『三省堂国語辞典』のすすめ その90

2009年 10月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

フェレットの、愛される理由。

白いフェレット
【ネズミじゃないよ】

 知人から、自宅で可愛がっているフェレットたちについて、何度か話を聞いたことがあります。中に病弱なフェレットがいて、知人がいつも献身的に看病していると聞いた時には、胸が痛みました。我が身よりも大切に思っている様子が伝わってきました。

 見せてもらった写真の感じから、ハムスターのような小動物を想像していたのですが、フェレットはイタチの仲間です。実物は子猫ほどの大きさで、ひょろ長い胴をしています。

 専門のペットショップで観察すると、おりの中をちょろちょろ歩き回り、口をしきりに動かしてえさを食べ、客が来ると、前脚でおりにつかまって立ち上がります。ひとことで言えば、活発で愛嬌のある動物です。なるほど、愛される理由が分かります。

 このフェレットを、『三省堂国語辞典 第六版』の項目に選びました。原稿を書くためには、当然の手続きとして、百科事典を含む専門の事典を参照します。でも、その記述をなぞるだけでは、適切な語釈にはなりません。

褐色のフェレット
【褐色のフェレットも多い】

 事典によれば、フェレットは白色とありますが、ペットショップには褐色のもいます。また、古代に飼われたがしだいに飼われなくなったとか、ニュージーランドでネズミ退治に使われるとか、一般に実験動物として飼われるとかいう説明も、今日普通に言う「フェレット」のイメージとずれます。というのも、私たちがフェレットを話題にする場合は、何よりもまず、ペットとして取り上げるはずだからです。

 ペットとしてのフェレットがどういうものかを知るためには、インターネットが役に立ちます。非常に多くの人が、「我が家のフェレット」について、ブログなどで熱く語っています。写真も満載です。これらのサイトを、ちょうど一軒一軒のお宅を訪問するように閲覧していくと、飼い主がどういう目でフェレットを見ているかが分かります。

顔のアップ
【愛らしい表情】

 とりわけ、家の中での様子が具体的に分かるのは、「YouTube」などのサイトに集まるビデオ画像です。どのビデオを見ても、フェレットたちは非常に敏捷に動き回っています。かつまた、飼い主に積極的にじゃれつきます。これで可愛くないわけがありません。

 この積極性については、百科事典にも〈人によくなれ活発に遊ぶ〔ので古代に飼われた〕〉と記述があります。最終的に、『三国』の「フェレット」の説明は、〈イタチのなかまの小動物。活動的で よく人になれるので、ペットにする。〉となりました。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その89

2009年 10月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

そっけなかった? 「一目散」の語釈。

「非常口」のピクトグラム
【急げ! 急げ! 一目散!】

 「『三国』(三省堂国語辞典)は語釈がそっけない」という感想をいただくことがあります。私たちは、簡潔で分かりやすい説明を心がけていますが、「簡潔」というのと、「そっけない」というのとでは、似ているようで、ニュアンスが違います。

 『三国』はシンプルな似顔絵だという私の考えは、すでに書きました。写実的な肖像画よりも、簡潔な線だけで描いた似顔絵のほうが、人物の特徴を捉えることがあります。和田誠さんの描く単純な線の似顔絵などは、『三国』のイメージに近いと思います。

 そうは言っても、「簡潔」というより「そっけない」語釈になってしまった場合があるのは事実で、そういうものは正さなくてはなりません。たとえば「一目散」がそうでした。

 このことばは、多くは「一目散に逃げる」などという場合に使われます。「一目散に駆けつける」という使い方もあります。いずれにせよ、懸命に走る様子を表します。

バス停に走る男
【バス停向かって一目散】

 でも、『三国』では初版以来、〈わきめも ふらないようす。一散。「―にかけて行く」〉と説明していました(表記は部分的に変わっています)。〈わきめも ふらない〉というだけでは、仕事や勉強の場合にも使えるかのようであり、誤解を生みかねません。例文には〈かけて行く〉とありますが、これはひとつの使用例を示すにとどまります。

 いろいろな国語辞典を引き比べてみても、「一目散」の語釈に「走る」という要素を入れていないものは、(少なくとも今日の辞書には)見当たりません。「走る」という部分を抜かした『三国』の説明は、「そっけない」「不十分だった」と言わざるをえません。

 ところが、ここに不思議な用例があります。『三国』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が、新聞記者から仕事場の取材を受けたときの様子を記した文章です。

パソコンの前の男
【一目散に仕事した?】

 〈〔記者は〕ぎっしりつまったカードを一枚一枚めくりながら、目ぼしいものを書き抜いて帰って行きました。午前から午後まで一日近くすわりこみ、わき目もふらず一目散、といった感じ。じつに熱心猛烈な仕事ぶりでした。〉(見坊豪紀『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137-138)

 そのまま読めば、「一目散に帰った」ではなく「一目散に仕事をした」例ということになります。ひょっとして、見坊自身は「『一目散』は走る場合に限らない」という根拠を持っていたのでしょうか。その可能性は否定できませんが、今回の『三国 第六版』では、より自然な語釈になるように、〔走るときに〕という説明を補いました。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その88

2009年 10月 7日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「せいせいしゅくしゅく」に市民権を。

国会議事堂
【政治家用語は不思議】

 計画を予定どおりに、静かに行うことを、政治家などが「せいせいしゅくしゅく」と言うことがあります。最近も、与謝野財務・金融相(当時)がこう発言していました。

 〈せいせいしゅくしゅくと、静かに努力をしていくと。それが、今自民党に求められている。〉(NHK「ニュース7」2009.7.21 19:00)

 テレビの字幕では「静かに努力をしていく」とだけあって、「せいせいしゅくしゅく」の部分が抜けていました。無理もないことで、じつは、「せいせい」を漢字でどう表記すればいいか、国語辞典や、放送局のハンドブックなどには説明がなかったのです。

報道陣の写真
【大臣談話を取る報道陣】

 「せいせいしゅくしゅく」ということばが大きく取り上げられたのは、1992年10月29日付『朝日新聞』の指摘がおそらく最初だろうと思います。その前日、自民党の有力議員たちの発言にこのことばがあり、各紙の夕刊で「整々粛々」「整斉粛々」「清々粛々」、さらにはひらがなのままなど、さまざまな表記が見られたと報告されています。

 以来、注意して聞いていると、「せいせいしゅくしゅく」はたしかに政治家などが使っています。今回、『三省堂国語辞典 第六版』でも、これを新規項目に採用しました。

 とはいえ、困るのは漢字表記です。メディアごとに表記が違うのは述べたとおりで、また、典拠となるような古い文献も見当たりません。かといって、「ぜいぜい」「しくしく」などと同じかな書きのことばと見なすのも違和感があります。

「良人の自白」(明治文学全集)
【「良人の自白」(明治文学全集)】

 表記に関しては、金武伸弥さん(元新聞社校閲記者)の考察が参考になります。意味的に合わない「清々」、辞書にない「静々」などを除けば、「正々粛々」か「整々粛々」が残る、過去には、木下尚江「良人の自白」(1904~06年)に〈鹵簿(ろぼ)正々粛々として〉とある、と言うのです(『あってる!? 間違ってる!? 漢字の疑問』講談社+α文庫)。

 これはいわば政治家用語なので、国会会議録でどう表記されているか確かめます。すると、大部分は「整々粛々」で、約40例拾われました。議事録作成者も金武さんと同様に考えたのでしょうか。ともあれ、政治家が活動する現場での表記は重視すべきです。

 インターネットでは、むしろ「清々粛々」の表記が多いのですが、ワープロでこの字が出てきやすいせいかもしれず、慎重な扱いが必要です。『三国』では[整整粛粛・正正粛粛]の表記を採用し、現代日本語として確かに実在することばと認めました。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その87

2009年 9月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

水辺のバン。手のひらには乗りません。

バンの写真
【バンの大きさは?】

 公園の池などで見かける鳥の中に、バン(鷭)というのがいます。俳句などにも出てくるので、『三省堂国語辞典 第六版』に採用しました。全身黒みがかった褐色の鳥で、くちばしが赤く、先が黄色をしています。人の笑い声に似た声で鳴きます。

 もっとも、こう説明しただけではうまく伝わらないかもしれません。読者の中には、鵜飼いのウのように大きな鳥か、あるいは反対に、手のひらに乗るような小さな鳥を思い浮かべる人もいるでしょう。大きさに関する説明をしていないからです。

 動物のイメージを伝えるうえで、大きさは大事な要素です。同じ黒い鳥でも、大形(おおがた)か小形かによって、話はだいぶ変わってきます。ところが、大きさの感じ方には主観的な面があって、説明する人によってばらつきが出てしまいます。「何センチメートル」と数値で示せばよさそうですが、必ずしも具体的なイメージに結びつきません。

カラスの写真
【中形の鳥(カラス)】

 そこで、バードウオッチングをする人たちは、「ものさし鳥」という基準を考えました。私たちの身近にいる鳥を基準にして、それより大きいか小さいかを示します。たとえば、「カラスよりやや大きい鳥」と説明すれば、知られていない鳥でもだいたいの感じを伝えることができます。一般的には、スズメ・ムクドリ・ハト(キジバト)・カラス(ハシブトガラス)などが「ものさし鳥」に使われます。

 『三国』では、この「ものさし鳥」の考え方を取り入れました。たとえば、ヒヨドリは、今まで〈すこし大形の小鳥〉と、大きいのだか小さいのだか分からない説明になっていましたが、〈ハトより すこし小形の鳥〉と改めました。ムクドリは〈中形の野鳥〉でしたが、〈スズメより すこし大形の野鳥〉と手を入れました。

コクチョウの写真
【大形の鳥(コクチョウ)】

 ほかの鳥との比較を示さない場合、基本的には、スズメ~ムクドリ大の鳥を「小形」、ハト~カラス大の鳥を「中形」、それ以上を「大形」と、統一的に記述することにしました。ハヤブサは〈小形の猛鳥〉となっていましたが、スズメみたいなのを想像されては困るので、〈中形〉に改めました。カラスとハトの中間ぐらいの大きさです。

 さて、バンですが、これはウやコクチョウのような大きな鳥ではありません。カモよりもまだ小ぶりで、まあ黒いハトといった程度の大きさです。それで、基準に従って、語釈には〈中形の水鳥〉と記しておきました。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その86

2009年 9月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ふらふら、じゃないよ、フラクタル。

海岸線の絵
【フラクタルな海岸線】(筆者描く)

 政治について語るある論客のブログに、「厳密ではなく、フラクタルな……」「曖昧な、フラクタルな……」といった表現がありました。文脈からすると、「フラクタル」を、ふらふらしたもの、とりとめのないものという意味に捉えているようです。

 「フラクタル」というのは、自然科学などで導入されている概念で、ふつうは別の意味で用いられます。『三省堂国語辞典 第六版』では、次のように説明しています。

 〈どの部分をとっても形が全体と相似(ソウジ)している・性質(図形)。〉

 ほかの国語辞典にも同様の説明があります。もっとも、「部分が全体と相似している」というだけでは、イメージが湧きにくいかもしれません。具体的な例が必要です。

木の絵
【フラクタルな木】(筆者描く)

 フラクタルの例として、いくつかの国語辞典が挙げているのは、「海岸線」や「雲」です。海岸線や雲の輪郭は、遠目に見たときも、近づいて見たときも、ほぼ同じ形をしており、したがって、部分が全体と相似しているというわけです。

 でも、この説明はちょっと難解です。「海岸線も雲も、遠目に見たときと、近づいて見たときとでは、明らかに様子が変わるじゃないか」と思う人もいるでしょう。

 海岸線や雲は、たしかにフラクタルの例なのですが、これらはいわば上級編です。『三国』では、もっと単純な形で説明することを試みました。すなわち――

 〈例、木が枝分かれをし、その枝がまた同じ形に、無限に枝分かれをくり返している形。〉

 これならイメージしやすいでしょう。この木の場合、枝の先端を拡大すると、木全体とまったく同じ形になっており、さらにその先端を拡大すると、またしても木全体と寸分違わない形になっている……と、こういうことが、無限に続いています。

書籍『フラクタルって何だろう』
【この参考書が面白い】

 もちろん、実際にこんな形はなく、あくまで理論上の産物です。ただ、これに近似した形は、自然界に満ちています。本物の木の枝は、木全体と同形ではありませんが、たしかに似ています。同様に、地図の海岸線は、広い範囲を見ても、狭い範囲を見ても、似たようなくねり方をしています。また、雲を遠くから見ても、近くで見ても、輪郭のふわふわの特徴は似ています。海岸線や雲をフラクタルと言うのはこのためです。

 国語辞典は、このように長々と説明するものではありません。少ない字数で分かってもらうためには、『三国』で試みたように、「木の形」などを使うのが適当だと考えます。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その85

2009年 9月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「パない」「半端ではない」。辞書にある?

クリームソーダ
【ぱねえうめ!】

 程度を強調する表現は、新味を求めて次々に生み出されます。「すごい」「超」「やばい」、さらには「ギザかわゆす(=かわいい)」などというのまであります。

 〈クリームソーダうめっ。ぱねえうめ。〉(NHK「サラリーマンNEO」2008.9.21 23:00)のように使う「ぱない」「はんぱない」も、新しい程度表現です。「はんぱない」は、1990年代にはすでに使われていましたが、2000年代に入って広まり、さらに省略形の「ぱない」も生まれたようです。

 「ぱない」「はんぱない」は、国語辞典に載せるのはさすがに早すぎるでしょう。一方、元の形の「半端ではない」は、すでに定着しており、辞書にあってもよさそうです。ところが、この「半端ではない」を載せた国語辞典はほとんどありません。

現代用語の基礎知識1980年版
【現代用語の基礎知識1980年版】

 「半端」自体は、もちろんどの辞書にも載っています。ただし、挙げてある意味は、「不完全」「端数」「どっちつかず」などであり、これを見るだけでは、「飲み会の人数が半端じゃない」などの例は解釈できません。「人数が不完全ではない」ではなく、「人数が非常に多い」ということですから、新しく「半端ではない」の項目を立てたいところです。

 「半端ではない」は、定着したといっても、さほど昔から使われているわけではありません。漱石・鴎外の作品はもちろん、戦後になってもまだ見えないことばです。

 『現代用語の基礎知識』では、1980年版に初めて登場します。「つっぱる」「ナウい」などと並んで「はんぱじゃない」の項目があり、〈とてもいい。すてきだ。〉と説明されています。当時の若者の流行語で、しかも、やや不良っぽさを感じさせることばでした。

 それが、比較的短い間に一般になじみ、今日では硬い文章でも使われるようになりました。たとえば、新聞社説にも次のように出てきます。

愛読者カード
【読者から掲載の要望も?!】

 〈韓国の盧武鉉政権が自国の歴史見直しにかける意気込みは半端ではない。〉(『朝日新聞』2005.2.27 p.3)

 こうなると、辞書に載せないわけにはいかないでしょう。『三省堂国語辞典 第六版』では、「半端で(は)ない」という項目を立て、〈程度がたいへん大きい。ものすごい。〉と説明してあります。ここに同義語として「はんぱない」などを添えるべきかどうか、次の改訂の時に検討課題になるかもしれません。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その84

2009年 9月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

お取り寄せで、おセレブな気分。

雑誌の「スイーツお取り寄せ」の記事
【大人気】

 雑誌などで「お取り寄せ」の特集を目にするようになってから、もう10年以上になります。高級食材やお菓子など、通信販売で取り寄せる、おいしい食べ物のことです。通販で買った食器や服などのことは、そうは呼びません。

 『三省堂国語辞典 第六版』でも、このことばを収録しました。その際、見出しを「お取り寄せ」とするか、「取り寄せ」とするか、ちょっとした問題になりました。

 「『お』をつけるかどうか? そんな細かいことはどっちでもいいのでは?」と言われそうですが、なかなかそう簡単にかたづけられるものではありません。

秋元麻巳子(秋元康夫人)『二人暮しのお取り寄せ』
【「お取り寄せ」の本】

 『三国』の見出しで「お」をつけるのは、大部分は、「お」を取ると意味が変わる場合です(ほかの場合もありますが、ここでは触れません)。「お冷や」と言えば水ですが、「冷や」と言えば冷酒になります。こういう場合、前者は「お」をつけて項目を立てます。

 「お取り寄せ」の場合、多く目にするのは「お」のある形です。でも、同じ意味で「取り寄せ」と言えるのなら、見出しの「お」は不要です。そこで、実際の例を観察します。

 『週刊文春』に「おいしい! 私の取り寄せ便」という長期連載があり、そこには「取り寄せ情報」もついています。「お」のない例です。もっとも、これらの例は要注意で、単に「取り寄せること」の意味かもしれません。「取り寄せ情報」は、「(食材を)取り寄せるための情報」ということであれば、「本の取り寄せ」などと同じ使い方です。

 「取り寄せ」が「取り寄せること」の意味にしかならないのであれば、通販の食材の場合は、「お取り寄せ」と「お」をつけた形で辞書に載せたほうがいいことになります。

『おいしいもの取り寄せ図鑑』
【「取り寄せ」の本】

 では、『おいしいもの 取り寄せ図鑑』(中島久枝、PARCO出版、1996年)という本のタイトルはどうでしょうか。「取り寄せること」の図鑑というのはありえないので、ここは「取り寄せた食べもの」を指していると考えられます。『岸朝子の取り寄せでおもてなし』(小学館、2008年)などのタイトルも、同様に、食べものの例と考えられます。

 こうして見てくると、通販で買う食材は、やはり「お取り寄せ」とも「取り寄せ」とも言えそうです。結局、『三国』では「お」をつけずに「取り寄せ」の形で見出しに立てました。ただし、「お取り寄せ」の形が多いことは確かなので、説明文中には〈〔多く「お―」の形で〕〉と示す措置をとっています。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その83

2009年 9月 2日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

電車の中で聞いた、ヤバい一言。

警察官
【やばい、サツだ。】

 若者ことばが話題になるとき、「やばい」について素通りされることはありません。もとは犯罪者の隠語で「危ない」の意味だったのが、今では「このケーキ、やばい」などとほめる場合にも使われ、まぎらわしいと言われます。もっとも、最初から俗語なのですから、その意味が変わったところで、今さら眉をひそめるのもへんな話です。

 「このケーキ、やばい」のようなプラスの意味は、1990年代後半には現れたと言われ、私の手元にも当時の用例があります。ただ、それ以前にまったく例がないわけではありません。1987年の週刊誌の記事で、トルコ軍楽のCDが「やばい」と評されています。

 〈CD帯のコピーいわく「めくるめく陶酔とノスタルジー」。たしかに祭り囃子風にも聴こえます。気分も浮かれるヤバイ魅力。困ったものです。〉(『週刊朝日』1987.8.7 p.125)

ケーキ
【このケーキ、やばい。】

 これを「このCD、やばい」と終止形にすると、今ふうの言い方になるわけです。

 『三省堂国語辞典 第六版』では、「やばい」のこの意味も載せました。〈すばらしい。むちゅうになりそうで あぶない〉と説明し、〈「今度の新車は―」〉という用例を添えてあります。「新車が事故を起こしそうで危ない」という意味でないのはもちろんです。

 第六版が刊行された時、新聞記事やテレビのニュースでも、「『やばい』の新しい意味も載っている!」と取り上げてくれました。目玉商品のことばのひとつと言えるでしょう。

 それはいいのですが、少々てこずったのは、むしろその次に掲げた意味でした。

電車内の若者
【教科書の量がやばいから…】

 〈〔程度が〕はなはだしい。「教科書の量が―」〉

 つまり、「やばい」には、程度を表す用法も現れています。テレビからも〈やばい〔=すごく〕かっこいい〉〈やばい良くねー?〉などと言っている例を採集しました。でも、程度を表すときに、「……がやばい」と終止形で言えるのかどうか、分かりませんでした。

 そんな折、というのは2005年4月のある日のこと、西武新宿線に乗っていると、大学生らしい男性が〈〔新学期に使うために購入した〕教科書の量がやばいから……〉と友だちと話しているのが聞こえました。

 これは、程度を表す「やばい」の終止形としてかっこうの例です。私はさっそくメモし、これがそのまま『三国』の用例として採用されました。電車に乗っていたあの学生は、自分の何げない一言が、まさか辞書に載っていようとは思わないでしょう。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その82

2009年 8月 26日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「道の駅」から連想する場所は…。

道の駅
【道の駅 八王子滝山】

 『三省堂国語辞典』の語釈の末尾に、しばしば「⇒:」(白抜き矢印にコロン)の記号がついています。単に「⇒」だけならば、「説明をすべて以下の項目に譲る」という印ですが、「⇒:」は、「以下の項目も参考に見てください」という印です。

 たとえば、「盲導犬」ということばを引くと、説明の末尾に〈⇒:補助犬。〉とあります。補助犬は、盲導犬・介助犬・聴導犬をまとめて言うことばで、今回の第六版で新規項目としました。飲食店などの入り口に「Welcome! ほじょ犬」のシールをよく見かけるようになった今日、「盲導犬」を引いた人に、ついでに、関連語として「補助犬」も知ってもらおうと考えて、「⇒:」の印をつけたのです。

ハイウェイオアシス
【刈谷ハイウェイオアシス】

 こうした関連語は、必ずしも初めから決まっているわけではありません。辞書の作り手は、「あることばとあることばに関連がある」と、まず気づくことが必要です。

 今回、「浮き実」を新規項目に入れました。〈スープに うかせて、味を引き立てたり、見ばえをよくしたりするもの〉、つまり、パセリのみじん切りなどのことです。ところが、この語釈を書くうちに、「似たものが和食にもあったな」と思い至りました。吸い物の「吸い口」がこれと同じものです。それで、「浮き実」と「吸い口」を互いに関連語として扱いました。こうすれば、「吸い物の浮き実」などと言うことが避けられるでしょう。

 最近、国道などの幹線道路沿いに「道の駅」という名の施設が増えてきました。高速道路のサービスエリアの一般道路版とでも言いましょうか。軽食堂や、特産品を売るコーナーなどがあって、ドライバーがひと休みできる所です。

参照記号
【この記号に注意】

 この「道の駅」も新規項目のひとつですが、語釈を書くうちに、またしても、似たような施設のことを思い出しました。「ハイウェイオアシス」がそうです。

 ハイウェイオアシスは、高速道路のサービスエリアなどに併設された公園で、軽食堂や売店はもちろんのこと、施設によっては、フィールドアスレチックや回転木馬、観覧車まであります。地元の人が子連れで遊びに来られる場所になっています。

 道の駅の中にはハイウェイオアシスと一体となったものもあるので、両者は関連すると言うことができます。結局、「ハイウェイオアシス」も新規項目に立てた上で、「道の駅」と互いに関連語として扱うことにしました。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その81

2009年 8月 19日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「こちらメニューになります」と言うわけは?

まんがのひとこま
【内田春菊『ヘンなくだもの』】
(角川文庫版 p.105)

 内田春菊さんの初期のまんが『ヘンなくだもの』(1986年)に、ファミリーレストランの場面が出てきます。〈こちらメニューになります〉と言う店員に対して、若い女性客が〈メニューになるんですか〉〈じゃ いまは ただの紙なんですね〉と言い返すと、店員はあっけにとられます(角川文庫版 p.105)。「こちら~になります」という接客表現が活字で紹介された例としては、かなり早いものといえるでしょう。

 「こちら~になります」という言い方は、このまんがにあるように違和感を覚える人が多く、ことばに関する本でもよくやり玉に挙げられます。もっとも、批判はたやすいけれども、この言い方がなぜ成立したかを説明するのは、そう簡単ではありません。

ファミレスのメニュー
【いつメニューになるの?】

 ある本では、「なる」には2つの意味があると説明しています。1つは「もの自体が変化する」こと、もう1つは「手順に添って詰めていくと、こう考えざるをえない」ということです。店員さんの言い方は後者で、「ご期待に添うかどうかわかりませんが、これはメニューということになるのです」と謙虚に言っているのだ、という説明です。

 この言い方が謙虚さを示しているのはたしかです。でも、この説明のとおりなら、「こちら、メニューということになります」と言ってもよさそうですが、店員さんはそうは言いません。ここがこの説の難点です。もっとすっきりと説明できないでしょうか。

中野駅通路
【こちらが総武線になります】

 「こちら~になります」という言い方がだれにも違和感なく使われるのは、「相当する」の意味を表す場合です。たとえば、「南口改札から入ったとき、こちらが総武線、向こうが中央線になります」というのがこれです。多くは、場所を示すのに使われます。

 ファミリーレストランの「こちら~になります」もこれと同じで、品物や料理を場所扱いして、「こちらメニューになります」「こちらコーヒーになります」と言っているのです。「こちら」という、本来は場所を表すことばと共に使っていることも、この説の裏づけとなります。場所を表すことばは、「~のほう(方)」など、婉曲表現によく使われます。

 『三省堂国語辞典 第六版』の「成る」の項目に、「相当する」の意味があります。ここに「こちらコーヒーになります」の例文を入れる案がありました。でも、「読者にわかりにくい」という意見があったため、今回は見合わせました。もし、上記の説に読者の納得が得られるならば、次回の改訂で説明を加えたいと思いますが、いかがでしょうか。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


« 前のページ次のページ »