カテゴリー:コラム

続 10分でわかるカタカナ語 第26回 リベンジ

2017年 9月 16日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「リベンジ」の意味と使い方

どういう意味?

 「雪辱」「再挑戦」「復讐」という意味です。

もう少し詳しく教えて

 リベンジ(revenge)とは英語で、「復讐(ふくしゅう)」を意味する言葉です。すなわち「誰かからひどい仕打ちを受けた人が、その相手に対して報復すること」を意味します。

 しかし日本語のリベンジは、多くの場合、スポーツ分野における「雪辱(せつじょく)」を意味します。つまり「勝負に負けた相手に対して勝つこと」を意味するのです。例えば「前大会の決勝で敗れた相手にリベンジを果たす」といった表現が可能です。

 また一般には、リベンジが「再挑戦」の意味も持つようになりました。その場合「満員でラーメン屋に入れなかったので明日こそリベンジする」などと使われています。

 なお近年ではリベンジポルノ(後述)という言葉も広まっています。この場合のリベンジは、英語の原義「復讐」を意味しています。

どんな時に登場する言葉?

 雪辱・再挑戦のリベンジは、主にスポーツの分野で登場します。この言葉が使われるようになった経緯からとくに格闘技界で好まれる表現ですが、野球など他競技でも用いられます。また近年ではスポーツ界だけでなく一般社会でも、この意味のリベンジがよく使われるようになりました。

 いっぽう復讐のリベンジは、「リベンジポルノ」のように社会問題の分野で登場するほか、映画・ドラマなどの創作作品の題名としてもよく登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 古い記載例としては、1914年(大正3)発行の勝屋英造編『外来語辞典』(二松堂書店)に「リヴェンジ」の項目があり、「復讐。敵討。」と解説があります。

 しかしながら日本でリベンジの認知度が本格的に高まったのは、1990年代に入ってからのことでした。格闘技「K-1」が1993年に始まり、他の格闘技と同様、敗れた選手と勝利した選手との再試合(リターンマッチ)が組まれることも多くありました。この頃から格闘家やそのファンの間に、雪辱を意味するリベンジが広がり始めました。

 また1999年には、 K-1のファンでもあったプロ野球の松坂大輔投手が、ある試合で負けた際に「リベンジします」と宣言して話題になりました。当時、格闘技ファンではない人にとってリベンジは馴染みのない言葉でした。したがって世間では松坂選手の発言が新鮮に受け取られたのです。「リベンジ」はその年の新語・流行語大賞において年間大賞を受賞。その後「再挑戦」の意味でも使われるようになりました。

 さらに2013年ごろには「リベンジポルノ」(後述)という言葉も知られるようになりました。リベンジの原義である「復讐」の意味も浸透しつつあります。

リベンジの使い方を実例で教えて!

「リベンジする」

 「前回負けた相手にリベンジする」のように、リベンジを動詞化して使うことが可能です。

「リベンジを果たす」

 リベンジを用いた定番の言い回しもあります。雪辱や再挑戦を目標として定めた場合は「リベンジを目指す」「リベンジを狙う」「リベンジを誓う」など、雪辱や再挑戦を成し遂げた場合は「リベンジを果たす」「リベンジ(に)成功(する)」「リベンジ(を)達成(する)」などの表現が可能です。

「リベンジマッチ」

 おもに格闘技の世界では、かつて敗れた相手との再試合のことを「リベンジマッチ(revenge match)」と呼ぶ習慣があります。「復讐戦」「雪辱戦」のことです。「リベンジ戦」と表現する場合もあります。近年では格闘技以外のスポーツでも、この表現をみかけるようになりました。

「リベンジポルノ」

 離婚や失恋などの腹いせに、元配偶者や元恋人の裸体写真や動画を許可なくインターネット上に公開すること(またはその写真や動画)を「リベンジポルノ(revenge porn)」といいます。「復讐ポルノ」という言い方もあります。2010年以降、このような行為が世界的に社会問題化しました。

 例えば日本では2013年に、リベンジポルノの問題を世間に知らしめる出来事が起こりました。ある殺人事件の加害男性が、被害女性(元恋人)の性的な写真や動画をインターネット上に公開していたことが明らかになったのです。

 この事件などが契機となり、2014年11月にはリベンジポルノ防止法(「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」)が成立・施行しています。

題名の「リベンジ」

 復讐劇は、創作作品における定番テーマのひとつです。実際、創作作品の題名には「リベンジ」の語を使ったものが少なくありません。例えば2000年の映画『極道の妻たち リベンジ』、2009年のアメリカ映画『トランスフォーマー/リベンジ(原題:Transformers: Revenge of the Fallen)』、2011年放映開始のアメリカテレビドラマ『リベンジ(原題:Revenge)』、2012年連載開始(2017年にアニメ化)の漫画作品『政宗くんのリベンジ』などの例があります。

言い換えたい場合は?

 「復讐」「報復」「仕返し」、「雪辱」「再戦」、「再挑戦」などと言い換えることが可能です。また「リベンジする」を「借りを返す」と言い換えたり、「リベンジを決意する」を「雪辱を期す」と言い換えたりする方法もあります。

 なお複合語には定訳が存在する場合もあります。例えばリベンジマッチは「雪辱戦」「復讐戦」、リベンジポルノは「復讐ポルノ」と言い換えることが可能です。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

リベンジ転職 バブル崩壊後の就職難、またリーマンショック後の就職難を体験した世代で「リベンジ転職」が広まっていると一部メディアが指摘しています。これは新卒時に自分の希望する業界や企業に就けなかった人が、そのような業界や企業を求めて行う転職活動のことを意味します。

アベンジャーズ 復讐を意味する英単語には、revenge(リベンジ)のほかにも avenge(アベンジ)があります。このふたつの単語にはどのような違いがあるのでしょうか? 大まかに言うと revenge は「私怨」に基づく復讐を、avenge は「正義」に基づく復讐をさします。例えば人気ヒーローが勢揃いするアメリカンコミック(またはその映画化作品)である『アベンジャーズ(Avengers)』は「正義の復讐者」を意味することになります。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

広告の中のタイプライター(15):Remington Type-Writer No.2

2017年 9月 14日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Saint Louis Medical and Surgical Journal』1880年7月20日号

『Saint Louis Medical and Surgical Journal』1880年7月20日号
(写真はクリックで拡大)

「Remington Type-Writer No.2」は、E・レミントン&サンズ社が1878年に製造を開始したタイプライターです。発売当初は、ロック・ヨスト&ベイツ社が販売をおこなっていましたが、1878年7月にはE&T・フェアバンクス社に販売権が移っています。ただ、宣伝はE・レミントン&サンズ社が自らおこなっていて、上の広告もそうなっています。

「Remington Type-Writer No.2」の最大の特長は、大文字と小文字が両方とも打てる、という点にありました。ブルックス(Byron Alden Brooks)が発明したプラテン・シフト機構を搭載することで、38個のキーで76種類の文字を打ち分けることができたのです。上の広告では、キーが44個あるように見えますが、実際のキー数は、「Upper Case」と「Lower Case」を合わせても40個でした。「Remington Type-Writer No.2」のキー配列は、以下のようになっていて、アルファベットに関しては「Sholes & Glidden Type-Writer」を踏襲していました。

「Remington Type-Writer No.2」のキー配列

38本の活字棒(type bar)は、プラテンの下に円形に配置されています。活字棒はそれぞれがキーにつながっており、キーを押すと活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます(アップストライク式)。打った文字をその場で見ることはできず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には、活字が2つずつ埋め込まれていて、プラテンの位置によって、大文字と小文字が打ち分けられます。「Upper Case」キーを押すと、プラテンが機械後方(オペレータから見て奥)へ移動し、その後は大文字や記号が印字されます。「Lower Case」キーを押すと、プラテンが機械前方(オペレータから見て手前)へ移動し、その後は小文字や数字が印字されます。なお、数字の「1」は小文字の「l」で、数字の「0」は小文字の「o」で、それぞれ代用することになっていました。

大文字と小文字の両方が打てるようになったことから、タイプライターの市場は大きく拡がりました。市場の大きな部分は速記者で、初期の段階ではタイプライターを速記の反訳に用いていたのが、やがて、直接、タイプライターで速記をおこなうようになりました。それとともに、速記専門学校でタイプライターを教えるようになり、「Remington Type-Writer No.2」は全米に拡大していったのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

三省堂辞書の歩み 新撰支那時文辞典

2017年 9月 13日 水曜日 筆者: 境田 稔信

三省堂辞書の歩み 第54回

新撰支那時文辞典

昭和14年(1939)11月20日刊行
長沢規矩也編/本文176頁/三五判(縦146mm)


左:【新撰支那時文辞典】1版(昭和14年)
右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

 本書は三省堂における最初の中国語辞典である。「時文」とは現代文という意味で、古典漢文を扱った漢和辞典とは違うことを表す。

 満州への移民が増える時勢に従い、文部省が昭和14年から中等学校の漢文の教科に「支那時文」を加えたため、中学用の教科書・参考書・辞書が出版されるようになった。それまでに刊行されたのは、大学用や高等学校用のものだった。

 本書には現行の教科書から、漢和辞典にない親字や熟語、あっても意味が異なるものや時文でよく使われるものを収録してある。また、中国の辞書や新聞からも補足してある。

 配列は『新撰漢和辞典』(昭和12年)に倣い、旧来の部首分類とは違う合理的な方法を採用した。例えば「木」の部首は、上「木・杏・杳・査……」、下「架・柒・染・柴……」、左「杠・村・杖・杜……」、その他「本」、と分けられている。「末」は「一」の部首、「未」は「二」の部首になり、かえって引きにくいおそれもあるが、前付の総画索引で補った。


【新撰支那時文辞典】1版のカバー
(クリックで拡大)

 親字は約3000字、熟語は約8000語を収録。初版本に貼り紙で隠された項目があり、別の初版本で確かめたところ「偽国  満洲国、正しい国家でない意。」だった。

●最終項目(画像はクリックで拡大)

※「猫」「犬」の項目なし

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「三省堂辞書の歩み」目次へ

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【筆者プロフィール】

境田稔信(さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

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【編集部から】

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
不定期の水曜日の公開を予定しております。

モノが語る明治教育維新 第16回―日本最初(!?)の卒業証書 (1)

2017年 9月 12日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第16回―日本最初(!?)の卒業証書 (1)

 近代小学校が発足した当初の制度や実態を説明するときに重宝するのが、この草山直吉の卒業証書です。1枚の証書からどんなことが読み取れるのでしょうか。

 まず「下等小学第八級卒業」とありますが、「学制」によれば尋常小学校は上下二等にわかれ、下等小学は6歳から9歳まで4年間、上等小学は10歳から13歳まで4年間学ぶと定められています。各年は二級に分かれているので、1年前期が第八級、後期が第七級と順に数が減り、第一級卒業が下等小学卒業となります。つまり、この証書は小学1年生前期を無事修了したという証なのです。

 なぜ、このように小刻みに証書を授与したのでしょうか? 当時は現代のように入学年数に応じて異なる課程を修める学年制ではなく、能力に応じた課程を修める等級制でした。誰もが進級できるのではなく、半年ごとに行われる進級試験に合格した者だけが上の級に進むことができました。知的啓蒙を重視した時代だけに、試験は厳格さを重視し、「原級留置」つまり落第する者も多かったそうです。1年生で落第とは気の毒ですが、退学する者も多く、明治8年の等級別在籍者の比率をみると、第八級が65.2%と全体の3分の2を占めるのに対し、第七級は16.7%と激減します。上に進むほど少なくなり、第一級ともなると全児童の0.1%しかいません。いかに下等小学を卒業することが難しかったかがうかがわれます。

 そんな試験地獄の時代に直吉は、明治6年6月の開校と同時に入学し、その半年後の12月に第八級を卒業します。そして、それ以降も順調に進級し、学制が定めた4年の歳月で無事卒業したことを、その後の6枚の証書が明らかにしています。

  明治7年5月(5か月) 第七級卒業
  明治8年4月(11か月) 第六級・第五級卒業
  明治8年7月(3か月) 第四級卒業
  明治8年11月(4か月) 第三級卒業
  明治9年4月(5か月) 第二級卒業
  明治10年5月5日(13か月) 下等小学教科卒業

※( )は進級までにかかったおよその月数

 卒業月を見ると、試験は半年おきに規則正しく行われていたわけではないことがわかります。この小学校のあった足柄県(現・神奈川県)では「進歩の疾きものは臨時試験を以て之を進級せしむ」(明治7年文部省年報)としたので、優秀な児童がいれば随時試験が行われていたのです。

 また飛び級制度もあり、明治8年4月に第七級から一つ飛んで第五級へ進級しています。

飛び級といえば、夏目漱石も成績優秀のため飛び級をしたことが知られています。そこで、やはり直吉もひとかどの人物に成長したのではないかと思い、記載された住所「足柄県大住郡平澤村」を手掛かりに、現在の神奈川県秦野市教育委員会に照会したところ、今回初めてプロフィールが分かりました。元治元年生まれで長じて地方行政に邁進(まいしん) し、村長も務めたそうです。市史には、熟年期の、口ひげを蓄え謹直そうな顔写真が掲載されています。

 144年前の卒業証書からこうして、持ち主の情報が分かり、血が通ったものになる。資料を扱っていてワクワクするのは、こんな瞬間です。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

『日本国語大辞典』をよむ―第16回 走れメロスとメロドラマ

2017年 9月 10日 日曜日 筆者: 今野 真二

第16回 走れメロスとメロドラマ

 太宰治『走れメロス』は雑誌『新潮』の1940年5月号に発表され、同じ年の6月15日に刊行された単行本『女の決闘』(河出書房)に収められている。現在では、中学校の国語教科書に載せられているので、よく知られている作品といってよいだろう。

 作品は次のように終わる。

ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。

「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」

勇者は、ひどく赤面した。

 教科書に載せられている作品にしては、なかなかしゃれた感じの終わり方だなと思ったような記憶がかすかにある。しかし、この後に「(古伝説と、シルレルの詩から)」と記されていることはすっかり忘れてしまっていた。「シルレル」はもちろん、ドイツの詩人、劇作家として知られている、フリードリヒ・フォン・シラー(1759~1805)のことである。ベートーヴェンの交響曲第九番「合唱付き」の原詞の作者といえばよいだろうか。メロスを「村の牧人」としたのは、太宰治の設定であることも指摘されている。さて、このメロスがどこで『日本国語大辞典』につながるのかというと、次のような見出しがあったからだ。

メロス〔名〕({ギリシア}melos)旋律。特に音の旋律的な上下の動きをさす。

 この見出しをみて、「走れメロス」の「メロス」は〈旋律〉という語義をもつギリシャ語だったのか! と思ってしまった。ところが調べてみると、話はそう単純ではなかった。「メロス」はシラーの綴りに従えば、「Meros」となるはずであるとの指摘がある。しかるに、「走れメロス」のヨーロッパ諸語での訳においては「メロス」が「melos」と綴られているという。なぜ、ヨーロッパ諸語の翻訳者が「melos」と綴ったのかはもちろんわからないが、そのことによって、「走れメロス」と「旋律、歌」とにかすかながらにしても、つながりが生じていることはおもしろい。ただし、そのことは太宰治とは無関係であるのだが。

 「メロス」の次にあった外来語は「メロディアス」で、「メロディー」「メロディック」と続いて、「メロドラマ」があった。

メロドラマ〔名〕({英}melodrama ギリシア語のメロスとドラマの結合した語)(1)演劇形式の一つ。誇張された情況設定やせりふをもつ通俗的な演劇。ヨーロッパで、中世から近世に行なわれ、せりふの合間に音楽を伴奏した娯楽劇。(2)恋愛をテーマとした感傷的なドラマや映画。

 小型の国語辞典は「メロドラマ」をどのように説明しているかあげてみよう。

大衆的、通俗的な恋愛劇。▽melodrama(岩波国語辞典第7版新版、2011年)

〈melodrama〉(映画やテレビ番組などで)通俗的で感傷的な恋愛劇。(集英社国語辞典第3版、2012年)

[melodrama]〘名〙恋愛を中心とした感傷的・通俗的な演劇・映画・テレビドラマなど。▽メロス(=旋律)とドラマを結びつけた語。元来は一八世紀後半のフランス・ドイツなどで発達した音楽入りの大衆演劇。(明鏡国語辞典第2版、2010年)

〔melodrama〕㊀歌の音楽をふんだんに使った、興味本位の通俗劇。㊁愛し合いながら なかなか結ばれない男女の姿を感傷的に描いた通俗ドラマ。(新明解国語辞典第7版、2012年)

〔melodrama〕映画・演劇・テレビなどの、通俗(ツウゾク)的な恋愛(レンアイ)劇。(三省堂国語辞典第7版、2014年)

〈melodrama〉[名] 通俗的で感傷的な劇。(新選国語辞典第9版、2011年、小学館)

 「メロドラマ」の「メロ」は「メロメロ」と関係があるとはさすがに思っていなかったが、ギリシャ語「メロス」だったとは知らなかった。「メロス」とのかかわりにふれているのは、上にあげた辞書の中では『明鏡』のみ。「通俗的」「恋愛(劇)」「感傷的」が、「メロドラマ」を説明するキー・ワードであることがわかる。こうした語釈を並べてみると、『新明解国語辞典』の㊁は目立つ。「なかなか結ばれない」は辞書の語釈としては、限定的過ぎると感じるがみなさんはいかがでしょうか。では最後にもう1つ。

メセナ〔名〕({フランス}mécénat)文化・芸術などを庇護・支援すること。特に、企業などが見返りを求めずに資金を提供する文化擁護活動をいう。紀元前一世紀のローマの将軍、ガイウス=マエケナス(Maecenas)が、隠退後、ホラティウス、ウェルギリウスなどの芸術家を庇護したところから、その将軍の名にちなむ。

 日本では1988年の「日仏文化サミット」をきっかけとしてひろがりをもつようになったとのことで、1990年代にはしきりにこの「メセナ」という語が使われていたことを記憶している。『朝日新聞』の記事データベース「聞蔵Ⅱビジュアル」に「メセナ」で検索をかけてみると、やはり1988年の「日仏文化サミット」の記事がもっとも古い例としてヒットする。ごく小型の仏和辞典で調べてみても、「mécénat」は見出しになっており、そこには「学問芸術の擁護」というような説明がある。フランスでは、これが将軍の名前であることはわかっているのだろう。

 それにしても、最近は新聞などを読んでいても、この「メセナ」という語にであうことがめっきり少なくなったように思う。こういう時だからこそ、学問芸術を擁護してもらいたいと思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

続 10分でわかるカタカナ語 第25回 ミニマリズム

2017年 9月 9日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ミニマリズム」の意味と使い方

どういう意味?

 (生活・芸術などで)最小限の要素だけを用いる様式・手法・スタイルのことです。

もう少し詳しく教えて

 ミニマリズム(minimalism)は英語で「最小限である様子」を意味する minimal(ミニマル)と「主義」を意味する -ism(イズム)が組み合わさった言葉です。

 もともとは1960年代以降の美術・音楽で「簡素な形やその反復を用いて、最小限の要素で作品を構成する手法」を指していました。

 いっぽうこれとは別に近年では、一般社会での用例も増えています。その場合「必要最小限の物しか持たないライフスタイル(生活様式)」を意味します。そのようなライフスタイルの実践者や支持者をさす「ミニマリスト」(minimalist)という言葉もよく聞かれるようになりました。

どんな時に登場する言葉?

 一般にはライフスタイルの分野で登場する言葉です。

 また美術・音楽・文学・ファッション・建築・デザインなどの分野では、表現手法としてのミニマリズムが登場します。さらに一部の学術分野でミニマリズムと名付けられた独自概念が登場することがあります。

どんな経緯でこの語を使うように?

 英語の minimalism という言葉が注目されたのは、おおよそ1960年代になってからのことでした。この時代のアメリカで、ミニマリズムと呼ばれる美術や音楽が流行したのです。これ以降、ミニマリズムの概念は文学・ファッションなどの分野でも使われるようになりました。

 いっぽうライフスタイルの面で注目されるようになったのは2010年代のことでした。まず2010年のアメリカで、ジョシュア=フィールズ=ミルバーンとライアン=ニコデマスが The Minimalists というウェブサイトを開設して、必要最小限の物しか持たない生活に関するエッセイを発表。これが大きな反響を呼んだのです。彼らの主張は、著書『minimalism~30歳からはじめるミニマル・ライフ』(フィルムアート社/2014年、原著は2011年)でも確認できます。いっぽう日本でも、佐々木典士が2015年に『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(ワニブックス)という書籍を発表しました。ちなみに同書はその副題で「断捨離(だんしゃり)(※)からミニマリストへ」というフレーズを掲げています。

(※やましたひでこが著書を通じて提唱した生活術。入ってくるいらないものを「断ち」、家にあるいらないものを「捨て」、物への執着から「離れる」ことを意味する)

ミニマリズムの使い方を実例で教えて!

美術の「ミニマリズム」

 1960~1970年代のアメリカの美術界で「ミニマルアート」(minimal art)が流行しました。装飾的・説明的な要素を極力排して、単純な色や形で構成する彫刻や絵画などをさしていました。代表的作家には彫刻家のドナルド=ジャッド(Donald Judd)らがいます。

音楽の「ミニマリズム」

 音楽におけるミニマリズムとは「短いフレーズを反復・持続・展開させる手法」のこと。この手法を用いた音楽を「ミニマルミュージック」(minimal music)と呼びます。1960年代のアメリカの現代音楽界で誕生した音楽ジャンルで、美術界の「ミニマルアート」になぞらえて、このように呼ばれるようになりました。代表的作曲家にはスティーブ=ライヒ(Steve Reich)らがいます。

 また1990年代には「ミニマルテクノ」(minimal techno)というジャンルも登場しました。ミニマリズムの考え方は、ポピュラー音楽の世界にも広がったことになります。

文学・ファッションの「ミニマリズム」

 このほかの文化的ジャンルにもミニマリズムの影響が広まりました。例えば1980年代のアメリカ文学界では「家庭内などの小さな出来事を短編として描く表現手法」がミニマリズムと呼ばれるようになりました。代表的な作家に、レイモンド=カーバー(Raymond Carver)らがいます。また1990年代のファッション界でも「装飾的要素を排して、単純な色や形で衣服をデザインする手法」がミニマリズムと呼ばれるようになったのです。ほかにも建築・デザインなどの分野で、ミニマリズムという表現が登場します。

学術の「ミニマリズム」

 ミニマリズムは学術分野の専門用語として登場することもあります。例えば憲法学(アメリカ憲法学)には「司法ミニマリズム」という用語が存在します。また言語学でも「ミニマリズム」「ミニマリストプログラム」といった立場が存在します。これは、人間の言語能力の仕組みを解明するにあたり、必要最小限の言語処理操作を追究する考え方です。

言い換えたい場合は?

 「最小限主義」と言い換えられることもありますが、各ジャンルにおける「ミニマリズム」を1語に置き換えることは難しいかもしれません。面倒ではありますが、「身の回りの物を最小限にして暮らす生活様式」(ライフスタイルのミニマリズム)、「装飾的・説明的な要素を極力排して、単純な色や形で作品を構成する手法」(美術のミニマリズム)などのような文章表現を試してみて下さい。

 なお言語学のミニマリズムを言い換える場合は「極小主義」とすることが多いようです。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

最小限と最適 上で触れた「断捨離」を、ミニマリズムと同一視する立場も少なくありません。しかし、「断捨離」の提唱者であるやましたひでこはインターネット記事を通じてそれを否定しています。同氏の説明によると、ミニマリストの目標は「最小限」であるのに対して、ダンシャリアン(「断捨離」の実践者)の目標は「最適」であるとしています(参考:やましたひでこ「最小でも最大でもなく『最適』な量と関係で~ダンシャリアンがミニマリストと違う理由」2015年, <https://news.yahoo.co.jp/byline/yamashitahideko/20151121-00051672/>(参照2017-8-10))。

(わ)び寂(さ)びの侘び 日本文化に深く根付いているにも関わらず、日本人自身がうまく説明できない概念のひとつに「侘び寂び」という美意識があります。このうち「侘び」とは、茶道や俳諧で発達した美意識で「質素で静寂なおもむき」を意味します。これはミニマリズムにも通じる考え方といっても良いでしょう。

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◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第六回:トナカイ群の季節移動

2017年 9月 8日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第六回: トナカイ群の季節移動


ツンドラゴケを探すトナカイ

 トナカイは年間で数百kmから数千kmも移動します。トナカイは群居性が強く、通常の群れの規模は数頭~数百頭ですが、大移動時には多ければ数万頭になることもあります。何を求めて移動するかというと、そのひとつは採食です。西シベリアの場合、トナカイは主にツンドラゴケや樹木に生えるコケ等の地衣類、草本、ベリー類、キノコなどを食べます。大きな群れが同じ場所で植物を食べ続けると、すぐに食べ尽くしてしまって、食べる物がなくなってしまうので、次の新しい場所に移動します。

 トナカイは植物を全部食べてしまわずに、根元を食べ残すので、その場所の植物は再び成長していきます。そのほか、トナカイは暑さや蚊を避けるためや繁殖行動のためにも移動します。夏は気温が低い北の方へ移動し、冬は南の方へ移動する経路、夏は標高が高く涼しい山の上へ移動して、冬は平地に戻ってくる経路もあります。また、夏の北ユーラシアは蚊が大発生するので、涼しくかつ蚊の少ない風通しの良い海岸や山頂へ移動します。どのように、どのくらい移動するかは、それぞれの地域の地形や自然環境によって異なります。


群を移動させる牧夫たち

 人が飼育している家畜トナカイもこのように季節的に移動し、群れと一緒に牧夫たちも住む場所を変えていきます。このように、季節的に家畜とともに移動することを、文化人類学の生業研究では季節移動と呼んでいます。年中天幕に住み、長距離季節移動しながら暮らす地域もあれば、森の中に固定的な木造家屋を間隔をあけて数軒所有して、ある家屋から別家屋へという移動を繰り返す比較的短距離の季節移動を行う地域もあり、季節移動の形態はさまざまです。


スィニャの位置(クリックで拡大)

 筆者はトナカイ牧畜調査のためにスィニャという場所に滞在しました。そこでは5組の夫妻で1400頭のトナカイを管理していました。彼らは、11月~3月の冬の間はオビ川近くの平地に天幕を張り生活します。日照時間が長くなってくる3月末には大移動を始め、8月はなんとウラル山脈の山頂まで行き、過ごします。9月にはウラル山脈を越えて少し下り、10月には大移動を始め、また平地へ戻ってきます。毎年ほぼ同じ経路で往復移動しており、年間の季節移動の距離は約400kmになります。牧夫たちは、大移動していない時期は天幕から20kmくらいの範囲内に群れを追い集めて放牧しています。しかし、大移動の際にはまるで、トナカイの群れに人間の方が追いかけてついて行っているようにも見えます。実際に牧夫たちも「トナカイが行くように私たちも天幕を運んで移動する」、「トナカイが移動の路を知っている」と、言っていました。


天幕と季節移動用の橇(そり)。橇には衣服や毛布、食料、道具などが載せてある

 電気・ガス・水道のない森で、厳しい気候のなか、年中天幕暮らしで移動し、トナカイ飼育という生業活動に従事して生活することはたいへん厳しく、常に健康でないと行うことができない生活のあり方です。筆者はお世話になっているある牧夫夫妻に、毎年長距離移動する生活はつらくないのか聞いたことがあります。それに対して「自分の親もトナカイ牧夫で、私は天幕で生まれた。ずっと天幕でトナカイと暮らしてきた。移動すること自体が私たちの生活だ」という答えをもらいました。この語りからは、彼らが自分たちの生活のあり方やトナカイ牧夫としての人生を誇りに思っていることがうかがえます。移動する生活はきっとつらいだろうというのは、日本の都市部で生活する私の先入観だということに気づきました。

ひとことハンティ語

単語:Омәса
読み方:オマサ
意味:お座りください
使い方:お客さんが立ったままでいるときや誰か落ち着きなく立ち上がって話しているときなどに、このように言って着席を促します。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回はトナカイの習性や生活について紹介していただきました。年間で数百kmから数千kmも移動するとは驚きです。家畜トナカイと生活している牧夫たちも1年間で約400kmの移動をするということですが、この距離は東京駅から名古屋駅までより長い距離です。「トナカイが移動の路を知っている」というのは、地図アプリを使って移動先を確認することの多い、都会生活とは全く異なる世界ですね。次回の更新は10月13日を予定しています。お楽しみに!

人名用漢字の新字旧字:「挟」と「挾」

2017年 9月 7日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第140回 「挟」と「挾」

新字の「挟」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「挾」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「挟」は出生届に書いてOKですが、「挾」はダメ。「侠」と「俠」とは逆ですね。どうして、こんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したものでしたが、新字の「挟」も旧字の「挾」も含まれていませんでした。国語審議会は、昭和21年11月5日に当用漢字表を答申しましたが、やはり「挟」も「挾」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「挟」も「挾」も収録されていませんでした。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字1850字に制限されました。この時点で、新字の「挟」も旧字の「挾」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和52年1月21日、国語審議会は新漢字表試案を発表しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、1900字を収録していました。この追加案83字の中に、新字の「挟」が含まれており、さらに「挟」の康熙字典体として、旧字の「挾」がカッコ書きで添えられていました。つまり、「挟(挾)」となっていたわけです。昭和56年3月23日、国語審議会は常用漢字表1945字を答申しました。この常用漢字表にも、「挟(挾)」が含まれていました。

これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「挟」は常用漢字になりました。この時点で、新字の「挟」は、子供の名づけに使えるようになりました。しかし、旧字の「挾」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「挾」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

30年後の平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「挟」と旧字の「挾」が、両方とも含まれていました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「挟」に加えて、旧字の「挾」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「挟」はOKですが、旧字の「挾」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

続 10分でわかるカタカナ語 第24回 ベネフィット

2017年 9月 2日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ベネフィット」の意味と使い方

どういう意味?

 「利益」のことです。

もう少し詳しく教えて

 ベネフィット(benefit)とは、英語で「利益」を意味する言葉です。ただしここで言う利益とは、必ずしも金銭的な利益だけを指すのではありません。例えば自動車を購入したとき、消費者は機能的な利益(例:移動時間の短縮)や心理的な利益(例:自動車で旅行した時の楽しさ)を得ることになります。このような「お金ではかることができない便益」もベネフィットと言うことができます。

 なお英語の benefit には利益という意味のほか、「公的機関や企業が提供する手当や給付金」、「慈善興行」という意味もあります。いずれも「利益」から派生した意味です。カタカナ語でも、まれにこの意味のベネフィットが登場する場合があります。

どんな時に登場する言葉?

 利益・便益などが関連するあらゆる分野で登場します。例えばマーケティング分野では「顧客に提供する便益」のこと、行政などの分野では「事業によって得られる便益」のこと、医療分野では「医薬品の安全性や有用性」のことを、ベネフィットと表現します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 専門用語として以前にもあった言葉ですが、広く使われるようになったのは1980年代ごろからと考えられます。

 国会の議事録では、1990年代後半からベネフィットの登場回数が増加しました。バブル崩壊後の厳しい経済状況・財政状況が、公共事業のベネフィット(効果)を意識させる要因となった可能性があります。

 また近年では、ビジネス用語としてさまざまな分野で登場機会が増えているようです。例えばウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』の人気投稿コーナー『オトナ語の謎』では、2003年6月17日公開分で、利益を意味する「ベネフィット」が投稿されていました。

ベネフィットの使い方を実例で教えて!

マーケティングの「ベネフィット」

 マーケティングの分野では「メリット(merit)とベネフィットの違いを意識せよ」という論説も見かけます。この場合メリットとは「商品・サービスそのものが持つ長所」のことで、ベネフィットは「顧客にとっての便益性」を意味します。

 「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく穴である」。これはマーケティング界の有名な格言です。この格言に即して言うなら、メリットとはドリルが持っている「穴をあける機能」のことで、ベネフィットとは「穴があくこと」ということになります。

行政の「ベネフィット」

 行政の分野では、公共事業の有効性を評価するための方法として「費用便益分析」という概念が登場します。公共事業にかかる費用(コスト)と得られる便益(ベネフィット)を比較する分析手法のことです。コスト・ベネフィット分析とも言います。

 この費用便益分析で、よく登場するのが「B/C」(ビーバイシー)という指標。これは費用便益比(Cost Benefit Ratio,CBR)のことです。数値化した便益(ベネフィット)を費用(コスト)で割った数値を意味します。費用に対して得られる便益の比率を表し、事業計画の評価に用いられます。

医薬品の「ベネフィット」

 医療分野では「医薬品の安全性や有用性」のことをベネフィットと呼びます。ベネフィットと対照をなす概念はリスク。こちらは「副作用などの不具合の可能性」を指します。近年これらを評価・比較するための具体的方法論について、活発な議論が交わされるようになりました。

そのほかの「ベネフィット」

 まれに「手当・給付金」や「慈善興行」を意味するベネフィットが登場する場合もあります。手当・給付金は「フリンジベネフィット」(fringe benefit)。これは、企業が従業員に与える追加的給付を意味します。具体的には、本給以外の諸手当や福利厚生制度などがこれにあたります(金銭以外の給付をも指す点に注意)。また慈善興行の代表例には「ベネフィットコンサート」(benefit concert)があります。これは慈善目的で行う音楽興行のこと。いわゆるチャリティーコンサートを意味します。

言い換えたい場合は?

 基本的には「利益」「便益」「恩恵」などの言葉で言い換えることが可能です。「金銭的な利益」を想起させたくない場合は「便益」「恩恵」などを使うのが良いでしょう。

 行政分野のベネフィットは、多くの場合、費用便益分析の文脈で登場するため「便益」で言い換えるのが妥当だと思われます。医療分野のベネフィットは「医薬品の安全性や有用性」などの文章表現を試してみてください。また、フリンジベネフィットは「追加的給付」「賃金外給付」などと言い換えられます。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

プロフィットとの違い 日本語に訳すと「利益」になる英単語は benefit だけではありません。例えば profit(プロフィット)も advantage(アドバンテージ)も「利益」と訳せます。
 では benefit とこれらの言葉の違いは何なのでしょうか? 実は profit は「金銭的な利益」「収益」を限定的に指す表現。また advantage は「何かと比較した時の優位性」を意味します。これらに対して benefit は「状況の向上に資するもの(便益一般)」を指すという違いがあります。

善行 benefit の語源をたどると、ラテン語の benefactum に辿り着きます。これは「善行」を意味する言葉です(参考:『ランダムハウス英和辞典』小学館)。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『見やすいカタカナ新語辞典 第2版』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

広告の中のタイプライター(14):Blickensderfer Electric

2017年 8月 31日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Typewriter and Phonographic World』1902年1月号

『Typewriter and Phonographic World』1902年1月号
(写真はクリックで拡大)

「Blickensderfer Electric」は、ブリッケンスデアファー(George Canfield Blickensderfer)が、1901年に発売した電動タイプライターです。これ以前にブリッケンスデアファーは、「Blickensderfer No.5」「Blickensderfer No.7」といった、タイプ・ホイール式の機械式タイプライターを製造していました。このアイデアをさらに推し進めるにあたって、ブリッケンスデアファーは、電動タイプライターに挑戦したのです。

「Blickensderfer Electric」の最大の特徴は、全ての動作が電動であるという点です。文字キーは全て電気スイッチであり、「叩く」というよりは、「クリックする」という感触です。印字をおこなうタイプ・ホイール(活字を埋め込んだ金属製円筒)も電動で、タイプ・ホイールの表面には、84個(28個×3列)の活字が埋め込まれています。このタイプ・ホイールが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。

文字キーの配列は、ブリッケンスデアファー独特のもので、上段のキーがzxkgbvqjと、中段のキーが.pwfulcmy,と、下段のキーがdhiatensorと並んでいます。左端の「CAP」キーを押すと、タイプ・ホイールが持ち上がって、上段のキーはZXKGBVQJに、中段のキーは.PWFULCMY&に、下段のキーはDHIATENSORになります。「FIG」キーを押すと、さらにタイプ・ホイールが持ち上がって、上段のキーは-^_()@#:に、中段のキーは./’”!;?%¢$に、下段のキーは1234567890になります。また、キーボードの右端には「L」とだけ書かれたキーがあって、押すと、キャリッジ・リターンと改行がおこなわれました。もちろん、完全に電動です。「L」キーのすぐ下には「R」キーがあって、これはバックスペースを意味していました。

ただし、1901年当時、コンセントプラグは一般化しておらず、「Blickensderfer Electric」も電灯用ソケットからの給電でした。部屋の照明等の白熱電球を外して、代わりに「Blickensderfer Electric」の電源ケーブルを繋ぐのです。電球を外すと、当然、部屋が暗くなるので、明るい昼間ならまだしも、朝夕や雨の日には手元を照らすオイルランプが必要になる、という本末転倒な事態が起こりました。まだ、商用電源というものが十分に普及していない時代であり、その意味で「Blickensderfer Electric」は、時代の先を行き過ぎていたのでしょう。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

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