カテゴリー:国語辞典

古語辞典でみる和歌 第1回「時鳥…」

2014年 6月 10日 火曜日 筆者: 古語辞典編集部

古語辞典でみる和歌 第1回

時鳥(ほととぎす)鳴くや五月(さつき)の菖蒲草(あやめぐさ)あやめも知らぬ恋もするかな

出典

古今・恋一・四六九・よみ人しらず

ほととぎすが鳴く、この五月に咲くあやめ草、そのあやめ草ではないが、私はものの筋道(あやめ)もわからない、無我夢中の恋をすることだ。

技法

上三句、同音反復で「あやめも知らぬ」の「あやめ」を導く序詞。

「鳴くや」の「や」は、詠嘆の間投助詞。「ほととぎす鳴く」は「五月」にかかる連体修飾語。

参考

恋のために分別を失っている人の歌である。「あやめも知らぬ」の「あやめ」は、ものごとの筋道、分別という意。

(『三省堂 全訳読解古語辞典』)

◆関連情報
「五月」は、陰暦五月のことです。『三省堂 全訳読解古語辞典』で「さつき」を引くと、以下のようなコラム「読解のために」が付いています。

「さつき」は雨の季節
五月闇 現代の季節感覚でいうと、五月はさわやかな季節であるが、陰暦五月は、今の六月、梅雨の頃にあたり、五月雨(さみだれ)が降り、月のない「五月闇(さつきやみ)(=五月雨が降るころの暗い夜。また、その暗闇)」がつづく季節でもあった。
ほととぎす 一方、五月は花橘(はなたちばな)やほととぎすの季節でもあり、ことに、ほととぎすは五月を待って公然と鳴くと考えられ、それ以前の鳴き声は「忍び音(ね)」といって、区別した。

三省堂の学習用古語辞典

三省堂 全訳読解古語辞典
高校からの推薦数No.1の古語辞典。授業から入試まで、古典学習のポイントがひと目でわかる。最新版の「第4版」では、好評のコラム「読解のために」約570項目が全面リニューアル。

 

三省堂 詳説古語辞典
学習用古語辞典最大クラスの4万1千語を収録。表にまとめられた文法項目、最重要語のアプローチ欄、訳出の要点にポイントラベルが付くなど、従来の上級向け古語辞典には無かった、親切でわかりやすい解説が盛りだくさん。

 

絵巻で見る 平安時代の暮らし 第2回

2013年 4月 27日 土曜日 筆者: 倉田 実

第2回 絵巻を読み解くために

 絵巻は、現実の忠実な再現ではありません。カメラで捉えたスナップショットとは、大きく相違しています。本来あるはずのものが省略されたり、あるいはわざと誇張されたりします。また、現実にはあり得ない光景になったり、類型化・様式化されたりします。絵巻は固有の技法や方式によって描かれているのです。ここでは、こうした絵巻の描かれ方について簡単に触れておきますので、今後の参考にしてください。

① 絵巻の見方
  絵巻は、本来の形が巻物ですので、画面の右から左に見るのを原則として描かれています。巻物は、左側を開いて見ていくものだからです。

② 絵巻の時間
  絵巻に描かれる時間も、右から左に流れます。しかし、連続式絵巻で、例えば長い行列が右方向に進んでいる場面などでは、左に行くほど過去の時間ということになります。段落式絵巻でも、一つの場面において、過去の時間が暗示されることもあります。例えば、障子(今日の襖)が開いて描かれていれば、それは、そこを人物が通った後であることを示しています。過去の時間、違った時間が絵に暗示されているのです。

③ 異時同図法(いじどうずほう)
  同一人物などが、一場面に複数描かれている場合があります。これを、異時同図法と呼びます。複数描くことによって、違った時間、あるいは時間の経過を示すわけです。上記の②の場合も、違った時間を示していますが、狭義では、同一人物などが一場面に複数描かれている場合を指します。絵巻物特有の描写法で、この説明だけでは理解しにくいかもしれません。実例は、後の回で具体的に示したいと思います。

④ 絵巻の昼夜
  絵巻は夜の時間でも、昼の光景のように描きます。そのために、夜の時間であることを示す場合には、灯台や松明(たいまつ)などの照明具を描いたり、人や犬などが寝ている様子を描いたりします。寝ている様子がなくても、照明具があれば、まず夜の時間と見て間違いはありません。なお、国宝『源氏物語絵巻』では、霞が夜の時間を表すとの指摘があります。

⑤ 遠近法
  絵は、三次元の世界を二次元で表しますので、遠近法によって奥行きを表現します。普通は、遠くにあるものを小さく描き、手前に見えるものを大きくします。しかし、手前に見えるものを、小さく描く逆遠近法も使用されています。

⑥ 絵巻の視点
  絵巻は、物事を水平に見るよりも、ある高さから俯瞰(ふかん)する構図が多く使用されますが、仰ぎ見るような構図にすることもあります。また、鳥瞰(ちょうかん)するような構図の場合、それぞれ違う方向からしか見えない所を合成して、同一の視点で描いたりします。空間が歪められたり、変形されたりするのです。ですから、部分は正しくても、全体として見ると現実にはあり得ない光景となります。複数の視点が、一つに合成されるからです。絵巻を見る際には、その絵がどのような視点になっているかに注意する必要があります。

⑦ 吹抜屋台(ふきぬきやたい)
  室内の様子などを俯瞰する構図で描こうとする場合、普通は屋根や天井、あるいは格子(こうし)(蔀(しとみ)とも)などが邪魔をして、見通すことはできません。しかし、絵巻では、これらを省略して室内を立体的に描くことがあります。この技法を吹抜屋台と呼んでいます。

⑧ 引目鉤鼻(ひきめかぎはな)
  貴族や皇族などの人物や、その侍女たちなどは、多く引目鉤鼻という技法で描かれます。下(しも)ぶくれの顔の輪郭に、ぼやかされた眉、一線に引かれた眼、くの字形の鼻、小さな口というように類型化されます。身分の低い者たちには、この技法は使用されません。絵巻を享受するのは、貴族たちですから、この技法によって、誰にでも親しみやすくしているのでしょう。しかし、類型化・様式化されていても、うつむいたり、横を向いたりする姿勢などによって、そこに微妙な心理や心情の綾が象徴的に表現されています。なお、女性の後ろ姿などは、重要な人物であっても頭部を小さく描いたりします。

⑨ 霞の使用
  絵巻は見える光景をすべて描くわけではありません。不要な部分は、霞をただよわせて必要な部分を浮かび上がらせます。また、山野の光景などで遠近感を出すために霞が使用されます。連続式絵巻では、光景が変わる場合に、霞を描いて次の光景になるようにします。霞にも意味があるわけです。

 以上のほかに、個々の絵巻によっては、特有な描かれ方もあります。また、これらのことが認められないものもあります。以上のことは、あくまでも一般的に言える事柄になることに留意してください。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』倉田実(くらた・みのる)
 大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

* * *

【編集部から】
このたび新たに、『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生による連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」が始まりました。『源氏物語絵巻』や『紫式部日記絵詞』などといった代表的な絵巻を取り上げながら、絵巻の中に描かれる人々の生活について、絵解き式でご解説いただきます。ご一緒に、絵巻の生活空間の中にタイムスリップしてみませんか。いよいよ次回は『源氏物語絵巻』の中に入ります。お楽しみに。

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
このたび大改訂した学習用古語辞典のベストセラー・『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と、絵解き式のキャプションが採用されています。
◆紙面例:おんやうじ

絵巻で見る 平安時代の暮らし 第1回

2013年 4月 20日 土曜日 筆者: 倉田 実

第1回 はじめに

 これから、主に平安時代末から鎌倉時代にかけて成立した著名な絵巻物(以下、絵巻とします)の一場面、または一部分を任意に取り上げて、人や物がどのように描かれているのか、あるいは、なぜその人や物が描かれているのかを読み解いていくことにします。

 絵巻は、「絵」と、話の内容となる「詞書(ことばがき)」とから成り立つ巻物(巻子本(かんすぼん))で、両者が共同して物語となっています。絵は、長く続く場合(連続式絵巻)と、詞書で区切られて一定の長さで一場面が構成される場合(段落式絵巻)とがあります。後者の場合は、その一場面を取り上げますが、前者の場合は、適宜に一部分だけを取り上げることにします。

 ここでは、絵を分かりやすくするために、線描で描き直した図を使用することにします。これによって、人や物の輪郭をはっきりと示せますし、記号を付しての解説が容易になります。近年は、絵巻そのものではなく、線描で説明することが多くなっています。絵巻の理解には、この方法が有効だからです。

 絵巻は、当然のことながら、制作された当時の風俗や習慣などが反映されています。想像・空想によった絵巻でも、時代の制約から自由ではありません。また、物それ自体やその名称などは、今日では使用されなかったり、違っていたりします。ですから、当時の様子を理解することは、絵巻を読み解く際にどうしても必要です。そして、その理解をもとにして絵巻を見直してみますと、豊かで奥深い世界が描かれていることに気づきます。描かれている人や物に、あるいは画面の構図に、絵巻の内容に沿った意味や、制作者の意図が込められているからです。これらの意味や意図を考えることは、絵巻を見る大きな楽しみになります。

 絵巻を見る楽しみのもう一つは、描かれた人物に感情移入してみたり、自分がその場に居合わせているかのような臨場感を味わってみたりすることです。絵巻も物語ですので、その進行や場面に身をゆだねてみること、ここに絵巻を見る楽しみがあります。

 これから皆さんと一緒に、当時の風俗を理解しながら、絵巻を読み解き、味わっていきたいと思います。

 なお、線描画を使用するため、以下の解説では色彩のありようや、衣装や文様の細かな説明は、多く省略することになります。これらを知りたい方は、絵巻物全集・美術全集や、絵巻を所蔵する美術館・博物館などでご覧になってください。また、原画の破損・剥落(はくらく)などによって、線描が困難な場合が多々あります。こうした場合は、むやみな再現をせずに空白のまま処理していきます。ただし、いわゆる国宝の『源氏物語絵巻』については、その所有者である徳川黎明会(保存展示は徳川美術館)で行われた復元模写を参照しましたが、基本は原画を尊重しています。

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【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』倉田実(くらた・みのる)
 大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
このたび新たに、『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生による連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」が始まりました。『源氏物語絵巻』や『紫式部日記絵詞』などといった代表的な絵巻を取り上げながら、絵巻の中に描かれる人々の生活について、絵解き式でご解説いただきます。ご一緒に、絵巻の生活空間の中にタイムスリップしてみませんか。次回は、絵巻入門「絵巻を読み解くために」です。お楽しみに。

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
このたび大改訂した学習用古語辞典のベストセラー『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と、絵解き式のキャプションが採用されています。
◆紙面例:おんやうじ

「この辞書の漢字でなければ表せない、そんな感情もあるのです。」阿木燿子

2010年 12月 20日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

「この辞書の漢字でなければ表せない、そんな感情もあるのです。」

 笹原さんにはNHKのドキュメント番組の対談でお会いしました。まだお若いのに、漢字の第一人者としてご活躍とのこと。漢字への情熱がほとばしるお話しぶりに引き込まれました。

 このたび刊行された『当て字・当て読み 漢字表現辞典』には、私の歌詞からもたくさん用例がとられているとのこと。字数の制約のある、歌の詞という表現形態のなかで、試行錯誤しつつ、つかみとった「漢字表現」のかずかず――「淡雪(めれんげ)」「真紅(まっか)」「何処(どこ)」「つむじ旋風(かぜ)」「悪戯(いたずら)」「魅(み)せられて」などなど。今では当たり前に使われるものもありますが、当時、表現したい想い、形にしたい感情に向かって模索した漢字達が懐かしく思い出されます。「この漢字でなければ、この感情は表せない」、まさにそうして綴られた詞でした。

 笹原さんは中学生の頃から漢字表現としての「当て字」に魅了され、大学ノートで「当て字辞典」を作っていらっしゃったとのこと。「当て字を専門に、というつもりではなかったのですが、いつのまにかライフワークになりつつあります」とお伺いしました。

 1500年以上も前に先人が出会って以来、脈々と続く漢字と日本語の、表現をめぐる営み。私たち日本人のDNAに刻み込まれた文字達が、この辞書にはちりばめられています。

 まさに玉手箱。ページを開くたびに、その言葉の持つ輝きに心を揺さぶられることでしょう。

阿木燿子

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【編集部から】作詞家の阿木燿子氏から、『当て字・当て読み漢字表現辞典』のご推薦をいただきました。編者の笹原宏之先生の連載「漢字の現在」でも触れられていますが、阿木燿子氏は素晴らしい漢字表現を駆使した作品で知られており、本辞典にも多くの用例があがっています。このたび、刊行に際して、ご推薦をいただきましたので、ご紹介いたします。

笹原先生の連載はこちら⇒「漢字の現在」アーカイブへ

『三省堂国語辞典』のすすめ その100

2009年 12月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

三国は、進化し続ける。


【『三国 初版』】

 『三省堂国語辞典』の編集委員として、その魅力を多くの人に知ってもらおうと書き始めた文章が、もう100回になりました。これを潮に、この連載を終えることにします。

 『三国』の魅力は、これまで書いただけではとうてい尽くせず、全部で8万回ぐらいは書き続けられるかもしれません。『三国』には約8万のことばがあるからです。でも、あまり書いては、読者自身が『三国』から発見する楽しみを奪ってしまいます。私の案内は、やはりこのへんでとどめておきましょう。

 しめくくりに、私が考える『三国』の長所を、もう一度まとめてみます。

歴代の『三国』
【歴代の『三国』】

 まず、『三国』は、新しいことばを積極的に取り入れています。これは、新語辞典の項目をそのままちょうだいするという意味ではありません。たとえば「インカム」は、新語辞典では「収入」(income)しか載っていませんが、『三国』では、テレビのディレクターなどがつけている通信機(intercom)のことも載っています。

 また、世間でよく使われるのに辞書に載っていなかったことばを、ていねいに拾っています。たとえば「薄掛け」(毛布)は、スーパーのちらしでも見かけますが、『三国』のほかに載せている辞書はあまりないはずです。

 あるいは、意味の変化を見逃しません。たとえば「追記」には、〈DVDなどにデータを追加して記録すること〉という新しい意味が生まれています。『三国』では、このような新しい意味を、ブランチの2や3などとして示しています。

 ことばの説明にあたっては、簡単な用語で、短く、分かりやすくまとめています。これを、私は「シンプルな似顔絵」と表現しました。くわしい肖像画よりも、さっと描いた似顔絵の方が実物に迫る場合があることは、何度か強調したところです。

 これらの長所は、かつての主幹、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)以来の実証主義に支えられています。つまり、現代語の実例を、新聞・雑誌・テレビなどから数多く採集し、それを紙面に色濃く反映させるというのが、『三国』の方針です。

 今回の『三国 第六版』は、こうした従来の方針を受け継ぎ、より徹底させようと努めました。古い『三国』をご愛用の方には、ぜひ、この機会に最新版をお使いになることをお勧めします。『三国』は進化しています。これからも進化し続けることでしょう。

 

★新年から、「国語辞典の選び方」についての新しい連載を始めます。こちらもどうぞご期待ください。

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◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
飯間先生の予告にある通り、今回でこの連載は終了いたします。
新年より、今度は「国語辞典の選び方」をテーマに新連載が始まります。⇒「国語辞典入門」アーカイブ

『三省堂国語辞典』のすすめ その99

2009年 12月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

谷底を何と読む、ぎっちょんちょん。

谷底の写真
【落ちたらこわい】

 「谷底」ということばが、『三省堂国語辞典 第六版』に新しく入りました。といっても、感心する人はあまりいないかもしれません。だれでも知っていることばだし、意味も簡単です。むしろ「わざわざ載せなくてもいいのでは」という声が飛んできそうです。

 でも、「谷底」は辞書に載るだけの理由があります。「たにそこ」か「たにぞこ」か、発音が問題になるからです。だいぶ以前のことですが、大学の先生が新聞に投書して、端(はじ)・大輪(だいりん)・古本(ふるぼん)などと濁って発音するのを聞くと〈耳を覆いたくなる〉と書いていました(『朝日新聞』1988.5.20 p.5)。この先生は、「谷底」も「たにぞこ」ではいけないという意見でした。

 このへんは、じつはちょっと入り組んでいます。「船底」は「ふなぞこ」、「鍋底」も「なべぞこ」と濁音で言うのがふつうです。茶碗の底に出っぱった支えの部分を「糸底」と称しますが、これも「いとぞこ」と濁ります。

糸底の写真
【ここが糸底】

 一方、「手底」と書いて「たなそこ」、「水底」と書いて「みなそこ」など、濁らないことばもあります。ただし、こちらは、語源的には「手な底」「水な底」で、「な」は「の」ということですから、厳密な複合語ではないわけです。

 「谷底」はどうかというと、「たにそこ」が本来でしょう。もっとも、「船底」「鍋底」などに準じて考えれば、「たにぞこ」でもよさそうです。TM NETWORKの「JUST ONE VICTORY」(作詞:小室哲哉、1992年)という曲では〈山を超え谷底〔たにぞこ〕を進んで〉、THE BOOMの「TIMBAL YELE」(作詞:宮沢和史、1996年)では〈谷底〔たにぞこ〕で砕け散ろうと〉と歌っています。アニメ「耳をすませば」(1995年)の挿入曲「半分だけの窓」(作詞:宮崎駿)の中には〈谷底〔たにぞこ〕みたいな私の部屋〉という語りが入っています。現代の大勢も、まあ「たにぞこ」でしょう。

CDの写真
【「ぎっちょんちょん」を収録】

 ところが、意外に思われるかもしれませんが、『三国』は、こういうふうに論争のあることばは、「本来」とされる言い方をわりあいに尊重しています。この項目でも、清音の「たにそこ」を見出しに掲げ、「たにぞこ」は本文に添える形にしました(誤りとはしていません)。さらに、「高い山から谷底見れば」という、俗曲「ぎっちょんちょん」の一節を用例につけました。CDで聴くと、これは「たにそこみれば~」と歌っています。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その98

2009年 12月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ビシッと決め打ち。ボールならいいけど。

学生レポート
【決め打ちレポートはだめよ】

 文章を書くとき、まだ実際に調べてもいないのに、あらかじめ「こういう結論にしよう」と決めてかかることがあります。これを「決め打ち」と言います。「ある程度決め打ちしなくちゃ、書けませんよ」などと使います。単に仮説を立てるのとは違って、結論まで決めてしまうのですから、真実から離れるおそれが強まります。

 「決め打ち」は、『三省堂国語辞典 第六版』で初めて収録しました。「決める」と「打つ」からなるごく平凡なことばの割には、見ただけでは意味が取りにくいので、辞書に載っていれば便利だと思います。

 報道や論文で「決め打ち」をするとろくなものになりませんが、創作なら話は別です。この場合は、結論をあらかじめ決めるというのとはちょっと違います。作家の万城目学さんは、京都を舞台にした小説が大評判になった後、次回作の舞台を奈良にしました。

野球のヒッティング
【野球から来たか?】

 〈「京都の次は決め打ちでやろう、と場所と題名を先に考えた。主人公が何かにしくじってシカの顔になるとか、シカがしゃべるとか」〉(『毎日新聞』夕刊 2007.8.3 p.3)

 小説のテーマよりも、道具立てを先に考えた、ということでしょう。こういった例を考え合わせて、「決め打ち」の語釈は次のようにしました。

 〈あらかじめ段取りを決めて、そのとおりにすること。「―報道」〉

 ところが、「決め打ち」はほかの場合にもよく使われます。たとえば、野球で〈決め打ちすれば、ワンバウンドしそうな低い球をも本塁打してしまう城島〉(『毎日』2001.6.20 p.19)。また、囲碁で〈〔小林光一棋聖(当時)は〕「ここはこう打つものだ」という、いわゆる決め打ちで決断も速い。〉(『朝日』夕刊 1988.8.31 p.7)といった具合です。

囲碁の盤面
【囲碁から来たか?】

 野球も囲碁も文字通り打つものですから、こちらのほうが本来の用法に近いでしょう。これを1番目の意味に載せることにしました。ただ、そもそもの出元は、野球か、囲碁か、それは分かりません。結局、平等に次のように記しました。

 〈1〔碁石(ゴイシ)・ボールなどを〕あらかじめ決めたとおりに打つこと。「ストライクを―する」 2〔上記のとおり〕〉

 このほか、ゴルフ・将棋(指すものなのに?)・株の取り引きなどの例も出てきます。かなり広く使われることばです。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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『三省堂国語辞典』のすすめ その97

2009年 12月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「ルンルン」の語源は1979年。なのかな?

踊る女子学生
【ルンルン気分】

 『三省堂国語辞典』は現代語の変化を敏感に取り入れる辞書ですが、それにしては、ある新語が「何年に生まれた」といった記述がありません。これは、ことばがいつ生まれたかを特定することがむずかしいからです。厳密に学問的にやろうと思えば、確認できる最古例を掲げて、時期を暗示するしかありません。

 はずんだ気持ちを表す「ルンルン」も、よく使われた(今も使われる)ことばで、『三国』では第四版(1992年)から入りました。でも、発生時期は示していません。この語について、テレビアニメ「花の子ルンルン」(1979~80年)から来たという話をよく聞きますが、そこまではっきり言えるものでしょうか。

新聞記事(見出しでは「ルンルン」の最古例)
【『朝日』夕刊 1982.8.14】

 米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)を見ると、「ルンルン」は〈1982年から流行する。〉とあります。同書でも語源は「花の子ルンルン」説を採っていますが、ほかに、〈子供の『お手手つないでルンルンルン』から。〉という説も紹介しています。

 「ルンルン」が1982年から流行したのに、もとになったのが1979~80年のアニメだとすれば、時間的な隔たりがあります。それに、1982年以前に使われた「ルンルン」の例は、「花の子ルンルン」に限りません。

 草野心平の有名な詩「河童と蛙」(1938年)では、〈るんるん るるんぶ/るるんぶ るるん〉という、踊る河童の〈唄〉が繰り返されます。中学の教科書にも出てきます。

 河童の唄は特殊だとしても、一般に、歌の中で「ルンルン」というスキャットはよく使われます。かぐや姫の「置手紙」(1974年)では、〈ルンルン ルルル…/今日の淋しさは 風にごまかされて/いつまでも 消えそうもない〉(作詞・作曲:伊勢正三)。

林真理子「ルンルンを買っておうちに帰ろう」(1982)
【ルンルンといえば…】

 さびしい曲で、ちょっと「ルンルン気分」にはつながらないでしょうか。それなら、1978年のアニメ「ペリーヌ物語」はどうでしょう。〈ルンルン ルルル ルンルン…/春のかぜが やさしく/やさしく ほほをなでる〉(作詞:つかさ圭/作曲:渡辺岳夫)と、主題歌ははずむような曲です。「花の子ルンルン」より1年早い放送です。

 おそらく、1980年代、若者の頭の中には、こういったフレーズがいろいろ入っていたのでしょう。それが、「ルンルン気分」などの言い方として現れたものと推測します。そう考えると、年代を添えて語源を示すことには、やはり慎重にならざるをえません。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

『三省堂国語辞典』のすすめ その96

2009年 12月 2日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

外からの目で、日本語を知る。

外国人学生
【キャンパスには多様な学生が】

 留学生のAさんが、雑誌に〈あなたの理想の相手を診断します!〉とあるのを見とがめました(その記事は『Hot Pepper』2007.6 p.241)。彼女によると、「診断」の使い方がおかしい、これでは「あなたの恋人を診察します」という意味になるというのです。

 思いも寄らない指摘に驚きました。たしかに、『三省堂国語辞典』(旧版)を見ると、「診断」には「診察して病気の状態を判断すること」「欠陥があるかどうかを判断し、必要な処置を決めること」の意味しかないので、冒頭のような例は解釈できません。

「診断」の例(週刊ポスト2009.12.11)
【運勢診断?!】

 気をつけていると、「相性診断」「ネット診断」など、同様の使い方は少なくありません。従来のブランチには収まらないとみて、『三国』の第六版では、「診断」の項目に

 〈3 うらない。「相性(アイショウ)―」〉

 という意味をつけ加えました。要するに「占い」の言い換えとみたわけです。「運勢診断」などという例もあり、運勢はふつう「診断」できるものではないので、これはどうしても新しい意味だと考えざるをえません。

 別の留学生Bさんから、大江健三郎「飼育」の中に「事を運ぶ」とあるのが分からない、と言われたことがあります。

「事を運ぶ」の例
【大江健三郎「飼育」】

 〈僕は〔略〕事を運ぶに際して周到さは持ちつづける専門家のように、眉をひそめて広場を横ぎり子供たちを一瞥もしない。〉(『死者の奢り・飼育』新潮文庫 p.113-114)

 『三国』旧版には、「事を運ぶ」は載っていませんでした。もっとも、「運ぶ」には〈〔ことを〕進める。「交渉(コウショウ)を―」〉とあるので、これを見ればいいとも言えます。でも、「事を運ぶ」で熟したことばなので、見出しに立てたいところです。第六版では次のように記述しました。

 〈事を運ぶ[句]ものごとを順を追って実行する。「てきぱきと―」〉

 辞書は、新語や難解語だけでなく、こういった一見当たり前のことばもすくい取り、きちんと説明しなければなりません。でも、当たり前のことばは、ともすると見過ごしがちです。それだけに、AさんやBさんの指摘は印象深いものでした。

 留学生は日本語を学びにくるのですが、彼らから日本語について学ぶことも多くあります。これは日本語研究に限らず、いや、学問に限らず、何に関しても言えることです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その95

2009年 11月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

三国の説明、けっこう足で書いてます。

恥ずかしくて赤くなる
【恥ずかしくて赤くなる】

 「顔が広い」「目に入れても痛くない」など、『三省堂国語辞典 第六版』には約4000の慣用句が入っています。「慣用」というからには昔から使われているようですが、新しい慣用句もあります。また、あまりにもなじみすぎているせいか、これまでの辞書に漏れていた慣用句もあります。『三国』では、そうした慣用句の発見に努めています。

 変わったところでは、「赤くなる」という慣用句が載っています(1982年の第三版から)。こんなものが載るなら、「白くなる」「高くなる」など、何でも載せてよさそうですが、「赤くなる」は、特に恥ずかしいときの顔色について言うので、慣用句と認められます。「青くなる」も、おそれたり心配したりしたときに使う慣用句です。これらを載せたのは『三国』が最初ではありませんが、今出ている国語辞典の中では早いほうでしょう。

どの口が言うのか
【どの口が言うのか】

 今回の第六版でも、慣用句を増補しました。たとえば、「どの口が(で)言うのか」ということばは、まだ載せている辞書はあまりないはずです。こんなふうに使われます。

 〈〔自分は自信がないくせに〕「私がついてます」って、どの口が言えたんでしょうか。〉(NHK「連続テレビ小説・ちりとてちん」2007.10.26 8:15)。

 言いかえれば、「よくもずうずうしく言うものだ」ということです。この言い方は古く、尾崎紅葉『続金色夜叉』(1902年)にも、〈「間さん、貴方はその訳を御存無いと有仰るのですか、どの口で有仰るのですか」〉と出てきますから、辞書に載ってもいいことばです。

足で書いた文章
【足で書いた文章】

 あるいは、「足で書く」(歩きまわって調べたことをもとに文章を書く)ということばもおもしろいと思うのですが、辞書にはあまり見えません。これも、今回の版に収録しました。『三国』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)も使っています。

 〈「日本語の現場」という続きものは足で書いた、いい企画記事だと思います。(『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137)

 国立国語研究所の「『太陽』コーパス」では、1925年の記事に〈僕の紀行文だけは、これでほんたうに足で書くつもりで、〉とありますから、やはり古い言い方のようです。

 最近よく使われる慣用句には、「空気を読む」などがあります。第六版では、「読む」の用例に「その場の空気を読む」を加えましたが、項目に立ててもよかったかもしれません。次の版で候補になりそうな新しい慣用句は、手元にけっこう集まっています。

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