シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編

2017年 6月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編

 今回はフィールドワークに持って行くモノを紹介します。現地でなかなか手に入らないものもあるので、毎回「装備表」を作って、忘れものがないように注意しています。ザック、テント、寝袋、食器、筆記用具、カメラ、薬等のバックパッカーが持っているようなもの、秤や温度計等の計測道具のほかに、私の調査では以下のような独特なものも持参します。


ホームステイ先でプレゼントされた民族衣装を着る筆者

民族衣装

 少数民族の小さな集落やトナカイ遊牧の宿営地に行くときは、現地の人々と同じ服装をします。なぜなら私が民族衣装を着ていないことを嫌がる年配の方もいて、「ハンティのところに来たのだからハンティのやり方に従いなさい」と、言われてしまうからです。そしてロシア語でプラトークとよばれる大きなスカーフで頭を覆い、あまり髪を見せないようにします。

パンと紅茶

 森の中に住む人々のところに行くときは、必ず自分が食べる分の食料を持参します。食料をその家の奥さんに渡して、ホームステイ先の家族の食事に一緒にさせてもらいます。いろいろな食品を村の商店で購入して持って行きますが、特にパンと紅茶は必須です。パンと紅茶は食事の度に食卓に並ぶものであり、欠かすことができません。

 ある時、森に暮らすある家族のところに一週間滞在するのにパン4斤しか持って行きませんでした。すると、その家庭のパンが残り少なくなっていたため、ご主人と奥さんにひどく文句を言われてしまいました。川の水位が下がっていて、ボートで村にパンを買いに行けなかったからです。それからというもの、パンは多めに持って行くようにしています。

マッチとナイフ

 森の中を徒歩やトナカイ橇(ぞり)、スノーモービル、ボートで移動するとき、いつ目的地に着くか定かではありません。移動途中で迷子になったり、トナカイが疲れて歩けなくなったり、スノーモービルやボートが故障したりして、森の中で長いこと休憩したり野宿したりしなければならないことがよくあります。そこですぐに煮炊きができるよう、マッチとナイフは常に持っていないといけません。これらは幼児を含め個人が当然身に着けているものであり、持っていないと現地では人として本当に馬鹿にされてしまいます。


食事ではよく生の魚を渡される。ナイフがないと食べられない

ウォッカの小瓶

 ハンティの風習で、初めて訪ねる家には必ずウォッカを持って行きます。その家の主人に渡すと、主人は家の隅に置かれている<神聖なもの>へお供えします。しばらく置いた後、みんなで食卓を囲んで飲みます。これがその家の人々に受け入れてもらう方法です。最初のころはそれを知らずに、訪問する先々で非常識だと嫌味を言われていました。あまりに私が気付かないままでいると、仲の良かった人が「なんでウォッカを持ってこないんだ」と、こっそり教えてくれました。重いので小瓶を持って行きますが、形式なので、それで十分です。

コイン

 ハンティの大地にはたくさんの聖地があります。これらを通りかかるときは必ず立ち止まり、コインを投げます。聖地を素通りしたりコインを投げなかったりすると、常識知らずの無礼な人になってしまいます。それで、コインをたくさんポケットに入れて調査地に行きます。どんな通貨でもいいですが、褐色か銀色か、どちらのコインが好まれるかはその土地で異なります。


氷下漁。魚が獲れたときもコインを川に投入れげる

 このように、調査地にはハンティの風習に従うために必要なものを持って行きますが、今でも何かを知らなくて怒られたり、嫌われたりすることがあります。みなさん親切に、「分からなかったら、何でも聞いてね」と言ってくれますが、何が分からないのかも分からなくて、結局叱られてしまいます。

 必需品というのは、それぞれの社会で異なります。叱られたときは嫌な気分ですが、それらを少しずつ探っていくのもわりと面白い作業です。

ハンティ語紹介

 Тыв юва! トィヴ ユヴァ「こっちへ、おいで!」

 呼び掛けのフレーズで人や飼い犬に対して用います。
 その他にも何か珍しいものを見せたい時、食卓に呼ぶ時、その場所からどいてほしい時などにも使います。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回はフィールドワークの現地に何を持って行くか、細かく紹介していただきました。これ全部でいったい何キロになるのだろうか?と大石先生にうかがってみたところ、「最近はコンパクトに荷物を詰められるようになって、23キロちょうどに合わせられます。舗装道路もないので、いざというとき自分で担いで運べるくらいの荷物しか持たないようにしています」とのことでした。パッキングにもきっとコツがあるのでしょう。
次回の更新は7月7日を予定しております。


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