ける反例と申せましょう。そもそもその「日々是思いつき教授」も、かなり濃ゆ~い外見の標準的身長を持った男性だったのですしw

 というわけで、みなさん、フィールドワークしてみませんか?

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

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【編集部から】
次回は「で、フィールドワークってなに?」「フィールドワークしたものをどうするの??」ってところを、体験談もまじえてご紹介(予定)。

社会言語学者の雑記帳1-1

2008年 1月 9日 水曜日 筆者: 松田 謙次郎

【編集部から】
新連載「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただきます。第1回は「最高のフィールドワーカーの条件」。

最高のフィールドワーカーの条件1

 言語学者というと、辞書や古文書、文法書、さらに最近ならパソコンを相手に一日中難しい顔をしてヒッキーしている、なぜか昭和テイストなメガネをかけて真面目そうな、そしてなぜかむっつーりしたおぢさんを想像しませんか? しかし、中には「書を捨てて街へ出よう」(←死語?)という分野もあり、録音機を持って人の話を採りに行くのが研究の半分位を占めている、フットワークの軽い人たちもいたりします。社会言語学や談話分析などはまさにそういう領域で、そう、これこそフィールドワーカーの世界です。

 かく言う私もその昔、アメリカでこうした授業を取ったことがあります。そこでは学生で4,5名のグループになり、テープレコーダを持って市内の指定された地域に行き、そこで手分けして家々を尋ねては、1時間ばかり時間を割いて自由に話をしてくれる人を探すのです。次の授業では、インタビューをまとめ、出された課題をグループで発表させられ、テープを提出しないといけません。地域によっては物騒ですし、そもそも、たどたどしい英語を話すテープレコーダを持った日本人男性をホイホイと入れてくれるほど、アメリカ都市部はナイスピーポーばかりのピースフルな場所でもありません。飛び込み営業マンよろしく一日中歩き回り、断られ続けたことがほとんどです。時にはいきなり「アウト(出てけ)!」と怒鳴られたことも(T_T)。次の授業でいいインタビューをモノにした友人を見ると、無性に嫉妬に燃えたものでした。オー、シット。

 確かその授業の中でだったと思うのですが、担当教授がある日、「最高のフィールドワーカーの条件を教えてやろう」と言ったことがあります。苦労を重ねて疲労の色を浮かべつつ、固唾を飲んで待つ我々。業界の第一人者が語る名人像とは、いったい何か?もしかするとこれがこの授業最高の収穫になるかも。そんな期待でパンパンに膨らむ我々に、教授の一言。「それは、背が低くて元気のいい女性だ」。( ゚д゚)ポカーン

 背が低くて元気のいい女性。確かに少なくとも社会言語学の世界では、名フィールドワーカーとして知られてきた人には、そうした女性が多いのは事実です。著名なアメリカ人の社会言語学者でこの授業を取った人がいますが、その町の出身であるにもかかわらず、まったくインタビューが取れなかったと教えてくれました。彼は楽に190センチ、髭を蓄えた見上げるような堂々たる巨漢です。授業でも、外国人であっても背の低い女性はだいたい無難にフィールドワークをこなし、いいインタビューを取ってきていました。しかし、単に私のように背が低いだけではダメで、女性でないとこの効果が出ないという所がミソです。(´゚’ω゚`)ショボーン

 これはどういうことなのでしょう。それは、話し手が警戒心を抱かず、インタビューでも気安く話してくれるということのようです。女性でしかも背が低いから、自分に危害を加えそうもないし、元気で人見知りしないから話す側も気軽に話しやすい。よって、たとえ背の高い元気のない男でも全く可能性がないわけではありませんが、人はやはり背の低い女性には警戒心を抱かないもののようです。この場合、たとえ背の低い男が女装してもアウト!であることは言うまでもありません^^

 しかし、たとえ自分が男で背が高かったとしても、絶望するには及びません。フィールドワークでは、外見以外のテクニックで男であったり背が高かったりするハンディ(!)をカバーできる点がいくらでもあります。たとえば……

 ⇒この続きは次回に。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

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