明解PISA大事典:読解力の問題と素材文「素材文はひとつ 解釈も…

2009年 6月 5日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第5回 素材文はひとつ 解釈もひとつ?

 フィンランドの教育がそれほど有名ではなかったころの話である。

 私はフィンランド中西部の人口800人ほどの村にいた。「国際理解週間」ということで、村の唯一の小学校に招かれたのである。その村に外国人が来るのは10年ぶりのこと。しかも珍奇なる日本人である。てんやわんやの大騒ぎとなった。

 一連の行事の途中で長大な空き時間ができた。なにごともユルユルのフィンランドではよくあることである。そこで中学年の複式学級で物語を語ることになった。語ったのは『スイミー』。小さな赤い魚のきょうだいの中で一匹だけ黒いスイミー。きょうだいをみな大きな魚に食べられてしまったスイミー。大きな魚をみんなで追いはらったスイミーの物語である。そのときは特に思惑があったわけではない。いきなり日本の昔話を語っても理解しにくいだろうと思った程度のことだ。

 語り終えたとき、ひとりの男の子が手をあげた。

「スイミーは指揮官なんだね」

「なぜ?」と私が問う。子どもが何か考えを述べたとき、「なぜ?」と問うのはフィンランド教育のきまりのようなものだ。

「みんなを率いて大きな魚を追いはらったから」

「でも、あんまりいい指揮官じゃないよ」とほかの男の子が言う。

「なぜ?」

「『外に出ると楽しいよ』なんて軽薄な理由でみんなの命を危険にさらしたから」

 話が思いがけない方向に進んだものである。スイミーは指揮官――それまでの私にはまったくない発想だった。

 この経験をきっかけとして、私はフィンランド各地の小学校で『スイミー』を講じた(*)。すると多くの子どもたちがスイミーをリーダーとして認識したのである。物語『スイミー』から「集団にはリーダーが必要だ」という教訓を読み取ったのである。

 日本でも各地の現場の協力を得て、フィンランドと同じ流れで(高学年の児童を対象に)『スイミー』をやってみた。すると日本では「協力することの大切さ」を教訓として読み取る場合がほとんどだったのである。

 同じ素材文であっても、それを異なる文化的背景を持つ子どもたちが読むとき、その解釈は大きく異なるのである。

 私はフィンランドの子どもたちに語った。
「日本の子どもたちは、この物語から『協力することの重要性』を読み取るんだよ」

 日本の子どもたちにも語った。
「フィンランドの子どもたちは、この物語から『リーダーの必要性』を読み取るんだよ」

 どちらの国の子どもたちも最初は変な顔をする。それまでの自分たちにはまったくない発想を示されたからだ。だが、きちんと説明すれば納得する。自分たちはそう考えないが、ほかの国の人たちがそう考えるのも分かるというのである。しかし、そのあと――

 フィンランドの子どもたちは言った。
「たしかに協力することも大切だけど、だれのもとで協力が成り立っているのかを考えれば、やはりリーダーが大切なんだと思うよ」

 日本の子どもたちも言った。
「たしかにリーダーも大切だけれど、リーダー1人だけでは何もできないのだから、やはり協力することが大切なんだと思うよ」

 この一連のプロセスに異文化コミュニケーションの要諦がある。

 文化が異なれば、考えかたも異なる。考えが異なるからといって、それを全否定したらコミュニケーションは成り立たない。それを全肯定しても相手に迎合しただけのことである。肝心なのは、まず相手の考えをよく理解し、その正当性を評価すること。正当性を評価したうえで、改めて自分の考えを主張することなのである。

 PISAの読解力で求められているのも、まさにこの能力である。

 いわゆるPISA型の読解問題を「コミュニケーション型の読解問題」ということがある。それは異文化コミュニケーションにおいて必要とされる能力が求められているからなのである。すなわち、素材文に示された考えをよく理解し、それに対する多様な解釈の正当性を客観的に評価し、そのうえで自分の主張を構成していく力――これこそがPISAの読解力で求められている能力なのだ。

* * *

(*)『スイミー』をウラル語圏共通の言語教材の素材文として提案したこともある。そのときの経緯については
『三省堂 国語教育 ことばの学び』vol.17「ヨーロッパで読解教材をつくる」
 (http://tb.sanseido.co.jp/kokugo/kokugo/magazines/lang-edu/pdf/017_pdf/017_002.pdf)

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

* * *

【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。


明解PISA大事典:読解力の問題と素材文「素材文の理想と現実」

2009年 5月 29日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第4回 素材文の理想と現実

フィンランドの女子が購読する「馬の友」 読解力の問題は素材文が命である。

 素材文を選定するときは、子どもの興味や関心を第一に考えなければならない――「学習者中心」という考えが広まるにつれ、こういわれるようになった。

 この風潮に眉をひそめるむきも少なくない。子どもに迎合しているというのである。今年1月に教科書に関するシンポジウムがあり(1)、そこで「最近の国語教科書は子どもに媚びていてイカン。教科書はリンとしたものでなければナラン」と声高に主張された。私も登壇者の一人だったのだが、父ほどの年齢の方々にそう説教されては返す言葉もない。

 リンとするのは結構だ。だが子どもの視点を無視すべきでもない。学習者中心主義の目的は子どもに迎合することではなく、子どもの自発的な学びをうながすこと。「個人の人生にわたる根源的な学習の力」(2)を測定する、PISAの価値観もまさにここにある。いつでもどこでも自発的に学びつづける人間こそ、世界中で通用する人材ということだ。

 とはいえ、子どもの自発性なんぞにまかせていたら、ますます学力低下するではないかとの反発も根強い。学力にせよ何にせよ国際規格を導入するのは難しいものだ。

 話を素材文にもどそう。

 子どもの興味や関心を第一に考えるといっても、PISAのような国際的な問題をつくる場合と、国内向けの問題をつくる場合では事情が異なる。国によって、文化によって、興味や関心の対象は違うからだ。

 フィンランドで中学生対象の言語教材の開発をしていたときのことである。どういう素材文にしようかと相談するなかで、やたらと「馬」という単語が出てきた。「やはり馬か?」「いや、前も馬だったし……」といった具合である。フィンランドの中学生の興味や関心の対象といえば「馬」だというのだ。

 うま? 不思議に思うかもしれない。実はフィンランドの若者、特に女子の理想の趣味は乗馬なのである。セレブな趣味だと思うかもしれないが、それは日本の感覚。馬といっても競走馬ではないから、値段も維持費もさほど高くはない。郊外に出れば車道のわきに馬道があって、馬に乗った老若男女がゆらゆらと行き来している。フィンランドの国語教科書に『馬の友』という雑誌を講読する女の子が登場するが(3)、これはフィンランドでは「よくある女子像」なのである。

 馬をあつかったテキストは素材文としてどうか? フィンランドであれば、子どもの興味や関心にそった素材文といえる。だが、日本では、子どもの興味や関心を無視した素材文ということになるだろう。ところ変われば興味も関心も変わるのである。

 PISAの参加国は2006年の時点で57カ国。それぞれの国にそれぞれ固有の興味や関心の対象がある。多文化主義を教条的に押し通すならば、固有の要素を強烈に押し出すべきだろう。だが、それでは全体として「子どもの興味や関心を第一に考えている」とはいえなくなる。結局のところ、世界中に共通する要素をあつかった、最大公約数的な内容にならざるをえない。これが国際的な読解力の問題の宿命であり、国内だけで実施する国語テストとは大きく異なる点である。

 国際的に読解力を測定するという意味では、PISAはきわめて現実的である。だが「国際的」という言葉を外せば、決して理想的ではない。PISAの追求する読解力を育むのなら、PISAの現実ではなく理想を見たほうがよい。PISAの現実、PISAの枠組み、PISAの限界から一歩進めて考えるべきなのだ。

* * *

(1)平成21年1月31日 シンポジウム「活字文化の振興における教科書の役割」於銀座フェニックスホール 主催:(財)文字・活字文化推進機構
(2)『キーコンピテンシー―国際標準の学力を目指して』ドミニク・S・ライチェン、ローラ・H・サルガニク編著/立田慶裕監訳/明石書店 2006年
(3)『フィンランド国語教科書 小学4年生』p53 メルヴィ・バレ、マルック・トッリネン、リトバ・コスキパー著/拙訳/経済界 2005年

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
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明解PISA大事典:グローバル・スタンダード「夢の多文化主義」

2009年 5月 22日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第3回 夢の多文化主義

 PISAの読解力は多文化主義をとっている。いろいろな国からいろいろな文化を反映した問題を募集して採用しているのだという。

 多文化主義。いい響きだ。さまざまな文化が平等な立場で共存できるような感じ。かくして世界平和が達成される――ような気さえする。

 読解力は言葉が勝負。多文化主義とくれば多言語主義といきたいところだが、そうは問屋がおろさない。いろいろな文化を反映しているのはいいが、それがいろいろな言葉で書かれていたら、いろいろな国の子どもが受ける国際テストとして成り立たないからだ。

 PISAの言語に関して、「調査問題の国際標準版は英語及びフランス語で用意され」ているという(1)。英語表記とフランス語表記の問題を正文とし、それを各国語に翻訳して使うのである。多文化主義だが二言語主義なのだ。

 これがどういう状況かというと、たとえば日本文学を素材として日本語で問題提案したとしよう。提案された問題は英語とフランス語に翻訳される。そして、もとが日本語であるにもかかわらず、英語とフランス語に翻訳されたものが正文になるということだ。「吾輩は猫である」は「I Am a Cat」「Je suis un chat」となって正式な姿を得るのである。

 多文化主義でも二言語主義では、読解力の問題はかなり限定的なものとなる。

 たとえば、私は「吾輩は猫である」について、猫ごときが「吾輩」などという大時代な一人称を使っているあたりに独特のおかしみを感じる。しかし、「I Am a Cat」と「Je suis un chat」の前では、そのような議論はハナから成り立たない。逆にいえば、そのようなところにおかしみを感じようと感じまいと関係ないところで、PISAの読解力の問題は成り立っているということである。

 日本語が特殊だとか、日本語は繊細だが英語やフランス語は粗雑だと言いたいのではない。日本語独特の表現が英語やフランス語では訳しきれないように、英語やフランス語独特の表現も日本語では訳しきれないのである。特に表現が生命の文学作品には、完璧な外国語翻訳など絶対にありえないのだ。

 二言語主義にはもうひとつ論点がある。英語やフランス語に翻訳できない概念や、翻訳したら意味が変わってしまうような概念を含んだ問題は、まず採用されないだろうということ。つまり、もともとの問題がどのような言語でつくられ、どのような文化を反映していようと、結局は英語の言語文化とフランス語の言語文化になじむものしか採用されない可能性が高いのである。多文化主義の夢が二言語主義によって打ち砕かれたようなものだ。

 こういった問題については、水村美苗さんが著書『日本語が亡びるとき』(2)で深く掘り下げて論じておられるので、興味のある方はぜひ読んでほしい。

 ちなみに、日本でPISAを実施するときは、英語とフランス語で表記された問題を日本語に翻訳しておこなう。もともとの素材文が日本語だったとしても、正文が英語とフランス語である以上、そこから翻訳しなおさなければならない。そして日本語に翻訳したものが英語とフランス語にきちんと対応しているかどうか、「国際センター」なるところで徹底的にチェックされるのだという(3)。「吾輩は猫である」は「I Am a Cat」と「Je suis un chat」となり、それをまた日本語に翻訳しなおすということだ。

 さて、いったん「I」と「Je」に化けた「吾輩」は、再翻訳によって「吾輩」に戻ることが許されるのだろうか。

* * *

(1),(3)『生きるための知識と技能3』OECD生徒の学習到達度調査(PISA)・2006年調査国際結果報告書 p029/国立教育政策研究所編/ぎょうせい 2007年
(2)『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』水村美苗著/筑摩書房 2008年

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1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
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明解PISA大事典:グローバル・スタンダード「PISAはグローバル・スタンダードなのか?」

2009年 5月 15日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第2回 PISAはグローバル・スタンダードなのか?

 PISAはグローバル・スタンダードの学力を測定するテストだという。グローバル・スタンダード、つまり国際規格の学力ということだ。

 そのようなことが本当に可能なのだろうか?

 数学と科学なら可能なような気がする。しかし読解力では難しそうな気がする。読解力といえば言葉が勝負だ。言葉の違いは翻訳で克服できるのか? 同じ文章を読んでも、文化が違えば受け止めかたも違うのではないか。

 PISAの読解力というと、日本は当初より成績がふるわない。その理由として、欧米的な発想のテストだ、日本人には向かない、日本語は特殊なんだ――というように、文化と言語の違いを強調するむきもある。

 たしかにPISAの公開された問題を見るかぎり、少なくとも日本的ではない。落書きがいいか悪いかなどという下らない議論を、日本のだれがやるものか。こういう益体もないことを理詰めでやりたがるのは、いかにも欧米的である。欧米のスタンダードを「グローバル・スタンダード」というのはおかしいのではなかろうか。

 この点について、私は公開の国際研究会で(1)、PISAの関係者に問いただしたことがある。問いただした相手はACER(オーストラリア教育研究センター)のメンデロビッツ研究員。ACERとは、PISAの読解力の統括を行っている機関。メンデロビッツ研究員はPISAに関わるプロジェクトの責任者である。

 メンデロビッツ研究員によれば、たしかに読解力で「文化」は重大な要素であるという。だが、文化的に中立なテキストを用いると、問題として味気なくなってしまう。だからPISAの読解力では「多文化主義」を目指しているのだという。そのために、できるだけ多くの国から問題を募集しているというのだ。

 それにしては欧米的な発想の問題ばかりではないか――と私は反論した。

 多くの国から問題を募集しているのかもしれない。欧米以外の国も問題提出できるのかもしれない。PISAの読解力に日本文学が出題されることも夢ではないのかもしれない。しかし、OECD加盟30カ国のうち28カ国は欧米圏であり、非欧米圏は日本と韓国の2カ国だけである。多文化主義を標榜しつつも、結局は数の論理で「欧米のスタンダード」=「グローバル・スタンダード」にしているのではないか?

 雰囲気が緊迫したそのとき、韓国の研究者がおもむろに手を挙げた。

 「日本は成績が悪かったから、そんなことを言っているんじゃないか?」

 やられた――と思った。韓国を少数派の仲間と信じて油断した。もちろん成績が悪かったから言っていたわけではないが、そう言われては立つ瀬がない。

 絶句する私を尻目に、韓国の研究者は自国の取り組みについて得々として語った。「韓国の文化は欧米的なのかもしれません」などと皮肉をまじえつつ……(2)

 その国際研究会から1年ほどのち、2006年PISAの結果が発表された。

 読解力で韓国は堂々の第1位。日本は第15位。PISAの読解力が欧米的であろうとなかろうと、非欧米圏の韓国は結果を出したのである。順位を競うことが目的ではないとはいえ、これまた「やられた」という感じだ。

 PISAの読解力が多文化主義を目指しているのは事実である。だが、まだ「目指している」ところであって、現状は模索中といったところなのだろう。

* * *

(1)2006年8月6日 読解リテラシー国際研究会「読解リテラシーの測定、現状と課題~各国の取り組みを通じて~」於東京大学
(2)Sokutei Report Vol.4「2006年度・8月国際研究会報告書」
東京大学大学院教育学研究科 教育研究創発機構 教育測定・カリキュラム開発講座編

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北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
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