「ひとに優しい」辞書をめざして-英語辞書の「操作性」を考える-

2008年 6月 13日 金曜日 筆者: 関山 健治

英語辞書攻略ガイド (8)

Windowsが影も形もなかった約15~20年前のパソコンの多くは,ファイルをコピーする際には “copy bunsho.jxw a:\doc” というように,MS-DOSコマンドを手入力する必要がありました。「パソコンを使いたければ,時間をかけて操作を覚えなさい」という考えが当たり前だった時代なら,それでもよかったのかもしれません。しかし,最近では,パソコンはごく一部の専門家のものではなく,鉛筆やノートと同じような文房具として,「誰でも直感的に使える」ということが求められるようになってきました。アイコンをドラッグ&ドロップするだけでコピーできるようになったのも,パソコンがユーザー(利用者)に歩み寄った結果と言えます。

辞書についても同じことが言えます。たとえば,学習者向け英英辞典の中でも最も歴史のあるOALD (Oxford Advanced Learner’s Dictionary)の第3版(1974年)では,目的語に-ing形をとる他動詞は「VP (=Verb Pattern) 6D」と表記されていました(図1)。これだけでは何のことかさっぱり分かりませんが,巻末の動詞形一覧表で6Dのところを見ると,目的語に-ing形をとる形であることが分かります。辞書ユーザーにとっては,いちいち文型一覧表と照合しないといけないというのは非常に不便ですが,大量の情報を圧縮して収録することが辞書編纂で最優先されていた当時は,ユーザー側が努力して辞書の記述になじむしかなかったのです。

図1:OALD3(1974年)
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しかし,1980年代以降,各社から学習英英辞典が新刊行されるようになり,英語辞書学でも,辞書の「扱いやすさ」(user-friendliness)が盛んに議論されるようになってくると,辞書の記述も大きく変わってきます。たとえば,1989年に改訂されたOALDの第4版では,Tg(他動詞=vt.+-ing)のようになり(図2),さらに,第5版(1995年)は,V.ingと表記され(図3),初めて英英辞典を使う人でも直感的に理解できるようになりました。

日本の英和辞典の文型表記も,以前は5文型をもとにした表記がほとんどでしたが,最近の辞書は,海外の学習英英辞典にならい,英文法の知識がそれほどなくても理解できるような記述をした辞書が増えています。

図2:OALD4(1989年)
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図3:OALD5(1995年)
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文型表記に限らず,英和辞典の見やすさ,使いやすさは,ここ数十年で急速に改善されてきています。図4は1983年に刊行された『グローバル英和辞典』,図5は2004年に改訂された『グランドセンチュリー英和辞典』の紙面ですが,『グランドセンチュリー英和辞典』では,重要語,重要語義を色刷りにして大活字にしたり,多義語は冒頭に見取り図(「意味の窓」)を設けることで必要な語義を素早く検索できるようにするなど,使い勝手が大きく向上していることがわかります。

図4:『グローバル英和辞典』(初版:1983年)
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図5:『グランドセンチュリー英和辞典』(第2版:2004年)
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電子辞書は“ユーザーフレンドリー”か?

冊子辞書の操作性が急速に進歩する一方で,最近は電子辞書が中学,高校の教育現場まで浸透してきています。「求める単語を素早く引きたい」という,昔から辞書ユーザーが誰でも抱く根本的なニーズに応えた電子辞書は,辞書の操作性を大幅に向上させたと言えるかもしれません。

しかし,電子辞書は,液晶画面というハードウェアの制約もあり,冊子辞書の見やすさには足元にも及びません。意外に感じるかもしれませんが,数十万色を再現できるカラー液晶を搭載した高級機種でも,カラーで表示されるのは主に図版に限られており,冊子辞書のように重要な見出し語や語義がカラーで表示される機種はまだ出ていません。冊子辞書がこの20年間で格段に見やすくなっているのに,最新の電子辞書でさえ,それにまだ追いつけていないのです。検索時間が速くなっても,辞書の情報を読み取るのに冊子辞書以上に時間がかかっては元も子もありません。

私たち教員は,「辞書をじっくり読みなさい」と授業で口を酸っぱくして言いますが,電子辞書の液晶画面に表示される膨大な情報を持てあまし,結局は受験単語集と同じように訳語だけざっと見て終わりにする生徒が昔以上に増えているように思います。電子辞書の時代だからこそ,冊子辞書ならではの「ユーザーにとっての使いやすさ」を生徒に紹介し,「冊子辞書は,思ったより見やすい,使いやすい」と生徒に感じてもらう辞書指導が望まれているのではないでしょうか。

次回は,日本の英和辞典にも大きな影響を及ぼした,海外各社の学習英英辞典をとりあげながら,高校生でも使える英英辞典の使い方,英和辞典との使い分け方などをとりあげたいと思います。


【筆者プロフィール】

関山健治(せきやま・けんじ)
1970年愛知県生まれ。南山大学大学院外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了(応用言語学),愛知淑徳大学大学院文学研究科英文学専攻満期退学(英語辞書学・語用論)。現在,沖縄大学法経学部准教授。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007,小学館),『ウィズダム英和辞典第2版』(共同執筆,三省堂,2006),訳書に『英語辞書学への招待』(共訳,大修館書店,2004),『コーパス語彙意味論』(共訳,研究社,2006)などがある。


【編集部より】
英語辞書界にこの人ありと言われる関山健治先生に,英語の辞書に関する有益な情報を集中連載していただきます。
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英語辞書攻略ガイド (7)

2008年 5月 30日 金曜日 筆者: 関山 健治

英語辞書の重要度ランクと英語学習

いわゆる「英語名人」の武勇伝としてよく例に出されることですが,昔の英学者達の中には,辞書を最初のページから丸暗記し,覚えたページは食べてしまったという,強靱な胃袋を持っている人もいたそうです。学習英和辞典というものがほとんどなかった頃なら,辞書に載っている単語を闇雲に覚える人も珍しくなかったのかもしれませんが,最近の学習辞書には,非常に細かな重要度ランクが星印で記載されているので,胃腸の弱い人でも効率的に英語学習を進めることができます。

昔の学習英和辞典は,英語圏で何十年も前に構築された基本語彙リストや執筆者の直感などをもとに重要度ランクが決められているものが多くありました。そのため,私たちが日常的に目にする大学入試問題や資格試験,教科書等の英文の出現頻度とは少なからずずれがあったように思います。しかし,最近では,三省堂コーパスなど,日本人の英語学習に特化したコーパスを参考にすることで,より実際の出現頻度に近いランク付けがされています。一方で,従来よりも重要度ランクが細かく区分されるようになり,「どのランクの単語まで覚えればいいのか」と疑問を抱く学生や教員も多くいるのではないでしょうか。

今回は,前回考察した,『グランドセンチュリー英和辞典』『ウィズダム英和辞典』の全見出し語のカバー率データをより細分化し,重要度ランクごとのカバー率を算出してみました。結果は,以下のグラフの通りです。このグラフは,実用英語技能検定,センター試験のカバー率を,各英和辞典の重要度レベルごとの累計で示したものです。たとえば,グラフ1(グランドセンチュリー英和辞典)の場合,センター試験の「**」ランクのカバー率が約76%となっていますが,これは,『グランドセンチュリー英和辞典』の上位2ランク(「***」と「**」)の見出し語のみで,大学入試センター試験の長文問題で出現した単語の約76%がカバーできることを意味します。

(グラフ1)重要度ランク別累計カバー率(グランドセンチュリー英和辞典)
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(グラフ2)重要度ランク別累計カバー率(ウィズダム英和辞典)
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これらのグラフを見ると,とくに英検2級とセンター試験では,『グランドセンチュリー英和辞典』『ウィズダム英和辞典』ともに,「**」ランクでカバー率が急増していることが分かります。このランクは「高校学習語(高校必修相当語彙)」とされており,約2800語が含まれていますが,「中学学習語(中学必修相当語彙)」の「***」ランク(約900語)と合わせて約3700語をマスターすれば,センター試験をはじめとした標準レベルの大学入試や,英検2級などの高校卒業程度の資格試験においても,約8割の単語がカバーできることになり,必要十分な語彙力を身につけることができると言えます。“ウィズダム”,“グランドセンチュリー”とも,「***」「**」ランクの語は大活字で表示されていますので,「高校3年生までに,大きな活字の見出し語の単語をすべてマスターすること」というような指導をすることで,より効率のよい単語学習をすることができます。

最近は,受験用単語集を辞書のかわりに使う高校生も増えていますが,受験用単語集は,中学,高校初級レベルの基礎的な単語が出ていないことが多く,とくに英語が苦手な受験生の場合,重要な単語が漏れてしまうこともあります。一方,辞書の重要度表記は,中学1年レベルの単語から,英語を専門にする大学生でも知らない単語まで,もれなく記載されていますので,「知らない単語を辞書で引いたら,必ず重要度表記もチェックし,単語帳に書き写す」ということを習慣にさせるとよいのではないでしょうか。「この単語は受験でよく出ますか?」と教員に質問する生徒も多くいますが,未知語を辞書で引いた際,「覚えるべき単語かどうか」を,重要度表記を参考にして自分で選別させることも有効でしょう。

次回は,最近の英語辞書に見られる「使いやすさ」に焦点をあて,「辞書」という書物が「いまどきの英語学習者」にどう歩み寄ろうとしているのかを考えてみたいと思います。


【筆者プロフィール】

関山健治(せきやま・けんじ)
1970年愛知県生まれ。南山大学大学院外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了(応用言語学),愛知淑徳大学大学院文学研究科英文学専攻満期退学(英語辞書学・語用論)。現在,沖縄大学法経学部准教授。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007,小学館),『ウィズダム英和辞典第2版』(共同執筆,三省堂,2006),訳書に『英語辞書学への招待』(共訳,大修館書店,2004),『コーパス語彙意味論』(共訳,研究社,2006)などがある。


【編集部より】
新学期にあたり,英語辞書界にこの人ありと言われる関山健治先生に,英語の辞書に関する有益な情報を短期集中連載していただきます。
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英語辞書攻略ガイド (6)

2008年 5月 16日 金曜日 筆者: 関山 健治

学習英和辞典の収録語数

学生にとっても,教員にとっても,辞書を買おうとする時に最も気になることが,「どれぐらいたくさんの語が収録されているか」ということなのではないでしょうか。さすがに,「語数が一番多い辞書を買いなさい」などと言って,高校新入生に『グランドコンサイス英和辞典』などの一般英和辞典をすすめるようなことは最近はないと思いますが,同じ学習辞典であれば,少しでも語数の多い辞書を買わせたいと考える先生方は少なからずいらっしゃるようです。大学新入生を見ていても,英語が苦手な学生が,高校入学時に指定されたと言って『ウィズダム英和辞典』などの上級学習英和辞典を苦労して引いていたり,多くの電子辞書に収録されている,数十万語を収録した学習大英和を背伸びして使っている学生がかなりいます。

近年は,ネット掲示板などで「高校初級レベルの学習英和辞典では,センター試験や各種の資格試験には対応できないので,大学進学をめざすのであれば,上級学習辞典を使うべきだ」と言った風評も散見されます。たしかに,三省堂の学習辞書の場合,高校初級向けの『ビーコン英和辞典』の見出し語数が約47,300,上級向けの『ウィズダム英和辞典』が約90,000と,同じ学習辞典でも約2倍近い開きがあり,数値だけで見れば,収録語数の差は歴然としているように見えます。大辞典クラスの辞書が電子辞書に搭載される現在では,上級レベルの学習英和辞典でさえ,「難関大学の入試には対応できない」などと批判されかねない状況です。

しかし,実際にそのようなことがあり得るのでしょうか? 客観的な検証をするために,ビーコン,グランドセンチュリー,ウィズダムの全見出し語一覧をデータベース化し,手元にあるセンター試験長文(2000年度~2006年度までの本試験・追試験の大問4~6の本文)と英検長文(2004年度第3回~2007年度第3回までの1級~準2級の長文本文)のコーパスと突き合わせ,辞書ごと,試験種別ごとのカバー率を算出してみました。

算出にあたっては,長文問題本文の単語すべて(固有名詞,専門用語等も含む)を分析対象とし,変化形をすべて原形に置き換え(レマ化)た上で,各長文問題の出現語リストを作成しました。このリストと辞書ごとの見出し語一覧をコーパス分析ソフトで照合し,合致する語の割合を示したものがカバー率になります。たとえば,ある辞書のカバー率が100%であれば,長文問題に出てくる語のすべてがその辞書の見出し語に出ていることになります。

結果は,次の表の通りです。

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辞書執筆に携わる者として,収録語数に関わる様々な風評は,以前から眉唾だと感じてきましたが,この表を見ると,私の想像以上にカバー率が高いことに驚かされます。

収録語数が最も少ない『ビーコン英和辞典』でさえ,実際には,センター試験は言うまでもなく,英語母語話者でも手強い難語が出題されることで有名な英検1級の長文問題でも,カバー率は8割を優に超えています。高校生の多くが受験する英検2級やセンター試験レベルなら,どの辞書でも9割以上のカバー率をマークしており,収録語数に関しては,辞書間の格差はほとんどないことがうかがえます。

もっとも,カバー率にそれほど差がなくても,『ウィズダム英和辞典』をはじめとした上級レベルの学習辞典には,詳細な文法,語法解説や,用法上の様々なラベルなど,より詳しい情報が盛り込まれています。そのため,高校入学時に『ビーコン英和辞典』で基礎を身につけ,英語が得意になった生徒が,大学受験を前に『ウィズダム英和辞典』に買い替えるということはごく自然なことですし,無理に背伸びをすることなく,常に自分の実力にぴったり合った辞書を信頼して使うということは,英語学習を効率よく進める上でも重要なことでしょう。収録語数の数字で辞書の優劣を判断するのではなく,どの辞書でも高校の教科書は言うまでもなく,難関大学を含めた受験にも対応していることを生徒に理解させ,自分のレベルにあった辞書を自信を持って使わせたいものです。

次回は,今回の分析をもとに,辞書の頻度・重要度表示(星印)とカバー率の検証を行いたい,高校生の大きな関心事である,「このレベルの試験を受けるには,辞書のどの単語を覚えるといいか」ということに迫ってみたいと思います。


【筆者プロフィール】

関山健治(せきやま・けんじ)
1970年愛知県生まれ。南山大学大学院外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了(応用言語学),愛知淑徳大学大学院文学研究科英文学専攻満期退学(英語辞書学・語用論)。現在,沖縄大学法経学部准教授。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007,小学館),『ウィズダム英和辞典第2版』(共同執筆,三省堂,2006),訳書に『英語辞書学への招待』(共訳,大修館書店,2004),『コーパス語彙意味論』(共訳,研究社,2006)などがある。


【編集部より】
新学期にあたり,英語辞書界にこの人ありと言われる関山健治先生に,英語の辞書に関する有益な情報を短期集中連載していただきます。
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