シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十四回:フィールドのネコとイヌ

2018年 5月 11日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十四回:フィールドのネコとイヌ


川沿いの集落のイヌたちが出迎えてくれた

 ハンティの多くの家庭ではネコとイヌを飼っています。森に暮らして漁撈(ろう)やトナカイ牧畜等を営む人々だけでなく、村や都市に暮らす人々もネコとイヌを飼育しています。イヌやネコはペットとして飼育されているだけでなく、さまざまな面で人間の役に立っています。

 例えば、ネコがいればネズミによる被害を減らすことができます。ネズミは人間が寝静まったころに活動し始めます。ネコがいない家庭に滞在しているとき、ネズミにパンの耳以外の柔らかい部分をくり抜かれるように食べられたり、収穫したばかりのジャガイモが齧られたりしたことがありました。すぐに食べ物を購入したり誰かと物々交換したりできるような村や町であれば、ネズミによる被害はそれほど困るものではありません。しかし、トナカイ牧畜キャンプや森の中で暮らしている人々は、肉や魚以外の食糧には限りがあります。そのため、ネズミによる被害はたいへんショックなできごとです。このように、ネコは普段何もしていないように見えますが、実は重要な役割を果たしています。


ネコがストーブの近くで眠ると明日は寒くなるといわれている

 かわって、ハンティはイヌを調教して牧畜犬や狩猟犬として使います。森ではイヌたちは放し飼いにされることがあります。彼らは家の周辺の森を歩き回り、カワウソやライチョウなどの獲物を見つけると、吠えて主人に教えます。しかも、獲物をある程度逃げにくい場所に追い込んでおいてくれます。

 トナカイの群れを移動させたり集めたりするのにも、イヌは非常に役に立ちます。イヌがトナカイをじっと見張って通せんぼをすれば、そちらの方向に逃げて行かないし、後ろから吠えて追い立てれば、群れを移動させることができます。イヌは群れの周囲を走り回って、トナカイ群がバラバラに広がるのを抑えて一か所に集めることができます。牧夫は集めたトナカイを橇(そり)につないで使役したり、トナカイにワクチンを打ったりなど、さまざまな作業をします。

 非常に興味深いのは、人間だけがイヌを調教するだけでなく、先輩牧畜犬・狩猟犬が若いイヌに仕事を教えることです。若いイヌは先輩イヌを真似して同じ行動をとり、人間に褒められたり、餌をもらったりしているうちに、次第に人間の合図を学習していきます。このように、イヌと人間・トナカイだけでなく、イヌ同士でもコミュニケーションをとっています。


牧夫の手伝いをするイヌ

 フィールドワークでは、私もネコとイヌとコミュニケーションをとり、彼らにも受け入れられようとします。はじめて訪問する家庭では、私は彼らに不審者扱いされ、よく吠えられたり、齧られたり、無視されたりします。しかし、しばらく一緒に暮らしていると、イヌたちは私と遊びたがり、ネコは私で暖をとり始めます。なぜこれがフィールドワークにおいて重要かというと、文化人類学では、人間と動物の相互関係も文化と考えるからです。人間が一方的に動物に影響を与えるだけでなく、動物も人間に影響を与えます。よって調査では、動物たちが人間の何を見て動いているのか、人間は動物の行動にどのように反応・対処しているかを理解しようとします。

 ひとつそのような例をあげてみたいと思います。2017年2月にトナカイの屠畜作業を見学しました。このときも牧夫たちはそれぞれ自分のイヌを数匹ずつ連れていましたが、あるイヌが縄に絡まって動けなくなっていました。彼は一番暇そうな私に向かって吠えて呼んでいたようでしたが、たくさんのイヌが吠えていたため、私はなかなか気づきませんでした。しかし、彼は私をじっと見つめつづけていたため、私は彼の視線に気づいて縄をほどいてあげました。するとイヌは私の鼻を舐めてお礼をしました。このことから、イヌが人を呼ぶときの特有の声や視線があり、牧夫たちはそれを知っており反応していることが分かってきました。

 ささいなことですが、現地の人たちが普段行っているイヌとのコミュニケーションが行えたこと、イヌの呼びかけに気づけたこと、ずっと私を警戒し続けていたイヌが私を頼り、お礼までしたことが、彼らに受け入れられたようでたいへん嬉しかったです。


集落のイヌ

ひとことハンティ語

単語:Ньотә!
読み方:ニョタ!
意味:助けてください。
使い方:誰かに助けを乞うときに使用します。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

ネコが大石先生で暖をとり始める姿、想像するだけでかわいいですね!そしてイヌも周りの人間関係を見極めて行動しているのですね。イヌもネコも世界中どこにでもいて、それぞれの役割を果たしているということが改めて分かりました。次回は6月8日の更新を予定しています。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十三回:フィールドワークでの振舞い

2018年 4月 13日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十三回:フィールドワークでの振舞い


薪割りをする筆者。
このとき、使用してはならない家の主人の所有物である斧を使っている

 筆者が初めてハンティのところへフィールドワークに行ったときには、彼らの家でどのように振舞えばよいのか、まったく知りませんでした。どのような服装をしたらよいか、どのような行為が無礼なのか、どこに座ればよいのか、誰と話してよいのか、生活のすべてが疑問でした。

 彼らには日本人とは異なる習慣やマナーがあります。生活を送る上で男女の区別があり、性別によって、家の中・外で行ってはならない場所やしてはならない仕事等があります。また、信仰に関係することでは、女性が触れてはならないもの、食べてはならないもの等があります。例えば、クマの毛皮で作られた牽引(けんいん)具を使用したトナカイ橇(そり)に女性が乗ることは禁じられています。あまりハンティの風習を尊重しない若者にそそのかされ、筆者はその橇に乗ってしまったことがあります。そのときは、筆者は年配の方々に叱られ、浄化儀礼を行いました。儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。そして、儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。例えば、調査者である筆者は女性であるため、見ることのできない部分や触ることができない儀礼道具があります。

 加えて、マナーやエチケットも日本とは異なっており、知らず知らずに無礼なことをしてしまっていることもあります。例えば、日本では目上の方の前を通ることが失礼とされていますが、ハンティでは後ろを通ることが失礼とされています。さらに、その地域のハンティ全体で共有している禁止事項もあれば、各親族や家で異なるような禁止事項や習慣もあります。


クマの毛皮の牽引具をつけたトナカイ

 このような禁止事項やマナー違反がまるで網目のように生活のあちこちに張り巡らされています。一歩けば、その網目にひっかかってしまいそうで、なかなか自由に振舞うことができず、フィールドワーク当初は筆者もとても窮屈に感じていました。お世話になる家庭の奥さんは、親切に「分からないことがあれば、何でも聞いてください」と言ってくださいましたが、最初は何を聞けばよいのかも分からない状態でした。ことあるごとに筆者は叱られたり、嫌な顔をされたり、陰で文句を言われたりして、落ち込んだこともあります。


女性は家の裏側に行ってはならない。また、屋根に登ってもいけない

 フィールドワークにおいてこうしたことは、慣れないうちは、かなりストレスです。しかし、ハンティの振舞い方と同じことをして当然と思われているということは、裏を返せば、彼らは筆者を一時滞在の外国のお客さんではなく、ハンティの家に同じように一緒に住まう者として扱おうとしているということです。生活習慣の違いによって叱られるときは、大きなストレスを感じますが、現地の方々に表面的ではなく深く受け入れられているようで、嬉しくも感じます。

ひとことハンティ語

単語:Пуна!
読み方:プーナ!
意味:注いでください。
使い方:年長者がお茶を注いでもらいたいときに、このように言って若者に催促します。お茶を注ぐのは年少者の役割です。また、年少者は年長者やお客さんお茶が空になったら、とにかく注ぎに行きます。このとき「もう一杯いかがですか」と聞いてはなりません。不要な場合は、お客さんが断ります。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

旅行者や部外者ではなくその地域の一員として扱ってもらう。これは信頼関係がないと難しいことですが、大石先生は第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編で紹介されていたような物を準備した上で、コミュニケーションを取り合っているのでしょうね。
冒頭の写真は家の主人の所有物の斧だから使用はしてはいけなかったようです。小さな道具類は個人所有で家族でも共有しない一方で、食べ物やタバコなどの消耗品は分け合わないといけなかったりするようです。どこからどこまでが個人所有なのか、集団所有、共有なのかは文化によってかなり異なりますね。次回は5月11日更新を予定しています。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十二回:ハンティのハンティング

2018年 3月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十二回: ハンティのハンティング


キツネ用の罠(わな). キツネをおびき寄せるための魚が中に仕掛けられており、周辺には罠にはいることをためらったキツネの足跡が見える(2012年ヌムトにて撮影)

 ハンティが利用する動物は、これまで紹介してきた家畜トナカイや淡水魚ばかりではありません。家畜飼養や漁撈(ぎょろう)だけでなく、森の中で動物を捕獲し、その肉や毛皮を利用しています。このように、それぞれ居住地の自然・社会環境に合わせて複数の生業を営み、生活することを生業複合といいます。森に住むハンティは、漁撈とトナカイ牧畜、狩猟、採集、ジャガイモ栽培(半定住の場合)の生業複合を営んでいます。

 ハンティが主に利用している野生動物は、哺乳類ではヒグマ、クズリ、アカギツネ、キタキツネ、イタチ、テン、オコジョ、ミンク、カワウソ、野生トナカイ、ノウサギ、リス等、鳥類ではガン、カモ、ハクチョウ、ライチョウ等です。これらの鳥類には下位分類があり、種によっては国際条約、国・地方行政で狩猟対象としてはならない種が定められていたり、狩猟数が制限されたりしている場合もあります。ハンターたちはそれらを注意深く見極めて狩猟します。

 彼らの狩猟の方法には、罠を仕掛ける方法と銃を使用する方法があります。どちらの猟方法にせよ、ハンティの狩猟は基本的には「待ち」です。漁撈で網や筌(うけ)を仕掛けたり、釣り糸を垂らしたりして、魚がかかるのを待つのと同様に、狩猟においても罠を仕掛けて獣を待ちます。罠の素材は木材ですが、獣の種類によって罠の形状は異なります。住居から徒歩圏に罠を設置したのち、数日から1~2週間に1回の頻度でそれを見に行きます。冬季にはすぐに罠にかかった獲物が凍結するため、毎日見に行かなくても腐らずに保存できます。


キツネを生け捕りにしたハンティ(2012年ヌムト)

 猟銃を使用するときは、自宅周辺に獣が「来た」場合、あるいはスノーモービルやボートで出かけている最中に動物が自分のところへ「来た」場合です。現在は趣味のスポーツのように狩猟を楽しむハンティもいます。しかし、森の中に住む古老たちは自ら積極的に動物を探し求め、追いかけて捕らえるのではなく、獣が自分のところに姿を現したときに狩猟します。鳥類の場合も、同様に自分のところに飛来したときに銃で捕えます。

 さらに、自分たちが食べる分だけしか動物を捕獲しません。手が届きそうなところにリスがいても、捕まえずに無視することもあります。森の中では冷蔵庫がないため長期保存できないから、また貯えずともどこでも動物はいるからというのが理由です。しかし、かつては狩猟を積極的に行っていたこともあったようです。

 筆者がある年配のハンティから聞いたことには、ソ連時代には野生動物の毛皮を国営農場に売り現金を得ることができたので、積極的に狩猟を行っていました。当時、毛皮はソ連の重要な輸出品であり、国営農場を通してシベリアの北方少数民族に狩猟を推奨して、高く買いとっていました。腕のいい少数民族のハンターは行政から表彰されたり褒賞を与えられたりしたそうです。しかし、ソ連崩壊後はそういった販売ルートがなくなったため、あまり積極的に狩猟を行わなくなったと聞きました。


キツネの足跡をたどる(2012年ヌムト)

 森の中を歩けば、獣の足跡や野鳥の影に出会います。しかし、動物たちが現れたとしても、家庭で食べきれないほどの肉や必要のない毛皮のために狩猟は行わないというのが、現在のハンティの狩猟のあり方のようです。

ひとことハンティ語

単語:Муйсар бор?
読み方:ムイサル ボル?
意味:何の動物ですか?
使い方:森の中で獣の足跡を発見したときなど、獣の種類を訪ねるときに使用します。
「ムイМуй」が疑問詞「何」、「ムイサルМуйсар」が疑問詞「何の」であり、「ボルбор」が「獣」という意味です。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十一回:いろいろなトナカイ料理

2018年 2月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十一回: いろいろなトナカイ料理


トナカイ脂肪の燻製(左)とトナカイの煮こごり(右)

 トナカイは橇(そり)をひく家畜というイメージが強いかもしれません。しかし、トナカイ牧夫は、橇をひかせるためだけでなく、肉や毛皮を利用するためにもトナカイを飼育しています。橇をひかせたり、人を騎乗させたり、荷物を運ばせたりするための家畜を役畜(えきちく)、肉を利用するための家畜を肉畜といいます。トナカイは役畜であり、肉畜でもあります。今回は、牧夫たちはどのようなトナカイ料理を食べているかについて書いてみたいと思います。

 屠畜(とちく)は外気温での長期保存が可能な10月~3月に集中しています。屠畜後には、保存方法や部位によって食べ方が異なります。屠畜直後には、顔の肉、脳、肝臓、あばら骨に付いている肉を食べます。肉を一口大にナイフで切り取って塩をつけて食べます。唇や目の周り、頬の肉は繊維が強くなかなかかみ切れないので、数十分かけて噛んで楽しみます。血の滴るぷりぷりした新鮮な肝臓も生のまま食べます。血液も生のまま飲みます。パンや肝臓に血液をつけて食べることもあります。残った血液は凝固しないように塩を入れ、外気で凍らせて保存します。

 新鮮で濃厚な血液を飲むことは、寒さに強いトナカイの体をめぐっていた栄養をそのまま取り入れることです。現地の人々は、冬季の屠畜で湯気の立つ血液を飲むと「力が出る」、「寒さが厳しいときにとても欲しくなる」と言います。トナカイの血液をパン生地に混ぜ込み、フライパンで焼いて、血のパンケーキを作ることもあります。


茹でたトナカイの心臓

 肝臓や血液を食べている間に、消化器系の内臓と心臓を塩で茹でて食べます。消化器系の内臓の内容物を取り出しきれいに洗い、こぶし大に切ってから茹でます。そのまま食べるには大きいので、食卓で各自好きな部位を手に取ってナイフで切りながら食べます。

 冬には外気温ですぐに肉が凍るので、屋根の上や小屋、橇の上などで保存します。暖かくなるまで、凍ったトナカイ肉をナイフで削りながら食べます。とくに脛(すね)やあばらの骨に付いた肉をこの方法で食べます。脛の骨を割って、中の骨髄を食べます。そのまま、あるいはパンにのせて食べます。骨髄は油分が多く、「ちょうどパンにバターを塗るようなもの」と言います。また、骨髄だけでなく、トナカイの脂やクマの脂を溶かしてパンにつけて食べることもあります。内臓周りの網脂(あみあぶら)は乾燥させて保存します。


トナカイ肉のスープ

 腿(もも)や肩などの大きな部分は凍らせて保存しておき、随時のこぎりで切断・解凍して食べます。削ってそのまま食べるほか、スープやプロフ(炊き込みご飯)に入れたり、ミンチにしてカツレツやピロシキにして食べたりします。スープには、マカロニや米、ソバの実、ジャガイモを入れることがあります。そのほか、玉ねぎ、にんにく、にんじんを少量入れることもあります。調味料は塩のみか、あれば胡椒や化学調味料等を使用します。ジャガイモ以外の野菜や穀類、調味料、サラダ油は村や町で購入します。また、春にはトナカイの肉を乾燥させて干し肉をつくり、保存食とします。

 このように、部位や季節によってさまざまな方法で調理して楽しみます。しかし、現地の方々の一番のごちそうは生肉です。牧夫のところに客人が来訪したとき、親戚が集まったときには、凍った生肉と血液でもてなします。苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです。

ひとことハンティ語

単語:Щи. / Атән.
読み方:シ/アートン
意味:はい、そうです。/いいえ、ちがいます。良くない(悪い)と思います。
使い方:はい、いいえで答えられる質問に対する答えで使用します。「アートン」は、否定的な意見を言うときにも使用します。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ料理、というタイトルから「トナカイステーキ」「トナカイハンバーグ」「トナカイのロースト」などの料理を想像しましたが、トナカイの調理法とその食べ方を詳しく紹介をしてもらいました。それぞれの部位を季節ごとに調理法を変えて味わうトナカイ牧夫たちは、トナカイの活用法を熟知していると感じました。
大石先生の最後の文「苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです」に全てが凝縮されていますね。次回の更新は3月9日(金)を予定しています。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十回:魚好きのトナカイ牧夫

2018年 1月 12日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十回: 魚好きのトナカイ牧夫


魚の燻製を嬉しそうに食べる子供

 ハンティが暮らす地域は内陸の低地であり、無数の湖沼が分布し、その間を川が蛇行しています。その水域にはカワカマスやカワスズキ、コイ類、フナ類、コレゴヌス属の淡水魚(シナノユキマスに似た魚)などの淡水魚が豊かに繁殖しています。ハンティは家畜としてトナカイを飼育し、その肉や毛皮を利用してきましたが、同時に淡水産資源も大いに利用して暮らしてきました。

 トナカイを飼育しているからといって、トナカイ肉ばかりを食べているわけではありません。トナカイ牧畜と漁撈(ろう)、狩猟、採集を複合的に営むハンティは、季節によってより手に入り易いものを中心に食べます。魚は夏でも冬でも手に入りますが、トナカイは主に冬に屠畜して食べ、夏にはあまり食べません。冷蔵庫のない森の中では、夏は肉の保存が難しいからです。代わりに、夏は主に魚や渡り鳥を食べます。遡河魚(そかぎょ)は種類によって現れる時期が異なるので、夏から秋にかけて順々にさまざまな遡河魚を楽しむことができます。冬には氷を割って川底に網や筌(うけ)を設置します。冬でも群れが遠くに行ってしまって、トナカイ肉が手に入らないときには、魚で食糧を補います。

 かわって、ハンティの中にはトナカイ牧畜に専念せねばならない専業トナカイ牧夫もいます。そのような牧夫は自ら漁撈を行うことは難しいので、親戚たちと肉と魚を交換してもらい、魚を入手します。ある専業トナカイ牧夫は、「魚を食べるのが身にしみついている。たくさんトナカイを持っているのに、遊牧キャンプにいてもどうしても魚が食べたくなる。そのときは漁撈を行う親戚に頼んで魚を持ってきてもらう」と言っていました。


生のまま凍らせたカワカマスを薄く削ったもの

 ハンティは魚をさまざまな調理方法で食べます。日本と同じく、生食も好んで行われます。春から秋にかけは、獲れたての新鮮な魚を三枚におろして、食べやすい大きさに切り、塩をつけて食べます。冬は獲った魚がすぐに凍るので、凍った魚の肉を薄く削って食べます。魚をぶつ切りして塩茹にしたり、小麦粉でとろみをつけたスープにしたりもします。また、夏には、長期保存用として塩漬けやひもの、燻製を作ります。若い夫婦の家庭ではロシア風の魚料理も作られます。ミンチにしてペリメニ(ロシアの餃子)の具にしたり、小麦粉をまぶして油で揚げたりもします。

 さらに、特徴的な魚料理としては魚油があります。魚油をパンに塗ったり、凍らせたベリーをいれたりして食べます。魚油は夏に魚がたくさん獲れたときに作ります。鱗を取り除いてから、丸ごと大きな鍋に入れて何日もかけて骨肉の形がなくなるまで煮詰めます。すると栄養が凝縮された琥珀色の魚油ができます。魚油は食用だけでなく、トナカイや野生動物の皮鞣(なめ)しにも使用します。皮の繊維に油分を入れることで皮が柔らかくなります。

 このように、トナカイ牧夫たちの体には魚食習慣がしみ込んでおり、そして、彼らがまとうトナカイ毛皮の衣服にも文字通り魚がしみ込んでいます。


魚油と凍ったベリーを混ぜ合わせた料理

ひとことハンティ語

単語:Мєлка юва!
読み方:メールカ ユヴァ!
意味:暖かさよ、来い!
使い方:ストーブの灰を外に捨てながら、このように言います。寒さが厳しいとき、暖かさを呼ぶおまじないです。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

魚油は健康食品やサプリメントのコマーシャルでしか聞いたことがなかったのですが、ハンティの人々にとって身近なのですね。その魚油とベリーを混ぜて食べる料理の味は想像がつきません。機会があれば是非食してみたいです。次回の更新は2月9日を予定しております。お楽しみに!


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第九回:ハンティの暦と年末年始の過ごし方

2017年 12月 8日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第九回: ハンティの暦と年末年始の過ごし方


年末年始に親元に戻ってきた寄宿制学校の子供たち

 ハンティの新年の始まりは、伝統的には初雪が降ったときでした。したがって、気候によって毎年新年の日が異なります。現代の西暦とは異なり、ハンティの暦は太陽の動きや季節的な気候の変化、野生動物の様子、トナカイ牧畜や漁撈(ろう)、狩猟等の季節的な仕事内容などをもとに考えられていました。よって、必ずしも確固とした日付や時間があり、それに合わせて行事や儀礼が行われるというわけではありません。このような自然の変化に合わせて流れ巡るようなハンティの暦は、ロシア正教やソ連・ロシアの統治、義務教育、マスメディア等の影響を受け変化してきました。現在では1月1日を新年の始まりとしています。

 今回は、現代のハンティの年末年始の過ごし方について紹介します。ちなみに、年末の行事というとクリスマスを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、ロシアで普及しているロシア正教の聖誕祭は1月7日に行われます。ハンティの中にもロシア正教を信仰する人はいますが、あまり盛大にお祝いする習慣はありません。

 年末年始には村や森で暮らす人たちのところに親戚が集まります。親戚の家を互いに訪ね合うだけでなく、町や都市部で暮らす家族も森に暮らす実家に帰省します。年末年始には町の学校や仕事は休暇になるので、遠く行きにくい場所にある実家でも行くことができます。森での暮らしは、普段とても静かですが、年末年始は家族や親戚たちが集い、にぎやかに楽しく過ごします。


曲がってしまった漁道具の修理

 日中は、町から来た孫たちと狩猟や漁撈、トナカイ群探しに出かけます。祖父母や両親たちは数日間でも孫たちに森に暮らすハンティの生業技術を見せて学ばせようとします。また、人手のあるこの機会に普段後回しにしてしまっている仕事を済ませようとします。橇(そり)や牽引具、漁道具の修理や薪の貯蔵作りなどを分担して手際よく終わらせます。したがって、年末年始の休暇といえども日中はみんな良く働いています。

 日本のお節料理やお雑煮のような新年の行事食は特にありません。新年に特別に行う習慣ではありませんが、トナカイを所有する世帯では新鮮な肉と血を親戚たちに振舞うために、前年に生まれた雄の仔トナカイを屠畜して食べることがあります。また、親戚たちはたいてい何か食べ物やアルコール飲料のお土産を持って来るので、年末年始の食卓はとても豊かになります。

 夜は語りの時間です。日照時間が最も短い時期のため、午後5時くらいには寝床に横になります。すぐに眠るのではなく、何時間も真っ暗な中で話します。一人が話して他の人々が静かに聞き入ります。森での面白いできごとや町の生活、共通の知人や親戚たちについて、旅行のこと、祖父母がその祖父母から聞いた民話など、たくさんのことを話したり聞いたりして、情報を共有し共感します。

 このように、現在のハンティの新年はいわゆる「伝統的」な暦や行事の意味と異なっています。しかし、森にも村にも町にも家族や親戚がいるという現代的状況の中では、年末年始を共に過ごし、親族のつながりを再確認するという点で重要な機会になっていると、筆者は考えます。


トナカイ探しに出かける父子と筆者

ひとことハンティ語

単語:Тӑӆа йис.
読み方:タラ イイス。
意味:冬が来ましたね。
使い方: 雪が降り、寒くなってきたときに使います。тӑӆには、「冬」という意味と「年」という二つの意味があります。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

新年の始まりが毎年異なっていたというのは現代の日本では想像しづらいですが、ハンティの人々にとって重要なのは、季節や気候、動植物の様子・変化を理解することのようです。日本もかつてはそうだったのかもしれませんね。大石先生からは「大宗教の暦、学校教育、労働者の管理、国民(納税・徴兵)の管理などによって、現代人の暦や年中行事はより強化されているのだと思います。国家や宗教によって管理されているのとは異なった仕組みで、ハンティは一年を認識し、秩序づけています」というお話もいただきました。次回は1月12日の更新を予定しています。


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