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クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(9)

2008年 5月 19日 月曜日 筆者: 光野 正幸

【編集部から】
このたび『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

土曜日の―有意義な?―過ごしかた

週休二日制が世間に浸透して久しいが、私は土曜日も午前中、大学院の授業を2コマ持っている。平日と比べると朝は静かだし、通勤電車も空いていて清々しい。行楽に向かう家族連れなどを見ると羨ましく思うこともないわけではないが、大学も出勤している教職員は少なく、気持ちよく授業や仕事に専念できる。近年はオープン・キャンパスとかAO入試とか、土曜の午後に設定される行事も多くなって、それに駆り出されることも稀ではないし、公私の所用で学外に出かけなければならないことも多い(『クラウン独和』の編集会議も土曜の午後が通例であった)のだが、そういった時は別として、普段は時間を気にせず、現役の院生にOBも加わってみっちりとテクストに取りくむことができる。参加する顔ぶれは年々、移り替わっていくけれども、修士課程修了後もひきつづき顔を出しつづける者もいて、いちばん先輩格のH.H.くんなどは十五年もつきあってくれている。2コマのうちのひとつ「文学演習」ではクライストの主な小説・戯曲を十年かけて読んだ後、現在はシラーの戯曲の精読に取りくんでいるが、H.H.くんはシュティフターを自身の研究対象としつつ、この「文学演習」をつうじて研究者にふさわしい読解力を身につけてくれたように思うし、他にも、『クラウン独和』の「校正協力者」に名を連ねる者が何人か育ってくれた。

大学院に進学した人材のなかからは、このように一生おつきあいがつづくと思われる者も出てくるが、学部を卒業して社会人になった場合となると、年賀状のやりとり以上の親しい交流はなかなか保てない。ところが、八年前に卒業してN語学学校の事務職員になっていたA.J.さんが昨年、ひさしぶりに研究室に電話をかけてきた。結婚の報告と転職相談であった。その後いろいろとメールや電話のやりとりがあったのだが、彼女の発案で年末に同期生が十人ほど集まり、旧交をあたためた。というだけの話なら、さほど珍しくはない。しかしその「同期会」の席上でなんと、「ひさしぶりにセンセイの授業を受けてみたい」という話が持ち上がって、しかも翌月にはそれが実現してしまう。一週間後にセンター試験を控えた土曜日の午後、八年前の卒業生が七、八人、懐かしい顔を揃え、みっちり二時間うれしそうにドイツ語の復習にいそしんだ。そしてその晩の「呑み会」には、さらに午後に倍する数の同期生が参集し、驚くことに「この集まりをシリーズ化したい」と言いだしたのである。なんとも奇特な「教え子」たちではないか。かくして、土曜の午後を使って2008年度は五回にわたり、彼らのために授業をすることになった。教材をどうするか、有料の催しとしてよいか、など悩ましい点もあるが、土曜日が一段と楽しみになったことは間違いない。


【筆者プロフィール】
光野 正幸(みつの・まさゆき)
武蔵大学教授
専門はドイツ文学、ドイツ・オペラ史
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

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