カテゴリー:コラム

人名用漢字の新字旧字:「双」と「雙」

2017年 5月 25日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第133回 「双」と「雙」

新字の「双」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「雙」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「雙」は、漢の時代より以前から使われていましたが、新字の「双」は、せいぜい明の時代(14~17世紀頃)までしか遡れないようです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の隹部には「双」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「雙」が添えられていました。「双(雙)」となっていたわけです。簡易字体の「双」は、「雙」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていました。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、隹部に「双」が含まれていて、その直後にカッコ書きで「雙」が添えられていました。「双(雙)」となっていたわけです。昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表でも、やはり「双(雙)」となっていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「双」は当用漢字になりました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「双」が収録されていたので、「双」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。しかし、旧字の「雙」は、あくまで参考として当用漢字表に添えられたものなので、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「双(雙)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「双」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「雙」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「雙」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「雙」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が50回でした。この結果、旧字の「雙」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で、平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「双」に加え、旧字の「雙」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「双」はOKですが、旧字の「雙」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

『日本国語大辞典』をよむ―第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

2017年 5月 21日 日曜日 筆者: 今野 真二

第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

 かつては、小型の国語辞書では、動植物名や地名、人名などの固有名詞を見出し(headword)としないことが多かった。しかし最近では必ずしもそうでもなく、小型の国語辞書でも見出しとしていることが少なくない。「百科事典」は動植物名や固有名詞を必ず採りあげるので、このような見出しをたてるかたてないかによって、「百科事典」と「国語辞書」とが分かれるというみかたがある。『広辞苑』は中型辞書なので、例えば、「いたやがい」という二枚貝の名前を見出しとし、「挿図」が添えられている。しかし『新明解国語辞典』第7版には「いたやがい」という見出しはない。これはどちらがいいということではなく、どのような見出しをたてるか、という、それぞれの辞書の「方針」による。

 『日本国語大辞典』は大型辞書で、小型辞書に比して紙幅に余裕がある。そうしたこともあってのことと推測するが、動植物名や固有名詞をかなり見出しとしている。読み始めた頃は、固有名詞が気になった。なぜ気になったか、その理由を自身で推測してみると、おそらく日常生活では案外と目にしたり、耳にしたりしないということがありそうだ。また、ああこの人名は高等学校の生物の時間に習ったとか、高等学校の学習と結びついている人名がある程度あった。特に日本人以外の人名についてはそういうことが多いように思う。みなさんは次の人名をご存じでしょうか。

1 アクサーコフ

2 アグノン

3 アシュバゴーシャ

4 アスキス

5 アスケ

 1は「ロシアの小説家。作風は写実的で平明。代表作「家族の記録」「孫パグロフの少年時代」など。(一七九一~一八五九)」と説明されています。2は「イスラエルの小説家。作品は深い宗教性をもつ。一九六六年度ノーベル文学賞。代表作は「嫁入り」「恐れの日」など。(一八八八~一九七〇)」と説明されています。3は「古代インド一世紀後半の仏教詩人。漢訳名、馬鳴(めみょう)、馬鳴菩薩。生没年未詳」。4は「イギリスの政治家。自由党総裁、首相(在職一九〇八~一六年)。社会政策立法を強力に推進したが、第一次大戦の戦争指導で批判を受け、辞任。(一八五二~一九二八)」と説明されている。5は「北欧神話の主神、オーディンがトネリコの木からつくった最初の男。ハンノキからつくった最初の女エンブラとともに人類の祖先となった」と説明されている。これは正確にいえば人名ではなく、神名というべきであろう。クイズの問題がつくれそうであるが、こういう人名も載せられている。

 さて今回はちょっと風変わりな名前を話題にしてみたい。やはりクイズ形式で、次の名前がわかりますか。

6 しなのたろう【信濃太郎】

7 じゃのすけ【蛇之助】

8 そそうそうべえ【粗相惣兵衛】

9 たんばたろう【丹波太郎】

10 ちょうまつ【長松】

11 つくしさぶろう【筑紫三郎】

12 ならじろう【奈良次郎・奈良二郎】

13 にゅうばいたろう【入梅太郎】

14 ばんばのちゅうだ【番場忠太】

15 ひがざえもん【僻左衛門】

16 むちゅうさくざえもん【夢中作左衛門】

 『日本国語大辞典』は次のように説明している。

6 (1)夏の雲を人名のように表現して親しんでいう語。(2)毛虫のこと。

7 大酒飲みを人名のように表現した語。「古事記」にある素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐(やまた)の大蛇(おろち)に酒を飲ませて退治した伝説から、蛇(へび)を酒飲みとしていったもの。

8 (粗相者の意味を込めた擬人名から)あわて者がつぎつぎに失敗する笑話。弁当と枕を間違えて出かけ、失敗を重ねた結果、自分の家を隣と間違えてどなりつけるなどという筋。

9 陰暦六月頃に丹波方面の西空に出る雨雲を京阪地方でいう語。この雲が現われると夕立が降るという。

10 (1)(江戸時代、商家などの小僧に多く用いられた名前であるところから)商家などの小僧の通称。(2)田舎者や被害者をいう、てきや・盗人仲間の隠語。

11 九州地方を流れる筑後川の異称。関東地方の坂東太郎(利根川)、四国地方の四国二郎(吉野川)とともに日本三大河の一つ。吉野川を四国三郎と呼ぶ場合には筑紫二郎と呼称される。

12 【一】〔名〕夏の雲をいう畿内の方言。【二】奈良東大寺の鐘の異称。この鐘より大きく、琵琶湖に沈んでいるといわれる鐘を「海太郎」というのに対するとも、東大寺の大仏を「太郎」というのに対するともいう。

13 梅雨にはいった最初の日をいう。梅雨期の一日め。

14 芝居の曾我ものなどに、しばしば出る好色な三枚目敵で、梶原景時の家来の名。また転じて、女に甘い男をいう。

15 (「ひが」を人名のように表現した語)(1)やぼな人。無粋な人。いなかもの。明和(一七六四~七二)から天保(一八三〇~四四)へかけての上方の流行語。(2)我を張る人。わがままをいう人。

16 物事に夢中であること、酩酊(めいてい)して我を忘れることを人名のように表わした語。元祿(一六八八~一七〇四)頃から江戸で流行したことば。夢中作左。

 11は小学校か中学校で学習したように思う。習ったのは坂東太郎、四国二郎、筑紫三郎だっただろうか。6・9・12は雲に名づけられている。現在だと「ニュウドウグモ(入道雲)」という語は使うが、筆者は聞いたことがない語である。13の使用例に若月紫蘭の「東京年中行事〔1911〕」が示されているが、その例文中には「土用三郎」「寒四郎」「八専二郎」という語もみられる。『日本国語大辞典』は「はっせん(八専)」について「一年に六回あり、この期間は雨が多いといわれる。また、嫁取り、造作、売買などを忌む。八専日。専日」と説明している。この「ハッセン(八専)」の第2日目が「八専二郎」だ。

 筆者の子供の頃には、痩せている人を小学校の担任の先生が「ほねかわすじえもん(骨皮筋右衛門)」と言っていたような記憶があるので、いろいろなことを擬人化して表現するということがまだあった。現在だと問題になってしまうかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

続 10分でわかるカタカナ語 第11回 マネージメント

2017年 5月 20日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「マネージメント」の意味と使い方

どういう意味?

 「管理」や「経営」を意味します。「マネジメント」とも言います。

もう少し詳しく教えて

 マネージメント(management)の基本的な意味は「物事をうまく扱うこと」です。

 端的に言えば、ひとつには「管理」です。例えば「部下をマネージメントする」と言った場合は「部下の仕事について、監督し指示・指導などを行うこと」、すなわち「部下の仕事を管理すること」を意味します。

 もうひとつには、「経営」ということです。「事業をうまく扱うこと」イコール「経営」と考えれば、この意味もよく理解できることでしょう。例えば「企業のマネージメント」という表現は「企業経営」と置き換えることが可能です。

どんな時に登場する言葉?

 管理が関わるあらゆる分野で登場します。管理の対象は人・時間・お金・資源など多岐にわたります。特に経営分野では、この言葉がよく登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 古くから使われている言葉です。例えば『最近野球術』(橋戸信著/博文館/1905年)という書籍では、野球チームの運営を意味する「マネーヂメント」が「総理法」という注釈とともに登場していました。この場合の「総理」とは「すべての事務をとりまとめて管理すること」(大辞林より)。つまり組織管理を意味するマネージメントが、明治時代にはすでに登場していたわけです。

 近年、マネージメントという言葉が注目された話題もありました。2010年、書籍『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著/ダイヤモンド社/2009年)、通称『もしドラ』がベストセラーとなったのです。その影響で、経営学の父とも称されるピーター・ドラッカーの名著『マネジメント―課題・責任・実践(Management: Tasks, Responsibilities, Practices)』(1973年、日本語版は1974年)が、雑誌・新聞・テレビなどのメディアであらためて注目されたのです。

マネージメントの使い方を実例で教えて!

「マネージメントする」

 動詞として使えます。例えば「組織をマネージメントする」と言った場合は「組織を管理・運営する」ことを意味します。

経営者を意味する「マネージメント」

 経営分野におけるマネージメントには「経営者」「経営陣」「経営体制」などの意味もあります。例えばトップマネージメントとは「最上位の経営者層」のこと。ミドルマネージメントとは「中間管理職」を意味します。

「マネージメント手法」のいろいろ

 経営手法を表す言葉のなかには、マネージメントを含む複合語が数多く存在します。例えば人材管理を行うための「人材マネージメント」、事業遂行を管理するための「プロジェクトマネージメント」、危機管理のための「リスクマネージメント」、知識を共有するための「ナレッジマネージメント」など、実に様々な経営手法が存在するのです。

「マネージメントシステム」

 そんな経営手法のうちシステム(体系的な仕組み)として確立したものを、特に「マネージメントシステム」と呼びます。このような仕組みの中には、個別の企業が開発・運用する仕組み(例:トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」など)がある一方で、標準化組織が制定・要求する仕組みもあります。

 後者のうち有名なのが、ISO(国際標準化機構)が制定する「マネジメントシステム規格」でしょう。例えば「環境マネジメントシステム」(企業が環境保全を行うための仕組み)を規格化した ISO-14000シリーズや、「品質マネジメントシステム」(企業が品質管理を行うための仕組み)を規格化した ISO-9000シリーズが知られています。

そのほかの「マネージメント」

 経営以外の分野にも、マネージメントを含む複合語は数多く存在します。例えば資産管理を意味する「アセットマネージメント」、不動産管理を意味する「プロパティマネージメント」、怒りの感情を制御するための「アンガーマネージメント」、心理的ストレスを制御するための「ストレスマネージメント」、時間管理を意味する「タイムマネージメント」などがあります。

言い換えたい場合は?

 一般には「管理」または「経営」を使います。例えば「部下をマネージメントする」を言い換える場合は「部下を管理する」と表現できますし、「企業のマネージメント」を言い換える場合は「企業経営」と表現できます。なお「トップマネージメント」のように「経営陣」を当てるのが適切な場合もありますので、注意してください。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

馬を馴(な)らす そもそも英語の management は、動詞である manage(マネージ)の名詞形です。その manage の語源は、イタリア語で「馬を調教する」こと、言い換えると「馬を馴らす」ことを意味する maneggiare(マネジャーレ)という言葉でした。この「馬を馴らす」意味が転じて、マネージメントは「物事をうまく扱うこと」を意味するようになったのです。

マネージャー マネージメントの仲間の言葉にマネージャー(manager)があります。日本語では「レストランの支配人」や「芸能人のサポートを行う人」さらには「スポーツチームのサポートを行う人」などの意味で使われてきた言葉ですが、英語の manager から、「経営者」という意味でも使われるようになっています。
 前述した『もしドラ』は、野球部のマネージャーを任された女子高生が主人公となる物語でした。物語の冒頭、この女子高生はマネージャーの仕事を始めるにあたって、マネージャーの意味を辞書で調べます。その過程で彼女は「マネージメント」という言葉を発見しました。そして彼女はマネージメントの関連書籍を書店に探しに行き、経営学者ドラッカーの著作に出会うことになるのです。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

広告の中のタイプライター(7):Underwood Standard Typewriter No.5

2017年 5月 18日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Rotarian』1922年9月号

『Rotarian』1922年9月号(写真はクリックで拡大)

「Underwood Standard Typewriter No.5」は、ワーグナー・タイプライター社が1900年6月に発売したタイプライターです。ワーグナー・タイプライター社は、ワーグナー親子(Franz Xaver Wagner & Herman Lewis Wagner)が、アンダーウッド(John Thomas Underwood)と共に設立した会社で、設立当初からフロントストライク式タイプライターのみをターゲットに、開発・製造をおこなってきていました。「Underwood Standard Typewriter No.5」の爆発的ヒットにより、ワーグナー・タイプライター社は、傘下のアンダーウッド・タイプライター・マニュファクチャリング社をアンダーウッド・タイプライター社に改組し、さらに、ワーグナー・タイプライター社をアンダーウッド・タイプライター社に吸収合併しました(1903年1月29日)。その後、約30年間に渡り、アンダーウッド・タイプライター社は、「Underwood Standard Typewriter No.5」を製造・販売し続けたのです。

「Underwood Standard Typewriter No.5」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、円弧状に配置された42本の活字棒(type arm)が特徴的です。各キーを押すと、対応する活字棒が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。30年以上に渡る歴史の中で、様々なキー配列の「Underwood Standard Typewriter No.5」が製造されたのですが、基本的にはQWERTY配列のものが多く、また、最上段の数字キーは234567890-と並んでいるのが基本配列でした。最下段の「Z」の左横と、「/」の右横には、それぞれ「SHIFT KEY」が配置されています。通常の状態では小文字が印字されるのですが、「SHIFT KEY」を押すとプラテンが持ち上がって、大文字が印字されるようになります。右側の「SHIFT KEY」の上には「SHIFT LOCK」キーがあり、「SHIFT KEY」を下げたままにできるようになっています。最上段の「-」の右横には「TABULATOR」キーが、「2」の左上には「BACKSPACER」キーがあります。

上の広告に掲載されている「Underwood Standard Typewriter No.5」は、黒赤2色のインクリボンが使えるモデルで、黒赤を切り替えるボタンが、「TABULATOR」キーのさらに上に付いています。この切り替えボタンは、左右にシーソーの形になっていて、左を下げると黒い文字が、右を下げると赤い文字が、それぞれ印字されます。ちなみに、初期の「Underwood Standard Typewriter No.5」には、この切り替えボタンが付いておらず、黒一色での印字だったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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漢字の現在:皇帝が書かせた手書きの『康煕字典』―後編

2017年 5月 15日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第300回 皇帝が書かせた手書きの『康煕字典』―後編

 かくして、乾隆帝の勅令によって書き写して叢書に収められた康煕帝勅撰の漢字字典『康煕字典』を、早稲田の図書館に籠もり、重たい写真版を10冊以上抱えて来て、改めてそういう眼で閲覧してみた。さすがに、小楷の名手が筆を執り、歴代の書写体を交えて記した序文ほどの自由さはなく、本文の楷書は、ある程度明朝体の字体に従おうとしている。しかし、示された画数というものに触れるほどの筆法、さらに字体の差も生じている。もともと金代以来、画数の数え方というものは必ずしも定まっておらず、その基準には怪しいものがあった。この字書の殿版でさえも、そういう箇所が散見される。

 「四庫全書」の大もとである文淵閣版を開いているその時、ふとあるページが目に止まった。講義の前でゆっくりしてはいられない時だったが、目の隅にぼんやりと飛び込んできたのである(図)。面白い用例は、ある段階に至ると、向こうから飛び込んでくる、そんなようなことも起こる。「仏」の異体字「𠏹」の類を必死になって集めていた学部時代の出来事で、そう感じるようになった。

文淵閣版「辵部」

(クリックで拡大表示)

 「辵(ちゃく)部」、すなわち「しんにょう」(しんにゅう)の字が並ぶ丁で、右側の面では、見出し字のしんにょうの点が1つしかない。そして版心に当たる柱の部分を挟んで、左側の面では、しんにょうの点が2つになっているのだ。

 辵部では、ここがターニングポイントとなって、点の数が分かれている。影印に、加筆がなされるケースが時折見られるが、ここではそんな形跡は見当たらない。本文の小さい字では、ウラ面の最初だけ2点で書いたものの、狭いためか一つの点に戻って、それで済まされ続けているようだ。小さい字は略字で書くということは昔から今に至るまで、一部で行われてきた。その左右の面では、筆跡が僅かに異なっているようにも感じられるが、仔細に見れば同じ人の字であろうと考えられる。微かな筆致の違いは、たとえば一人の筆耕の休憩時間の前後によるものだろうか。

 つまり、ちょうどこの1丁(ちょう)すなわち1枚の紙の右左つまりオモテからウラへの変わり目で、点の数をきれいに切り替えたのだろう。これが誰かの指摘によるものか、当人の気まぐれかはわからないが、仮にミスと意識されれば、また校閲者によるチェックによって、はねられれば、当然紙を換えて書き直しとなっていたはずだ。なお、元となったはずの殿版では、もちろん「辶」で一貫している。

 後者は、手書きでは間違いとされることも時折あった。ISO/IECの国際会議に行っていた頃、「辶」と「(辶-丶)」だったかその下が揺れた形だったかを、部首としては区別してともに採用すべきとの提案が中国か韓国辺りからなされ、日本のJISの包摂とは異なる基準に、心中穏やかではなかった。

 1つの点と2つの点では「氵」と「冫」のような違いがありそうだ、別々の由来をもつ字だったのでは、などと述べる学生たちもいる。2つの点を打って、その下の縦線を揺する形は、楷書として良くないという議論を20年ほど前にJISの委員会で耳にしたが、それは早計、即断ではと感じ、それ以来、用例を集めてきた。

 何のことはない、顔真卿など歴代の人々もしばしば書いてきたし、石碑や法帖、宋版などにもいくらでも彫り込まれてきた。「辵」(図版の右端はこの字体を繞(にょう)とする)からの草書的な要素を含む変形として、また点画の構成として違和感は残るとしても、2点を打って下部を折り曲げる筆法は、それなりに書写の伝統を有し、習慣の一つとして認めざるを得ない、と分かってきた。現代人は現代人で、個々に活字体からの類推という別の動機によるものが多いとはいえ、同じ字形が広く保持されている。どちらも同じものとして追認せざるをえない。

 さまざまな教科の試験でいずれかを答案に書いて、誤答扱いされることさえ教育現場では起きてしまっている。これでは子供が浮かばれない。そういう認識を抱いており、「常用漢字表の字体・字形に関する指針」にも盛り込まれる結果となった(ただ、1981年以前の表内字については、点2つで書くことは常用漢字には合致しない)。

 楷書体では「しんにょう」は、一点しんにょうがよいのか、二点しんにょうがよいのかは、しばしば人を熱くさせるテーマであった。私も、成り立ちから初めていろいろと理屈を説いて例を示して記してきた。この1枚の図版は、そういうことはどちらでもよい、という事実を、身を以て示してくれている。画数さえも気にならなくなるだろう。一目でこだわりを解消させる力を持つ、説得的な実例といえるように思えるが、いかがだろうか。

 つまり、国家公務員試験である科挙をはじめとする中国社会の識字者の字形に関しては、手書きに対して最も神経質な王朝となった清代においてさえも、しんにょうの点の数など、「どちらでもよかった」のである。勅撰の叢書『四庫全書』に収められた勅撰の字書『康煕字典』は、それを静かに、しかも雄弁に語ってくれていたのであった。

 

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「皇帝が書かせた手書きの『康煕字典』―前編」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

続 10分でわかるカタカナ語 第10回 バッファー

2017年 5月 13日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「バッファー」の意味と使い方

どういう意味?

 「衝撃を吸収するもの」または「余裕」「ゆとり」という意味です。「バッファ」ともいいます。

もう少し詳しく教えて

 バッファー(buffer)はもともと英語で「衝撃を吸収するもの」、すなわち「緩衝(かんしょう)」を意味する言葉です。

 この言葉が持つ中心的なイメージは「何かと何かの間に存在して衝撃を和らげる」というもの。例えば、昔の鉄道車両に付いていた緩衝器(バッファー)は「車両どうしがぶつかり合うときの衝撃を和らげる」ための装置でした。また大国に挟まれた緩衝国(バッファーステート)も「大国どうしの衝突を防ぐ」立ち位置にあります。

 コンピューター用語では、一時的にデータを蓄える記憶領域という意味で使われます。例えばキーボードなどの入力装置と、その入力情報を処理する装置の間に処理速度の差がある場合が考えられます。このようなとき、バッファーと呼ばれる一時的な記憶領域が間に入ることで、うまくその差が緩衝され、データを正しく処理できるというわけです。

 また、近頃ビジネスの世界では、予算・日程・人材・物資・在庫などに設ける「余裕」をバッファーと呼ぶことがあります。例えば日程の余裕がない事業の場合、個別の工程のどれかが長引くだけで事業全体の進行が遅れてしまいます。それを防ぐには、あらかじめ「余分な日程」を確保しておかなければなりません。言い換えるならば「個別の工程の間に、遅延を吸収できる予備の日程を差し込む」必要があるのです。その日程をバッファーと呼んでいます。

どんな時に登場する言葉?

 文字通りの「緩衝」を表すバッファーは、主としてコンピューター・政治・環境・化学・鉄道などの分野で登場します。予算・日程・人材・物資などの「余裕」を意味するバッファーは、ビジネスの場面で登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 専門用語としては古くから用例が存在します。例えば大正時代のある新聞記事には、鉄道用語として「バッファー用発条(はつじょう=バネの意)」が登場しました(参考:神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫/大阪朝日新聞1913年2月25日「汽車製造の進境」)。また別の新聞記事では、緩衝国を意味する「バッファーステート」が登場した例もあります(参考:同/日本新聞1914年9月14日「今後の日露関係」)。

 いっぽうコンピューター用語のバッファーは最近の用法です。1994年初版発行の「コンサイスカタカナ語辞典」にはすでにこの意味が記されています。

 「余裕」の意味で使われるバッファーは、さらに新しい用法です。ちなみにウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』の人気投稿コーナー『オトナ語の謎』には、2003年6月18日公開分でビジネス用語としての「バッファ」が投稿されていました。

バッファーの使い方を実例で教えて!

「バッファーを持たせる」

 ビジネスの世界では「予算・日程・人材・物資・在庫などに設ける余裕」をバッファーと呼ぶ場合があります。またそのような余裕を確保することを「バッファーを持つ」「バッファーを持たせる」「バッファーをとる」などと表現できます。

「バッファーになる」

 「緩衝役・調停役になる人」をバッファーと呼ぶ場合もあるようです。「看護師が医師と患者のバッファーとなる」のような場合がそうです。

「バッファー処理中」

 コンピューター分野では「入力と出力の間に置いてデータを一時的に蓄える記憶領域」をバッファーと呼びます。(注:この分野では、カタカナ語において語尾の長音符号を省略する慣習があります。そのため、コンピューター関係の用語で「バッファ」という形もよく見られますが、本稿では「バッファー」という表記で統一します。)

 例えばネットで動画を観るとき「バッファー処理中」といった表示とともに再生が止まってしまうことがあります。これは「ネットからの入力が何らかの原因で途絶えたため、バッファーの中身も尽きてしまい、画面出力もできない」ことを意味します。

 バッファーを含む複合語も数多く存在します。たとえば、バッファーとして用いる記憶領域を「バッファーメモリ」、バッファー領域を超過する分量のデータを書き込む不具合(またそれに伴う脆弱(ぜいじゃく)性)のことを「バッファーオーバーフロー」と呼びます。キーボードで入力した情報を一時蓄える「キーバッファー」、プリントするデータを処理する「プリンターバッファー」などの語もあります。

「バッファーゾーン」

 異なる地域の間に存在して、互いの影響の緩衝する役割を持つ地域のことをバッファーゾーン(緩衝地帯)と呼びます。この言葉は政治(地政学)や環境などの分野で登場します。地政学では「大国に挟まれた緩衝地域」を指し、環境問題では「自然保護地域と人間の活動域の間に設定する緩衝地帯」を指します。また世界遺産(ユネスコ)の取り組みでは「保護される遺産を取り巻く地帯」を指します。

化学の「バッファー」

 化学分野では「緩衝液」のことをバッファーと呼びます。外部から酸や塩基を加えても pH(水素イオン指数)が大きく変化しない溶液のことです。

言い換えたい場合は?

 ビジネス分野のバッファーを言い換える場合は「余裕」「ゆとり」を用いるのが良いでしょう。対象に応じて「日程の余裕」「予算のゆとり」「人材の余裕」「物資の余裕」などと表現する方法もあります。在庫管理の場合は「予備」とも言い換えられます。

 専門用語のバッファーを言い換える場合は、定訳があるかどうかを探してみてください。例えば鉄道車両のバッファーは「緩衝器」、地政学のバッファーステートは「緩衝国」、地政学・環境のバッファーゾーンは「緩衝地帯」、化学のバッファーは「緩衝液」との定訳が存在します。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

爪磨(みが) 美容の分野では「爪を磨くための道具」をバッファーと呼んでいます。このバッファーも英語で buffer と綴るのですが、ここまでに述べた buffer とは別の語源を持つ言葉です。
爪磨きの buffer の場合は、「磨く」を意味する buff に「~するもの」を意味する -er が付いている構造。いっぽう緩衝を意味する buffer は、それ自体がひとつの言葉となります(柔らかいものを殴るときの音が語源とみられます)。

バファリン ブリストル・マイヤーズ社が開発、ライオンが販売している鎮痛・解熱薬『バファリン』。ライオンのウェブサイトによると、この商品名は buffer(バッファー)と Aspirin (アスピリン/アセチルサリチル酸)を合成した言葉だといいます。「胃にやさしいアセチルサリチル酸」という意味を込めているそうです。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第二回: フィールドワークの旅支度① ―ドキュメント―

2017年 5月 12日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第二回: フィールドワークの旅支度① ―ドキュメント―


ハンティ-マンシイスクの街並み

 近年では以前と比べてロシアビザを入手しやすくなっていますが、まだまだロシアでは日本人がバックパッカーのように航空券だけ購入してふらりと自由な旅行ができるわけではありません。旅行者にとって少々不自由な制度があります。例えば、入国前のビザの取得だけでなく、入国前に宿泊先のバウチャーを入手したり、滞在先を移動したらその都度郵便局で滞在登録をしたりせねばなりません。さらに、私のような外国人がシベリアの僻地で長期間の単独調査を行うには、パスポートとロシアビザだけでなく、現地の研究機関や地方行政府で用意してもらう調査許可書といった書類(=ドキュメント)が必要になってきます。

 実際に田舎で単独調査を行っていると、当然ですが怪しまれてしまい、警察官だけでなく役人、一般の人々にもパスポートの提示を求められることが何度もありました。このとき、パスポートとビザだけでなく他にも公的なドキュメントを所持しているとより信用されます。今回はフィールドワークを行うのに意外と重要で、かつ入手がたいへんなドキュメントについてお話しします。

 私の場合、西シベリアを研究する日本人研究者が少なかったため、研究機関とのコネクションづくりから始めねばなりませんでした。研究機関とは大学や研究所、博物館、少数民族団体などのことです。日本からたどたどしいロシア語で手当たり次第に現地のさまざまな研究機関に電話をして、外国人である私に研究員の身分を与えてロシア国内で比較的自由に調査を行えるよう、ビザを入手するために必要な招待状を与えて、調査許可書を作成してくれる研究機関を探しました。しかし、最初の数か月間はなかなかよい返事がもらえず、断られたり、たらい回しにされたりしてしまい、調査に行ける目処がまったく立たずに次第に落ち込んでいきました。

 いつまでも受入研究機関が見つからないので、思い切ってロシア語で当時所属していた大学のサインが入った要請書や推薦書等のオフィシャルレターや研究計画書を作成し、国立ユグラ大学のある教授と国立自然と人博物館の所長あてに一方的に郵送してみたところ、これがなぜか上手くいき、その後担当者とのやりとりができるようになりました。そして、どうにか招待状を入手し、第一関門であるビザを取得することができました。

 ビザだけでも結構な根気がいりましたが、私が初めて現地調査へ向かったときには、研究機関があるハンティ-マンシイスクという町に到着した後も、調査許可書と研究員契約書、納税証明書等のドキュメント入手とビザの延長のためにさらに一か月以上も足止めをされてしまいました。すぐにでも調査地に行きたいという気持ちもあり、とても焦っていましたが、ドキュメントの手続きのために行政窓口へ行く度に、担当者不在や受付時間外等の理由で、「明日来い」と言われることが何日も続いたので、もう急ぐのは諦めて、町にいるあいだにも何か学ぶことはあるだろう、ここでは『待つのも仕事』だ、と考え直し、町でしばらく情報収集を行う方向に転換しました。図書館で資料収集するだけでなく、テレビや新聞の取材を受けたり、地元の学生たちと交流したり、博物館のセミナーを受けたり、町に住むハンティたちにハンティ語を教えてもらったりしていました。


ハンティ-マンシイスクの芸術学校で生徒たちと交流する筆者

 ここでたくさんの人々と交流したおかげで、広大な森のどこにあるかも分からなかったハンティの集落についての情報を得ることができました。森でのホームステイ先探しも、最初は全くあてがありませんでしたが、この町で会ったハンティたちの親戚を通してきっかけをつかむことができました。この過程もフィールドワークの一部だったのだろうと今では思っています。

ハンティ語紹介

 Вуща! ヴーシャ!「こんにちは!」

 ハンティ語のあいさつです。出会ったときに互いにこの言葉をかけあいます。森の中でクマに出会ったときもこのようにあいさつします。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

第二回の今回はフィールドワークをする「まで」の、意外に重要・意外に入手困難なドキュメントの話です。研究目的であれば問題なくドキュメントを揃えてくれるものだと思きや、実際には手に入れるまでにさまざまな苦労があるのですね。『待つのも仕事』という発想の転換が結果的にはその後の調査に役に立ったようですが、どのような状況でも前向きに対処する気の持ち方が、フィールドワークをする上で必要不可欠なのかもしれません。旅支度の話はまだ続きます。次回をお楽しみに。

人名用漢字の新字旧字:「塲」と「場」

2017年 5月 11日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第132回 「塲」と「場」

旧字の「場」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「塲」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「塲」と「場」の新旧には議論があるのですが、ここでは、「塲」を新字、「場」を旧字ということにしておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、土部に「場」を収録していましたが、新字の「塲」は収録されていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「場」だけが含まれていて、新字の「塲」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、やはり旧字の「場」が収録されていて、新字の「塲」はカッコ書きにすら含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「場」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「場」が収録されていたので、「場」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「塲」は子供の名づけに使えなくなりました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「塲」はJIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が1回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、新字の「塲」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「場」に加え、新字の「塲」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「場」はOKですが、新字の「塲」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

モノが語る明治教育維新 第10回―世界、そして地球を学ぶ (2)

2017年 5月 9日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第10回―世界、そして地球を学ぶ (2)

 教育内容の近代化が急務である草創期の学校では、地理教育の比重はとても重いものでした。師範学校制定の下等小学教則によると、第六級(2年生前期)の「読物」と「問答」、第五・四級(2年生後期・3年生前期)の「問答」という教科で、特に「地球儀」という時間を設けていたほどです。文部省はこの授業で使う教材として、「文部省定正 新訂地球儀」(明治8年)と箱書きされた地球儀を作製しました。新訂とあるところを見ると、これ以前に作られたものがあったようですが、大切に木箱に収められ140年以上たったとは思えない状態の良さです。

(写真はクリックで拡大)

 地球儀は開化を象徴する教材として世間から注目され錦絵にも多く登場しますが、どれも生徒たちが取り囲んで見るほどの大きなものとして描かれています。

 ところがこの実物は、地球が直径10.5センチほどの小さなもので、木製の支柱と台座を含めても生徒が囲んで見るような大きさではありません。教材としてどのように利用されたのか謎ですが、問答の授業がどのように進められたかは、『文部省新訂地球儀略解』(明治8年)のような民間の教科書が発行されていたのでおおよそ分かります。その緒言には「此書ハ文部省新訂ノ地球儀ノ色分ケ及ヒ地勢気候ノ概略ヲ解キ専ラ幼童地理ヲ学フモノゝ一助ニ供スル」とあります。内容の一例を引くと

 (問)地球儀とは何てあるや
 (答)地球儀とは一個の球を造り其前面に世界のありさまを記載したる者であります
 (問)陸地の大洲を何々に分つるや
 (答)六大洲にして即ち亜細亜、欧羅巴、亜非利加、墺太利亜、北亜墨利加、南亜墨利加等であります
(以上、原文ママ)といった具合です。

 地球儀は12枚の船形地図を貼り合わせて作られおり、一見して3本の三重線(赤道、本初子午線、黄道)と4本の点線(夏至線・冬至線・北圏線・南圏線)が目につきます。

太陽の見かけ上の通り道(黄道)などを地球上に引くことで、世界地理 だけでなく、天文学的な内容も含めて、地球儀を用いて学ばせたのでしょう。『師範学校 改正小学教授方法』(明治9年)にも地球儀は「地球の自転して昼夜の変をなし 太陽の周辺を公運して四時寒暑の節をなす理 ・・を瞭然目撃せしむるの器械なり」とあります。ちょうど前回ご紹介した福澤諭吉の『世界国盡(せかいくにづくし)』と『訓蒙窮理図解(くんもうきゅうりずかい)』の内容を合わせたような地球儀の時間だったと思われます。

 維新から8年、村の名や東海道往来を学んでいた子どもたちが、はるか遠くの世界の国々や天体としての地球まで、この地球儀で学識を広めることが出来るようになったのです。

★おまけ

 日本は「日本諸島」とあり、エソ(蝦夷)、東京、四国、九州、長サキ、ヲキ(隠岐)、サド、八丈島、琉球の地名が記されています。樺太・千島交換条約締結(明治8年5月)の数か月前にこの地球儀が作成されたため、カラフト(サハリン)は日本領土として全土赤く塗られています。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

漢字の現在:皇帝が書かせた手書きの『康煕字典』―前編

2017年 5月 8日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第299回 皇帝が書かせた手書きの『康煕字典』―前編

 「四庫全書」を調べ直してみようと思った。

 これは、清朝の勅撰の一大叢書であり、世界史の教科書にも登場する。時の乾隆帝が、全国から書籍を取り寄せて、学者たちに選りすぐらせたものである。原本は接収して、提供者には写本を返したと聞く。清朝に都合の悪い内容を検閲したため、禁書に指定して焼いたり、本文の字を別の字に改変したりすることもあった。

 中国の学者の中には、手っ取り早くこれを用いて調べごとを済ませるだけでなく、論考に本文をそこから引用する人までいる。電子版も流布しており、そこには誤入力もあるのだが、とにかく3500点余りの典籍に記された延べ10億文字がすでにデータとして打ち込まれているので、全文検索が可能となり、画像もわりと簡単に入手できるためであろう。さらに、これを包含して余りあるデータベースも、すでに刊行されている。

 文献学を学べば、あるいは文献研究をしている人と話すと、これは写本として政治色を帯びているため、研究用の資料としては使わない方が良いという話を繰り返し聞く。私もそう習ったため、その巨体をどこか軽蔑するような目で、そこにしかないときには仕方ない思いで扱っていた。

 しかし、この叢書は、その性質をよく理解した上で扱うならば、実に多くの未開拓の情報に満ちていることを教えてくれると気づいた。

 その統治のためのテキストの改変などの政治色については、最近、集中的に調べたことをまとめた小著『謎の漢字』に触れた。本を執筆し、刊行するとなると改めて勉強し、情報を整理しなくてはならず、そしてその過程で新しいことも次々と分かる。そこから新たな疑問も次々と派生し、新規の課題にも恵まれる。謎は謎を呼ぶのだ。解決のためには、また図書を読み、足を運んで調べていかなくてはならない。それは、今も続いている。

 「四庫全書」の政策的な面にも面白味があるのだが、公式な書籍としてこれを見たときに、もっと興味深い事実が次々と顔を出すのである。こうした文献も、資料性をふまえたうえで検討をしていかなくてはなるまい。以前、「龍」の伝承古文について、一つの字形が書籍や写本に転記されていく中で、何がどのように、どこまで変化していくのかを追って、『墨』誌に連載したときから、これは楷書でも、と感じ始めていた。そして最近、とみに気になってきた。

 「四庫全書」は、手書きによって書写、編纂された叢書であり、そこから活字にされた聚珍版と呼ばれる書物はごく一部に過ぎない。文淵閣本に対して副本が作られ、7種類も中国各地に配置されたが、清末の数々の騒乱によって半分以上がこの世から失われてしまった。

 いま日本では、文淵閣本、文津閣本、そして編纂過程で作られたダイジェスト版の「四庫全書薈要(かいよう)」の影印版を、図書館で閲覧することができる。ネット上や書籍でも、それらの一部を見ることはできる。膨大な資料に飛び込む環境ならば、実は整っている。

 先日、白川静記念東洋文字文化賞の授賞式のために、立命館大学に伺った。地味な調査研究にも励ましを与えて下さる方々には感謝するばかりである。衣笠キャンパスに向かうバスの車内では、そういうものがないかと探していた用例がたまたま見つかった(図)。

バスの車内で 「つぎ止まります」「次とまります」

「つぎ止まります」「次とまります」

表記の不統一、表示を制作した会社の違いと言えばそれまでだが、どうして「次止まります」「つぎとまります」としないのか。読みやすくしてあげようという配慮が、そこに感じられないだろうか。

 空が広いキャンパスは、高校時代に憧れた時計台のほかに、新設の図書館があり、そのガラス越しの吹き抜けに面して、「四庫全書」の一本が書棚一杯に堂々と配架されていた。中国の温家宝氏から寄贈されたものだそうだ。表彰式のあと、後ろ髪を引かれながら一旦会場を離れ、そこへと向かった。

 見慣れた文淵閣本と比べると、冒頭に付された提要が古く、総編纂官の紀昀(きいん)の直しが入っていないものかと、興味を引かれる。清代ともなると資料がたくさん残されており、これも朱で書き込まれた原稿が残され、刊行されている。私は、学部は中国文学専修だったので懐かしいが、国字を研究するには漢文・中国語と漢字を広く捕捉しておくことが前提となるわけで、細々とだが膨大な漢籍を調べることも続けている。

 これらは、清朝に最盛期をもたらした皇帝である乾隆帝が編纂を命じ、みずから閲覧(御覧)したものである。つまり勅撰であり、さらに小著に記したとおり、漢字の字形にうるさいこの皇帝が、完成後も目を光らせていた本である。当時の科挙を受けたり、合格したりした人たち数千人の筆になる筆跡が、その紙面に残されているわけであり、当時の公的な字体・字形を反映していると見ることができる。

 実は、この叢書には、康煕帝が編ませた『康煕字典』まですっぽりと収められている。類書(百科事典)もそういうことをしてきたが、大部の字書まで取り込むのはさすが国家規模の叢書である。よく旧字体のことを「康煕字典体」のように呼ぶが、それは直接には明朝体のような書体で版本に印刷された字体を指す。「四庫全書」の編纂時には、おそらく殿版つまり内府本の『康煕字典』(1716)を眺めながら、一字一字書写されたのだろう。つまり、清朝の役人やそれに準ずる筆耕たちが毛筆で書いた『康煕字典』の字形、という唯一無二の価値を有するのである。最近まで、その存在や意義をきちんと認識していなかったのだが、やっと小著を執筆する中で、そこに思い至ることができた。(つづく)

 

付記 台湾の故宮博物院図書館には「四庫全書」と「四庫全書薈要」に『康煕字典』があるという言及が谷本玲大氏の「康煕字典DVD-ROM解説・マニュアル」(2007)と、それに基づく「概説康煕字典」(2015)に見られた。それらは、中国での先行研究より、北京の故宮博物院に、殿版に基づく、印刷本と見紛うばかりの出来映えとされる康煕年中内府朱墨精抄本があるとの指摘を引く。康煕帝は、一旦献上された『字典』に納得がいかずに、追補を命じたとされるが、それがどの時点のものか、気になるところである。

 

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「河津の「滝」(たる)の歴史」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

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