カテゴリー:コラム
漢字の現在:春の伊豆の文字
2012年 5月 11日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第184回 春の伊豆の文字
春の伊豆で、ゼミ合宿。静岡では、表記の地域性はどうだろう。都内と同様に、「月極駐車場」がほとんどだ。
春分の日の前日のことだった。思いやりの溢れる野球で、ホームインできた。野球は皆に出番が回り、皆のことばを借りると「楽しい」。前回は、この球場のホーム直前で気持ちが焦り転んで「憤死」、ケガの治療のために病院へ連れられて行った。そこで珍姓を知れたのは収穫だったが、労災の説明が恥ずかしさもあって難しかった。
フィールドから目に入った「小室山公園」の「園」の字は、明らかに点画が略されていた(写真)。草で点画を再現するためには、字形を略すしかなかったのだろう。その場では中身は「エン」が縦に書いてあるように見えた。しばしば見られる略字だ。ここでは、筆記経済よりも、植物というものの与える物理的制約条件によって、略字が選択されたのだろう。ただ、その字体は、帰宅後に写真で改めて確かめると、中身がなんだかよく分からないものだった。草木は延びたり刈られたりするので、まさに「一期一会」だ。
次に企画されたポートボールは、全く思わぬ活躍をさせてもらい、こんなところで適性を見つけられるとは、人生分からないものだ。のび太のあやとりではないが、温泉場で浴衣姿でのスマートボールも、力の入れ加減を覚え、ついに打ち止めとなったことがあった。役立たないところばかりで力が発揮される。
ゼミ生が企画してくれた障害物競走、皆が役割を担って、責任感を持って動いてくれる。本気で準備してくれた魚肉ソーセージが太い。炭酸飲料もレクリエーションの本には書いてあったとか、それよりはましだし安全だが、バリウム検査のぶん、学生諸君よりも馴れていたかも知れない。食べたくないときに口いっぱいにソーセージを頬張るのは辛いが、頑張る。女子は、4つに噛みきって含んでいたそうだ。
これだけ盛りだくさんでは、小室山に登るどころではない。恐竜のオブジェに登る男子、迫力がある長くて恐い滑り台などは、また来年以降だ。
短い休憩時間に仮眠を取る。見た目はどうにか溶け込んでいるそうだが、年齢が倍以上違う。「先生、寝ていましたか?」 何でそんなことまで分かるのかと驚くと、目が充血しているからとのこと。学生との距離は、就職当初はお兄さんくらいだったものが、だんだんお父さんに近づいてきた。
皆が成人なので、夜には少しばかりのビールも飲める(ここではビール人気は低落気味)。怪しくも単純な手品も披露する。名付けて「いきり立つハンカチ」。ハンカチが生き物のように動き出すので、どこでも面白がってもらえる。笑いから驚異に変わる。タネが分からないという。観客の視点を導くことが大切だ。皆の個性も浮き立ってくる。2年間だけだが海外にいたという帰国子女は、「嗜好品」を「かっこうひん」と言って、サークルの後輩に直されたと話す。まあ、確かに「喝」に少し似ている。「たしなむ」っぽくない、「シ」とは読めない、難しすぎると言う。今、冷静に考えてみると、形声符としては機能を失っていることがうかがえる。隣の女子は、「ちょうこうひん」と読んでいたそうだ。向かいの女子は「お猪口に似ている」とのこと。そういえば、「猪口」全体のパーツとどことなく似ているか。連想ゲームのようだ。
「よかバッテン」という方言が出ると、「×か」と首をかしげて指で示す男子。九州方言も、アニメなどでキャラクターが使わないと広まらないようだ。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は漢字圏における漢字使用機会の比較でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
「百学連環」を読む:『ウェブスター英語辞典』の定義
2012年 5月 11日 金曜日 筆者: 山本 貴光第57回 『ウェブスター英語辞典』の定義
さて、前回見た「術」の二分類は、『ウェブスター英語辞典』にも現れると述べました。今回はそのことを検討してみましょう。
じつを言うと、私たちは既にその文章を一度目にしています。第33回「術の定義の出典を追う」で引用した件の文章を、改めて眺めることにしましょう。こんな文章でした。
2. A system of rules, serving to facilitate the performance of certain actions; opposed to science, or to speculative principles; as the art of building or engraving. Arts are divided into useful or mechanic, and liberal or polite. The mechanic arts are those in which the hands and body are more concerned than the mind; as in making clothes, and utensils. These art are called trades. The liberal or polite arts are those in which the mind or imagination is chiefly concerned; as poetry, music and painting.
In America, literature and the elegant arts must grow up side by side with the coarser plants of daily necessity.
(Noah Webster, American Dictionary of the English Language, Vol.I, 1828. 文中のイタリック体は原書のもの)
文章全体の検討は後ですることにして、ここではまずイタリックになっている部分を見ておきたいと思います。とりわけ「アート(術)」を分類する言葉にご注目ください。こういう順に並びます。
・useful
・mechanic
・liberal
・polite
前回検討した西先生の分類(表にしてみました)と比べると、二つばかり少ないことに気づきます。そう、IndustrialとFineが見あたりません。これはどうしたことか。
ところで、上で引用した文章は、1828年版の『ウェブスター英語辞典』に載っていたものでした。ここで思い出したいことがあります。第42回「どの『ウェブスター英語辞典』か」での推測です。
私たちは、『ウェブスター英語辞典』のいくつかの版を比べて、断定はできないけれども、どうやら1865年版であれば、「百学連環」講義の内容と一致することが多く、時期的にも西先生が参照しえたのではないかと述べました。
そこで、「ART」の項目について、1865年版から引用してみます。
2. A system of rules serving to facilitate the performance of certain actions ; opposed to science, or to speculative principles; as, the art of building or engraving.
☞Arts are divided into useful, mechanic, or industrial, and liberal, polite, or fine. The mechanic arts are those in which the hands and body are more concerned than the mind, as in making clothes and utensils. These arts are called trades. The liberal or polite arts are those in which the mind or Imagination is chiefly concerned, as poetry, music, and painting. Formerly the term liberal arts was used to denote the sciences and philosophy, or the circle of academical education; hence, degrees in the arts; master and bachelor of arts.
(Noah Webster, An American Dictionary of the English Language, Thoroughly revised, and greatly enlarged and improved by Chauncey A. Goodrich and Noah Porter, 1865, p.78. 文中のイタリック体は原書のもの)
この1865年版では、先の1828年版には見えなかったIndustrialとFineも登場していますね。
「百学連環」の理解にとっても大切な文章なので、全体を日本語に訳しておきます。
2. 〔アートとは〕特定の行為を容易に行えるようにする規則の体系である。「サイエンス」や理論に基づく原理とは対照的なもの。例えば、建築のアートや彫刻のアートなどがある。
☞アートは、「手芸(Useful)」「技術(mechanic)」「工芸(industrial)」と「芸術(liberal)」「美術(polite)」「美術(fine)」に分けられる。「技術(Mechanic arts)」とは、精神というよりは、もっぱら手や体に関わるもので、例えば服や日用品をつくることなどである。こうしたアートは「手仕事(trades)」とも呼ばれる。これに対して「芸術(Liberal Arts)」あるいは「美術(Polite Arts)」とは、もっぱら精神や想像力に関わるものであり、例えば詩や音楽や絵画など〔をつくること〕である。かつて「リベラル・アーツ」という言葉は、学問(sciences)や哲学、あるいはアカデミーでの教育の全系統(circle)などを意味するために用いられていた。このため、アートの学位といったり、アートの修士や学士号というものがあるのだ。
前回同様、politeとfineをいずれも「美術」と訳すなど、若干苦しいところもありますが、大筋の意味は取れると思います。
これを前回の西先生の言葉を重ねて読むとどんなことが見えてくるか。次回、検討してみることにしましょう。
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筆者プロフィール
山本貴光(やまもと・たかみつ)
文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)、ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/)
twitter ID: yakumoizuru
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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。
人名用漢字の新字旧字:「巫」は常用平易か(第4回)
2012年 5月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一「巫」は常用平易か(第4回)
平成12年5月23日、愛知県佐屋町のとある夫婦のもとに、男の子が誕生しました。両親は、子供に「矜持」と名づけ、6月3日、佐屋町役場に出生届を提出しました。しかし佐屋町役場は、この出生届を受理しませんでした。「矜」が、常用漢字でも人名用漢字でもなかったからです。やむをえず両親は、「矜持」を「協持」に変えて、6月5日、出生届を再提出しました。さらに6月28日、両親は名古屋家庭裁判所に不服申立[平成12年(家)第1826号]をおこないました。子供の名づけを制限するのは憲法違反なので、「矜持」と名づけた出生届を佐屋町長に受理させるか、さもなくば子供の名を「協持」から「矜持」に改名させてほしい、と申し立てたのです。
この申立に対し佐屋町長は、子の名を「協持」とする出生届がすでに受理されているので、新たな出生届を受理しなおすことなどできない、と主張しました。また、「協持」から「矜持」への改名についても、「矜」は常用漢字でも人名用漢字でもないので許すべきではない、という意見でした。そういう形で名の変更を許すと、子供の名づけに使える漢字を制限している意味がなくなる、というのです。佐屋町長の意見を受けて、名古屋家庭裁判所は、平成12年9月29日、両親の申立を棄却しました。子供の名づけに使える漢字を制限しているのは憲法違反ではないし、また、子供の名を変更する「正当な事由」があるとは認められない、というのが棄却理由でした。この審判に納得のいかなかった両親は、平成12年10月6日、即時抗告をおこないました。「矜持」ちゃんの改名に関する争いの場は、名古屋高等裁判所の抗告審[平成12年(ラ)第282号]に移りました。
平成13年2月16日、名古屋高等裁判所は、両親の即時抗告を棄却しました。一旦「協持」と命名された以上、これを変更するには「正当な事由」が必要だが、本件に関しては「正当な事由」がないので、「協持」という名をいかなる名に変更するかにかかわらず、名の変更は認められない、というのが名古屋高等裁判所の結論でした。「矜」が人名用漢字であろうがなかろうが関係なく、「協持」という名を変更するためには、以下に示すような「正当な事由」がなければならない、というのです。
- 奇妙な名である。
- むずかしくて正確に読まれない。
- 同姓同名者がいて不便である。
- 異性とまぎらわしい。
- 外国人とまぎらわしい。
- 神官・僧侶となった(やめた)。
- 通称として永年使用した。
この決定に対し、両親は、平成13年2月23日、憲法違反を理由として、最高裁判所に特別抗告[平成13年(ク)第250号]をおこないました。しかし、最高裁判所第一小法廷は平成13年6月25日、子供の名づけを制限するのは憲法違反ではない、として両親の申立を退けました。こうして「矜持」ちゃんは、戸籍上は「協持」ちゃんとして生きていくことになったのです。
(最終回につづく)
筆者プロフィール
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
全5回の予定で「人名用漢字の新字旧字」の特別編を木曜日に掲載いたします。
好評発売中の単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もお引き立てのほどよろしくお願いいたします。
「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載中です。
Alone Again (Naturally) (1972, 全米No.1)/ギルバート・オサリヴァン(1946-)
2012年 5月 9日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第31回

●歌詞はこちら
http://www.stlyrics.com/lyrics/thevirginsuicides/aloneagainnaturally.htm
曲のエピソード
ギルバート・オサリヴァン(アイルランド生まれのシンガー/ソングライター)の名前を知らなくても、この曲を耳にしたことがある人は結構いるのではないだろうか。日本のCMやドラマでも起用されたことがあり、今でもラジオで耳にすることがある。
ほんわかとしたメロディと優しく語りかけるようなヴォーカルとは裏腹に、じつはこの曲は「自殺予告ソング」である。主人公は、結婚式の当日に花嫁に逃げられてしまう青年。歌詞の内容が多くの共感を呼んだのか、1972年当時、全米とアダルト・コンテンポラリーの両チャートで6週間もの間、No.1の座に君臨した。ヒットしていた当初から、曲の内容がギルバートの実体験に基づいたものではないか、とまことしやかに囁かれたが、彼自身はきっぱりとそれを否定。彼が11歳の時に父親を亡くしたことや、両親の仲が悪く、幸せな子供時代ではなかったことは歌詞の内容と呼応するものがあるが、この曲を彼が作った時、実際には母親は健在だった。
曲の要旨
教会で行われることになっている結婚式に参列した人々が、にわかにざわめく。花婿はとっくに到着しているのに、いつまで経っても花嫁が姿を現さない。時間だけが容赦なく過ぎていく。手持ちぶさたの参列者たちは、諦めて帰り支度を始めてしまう。残された花婿。その青年は、必ずしも幸せな幼少時代を過ごしたとは言えず、先に父が亡くなり、やがて母も亡くして孤独に苛まれて生きている。そして、ようやく「家族」と呼べる生涯の伴侶を得ることになった結婚式の当日、花嫁は遂に姿を現さず、彼は裏切られたことを知のだった。「(これまでもそうだったように)また独りぼっちになってしまった」ことに絶望した主人公の青年は、近所にある高い塔のてっぺんに登ってそこから投身自殺を図ろうと思い立つ……。
1972年の主な出来事
| アメリカ: | 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。 |
|---|---|
| 日本: | 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。 |
| 田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。 | |
| 世界: | 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。 |
1972年の主なヒット曲
American Pie/ドン・マクリーン
A Horse With No Name/アメリカ
The Candy Man/サミー・デイヴィス Jr.
I Can See Clearly Now/ジョニー・ナッシュ
Papa Was A Rollin’ Stone/テンプテーションズ
Alone Again (Naturally) のキーワード&フレーズ
(a) treat oneself
(b) throw someone off
(c) alone again naturally
(d) God rest one’s soul
もうだいぶ前の話だが、日本の某保険会社がこの曲をCMソングに起用したことがある。昔から「自殺予告ソング」であることを知っていたので、あの時は本当に肝を冷やした。今でこそ、歌詞の内容が理解されるようになり、ネット上でも「ブラックな選曲」(ブラック・ユーモアが利き過ぎている、ということだろう)と指摘する人もいて、ちょっぴりホッとする。耳に心地好くて優しいメロディにうっかりつられ、TPOを全く考えずに洋楽ナンバーを起用するとトンデモナイことになる、という好例(悪例?)になりやすい曲、それがこの「Alone Again (Naturally)」だ。まさか「弊社では、自殺をなさった方にも保険金が出ます」と言いたかったわけではないだろう。ちょっと意地悪な言い方だけど。
もうそろそろこの曲の真意が日本でも理解されてきただろう、と思っていた矢先、こんなことがあった。家人が教えてくれたのだが、何気なく聞いていたラジオから、パーソナリティーの明るい声と共に、この曲が流れてきたという。「では、東日本大震災で被災された方々への励ましとして、次の曲を贈ります。ギルバート・オサリヴァンの『アローン・アゲイン』」――家人曰く「あれじゃ逆効果だろう」――同感。もちろん、リスナー全員が洋楽ナンバーの歌詞を理解して聴いているわけではないだろうが、そこのところ、もう少し斟酌してくれてもいいのではないか、と思う。よりにもよって「(今までもそうだったように)また独りぼっち」と歌っているこの曲を被災者の方々に捧げるなんて……。
辞書の“treat”の項目にイディオムとして載っている(a)は、“treat oneself to ~(~を奮発して買う、~を思う存分に楽しむ)”というように使われる。それらの意味をひとまとめにするなら「思いっ切り贅沢をする」となるだろうか。この曲では、主人公が「自分を treat することを自分に誓う」という風に使っているが、一見してやや意味不明。何故なら、このフレーズの直後で例の「自殺予告」をしているから。となると、彼にとっての“treat”がどんなことを指しているのかを考えなければならない。どうやら、今まで孤独に耐えてきた彼は、実に忍耐強い人間のようだ。ところが、花嫁が結婚式の当日に教会に姿を現さなかったことで、彼の忍耐を支えていた何かが脆くも崩れ去ってしまったのではないか。そして彼は思うのだ。「もう自分の好きなようにさせてもらう(=こうなったら死んでやる)」と。彼にとっての“treat”は、高価なものを奮発して買うことでも、羽目を外して何かを存分に楽しむことでもない。「自分の意のままにさせてもらう」ことなのだ。こんなに哀しい“treat”が他にあるだろうか?
この曲が「自殺予告ソング」であることがハッキリするのが、(b)のフレーズ。“throw ~ off”には、「~を投げ落とす、振り落す」の他に、「(古くなった衣類や古い習慣などを)捨て去る、かなぐり捨てる」という意味もある。もちろんここでは、「自分自身を(高い場所から)投げ落とす」、つまり「投身自殺を図る」の意味で使われているが、「古い習慣をかなぐり捨てる」の意味をそこに付加すれば、「これまで孤独に耐えてきた自分自身とおさらばする」というダブル・ミーニングにも思えてくるから不思議だ。が、主人公が過去の自分と決別するための手段に選んだのが投身自殺では、余りに悲しい。
タイトルで肝心なのは、カッコで括ってある“(Naturally)”。「自然に、ありのままに」の他に、「生まれつき、生まれた時から、生来」といった意味があり、この曲では後者の意味として使われており、曲の主人公が生まれてこの方ずっと孤独だったことを暗喩している。わざわざカッコの中にその単語を入れてタイトルにしたことにも、何らかの意図を感じずにはいられない。単に「また独りぼっちになっちゃったよ」ではなく、「(今までもずっとそうだったように)また独りぼっちになった」ことの悲哀が、このカッコ括りの“(Naturally)”に如実に表れている。カッコなしの「Alone Again Naturally」よりも、主人公の青年が抱えてきた孤独感の度合いが深まるタイトルだ。
クリスマス・ソングの定番に、讃美歌の「God Rest You (or Ye) Merry, Gentlemen」(『讃美歌第二編』128 「世のひと忘るな」)というのがある。タイトルは“God bless you!(あなたに神の祝福がありますように!)”同様、仮定法現在形で、ある種の決まり文句を踏まえたもの。もしもこれが仮定法でないなら、“God rests …”となるはずだ。が、(d)は“God rests one’s soul”ではないので、やはりここも仮定法現在形。主人公の父親が亡くなった際に余りに嘆き悲しむ母親を目の当たりにして、彼は“God rest her soul!(「神様、母の魂をお救い下さい!」)”と懇願する。意訳するなら、「神様、母の悲しみを鎮めて下さい!」。そして、その母もやがてこの世を去り、主人公の青年は天涯孤独となってしまう。その彼に、やっと心の安らぎをもたらしてくれるであろう伴侶が見つかったというのに――。彼の絶望感は、推して知るべし、である。
この世の悲しみを一身に背負ったかのような主人公は、この先、本当に高い塔から飛び降りたのだろうか……? 曲のストーリーは、そこまで描かれていない。なので、「自殺予告ソング」なのである。ギルバート本人は、1980年に晴れて結婚し、二人の娘を設けている。人並みに幸せな結婚生活を送ったようだ。それ以前に、彼が実際に花嫁に逃げられた悲惨な体験があったかどうか、彼は黙して語らずのままだ。
【筆者プロフィール】
泉山真奈美(いずみやま・まなみ)
1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。
三省堂辞書の歩み 英和袖珍新字彙・和英袖珍新字彙
2012年 5月 9日 水曜日 筆者: 境田 稔信三省堂辞書の歩み 第4回
英和袖珍新字彙
明治23年(1890)12月12日刊行
F. W. イーストレーキ、棚橋一郎共編/本文775頁/袖珍判(縦91mm)
本書は、明治17年(1884)刊行の『英和袖珍字彙』に続く姉妹編として出版された。編者の名義は明治21年(1888)刊行の『ウヱブスター氏新刊大辞書 和訳字彙』と同じで、内容もかなりの部分を同書に基づいた編集になっている。ライバルである大倉書店の辞典編者島田豊を引き抜き、斎藤精輔と協力して作られたという。
初学者向けに本のサイズを『英和袖珍字彙』の半分としたため、収録語数は減っているが好評を得て20年以上増刷が続いた。印刷は、新設の三省堂活版所によって行われている。
●最終項目
Zymotic, a. 醱酵ニテ生ジタル
●「猫」の項目
Cat, n.〔動〕猫──v.t.〔航〕錨ヲ錨拮ニ引上ゲル
●「犬」の項目
Dog, n. 犬;小人;鉄架;狼星──v.t. 追尾スル,附纏フ
和英袖珍新字彙
明治24年(1891)5月28日刊行
F. W. イーストレーキ、神田乃武共編/本文904頁/袖珍判(縦91mm)
本書は、明治21年(1888)刊行の『和英袖珍字彙』に続く姉妹編として出版された。『英和袖珍新字彙』と同様に、20年以上増刷が続くロングセラーである。
編者の神田乃武は当時、正則予備校で創立者のひとりとして教鞭を執っていた。のちに東京帝国大学の教授、東京外国語学校の初代校長となる。
初学者向けのため、内容は『和英袖珍字彙』より簡略になっているが、前書にはなかった「字彙」が載っている。また、最終項目も「ずずだま」(じゅずだま)の後に「ずうずうしい」が加わった。見出しは和英辞典で初めてをボールド体を使い、目立つように工夫がされている。
●最終項目
Zūzūsii, 図々敷, coll. a. Bold, fearless, daring, audacious, impudent.
●「猫」の項目
Neko, 猫, n. A cat; also, coll. a singing girl.
●「犬」の項目
Inu, 犬, n. A dog.
* * *
【筆者プロフィール】
境田稔信(さかいだ・としのぶ)
1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。
*
【編集部から】
昨年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。
漢字の現在:漢語の通訳と研究
2012年 5月 8日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第183回 漢語の通訳と研究
トリリンガルの教え子が通訳をすると中国からソウルに駆けつけてくれた。通訳ができるまでに、それぞれの言語を身に付けていて、実に羨ましい。ただ、中国語、韓国語、日本語を別個に獲得していったそうで、漢語の単語(の源)が2、3か国語で共通していても、つまりいわゆる同形語の類であっても、さほど意識はしていないそうだ。頭の別々の所に格納されているようで、それは至極自然なことで、同形語によるいわば直訳だとニュアンスにズレも生じかねず、その場その場で最適な翻訳ができることだろう。
彼女の手作りの名刺は中国語で書かれていたが、「専任講師」だけが日本式の字体だった。指摘してみると、それは日本語だから自然とそうなった、ということのようだった。言語と文字の切り替わり方が同調している点が興味深い。これは、漢字だから起こる現象ということになるだろうか。
「白紙」(ハクシ)と「백지」(ペクチ baekji)は、同じ漢語として意識していたそうだ。ただ、韓国系の朝鮮族であるため、朝鮮語の漢字表記は日常的なものではないそうだ。「僑胞」(교포 キョッポ)と自己紹介していたが、街中などで私も、と返す方もいて、韓国内にも案外多いようだ。中国東北部の朝鮮族の人には、朝鮮語としての漢字を、字義と音読みも載せた教科書によって学んだ、という人もいる。

「문」(ムン mun)は、中国語の「門」(メン men2)と発音も意味も似ているので、「同形語」と最近は思うようになったとのことだ。日本語もマスターしているので、「門」(モン)が媒介した可能性もある。
「귤」(キュル gyul)と「桔子」(ジューズ ju2zi)は、「同じもの(果実)とは分かっていたが、漢字が一緒だったんですか?」。漢字の「橘」とは、その意識の上で、意味にズレも生じている可能性が高い。
「点心」と「점심」(チョムシム tyomsim)も、「違うもの(食べ物)なので」、全く同定していなかったそうだ。それぞれを耳から、あるいは目から別々に身に付け、覚えた結果、頭の中の「辞書」には別々に格納されていたそうだ。
「ホァジャンシル」は、日本語の「化粧室」の3字を朝鮮漢字音で読んで定着した語形だ。病院に入院中の老いた祖母は、同音の「火葬室」を連想してイヤだと言っていたと話してくれた。また、「ホァジャン」の部分が「化粧」だということを分からないというのは、留学してくる学生にも聞いたことが確かあったのだが、40歳前後の研究者の韓国人男性も同様とのことであった。
また、彼女によると、「開始ザオ(zao4)」、または「ザオ(zao4)」といって、家庭内で食事を始めていたそうだ。「いただきます」に当たることばだそうだが、「ザオ(zao4)」は何か分からない、漢字も知らないのだそうだ。中国語辞典にもないし、留学生たちも聞いたことがないという。中国に住む人が、すべての中国語を漢字で書ける、というわけではない。韓国語が漢字なしでも存在しうるのと同様に、中国語の口語も、漢字に依存せずに存在しうるものであり、それは金石文やいわゆる漢文、白話文にも実に当て字が多いこととも関連することなのだ。
彼女は、立派な研究者になってくれた上に、比較・対照研究でもきっと成果をあげるようになるだろう。プロの通訳は、なかなか言語研究者とはならない。ことばを扱う目的が異なるためだろう。どちらも世の中に必要なのだが、すぐに役立つかどうかの差は目立つ。常識を疑うか、誰も気にしないような(神が宿るとも言われる)微細な点にもスルーせずに目を向けるか。そして対象化の方法、深入り度も問題となる。深く進むほど、あの漢文に由来する語かなどと考え込んで即座に逐一訳してなんていられなくなる。伝達を反射的に行う必要がある通訳も、無論逆に違うところにこだわりをもつことがある。通訳の技術も身についておけば便利なことに間違いはない。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は漢字圏における漢字使用機会の比較でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
地域語の経済と社会 第200回 「あの西郷さんが、ラーメンに(鹿児島)」
2012年 5月 5日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第200回 「あの西郷さんが、ラーメンに(鹿児島)」
幕末・維新の英傑のひとりとして名高い西郷隆盛。今日では、東京の上野公園にある愛犬を連れた銅像が有名で、一般には「西郷さん」と親しまれていますね。
が、出身地・鹿児島の言葉では、「せごどん」[=西郷殿の転じたもの]もしくは、「せっどん」となり、その名を冠したラーメンが販売されています。
九州らしく、とんこつ味のラーメンですが、開発・命名の意図を、お聞きしてみました。
●「せごどん」と銘打った意図は?
何といっても西郷隆盛は鹿児島を代表する英雄であり、地元では「せごどん」(西郷殿)と呼ばれ親しまれています。弊社の「鹿児島せごどんラーメン」も西郷さんのように鹿児島を代表するラーメンに育ってほしいとの思いから命名いたしました。
また、西郷さんの座右の銘「敬天愛人」を念頭に、天を敬い人を愛すことを心がけ、人の笑顔を思い浮かべながら丁寧に作りました。
●お客様の反応は、いかがですか?
とんこつラーメンでありながら、あっさり味で、老若男女問わず大変喜ばれています。また、どこかなつかしい味だとリピーターが増えています。
●販売の範囲は、鹿児島県以外にも広がっていますか?
日本全国どこでもお送りしております。
「西郷さん」ではなく、敬意をこめた「どん」をつけて「せごどん」と呼ばれているのは、今でも地元の方々に愛されていることを物語っています。
『鹿児島県方言辞典』(橋口満著/桜楓社1987)にも、関連語として、
せごどんのきざ=南洲神社の階段
さいごーぐさ=荒地野菊
さいごぐさ=荒地野菊
さいごぎっ=百日草
さいごばな=百日草
などが挙げられています。
これまでに書かれた伝記類は、まさに汗牛充棟ですが、『日本でいちばん好かれた男』(鮫島志芽太/講談社1978)というタイトルのものもありました。鹿児島発の「せごどんラーメン」の今後に注目です。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
漢字の現在:漢字圏における漢字使用機会の比較
2012年 5月 4日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第182回 漢字圏における漢字使用機会の比較
のほか、
しおから 塩辛
とある。隣の「キムチ 泡菜」から見て、この「塩辛」という漢字表記は中国語として書かれたものらしい。社名、商品名までは漢字表記がやはり多い。
皇作
正官庄
乐天
最後のこれは、韓国系の企業のロッテの中国名だ。日本のプロ野球に、「楽天」が参入する際には、ロッテを「楽天」と音訳していた中国語圏を動揺させたそうだ。企業の楽天は中国では「楽酷天」となったそうだ。「酷な」という使い方に慣れている日本人には、「酷」がカッコイイという褒めことばとしてのcool(クール)の音訳として使われるようになった中国語に違和感を感じるという。
以上、現代の韓国では漢字はベトナムよりも使われているといえる。上記のように、マスメディアと、看板など空間メディアでは漢字がそこそこ用いられていた。ただし、主として読ませるため(難しめの漢字にはハングルが添えられる)、あるいはあくまでも雰囲気を出すだけのための漢字使用であり、現在の韓国語を個々人が自主的に書くための漢字ではない。
ベトナムの実際については、かつての連載(第89回~第118回)を参照していただきたいのだが(⇒目次へ)、そことの違いの一つに、韓国は市内に寺院が見当たらないことが挙げられる。山まで登らないと、仏教、道教、宗教化した儒教などの寺社、宗教施設の漢字がなかなか見つからないのは、韓国の大都市らしい特色といえる。
漢字圏といっても、漢字が現に読める人の比率はどうなっているのだろうか。漢字を対象とする国としない国とに分かれており、いわゆる識字率というものは、計算法の問題と合わせて別に考えないといけない。韓国では、漢字教育が復権をみたそうだが、漢字を読める人の割合はベトナムよりは多く、日本よりは少ないようだ。世代間の凹凸の形にも差が感じられる。
自国語に用いられる主たる文字(使用頻度順。各国で作られた国字は漢字に含める)について、主な特徴を大づかみにまとめると下記のようになる。「・」は併用、「( )」は稀に見られる程度の使用を表す。アラビア数字、ふりがな・発音を注記するピンインの類、多言語表示における他言語の表示については、ここでは除いておく。
| メディア(歴史・公的場面~現代・私的場面) | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 古典復刻 | 公文書 | 新聞・テレビ | 看板・包装 | 日記 | |
| 中国 | 漢字 | 漢字 | 漢字 | 漢字・ローマ字 | 漢字 |
| 日本 | 仮名・漢字 | 仮名・漢字 | 仮名・漢字 | 漢字・仮名・ローマ字 | 仮名・漢字 |
| 韓国 | ハングル (漢字) |
ハングル | ハングル (漢字) |
ハングル(漢字) ・ローマ字 |
ハングル |
| 北朝鮮 | ハングル (漢字?) |
ハングル | ハングル | ハングル (漢字) |
ハングル |
| ベトナム | ローマ字 (漢字) |
ローマ字 | ローマ字 | ローマ字 (漢字) |
ローマ字 |
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は韓国での日本語と漢字でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
「百学連環」を読む:「技術」と「芸術」
2012年 5月 4日 金曜日 筆者: 山本 貴光第56回 「技術」と「芸術」
西先生は、「学」に続いて「術」についても、二つの区別をします。少し長くなりますが、まとめて見てみます。
術に亦二ツの區別あり。Mechanical Art and Liberal Art. 原語に從ふときは則ち器械の術、又上品の術と云ふ意なれと、今此の如く譯するも適當ならさるへし。故に技術、藝術と譯して可なるへし。技は支體を勞するの字義なれは、總て身體を働かす大工の如きもの是なり。藝は心思を勞する義にして、總て心思を働かし詩文を作る等のもの是なり。mechanicalはtradeと同し。則ち商ヒと云ふ字なり。英に於てMechanical Artと云ふあり。商賣と云ふと同し。
又 Useful Art and Polite Art.
又 Industrious Art and Fine Arts. 此の如く術に於て種々の語ありと雖も大槪意を同ふし、只二ツの區別あるのみなり。
(「百學連環」第17~19段落)
以上の文中に現れるいくつかの英単語の左側に、次のような日本語が添えられています。
Mechanical Art 器械技
Liberal Art 上品藝
Useful 必要
Polite Art 開磨 の字にして則奇麗の意なり。
Industrious 勉強
Fine 奇麗
では、訳してみましょう。
「術」にも二つの区別がある。つまり、Mechanical Art と Liberal Artの二つだ。原語に従うなら、「機械の術」と「上品の術」という意味だが、このように訳すのは適切とは言えない。それぞれ「技術」と「芸術」と訳してよいだろう。「技」とは、手足や体を働かせるという意味の字であり、例えば大工などのように身体を働かせるものはすべてこれに該当する。「芸」とは、精神を働かせるという意味であり、例えば詩や文章を作ることなどがすべてこれに該当する。mechanicalはtradeと同じである。つまり、「商い」という字だ。英語に Mechanical Art というものがある。これは「商売」のことである。
また、Useful Art と Polite Artという区別もある。
さらに、Industrious Art と Fine Arts という区別もある。このように、「術」についてはいろいろな語があるが、大まかには同じような意味であり、いずれにしても二つに区別されるということである。
「術」については、随分とヴァリエーションが豊かですね。都合三組の対が現れています。表の形で整理してみます。
| A | B |
|---|---|
| 技術(Mechanical Art = Trade) | 芸術(Liberal Art) |
| 手芸(Useful Art) | 美術(Polite Art) |
| 工芸(Industrial Art) | 美術(Fine Art) |
この表では、西先生が訳語を特に示していないものについても、仮に訳して提示しておきました。Polite ArtとFine Artをどちらも「美術」としており、区別できていないのは苦しいところ。また、西先生は、Fine Artsだけ複数形にしていますが、表では単数形に揃えてあります。さらに、思うところがあって、IndustriousをIndustrialとしました。理由は次回述べます。
どちらかと言えば、向かって左側には実用に重きを置いたアートが、右側には必ずしも実用を志向しないアートが並んでいるといってもよいでしょう(もっとも、なにをもって「実用」とするか次第ではありますが)。
さて、気になるのはこうした英語による「術」の区別の出所です。とはいえ、もうお察しかもしれません。私たちは以前、西先生が『ウェブスター英語辞典』を参照しているらしいということを検討したことがありました(例えば、第42回「どの『ウェブスター英語辞典』か」の前後)。
実は、上記の区別もまた、『ウェブスター英語辞典』の「ART」の項目に現れるのです。次回、その原文を確認することにしましょう。
*
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筆者プロフィール
山本貴光(やまもと・たかみつ)
文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)、ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/)
twitter ID: yakumoizuru
*
【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。
人名用漢字の新字旧字:「巫」は常用平易か(第3回)
2012年 5月 3日 木曜日 筆者: 安岡 孝一「巫」は常用平易か(第3回)
さて、「巫琴」ちゃんの出生届を受理するよう求めた不服申立[東京家庭裁判所平成23年(家)第7488号]に対して、東京都北区長は全面的に争う構えを見せました。北区長が東京家庭裁判所に提出した意見書を見てみましょう。
申立人は,平成23年7月25日に提出した出生届を同月20日に提出した出生届と差し替えた上で,当該出生届を受理するよう求める本件不服申立てをしている。しかし,一度受理された出生届の子の名を変更するためには,正当な事由を備えていることにより家庭裁判所の許可を得た名の変更届(法第107条の2)によるべきであって,受理された出生届の子の名を別の名に差し替える届出を認めることは,法第107条の2の潜脱であり,許されない。
「法第107条の2の潜脱」って、何だか意味がよくわかりませんね。この部分を読み解くためには、戸籍法に関わる家事審判について、多少、理解が必要になります。平成19年5月11日改正(平成20年5月1日施行)の戸籍法第121条は、出生届の不受理に対する不服申立について、以下のように規定しています。
第百二十一条 戸籍事件(第百二十四条に規定する請求に係るものを除く。)について、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができる。
「巫琴」ちゃんの両親は、北区長の処分(出生届の不受理)に対して不服があったので、この戸籍法第121条にしたがって、東京家庭裁判所に不服申立をおこなったわけです。一方、戸籍法第107条の2には、以下の規定があります。
第百七条の二 正当な事由によって名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
北区役所としては、とりあえず別の漢字で出生届を受理してしまったのだから、それを「巫琴」に変更するのなら、戸籍法第121条じゃなくて、戸籍法第107条の2にしたがって、名の変更として申し立てるべきだ、という主張なわけです。それを北区長は「法第107条の2の潜脱」と称しているわけです。一見もっともな主張に見えますね。でも、そこには落とし穴があるのです。戸籍法第107条の2の冒頭にある「正当な事由」という部分です。
戸籍法第107条の2にしたがって、名の変更許可を申し立てる場合には、「正当な事由」が必要となります。そして、裁判所が現時点で認めている「正当な事由」は、おおまかには、以下の7つなのです。
- 奇妙な名である。
- むずかしくて正確に読まれない。
- 同姓同名者がいて不便である。
- 異性とまぎらわしい。
- 外国人とまぎらわしい。
- 神官・僧侶となった(やめた)。
- 通称として永年使用した。
端的に言えば北区長は、東京家庭裁判所が名の変更を認めないだろう、という点も見越した上で、あえて「法第107条の2の潜脱」を主張しました。その背後には、平成12年に起こったある事件があったのです。
(第4回につづく)
筆者プロフィール
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
全5回の予定で「人名用漢字の新字旧字」の特別編を木曜日に掲載いたします。
好評発売中の単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もお引き立てのほどよろしくお願いいたします。
「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載中です。
The Way We Were(1973, 全米No.1, 全英No.31)/バーブラ・ストライサンド(1942-)
2012年 5月 2日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第30回

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/the-way-we-were-lyrics-barbra-streisand.html
曲のエピソード
シドニー・ポラック監督、バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードが主演した大ヒット映画『THE WAY WE WERE(追憶)』のテーマ曲。歌詞の内容は物語の行方を暗示している。相反する政治思想を持ちながらも、どこか惹かれ合っていた男女が第二次世界大戦が今まさに終わろうとしていた頃、ニューヨークで偶然、再会し、愛し合うようになって結婚する。が、皮肉なことに、妻が第一子をみごもった時、男と女は互いの考え方や価値観の相違に今さらながらに気付き、別れることを選択するのだった…。
バーブラ(余談ながら、本名はBarbara。本人の意向で、本名のスペルから真ん中の“a”を取り除いてBarbraをステージ・ネームとした)が万感の思いを込めて歌ったこの曲は、アカデミー賞のオリジナル作曲賞と主題歌賞を受賞。映画の公開とほぼ同時期にリリースされたシングル盤は、全米チャートで3週間にわたってNo.1の座をキープし、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは2週間にわたってNo.1の座に就いた。彼女にとって、初の全米チャート制覇を成し遂げた曲である。過去に存在した無数の男女の別れの曲と大きく異なるのは、相手が心変わりしたり浮気したりしたことを別離の理由に挙げたり、別れた相手を責めるような言葉がひと言も歌詞に登場しない点。互いに愛情を残しつつも別れざるを得なかった男女の切ない思いが行間に見え隠れして、聴くたびに切ない気持ちになってしまう。
曲の要旨
愛し合っていたあの頃の私とあなた。共に過ごした様々な思い出が、私の心の中でくっきりと浮かび上がる。屈託がなくて、無邪気だったあの頃に、ふたりはもう戻れないのかしら? 思い出は美しいものであると同時に、記憶に留めておくには辛いものもある。だから私たちは、お互いに過ごした日々――the way we were――での辛かった出来事を忘れることにしたの。幸せに満ちて、笑って過ごした日々のことだけをいつまでも憶えていましょうね。
1973年の主な出来事
| アメリカ: | アメリカ軍が南ヴェトナムから完全に撤退。 |
|---|---|
| 日本: | 韓国の政治家、金大中が都内のホテルで拉致される。世に言う「金大中事件」。 |
| 世界: | 第4次中東戦争に端を発する石油危機。 |
1973年の主なヒット曲
You’re So Vain/カーリー・サイモン
Love Train/オージェイズ
You Are The Sunshine Of My Life/スティーヴィー・ワンダー
We’re An American Band/シェール
Angie/ザ・ローリング・ストーンズ
Photograph/リンゴ・スター
The Way Wereのキーワード&フレーズ
(a) corner(s) of one’s mind
(b) the way we were
(c) simple
最近、映画『追憶』(それにしても邦題が素晴らしい!)のDVDを折に触れては何度か観てみた。と言うのも、若い頃、TVで放映された時に初めて観た際に、何故に主役の男女――バーブラ演じるケイティ、ロバート演じるハベル――が互いに惹かれ合ったのか、その理由が全く解せなかったから。共産主義に傾倒し、政治活動に夢中になるケイティ(そのことが、後に脚本家になる夫の仕事にも影響を及ぼすようになる)と、彼女の精力的な活動に気圧されつつも彼女に惹かれていくハベルが、第二次世界大戦終結後に結婚に至ったのは何故なのか。筆者自身が年齢を重ね、数十年ぶりに同映画を何回も観直していくうちに、この男女は“自分にはないもの”を相手が持っていることで惹かれ合ったのだと、今さらながらに気付いた。そしてもうひとつ。ラスト・シーンで、離婚後に久々にふたりはニューヨークで再会するのだが(その際、ハベルは新しい妻を伴い、売れっ子の脚本家に出世していた)、路上で原爆反対運動を繰り広げていたケイティに「結婚は?」と訊ねた際に、彼女が「ええ、してるわ」と答えたのは、じつはとっさについた嘘なのではないかと。若い頃に観た時には、“互いに新しい伴侶を得て良かった”と素直にそのセリフを受け止めたのだが、今、そのラスト・シーンを観てみると、バーブラのやや戸惑ったような表情から、「じつはまだ独りなのよ」という真逆のセリフが読み取れる。恐らくは、かつての夫を安心させるためについた優しい嘘だったのだろう。
歌い出しの♪Memories… をご記憶の方も多いことだろう。ここで注目したいのは、頭に定冠詞の“the”がついていないことである。つまり、曲(そして映画の)主人公の女性は、別れた夫との思い出を限定していない。共に過ごした日々の様々な出来事――いいことも悪いこともひっくるめて――が、(a)を「照らす」と歌っているのである。
(a)は、複数の洋楽ナンバーに、単数形で“a (または the)corner of one’s mind”として登場するが、正式なイディオムではない。直訳すると「~の心の隅っこ」となるが、この曲では“the corners of my mind”と複数形で歌われているので、“私の心の隅々に至るまで”と解釈できるだろう。英語圏では、これを「心の中でいつまでも消えない思い出が留まる大切な場所」と解釈する人々が多い。それに倣って言うなら、ここで歌われている女心は、「あなたと過ごした悲喜こもごもの思い出の数々が、私の心に色濃く残っている」となるだろうか。動詞の“light”は、他動詞では「~に火をつける、~を明るくする、~に活力を与える」といった意味だが、この曲では、「私の心の中でそれらの思い出がくっきりと浮かび上がる」と解釈したい。
映画のテーマ曲は、映画の邦題と同じになる場合が多く、この「追憶」もその例に漏れない。その他には、「~のテーマ」といった邦題が目立つ。仮にこの曲が映画の主題曲ではなく、バーブラの新曲としてリリースされたとしたなら、「追憶」という素晴らしい邦題が付けられただろうか。あるいは、この曲がリリースされたのがカタカナ起こしの邦題がそれほど多くなかった1970年代ではなく、いま現代であったなら、恐らくは「ザ・ウェイ・ウィ・ワー」と、単なるカタカナ起こしの邦題になっていたかも知れない。この曲が映画のテーマ曲であったことに今さらながらに感謝したい思いだ。
(b)は、直訳するなら「過去の私たちの様子、暮らしぶり」となるが、それだと単なる懐古趣味的な感じになってしまう。少し詩的に訳して「ふたりで過ごした日々」ではどうだろうか。言葉を加えてややセンチメンタルな雰囲気を持たせるなら、「決して戻ってはこないふたりで過ごした日々」でもいいだろう。(b)を映画の内容に沿って以下のように言葉を加えて英文を作ってみた。
(1) The way we loved each other.
(2) The way we fought.
(3) The way we laughed and cried.
この他にもまだまだ主役の男女が共に抱いた感情や、愛し合っていた時の行動や仕種など、いくつもの場面や出来事を当てはめて“the way we ~”の英文が作れる。映画を観ながら、頭の中にいろんな“the way we ~”が浮かんでしまい、観ている途中で止まらなくなってしまった(苦笑)。
歌詞に登場する簡単な英単語ほど訳しにくいものはない。(c)もそのうちのひとつで、“あの頃は何もかもがシンプルだったわね”と、カタカナにしてしまってはつまらないし、シンプルだったのが暮らしぶりだったのか、あるいは互いの関係がそうだったのか、ちょっと理解に苦しむことにもなってしまう。“simple”には「無邪気、天真爛漫」という意味もあり、この曲ではそうした意味で使われている。それが男女(夫婦)のかつての関係を回顧する場合の形容詞として用いられているのだから、(c)が登場するフレーズを意訳するなら「あの頃の私たちは、周りのことなど気にせずに、お互いの気持ちに素直でいられたわね」、または「当時のふたりはお互いの感情のおもむくままに自由奔放に振る舞っていられたわね」となるだろうか。
映画『追憶』を何度も観ているうちに、主役の男女の関係が愛し合っていた頃でさえ決して“simple”ではなかった、ということに気付かされる。そしてまた、この曲のタイトルを“The Way The Times Were”であったとしても、違和感を覚えないだろう、と思い至ったのも最近、この映画を観直してからのこと。恋愛、結婚、離婚をテーマにした映画は数多くあるが、時代背景を色濃く反映し、そしてその時代に翻弄されながらも愛し合った男女が別れを選択するまでの過程を克明に描いたこの『追憶』は、そのテーマ曲と共に、筆者にとっては生涯、忘れ得ぬ作品のひとつとなった。
【筆者プロフィール】
泉山真奈美(いずみやま・まなみ)
1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。
漢字の現在:韓国での日本語と漢字
2012年 5月 1日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第181回 韓国での日本語と漢字
金浦空港では、土産品やメニューに、日本語が多数見られた。若年層を見ていると、韓国の人たちは日本語の習得が概して早い。それは、文法的、語彙的な近似性によるところが大きい。
대구탕 たら鍋 鳕汤鱼
このハングル(daegutang)は「大口湯」が相当する。「湯」がスープを意味するのは中韓で共通している。日本の国字「鱈」(たら)が本国のことばではこうしてひらがな表記となり、むしろ中国に移動した感が確かにある。
にくるい
しょくじるい
看板でのこれらの漢語の仮名表記は、日本では極めて珍しい。日本語が何かと身近なだけに、不用意な表記もまた散見されるのである。ここでは隣に記された「肉类」が補助情報を与えてくれる。
よくありがちな仮名の使用に間違いが頻発している看板に、漢字の誤変換のようなものも多数あった。
漁卵スープ
このように惜しい誤字が思いのほか目立つ。
冷面 ネンミョン
中国の簡体字を日本語としても使ってしまっている。この場合、カタカナがあまり意味をなしていない。「冷麺」だ。
肋眼
牛骨とウゴジの煮るスープ
これらは、何だか分からない。さらに、
牛の舌
豚の生首肉ロース
と、一見、不気味そうな文字が並び、注文するにはつらそうだ。仕方ない、帰りも機内食に賭けよう(結果は、行きとほぼ同じメニューだった)。空港内では薬屋も店を開いていた。
藥
ハングルと併用されていた。街中では、ハングルのみの方が多かった。日本では「ヤク」というと薬物、カタカナでリスクを逆に並べたとされることもあるクスリを指す隠語となっている。
膳物用
この「膳物」は、韓国語でプレゼントの意だ。漢字で書いても、日本人はもちろん、中国人にも通じない。店の外には、「”力”」の1字がハングルによる文の中に用いられている。これも今回気になった単漢字使用の一例だ。
その店の中には、
「贈り物コーナー」
「高血壓」(3字目は「圧」の旧字体)
などの字を打った紙が貼ってある。勝手に想像すると、きっとすごい精力剤なども置いてあるのかもしれない。どことなく怪しげな店に惹かれてしまうのだが、25年前に、最初に韓国に訪れたときにはまだ学生だったせいか恐い印象の店がたくさんあった。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は無国籍な漢字でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
大規模英文データ収集・管理術 第23回
2012年 4月 30日 月曜日 筆者: 富井 篤6 「分類」の構成・8
(3) 表現別・4
今回が「表現別」の最後になります。今回も、これまでと同様、たくさん集まった英文データの分類工程について説明していきます。今回は、必ずしもすっきりと品詞別には分類できない表現、しかし、技術文では重要で、頻出する表現として、「傾向」「場合」および「範囲」の3つを選びました。今回は、(1) 英文データの分類と、(2) 重要な項目に対する対応英語の付与、この2つを同時におこない、前よりも説明を簡単にしてあります。
1)傾向
a)傾向
tendency
b)――の[――への]傾向
―― tendency
tendency to [toward] ――
movement to [toward] ――
c)……する傾向
tendency to-不定詞
trend to-不定詞
inclination to-不定詞
d)――が……する傾向
tendency of [for] ―― to-不定詞
2)動向・趨勢・傾向
a)動向・趨勢・傾向
trend
move
inclination
b)――の動向・趨勢・傾向
c)――への動向・趨勢・傾向
d)動向[趨勢,傾向]は――に向いている
3)……する傾向がある
a)――は……する傾向がある
―― tend to-不定詞
―― have a tendency
There is a tendency to-不定詞
b)――は____を……する傾向がある
―― tend to-不定詞 ____
c)――は____ が……する傾向がある
4)……しやすい,……しがちである
a)――は……しやすい[しがちである]
―― is liable to-不定詞
―― is liable 名詞
―― is prone to-不定詞
―― is prone 名詞
―― easily ……
注:この場合の「名詞」とは、動詞から転じている名詞で、日本語で考えるときは、元の動詞に変換することが多い名詞です。
b)――は……しがちである[しやすい]
5)――は____を受けやすい(受けにくい)
a)――は____を受けやすい
b)――は____を受けにくい[しにくい]
6)……しがちの――
次は、「場合」です。
1)――の場合(Ⅰ)
注:「場合」を表す言葉には、case, event, instance, occasionなどいろいろありますが、ここでは、便宜上、caseという言葉で代表させることにします。
a)すべての場合
in all cases
b)ほとんどの場合
in most cases
c)多くの場合
d)このような場合
in such a case
in such cases
e)ある場合
f)この場合
g)これらの場合
h)その場合
i)両方の場合
j)いずれの場合も
in either case(肯定文)
in neither case(否定文)
k)それぞれの場合
l)ほかの場合
m)いろいろな場合
n)二,三の場合
o)その場合
p)いかなる場合にも
in any case(肯定文)
in no case(否定文)
q) その他
2)――の場合(Ⅱ)
in case of ―― (ifに近い)
in the case of ――(whenに近い)
3)――の場合(Ⅲ)
for, in, on, withなど、単体の前置詞に表わすことも多い
4)――の場合のように
as in the case of ――
5)――が[を]……する[である,な,の]場合
when ―― ……
if ―― ……
in applications where ―― ……(「アプリケーション」とか「場」というニュアンス)
on occasions when ―― ……
in the event that ―― ……
6)いかなる場合も
a)いかなる場合も
b)いかなる場合も――は……しない[ではない]
in no case ―― ……
7)万一(もし)――が……する[である]場合
8)その他
a)場合に応じて
as the case may be
b)このような場合には
if this is the case
最後は、「範囲」です。
(凡例:――および===:名詞、……:物理量、xxxおよびyyy:数値+単位)
1)xxxからyyyの範囲にわたる[及ぶ,ある](動詞形)
a)――は===から===の範囲にわたる
―― ranges from === to ===.
b)……はxxxからyyyの範囲にわたる
―― ranges from xxx to yyy.
注:xxxには単位は付けません。
c)――は……がxxxからyyyの範囲にわたる
―― ranges from xxx to yyy in …….
―― ranges in …… from xxx to yyy.
d)――の……はxxxからyyyの範囲にわたる
2)xxxからyyyの範囲の(形容詞形)
a)===から===までの範囲の――
b)xxxからyyyまでの範囲の……
…… ranging from xxx to yyy
c)……がxxxからyyyまでの範囲の――
―― ranging from xxx to yyy in ……
―― ranging in …… from xxx to yyy
3)xxxからyyyまでの範囲
a)xxxからyyyまでの……範囲
b)xxxからyyyの範囲で
c)xxxからyyyまでの……範囲で
4)xxxまで
a)xxxまでの……(下から上方向への場合)
…… up to xxx
注:わかりきった状況下では、upを省略してtoだけで表現することもできます。
b)xxxまでの…… (上から下方向への場合)
…… down to xxx
c)……がxxxまでの――(下から上方向への場合)
d)……がxxxまでの――(上から下方向への場合)
5)範囲(名詞形)
6)広範囲な……
a wide range of ……
a wide …… range
注:ofの後ろに物理量が来た場合には「広範囲な……」という意味ですが、普通名詞が来た場合には、「いろいろな――」という意味になることが多いようです。
7)……の範囲における――
8)……の範囲で
a)……の範囲で
b)……の――から――の範囲で
c)……の広範囲にわたって
9)……の範囲に収まる
これで、4回にわたって述べてきた、(3) 表現別を終わります。70個あるうちのわずか5個しか取り上げることができませんでしたが、英例文を集めさえすれば、このように分類できるということ、そして、たくさん集めさえすれば、今まで見てきたような最終の姿(ステップ5)に近いものができるのだということはお分かりいただけたと思います。
なお、もし70個の表現の分類表をご覧になりたい方は、拙著「科学技術英語表現辞典」(第3版、オーム社)をご参照いただきたいと思います。
次回からは、4回にわたり、(4) 品詞別について述べることにしています。
【筆者プロフィール】
富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。















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2007年









