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テーマ別とアルファベット順 ―辞書の見出し語の配列(2)―

2009年 9月 28日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(65)

見出し語のアルファベット順配列の欠点は、相互に関連する語が無関係な語の介在によって分断・隔離され、その連携が失われることである。この不備を補うひとつの方法は、前世紀の半ばまで多くの独和辞典が採用していた複合語(合成語)の処理法、つまり規定語(語規定)を見出しとして立て、その項目のなかに語基だけ改行せずに追い込むやりかたで、紙面の節約にもなる。例えば、『クラウン独和辞典 第4版』の1104ページ右欄に、Regenschirm(雨傘) Regent(君主、統治者) Regentag(雨降りの日) Regentropfen(雨滴、雨粒) Regentschaft(君主の統治) Regenwasser(雨水)の順に見出し語が並ぶが、昭和11年4月発行の山岸光宣編『コンサイス獨和辭典』(三省堂)802ページでは、Regen- の項目のなかに ~schirmも ~tag、~tropfen、~wasserも追い込みで入っていて、~zeit(雨季)の後に、改行してRegentが全書されて見出し語として立項されている。RegenzeitRegentに先置されているから、アルファベット順とはいえないことになる。また山岸『コンサイス』では Gas- (372ページ)のなかに ~vergiftung(瓦斯中毒)が追い込みで入っているが、『クラ独4版』ではGas(516ページ左)(ガス)とGasvergiftung(517ページ左)(ガス中毒)は大きく離れて、その間にはGasse(路地)やGast(客)など Gasとはなんの関係もない語が多数入っている。

東ドイツで刊行された6巻本の『ドイツ語現代語辞典』(R.Klappenbach⁄W.Steinitz: Wörterbuch der deutschen Gegenwartssprache. Berlin 1964-77)がこの規定語のなかに語基だけを追い込む方式を採っていて、やはりRegen–zeitRegentに先置されている。

1981年3月発行の『三省堂 独和新辞典 第3版』では、規定語の見出しのなかに語基を追い込むが、アルファベット順が乱れる際にはそのつど改行して新たに見出し語を全書して立項する。例えば865ページで、Regen の項目のなかに収める複合語は ~anlage(雨状灌水装置)から ~(雨を伴う嵐)までで、それに続く Regenbogen(虹)は改行してあらためて見出し語として全書される。その先でも、Regensburg(地名)のあとの見出し語Regen₌schatten (雨陰)に続く複合語は ~schauer (夕立)から ~strom(篠つく雨)までで、そのあと改行してRegentが全書して立項されている。

今日のコンピューターの進歩・発展は、辞書の見出し語の配列だけでなく、今後の辞書の編集や体裁や普及のみならず、辞書の在り方そのものにまで、予測できないほどの大きくて深い影響を及ぼそうとしているようである。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

テーマ別とアルファベット順 ―辞書の見出し語の配列(1)―

2009年 9月 14日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(64)

今日では外国語辞書の見出し語の配列はアルファベット順であるのがふつうだが、辞書の歴史を調べてみると、揺籃期にはテーマ別の辞書もあった。集めた語彙を編纂者の世界観に従って整理し、論理的に順を追って展開し配列するテーマ別の語彙集は、学習にも適している。相互に関連する単語がアルファベットの前後に分散するのは支離滅裂で、知識の整理・統合にはならない。語や語句が表す観念に従って配列して語彙の集大成を目指す中世から近代初頭のヨーロッパの百科全書的な書物の編纂者たちの頭には、単語をアルファベット文字に分解してみる発想はなかった。

わが国の独和辞書の歴史を振り返ってみると、1862年(文久2)冬に幕府の洋書調所が発行した『官版獨逸單語編』が静岡県立中央図書館に残っている。黄色の和綴じ表紙で和紙両面木版刷り25葉に、およそ1,800語を手書き筆記体で収めていて、まだ辞書とはいえない単語集であるが、この書では単語は次の22項目に分類されている。Von der Welt und den Elementen; Von der Zeit und der Jahreszeiten; Vom Essen und Trinken; Von der Blutsverwandtschaft; Vom Menschen und dessen Theilen; Von den Zufallen der Krankheiten und Mangeln des Menschen; Von Gewerben und Handwerken; Von Manns und Frauen-Kleidern; Vom Studieren und Schreiberei; Von den Theilen des Hauses und vom Hausrath; Was man in der Kuche und in dem Keller findet … 例えばVom Essen und Trinkenには次の単語が2列に並んでいる。das Brot. 麺包 der Wein. 酒 das Bier. 麦酒 das Fleisch. 肉 der Fisch. 魚 Gesottenes. 煮肉 Gebratens. 焙肉 eine Pastete. eine Suppe. 羹 … eine Pasteteの欄には訳語がなく空白である。

この『官版獨逸單語編』に先立つ1854年(嘉永7)の刊行とみられる『佛英獨三語便覧』(村上松翁撰 達理堂)の「再刻」三巻木版刷りが国立国会図書館に残っている。これは日本語を最初に掲げて対応する佛蘭西語、英傑列語、獨逸語を手書き筆記体で記すもので、約3,500の日本語が、天文、地理、身體、疾病、家倫、官職、人品、官室、飲食 … など29項目に分けて挙がっている。例えば初巻の第1ページ天文の項は、天地既成(テンチノハジメ) chaos. chaos. chaos. 物(モノ) matiere. stuff. stoff. 自然(シゼン)nature. nature. natur. 全世界(ゼンセカイ) univers. universe. welt. … で始まる。

テーマ別に対し、不変で無意味で無機質なアルファベット順は、万人向きで検索にも便利である。辞書の配列がテーマ別からしだいにアルファベット順に移行したのは、語彙数の増加や学問の普及に伴う自然の成り行きであるが、編纂者の単語に対するアプローチが変化し多角的になったことや、活字の発達など印刷術の進歩もこれに大きく関わっている。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史


【編集部から】
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辞書に登場の人名など

2009年 8月 24日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(61)

Wiesbadenのドイツ語協会(Gesellschaft für deutsche Sprache)が発行する月刊語学雑誌「Der Sprachdienst」の最近号(2⁄09)に、2008年ドイツ全土の新生児に付けられた最も人気のある名前が載っている。上位5番目までを転記すると、女児では第1位がSophie⁄Sofie(2)で、以下Marie(1)、Maria(3)、Anna⁄Anne(4)、Johanna(7)の順。男児の第1位はMaximilian(2)で、これにAlexander (3)、Leon (1)、Paul (4)、Luca⁄Luka (5)とつづく。なお名前のあとの( )内の数字は2007年の順位を示す。

これでみるとElisabethとかBarbara、KarlとかWilhelmはもう人気のない名前となっているようだ。これらの女児名はすべて『クラ独 第4版』の見出し語に《女名》として採録されているが、男児名のうちLeonと Luca⁄Lukaは見出しにない。将来彼らが成人する頃は辞書に採録される人名も変わることだろう。

『クラ独』の用例や例文で、主語や目的語に「彼」「彼女」ばかりでなく具体的な人名も使われる。多く登場するのはMüller、Meyer、Schmidtなどというドイツ人に多い姓だ。例えばheißen ① の用例で:Ich heiße [Heinz] Müller. 私は[ハインツ・]ミュラーと申します.lieb ① で:Lieber Herr Meyer! ( Meine ~e Anna!) (手紙の冒頭で)親愛なるマイアーさん(愛するアンナ). Name ① で: Mein ~ ist [Peter] Schmidt. 私の名は[ペーター・] シュミットといいます.geboren ③ で:Frau Sabine Schmidt[,] ~e (geb.) Müller ザビーネ・シュミット夫人、旧姓ミュラー.といったぐあいである。しかし、それほど典型的でない姓もあり、例えばberufen1 ① で:Prof. Moser wurde als Ordinarius an die Universität Bonn (nach Bonn) berufen.モーザー教授は正教授としてボン大学に招かれた.vorstellen 【再帰】① で:sich4 mit Stein (als Lehrer) ~ 自分はシュタイン(教師)だと名乗る.など。bekannt の記述の最後に並ぶ慣用句 j4 mit j3 bekannt machen で: Darf ich Sie mit Herrn Bender bekannt machen? ベンダーさんをご紹介しましょう.… 白状するとここでは筆者個人の知人Bender氏の名を拝借させてもらった。また人の姓名に限らず、固有名詞で編修陣の遊び心から、Lebenslauf(履歴書)の見本の中でHanako Okadaさんの勤務先にSanseido (Tokyo)をそっと忍び込ませた。この女性の学歴に実在する大学名を入れようかとも思ったが、結局はxxUniversitätとなった。付録のCD 94 (テキスト17ページ)にZum Hotel Eisenhut, bitte! アイゼンフートホテルまでお願いします(タクシーの運転手に).があるが、アイゼンフートは観光都市ローテンブルクに実在する、知る人ぞ知る由緒あるホテル名である。


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信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


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レター別の頁(ページ)数

2009年 7月 6日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(57)

辞書に引き慣れてくると、各頁の右欄外や辞書の腹に印刷されているアルファベットに頼ることなく、目指す単語の載っているあたりをさっと開くことができるようになる。参考までに『クラウン独和辞典 第4版』の、レターごとに占める頁数を調べてみると、次の通りであった。

頁数 本文頁 頁数 本文頁
A 149 N 45 947~991
B 118 150~267 O 24 992~1015
C 11 268~278 P 61 1016~1076
D 72 279~350 Q 6 1077~1082
E 90 351~440 R 59 1083~1141
F 70 441~510 S 216 1142~1357
G 96 511~606 T 58 1358~1415
H 89 607~695 U 72 1416~1487
I 26 696~721 V 86 1488~1573
J 11 722~732 W 82 1574~1655
K 90 733~822 X 1 1656
L 53 823~875 Y 1 1657
M 71 876~946 Z 69 1658~1726

Hの部がほぼ中央にある。一般に英和辞典ではM、仏和辞典ではIの部が中央になっているようだ。 Sの部が占める頁数が最多で216頁あり、そのなかでもsch-, Sch- だけで72頁(1157~1229)ある。またAの部は独和の部の総頁1726のおよそ1割に近い。同じ1頁でも、FやZの最終頁のように1行余さずぎっしり詰め込まれている場合もあれば、M やQの最終頁のように12~13行しか記載されていないケースもあるが、これらの数字は『クラ独 4版』を引く際の目安になろう。頁数で独和の部のまんなかに当る863頁の末尾の見出し語はLizenzgebühr「認可(ライセンス)料」である。

少し古い統計であるが、Helmut Ludwig : Gepflegtes Deutsch.(Leipzig 1983)に、ある調査によるドイツ語の字母の使用頻度(頭字とは限らない)は、小文字ではeが一番高く、以下 n ; r ; i ; s, t ; a, d, h …、大文字では Sを先頭に、A, I ; B, D, G ; E, H, K, M, T, W ;V… の順と書かれている。また、最もよく使われる単語10傑は、die, der, und, in, zu, den, das, nicht, von, sie であるそうだ。これは最近の英語のある語彙調査で,最もよく使われる単語の上位10個が、the, of, and, to, a, in, that, it, I, was(『世界の辞書』研究社1992に所収の東信行:「英国の辞書」より)であるのとよく符合するといえよう。


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信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史


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脳梗塞(のうこうそく)

2009年 6月 29日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(56)

8月下旬のその日の朝、渋谷駅で山手線に乗り換えるべく私鉄の座席から立ち上がったとき、左足先が重く動きが鈍い感じがした。足を引きずるようにして三省堂の編修室に着くと、足の違和感も失せていつものように『クラ独 第4版』の後始末などの仕事をすませたが、帰途に立ち寄った大型店内で足の運びが悪く転倒してしまった。一晩眠れば治るだろうと高をくくったのが間違いで、翌日訪れた病院内ではもう歩くことができず、脳梗塞と診断され即刻入院、3ケ月の病院生活を送る仕儀となり、リハビリが今も続いている。

ふと「脳梗塞」に当るドイツ語が『クラ独』に載っているかどうか気になり、Gehirn‒ のところを調べてみると、Gehirnblutung(脳出血)、Gehirnerschütterung(脳震盪)、 Gehirnschlag(脳卒中)などはあるが、脳梗塞は見当たらない。「梗塞」はInfarktだが、この語の用例にはHerzinfarkt「心筋梗塞」しか挙がってない。一方Duden.Die deutsche Rechtschreibung.の24版(2006)にも、同じくDuden.DeutschesUniversalwörterbuch.の6版(2007)にもGehirninfarktは収録されていない。R.Klappenbach⁄W.Steinitzの『ドイツ現代語辞典』6巻本(1964-77)の見出しInfarktでは、器官名を前において複合語をつくる旨記載されていても、その例にGehirninfarkt, Hirninfarktは挙がってない。

ところで三省堂の『大辞林』によると、「脳梗塞」の項目には「…脳軟化症ともいう」とある。この別名「脳軟化症」Gehirnerweichungなら『クラ独』の見出しにちゃんと入っている。Gehirnerweichungも上記Dudenの二辞書には採録されていないが、Brockhaus-Wahrigの『ドイツ語辞典』6巻本(1980-84)には収められている。しかしこれまでの闘病生活で「脳軟化症」ということばは医師や看護師ら医療関係者からも聞いたことはないし、各種診断書や申請書類でも目にした覚えがない。例えばドイツ語が医学界で幅をきかせていた頃の『標準醫語辭典 増補版』(賀川哲夫編 南山堂 昭和15年)でもGehirnerweichung「脳軟化症」はあるがGehirninfarktはないし、収録語数14万4千の中型独和辞典である『三省堂独和新辞典 第3版』(1981)でも同様であることからすれば、どうも「脳軟化症」は「脳梗塞」の古い言い方ではないだろうかと臆測される。

もとより『クラ独』は医学用語の専門辞典ではない。しかし最近知人や著名人の中に脳梗塞に罹っている人の噂をよく耳にする。社会の高齢化はますます進む折から、次々と生じる老人医療や介護関係のことばの日常一般化は必須で、学習用一般独和辞典といえどもこれからは収録語の選択に際してそれらの用語にも配慮しないわけにはいかないであろう。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


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銀杏と蜜柑―日本語が語源のドイツ語

2008年 10月 27日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(28)

Duden やWahrig の正書法辞典に載る見出し語Ikebana, Manga, Sushi などは、ローマ字通りに読めてすぐ日本語からきた言葉とわかる。Harakiri, Kamikaze, Surimiなども、その意味内容はわれわれの持っているものと完全に合致はしないけれどもほぼ想像がつき――多少のずれはあるようで、例えばKamikaze は第二次世界大戦末期の日本軍特攻隊員の意味に限定され、Karaoke にはカラオケ大会を思わすような説明がしてある――ただアクセントの位置とか、名詞であればその文法上の性、複数形などに語学的な関心が残る。

Ginkgo, Ginko [ギコ] は「イチョー」の別名の日本語銀杏から出た言葉である。『大辞林第三版』によれば「ぎんなん」は「ぎんあん」の連声と記されている。18世紀初め植物学者のケンペル(Engelbert Kämpfer)がこの樹木をヨーロッパへ紹介した際、Ginkjo(『漢辞海第二版』では「銀杏ギンキョウ」)と記したのを、Ginkgo と誤って伝えられた、との説がある。それはともかく、学名Ginkgo bilobaと聞けば、60代のゲーテが愛人の銀行家の妻マリアンネ・フォン・ヴィレマー(Marianne von Willemer)に捧げた『西東詩篇』(1819)の中の詩をすぐ連想する方もいらっしゃるであろう。

Dieses Baums Blatt, der von Osten  東洋から来てこの庭に育った
Meinem Garten anvertraut,      いちょうの木の葉には
Gibt geheimen Sinn zu kosten,    心あるひとをよろこばす
Wie’s den Wissenden erbaut.     ひそかな意味がかくれています

Ist es e i n lebendig Wissen,     これはもともと一枚の葉が
Das sich in sich selbst getrennt?   二つに分かれたものでしょうか
Sind es zwei, die sich erlesen,    それとも縁あって結ばれた
Daß man sie als e i n e s kennt?   二枚が一つに見えるのでしょうか

Solche Frage zu erwidern,     もしその答えが知りたければ
Fand ich wohl den rechten Sinn;  わたしにいい考えがあります
Fühlst du nicht an meinen Liedern, あなたはわたしの詩を読んで感じないでしょうか
Daß ich eins und doppelt bin?    わたしが一人でありながらいつも二人だと
                            (高安国世 訳)

開いた扇の形で、真ん中に切れ目があるのに二つの部分が癒着している銀杏の葉を、相愛の二人の比喩に見立てた歌であるとの解説は余計かもしれない。

Satsuma [ザーマ] が「いも」でなく「温州みかん」というのは、和歌山、愛媛、静岡の県民には納得のゆかないことかもしれない。しかし江戸時代ではみかんの栽培はまだ温暖な南九州の域を出ていなかった。1867年パリで開催された万国博覧会に参加した薩摩藩が江戸幕府とは別の展示を行い、その中にこのみかんがあったことから、ヨーロッパに「Satsuma」の名が広まったという。別の説では、明治初年来日したアメリカ人が、みかんの苗木を鹿児島から故郷へ送らせたことから、アメリカで Satsuma Mandarin の名が知られるようになった、という。

『クラウン独和辞典第4版』には、こうした日本語を語源とするドイツ語が、Bonze(僧侶;親分);Kakipflaume (柿の木);No-Spiel (能楽);Rikscha (人力車);Sojasauce, Sojasoße(醤油しょうゆ)など28語が収められている。


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信岡 資生 (のぶおか・よりお)
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辞書から消えた言葉

2008年 10月 20日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(27)

辞書が次々と生まれる新語を片っ端から採録すると、頁数は際限なく増大していく。利用の便宜や目的などを考慮すると、辞書の形態には一定の限度があるから、新語の採録・補充の一方では、当然のことながら廃語の除去や不要な記述の削除・短縮が要求される。しかし、辞書の利用者が向き合う文書にはあらゆる時代のものを想定しなくてはならず、姿を消した言葉だからといってむやみに削るわけにはいかないし、詩歌や格調の高い文に用いられる古語や雅語の取捨選択の兼ね合いも難しい。

『クラウン独和 第4版』の編修に際して第3版から削除した見出し語は、例えば以下のものである。まず、意味の自明な複合語、例えばDurchhaltevermögen (持久力);Einwanderungsverbot (移民禁止);Maschinenschaden (機械の故障);Waschseife(洗濯石鹸)など、利用者が各構成語の意味をつなぎ合わせて考えるだけですむもの。次には、現在ではもうほとんど使われなくなったか、もしくは使われなくなりつつある言葉、例えばHaarschneidemaschine (バリカン);Narrenhaus(精神病院); Tippfräulein(女性タイピスト);Wartefrau(子守り女)の類。一頃活躍したFernschnellzug(長距離急行列車)はもう消してもよいが、Fernschreiber(テレックス)はまだ使用なされる向きもあるかと思い、残してある(私の周りにはまだワープロやガリ版の愛用者がいるくらいだから)。Dink(子供のない共稼ぎのカップル)は第3版に新語として入ったばかりだが、第4版ではもう削った。流行り廃りの激しい言葉の好例である。それから、一般性の薄い古語や方言、例えばAngebinde(贈り物);Milchbruder (乳兄弟);Milchschwester (乳姉妹);Nocke (スープへ入れる団子); Tuschfarbe(水彩絵の具)なども削除の対象とした。Taburett(腰掛け)はスイス以外ではもはや使われていないのでカットした。Autodroschke (タクシー)は除いたが、Droschke は古風な呼び方としてまだオーストリアでは使われているので残した。さらにまた、DDR(東独)にあった制度、例えばAspirant から([大学院の]後継研究者);Aufkommenから([農産物の]供出)などの語義は消したが、 DR([旧東独の]ドイツ国有鉄道)はドイツ鉄道史に残る概念として削らなかった。

その他、記述の重複を避けて紙面の節約を計った。例えば Jeder kehre vor seiner Tür. (諺:自分の頭のハエを追え)は見出し語のkehren と Tür の二ヶ所に載っていたのを、kehrenのほうを削ってTür のほうを残した。同様に慣用句のnoch nicht trocken hinter den Ohren sein(まだ青二才である)も、trocken と Ohr の両方にあった記述を trocken のほうを削って Ohr にのみ残した。

このような努力のおかげで、前に打ち明けたように新語のために一千行以上も行数が増えたのに(編集こぼれ話18参照)、本文の全頁数は第3版の1706から第4版では1726と20頁(約2560行)の増加で抑えることができた。あるいは努力にもかかわらず20頁も増えてしまったと言ったほうがよいかも知れない。因みに初版の本文頁数は1623であった。その間には三省堂の編集者の工夫で頁の組み方を変え、1頁当りの文字数も増やしている。吟味と選択と検討を重ねた上での頁数の増加であるから、内容の充実ぶりは単に増えた頁の量だけでは計り切れない。


【筆者プロフィール】
信岡 資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典第4版』編修主幹


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新語について

2008年 7月 21日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(18)

国語辞典・外国語辞典を問わず、新刊の辞典が売り物として謳うことの一つは、新語の収録の多さである。新語は時代社会をそのまま反映しているから、その採録の多寡は、その辞典の適時性のバロメーターとなる。Duden の正書法辞典24版(2006)の見出し語に Sudoku(数独)が入っているのを見たときは、この概念の欧州での普及ぶりに感心した。過去の独和辞典の場合でも、Koala が入ったとか、Panda の採録が間に合ったとか仲間内でささやかれたものである。明治44年刊行の『獨和兵語辭典』(藤井信吉編;金港堂書籍株式会社)には Flugapparat, Flugmaschine(飛行機)が収録されているが、ライト兄弟がアメリカのキティフォークで59秒852フィートの初飛行に成功した1903年(明治36年)の8年後であった。因みに一般の独和・和独辞典に飛行機が登場するのは大正を待たなければならない。

このように以前ならまず先方の独独辞典にその言葉が載って、それから独和辞典に移るのに相当の時日を要したものであるが、インターネットで「シュピーゲル」誌が読めるような当今のご時勢では、そのような悠長さは望めなくなった。2006年12月に慈恵病院が熊本市に設置を申請し翌07年5月から運用を始めて話題となった「赤ちゃんポスト」に対応するドイツ語 “Babyklappe” は、早速『クラウン独和辞典第4版』の見出し語に採録したが、上記 Duden の正書法辞典には23版(2003)から掲載されていた。

他にも『クラウン独和辞典第4版』に新しく入れた見出し語の主なものは以下の語である。

Cluster クラスタ; Digitalkamera デジタルカメラ; Genfood 遺伝子組換え作物(食品); Irokesenschnitt モヒカン刈り; Pollenallergie 花粉症; recycelbar リサイクル可能な; ubiquitär ― die ~e Gesellschaft ユビキタス社会; Ubiquität ユビキタス; Vogelgrippe 鳥インフルエンザ etc.

見出し以外の箇所に採録した例としては次のものがある。

metabolisch の用例に: ~es Syndrom メタボリック症候群

Staublunge の複合語に: Asbeststaublunge アスベスト塵肺[症]

従来の語に新たな用い方が生じるケースもある。4版でbrennen の他動詞の項に、「(CDに)書き込む」の意味が付け加わったのがその例である。

以上はほんの一例に過ぎず、新語のために3版より増えた行数は1千行を超えている。「メタボリックしょうこうぐん」や「ユビキタス」は『大辞林第三版』(2006)でも新たに加えられた新語である。これらの言葉を見ていると、ドイツも日本も同じ時代の呼吸をしているとの実感が湧いてくる。


【筆者プロフィール】
信岡 資生(のぶおか・よりお)
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クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(11)

2008年 6月 2日 月曜日 筆者: 信岡 資生

【編集部から】
このたび『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

新正書法

現時点での「ドイツ語正書法公式規則」は2006年8月1日から施行のもので、『クラウン独和辞典第4版』はこの規則を採り入れた最初の独和辞典である。他人様から「よくもまあこんなに早く作れましたね」と言われることがあるが、種を明かせば、正書法の諮問委員会が同年2月末に「勧告」を提出した時点で、きっとこの勧告通り実施されると睨(にら)んで対策を立て、編修作業を進行させたからである。同年夏に刊行されたDudenやWahrig の正書法辞典はただ確認のために利用することになった。それというのも諮問委員会のメンバーには、各ドイツ語圏代表に混じってDuden やWahrigの編集部や、出版界・ペンなどジャーナリストの諸団体からの代表もいたからである。

「新しい」というのは相対的概念であるから、1998年以来いくつもの「新正書法」が現れた。Duden の正書法辞典だけを取り上げてみても、第22版(2000年)、第23版(2004年)、第24版(2006年)のいずれも「完全新増訂版」(völlig neu bearbeitete und erweiterte Auflage)としている。『クラウン独和第4版』もいうなれば「最新の新正書法」に則った独和辞典である。その間の表記法の移り変わりの実例を一つ示すなら、「気の毒である、残念である」es tut mir leid < leid tun (21版:いわゆる旧正書法)⇒ es tut mir Leid < Leid tun (22版) ⇒ es tut mir leid/Leid < Leid tun od. leidtun (23 版) ⇒ es tut mir leid < leidtun (24版)といった具合で、この言い回しが記載される見出し語は leid から Leid へ、さらに新たな見出し語 leidtun へと変わる。『クラウン独和辞典第4版』本文第1頁最初の見出し語 a, Aから最終の1726頁最後の見出し語 z.Zt. までの、数の上でど真ん中に位置する見出し語をコンピューターで調べてもらったら Lüster「シャンデリア」であったが、正書法の在り方しだいでこれがMittepunkt「中心点」とか、あるいは Nabel「臍(へそ)」辺りまで移動していたかも…などとつまらぬことを考えてもみる。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお) 
成城大学名誉教授 
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典第4版』編修主幹

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(1)

2008年 3月 17日 月曜日 筆者: 信岡 資生

【編集部から】
このたび『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

訳語を易しく

 『クラウン独和第4版』の校正中のこと、回ってきたゲラを見ると、mit äußerster Konsequenz の訳語「いっさい右顧左眄(うこさべん)することなく」にアンダーラインが引かれて、この表現は若い人には難しいから易しい言葉に変えては?と記してある。うーむ、そうかなあ ― 試しに『新明解国語辞典第六版』で「うこさべん」を引いてみると ⇒さこうべん となっているので、あらためて「さこうべん」を引き直すと「世間の評判や思惑などを気にして、意見態度を決めかねること。右顧左眄」とある。『大辞林第三版』では「うこさべん」「さこうべん」の両方が見出し語にあるが、「さこうべん 左顧右眄」のほうに出典として三国魏の詩人曹植の「与呉季重書」より、「左をふりむき右を流し目で見るの意から」とあり、『全訳漢辞海第二版』でも「右顧左眄」は見出しだけで、⇒左顧右眄となっているので、やっぱり「左顧右眄」のほうが由緒正しいようだと知る。いずれにしても、漢学の素養がさほど重んじられなくなった今日では、こうした表現が若い世代も含めて一般の人には理解が困難になっている事実に変わりはない。ゲーテは「外国語を知らない者は自国語についての弁えがまるでない」と言ったというし、独和辞典を引いて「左顧右眄」という国語をあらためて認識するのもまたその効用の一つではないかとも考えたが、しかし初版以来高度の水準と同時に易しい解説を編集の基本方針とし、その定評を勝ち得てきたクラウン独和辞典としては、大方の利用者の目線に立って、訳語が語意の理解の妨げになることを避けて、ここは「ひたむきに目標を追求する」と訳語を改めることにした。他にも若手の校正協力者の意見を入れて、「あたらチャンスを逃す」(eine Gelegenheit ungenutzt vorbeigehen lassen)⇒「せっかくのチャンスを逃す」;「… 前途遼遠だ」(Bis dahin fließt noch viel Wasser den Berg hinunter.) ⇒「… 長くかかりそうだ」;「大兵肥満の人」(Koloss)⇒「太った大男」;「人跡未踏の、人跡まれな」(unbetreten)⇒「人がまだ足を踏み入れて(通って)いない、人跡未踏の」などと改めた。


【筆者プロフィール】
信岡 資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典第4版』編修主幹

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