シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第五回:トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係

2017年 8月 11日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第五回: トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係


天幕の周りに置かれた橇

 現在では燃料で動くスノーモービルやモーター付きのボートも使用しますが、燃料の不要なトナカイ橇は、変わらず現地の人々の便利な交通手段であり続けています。トナカイ牧夫の住んでいる深い森の中には車が通ることのできるような道はありません。トナカイ橇は木を切り倒しただけの獣道や凍った湖川の上を走ります。天幕を運んで季節移動するときだけでなく、狩猟や漁撈(ぎょろう)へ行くとき、家畜トナカイの群を探しに行くとき、親戚たちの家を訪ねに行くとき、村へ買い物や電話をしに行くときなど、普段の乗り物としてもトナカイ橇を活用しています。


木々の間を行く

 トナカイにひかせる橇はすべて手作りです。ナイフや鉋(かんな)で木を削りだして作ります。橇の先には牽引(けんいん)のための革紐を結び、もう一方の端をトナカイの頭と胸のあたりに革と骨で作られた馬具のようなもので取り付けます。そして、2~4頭のトナカイを並列にして一台の橇をひかせます。橇には大人1~2人が乗ることができ、さらに荷物も縄でしっかりと縛り付けて載せることができます。橇を含めて重さが150kg以上になることもありますが、トナカイの脚力は強く、数十kmを駆けることができます。


トナカイの群

 さて、そのトナカイ橇ですが、どのトナカイに橇をひかせてもいいわけではなく、牧夫達はそのときどきで最適な個体を選んでいます。写真の群には約1400頭のトナカイがいますが、驚いたことに、牧夫たちは誰のどんなトナカイを見分けることができます。家畜の個体を見分けて群の管理を行うことを個体識別といいます。個体識別は、耳印、体毛の色・模様、顔つき、首輪・鐘の装飾、雌雄、年齢、去勢の有無、出産経歴、親子関係などで、それぞれ誰のどんなトナカイかを見分けています。

 上記の性質を持つトナカイは一つの群に混ざっているので、我々から見ると、群れは均一な個体により構成されているように見えますが、牧夫にとってはそうではありません。上記の性質によって分類し、さまざまな小グループに分けています。一つは所有者による分け方です。この群の場合、約1400頭のうち約1050頭は農業企業所有のトナカイで、残りの約350頭が個人所有のトナカイ、つまり牧夫たちあるいは村人が飼育委託したトナカイです。これらを5名の牧夫で管理しています。

 個人所有のなかでも橇をひくのは、去勢された雄と不妊雌、年老いた雌です。雌も出産数か月前になると橇をひかせないようにします。雄は3、4歳になると種雄にする個体を残してほとんどを去勢してしまい、群の中の種雄:雌が1:7になるようにします。個人所有のトナカイを人によく馴れさせ、名前を付け、調教して橇をひかせたり、群を先導・誘導させたりします。調教は仔トナカイが3、4歳になってから春か秋に行い始めます。調教過程でトナカイと人の関係が次第に親密になっていきます。かわって、農業企業所有のトナカイは企業の計画どおりに毎年200~300頭ほど食肉用に屠畜していきます。これらに名前や首輪をつけてかわいがることはあまりありません。こちらは人との関係が疎遠なトナカイといえます。


トナカイ革製のロープを投げてトナカイの角・頭に引っ掛けて捕らえる牧夫

 このようにトナカイを性質により見分けて分類することで、牧夫は人に良く馴れた個人所有のトナカイをそのときどきで選んで捕らえて、橇をひかせることが可能になっているのです。単に雄か雌かだけでなく、調教はどのくらい進んだか、最近橇牽引に働かせすぎて疲れていないか、お腹に仔がいるか、おとなしい性格か、健康状態はどうかなど、常に細かくトナカイを観察しています。トナカイの個体識別ができないと、橇をひかせる個体すら選び出すことができません。個体識別はトナカイ牧夫たちの重要な技術のひとつです。

ひとことハンティ語

Сора сора! 
読み方:ソーラ ソーラ!
意味:「速く、速く!」
使い方:人を急かすときや、トナカイに速く走れと命令するときに使います。

* * *

◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

*

【編集部から】

トナカイ(学名Rangifer tarandus)という呼び名はアイヌ語(tunakay)から来ています。ツングース系のウィルタが飼っていた動物に対して樺太アイヌがトナカイと名付けました。英語のreindeerのreinは手綱ですので、橇の手綱をつけるようになった鹿という意味ですね。トナカイは漢字では馴鹿(じゅんろく)と記し、人に馴(な)れた鹿という意味です。英語も日本語も人からの視点で名付けられているのが面白いですね。家畜化しなかったアラスカ、カナダは野生の同種のものをcaribouと呼びます。野生だからreindeerとは呼びません。
トナカイの話はしばらく続きます。次回の更新は9月8日を予定しています。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って

2017年 7月 14日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って


ヘリコプターの中から見たヌムト湖

 交通網が発達した現代においても、私の調査対象地はまだまだ行きにくいところにあります。1ヶ月間の渡航の内14日間が移動日ということもありました。今回は調査地である西シベリアの森の中へどのように行くのかを紹介したいと思います。

 調査地へは、まず、ロシアの首都モスクワ経由でハンティ-マンシースクに行きます。ここで諸手続きを終えた後、さらに田舎の町まで小型飛行機で行きます。川が凍結していない6月から9月は船で移動することも可能です。川が凍結している冬には乗り合いバスも地方都市と田舎の町を結んでいます。船やバスは日本から予約することはできないので、現地に行ってからどんな交通手段がそのときに最適であるかを判断します。インターネットで得られる交通情報もありますが、変更していたりもするので、現地でチケット販売の窓口に直接行くか電話で問い合わせるか、地元の方に聞きます。


ヌムトの位置(クリックで拡大)

 はじめてヌムトに行ったときはヘリコプターを利用しました。当時、ヘリコプターはカズィムという村とヌムトを結んでいました。ヘリコプターは月に1、2回往復していましたが、私がカズィム村に着いたときにはヘリコプターは出発したばかりだったので、最低でも2週間村で待つことになりそうでした。それまでも調査許可の書類入手のために一ヶ月以上も都市部で足止めされていたので、私は少し落胆しました。

 そんなとき、定期的な診察用のヘリコプターがヌムトへ行くという情報を偶然つかみました。村の方を通じて医師たちに私も同乗させて欲しいとお願いしました。かなり無謀なお願いでしたが、どういうわけか、すんなりとこの要望が叶いました。


医師たちとヘリコプターでヌムト集落に降りたつ

 ここで役にたっていたのが、どうやら都市部に滞在中に地元のテレビやラジオ、新聞にたびたび取り上げられていたことのようです。村の人たちみんなが、日本からハンティの文化を学びに来ている学生(当時は院生でした)が来ていて、森の奥深くまで行って調査研究したいらしいということを知っていました。医師たちもそれを知っていて、そういうことならば、と快諾してくれました。

 ヘリコプターは約250kmの道のりを2時間半程度かけてヌムトに到着しました。いよいよヌムトの人たちに会うことができると意気込んでいましたが、意外にも集落にはほとんど人がいませんでした。ヌムトの集落はソ連時代につくられた行政集落で約50軒の住居と小さな商店があり、電気と電話が使用可能です。しかし人々はここに常住せず、ふだんは集落から数十km離れた森の中で家族ごとにトナカイとともに暮らしていました。そこで、たまたま森から集落に来ていた方と交渉して、その方の家に行くことにしました。

 その方の森の住居までは集落から40km弱あり、トナカイに橇(そり)をひかせて移動しました。雪が湿っていてトナカイが走りにくく、休憩時間を含めて通常3時間程度で走るところを、5時間以上もかかって到着しました。トナカイ橇に乗るのは初めてだったので、道程で私は何度も振り落とされました。森の住居に到着するころにはへとへとに疲れていました。


トナカイ橇での移動

ハンティ語紹介

 Ма нємєм ~. マー ネーメム ~.「私の名前は~です(私は~と呼ばれています)」

* * *

◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

*

【編集部から】

現代社会はインターネットがあれば世界各国の交通事情も瞬時に分かりますが、どの手段を使うのがその時期に最適かは現地に行かないと分らないことがまだまだあります。雪と氷の世界の移動手段は現代的なヘリコプターと昔からのトナカイ橇、その対比が興味深かったですね。次回はトナカイ橇の話を詳しく紹介していただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第二回: フィールドワークの旅支度① ―ドキュメント―

2017年 5月 12日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第二回: フィールドワークの旅支度① ―ドキュメント―


ハンティ-マンシイスクの街並み

 近年では以前と比べてロシアビザを入手しやすくなっていますが、まだまだロシアでは日本人がバックパッカーのように航空券だけ購入してふらりと自由な旅行ができるわけではありません。旅行者にとって少々不自由な制度があります。例えば、入国前のビザの取得だけでなく、入国前に宿泊先のバウチャーを入手したり、滞在先を移動したらその都度郵便局で滞在登録をしたりせねばなりません。さらに、私のような外国人がシベリアの僻地で長期間の単独調査を行うには、パスポートとロシアビザだけでなく、現地の研究機関や地方行政府で用意してもらう調査許可書といった書類(=ドキュメント)が必要になってきます。

 実際に田舎で単独調査を行っていると、当然ですが怪しまれてしまい、警察官だけでなく役人、一般の人々にもパスポートの提示を求められることが何度もありました。このとき、パスポートとビザだけでなく他にも公的なドキュメントを所持しているとより信用されます。今回はフィールドワークを行うのに意外と重要で、かつ入手がたいへんなドキュメントについてお話しします。

 私の場合、西シベリアを研究する日本人研究者が少なかったため、研究機関とのコネクションづくりから始めねばなりませんでした。研究機関とは大学や研究所、博物館、少数民族団体などのことです。日本からたどたどしいロシア語で手当たり次第に現地のさまざまな研究機関に電話をして、外国人である私に研究員の身分を与えてロシア国内で比較的自由に調査を行えるよう、ビザを入手するために必要な招待状を与えて、調査許可書を作成してくれる研究機関を探しました。しかし、最初の数か月間はなかなかよい返事がもらえず、断られたり、たらい回しにされたりしてしまい、調査に行ける目処がまったく立たずに次第に落ち込んでいきました。

 いつまでも受入研究機関が見つからないので、思い切ってロシア語で当時所属していた大学のサインが入った要請書や推薦書等のオフィシャルレターや研究計画書を作成し、国立ユグラ大学のある教授と国立自然と人博物館の所長あてに一方的に郵送してみたところ、これがなぜか上手くいき、その後担当者とのやりとりができるようになりました。そして、どうにか招待状を入手し、第一関門であるビザを取得することができました。

 ビザだけでも結構な根気がいりましたが、私が初めて現地調査へ向かったときには、研究機関があるハンティ-マンシイスクという町に到着した後も、調査許可書と研究員契約書、納税証明書等のドキュメント入手とビザの延長のためにさらに一か月以上も足止めをされてしまいました。すぐにでも調査地に行きたいという気持ちもあり、とても焦っていましたが、ドキュメントの手続きのために行政窓口へ行く度に、担当者不在や受付時間外等の理由で、「明日来い」と言われることが何日も続いたので、もう急ぐのは諦めて、町にいるあいだにも何か学ぶことはあるだろう、ここでは『待つのも仕事』だ、と考え直し、町でしばらく情報収集を行う方向に転換しました。図書館で資料収集するだけでなく、テレビや新聞の取材を受けたり、地元の学生たちと交流したり、博物館のセミナーを受けたり、町に住むハンティたちにハンティ語を教えてもらったりしていました。


ハンティ-マンシイスクの芸術学校で生徒たちと交流する筆者

 ここでたくさんの人々と交流したおかげで、広大な森のどこにあるかも分からなかったハンティの集落についての情報を得ることができました。森でのホームステイ先探しも、最初は全くあてがありませんでしたが、この町で会ったハンティたちの親戚を通してきっかけをつかむことができました。この過程もフィールドワークの一部だったのだろうと今では思っています。

ハンティ語紹介

 Вуща! ヴーシャ!「こんにちは!」

 ハンティ語のあいさつです。出会ったときに互いにこの言葉をかけあいます。森の中でクマに出会ったときもこのようにあいさつします。

* * *

◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

*

【編集部から】

第二回の今回はフィールドワークをする「まで」の、意外に重要・意外に入手困難なドキュメントの話です。研究目的であれば問題なくドキュメントを揃えてくれるものだと思きや、実際には手に入れるまでにさまざまな苦労があるのですね。『待つのも仕事』という発想の転換が結果的にはその後の調査に役に立ったようですが、どのような状況でも前向きに対処する気の持ち方が、フィールドワークをする上で必要不可欠なのかもしれません。旅支度の話はまだ続きます。次回をお楽しみに。


次のページ »