『日本国語大辞典』をよむ― 第36回 いろいろな「洋」

2018年 6月 17日 日曜日 筆者: 今野 真二

第36回 いろいろな「洋」

 「歌は世につれ世は歌につれ」という表現があるが、言語も社会の中で使われるのだから、語を通して、その語が使われていた時期の社会のようすが窺われることがある。

ようふく【洋服】〔名〕(1)西洋風の衣服。西洋服。(2)((1)には袖(そで=たもとの意)がないところから、そうではないの意の「そでない」に掛けて)誠意のない人をいう俗語。〔東京語辞典{1917}〕

ようさい【洋裁】〔名〕洋服の裁縫。洋服を裁ったり、縫ったり、デザインを考えたりすること。↔和裁。

ようま【洋間】〔名〕西洋風の造りの部屋。洋室。西洋間。

 「ヨウフク(洋服)」「ヨウサイ(洋裁)」「ヨウマ(洋間)」はいわばまだ「現役」の「洋」であろうというつもりで掲げた。マンションやアパートの間取りに関して、「ヨウマ(洋間)」は「ワシツ(和室)」とともに使われることが多い。「ワシツ(和室)」と語構成上も対になる形は「ヨウシツ(洋室)」であるが、むしろ和語「マ」と複合した混種語「ヨウマ(洋間)」が案外と使われているのはおもしろい。

 さて、「ヨウフク(洋服)」は現在も上の(1)のように認識されているのだろうか、とふと思った。小型の国語辞書をみてみると、『三省堂国語辞典』第7版も「西洋ふうの衣服。背広・ズボン・ワンピース・スカートなど」と、『新明解国語辞典』第7版は「西洋風の衣服。〔男子は上着とズボンを、女子はワンピース・スーツ・スカートなどを用いる〕↔和服」と記している。『明鏡国語辞典』第2版にも「西洋風の衣服。背広・ズボン・ワンピース・スカートなど」とあるので、ほとんど同じように認識されていることがわかる。

 「新聞や雑誌でみた本をアマゾンで検索してクリック。翌日には自宅に届くからだ。洋服も家電もクリック一つでことが足りる。宅配業界の悲鳴は、私たちの行動が引き起こしていた。」は2017年5月30日の『朝日新聞』の記事であるが、上の記事中の「洋服」は「西洋風の衣服」という意味合いで使われているのだろうか。日常生活で着る服は、特別な場合以外は「洋服」になっている。「ワフク(和服)」を対義語として置いた「ヨウフク(洋服)」ではなく、「衣服」「着るもの」に限りなくちかい意味合いで「ヨウフク(洋服)」という語が使われているのではないだろうか。そして、そういう「状況」は今に始まったことではない、というのが筆者の「内省」だ。そうであるのならば、「洋」が限りなく「効いていない」「洋服」がある、ということを辞書は記述してもよいように思う。このように、対義語を向こう側に置いて、「対義」が成り立っているかどうか、を語義の検証に使うこともできそうだ。

 『日本国語大辞典』をよんでいて、懐かしい「洋」にであった。

ようひんてん【洋品店】〔名〕洋品(1)を売る店。洋物店。

ようふくだんす【洋服箪笥】〔名〕洋服をつるして入れるようにこしらえた箪笥。

 「洋品(1)」は「西洋風の品物。商品。特に、西洋風の衣類およびその付属品」であるが、筆者が子供の頃には、いかにもそういう店があった。店の外から見ると、マネキンなどに何着か洋服が着せてあるような、ちょっとおしゃれな感じのする店だ。「ヨウヒンテン」という語を自分で使ったかどうかはっきりとは覚えていないが、耳にしたことはあったように思う。

 『日本国語大辞典』は「ようふくだんす」の使用例として、谷崎潤一郎の「卍〔1928~30〕」をまずあげている。上の語釈をよんでいて、「ああ、そういう箪笥があったな」と思った。実家にかつてあった、主に父のスーツを入れていた箪笥は両開きになっていて、中にスーツが吊せるようになっていた。これは和服を入れるための(引き出しのみの)「ワダンス(和箪笥)」があり、それに対しての「ヨウフクダンス(洋服箪笥)」ということであろう。この語の場合は、「ヨウダンス(洋箪笥)」ではなくて、「ヨウフクダンス(洋服箪笥)」という語形が選ばれている。

 さらに幾つか「ヨウ(洋)~」という語をあげてみよう。

ようとう【洋灯】〔名〕ランプをいう。

ようはつ【洋髪】〔名〕西洋風の髪の結い方。洋式の髪形。

ようばん【洋盤】〔名〕洋楽のレコード。また、外国、特に欧米で録音・製作されたレコード。

ようふ【洋婦】〔名〕西洋の婦人。西洋の女。

ようぶ【洋舞】〔名〕西洋で発達した舞踊。ダンスやバレエなど。

ようぶん【洋文】〔名〕西洋のことばで書いた文。また、西洋の文字。

ようへい【洋兵】〔名〕西洋の兵隊。

ようへきか【洋癖家】〔名〕西洋の物事や様式などを並み外れて好む癖のある人。西洋かぶれ。

ようぼう【洋帽】〔名〕西洋風の帽子。烏帽子(えぼし)、頭巾などに対していう。

ようほん【洋本】〔名〕(1)西洋で出版された本。洋書。西洋本。(2)洋綴じの本。洋装本。

 「対義」という観点からはいろいろと考えることがある。例えば、「ヨウボウ(洋帽)」は「ワボウ(和帽)」という語がそもそもあって、その「和風の帽子」に対してできた語ではないだろうというようなことだ。「ようぼう」の語釈には「エボシ(烏帽子)」「ズキン(頭巾)」に対してとあり、そうした「頭を包むもの」に対して、かつてなかった「西洋風の帽子」を「ヨウボウ(洋帽)」と呼んだ、ということだろう。「ヨウブ(洋舞)」の対義語としては略語ではあるが「ニチブ(日舞)」を考えればよさそうだ。

 「ヨウバン(洋盤)」の「洋」は上の語釈からすれば、内容もしくは製作地ということになる。しかしまた、製作地ということを厳密に考えると、ニューヨークのスタジオで録音された尺八の演奏は「ヨウバン(洋盤)」と呼べるのか呼べないのか。筆者も中学生から大学生の頃にかけてはそれなりに音楽を聴いていたが、その時には「国内盤」に対して「輸入盤」という語を使っていた。輸入盤には(当然のことであるが)歌詞カードがついていないが価格が少し安いものがあった。「洋」はいろいろなことを思い出させてくれた。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第35回 「庸」の字義

2018年 6月 3日 日曜日 筆者: 今野 真二

第35回 「庸」の字義

よう【庸】〔名〕(1)令制で、正丁(せいてい)に課せられた労役の代わりに国に納入する物品。養老令では正丁が一年に一〇日間の労役に服する代わりに布二丈六尺を納めると規定している。慶雲三年(七〇六)の格によって庸は半減されて一丈三尺となった。老丁(ろうてい)はその二分の一、中男は四分の一を負担する。養老元年(七一七)にまた改めて正丁一人分を布一丈四尺とした。地方によっては布以外の代物を納めることもあった。ちからしろ。(2)平凡であること。すぐれたところがないこと。また、そのもの。凡庸。(3)仕事。また、苦労。辛苦。⇨よう〔字音語素〕

 「字音語素」の箇所をみると次のようにある。

【庸】(1)任用する。やとう。「傭」に同じ。/庸保/登庸、附庸/庸人、庸兵、庸奴/(2)平凡。普通。なみ。/凡庸、庸愚、庸劣/中庸/庸医、庸君、庸才、庸儒、庸輩、庸吏/(3)かたよらない。/中庸/庸行、庸徳/(4)つね。平生。「常」に同じ。/庸言/(5)夫役の代わりに物を収めること。/庸租、租庸調/⇨よう(庸)

 第1巻に附されている「凡例」の「その他」「字音語素について」には次のように述べられている。12条にわたっているが、行論に必要な条を次にあげる。

1.漢語を構成する字音の要素について、漢字ごとに簡単にその意味を示し、その漢字が構成する熟語を掲げる。

2.とりあげる漢字は、日本の文献に用いられてきたものを中心にするが、熟語の例は、漢籍に用いられるものにも及ぶ。

8.漢字ごとにその意味を区分して熟語をあげる。さらにその熟語の構成上の役割から、重畳、対義・類義結合、後部結合、前部結合等を/で区分けして列記する。

10.漢字欄の横に、その見出しとした音の呉音・漢音・唐音・慣用音の別をそれぞれの略号で示す。ただし、呉音・漢音が同音のものについては省略する。

 上の中で「重畳」はすぐにはわかりにくい。『日本国語大辞典』の見出し「じゅうじょう(重畳)」には「幾重にもかさなること。ちょうじょう」とあるのみで、見出し「ちょうじょう(重畳)」にも「(1)(形動タリ)(―する)幾重にも重なっていること。ますます重なること。また、そのさま。かさねがさね」「(2)この上もなく喜ばしいこと。きわめて満足なこと。しごく都合がよいこと。多く、感動詞的に用いる。頂上」とあるのみで、上の「重畳」にぴったりとあてはまるような語義は記されていないようにみえる。同じ字を重ねている場合を「重畳」と呼んでいると推測するが、「凡例」中に一般に使われない学術用語(すなわちそれは「メタ言語」ということになるが)を使う場合には、辞書を使う一般の人のために、何らかの説明があったほうが親切ではないだろうか。ことに、その学術用語が、『日本国語大辞典』の見出しとなっていない、もしくは語釈にそれとわかるように示されていない場合にはそうであろう。8.では「重畳」「対義・類義結合」「後部結合」「前部結合等」とあり、この「等」があといくつの「カテゴリー」があるかを曖昧にしてしまっている。例えば、「賞」の場合でいえば、「(1)功をほめる。たたえる」に続いて「/賞罰/賞賛、賞嘆、賞誉、賞揚/賞賜、賞賻、賞与/激賞、重賞/行賞、信賞必罰/賞勲/賞辞、賞状、賞金、賞品、賞杯、賞牌/」とあって、ここでは/によって七つに区切られている。せっかくわざわざ漢語をいわば分類しているのに、どのように分類したかが辞書使用者には簡単にはわからないようになっていないだろうか。細かいことのようであるが、少し気になる。

 常用漢字表は「庸」に訓を認めていない。そして「例」の欄に「凡庸、中庸」二つの漢語をあげている。「租庸調」は日本の歴史にふれると必ず覚える語であろう。漢語「凡庸」の語義がわかれば、「凡」にも「庸」にも〈つね・なみ〉という字義があることが推測できるであろう。「平凡」は〈つね+つね=つね〉であろうから、もともとは〈なみ〉ということであったはずだが、〈なみ〉を〈どこにもすぐれたところがない〉と言い換えると〈おろか〉に近づいてしまう。「庸」も元来は〈つね・なみ〉であったと思われるが、結局は〈おろか〉に近づいていったのだろう。バランスをとった状態のままでいることも難しいということか。

ようい【庸医】〔名〕治療のうまくない医者。平凡な医者。藪医者。

ようくん【庸君】〔名〕凡庸の君主。庸主。

ようさい【庸才】なみの才能。凡庸の才。また、その人。凡才。庸材。

ようじゅ【庸儒】〔名〕凡庸な儒者。平凡な学者。俗儒。

 ここでまた『日本国語大辞典』の「凡例」をみてみよう。「語釈について」の「[1]語釈の記述」には次のように述べられている。

1.一般的な国語項目については、原則として、用例の示すところに従って時代を追ってその意味・用法を記述する。

2.基本的な用言などは、原則として根本的な語義を概括してから、細分化して記述する。

3.専門用語・事物名などは、語義の解説を主とするが、必要に応じて事柄の説明にも及ぶ。

 上の1.からすれば、漢語「ヨウイ(庸医)」は〈治療のうまくない医者〉→〈平凡な医者〉という順に「意味・用法」が展開したことになるが、はたしてその理解でいいかどうか。〈治療のうまくない医者〉=〈藪医者〉のように思われるが、その語義をわるようなかたちで真ん中に〈平凡な医者〉という語義が置かれていることをどのように理解すればよいか。細かいようだが、これも気になるところだ。

 今回は話題がやや細かい。しかし、大部な辞書であるからこそ、辞書としての組織が整っていなければ、使い手は使いにくい。あるいは筆者の「誤解」があるかもしれないが、気になる箇所について述べてみた。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第34回 「に同じ」

2018年 5月 20日 日曜日 筆者: 今野 真二

第34回 「に同じ」

『日本国語大辞典』をよんでいると時々「に同じ」に出会う。例えば次のような見出し項目の語釈中に「に同じ」とある。

あいくろしい【愛―】〔形口〕[文]あいくろし〔形シク〕(「くろしい」は接尾語)「あいくるしい」に同じ。

あいこうしゃ【愛好者】〔名〕「あいこうか(愛好家)」に同じ。

あいこくきって【愛国切手】〔名〕「あいこくゆうびんきって(愛国郵便切手)」に同じ。

あいじょ【愛女】〔名〕「あいじょう(愛嬢)」に同じ。

アイスアックス〔名〕({英}ice ax(e))「ピッケル」に同じ。

アイストング〔名〕({英}ice tongsから)「こおりばさみ(氷挟)」に同じ。

あいつぼ【藍壺】〔名〕「あいがめ(藍瓶)」に同じ。

あいづぼん【会津本】〔名〕「あいづばん(会津版)」に同じ。

あいびん【哀愍・哀憫】〔名〕「あいみん(哀愍)」に同じ。

アウトグループ〔名〕({英}outgroup)「がいしゅうだん(外集団)」に同じ。

 上に10例を示したが、いろいろな「に同じ」がありそうなことがわかる。辞書である語Yを調べて「Xに同じ」にゆきあたるとちょっとがっかりするかもしれない。そこにはたいてい語釈が記されておらず、見出しXを改めて調べないといけないことが多いからだ。すぐそばに見出しXがあればいいが、見出しYと離れたところにある場合は、「ちょっとめんどうだな」と感じることがある。1冊の辞書の中でもそうなのだから、全13冊である『日本国語大辞典』の場合は、別の巻になってしまうことがあり、なおさらそのように感じるかもしれない。しかし、これはしかたがないことだろう。

 見出しYには語釈が置かれておらず、見出しXを参照することが指示されているという場合、見出しYを「参照見出し」、見出しXを「本見出し」と呼ぶことがある。「参照見出し」はもちろん参照用の見出しということで、これを置くことによって、辞書内の見出し項目同士がより緊密に結びつくことになる。しかしその一方で、上のような、辞書使用者の「ちょっとめんどうだな」につながることもある。見出し「あいづぼん」を使って、もう少し具体的に考えてみよう。「あいづぼん」は「あいづばん(会津版)」の参照を指示している。「あいづばん」の語釈中に「直江板」がみられるので、「なおえばん」及び「なおえぼん」、さらには「ようぼうじばん」もみてみることにする。

あいづばん【会津版】〔名〕慶長年間に上杉景勝の家臣直江山城守兼続が会津米沢で銅活字を用いて刊行した書籍。慶長一二年(一六〇七)に刊行された「文選」は名高い。普通には直江板という。会津本。

なおえばん【直江板】〔名〕江戸時代、慶長一二年(一六〇七)、直江兼続がわが国で初めて銅活字を用いて印刷させた書籍。要法寺板。直江本。

なおえぼん【直江本】〔名〕「なおえばん(直江板)」に同じ。

ようぼうじばん【要法寺版】〔名〕版本の一つ。慶長年間(一五九六~一六一五)、京都要法寺で、一五世日性が刊行した銅活字の版本。「文選」「論語集解」「沙石集」「和漢合運図」「法華経伝記」「天台四教儀集註」「元祖蓮公薩埵略伝」などがある。

 上の各見出し項目をみる限りでは、見出し「なおえばん」と「ようぼうじばん」との関わりがわかりにくいのではないだろうか。見出し「なおえばん」には何らの説明なく、「要法寺板」とあるので、それこそ「同じものかな」と思いそうだが、見出し「ようぼうじばん」には直江板、直江本とどうかかわるかが記されていない。『日本古典籍書誌学辞典』(一九九九年、岩波書店)を調べてみると、直江兼続は京都の要法寺に依頼して直江板を作っていたことがわかる。見出し「ようぼうじばん」にそのことを記す必要がないのだとすれば、見出し「なおえばん」の語釈において「京都要法寺に依頼して作成していた」というようなことを記しておくか、あるいはもうそのことにはまったくふれないか、どちらかだろうか。『日本国語大辞典』のように規模が大きい辞書の見出し項目同士のつながりを整えようとするとかなり大変そうだ。そうした調整は地味ではあろうが、辞書使用者にとっては、ありがたい調整といえよう。もっと細かいこととしていえば、「なおえばん」の語釈には「要法寺板」とあり、見出し「ようぼうじばん」に添えられた漢字列は「要法寺版」であるといった点も気にならないではない。

 さて、直江兼続が、京都の要法寺に依頼して作った古活字版のことを「あいづばん(会津版)」と呼んだり、「あいづぼん(会津本)」と呼んだり、あるいは「なおえばん(直江板)」と呼んだり、「なおえぼん(直江本)」と呼んだりすることがある、ということだろう。それは「呼ばれているもの」が同じ、ということだ。「あいづばん(会津版)」を説明するならば、「会津で出版された版本」、「なおえばん(直江板)」を説明するならば、「直江兼続が出版にかかわった版本」ということだろうから、説明のしかた、つまり「観点」が異なる。言語表現は「観点がすべて」というと言い過ぎになるだろうが、それでもそういう面がたぶんにある。「ものが同じなんだからどう表現しても同じ」というのは少し乱暴な感じがする。これはある地域で昆虫の「カマキリ」を「カマギッチョ」と呼ぶということとは異なる。それは一般的には「方言」ととらえられている現象で、(そこに「観点」がからんでいることはあるが)言語の地域差とみる。

 「同じ」ということはどういうことなのだろう、と考え始めると、それが奥深い問いであることに気づく。辞書をよむことによって、哲学的な思索に導かれることもありそうだ。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第33回 用意と準備

2018年 5月 6日 日曜日 筆者: 今野 真二

第33回 用意と準備

 『日本国語大辞典』は見出し「ようい(用意)」を次のように説明している。

(1)よく気をつけること。深い心づかいのあること。意を用いること。

(2)ある事を行なうにあたり、前もって備えておくこと。準備しておくこと。したく。

(3)競技などをはじめる前に、準備をうながすためにかける掛け声。

 上の語釈の中に漢語「ジュンビ(準備)」「シタク(支度)」が使われているので、それらがどのように説明されているかもみてみよう。

じゅんび【準備・准備】〔名〕ある事を行なうにあたり、前もって用意をすること。したく。そなえ。

したく【支度・仕度】〔名〕(1)(―する)計り数えること。計算すること。見積もりすること。(2)(―する)あらかじめ計画を立てること。心づもり。思わく。心じたく。(3)(―する)予定、計画などに従って、その準備をすること。用意。(4)(―する)服装をととのえること。きちんとした服装に改めること。身じたく。(5)(―する)食事をすること。(6)嫁入りのために整える道具類など。嫁入り道具。また、支度金。

 漢語「ヨウイ(用意)」の語釈の中に漢語「ジュンビ(準備)」「シタク(支度)」が使われ、漢語「ジュンビ(準備)」の語釈の中に漢語「ヨウイ(用意)」「シタク(支度)」が使われ、漢語「シタク(支度)」の語釈中に「ジュンビ(準備)」「ヨウイ(用意)」が使われている。このことからすれば、「シタク」「ヨウイ」「ジュンビ」には結びつきがあることが窺われる。

 小型の国語辞書をみてみると、例えば『岩波国語辞典』第7版新版(2011年)には次のようにある。

したく【支度・仕度】〘名・ス他〙準備。用意。(略)㋐外出の時、身なりを整えること。㋑食事を整えること。▽本来は見積もり測る意の漢語。「仕度」は当て字。

じゅんび【準備】〘名・ス他〙ある事にすぐ取りかかれる状態にすること。用意。したく。(略)

ようい【用意】〘名・ス自他〙ある事に備えて気を配ること。用心。また、準備。支度(したく)。(略)

 見出し「したく」の語釈には「ジュンビ」「ヨウイ」が使われ、見出し「じゅんび」の語釈には「ヨウイ」「シタク」が使われ、見出し「ようい」の語釈には「ジュンビ」「シタク」が使われており、やはりこの3つの漢語の結びつきが窺われる。つまり『日本国語大辞典』の語釈を書いた人がそうした、ということではなく、誰が語釈を考えてもそのようになりやすい、ということになる。

 辞書の語釈はいわば「語を語で説明する」ということなので、場合によっては、上のように、Aという語を説明するためにBという語を使い、Bという語の説明にはどうしてもAという語を使う、ということがありそうだ。それはAという語のあとに使い始めたBという語の語義をAとの「かねあい」で理解しているということだろう。「かねあい」は「距離」といってもよい。AとBとの語義の違いがあまりないということになれば、それは両語の「距離」があまりないということだ。そうなると、自分の脳内で、新しくよく目にするBという語の語義は? という問いに、「Aという語とだいたい同じ」という答えをだして、それを蓄積するということがありそうだ。こうやって、AとBとが結びつく。そうであるとすれば、辞書の語釈が循環的になることも(忌避しなければならないとまではいえず)場合によってはやむを得ないこと、あるいはあえていえば自然なこととみることもできる。

 『日本国語大辞典』は見出し「したく」の使用例として「竹取物語〔9C末~10C初〕」「石つくりの御子は、心のしたくある人にて、天竺に二となき鉢を、百千万里の程行きたりとも、いかでか取るべきと思ひて」をあげている。見出し「ようい」の使用例として一番最初にあげられているのは、「宇津保物語〔970~999頃〕国譲下「その日は題いだして、用意しつつふみつくり給ふ」」で、これは10世紀末頃の例ということになる。見出し「じゅんび」の使用例としてあげられているのは、「五山堂詩話〔1807~16〕」や「舎密開宗〔1837~47〕」の例で、こちらは19世紀を遡る使用例があげられていない。このことからすれば、3つの漢語が借用された順は、「シタク」「ヨウイ」「ジュンビ」であると推測できそうだ。

 さて、明治20年頃までに、ボール紙を表紙にした本が相当点数出版されている。それを「ボール表紙本」と呼ぶことがあるが、そうしたボール表紙本をみていると、「準備」に「ようい/ようゐ」と振仮名が施されていることが少なくない。「書き手」の立場に立って表現すれば、漢語「ヨウイ」に漢字列「準備」をあてた例ということになる。例えば、明治20年に出版されている『五大洲中海底旅行』には「「リンコルン」艦(かん)は最早(もはや)(こう)海の准備(ようい)(とゝの)ひ」(39ページ)という行りがある。あるいは同じ明治20年に出版されている『恋情花之嵐』には「有司(ゆうし)(ども)夫々(それ/\)に準備(ようい)をなし」(83ページ)とある。

 振仮名を施さずに「準備」と書けば、それは漢語「ジュンビ」を書いたものとみるのが自然であるので、漢語「ヨウイ」を「準備」と書くためには、振仮名が必須になる。したがって、こうした書き方は振仮名によって支えられていることになるが、そもそも、こうした書き方ができる、あるいはこうした書き方をしようと思う、のは漢語「ヨウイ(用意)」と漢語「ジュンビ(準備)」とがしっかりと結びついているからだ。

 現在出版されている辞書の語釈が日本語の歴史や漢語の歴史を、しらずしらずのうちに反映していることもある。「現在」は突然そこに現われたのではなく、過去との結びつきの上にある。そう考えれば、上で述べたようなことは当然といえば当然であるが、しかしそこになかなか気づきにくい。時にはゆっくり辞書をよむのもわるくはないと思う。

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今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第32回 謎の専門用語[機織り編]

2018年 4月 22日 日曜日 筆者: 今野 真二

第32回 謎の専門用語[機織り編]

 明治24年に完結した、近代的な国語辞書の嚆矢として知られる『言海』の「凡例」54条には『言海』中の「文章ニ見ハレタル程ノ語ハ、即チ此辞書ニテ引キ得ルヤウナラデハ不都合ナリ、因テ、務メテ其等ノ脱漏齟齬ナキヤウニハシタリ、然レトモ、凡ソ万有ノ言語ノ、此篇ニ漏レタルモ、固ヨリ多カラム、殊ニ、漢語ノ限リ無キ、編輯ノ際ニ、是ハ普通用ノ語ナラズトテ棄テタルモノノ、知ラズ識ラズ釈文中ニ見ハレタルモアラムカ、唯看ル者ノ諒察ヲ請フ」と述べられている。ここでは、語釈中に使った語が見出しになっていないことがあることについて、「看ル者ノ諒察ヲ請フ」と述べる。

 『言海』は辞書冒頭に置いた「本書編纂ノ大意」の、その冒頭で「此書ハ、日本普通語ノ辞書ナリ」といわば言挙げをし、「普通語ノ辞書」であることをつよく意識して編纂されていると思われる。「普通語」を見出しとして採りあげ、その「普通語」に語釈を附すにあたって、見出しとした「普通語」をわかりやすく説明するのだから、見出しよりも「難しい」語を使うことはないともいえようが、必ずしもそうとばかりはいえないだろう。わかりやすい語で説明することには自ずと限界があって、漢語による置き換えをしなければ説明できないということもあるのがむしろ自然ではないかと考える。

 辞書編纂者が、「釈文中」(=語釈中)に使った語が見出しにないことを気にするのは、辞書が「語を説明するツール」として完結していることを「理想の姿」として意識することがある、ということを示していると考える。山田忠雄は『近代国語辞書の歩み』(1981年、三省堂)において、自身が編集主幹を務めていた『新明解国語辞典』の名前を挙げ、「最も進歩していると評される 新明解国語辞典 といえども、語釈に使用した かなりの語は見出しから欠落せざるを得なかった」(563ページ)と述べており、上のことを意識していることを窺わせる。

 筆者は、ある辞書において、語釈中で使われている語がすべて見出しになっているということは、「理想」ではあろうし、それを目指すことももちろん「尊い」と考えるが、それを完全に実行することは難しいだろうと思う。今回はそうしたことにかかわることを話題にしてみたい。

ゆみしかけ【弓仕掛】〔名〕竹を弓のようにたわめ、その弾力を利用して、杼道(ひみち)を作る綜絖装置を上昇させる手織機の一部分。

 語釈中の「ヒミチ(杼道)」はなんとなくわかるにしても、「綜絖(装置)」とは何だろうと思って、『日本国語大辞典』の見出しを調べてみると、次のような見出しがあった。

そうこう【綜絖】〔名〕織機器具の一つ。緯(よこいと)を通す杼口(ひぐち=杼道)をつくるために、経(たていと)を引き上げるためのしかけ。主要部を絹糸・カタン糸・毛糸・針金で作る。綜(あぜ)。ヘルド。

 「ゆみしかけ」の語釈と「そうこう」の語釈とを組み合わせると、「よこいとを通す杼口=杼道をつくるために、たていとを引き上げるためのしかけを上昇させる」のが「ゆみしかけ」ということになるはずだが、それでも筆者などには「全貌」がつかみにくい。専門用語を説明することは難しそうだ。それは、結局、専門用語や学術用語は、一般的に使われている語で単純には説明しにくいから「専門」であり「学術用」であるという、いってみれば当然のことであるが、そういう語だからであろう。専門語による専門語の説明という「環」からなかなか抜け出すことができない。

 見出し「そうこう」の語釈末尾に置かれている「ヘルド」は外来語による置き換え説明であろうが、(別の語義の「ヘルド」は見出しになっているが)この語義の「ヘルド」は見出しになっていない。やはり、語釈中で使う語をもれなく見出しにすることは難しいことがわかる。

 さて、『日本国語大辞典』のオンライン版が備えている検索機能を使うと、「そうこう(綜絖)」が語釈あるいはあげられている使用例中に使われている見出しを探し出すことができる。16の見出しの語釈中、使用例中で使われていることがわかる。幾つかあげてみよう。

あぜ【綜】〔名〕機(はた)の、経(たていと)をまとめる用具。綜絖(そうこう)。

あやとおし【綾通】〔名〕機(はた)の綜絖(そうこう)の目に経(たていと)を引き込むのに用いる器具。また、その作業。

せいやく【正訳】〔名〕正しく翻訳すること。また、正しい翻訳。(略)*女工哀史〔1925〕〈細井和喜蔵〉一六・五四「原名のHeldは之れを正訳すれば綜絖となるのだが京都府地方では『綜』、〈略〉名古屋以東では『綾』と称へて居るのである」

へ【綜】〔名〕(動詞「へる(綜)」の連用形の名詞化)機(はた)の経(たていと)を引きのばしてかけておくもの。綜絖。

 見出し「あぜ」と「へ」の語釈からすれば、この2つの和語が漢語「そうこう(綜絖)」に対応しているようにみえる。そうであった場合は、「あぜ」と「へ」とは同義かどうかが気になる。見出し「あやとおし」は「そうこう(綜絖)」に「経(たていと)を引き込む」器具というものが(まだ)あることを示している。機織りは奥が深い。見出し「せいやく(正訳)」の使用例の中に「原名のHeld」がでてくる。これが先の「ヘルド」だろう。思わぬところに「ヘルド」があった。ここではオンライン版の検索機能を使ったので、この使用例を見つけ出すことができたが、通常はここにはたどり着くことはできないと思われる。『女工哀史』は岩波文庫で読むことができる。

 さて、そういうことを実際に行なうかどうかは別のこととして、オンライン版の検索機能を活用すれば、『日本国語大辞典』における見出しと語釈内、使用例内で使われている語との結びつきをさらに強化することは可能ということだ。オンライン版は辞書使用者のために提供されているものであることはいうまでもないが、辞書編集者がそれを使うこともできる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第31回 ユニセフとユネスコ

2018年 4月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第31回 ユニセフとユネスコ

 筆者が勤める大学はJR品川駅からも五反田駅からも、大崎駅からも歩いて行くことができる。筆者は、帰りは品川に向かうことが多い。品川から大学へ行く道の途中に「ユニセフハウス」がある。調べてみると、2001年7月にオープンした施設で、開発途上国の保健センターや小学校の教室、緊急支援の現場などを再現した常設展示がされ、ミニシアターやホールを備えていることがわかる。時々中学生ぐらいの集団が入っていくのを見たような記憶がある。

 「ユニセフハウス」は施設の名だから、『日本国語大辞典』には見出しになっていないが、「ユニセフ」は見出しになっている。

ユニセフ【UNICEF】({英}United Nations International Children’s Emergency Fundの略)国際連合国際児童緊急基金の略称。一九四六年設立。第二次世界大戦の犠牲となった児童の救済を主な仕事としたが、のち開発のおくれた国などの児童養護計画援助を行なう。一九五三年に国際連合児童基金(United Nations Children’s Fund)と改称、国連の常設機関となった。略称はそのまま使用。五九年に国連総会で採択された国際連合児童権利宣言を指導原則としている。本部ニューヨーク。

 上の説明からすれば、1953年の改称をうけて略称を「UNCF」としてもよかったことになるが、そうはしないで当初の略称をそのまま使っているということになる。「ユニセフ」は日本においてもひろく使われる略称であるので、省略しないもともとの語形を耳にしたり目にしたりすることがほとんどないが、それ以上に「国際連合国際児童緊急基金」という、いわば訳語形にはふれることがない。「緊急基金」だったのか、と思った。こうなると「ユネスコ」についても知りたくなる。

ユネスコ【UNESCO】({英}United Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationの略)国際連合教育科学文化機構の略称。国連の一専門機関。一九四五年議決されたユネスコ憲章に基づいて翌年成立。平和の精神こそ安全保障に寄与するという主張のもとに、教育・科学・文化を通じて諸国民間に協力を促し、世界の平和と繁栄に貢献することを目的としている。本部パリ。日本は昭和二六年(一九五一)加盟。

 こちらも1946年に設立されている。ただし説明では「成立」という語が使われている。「ユニセフ」には「設立」、「ユネスコ」には「成立」という語を使ったことに何らかの意図があるかどうか。いずれにしても、第二次世界大戦を顧みての設立である。教育や科学、文化を通じて世界の平和をめざす、という考え方は「王道」だと思うが、現在はそうした考え方からどんどん離れていっているように感じる。

 「UNICEF」や「UNESCO」は「アルファベット略語」と呼ばれることがあり、カタカナ語辞典に載せられていることが多い。もとになっている語が長くて記憶しにくいから略語が使われるのだろうから、もとの語は「知らない」ことも少なくないだろう。近時「iPS細胞」という語がよく使われたことがあった。「iPS」は「induced pluripotent stem cell」の略で、「誘導多能性幹細胞」と訳されている。「iPS(細胞)」は(当然のことと思うが)『日本国語大辞典』は見出しとしていない。

 「IT」もよく使われる語である。これは見出しとなっている。

アイティー【IT】〔名〕({英}information technologyの略)情報技術。「IT革命」「IT産業」

 しかし、語釈が少し寂しい感じだ。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、語釈には「情報技術. 特にコンピューターとネットワークを利用したデータ収集や処理の技術・処方. 工学的技術から企業経営,人文・社会科学,コミュニケーションまでその応用範囲を広げている」とある。実際的な技術の拡大により、応用範囲が広まり、それに伴って、そのように呼ばれる対象も広くなり、といういわば「相乗的な」「動き」を背景に、頻繁に使われるようになった語といえよう。古くからある語には、そうした語の「歴史」があり、新しく使われるようになった語には、そうした語の(またひと味違う)「歴史」がある。「歴史」は古いものにしかない、ということでもない。『コンサイスカタカナ語辞典』には「IT移民」「IT革命」「IT基本法」「IT砂漠」「IT産業」「ITスキル標準」「ITバブル」「IT不況」という見出しもあった。「IT基本法」は平成12(2000)年に制定された法律であるが、正式名称は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」であるので、この正式名称の略称ということでもなく、「通称」ということになりそうだ。

 見出し「ユネスコ」の少し先に「ユネスコむら」があった。

ユネスコむら【―村】埼玉県所沢市にある遊園地。昭和二六年(一九五一)日本のユネスコ加盟を記念してつくられ、世界各国の住居などを展示していたが、平成五年(一九九三)に大恐龍探検館に作り替えられた。

 この見出しをみて、小学生の頃に、遠足でユネスコ村に行ったことがあったことを思い出した。細かいことはほとんど何も覚えていない。小学校5年生ぐらいだっただろうか、それもはっきりしない。遠足に行った後で、遠足の時のことを絵に描くことが多かったように思うが、その絵にトーテムポールを描いたおぼろげな記憶がある。あるいは他の人が描いたのかもしれない。「世界各国の住居などを展示していた」とあるので、そうした住居の中で印象が強かったのだろう。そのユネスコ村が大恐竜探検館になっていたことを、『日本国語大辞典』で知るというのも、何か不思議な驚きだった。『日本国語大辞典』をよんでいるとこんなこともわかる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第30回 こんなことばがありました

2018年 3月 25日 日曜日 筆者: 今野 真二

第30回 こんなことばがありました

みはり【矉】〔名〕馬の目の上の高くなっているところ。

 「ミハリ」って「見張」じゃなくて? という感じだが、筆者は初めてであった語だ。『日本国語大辞典』は使用例として、「書言字考節用集〔1717〕五「矉 ミハリ 馬両目上小高処」」を示している。「辞書」欄にも「表記」欄にも、この『書言字考節用集』しかあげられていないので、『日本国語大辞典』の語釈は、『書言字考節用集』の「馬両目上小高処」から導き出された可能性が高い。

 こういう語に遭遇すると、いろいろと「妄想」したくなる。まず、18世紀の文献の例しかあげられていないので、この語はいつ頃からあったのだろう、とか、『書言字考節用集』はどこからこの語を見出しとしてとりいれたのだろう、とか、そういう疑問が次々とわいてくる。

 『大漢和辞典』を調べてみると、この「矉」字の字義として、「にらむ」「しかめる」「もつれる」「すみやか」の4つが記されていて、どこにも「馬の目の上の高くなっているところ」という字義は記されていない。『日本国語大辞典』が日本語について調べるための「最後の砦」だとすれば、『大漢和辞典』は漢字、漢語について調べるための「最後の砦」といった趣がある。したがって、ここで少し「あれ?」という感じになる。その一方では、「どうしてこういうことになっているのだろう」という、ちょっとおもしろそうだぞ、という気持ちもむくむくとわいてくる。かくして筆者の心は千々に乱れる。

 しかし、今回は、この「ミハリ」を追究したいのではないので、ここまでにしたいが、何が言いたかったかといえば、『日本国語大辞典』の語釈を認めるとして、「馬の目の上の高くなっているところ」にもちゃんと「呼び名」がある、ということだ。「呼び名」は「物の名前」を思わせる。言語がとらえる対象は「モノ」ばかりではなく、「コト」もとらえるので、「呼び名」は必ずしも適切な表現ではないが、わかりやすいので、仮にそのように表現しておく。日本語が「もっている」語をすべて集めて、それを英語が「もっている」語すべてと対照すれば、当然、日本語にはあるが、英語にはない語、日本語にはないが、英語にはある語があるはずだ。それは、2つの言語が、人間及び人間をとりまく「世界」を言語によってどのように把握しているか、の異なりで、もっといえば、文化の異なり、といってもよい。1つの言語内でも、当然時期によって把握のしかたが異なることもある。

 さて、今回は「こんなことばがありました」という見出しを2つ紹介しよう。

はんしゃい【反射衣】〔名〕夜間、車のライトなどに反射して黄色く光る衣服。夜光チョッキなど。

 こうなると「夜光チョッキ」も気になるが、『日本国語大辞典』では、ちゃんと見出しになっていて、「夜間、自動車のライトの光を反射して光るように作られたチョッキ」と説明されている。筆者は「チョッキ」も気になる。かつて「チョッキ」と呼んでいたものは、現在では「ベスト」と呼ぶことが多いのではないだろうか。『日本国語大辞典』の見出し「チョッキ」には「袖なしで、たけの短い胴衣。普通は背広の三つ揃いの一つとして、上着の下、ワイシャツの上に着る。ベスト。ジレ」とある。最近は「ジレ」も使われているようだ。「ようだ」ははなはだ心許ないが、学生との会話で「チョッキ」「ベスト」「ジレ」の違いが話題になったことがあったことを覚えている。『三省堂国語辞典』第7版は見出し「チョッキ」に「古風な語」をあらわす〔古風〕注記をつけ、「ベスト」と説明している。『三省堂国語辞典』の判断は「チョッキ=ベスト」ということだ。小型の国語辞書などでは、見出しをこれだけ増やした、ということが「売り」になることがある。その際に、こういう新しい語を見出しにしました、ということが謳われることもある。語釈に使われている語も、整備されているのだろうが、『日本国語大辞典』の語釈で使われている語が「古風」ではないかと思ったことが何度かある。これについてはまた別の回に採りあげることにしよう。

 多くの人が見たことがある、しかし、その「呼び名」は知らない、あるいは「呼び名」があることも知らない、というものは少なからずあるだろうが、この「ハンシャイ(反射衣)」はそういうものの1つだ。

はんしょう【帆翔】〔名〕鳥が上昇気流を利用して翼をひろげたままはばたかずに飛ぶこと。鳶(とび)やアホウドリなどに見られる。

 これもちょっと驚いた。「あれに呼び名があるのか!」という感じだ。筆者は鎌倉生まれであるが、鎌倉の由比ガ浜の海岸にはいつの頃からか、トビが非常に多くなった。上空から舞い降りて、観光客が手にもっている食べ物を奪い取る、というようなことがよく起こるようになり、最近はいろいろな所に、注意書きが掲示されている。上の語を使うならば、「帆翔していたトビが急に舞い降りてきて、手にもったサンドイッチを奪って飛び去った」というようなことだろう。

 タカ目タカ科サシバ属に属する小型のタカ、サシバは、秋から冬にかけて渡りをすることでよく知られている。群れを作って渡りをするが、上昇気流に乗って、旋回しながら群れを形成するようすを何度も見たことがある。「タカバシラ(鷹柱)」と呼ばれたりするが、これも「帆翔しながら群れを作る」と表現すればよいことになる。

 語を知ることによって、すっきりと表現することができるということもあるだろう。案外と新しい語を身につけることは難しいかもしれない。『日本国語大辞典』は「はんしょう」の使用例として三島由紀夫の「潮騒〔1954〕」をあげている。『潮騒』はもちろん読んだことがあるが、「ハンショウ(帆翔)」という語が使われていたことは覚えていなかった。『日本国語大辞典』をよんでいくと、「知らない語」に次々とであう。しかも、語義はそこに書いてある。なんとすばらしいことではないか。

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1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

2018年 3月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

 筆者は、仕事などに必要な本を探す時に、「日本の古本屋」というサイトをよく使う。この「古本屋」は「フルホンヤ」と発音するのだろう。しかし、筆者は「古本」を「フルボン」と発音する人を知っている。『日本国語大辞典』には次のように記されている。

ふるほん【古本】〔名〕(「ふるぼん」とも)読み古した本。時代を経た書物。また、読んだあと売りに出された本。古書。こほん。

 上の記事からすれば、「古本」は「コホン」を書いたものである可能性もあることになる。「ボン」という語はないので、「フルボン」の「ボン」は「フル(古)」と「ホン(本)」とが複合して一語になったために「ホン」が「ボン」と形を少し変えたものである。「アマガエル(雨蛙)」の「ガ」と同じ現象で、「連濁(れんだく)」と呼ばれる。

 「連濁」という用語を使って説明すれば、「フルホン」は連濁が生じていない語形、「フルボン」はそれが生じている語形である。複合すれば必ず連濁するということでもないことがわかっている。さて、『日本国語大辞典』の「「ふるぼん」とも」の「とも」である。これはいわば含みの多い「とも」で、かつてそういう語形があったことを示す場合もある。また2つの語形が同時期に併用されていることを示す場合もある。「フルホン」と「フルボン」はどうなのか? そう思っていたところ、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」を読んでいて、次のような例に遭遇した。「D坂の殺人事件」はちょっと大人向きの作品なので、ここで粗筋を紹介することは控えておくことにしましょう。

A といふのは、古本屋の一軒置いて隣の菓子屋の主人が、日暮れ時分からつい今し方まで、物干へ出て尺八を吹いてゐたことが分つたが、彼は始めから終ひまで、丁度古本屋の二階の窓の出来事を見逃す筈のない様な位置に坐つてゐたのだ。(47ページ)

B 僕は、丁度八時頃に、この古本屋の前に立つて、そこの台にある雑誌を開いて見てゐたのです。(48ページ)

 話題が繊細なので、まず「D坂の殺人事件」をどんなテキストで読んでいるかについて記しておこう。大正14(1925)年8月1日に発行された、創作探偵小説集第1巻『心理試験』(春陽堂)第3版に収められているものだ。初版は同年7月18日に出版されているので、わずかな間に版を重ねていることがわかる。そしてこれは江戸川乱歩の初めての単行本であった。この『心理試験』は漢数字以外の漢字にはすべて振仮名を施す、いわゆる「総ルビ」で印刷されている。上ではそれを省いたが、文章A中に2回使われている「古本屋」には「ふるほんや」と、文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されている。この『心理試験』においては、濁音音節には濁点がもれなくついているように思われる。「思われる」は歯切れが悪い表現であるが、全巻を丁寧にチェックしたわけではないので、「ほぼそうであろう」ということだ。明治期の文献の場合、濁音音節に必ず濁点がつけられているわけではないので、「ふるほんや」は「フルホンヤ」「フルボンヤ」いずれであるかわからない、といわざるをえない。大正14年に印刷出版された『心理試験』においては、濁点がきちんとつけられていると前提して述べることにするが、そうであれば、上の例は非濁音形「フルホンヤ」と濁音形「フルボンヤ」とが併用されていたことを示唆する興味深い実例ということになる。そんな細かい事で喜んでいるのか、と思われた方がいらっしゃるかもしれないが、そうなんです。そんな細かい事で喜ぶのです。文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されているので、これは「フルボンヤ」という語形があったことの(ほぼ)確実な例ということになる。「(ほぼ)」は、この例が誤植である可能性を考えに入れてのことだ。

 「フルホン」「フルボン」の語義は変わらない。だから「どっちでもいいじゃないか」という「みかた」は当然あり得る。しかし、語形は異なる。ある音節が濁音なのか、そうでないのか、そういうことも場合によっては気になる。拙書『百年前の日本語』(2012年、岩波新書)の「あとがき」でもふれたが、海外ドラマを見ていて、「微表情(micro-expression)」ということばを知った。ヒトが時としてみせる微妙な表情から心理状態を読み取るというような話だ。文献も「微表情」をもっているだろうし、語彙の観察だって、語彙のもつ「微表情」を読み取るというようなアプローチがあってもよいと思う。語義は同じで、語形が少し異なるという2つの語の存在は、microな話かもしれない。

 大正14年に発行された「総ルビ」のテキストを読んでいると、「背恰好」に出会う。これには「せいかつかう」と振仮名が施されている。つまり「セイカッコウ」と発音していたことになる。振仮名がなければ、現代は躊躇なく「セカッコウ」と発音するはずだ。ポーの『モルグ街の殺人事件』の話がでてくる。そこには「オラングータン」とある。英語は「orang-utan」であるので、誤植ではない。昭和44(1969)年に講談社から出版された「江戸川乱歩全集」全15巻の第1巻に「D坂の殺人事件」は収められているが、そこには「オランウータン」とある。江戸川乱歩の作品はいろいろなかたちで、活字化されている。そしてそれに乱歩自身がかかわっている場合もある。だから、「いつ、どこで、誰によって」、「オラングータン」が「オランウータン」に変えられたか、は丁寧に調べないとわからない。これは楽しみとしてとっておくことにしよう。

 さて、こうなると『日本国語大辞典』がどうなっているかが気になるが、「オラン-ウータン」を見出しにしているが、語釈中にも「オラングータン」はみあたらない。これもmicroな話かもしれないが、丁寧に読むことによって、いろいろなことがわかる。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第28回 とまどうペリカン

2018年 2月 25日 日曜日 筆者: 今野 真二

第28回 とまどうペリカン

 外来語をどう書くかということについては、平成3(1991)年6月28日に、内閣告示第2号として示された「外来語の表記」がその「よりどころ」(「外来語の表記」「前書き」)となっている。

 外来語は改めていうまでもなく、日本語ではないので、まずその語をどのように聞く(=聞きなす)かということがあり、その次に、その日本語を母語としている人が聞きなした形をどのように文字化するか、ということがある。「聞きなし」は第3回のオノマトペ①の時に使った表現であるが、動物や虫の鳴き声をどのように聞きなすかということと原理的には同じと考えてよい。

 聞きなした形は1つであるが、それを文字化するにあたって、「ハチャトゥリヤン」「ハチヤトリヤン」という2つの書き方が考えられる、というのであれば、これは「書き方の問題」ということになる。Tunisiaという外国名の聞きなしは1つであるが、最初の部分を「テュ」と書くか「チュ」と書くか、ということは「書き方の問題」である。しかし、「エルサレム」と書いてあれば、もっとも自然な発音は「エルサレム」であり、「イエルサレム」あるいは「イェルサレム」と書いてあれば、やはり「イ~」と発音したくなる。この場合は、「エ~」という語形と「イ~」という語形と2つあるとみるのが(筆者は)自然だと思うので、語形が2つあることになる。そうであれば、これは聞きなしの問題、つまり「語形の問題」である。「外来語をどう書くか」という問いの「内実」は「語をどのような語形としてとらえるか=聞きなすか」ということと、聞きなした語形を「どう文字化するか」という2つが含まれていることになる。

コーヒー【珈琲】〔名〕({オランダ}koffie {英}coffee)《カヒー・カッヒー・カーヒー・コヒー・コッヒー・コーヒ・コッフィー》(1)芳香、苦味の強い焦げ茶色の飲料。カフェインを含むため覚醒作用のある嗜好品。(以下略)

 上には見出しの「コーヒー」を含めると、8種類のかたちがあげられている。これらの「かたち」は語形が8つあるのか、書き方が8つあるのか、それとも語形が幾つかあって、書き方も幾つかあるのか、ということになるが、それを見極めることは実は難しい。「語誌」欄には「コッヒー、カッヒーと促⾳の⼊る形は、明治二〇年頃まで比較的によく見られるが、 それ以降は一般にコーヒーの形が用いられるようになった」と記されている。『日本国語大辞典』は見出し「コーヒー」の語釈中に「八種類のかたち」をあげているので、(それらすべてを「書き方」のバリエーションとみているかどうかはわからないが)積極的に語形のバリエーションとみようとはしていないことになる。実際にはさらに多くのバリエーションがあることが推測できるが、8種類を超えてさらに多くのバリエーションをあげることは、いろいろな意味合いで難しいことは容易に推測できる。そう思う一方で、例えば明治期の小説などを読んでいて、現在は使わないかたちの外来語にであうことは多いので、何らかのかたちで、「現在は使わないかたち」を記しとどめていてくれるとありがたいと思う。ちょうど、読んでいた徳田秋声『凋落』(1924年、榎本書店)に「木暮(こくれ)は此(この)まゝ帰(かへ)る気(き)もしなかつたが、何処(どこ)かコーヒ店(てん)へでも入(はい)つて、咽喉(のど)を潤(うるほ)す必要(ひつえう)もあると考(かんが)へてゐたので、黙(だま)つて一緒(しよ)に行出(あるきだ)した」(264ページ)という行りがあった。ここでは「コーヒ」が使われている。

 pelicanという鳥はよく知られていると思う。ペリカン便という宅配便もあったし、万年筆にもある。斎藤茂吉の歌集『赤光』(1913年、東雲堂書店)を読んでいて、次の作品にであった。

ペリガンの嘴(くちはし)うすら赤くしてねむりけりかた/はらの水光(みづひかり)かも(冬来)

 はっきりと「ペリガン」と印刷されている。これが初めてだったら、誤植と判断するだろう。しかし、筆者は以前に「ペリガン」にであったことがあり、これが初めてではなかった。北原白秋の『邪宗門』に収められている「蜜の室」という作品に「色盲(しきまう)の瞳(ひとみ)の女(をんな)うらまどひ、/病(や)めるペリガンいま遠き湿地(しめぢ)になげく。」という行りがある。作品末尾には「四十一年八月」とあり、これに従えば、明治41(1908)年の作品であることになる。一方、同じ『邪宗門』に収められている「曇日」という作品には、「いづこにか、またもきけかし。/餌(ゑ)に饑(う)ゑしベリガンのけうとき叫(さけび)、/山猫(やまねこ)のものさやぎ、なげく鶯(うぐひす)、」とあって、ここには「ベリガン」とある。初版だけでなく、再版(1911年)も改訂3版(1916年)も、「曇日」が「ベリガン」、「蜜の室」が「ペリガン」である。改訂3版の「本文」が基本的には大正10(1921)年にアルスから刊行された『白秋詩集』第2巻に受け継がれていく。そして、昭和5(1930)年にやはりアルスから刊行された『白秋全集』第1巻においては、白秋が作品に手入れをしたことが知られている。白秋は自身の作品が刊行される時にはさまざまなかたちで手入れをすることが多い。さてそこまでを視野に入れると、次のようになる。『近代語研究』(2017年)に収められている拙稿「「本文」の書き換え」では岩波版『白秋全集』に「ペリカン」とあると錯覚して記述しているので、ここで訂正しておきたい。

『邪宗門』初版 同再版 同改訂三版 白秋詩集 白秋全集 岩波版白秋全集

曇日  ベリガン ベリガン ベリガン ペリガン ペリカン ベリガン

蜜の室 ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン

 上のことからすると、そもそも白秋は「ベリガン」「ペリガン」2語形を使っていたと思われる。現在一般的に使われている「ペリカン」はアルス版の『白秋全集』に至って初めてみられる。英語「pelican」の綴り、発音からすると、「ン」や「ペリン」は自然ではないように感じられるが、北原白秋も斎藤茂吉も使っている「ペリガン」はたしかにあった語形だと考えたい。

 明治期に出版された書物には誤植が多い。だから現在使っている語形ではない語形をみると、誤植だろうと考えてしまいやすいが、上のようなこともあるので、慎重な態度が求められる。さて、「ベリガン」「ペリガン」は……残念ながら『日本国語大辞典』の見出しにはなっていない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第27回 発音が先か文字が先か?

2018年 2月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第27回 発音が先か文字が先か?

 『日本国語大辞典』の見出し「ゆいごん」には次のように記されている。

ゆいごん【遺言】〔名〕(1)死後のために生前に言いのこすことば。いげん。いごん。ゆいげん。(2)自分の死後に法律上の効力を発生させる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従ってする単独の意思表示。現代の法律では習慣として「いごん」と読む。語誌(1)古くから現在に至るまで、呉音よみのユイゴンが使われているが、中世の辞書「運歩色葉集」「いろは字」などには呉音と漢音を組み合わせたユイゲンの形が見える。(2)近世の文献ではユイゴンが主だが、ユイゲンも使われており、時に漢音よみのイゲンも見られる。明治時代にもこの三種併用の状態は続くが、一般にはユイゴンが用いられた。(3)現在、法律用語として慣用されるイゴンという言い方は、最も一般的なユイゴンをもとにして、「遺書」「遺産」など、「遺」の読み方として最も普通な、漢音のイを組み合わせた形で、法律上の厳密な意味を担わせる語として明治末年ごろから使われ始めた。

 「語誌」欄において述べられていることについていえば、「呉音よみ」「漢音よみ」「三種」「言い方」「組み合わせた」「厳密な意味を担わせる(注:ゴチは筆者)など、説明のしかた、用語がまちまちである点に不満がないではない。しかし、述べられていることがらはゆきとどいているといえよう。

 「ユイゲン」「イゲン」「イゴン」はいずれも見出しになっている。その他に、見出し「いげん」の語釈中にみられる語形「イイゴン」、その見出し「イイゴン」の語釈中にみられる語形「イイゲン」も見出しとして採用されている。結局、「イゲン」「イゴン」「イイゲン」「イイゴン」「ユイゲン」「ユイゴン」という6つの語が存在することになる。

ゆいげん【遺言】〔名〕「ゆいごん(遺言)」に同じ。

いいげん【遺言】〔名〕(「ゆいげん(遺言)」の変化した語)「いいごん(遺言)」に同じ。

いいごん【遺言】〔名〕(「ゆいごん(遺言)」の変化した語)死後に言い残すこと。また、そのことば。いいげん。→遺言(いげん)(1)。

いげん【遺言】〔名〕①死にぎわに言葉を残すこと。また、その言葉。いごん。いいごん。ゆいごん。ゆいげん。(2)先人が生前言ったこと。また、その言葉。後世の人の立場からいう。(3)⇨いごん(遺言)(2)。

いごん【遺言】〔名〕(1)「いげん(遺言)」に同じ。(2)法律で、人が、死亡後に法律上の効力を生じさせる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従って単独に行なう最終意思の表示。一般では「ゆいごん」という。

 語について考える場合、まず発音があって、次にそれを文字化するという「順序」があるとみるのが自然なみかただ。現代日本語の場合でいえば、文字化するための文字として、漢字、仮名(平仮名・片仮名)がある。「ユイゴン」は漢語だから、中国語を日本語が借りて用いている=借用している。だから通常は「ユイゴン」という発音とともに漢字「遺言」も日本語の中に入ってくる。読み方がわからない漢字「遺言」が日本語の中に入ってきて、それを呉音でよんだ、ということではなく、呉音で発音していた「ユイゴン」という語が入ってきた、ということだ。一方、遣隋使、遣唐使が中国で学んで日本に伝えたのが漢音だ。平安時代に編纂された『日本紀略』の延暦11(792)年閏11月の記事には、「呉音を習うべからず」「漢音に熟習せよ」とある。また『類聚国史』に記されている、延暦17(798)年4月の勅では「正音」という表現が使われており、このことからすれば、この頃には朝廷が漢音=長安音を「正音」として奨励し、呉音を排除しようとしていたことが窺われる。

 「ユイゴン」と(呉音で)発音していた語が中国から日本に入ってくる。漢字では「遺言」と書く。それが、漢字は漢音でよみなさい、ということになると、この「遺言」を「イゲン」とよむ=発音することになる。そして、それは「イゲン」という「ユイゴン」とは異なる語とみることができる。呉音と漢音とは、いわば体系が異なる。したがって、漢字二字で書いている漢語の上の字を呉音で発音し、下の字を漢音で発音するということは通常はあり得ない。中国で、そういう組み合わせが発生するはずがないからだ。ところが、日本ではそれが起こる。「発音が先か文字が先か?」が今回のタイトルだが、先に述べたように、通常は「発音が先」である。しかし、日本においては、漢字で書かれている語を「よむ」ということがあり、そのよみかたに、漢音でよむ、呉音でよむ、など複数のよみかたがある。漢音、呉音とここまで書いてきたが、このよみかたは漢音、このよみかたは呉音、というようなことを通常は意識しない。漢和辞典を調べれば、ちゃんとそれは書いてある。例えば「希」であれば、漢音が「キ」で呉音が「ケ」だ。「ケウ(希有)」という語は呉音で構成されている。「キボウ(希望)」は漢音で構成されている。日本語を母語としている人は、漢音、呉音をそれほど意識しない。そうなると、他の漢語からの類推で、「イショ(遺書)」という語では「遺」を「イ」と発⾳しているのだから、「遺」は「イ」とよめばいいなと思い、 「言」は「ゴンベン(言偏)」だから「ゴン」だなと思う。かくして漢音+呉音の「イゴン(遺言)」という語形ができあがる。あるいは呉音+漢音の「ユイゲン」という語形ができあがる。「語誌」欄がこうしたいわば「ちゃんぽん語形」が中世期に成った辞書にみられると指摘していることはおもしろい。筆者は、大量に借用された漢語が、話しことばの中でも使われるようになってきたのが中世だと推測している。その結果、漢語もいわば「一皮むけてきた」。日本語の中に溶け込んできた、といってもよいかもしれない。

 漢字で書かれた形から新たな語形がうまれるというのは、「文字が先」ということだ。現在では一般的な「カジ(火事)」や「ダイコン(大根)」はそれぞれ「ヒノコト(火の事)」「オオネ(大根)」という和語の漢字書き形からうまれたと考えられている。『日本国語大辞典』をよんでいるといろいろなことを考える。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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