『日本国語大辞典』をよむ―第27回 発音が先か文字が先か?

2018年 2月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第27回 発音が先か文字が先か?

 『日本国語大辞典』の見出し「ゆいごん」には次のように記されている。

ゆいごん【遺言】〔名〕(1)死後のために生前に言いのこすことば。いげん。いごん。ゆいげん。(2)自分の死後に法律上の効力を発生させる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従ってする単独の意思表示。現代の法律では習慣として「いごん」と読む。語誌(1)古くから現在に至るまで、呉音よみのユイゴンが使われているが、中世の辞書「運歩色葉集」「いろは字」などには呉音と漢音を組み合わせたユイゲンの形が見える。(2)近世の文献ではユイゴンが主だが、ユイゲンも使われており、時に漢音よみのイゲンも見られる。明治時代にもこの三種併用の状態は続くが、一般にはユイゴンが用いられた。(3)現在、法律用語として慣用されるイゴンという言い方は、最も一般的なユイゴンをもとにして、「遺書」「遺産」など、「遺」の読み方として最も普通な、漢音のイを組み合わせた形で、法律上の厳密な意味を担わせる語として明治末年ごろから使われ始めた。

 「語誌」欄において述べられていることについていえば、「呉音よみ」「漢音よみ」「三種」「言い方」「組み合わせた」「厳密な意味を担わせる(注:ゴチは筆者)など、説明のしかた、用語がまちまちである点に不満がないではない。しかし、述べられていることがらはゆきとどいているといえよう。

 「ユイゲン」「イゲン」「イゴン」はいずれも見出しになっている。その他に、見出し「いげん」の語釈中にみられる語形「イイゴン」、その見出し「イイゴン」の語釈中にみられる語形「イイゲン」も見出しとして採用されている。結局、「イゲン」「イゴン」「イイゲン」「イイゴン」「ユイゲン」「ユイゴン」という6つの語が存在することになる。

ゆいげん【遺言】〔名〕「ゆいごん(遺言)」に同じ。

いいげん【遺言】〔名〕(「ゆいげん(遺言)」の変化した語)「いいごん(遺言)」に同じ。

いいごん【遺言】〔名〕(「ゆいごん(遺言)」の変化した語)死後に言い残すこと。また、そのことば。いいげん。→遺言(いげん)(1)。

いげん【遺言】〔名〕①死にぎわに言葉を残すこと。また、その言葉。いごん。いいごん。ゆいごん。ゆいげん。(2)先人が生前言ったこと。また、その言葉。後世の人の立場からいう。(3)⇨いごん(遺言)(2)。

いごん【遺言】〔名〕(1)「いげん(遺言)」に同じ。(2)法律で、人が、死亡後に法律上の効力を生じさせる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従って単独に行なう最終意思の表示。一般では「ゆいごん」という。

 語について考える場合、まず発音があって、次にそれを文字化するという「順序」があるとみるのが自然なみかただ。現代日本語の場合でいえば、文字化するための文字として、漢字、仮名(平仮名・片仮名)がある。「ユイゴン」は漢語だから、中国語を日本語が借りて用いている=借用している。だから通常は「ユイゴン」という発音とともに漢字「遺言」も日本語の中に入ってくる。読み方がわからない漢字「遺言」が日本語の中に入ってきて、それを呉音でよんだ、ということではなく、呉音で発音していた「ユイゴン」という語が入ってきた、ということだ。一方、遣隋使、遣唐使が中国で学んで日本に伝えたのが漢音だ。平安時代に編纂された『日本紀略』の延暦11(792)年閏11月の記事には、「呉音を習うべからず」「漢音に熟習せよ」とある。また『類聚国史』に記されている、延暦17(798)年4月の勅では「正音」という表現が使われており、このことからすれば、この頃には朝廷が漢音=長安音を「正音」として奨励し、呉音を排除しようとしていたことが窺われる。

 「ユイゴン」と(呉音で)発音していた語が中国から日本に入ってくる。漢字では「遺言」と書く。それが、漢字は漢音でよみなさい、ということになると、この「遺言」を「イゲン」とよむ=発音することになる。そして、それは「イゲン」という「ユイゴン」とは異なる語とみることができる。呉音と漢音とは、いわば体系が異なる。したがって、漢字二字で書いている漢語の上の字を呉音で発音し、下の字を漢音で発音するということは通常はあり得ない。中国で、そういう組み合わせが発生するはずがないからだ。ところが、日本ではそれが起こる。「発音が先か文字が先か?」が今回のタイトルだが、先に述べたように、通常は「発音が先」である。しかし、日本においては、漢字で書かれている語を「よむ」ということがあり、そのよみかたに、漢音でよむ、呉音でよむ、など複数のよみかたがある。漢音、呉音とここまで書いてきたが、このよみかたは漢音、このよみかたは呉音、というようなことを通常は意識しない。漢和辞典を調べれば、ちゃんとそれは書いてある。例えば「希」であれば、漢音が「キ」で呉音が「ケ」だ。「ケウ(希有)」という語は呉音で構成されている。「キボウ(希望)」は漢音で構成されている。日本語を母語としている人は、漢音、呉音をそれほど意識しない。そうなると、他の漢語からの類推で、「イショ(遺書)」という語では「遺」を「イ」と発⾳しているのだから、「遺」は「イ」とよめばいいなと思い、 「言」は「ゴンベン(言偏)」だから「ゴン」だなと思う。かくして漢音+呉音の「イゴン(遺言)」という語形ができあがる。あるいは呉音+漢音の「ユイゲン」という語形ができあがる。「語誌」欄がこうしたいわば「ちゃんぽん語形」が中世期に成った辞書にみられると指摘していることはおもしろい。筆者は、大量に借用された漢語が、話しことばの中でも使われるようになってきたのが中世だと推測している。その結果、漢語もいわば「一皮むけてきた」。日本語の中に溶け込んできた、といってもよいかもしれない。

 漢字で書かれた形から新たな語形がうまれるというのは、「文字が先」ということだ。現在では一般的な「カジ(火事)」や「ダイコン(大根)」はそれぞれ「ヒノコト(火の事)」「オオネ(大根)」という和語の漢字書き形からうまれたと考えられている。『日本国語大辞典』をよんでいるといろいろなことを考える。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第26回 いろいろな学問

2018年 1月 28日 日曜日 筆者: 今野 真二

第26回 いろいろな学問

 1月25日に、思い立って、亀戸天神に行った。25日だから天神様の日だが、前日とこの日とは「鷽替え神事」の日である。凶事をうそにして、幸運に替えるということのようだ。また「鷽」の字が「學」の字と似ているから学問の神様である天神様とつながるということもいわれているようだ。「鷽替え神事」のことは知っていたが、なかなか行く機会がなかったので、今年がいわば「初参加」だ。

 それゆえ、行って驚いた。今年は小厄の前厄にあたっていたので、お祓いもしてもらったのだが、その間にどんどん人が増えて、結局2時間ほど並んでやっと、木彫りの鷽をいただくことができた。自分の分の他に、教え子3人の分もいただき、後日渡した。天神様は大事にしたいという気持ちになるので、いろいろな天神様に行った。

 「ミミガクモン(耳学問)」という語は現代でも使う語なので聞いたことがあるだろう。『日本国語大辞典』は「自分で習得した知識ではなく、人から聞いて得た知識。聞きかじりの知識」と説明している。使用例には「書言字考節用集〔1717〕」がまずあげられているので、江戸時代にはあった語だ。「キキトリガクモン」は語釈中に「耳学問」とあり、同様の語義をもつことがわかる。

ききとりがくもん【聞取学問】〔名〕書物を読んだり自分で考えたりしないで、人から聞いたままを覚えているだけの学問、知識。耳学問。ききとりがく。聞き学。

 『日本国語大辞典』をよみ始めて、第1巻で「アタマハリガクモン」という語にであった。こういう語があるのだと思っていたら、次には第2巻で「インコウサデン」という語にであって、ますますおもしろくなった。「キリツボゲンジ」もあれば、「サンガツテイキン」もあり、そのバリエーションもある。

あたまはりがくもん【頭張学問】〔名〕初めのうちだけで長続きしない勉強。

いんこうさでん【隠公左伝】〔名〕(「隠公」は中国、春秋時代の魯の国王。「左伝」は「春秋左氏伝」の略称。隠公元年の条から始まる)左伝を読む決心をしながら、最初の隠公の条で飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。桐壺源氏。

きりつぼげんじ【桐壺源氏】〔名〕(「源氏物語」を、最初の桐壺の巻だけで読むのをやめてしまう、ということから)中途半端でいいかげんな学問、教養のこと。

さんがつていきん【三月庭訓】〔名〕(「庭訓」は「庭訓往来」の略称で、正月から一二月までの手紙の模範文例を集めたもの)「庭訓往来」を手本に書を習う決心をしながら、三月のあたりで、飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。

さんがつていきん公冶長論語(こうやちょうろんご) (「庭訓往来」は三月のところで、「論語」は第五編の公冶長のところで習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

さんがつていきん須磨源氏(すまげんじ) (「庭訓往来」は三月のところで、「源氏物語」は巻一二の須磨の巻のところで、多くの人が習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

 『源氏物語』を「桐壺巻」でやめるのは、飽きっぽいなと思うが、「須磨巻」まで来てやめるのは何か妙にリアルでもある。実際に江戸時代の本をみていると、冒頭から(今でいえば)10ページぐらいにはやたらに書き込みがあるのに、後ろの方は真っ白ということがけっこうある。最初は意気込んでいたんだなあ、とほほえましいが、自分がそうならないようにしないと、とも思う。

 『庭訓往来』について、『日本国語大辞典』は「往復書簡の形式を採り、手紙文の模範とするとともに、武士の日常生活に関する諸事実・用語を素材とする初等教科書として編まれた。室町・江戸時代に広く流布した」と説明している。『源氏物語』や『論語』は現在、高等学校などで習うのでわかるが、この『庭訓往来』や『春秋左氏伝』は現在の学校教育ではほとんど扱われることがないだろう。学問のテキストも変わっていく。そういうことも『日本国語大辞典』を丁寧によんでいるとなんとなくわかってくる。さて「トンデモ学問」はまだまだある。

うめのきがくもん【梅木学問】〔名〕(梅の木は初め生長が早いけれども、結局大木にならないところから)にわか仕込みの不確実な学問。↔楠学問(くすのきがくもん)。

くすのきがくもん【楠学問】〔名〕(樟(くすのき)は生長は遅いが、着実に大木になるところから)進歩は遅くても、堅実に成長して行く学問。↔梅の木学問。

げだいがくもん【外題学問】〔名〕いろいろの書物の名前だけは知っているが、その内容を知らないうわべだけの学問をあざけっていう語。

じびきがくもん【字引学問】〔名〕一つ一つの文字やことばについては知っているが、それを生かして使うことを知らない学問。何でもひととおりのことは知っているが、それ以上の深さのない、表面的で浅い知識。

ぞめきがくもん【騒学問】〔名〕外見ばかりで内容のない学問。虚名を目標にするような学問。

ぬえがくもん【鵼学問】〔名〕いろいろな立場がまじっていて統一のとれていない学問。あやしげな学問。

 いやはや、梅の木、楠から鵼まで、いろいろな学問があるものです。ちなみにいえば「ヌエ」は頭がサル、胴体はタヌキ、尾はヘビ、手足はトラに似て、鳴き声はトラツグミに似るという怪鳥のことです。ここにあげたような語があるということは「がんばりきれなかった」人がいた、ということで、気持ちをひきしめなければと思う一方で、なんか人間ほほえましいぞ、とも思ってしまう。隠公でやめ、桐壺までしか読まなかったとしても、それでもいったん取り組もうとした気持ちは尊いと思う。ちなみにいえば、筆者が大学のゼミで掲げているのは、「きちんと取り組み楽しく卒業論文を書く」ということだ。学問は修行のためにするわけではないので、楽しくなくてはいけないと思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第25回 お隣さん

2018年 1月 14日 日曜日 筆者: 今野 真二

第25回 お隣さん

 現在は辞書が電子化されている。インターネットを使って辞書を使うこともできる。『日本国語大辞典』第2版にも「オンライン版」があり、それにはさまざまなかたちの検索ができる機能もある。電子化された辞書には便利な面がある。

 電子化された辞書がひろく使われるようになってきて「紙の辞書」という表現がみられるようになった。『朝日新聞』の記事データベース「聞蔵(きくぞう)Ⅱビジュアル」で「紙の辞書」を検索してみると、1989年10月20日の記事が、もっとも古い使用例として見つかる。

 少し前だと、机の上に電子辞書を出して、それを使いながら授業をきいている学生が少なくなかった。そういう状況の時は、「ではこの語を電子辞書で調べてみてください」というように、積極的に電子辞書を使いながら授業を進めるようにしていた。電子辞書の場合、そこに、ある具体的な辞書が電子化されているということが「見えにくい」。例えば、多くの電子辞書には『広辞苑』がコンテンツとして入れられている。複数の辞書が入れられている場合もある。この電子辞書のコンテンツは何かということは最初はわかっているはずだが、次第にそれは鮮明ではなくなるようで、学生に、何が入っているかをたずねてもわからないことが少なくない。「電子辞書」という、いわば「顔」をもたない辞書を調べているといえばよいだろうか。それに対して、実際に「紙の辞書」を調べる場合は、今自分が調べている辞書が何という名前の辞書なのかを知らずに調べるということは考えにくい。こういう違いもある。

 電子辞書と「紙の辞書」と、どちらがいいか、という議論もしばしば目にする。そんな時に「紙の辞書」は、調べようとしている語(句)だけでなく、そのまわりの語(句)にも自然に目がいくからいいのだ、という意見が必ずある。筆者は、どちらかといえば、「紙の辞書」派だろうが、この意見は実はぴんとこない。「紙の辞書」の良さを過不足無く表現しているように感じられないということであろうか。

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、「この語とこの語とが隣り合わせの見出しになっているのか!」と思うようなことが時々ある。もちろん偶然そうなったのであるので、偶然の面白さということに尽きるが、「おっ」と思う。『日本国語大辞典』をよむ、という作業は基本的にはおもしろいのだが、何しろ相手が膨大なので、毎日少しずつよみすすめるしかない。そして、毎日きちんとよみすすめていってもなかなか「ゴール」が見えない。1冊はだいたい1400ページぐらいのことが多いので、1日5ページよんだとしても、280日、9ヶ月以上かかってしまう。このペースで13冊、2万ページをよむと、読了まで4000日かかることになる。十年以上だ。だからもっと早いペースでよまなければいけないし、時には半日よみ続ける日もある。そんなことを思うと、時々気が遠くなる。しかしそんなことも言っていられない。そんな時に、次のような「おっ」は息抜きになる。

テクノストレス〔名〕({英}technostress)コンピュータなど各種OA機器の導入による職場の高技術化に伴って心身に生ずるさまざまなストレス。アメリカの心理学者クレイグ=ブロードの造語。

でくのぼう【木偶坊】〔名〕(1)人形。操りの人形。でく。くぐつ。でくるぼ。でくるぼう。(2)役に立たない者。役立たずの者をののしっていう語。でく。

デリケート〔形動〕({英}delicate)(1)(人の心・感情などについて)鋭敏で、傷つきやすいさま。繊細なさま。(2)(鑑賞、賞美するものなどについて)微妙な味わいを持っているさま。また、微細な差のあるさま。(以下略)

てりごまめ【照鱓】〔名〕ごまめをいり、砂糖としょうゆをまぜて煮つめた汁に入れて、さらにいり上げたもの。正月料理に用いる。

とろくさい〔形口〕[文]とろくさ・し〔形ク〕(「くさい」は接尾語。「とろい」の強調語)なまぬるい。まだるっこい。また、ばかばかしい。あほらしい。

どろくさい【泥臭】〔形口〕[文]どろくさ・し〔形ク〕(1)泥のにおいがする。(2)姿やふるまいがあかぬけていない。いなかくさい。やぼったい。

 この程度のことで息抜きをしているようでは危ないですね。さて次のような見出しがあった。

ゆあみど【湯浴処】〔名〕「ゆあみどころ(湯浴所)」に同じ。

ゆあみどころ【湯浴所】〔名〕ゆあみする所。風呂場。ゆあみど。ゆあびどころ。

 上の2つの見出しの間には「ゆあみどき(湯浴時)」があるので、上の2つは隣り合わせではないが、すぐ近くにある。前者には「あらたま〔1921〕〈斎藤茂吉〉折々の歌「ふゆさむき瘋癲院の湯(ユ)あみどに病者ならびて洗はれにけり」が、後者には「太虗集〔1924〕〈島木赤彦〉梅雨ごろ「五月雨のいく日も降りて田の中の湯あみどころに水つかむとす」が使用例としてあげられている。

 島木赤彦の『太虗集』は「大正九年七月斎藤茂吉君の病を訪ひて長崎に至ることあり。大村湾にて」という詞書きをもつ作品から始まっている。改めていうまでもないが、島木赤彦、斎藤茂吉は、土屋文明とともに、『アララギ』を代表する歌人であった。茂吉は第3句に4拍の「ユアミド」を、赤彦は第4句に6拍の「ユアミドコロ」を使って、それぞれの句を定型に収めているので、そこからすれば「ユアミド」「ユアミドコロ」の使用は「必然」であったことになる。しかし『日本国語大辞典』はそれぞれの使用例に茂吉、赤彦の作品しかあげていない。『太虗集』によれば、上の「五月雨の」は大正10(1921)年の作品であることがわかる。一方、茂吉の「ふゆさむき」は『あらたま』によれば、大正5(1916)年の作品である。ここからは筆者の「妄想」であるが、赤彦は茂吉の作品によって、「ユアミド」という語にふれていたということはないだろうか。そしてそれを自身の作品にふさわしい語形に「新鋳」して使った。こんな「妄想」ができるのも『日本国語大辞典』のおかげといってよい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第24回 バリアント②:だいぶ違うぞ

2017年 12月 31日 日曜日 筆者: 今野 真二

第24回 バリアント②:だいぶ違うぞ

 前回の最後で「カエルデ」から「カエデ」になったと述べた。『日本国語大辞典』は見出し「かえで【楓・槭樹・鶏冠木】〔名〕」に「(「かえるで(蝦手)」の変化した語)」と記している。『万葉集』巻8に収められている1623番歌「吾屋戸尓 黄変蝦手 毎見 妹乎懸管 不恋日者無」は現在「我(わ)がやどにもみつかへるで見るごとに妹をかけつつ恋ひぬ日はなし」(=我が家の庭に色づくかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はない)と詠まれており、「蝦手」が「かへるて(かへるで)」を書いたものと推測されている。

 「カヘルデ」から一気に「カエデ」になったとは考えにくく、おそらく「ル」が撥音化した「カヘンデ」というような語形を経て、その撥音が脱落して「カエデ」になったものと思われる。「クスシ」は「薬師」と書くことからわかるように、「クスリシ」が変化した語であるが、やはり「クスリシ」→「クスンシ」→「クスシ」と変化したと推測できそうだ。「カエデ」「クスシ」はもとの語形「カエルデ」「クスリシ」から一気に到達する語形ではない点で、「だいぶ違う」といえるように思う。今回はそのような、もとの語形からすると、「おお!」と思うような変異形を話題にしてみよう。

 「カッタルイ」という語がある。『日本国語大辞典』は語義(1)として「体がだるく、ものうい。疲れた感じでだるい」、語義(3)として「まわりくどくてめんどうだの意の俗語」と説明している。この「カッタルイ」は「カイダルイ」の変化した語とある。そこで見出し「かいだるい」をみると次のようにある。

かいだるい【腕弛】〔形口〕[文] かひだるし〔形ク〕(「かいなだるい(腕弛)」の変化した語)(1)腕がくたびれてだるい。(2)身体や身体の一部が疲れてだるい。かったるい。

かいなだるい【腕弛】〔形口〕[文] かひなだるし〔形ク〕腕が疲れた感じで力がない。かいなだゆし。かいだゆし。かいだるい。

 これらの記事を整理すると、「カイナダルイ」→「カイダルイ」→「カッタルイ」と変化したことになる。「カッタルイ」はいうなれば「三代目」ということになる。さて、筆者は神奈川県の出身であるが、中学生の頃には「カッタルイ」あるいは「ケッタルイ」という語形を耳にしていたし、自身でも使っていたような記憶がある。『日本国語大辞典』は見出し「かいだるい」の方言欄に千葉県夷隅郡の「けったりい」、千葉県香取郡の「けえたりい」をあげているので、こうした語形にちかいものと思われる。

 次のような語形もあった。

かねがん【金勘】〔名〕「かねかんじょう(金勘定)」の変化した語。

 使用例として「浮世草子・忠義太平記大全〔1717〕」があげられているので、江戸時代にはあった語であることがわかる。「カネカンジョウ」と「カネガン」もすぐには繫がらない。変化のプロセスを推測すれば、「カネカンジョウ」が「カネカン」という語形に省略されて、それがさらに「カネガン」となったものとみるのがもっとも自然であろう。漢字で「金勘」と書いてあれば、なんとか「カネカンジョウ(金勘定)」という語とかかわりがあるかな、ぐらいはわかりそうだが、耳で「カネガン」と聞いてもなかなか「カネカンジョウ」には繫がりにくそうだが、それは現代人の「感覚」なのかもしれない。とにかく、だいぶ違う。

くちびら【唇】〔名〕「くちびる(唇)」の変化した語。

くちびる【唇・脣・吻】〔名〕(1)(「口縁(くちべり)」の意。上代は「くちひる」か)

くちべろ【唇・口舌】〔名〕「くちびる(唇)」に同じ。

 「くちべろ」の使用例として「夢酔独言〔1843〕」があげられている。現在でも「シタ(舌)」のことを「ベロ」ということがあるが、『日本国語大辞典』は見出し「べろ」の使用例として「物類称呼〔1775〕」をあげているので、「ベロ」は18世紀には使われていたことがわかる。そうすると、「クチベロ」の語形をうみだすプロセスにこの「ベロ」が干渉していないかどうかということになりそうだ。見出し「くちびる」に記されている「「口縁(くちべり)」の意」はいわば語源の説明であって、上代に「クチベリ」という語形の存在が確認されているわけではないと思われる。「クチベリ」をスタート地点に置くと、「クチビル」もすでにだいぶ変化しているように思われるが、その「クチビル」をスタートとすると、「クチビラ」は母音[u]が母音[a]に替わった、母音交替形にあたる。まあ耳で聞いた印象はちかいといえばちかい。「クチベロ」は「クチビル」の「ビ」の母音が[i]から[e]に、「ル」の母音が[u]から[o]に替わっており、母音が2つ替わっているので、耳で聞いた印象は少しとおくなる。「クチベリ・クチビル・クチビラ・クチベロ」と連続して発音すると早口言葉のようだ。

ぐんて【軍手】〔名〕白の太いもめん糸で編んだ手袋。もと軍隊用につくられたための呼称。軍隊手袋。

ぐんたいてぶくろ【軍隊手袋】〔名〕「ぐんて(軍手)」に同じ。

ぐんそく【軍足】〔名〕軍用の靴下。太い白もめんの糸で織った靴下。

 見出し「ぐんたいてぶくろ」には龍胆寺雄の「放浪時代〔1928〕」の使用例があげられている。冷静に考えれば、「ぐんて(軍手)」の「ぐん(軍)」は「軍隊」ぐらいしか考えられないが、身近な存在となっているので、そこに気がまわらなかった。「ぐんそく(軍足)」は両親のいずれかが使った語であったと記憶しているが、どういう場面で使われたかまでは覚えていない。「ぐんたいてぶくろ」を略した「ぐんて」、これもだいぶ違う語形に思われる。さて最後にもう1つ。

ことよろ【殊宜】〔名〕ことによろしいの意で用いる近世通人の語。

 使用例として「洒落本・素見数子〔1802〕」があげられているので、19世紀初頭には存在した語であることがわかる。筆者は「あけおめ」が最初わからなかった。いつ知った語か、いまでは記憶にないが、学生との会話の中で知ったような気がする。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「あけおめ」を見出しとしていない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第23回 バリアント①:ちょっと違うぞ

2017年 12月 17日 日曜日 筆者: 今野 真二

第23回 バリアント①:ちょっと違うぞ

 言語学では、ある語の「変異形」を「バリアント(variant)」と呼ぶ。現代日本語では「ヤハリ」「ヤッパリ」を使う。場合によっては「ヤッパ」や「ヤッパシ」を使うこともあるかもしれない。「ヤハリ」を標準語形と考えれば、他の語形は「変異形」ということになる。『日本国語大辞典』は「ヤッパリ」「ヤッパシ」「ヤッパ」すべて見出しとしている。「ヤッパシ」の使用例には安原貞室の著わした「かた言〔1650〕」があげられているので、「ヤッパシ」も江戸時代には使われていたことがわかる。

 「ヤハリ」に促音が入ったのが「ヤッパリ」で、その末尾の「リ」が「シ」に替わったものが「ヤッパシ」で、これらの末尾の「リ」あるいは「シ」が脱落したのが「ヤッパ」だとみることができる。変化すればするほど、もとの語形からは離れていく。したがって、変異形には「ちょっと違う語形だな」と思うようなものから、「だいぶ違った語形だな」と思うようなものまである。今回はその「ちょっと違う語形」を話題にしてみたい。変異形を話題にするので、方言もとりあげていくことにする。方言の地点番号は省いた。

あぼちゃ 方言 〔名〕(1)植物、カボチャ(南瓜)。《あぼちゃ》出羽置賜郡 島根県(以下略)

 『日本国語大辞典』の見出し「カボチャ」には「({ポルトガル}Cambodiaから)」とあり、語義【二】(1)の語釈末には「本種ははじめカンボジア原産と考えられていたので、この名があるという」と記されている。そうであれば、「カボチャ」はもともとポルトガル語の「Cambodia」の変異形であったことになる。その「カボチャ」の最初の子音[k]が脱落した語形が「アボチャ」で、変化としては頭子音が脱落したということであるが、「アボチャ」と「カボチャ」は「ちょっと違う語形」を少し超えているような気もする。それは語に形を与えている最初の音が異なるからだろう。

あらうる〔連体〕「あらゆる(所有)」に同じ。

あらえる〔連体〕「あらゆる(所有)」の変化した語。

 前者の使用例として、「御伽草子・熊野の本地(室町時代物語集所収)〔室町末〕」と「日葡辞書〔1603~04〕」、後者の使用例として、「史料編纂所本人天眼目抄〔1471~73〕」と「サントスの御作業〔1591〕」があげられているので、両語形とも、室町時代には確実にあった語形であることがわかる。「アラユル」と「アラウル」、「アラエル」とをそれぞれ仮名で書くと、「ユ」が「ウ」、「エ」に替わった語形のようにみえてしまうが、室町時代の「エ」はヤ行の「エ」、すなわちヤ行子音がついた[je]という音だと考えられている。そうであれば、「ウ」は「ユ」=[ju]の頭子音[j]が脱落したものということになる。また、「エ」は[je]で、「ユ」は[ju]なので、こちらは母音[u]が母音[e]に替わった「母音交替形」であることになる。

いごく【動】〔自カ五(四)〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)

おごく【動】〔自カ四〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)

 見出し「うごく」の末尾には、「福島・栃木・埼玉方言・千葉・信州上田・鳥取・島根」で「エゴク」ということが示されており、この「エゴク」を含めると、「イゴク」「エゴク」「ウゴク」「オゴク」が存在することになり、「アゴク」以外が揃っていておもしろい。

インテレ〔名〕「インテリ」に同じ。

インテリ〔名〕(「インテリゲンチャ」の略)(1)「インテリゲンチャ」に同じ。(2)知識、学問、教養のある人。知識人。

 見出し「インテレ」の使用例として髙見順の「いやな感じ〔1960~63〕」の次のようなくだりがあげられている。オンライン版で検索をかけると、髙見順『いやな感じ』は419件がヒットする。ある程度使われている資料だ。そんなこともあり、この本も購入した。ここではそれを使って、『日本国語大辞典』よりも少し長く引用する。

「勉強だ?」

丸万はせせら笑って、

「勉強で革命ができるかよ」

「そりゃ、そうだが」

「おめえは生じっか、中学なんか出てるもんだから、大分、インテレかぶれのところがあるな」

インテリをインテレと丸万が言ったのは、インテリのなまりではなく、その頃は一般にインテレとも言っていたのだ。

 「intelligentsia」は外来語であるので、その外来語をどのような語形として(日本語の語彙体系内に)受け止めるかということがまずある。だから「インテレ」は「インテリ」が変化したものではないが、「インテリ」を一方に置くと、「インテレ」は「母音交替形」すなわち変異形にみえる。

うえさ【噂】〔名〕「うわさ(噂)」の変化した語。

うしろい【白粉】〔名〕「おしろい(白粉)」の変化した語。

うちゃすれる【打忘】 方言 〔動〕(「うちわすれる」の転)忘れる。

うっとら〔副〕(「と」を伴う場合が多い)「うっとり【一】」に同じ。

うらいましい【羨】〔形口〕[文] うらいまし〔形シク〕「うらやましい(羨)」の変化した語。

うるこ【鱗】〔名〕「うろこ(鱗)」の変化した語。

うるしい【嬉】〔形口〕六方詞。「うれしい(嬉)」の変化した語。

おがい【嗽】〔名〕「うがい(嗽)」の変化した語。

おしろ【後】〔名〕(「うしろ」の変化した語)

かいつばた【燕子花】〔名〕(1)「かきつばた(燕子花)(1)」に同じ。(以下略)

がいと【外套】〔名〕「がいとう(外套)」の変化した語。

かいべつ 方言 〔名〕植物、キャベツ。

かえら〔名〕「かえる(蛙)」に同じ。

 それにしてもいろいろな変異形がある。書物を読んでいるだけでは、変異形にはなかなかであうことはないが、こうして辞書をよんでいると、かなりある(あった)ことがわかる。「カエラ・カエル」も活用みたいだ。そういえば、植物の「カエデ」は葉が蛙の手のようだから「カエルデ(蛙手)」だったが、それが「カエデ」に変化したものだった。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第22回 さまざまなメゾン

2017年 12月 3日 日曜日 筆者: 今野 真二

第22回 さまざまなメゾン

 2015年6月7日の『朝日新聞』の読書欄で、星野智幸が採りあげていた、谷川直子の『四月は少しつめたくて』(2015年、河出書房新社)を入手した。「自分の言葉を取り戻すために」という新聞の見出しも印象的だった。入手してそのままになっていたのだが、2017年3月4日に読み始めた。読み始めて少しすると次のような行りがあった。

ファッションの世界にだって芸術的な採算度外視のショーはあるけれど、ちゃんとうまくあとでそれを帳消しにするような商品が出る。出なければメゾンが立ち行かなくなっておしまい。つまり、デザイナーは芸術家でありながら売り物になる商品の素(もと)をつくり出しているということで、詩が売り物じゃないなら、そこがデザイナーと詩人の決定的な違いだ。(15~16ページ)

 この「メゾン」がわからなかった。『日本国語大辞典』には次のようにある。

メゾン〔名〕({フランス}maison)《メーゾン》家。住居。

 そして、「外来語辞典〔1914〕〈勝屋英造〉「メーゾン Maison(仏)家」」及び「亜剌比亜人エルアフイ(改作)〔1957〕〈犬養健〉五「聖心会附属の療養院を訪ねた。十八世紀のメゾン風の、趣味のいい建物である」が使用例としてあげられている。この見出しにおいては、「メゾン」という外来語が採りあげられているが、そこにあげられている使用例からすれば、どちらかといえば、現在から50年以上隔たった時期における「メゾン」の「使用状況」が記されていることになる。

 「新語に強い」ことを帯で謳う『三省堂国語辞典』第7版で「メゾン」を調べてみると、意外なことに見出しとして採用されていない。そこで『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、そこには次のように記されている。

メゾン[フ maison(家) <ラ manere(留まる)]①(サロン風の)高級食堂.〈大〉★この語義はフランス語にはない. ②家,住宅. 特に日本ではマンションの名につけて用いる.〈現〉③商社. 商店. 特にオート-クチュールの洋装店.〈現〉

 この辞典の冒頭に置かれている「使用上の注意」の「略語表」によれば、〈大〉は「大正時代」、〈現〉は「昭和21年以後,平成」ということだ。今回は「さまざまなメゾン」というタイトルをつけたが、筆者は次のような「メゾン」を思い浮かべていたからだ。

 大正16年(昭和2年)1月1日発行の『近代風景』第2巻第1号に「パンの会の思ひ出」という総題のもとに、木下杢太郎の「パンの会の回想」というタイトルの文章が載せられている。「パン(Pan)」はギリシャ神話に登場する牧神のことで、「パンの会」は1910年前後に、青年芸術家たちが新しい芸術について語り合うことを目的としてつくられた会だった。東京をパリに、隅田川(大川)をセーヌ川に見立てて、月に数回、隅田河畔の西洋料理屋に集まっていた。「パンの会の回想」には次のようにある。引用は『木下杢太郎全集』第13巻(1982年、岩波書店)に拠る。

当時カフエエらしい家を探すのには難儀した。東京のどこにもそんな家はなかつた。それで僕は或日曜一日東京中を歩いて(尤も下町でなるべくは大河が見えるやうな処といふのが註文であつた。河岸になければ、下町情調の濃厚なところで我慢しようといふのであつた。)とに角両国橋手前に一西洋料理屋を探した。(略)

その後深川の永代橋際の永代亭が、大河の眺めがあるのでしばしば会場になつたのである。

また遥か後になつて小網町に鴻の巣が出来「メエゾン、コオノス」と称して異国がつた。

 上の「メエゾン、コオノス」の「メエゾン」は『コンサイスカタカナ語辞典』の①に語義も使用時期もあてはまる。しかもフランス語の「maison」にない語義であるということであるので、『日本国語大辞典』は、できればこの語義、そして杢太郎の使用例をあげておいてほしいと思うのは欲張りだろうか。

 大正16年は西暦でいえば1927年で、今から90年ほど前になる。現在からみた大正時代は、「歴史」としてとらえるのにはまだ現代と近すぎるのかもしれない。大正時代の日本語についての研究はこれから、という面がある。『日本国語大辞典』の第3版がいつ出版されるかはわからないが、その時には大正時代の日本語についての補いがされると、『日本国語大辞典』はいっそう充実したものになるだろう。『コンサイスカタカナ語辞典』の②も、「うんうん」というところではないだろうか。最近はそれでもそうしたマンション名は減ってきているかもしれない。さて、③である。これが冒頭にあげた『四月は少しつめたくて』の「メゾンが立ち行かなくなっておしまい」の「メゾン」にあてはまる。筆者ぐらいの年齢の男性であると、「オートクチュール」もすぐには日本語に言い換えにくいかもしれない。高級洋装店ぐらいか。

 カタカナ語というと、「アカウンタビリティー」「コンプライアンス」「ガバナンス」「インタラクティブ」「イノベーション」など、すぐに語義がわかりにくい語の使用が増えていることが話題になり、そのことについて論議される。そういうこともあるが、外来語、カタカナ語にもそれぞれの歴史が当然ある。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「インタラクティブ」と「イノベーション」は見出しにしており、他の3語はしていない。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版はすべて見出しとしている。この『コンサイスカタカナ語辞典』は1994年に初版が刊行されているが、その初版においては、「ガバナンス」が見出しとなっていない。やはりカタカナ語にも歴史がある。

 現代作家の小説を読むことはこれまで必ずしも多くはなかった。しかし、『日本国語大辞典』をよむようになって、現代の小説に使われているような語はどのくらい見出しになっているのだろうとか、現代の語義は記述されているだろうか、などと思うようになり、少しずつであるが、読んでみることにした。『日本国語大辞典』は「意識改革」もしてくれる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
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『日本国語大辞典』をよむ―第21回 漢字の意味がわかりますか

2017年 11月 19日 日曜日 筆者: 今野 真二

第21回 漢字の意味がわかりますか

 筆者は『漢字からみた日本語の歴史』(2013年、ちくまプリマー新書)において、意味=語義は語がもつものであって、文字は「意味」をもたない、という意味合いで「漢字には「意味」がない」と述べた。漢字が意味をもっているのではなく、漢字が書き表わしている語が意味をもっているということだ。その考えは今でも変わらないが、中国語の場合、1語に対して、それを書き表わす漢字が1つ用意される。そうすると、語と、それを書き表わす文字との対応は原則として、一対一対応ということになる。それゆえ、漢字そのものが意味をもっているように、意識されやすい。それをふまえると、漢字に意味があるといっても、さほど変わらないと思うようになった。筆者は漢字の意味を「漢字字義」と呼んでいるが、ここでは「意味」という用語も使うことにする。これが今回のタイトルについてのいわば「補足説明」だ。

 漢語「ロウバイ(狼狽)」について、『日本国語大辞典』は次のように記している。

ろうばい【狼狽】〔名〕(「狼」も「狽」もオオカミの一種。「狼」は前足が長く後足は短いが、「狽」はその逆で、常にともに行き、離れれば倒れるので、あわてうろたえるというところから)思いがけない出来事にあわてふためくこと。どうしてよいかわからず、うろたえ騒ぐこと。

 「オオカミの一種」というと、実際にそういう動物がいるように理解してしまいそうで、「伝説上の」などという表現があったほうがよいように思う。漢語「ロウバイ(狼狽)」は現代でも使う語であるが、「狼」はともかくとして「狽」も動物名であることは通常は意識しにくい。よく考えれば、「狽」が獣篇の字であるので、わかってもいいはずであるが、そうはなかなか考えない。このように、漢語として使っている語を構成している個々の漢字の意味はあまり意識しないように思う。そういう「情報」も『日本国語大辞典』には記されている。ここではあまり使わない漢語も含めて、話題として採りあげていくことにする。

きゅうしゃ【休舎】〔名〕(「休」「舎」ともに、やすむの意)やすむこと。休息すること。休養すること。

きゅうせき【休戚】〔名〕(「休」は喜び、「戚」は悲しみの意)喜びと悲しみ。よいことと悪いこと。

きゅうめい【休明】〔名〕(「休」は大きい庇護の意)性格が寛容で、聰明なこと。

きょいん【許允】〔名〕(「許」「允」ともに、ゆるす、承認する意)願いごとなどに対して、承知し、ゆるすこと。許可。允許。允可。また、承認。

ぎょうそ【翹楚】〔名〕(形動タリ)(「翹」はしげり盛んなさま。「楚」は薪中の最も秀でたもの。「詩経-周南・漢広」の「翹翹錯薪、言刈 其楚 (注:「一」「二」は返り点) 」の句から)衆にぬきんでてすぐれること。また、そのものや、そのさま。俊秀。抜群。

きょきょう【駏蛩】〔名〕駏虚(きょきょ)と蛩蛩(きょうきょう)という二獣の名。「駏虚」は、騾馬(らば)のめすと牡馬のあいのこ、「蛩蛩」は、北海に住むという馬に似た想像上の動物をさす。ともに蟨(けつ)という獣に養われ、人が来ると蟨を背負って走るといい、常に共に居るもののたとえに用いられる。

 「休」に〈喜び〉という意味があることがわかると、「きゅうちょう(休徴)」の語義は「よいしるし。めでたいしるし」であることがわかることになる。しかし、その一方で、「キュウメイ(休明)」の場合の「休」は〈大きい庇護〉で、単純ではない。

 「キョイン(許允)」の場合は、「キョカ(許可)」「インキョ(允許)」「インカ(允可)」などの語が思い浮かべば、「キョイン(許允)」の語義も推測できる。そもそも「キョイン(許允)」は「インキョ(允許)」と字順が逆になったかたちをしている。このように、漢語の語義の理解は、他の漢語の語義理解を援用しながら行なわれていると思われる。当然、その漢語を構成する単漢字についての「情報」も援用されているはずだ。

 そうなってくると、「ギョウソ(翹楚)」はすぐには語義が推測しにくい。なぜなら、「翹」から始まる他の漢語がすぐには思い浮かばない。春先に黄色い花を咲かせる植物のレンギョウ(連翹)に使われている字であることはわかるが、これはあまり参考になりそうにない。「楚」も「四面楚歌」などから、中国の国名であることはわかるが、「楚」から始まる漢語というと、これもすぐには思い浮かびにくい。また、「翹」も「楚」も「常用漢字表」に載せられておらず、「和訓」もすぐには思いつかない。こういう場合は、漢語の語義の推測がきわめてしにくい。「和訓」を援用して漢語の語義を理解するというのは、日本において、長く行なわれてきた「方法」であると思う。さきほどの「キョイン(許允)」であれば、「許」字も「允」字も字義は〈ゆるす〉であるので、「キョイン(許允)」全体の語義は〈ゆるす+ゆるす〉で結局〈ゆるす〉となる。漢語を構成する上の字も下の字もどちらも〈ゆるす〉なのだから、字順を入れ換えてもよい。

 「駏虚(きょきょ)と蛩蛩(きょうきょう)という二獣の名」というのも驚く。このような語には『日本国語大辞典』を端からよまないと出会えなかったと思う。しかし、使用例には「山陽遺稿〔1841〕詩集」があげられていて、さすが頼山陽、こういう語もちゃんと承知していた。頼山陽の「心的辞書(mental lexicon)」(=言語使用者が脳内に備えていると考えられている架空の辞書)には、もしかしたら『日本国語大辞典』が見出しにしているすべての漢語が収められていたかもしれないなどと思ってしまう。そういうことを想像するのも楽しい。

 上に示した漢語は、現在ではほとんど、あるいはまったく使われなくなっているかもしれない。それでも、そういう語が中国で使われ、日本でもかつては使われたことがあった、ということも『日本国語大辞典』をよむとわかる。使わない語のことについて知ってもしかたがない、という考え方もあるだろう。しかし、どういう「発想」で語がつくられているか、ということを知ることにはおもしろさがあるのではないだろうか。

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著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第20回 ギロッポンでシースー

2017年 11月 5日 日曜日 筆者: 今野 真二

第20回 ギロッポンでシースー

 『日本国語大辞典』は俗語、隠語の類も見出しとしている。

おうみょうどうふ【王明動不】〔名〕不動明王の像をさかさまにして、人を呪詛(じゅそ)するところから、その名を逆にしたのろいのことば。

 「オウミョウドウフ」ってどんな豆腐? と思ったら、いやはや恐ろしいものでした。使用例には「雑俳・川傍柳〔1780~83〕」があがっているので、江戸時代にはあった語であることがわかる。こうした「さかさことば」の類は少なくない。

さかさことば【逆言葉】〔名〕(1)反対の意味でつかうことば。「かわいい」を「憎い」という類。さかごと。さかことば。(2)語の順序や、単語の音の順序を逆にして言うこと。「はまぐり」を「ぐりはま」、「たね」を「ねた」という類。さかごと。さかことば。

 「ネタ」は現在でも使う語だ。『日本国語大辞典』は「ネタ」を次のように説明している。

ねた〔名〕(「たね(種)」を逆に読んだ隠語)(1)たね。原料。また、材料。(2)(略)(3)新聞・雑誌の記事の特別な材料。(以下略)

 語義(3)の使用例として「新しき用語の泉〔1921〕〈小林花眠〉」の「ねた 種を逆に言ったもので、新聞記事の材料のこと。三面記者などの仲間に用ひられる」があげられている。「ネタ」は小型の国語辞書、例えば『三省堂国語辞典』第7版も見出しにしている。

 『日本国語大辞典』をよみすすめていくと、いろいろな「さかさことば」にであう。

おか〔名〕(「かお」を逆にした語)顔をいう、人形浄瑠璃社会および盗人・てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

おも〔名〕(牛の鳴き声「もお」を逆にした語か)牛をいう、盗人仲間の隠語。〔特殊語百科辞典{1931}〕

かいわもの【―者】〔名〕(「かいわ」は「わかい(若)」を逆にしたもの)若い者、ばくち仲間の子分をいう、博徒仲間の隠語。〔特殊語百科辞典{1931}〕

かけおい【駆追】〔名〕(「おいかけ」の「おい」と「かけ」を逆にした語)追跡されることをいう、盗人仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

かやましい〔形口〕(「やかましい」の「やか」を逆にしたもの)官吏、役人などの監督が厳格である、という意を表わす、てきや・盗人仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

きなこみ〔名〕(「きな」は「なき」を逆にした語で、「泣き込み」の意)でたらめの泣きごとを訴えて同情を得、金品を恵んでもらうことをいう、てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

ぐりはま〔名〕(「はまぐり(蛤)」の「はま」と「ぐり」を逆にした語)(1)かわりばえのしないこと。たいした違いがないこと。ぐりはまはまぐり。(2)物事の手順、結果がくいちがうこと。意味をなさなくなること。ぐりはまはまぐり。ぐれはま。ぐれはまぐり。

げんきょ【言虚】〔名〕(「虚言(きょげん)」を逆にした語)詐欺的行為をいう、盗人・てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

げんきょう〔名〕(「きょうげん(狂言)」の「きょう」と「げん」を逆にした語)芝居のことをいう、盗人・てきや仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

ごうざい【郷在】〔名〕(「在郷」を逆にした語で、もと、人形浄瑠璃社会の隠語)いなか。または、いなか者。

 「ぐりはま」の使用例には「玉塵抄〔1563〕」があげられており、16世紀にはすでにあった語であることがわかる。「さかさことば」にも歴史がある。「ごうざい」の使用例には「滑稽本・戯場粋言幕の外〔1806〕」がまずあげられているので、19世紀初頭にはあった語であることがわかる。

 どうしても細かいところが気になる性分なので、いささか細かいことを述べるが、見出し「かやましい」では「てきや・盗人仲間の隠語」とあって、見出し「げんきょ」「げんきょう」では「盗人・てきや仲間の隠語」とあることには何か意図があるのだろうかなどと思ってしまう。また見出し「げんきょ」と「ごうざい」とでは、「言虚」「郷在」という漢字列を示しているが、見出し「げんきょう」では「言狂」を示していない。また見出し「げんきょう」と「ごうざい」とはともに4拍語で、語の成り立ちが似ているように思うが、見出し「げんきょう」を「ごうざい」と同じように、「「狂言」を逆にした語」と説明することはできないのだろうか。それぞれ何か意図があるのかもしれないが、それがうまくよみとれない。

 上にあげた見出しの語釈では「逆にした」という表現が使われているが、その「逆」の内実はさまざまである。「もお」の逆が「おも」であるという場合は、仮名で書かれている文字列を文字通り逆からよむ、というようなことであるが、「「かいわ」は「わかい(若)」を逆にした」という場合の逆は、そうではない。「わかい」を下からよめば「いかわ」になってしまうので、「文字を入れ替えた」というような表現があるいはふさわしいかもしれない。

 筆者は、見出し「げんきょ」をみて、「ほお」と思った。それは漢語「キョゲン(虚言)」のさかさことばだったからだ。当たり前のことであるが、さかさことばが理解されるためには、もとのことばがわかっていなければならない。「キョゲン(虚言)」をひっくりかえして使うことができる「(文字)社会」では「キョゲン(虚言)」という漢語が使われていた可能性がたかい。「げんきょう」や「ごうざい」も同じように考えることができる。どのような漢語がどのような「(文字)社会」で使われていたかを考えることは、最近、筆者が取り組んでいることであるが、そういうこととかかわりがある。

 上で出典となっているのは『隠語輯覧』『特殊語百科辞典』『日本隠語集』である。今までこういう「方面」のことを調べたことがなかったので、手始めにと思って、『隠語輯覧』と『日本隠語集』とを入手した。いろいろな隠語が載せられていて、おもしろかった。

 さて、最近バブル期をネタにしている女性の芸人がいて、「ギロッポンでシースー」などと言っている。いうまでもなく「六本木で鮨」ということだが、筆者などは(冗談ではなく)ほんとうにこんな語が使われていたのだろうか、と思ったりもする。『日本国語大辞典』には「ギロッポン」も「シースー」も見出しになっていない。それは「新語に強い」ことを謳う『三省堂国語辞典』第7版も同じだ。はたして、これらの語が辞書の見出しになる日は来るのか来ないのか。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第19回 夜光の貝と夜光貝

2017年 10月 22日 日曜日 筆者: 今野 真二

第19回 夜光の貝と夜光貝

 『日本国語大辞典』には次のようにある。見出し「やくがい」も併せて示す。

やこうがい【夜光貝】〔名〕リュウテンサザエ科の大形の巻き貝。奄美諸島以南から太平洋熱帯域のサンゴ礁に分布する。殻はサザエ形で厚く、殻径約二五センチメートルの大きさになる。(略)「夜光」の名はあるが発光することはなく、屋久島から献上されたところから「やくがい」といい、それが変化した語といわれる。殻は古くから螺鈿(らでん)細工に使われ、正倉院宝物の中にもこれを用いたものがある。肉は食用になる。やこうのかい。

やこうのかい【夜光貝】〔名〕「やこうがい(夜光貝)」に同じ。

やくがい【夜久貝】〔名〕「やこうがい(夜光貝)」の異名。

 見出し「やこうがい」の語釈中で使われている「殻径」という語は、貝を見出しとする見出しの語釈中で、30回使われているが、それ自体は見出しとなっていない。「殻」の音は「カク」「コク」であるので、「殻径」が漢語であるとすれば、考えられるのは「カクケイ」「コクケイ」という語形であるが、そのいずれも見出しとなっていない。オンライン版で漢字列「殻径」を検索しても、語釈中で使われた30例しかヒットしないので、見出しにはなっていないのだろう。また現在刊行されている最大規模の漢和辞典といってよい『大漢和辞典』も「殻」字の条中に「殻径」をあげていない。語義はわかるので、「謎」ということはないが、発音がわからないので、「ちょっと謎な語」ではある。

 さて、見出し「やこうのかい」の「辞書」欄、「表記」欄には『言海』があげられている。そこで『言海』を調べてみると、次のように記されている。見出し「やくがひ」も併せて示す。

やくわうのかひ(名) 夜光貝 螺ノ類、盃トス、大隅屋久ノ島ニ産ズ。(屋久ノ貝ノ訛カトモ云)

やくがひ(名) 屋久貝 螺(ニシ)ノ類、大隅ノ屋久ノ島ニ産ズ、殻、厚ク、外、青シ、磨キテ器トスベシ。青螺

 『日本国語大辞典』の見出し「やくがい」の「補注」には平安時代、934年頃に成立したと推測されている辞書、『和名類聚抄』(20巻本)の記事が紹介されている。『和名類聚抄』は巻19の「鱗介部」の「亀介類」の中で、「錦貝」を見出しとし、その語釈中で、この「錦貝」を「夜久乃斑貝」であることを述べ、俗説であることを断りながら、「西海有夜久島彼島所出也」(西海に夜久島があって、そこで産出する)と述べる。「夜久島」は現在の屋久島と考えることができそうだ。筆者は「夜久乃斑貝」の「斑貝」はどう発音するのだろう、つまりどういう発音の語を書いたものなのだろうとまず考えるが、『日本国語大辞典』には「やくのまだらがい」という見出しがある。つまり、『日本国語大辞典』は「斑貝」は「まだらがい」という語を書いたものと判断していることになる。

やくのまだらがい【夜久斑貝・屋久斑貝】〔名〕貝「にしきがい(錦貝)」の異名。

 こうやって、次々とわからないことを調べ、確認していくと、いつのまにか、今自分が調べていることは何か、明らかにすべきことは何か、ということを見失うことがある。そんなばかな、と思われるかもしれないが、案外そういうことはあるし、日本語について書いてある本の中にも、そういう「傾向」のものはあるように感じる。

 筆者が思ったことは、屋久島で採れる貝であれば、「屋久の貝(やくのかい)」という語形が自然なものだろうということで、この「ヤクノカイ」が「ヤコウノカイ」へと変化した「道筋」は単純には説明しにくいが、「ヤク」の部分が長音化していくというような「道筋」でさらなる音変化が起こったと考えることはできそうだ。そうやって「ヤコウノカイ」という語形ができ、それを漢字で「夜光貝」と書いていた。この「夜光貝」を漢字そのままに発音するようになって、「ヤコウガイ」という語形が発生する、という「順番」があるだろうということだ。もしもこの推測があたっているとすれば、「ヤコウノカイ」と「ヤコウガイ」とは語義はまったく同じということになり、かつ語形もほとんど同じで、両語形が併存しにくい。「ヤコウガイ」がうまれると「ヤコウノカイ」は消えてしまいやすいと思われる。そういう語形も辞書には残る。

 さて、少し観点が違うが、「菜花」はどんな語形を書いたものだと思いますか。『三省堂国語辞典』第7版は見出し「なのはな」を「アブラナ(の花)。春、畑一面に黄色く さく」と説明し、見出し「なばな」を「ナノハナの、食材としての呼び名」と説明している。「なのはな」の語釈の「畑一面」は雰囲気がでていていいなと思う一方で、畑だけに咲くわけではないのでは? と思ったりもするが、そんなことをいうのは野暮でござんしょう。これはもともとは「ナノハナ」という語形のみだった。それを「菜の花」ではなくて「菜花」と書く書き方がうまれた。その「菜花」が食材としての菜の花の表記によく使われ、それを文字通り「ナバナ」と発音するようになった。それから「ナノハナ」と「ナバナ」との「すみわけ」が起こった、というような「道筋」ではないかと推測している。さらにいえば、「サイカ(菜花)」という漢語も存在している。これも『日本国語大辞典』は見出しとしている。

 「タラノコ」を「タラコ(鱈子)」といい、「フカノヒレ」を「フカヒレ」という。「タラノコ」「フカノヒレ」はもはやほとんど使わない語形になっている。『日本国語大辞典』は見出し「たら(鱈)」の後ろに「たらのこ」をあげており、そこには17世紀の使用例があげられている。また「ふかのひれ」はちゃんと見出しになっている。『言海』も「ふかのひれ」を見出しとしているので、『言海』が完結した明治24(1891)年には確実に存在した語であることがわかる。『日本国語大辞典』は見出し「ふかひれ」の使用例としては、「英和商業新辞彙〔1904〕」をあげている。ちなみにいえば、『三省堂国語辞典』第7版は「タラノコ」「フカノヒレ」を見出しとせず、見出し「ふかひれ」の語釈末尾に「ふかのひれ」と記している。

 ことばは変化していくものだ。それを歎くつもりはない。ただ、その変化の過程は知っておきたいと思う。そんなことも辞書をよむとわかってくる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第18回 ガトフフセグダア

2017年 10月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第18回 ガトフフセグダア

 タイトル「ガトフフセグダア」が何のことかおわかりになるでしょうか。筆者は『日本国語大辞典』をよんでいて、このことばにであった。

あごつかい【顎使】〔名〕高慢、横柄な態度で人を使うこと。あごさしず。*ガトフ・フセグダア〔1928〕〈岩藤雪夫〉二「気弱で温純だといふ点からメーツ等に寵愛されてナンバンにまで成り上った彼には下の人間をすら余り頤使(アゴヅカ)ひ能(でき)る勇気の持合せがなかった」

 『日本国語大辞典』のオンライン版で検索してみると、『日本国語大辞典』全体では、この岩藤雪夫「ガトフフセグダア」が221回、使用例としてあげられていることがわかる。今回の「『日本国語大辞典』をよむ」の「よむ」には使用例をよむということは含めないと最初に述べたが、それは「必ずよむ」ことにはしないということであって、当然使用例をよむこともあるし、「出典」をみることもある。最初は気にならなかったが、何度か目にするうちに、この「ガトフフセグダア」が気になってきた。作品名であることはわかるが、不思議な作品名である。

 そこで、グーグルで検索をしてみると、なんと3件しかヒットしない。古本サイトなども使って、この作品が「現代日本文学全集86」『昭和小説集(一)』(1957年、筑摩書房)と「日本現代文学全集69」『プロレタリア文学集』(1969年、講談社)に収められていることがわかり、その両方を注文して、購入した。

 「ガトフフセグダア」は作品の中に次のようにでてくる。

「やい山。」と彼は一寸踊を止めて私を眺めた。「ガトフ・フセグダアてことを知つてるかい?」

「何、ガトフヽヽヽガトフヽヽヽ何だいそれは、まさか火星の言葉でもあるまいし。」

「ロシア語だよ、俺がサガレンの漁場にゐる時に教はつたんだ。ね君は知つてるかい、レニンて怪物を。」と彼は節くぶしに毛の密生した右手の親指を突き出して言葉の調子を改めた。

「レニン、知つてるさ、それあ……」

「さうさ、知つてるだらう、吾々の恩人レニン。な、彼が云つたんださうだ。『ガトフ・フセグダア』つてね。上(うは)つ面(つら)は何んな間抜面をしてゐてもいい。然しいいか、『ガトフ・フセグダア』だ。『常に用意せよ。』ていふんだ。ね解つたかい。此船で君となら先づ話が出来さうだ。解つたかい、解つたらお終ひと、こらさつと。」

そして彼は又踊つた。(昭和小説集(一)132ページ)

 「ガトフフセグダア」はロシア語で「常に用意せよ」という意味だった。このことについて、インディペンデント・キュレーターとして、国内外の美術館・ギャラリー・企業の依頼で、展覧会の企画などを行い、翻訳もしている高等学校時の同級生にたずねてみた。すると、「ピオネール」という、ボーイスカウトに倣ったソ連の少年団のスローガンが、ボーイスカウトの「Be prepared(備えよ常に)」に倣った「フシェグダー・ガトーフ(何時でも準備よし!)」であることを教えてくれた。「ピオネール」のシンボルマークに、レーニンの横顔とこのスローガンが書かれていることも、ネットの検索でわかった。

 さて、作者の岩藤雪夫は明治35(1902)年生まれで、平成元(1989)年に没している。他の作品も読んでみたくなったので、日本プロレタリア傑作選集の1冊となっている『血』(1930年、日本評論社)、新鋭文学叢書の1冊となっている『屍の海』(1930年、改造社)も入手した。後者の表紙見返しページには「労働者を友とせよ 鷲目原」という書き込みがされ、それに赤鉛筆で×をして「中村廣二」と書かれている。奥付の前のページには赤鉛筆で「示威運動」、ペンで「爆発」と書かれていて、こうした本が出版されていた時期の「熱」のようなものを感じる。

 『日本国語大辞典』を丁寧によんでいくと、自分が知らない「出典」が数多くあげられている。それは古典文学作品でもそうだ。「知らない」ということはこれまであまり接点がなかったということであり、それは自身の限定された興味に起因するということもあるだろう。そうした自身の「偏り」を知り、修正する機会を与えてもくれる。「これはおもしろそうだな」と思った作品をよんでみる、というようなことも『日本国語大辞典』をよむ楽しさの1つであろう。

 筆者が岩藤雪夫の作品を少し読んでみようと思ったのは「プロレタリア文学」というくくりに、ちょっと「反応」したからだ。中学校や高等学校の、おそらく文学史で聞いたことばだろうと思うが、「プロレタリア文学」といえば、小林多喜二の『蟹工船』、あとは徳永直の『太陽のない街』だろうか。黒島伝治の名前もそういう中で知ったように思う。しかし、実際にこれらの作品を読んだかというと、そうでもないことに今回気づいた。「プロレタリア文学」とくくられる文学作品が文学史に足跡を刻んでいることはたしかなことであろうが、それを「今、ここ」のものとしてとらえることはほとんどないだろう。そういうことを考えさせられた。

 入手した『血』におさめられている『ガトフ・フセグダア』の冒頭(6行目)には次のようにある。

エンヂン場(ば)は夕暮(ゆふぐれ)の牢獄程(らうごくほど)に暗(くら)かつた。「持出(もちだ)しワッチ」に当(あた)つた私達(わたしたち)フィアマンは赤鬼(あかおに)みたいにスライスバアやスコップを振(ふ)り廻(まは)して圧力計(プレシユアゲージ)と睨(にら)めつこをしてゐた。

 『日本国語大辞典』は上にみられる「フィアマン」や「プレシユアゲージ」も見出しとはなっていない。見出し「ファイアマン」の語釈中に「フィアマン」があり、「プレッシャーゲージ」を見出しとしている。ただし、使用例としては、上の箇所をあげているので、語形としては小異とみているのだろう。その一方で、「エンジンバ(エンジン場)」や「モチダシワッチ(持出しワッチ)」、「スライスバア」は見出しとしていない。外来語を見出しにするのには限界があるだろうから、それは当然のこととして、筆者としては、「エンジンバ(エンジン場)」のような複合語は、できるだけ見出しになっているといいと思う。この場合は「エンジン」に和語「バ(場)」が複合した複合語であるので、「バ」がそうした造語力をもっていたことを窺わせる語の例ということになる。どうしても、そのような「日本語の歴史」を思い浮かべながら『日本国語大辞典』をよんでしまうが、あれこれと想像しながらよむのはやはり楽しい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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