フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

2018年 2月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

 スーツケースに必要な物を詰め込んで、フィールドに乗り込んだとしても、すぐさまフィールドワークを始められるわけではありません。フィールド言語学にとって最も重要なもの、その言語を教えてくれる話者[注1]はどのように探し出せばいいのでしょうか。今回は、私がいかにしてフィールドにたどり着き、話者に出会ったのかについてお話ししたいと思います。

 ザンジバルでの調査は、調査許可と在留許可[注2]の2つの政府からの許可を取得するところから始まります[注3]。公式に調査をするためには、こうした許可が必ず必要となります。この2つは高い、時間がかかる(2つ合わせて取得に1か月以上)、手続きのプロセスが不明瞭というデメリット[注4]ばかりでなく、話者を紹介してもらえる(かもしれない)というメリットもあります。

 私の本格的なフィールドワークは、調査許可取得のために訪れた古文書館から始まりました。調査計画書のKimakunduchi(マクンドゥチ方言)という単語を目にした古文書館のおばちゃんスタッフは突然笑い出し、何をするかと思えば、マクンドゥチ郡出身の両親をもつという別の女性スタッフを呼びに行ってくれました。そしてこの女性スタッフの第一声は「じゃあ、マクンドゥチにはいつ一緒に行くの?」。私がフィールドにたどり着くことができたのは、彼女が連れて行ってくれたからだし、私の今の滞在先(この女性スタッフの姉の夫の弟の家)は、彼女が幾人もの人に連絡して探し出してくれたものです。つまり、今の私のフィールドワークはこの出会い(というかこの女性スタッフ)がなければ、なかったと言っても過言ではありません。

 ここでおもしろいのは、この古文書館、その名の通り、古文書を保存、管理する機関で、本来フィールドワークとはまったく関係がないというところです(そのことには、だいぶあとになってから気づきました)。ザンジバルの人は初対面のときはとてもシャイですが、悪いやつじゃない、おもしろそうなやつだと分かれば、とたんに心を開いて、自分の本当の仕事でなくても、親身になって助けてくれます。私の場合は、マクンドゥチ方言を調査したいということがポイントだったのかもしれません。外国人が、普通のスワヒリ語のみならず、方言を話すというのは相当に現地の人の興味を引くようです。


マクンドゥチへ向かうバス

 そして、ザンジバルの人は、人と人とのつながりを非常に重視します。いったんある人との間に信頼関係が出来れば、そのあとの話者探しは、その人からの紹介で非常にスムーズにいきます。「こんな感じ(昔話が上手、暇 etc.…)の人を探してるんだけど」なんて滞在してる家のお父さんやお母さんに言えばすぐに近所で探してきてくれます。それどころか、「トゥンバトゥ(ウングジャ島の北側にある小島)に行きたいと思ってるんだけど、まだ泊めてくれる人みつかってないんだよね」とマクンドゥチ(ウングジャ島の南側)の家のお母さんに言ったら、おそらく唯一のつてをたどり、滞在先を探して「日本人があんたんとこに行くけど、こいつは長く泊まるんだよ。食べ物は何でも食べるよ。スワヒリ語もしゃべれるよ。」と頼んでくれたこともあります(ちなみに、マクンドゥチとトゥンバトゥの間で人の交流はほとんどなく、知り合いがいることは非常にまれ)。


トゥンバトゥ島とマクンドゥチの位置

 ある一人の話者に出会うまでに、何人もの人を介すなんてことはよくあります。その人たちと信頼関係を築けるかどうかにフィールドワークの成否はかかっていると言っても過言ではありません。ただ、難しく考えずとも、気づかぬうちに彼らと仲良くなってしまうのがフィールドワークの醍醐味なのかもしれません。久しぶりにフィールドのお母さんにWhatsApp[注5]メッセージでも送ってみようかな(返事はたぶん1か月後だけど)。

コラム3:スワヒリ語にも方言がある

日本の各地域で、その土地ならではの方言が話されているのと同じように、スワヒリ語にも方言があります。その数は、大体20くらいと言われていて、多くは東アフリカの沿岸部で話されています。私が調査しているマクンドゥチ方言もこうした方言の一つです。マクンドゥチ方言は、標準語との間に共通点もたくさんありますが、違う点もたくさんあります。標準語しか話せない街出身の人にとっては理解が難しいことも多いようです。以下によく使う表現を挙げましょう。( ) のなかには、標準語の表現を挙げますので比べてみてください。Jaje? (Vipi)「調子はどう?」(友達との挨拶で)、Siviji (Sijui)「私は知らない」、Sikwebu (Sikutaki)「あんたなんかいらない」(夫婦喧嘩で)、Lya (Kula)「食べろ」。実は、Jajeという表現は、先ほどのバスの中に書かれていたのですが、見つけられましたか?


マクンドゥチへ向かうバスに書かれた方言

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[注]

  1. 話者のことをコンサルタント (consultant) とかインフォーマント (informant) と呼ぶことがある。私は、現地ではどちらも使わず、「○○方言を話して教えてくれる人」とか「○○方言の先生」と呼んでいる。
  2. ザンジバルでの調査許可取得、在留許可取得については、http://www.jspsnairobi.org/tanzania(最終確認日 2018年1月5日)参照。なお、2017年2月時点で、古文書館と関わりのない調査については古文書館が調査許可取得の窓口とならないこと、滞在が3か月以内であれば、250ドルの在留許可が取得できることをここに補足しておく。
  3. タンザニア(ザンジバル含む)以外でも、調査に際して公的な許可が必要となる国はある。ちなみに、タンザニアでは、許可がないと、地方の役人に賄賂を要求されたり、調査を妨害されたりすることもあるらしい。
  4. 現地の人も、同じように許可地獄の中で日々生活している。ザンジバルはこういうものなんだと受け入れる態度、役所の人との雑談を楽しんだり感謝を伝える余裕をもつこと、許可取得を考慮して旅程を組むことが重要。
  5. LINEに似たメッセージ用アプリ。近年、ザンジバルでもスマートフォンの普及が進んでおり、このWhatAppを使うことで、日本からも簡単にザンジバルの人と連絡が取れるようになりつつある。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はその言語について教えてくれる話者との出会いについてのお話でした。現地に知り合いがいるととても心強いものです。古本さんは今回のエピソードに出てきた古文書館の女性スタッフに、在留許可取得のための入国管理局での交渉(とっても怖いのだとか)でこの間に入ってもらったこともあるそうです。次回はフィールド調査の「頭の」準備についてのお話をしていただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十一回:いろいろなトナカイ料理

2018年 2月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十一回: いろいろなトナカイ料理


トナカイ脂肪の燻製(左)とトナカイの煮こごり(右)

 トナカイは橇(そり)をひく家畜というイメージが強いかもしれません。しかし、トナカイ牧夫は、橇をひかせるためだけでなく、肉や毛皮を利用するためにもトナカイを飼育しています。橇をひかせたり、人を騎乗させたり、荷物を運ばせたりするための家畜を役畜(えきちく)、肉を利用するための家畜を肉畜といいます。トナカイは役畜であり、肉畜でもあります。今回は、牧夫たちはどのようなトナカイ料理を食べているかについて書いてみたいと思います。

 屠畜(とちく)は外気温での長期保存が可能な10月~3月に集中しています。屠畜後には、保存方法や部位によって食べ方が異なります。屠畜直後には、顔の肉、脳、肝臓、あばら骨に付いている肉を食べます。肉を一口大にナイフで切り取って塩をつけて食べます。唇や目の周り、頬の肉は繊維が強くなかなかかみ切れないので、数十分かけて噛んで楽しみます。血の滴るぷりぷりした新鮮な肝臓も生のまま食べます。血液も生のまま飲みます。パンや肝臓に血液をつけて食べることもあります。残った血液は凝固しないように塩を入れ、外気で凍らせて保存します。

 新鮮で濃厚な血液を飲むことは、寒さに強いトナカイの体をめぐっていた栄養をそのまま取り入れることです。現地の人々は、冬季の屠畜で湯気の立つ血液を飲むと「力が出る」、「寒さが厳しいときにとても欲しくなる」と言います。トナカイの血液をパン生地に混ぜ込み、フライパンで焼いて、血のパンケーキを作ることもあります。


茹でたトナカイの心臓

 肝臓や血液を食べている間に、消化器系の内臓と心臓を塩で茹でて食べます。消化器系の内臓の内容物を取り出しきれいに洗い、こぶし大に切ってから茹でます。そのまま食べるには大きいので、食卓で各自好きな部位を手に取ってナイフで切りながら食べます。

 冬には外気温ですぐに肉が凍るので、屋根の上や小屋、橇の上などで保存します。暖かくなるまで、凍ったトナカイ肉をナイフで削りながら食べます。とくに脛(すね)やあばらの骨に付いた肉をこの方法で食べます。脛の骨を割って、中の骨髄を食べます。そのまま、あるいはパンにのせて食べます。骨髄は油分が多く、「ちょうどパンにバターを塗るようなもの」と言います。また、骨髄だけでなく、トナカイの脂やクマの脂を溶かしてパンにつけて食べることもあります。内臓周りの網脂(あみあぶら)は乾燥させて保存します。


トナカイ肉のスープ

 腿(もも)や肩などの大きな部分は凍らせて保存しておき、随時のこぎりで切断・解凍して食べます。削ってそのまま食べるほか、スープやプロフ(炊き込みご飯)に入れたり、ミンチにしてカツレツやピロシキにして食べたりします。スープには、マカロニや米、ソバの実、ジャガイモを入れることがあります。そのほか、玉ねぎ、にんにく、にんじんを少量入れることもあります。調味料は塩のみか、あれば胡椒や化学調味料等を使用します。ジャガイモ以外の野菜や穀類、調味料、サラダ油は村や町で購入します。また、春にはトナカイの肉を乾燥させて干し肉をつくり、保存食とします。

 このように、部位や季節によってさまざまな方法で調理して楽しみます。しかし、現地の方々の一番のごちそうは生肉です。牧夫のところに客人が来訪したとき、親戚が集まったときには、凍った生肉と血液でもてなします。苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです。

ひとことハンティ語

単語:Щи. / Атән.
読み方:シ/アートン
意味:はい、そうです。/いいえ、ちがいます。良くない(悪い)と思います。
使い方:はい、いいえで答えられる質問に対する答えで使用します。「アートン」は、否定的な意見を言うときにも使用します。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ料理、というタイトルから「トナカイステーキ」「トナカイハンバーグ」「トナカイのロースト」などの料理を想像しましたが、トナカイの調理法とその食べ方を詳しく紹介をしてもらいました。それぞれの部位を季節ごとに調理法を変えて味わうトナカイ牧夫たちは、トナカイの活用法を熟知していると感じました。
大石先生の最後の文「苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです」に全てが凝縮されていますね。次回の更新は3月9日(金)を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

2018年 1月 19日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

 アフリカで調査をするフィールドワーカーというと、とんでもない秘境に出かけて行って、あまたのサバイバルグッズを駆使しながら生き抜く姿をイメージする人がいるかもしれません。もちろん、そうしたタイプのフィールドワーカーもいるのですが、残念ながら、そうしたイメージは私の調査には当てはまりません。私の滞在先には電気が来ており(時々停電するけど)、扇風機もあり(首は回らないけど)、夜はベッドで寝ています(南京虫にかまれたけど)。最近では、インターネットも使えます。食事も、お世話になっている家のお母さんが用意してくれるので、自分で作る必要がありません(ちなみに主食はだいたい米)。つまり、皆さんがちょっとしたキャンプに出かけるよりもよっぽど準備するものは少ないのです。特別に用意するものと言えば、蚊が多くてマラリアの心配があるので、その対策のための、予防薬や虫よけスプレー(私はどちらも使いませんが)や蚊取線香くらいでしょうか[注1]

 それでは、フィールド言語学のために特別に必要なものとはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、私のフィールドワークにおける必需品をいくつか紹介します。


私のフィールドワークにおける必需品

ノートとペン

この2つさえあればフィールドワークは始められます。私が使っているノートは、表紙の硬いA5くらいのサイズのものです。こんなノートを使っているのは、机がないところでも書き取りがしやすく、携帯もしやすいためです。話者への聞き取りは、たいてい家の軒先や屋外で行われます。また、決まった調査時間以外も気づいたこと、耳にしたおもしろい表現は書き留めておく必要があります。ペンは、書き心地のよい油性のボールペンを選んでいます。

ボイスレコーダーとマイク

フィールド言語学で分析の対象となる言語データは話者が発した音声に他なりません。この音声を残しておくことは以下のような利点があります。

・調査中にメモし忘れたり、自分の速記が汚すぎて読めない場合のデータの確認。
・メモには残されていない現象(例:声の抑揚)の検証。
・速記が不可能なおしゃべりの記録。
・データの信頼性の確保。

ボイスレコーダーは、16bit/44.1kHzのwavファイルの形で音声を録音できるものを用います。聞き取りやすく、多くの再生機器や分析ソフトに対応しているため、言語調査の際は、こうしたフォーマットで音声ファイルを保存することが一般的になっています。マイクは、レコーダー内臓のものを用いることもありますが、よりクリアな音声が必要なときは、ヘッドセット型のコンデンサーマイクを使います。

パソコン

パソコンは、集めたデータ(ノートのメモや音声)の保存だけでなく、普段のおしゃべりや民話の文字起こしのためにも用います。文字起こしは、パソコンに保存した録音データを母語話者と一緒に聞きながら行います。正確な文字起こしは、母語話者の協力なしではとてもできません。なお、私は初めて赴く調査地にはパソコンをもっていかないようにしています。これは、そもそも滞在先でパソコンが使えるか不明、パソコンがあるとフィールドの人たちと話す時間が減ってしまう、信頼関係を築くまでは万一盗まれたら嫌だ、といった理由によります。

懐中電灯

調査は、話者の都合に合わせて夜行うこともたびたびありますが、ザンジバルの地方には電気が来ていない家もたくさんあります。夜、電気のない家で調査をするときは、懐中電灯が必須です。また、家によっては、トイレに灯りがないということもよくありますが、こんなときにも懐中電灯を持っていると便利です。

* * *

[注]

  1. なお、荷物を用意するときのコツは、調査時も含めた、朝起きてから夜寝るまでの生活をイメージすること。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は調査準備編の1回目ということで、調査道具について紹介していただきました。懐中電灯が必要なのは地域性の現れでしょうか。使用するノート・ペンの種類やパソコンに入れたソフト、マイクの種類などにはフィールドワーカーそれぞれのこだわりがあるのかもしれません。

次回は、話者(ことばを教えてくれる人)といつ、どのように知り合うかについて話していただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十回:魚好きのトナカイ牧夫

2018年 1月 12日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十回: 魚好きのトナカイ牧夫


魚の燻製を嬉しそうに食べる子供

 ハンティが暮らす地域は内陸の低地であり、無数の湖沼が分布し、その間を川が蛇行しています。その水域にはカワカマスやカワスズキ、コイ類、フナ類、コレゴヌス属の淡水魚(シナノユキマスに似た魚)などの淡水魚が豊かに繁殖しています。ハンティは家畜としてトナカイを飼育し、その肉や毛皮を利用してきましたが、同時に淡水産資源も大いに利用して暮らしてきました。

 トナカイを飼育しているからといって、トナカイ肉ばかりを食べているわけではありません。トナカイ牧畜と漁撈(ろう)、狩猟、採集を複合的に営むハンティは、季節によってより手に入り易いものを中心に食べます。魚は夏でも冬でも手に入りますが、トナカイは主に冬に屠畜して食べ、夏にはあまり食べません。冷蔵庫のない森の中では、夏は肉の保存が難しいからです。代わりに、夏は主に魚や渡り鳥を食べます。遡河魚(そかぎょ)は種類によって現れる時期が異なるので、夏から秋にかけて順々にさまざまな遡河魚を楽しむことができます。冬には氷を割って川底に網や筌(うけ)を設置します。冬でも群れが遠くに行ってしまって、トナカイ肉が手に入らないときには、魚で食糧を補います。

 かわって、ハンティの中にはトナカイ牧畜に専念せねばならない専業トナカイ牧夫もいます。そのような牧夫は自ら漁撈を行うことは難しいので、親戚たちと肉と魚を交換してもらい、魚を入手します。ある専業トナカイ牧夫は、「魚を食べるのが身にしみついている。たくさんトナカイを持っているのに、遊牧キャンプにいてもどうしても魚が食べたくなる。そのときは漁撈を行う親戚に頼んで魚を持ってきてもらう」と言っていました。


生のまま凍らせたカワカマスを薄く削ったもの

 ハンティは魚をさまざまな調理方法で食べます。日本と同じく、生食も好んで行われます。春から秋にかけは、獲れたての新鮮な魚を三枚におろして、食べやすい大きさに切り、塩をつけて食べます。冬は獲った魚がすぐに凍るので、凍った魚の肉を薄く削って食べます。魚をぶつ切りして塩茹にしたり、小麦粉でとろみをつけたスープにしたりもします。また、夏には、長期保存用として塩漬けやひもの、燻製を作ります。若い夫婦の家庭ではロシア風の魚料理も作られます。ミンチにしてペリメニ(ロシアの餃子)の具にしたり、小麦粉をまぶして油で揚げたりもします。

 さらに、特徴的な魚料理としては魚油があります。魚油をパンに塗ったり、凍らせたベリーをいれたりして食べます。魚油は夏に魚がたくさん獲れたときに作ります。鱗を取り除いてから、丸ごと大きな鍋に入れて何日もかけて骨肉の形がなくなるまで煮詰めます。すると栄養が凝縮された琥珀色の魚油ができます。魚油は食用だけでなく、トナカイや野生動物の皮鞣(なめ)しにも使用します。皮の繊維に油分を入れることで皮が柔らかくなります。

 このように、トナカイ牧夫たちの体には魚食習慣がしみ込んでおり、そして、彼らがまとうトナカイ毛皮の衣服にも文字通り魚がしみ込んでいます。


魚油と凍ったベリーを混ぜ合わせた料理

ひとことハンティ語

単語:Мєлка юва!
読み方:メールカ ユヴァ!
意味:暖かさよ、来い!
使い方:ストーブの灰を外に捨てながら、このように言います。寒さが厳しいとき、暖かさを呼ぶおまじないです。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

魚油は健康食品やサプリメントのコマーシャルでしか聞いたことがなかったのですが、ハンティの人々にとって身近なのですね。その魚油とベリーを混ぜて食べる料理の味は想像がつきません。機会があれば是非食してみたいです。次回の更新は2月9日を予定しております。お楽しみに!


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

2017年 12月 15日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

 前回は、私がフィールドとするザンジバルの地理と気候、そして歴史と政治について述べました。今回は、ザンジバルの宗教となりわいを紹介したいと思います。

 ザンジバルの人口はおよそ130万人ですが[注1]、その99パーセントがイスラム教徒と言われています[注2]。私も、都市部を離れて、イスラム教徒でない現地出身の人に会ったことはほとんどありません[注3]。イスラム教であることは、ザンジバルの人の生活の中にも色濃く反映されています。ちょうど日本の寝る前の歯磨きのような感じで、お母さんが子供に「お祈りしたの?お祈りしなさい」という場面は毎日のように目にします(ちなみに、ザンジバルの人はきちんと歯磨きをしません)。普段の言葉遣いでも、オフィスやバスで「アッサラームアライクム(あなたに平安を)」、若い娘がごはんを食べ終わって「アルハムドリッラー(神に讃えあれ)」(ゲップをしながら)、「明日朝9時に会おう」と約束をして「インシャアッラー(神の思し召しがあれば)[注4]」、なんていうイスラム圏では一般的なアラビア語の表現がよく聞かれます。

 なりわいとして、私の周りでよくみられるものは、農業、漁業、公務員(教師、警察含む)[注5]といったところでしょうか。農産物としては、キャッサバ、バナナ、マンゴーなどのいかにもトロピカルなものだけでなく、サツマイモ、トマト、みかんなど、日本の人にもなじみのあるものも挙げられます。これ以外に、海藻を浜辺で育てている人(主に女性)もたくさんいます[注6]。漁業は、陸からそう離れずに行われる小規模なものから、タンザニアの大陸部まで渡ってそこに数か月滞在して行うような大規模なものまであります。これは地域によって異なるようです。例えば、私がよく滞在しているマクンドゥチの人が行うのは前者のタイプですが、ウングジャ島の北にあるトゥンバトゥ島の人たちは、後者のタイプの漁業を行っています。


海藻を育てる女性たち

 男性がかぶる帽子、ココナツの繊維を手でよったロープやヤシの繊維を編んだカバンもよくある現金収入を得る手段の一つです。また、観光も重要な産業の一つとなっています。観光資源としては、ウングジャ島北部のヌングイに代表される美しい海と砂浜、クローブをはじめとするスパイス、前回紹介したストーンタウンの街並みが有名です。現地の人が、ホテルの掃除の仕事に行って、観光客の置いて帰った日焼け止めや歯磨き粉を、何か分からず持って帰ってくるなんてこともよくあります。


自分で編んだ帽子をかぶる女性

 「フィールド言語学」に取り組む際は、研究対象となる言語だけでなく、フィールドの環境、歴史や政治、人々の暮らしにも注意深く目を向けなくてはなりません。なぜ、そんな必要があるのかについては、次回以降、少しずつ話していきたいと思います。

コラム2:「アッサラームアライクム」はスワヒリ語?

本文中で、「アッサラームアライクム」などのアラビア語の挨拶を紹介しましたが、スワヒリ語の語彙の中には、アラビア語由来のものがたくさんあります。実は、第一回のコラムで紹介したサファリ (safari) も元々はアラビア語です。以前、ザンジバルの中学生たちがスワヒリ語(国語)のテスト勉強をしているところをのぞいたことがあるのですが、興味深いことに、英語由来の語は外来語とみなされている一方で、アラビア語由来の語の多くは、外来語とは認識されていませんでした。彼らにとって、アラビア語由来の語というのは、私たちにとっての漢語のようなもので、より深くスワヒリ語に根差しているのかもしれません。

* * *

[注]

  1. ザンジバルを構成するウングジャとペンバの合計。2012年タンザニア国勢調査http://www.nbs.go.tz/(最終確認日 2017年10月29日)を参照。
  2. アメリカ国務省の報告https://www.state.gov/j/drl/rls/irf/2007/90124.htm/(最終確認日 2017年10月24日)を参照。
  3. タンザニアの大陸部から出稼ぎに来ているマサイ人はこの限りではないと思われる。
  4. 他の国や地域で、この表現は守られない約束の際に使われることも多いようだが、ザンジバルでは、この表現の有無と約束が守られるかは関係ないようである。
  5. ちなみに、現地の人曰く、一番儲かるのは「政府の仕事」(公務員)らしい。
  6. アジアやヨーロッパへ輸出され、化粧品や歯磨き粉の原材料として使われる。ザンジバルで海藻を育てている人たち自身は、どのような目的で使われるのか必ずしも正確に理解しているわけではなさそうである。http://www.bbc.com/news/world-africa-26770151(最終確認日 2017年10月24日)を参照。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はザンジバルの人々の宗教となりわいについて紹介していただきました。次回からは調査準備編ということで、古本さんの荷造りの方法を教えていただきます。ザンジバルでの長期滞在に必要なものは何でしょうか?そして、研究室を離れた調査には何が必要でしょうか?


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第九回:ハンティの暦と年末年始の過ごし方

2017年 12月 8日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第九回: ハンティの暦と年末年始の過ごし方


年末年始に親元に戻ってきた寄宿制学校の子供たち

 ハンティの新年の始まりは、伝統的には初雪が降ったときでした。したがって、気候によって毎年新年の日が異なります。現代の西暦とは異なり、ハンティの暦は太陽の動きや季節的な気候の変化、野生動物の様子、トナカイ牧畜や漁撈(ろう)、狩猟等の季節的な仕事内容などをもとに考えられていました。よって、必ずしも確固とした日付や時間があり、それに合わせて行事や儀礼が行われるというわけではありません。このような自然の変化に合わせて流れ巡るようなハンティの暦は、ロシア正教やソ連・ロシアの統治、義務教育、マスメディア等の影響を受け変化してきました。現在では1月1日を新年の始まりとしています。

 今回は、現代のハンティの年末年始の過ごし方について紹介します。ちなみに、年末の行事というとクリスマスを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、ロシアで普及しているロシア正教の聖誕祭は1月7日に行われます。ハンティの中にもロシア正教を信仰する人はいますが、あまり盛大にお祝いする習慣はありません。

 年末年始には村や森で暮らす人たちのところに親戚が集まります。親戚の家を互いに訪ね合うだけでなく、町や都市部で暮らす家族も森に暮らす実家に帰省します。年末年始には町の学校や仕事は休暇になるので、遠く行きにくい場所にある実家でも行くことができます。森での暮らしは、普段とても静かですが、年末年始は家族や親戚たちが集い、にぎやかに楽しく過ごします。


曲がってしまった漁道具の修理

 日中は、町から来た孫たちと狩猟や漁撈、トナカイ群探しに出かけます。祖父母や両親たちは数日間でも孫たちに森に暮らすハンティの生業技術を見せて学ばせようとします。また、人手のあるこの機会に普段後回しにしてしまっている仕事を済ませようとします。橇(そり)や牽引具、漁道具の修理や薪の貯蔵作りなどを分担して手際よく終わらせます。したがって、年末年始の休暇といえども日中はみんな良く働いています。

 日本のお節料理やお雑煮のような新年の行事食は特にありません。新年に特別に行う習慣ではありませんが、トナカイを所有する世帯では新鮮な肉と血を親戚たちに振舞うために、前年に生まれた雄の仔トナカイを屠畜して食べることがあります。また、親戚たちはたいてい何か食べ物やアルコール飲料のお土産を持って来るので、年末年始の食卓はとても豊かになります。

 夜は語りの時間です。日照時間が最も短い時期のため、午後5時くらいには寝床に横になります。すぐに眠るのではなく、何時間も真っ暗な中で話します。一人が話して他の人々が静かに聞き入ります。森での面白いできごとや町の生活、共通の知人や親戚たちについて、旅行のこと、祖父母がその祖父母から聞いた民話など、たくさんのことを話したり聞いたりして、情報を共有し共感します。

 このように、現在のハンティの新年はいわゆる「伝統的」な暦や行事の意味と異なっています。しかし、森にも村にも町にも家族や親戚がいるという現代的状況の中では、年末年始を共に過ごし、親族のつながりを再確認するという点で重要な機会になっていると、筆者は考えます。


トナカイ探しに出かける父子と筆者

ひとことハンティ語

単語:Тӑӆа йис.
読み方:タラ イイス。
意味:冬が来ましたね。
使い方: 雪が降り、寒くなってきたときに使います。тӑӆには、「冬」という意味と「年」という二つの意味があります。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

新年の始まりが毎年異なっていたというのは現代の日本では想像しづらいですが、ハンティの人々にとって重要なのは、季節や気候、動植物の様子・変化を理解することのようです。日本もかつてはそうだったのかもしれませんね。大石先生からは「大宗教の暦、学校教育、労働者の管理、国民(納税・徴兵)の管理などによって、現代人の暦や年中行事はより強化されているのだと思います。国家や宗教によって管理されているのとは異なった仕組みで、ハンティは一年を認識し、秩序づけています」というお話もいただきました。次回は1月12日の更新を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第2回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その1)

2017年 11月 17日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第2回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その1)

 フィールド言語学の舞台となるフィールドとはいかなるところなのでしょうか。今回は、私のフィールド、ザンジバルの、特に地理と気候、そして歴史と政治について紹介したいと思います。

 ザンジバルは、タンザニア連合共和国の主にウングジャとペンバという二つの島からなる地域の呼称です。南半球の赤道の比較的近くに位置しており[注1]、一年を通じて温暖湿潤、というか暑いです。特に12月から3月にかけての最も暑い時期は、扇風機すらない田舎の家では、夜眠ることができないほどです。気候は細かく見ると島内でも違いがあって、例えば、私がよく滞在しているウングジャ島南部のマクンドゥチは比較的雨が少なく、「最近は雨が少なくて、農業がやりにくくなった」なんて声が聞かれる一方、そこから15kmほど離れた、ムユニはより降雨量が多く農業ももっと盛んに行われているようです[注2]


ウングジャ島(中央)とペンバ島(右上)(クリックで拡大)

 ザンジバルで最も有名なものの一つは「ストーンタウン」でしょう。ウングジャ島中西部の迷路のようなこの街は、19世紀中ごろ、オマーン出身のスルタン、サイードの治世期に、クローブによってもたらされた繁栄を謳歌するザンジバルの都として発展を遂げました。街の建設には、この時代にやってきたインド系移民も大きく寄与しています。またザンジバルがイギリス保護領となっていた時代 (1890-1963) には、ヨーロッパ風の建築物が建てられました。現在まで残る独特の景観は、こうした歴史的経緯があって形作られています。


ストーンタウンの位置

 ザンジバルの街や村の中を歩いていると、槌(つち)と鍬(くわ)が描かれた緑の旗、あるいは白地で水色と赤の線で縁取られた旗がやたらと掲げられているところに遭遇します。


左が地方にある革命党の事務所の看板、
右が市民統一戦線の支持者が集まるストーンタウンの一角

 前者は、1964年のザンジバル革命で実権を握ったアフロ・シラジ党にルーツをもち、今なお政権を握る革命党 (CCM) の旗、後者は1992年の複数政党制が認められたあとに結成された市民統一戦線 (CUF) の旗です。掲げられた旗から、その土地でどちらの支持者が多いのかがわかります。フィールドワークをしていると、「お前はどっちを支持するんだ」(無論どっちもしていません)とか「一緒に○○(政治家)の集会に行きましょう」なんて言われることもあります。政治に関する積極的な発言は、必要がない限り控えたほうがいいと思いますが、政治に関するおしゃべりに耳を傾けると、現地の人が何を考えているのか、生活にどんな問題を抱えているのかが見えてきたりするかもしれません[注3]

* * *

[注]

  1. ウングジャ島は南緯5.7~6.5度の間に位置する。
  2. ちなみに、ムユニはマンゴーの産地としてザンジバルでは有名。筆者の知る限り、ザンジバルのマンゴーが世界一うまい。
  3. ザンジバルの最近の政治情勢については
    https://jatatours.intafrica.com/habari168.html(最終確認日 2017年9月19日)が参考になる。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

* * *

【編集部から】

第2回の今回は古本さんのフィールド(調査地)のザンジバルを地理と気候、歴史と政治の点から紹介していただきました。フィールドで調査したり、人々と知り合いになるうえで、地域の特徴を知ることも必要です。次回は宗教やなりわいを通して、ザンジバルの人々の生活について紹介していただきます。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第1回 フィールドワーカーの苦悩:フィールド言語学とは何か

2017年 10月 20日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第1回フィールドワーカーの苦悩:フィールド言語学とは何か


著者とフィールドの家族

 「専門は言語学です。フィールドワークをしています」と自己紹介をすると、どこかとても不便なところへと足を運んで、誰も聞いたことがないような言語の調査をしていると思われることがままあります。これは、相手が言語学者であってもありうることです。そして、このイメージというのは、言語調査を行うフィールドワーク、フィールドワーカーの多くにあてはまるものかもしれません。

 実際、私はタンザニアのザンジバルという地域で、スワヒリ語[注1]の方言を調査しています。ザンジバルはストーンタウンの歴史ある街並みやきれいなビーチで有名なところですが、私が訪れるのは、そんな魅力的なものがなく、観光客は見向きもしないような土地です。多くの日本人にとっては、不便で暮らしにくいところかもしれません。スワヒリ語というのも、メジャー言語と呼んでも差し支えないくらい、多くの人に知られた言語ですが(みなさんはそうは思わないかもしれませんが![注2])、その方言については、存在すらほとんど知られていないでしょう。


タンザニアおよびザンジバル諸島の位置(クリックで拡大)

 こうしたイメージに当てはまるフィールドワークというのは何か特別なものなのでしょうか。フィールドワーカーは、主に自分が母語としない言語[注3]のデータをその言語の話者から集めています。もう少し具体的な例として、私が調査で取り組んでいることを挙げましょう。

・例文を作ってその正しさを話者に判断してもらう[注4]
・「音」を分析するために、同じ語を繰り返し発音してもらって録音する。
・話者のおしゃべりを文字で読めるテキストにして分析する。

このどれも、言語学研究の手法としては一般的なものです。例えば、文の正しさの判断は、どこか特別な辺境の地ではなく、大学のキャンパスの中で行われることがしばしばあります。音声の録音も、大学や研究機関に特別に設えられた防音室で行われうるものです。また、テキストからデータを集めるというのは、現在話者のいない「死んだ」言語の研究で一般に用いられるデータ収集方法です。

 つまり、「フィールドワーカー」がやっていることは、そうではない言語学者と大差はなく、フィールドワーカーと呼ばれる人たちは、その枠に押し込められることに対して、ときとして、違和感であったり、恥ずかしさを感じています(全員ではないかもしれませんが)。

 「フィールド言語学」という分野をたてる意味があるとすれば[注5]、分析の対象となるデータにたどり着くまでに、他の言語学の分野、あるいは言語学以外のフィールドワークとは異なる特別な配慮が必要となるからかもしれません。ここでいうデータとは、人間の口から発せられる言語です。

 この連載では、私の目から見た、私が経験したフィールドワークについてお話をさせていただきます。それを通じて、フィールド言語学とはなんなのか、みなさんも考えてみてください。

コラム1:スワヒリ語と日本語

「サファリパーク」という名の動物園が日本国内にはいくつもありますが、この中の「サファリ」という語は、スワヒリ語で「旅」を意味するsafariに由来します。
また、私が聞いたザンジバルのおばあさんの物語の中に、chirimeniという布を指す語がでてきたことがあります。このchirimeniは日本語のちりめんに由来していると考えられますが、いわずもがな、このおばあさんは日本語を全く知りません。
スワヒリ語と聞くと、まったく未知の言語のように思ってしまうかもしれませんが、このように、思いがけないところで日本語との間につながりがあったりします。

* * *

[注]

  1. スワヒリ語は、東アフリカのケニア・タンザニアを中心とした地域で広く話されている。第二言語話者も含めれば、1億人近くの話者がいるとされる。
    https://www.ethnologue.com/language/swh(2017年9月19日参照)。
  2. 例えば、日本にはスワヒリ語を専門的に学べる大学がある。また、アマゾンで「スワヒリ語」と検索すれば、日本語で読めるスワヒリ語の辞書、教科書がみつかる。世界にはおよそ6~7000の言語が存在すると言われるが、日本の大学で学べる、あるいは日本語で書かれた辞書、教科書があるのは、そのなかのごく一部にすぎない。
  3. 自分の母語のデータを他の話者から集めるということもあり得る。
  4. このような文の正しさの確認は、容認性判断と呼ばれる。
  5. 実際、“Linguistic Fieldwork(言語学のフィールドワーク)”とか、“Field Linguistics(フィールド言語学)”というタイトルの本が何冊も出版されている。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

フィールド言語学の実際をフィールドワーカーの目からながめる『フィールド言語学への誘い』の連載が始まりました。私たちひとりひとりが違った人間であるように、研究対象のことばが話されている土地もことばの話し手もさまざまで、調査の進め方も一様ではありません。古本さんのフィールドワークを通じて、フィールド言語学の楽しさにふれてみてください。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第五回:トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係

2017年 8月 11日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第五回: トナカイ橇(ぞり)から見る人とトナカイの関係


天幕の周りに置かれた橇

 現在では燃料で動くスノーモービルやモーター付きのボートも使用しますが、燃料の不要なトナカイ橇は、変わらず現地の人々の便利な交通手段であり続けています。トナカイ牧夫の住んでいる深い森の中には車が通ることのできるような道はありません。トナカイ橇は木を切り倒しただけの獣道や凍った湖川の上を走ります。天幕を運んで季節移動するときだけでなく、狩猟や漁撈(ぎょろう)へ行くとき、家畜トナカイの群を探しに行くとき、親戚たちの家を訪ねに行くとき、村へ買い物や電話をしに行くときなど、普段の乗り物としてもトナカイ橇を活用しています。


木々の間を行く

 トナカイにひかせる橇はすべて手作りです。ナイフや鉋(かんな)で木を削りだして作ります。橇の先には牽引(けんいん)のための革紐を結び、もう一方の端をトナカイの頭と胸のあたりに革と骨で作られた馬具のようなもので取り付けます。そして、2~4頭のトナカイを並列にして一台の橇をひかせます。橇には大人1~2人が乗ることができ、さらに荷物も縄でしっかりと縛り付けて載せることができます。橇を含めて重さが150kg以上になることもありますが、トナカイの脚力は強く、数十kmを駆けることができます。


トナカイの群

 さて、そのトナカイ橇ですが、どのトナカイに橇をひかせてもいいわけではなく、牧夫達はそのときどきで最適な個体を選んでいます。写真の群には約1400頭のトナカイがいますが、驚いたことに、牧夫たちは誰のどんなトナカイを見分けることができます。家畜の個体を見分けて群の管理を行うことを個体識別といいます。個体識別は、耳印、体毛の色・模様、顔つき、首輪・鐘の装飾、雌雄、年齢、去勢の有無、出産経歴、親子関係などで、それぞれ誰のどんなトナカイかを見分けています。

 上記の性質を持つトナカイは一つの群に混ざっているので、我々から見ると、群れは均一な個体により構成されているように見えますが、牧夫にとってはそうではありません。上記の性質によって分類し、さまざまな小グループに分けています。一つは所有者による分け方です。この群の場合、約1400頭のうち約1050頭は農業企業所有のトナカイで、残りの約350頭が個人所有のトナカイ、つまり牧夫たちあるいは村人が飼育委託したトナカイです。これらを5名の牧夫で管理しています。

 個人所有のなかでも橇をひくのは、去勢された雄と不妊雌、年老いた雌です。雌も出産数か月前になると橇をひかせないようにします。雄は3、4歳になると種雄にする個体を残してほとんどを去勢してしまい、群の中の種雄:雌が1:7になるようにします。個人所有のトナカイを人によく馴れさせ、名前を付け、調教して橇をひかせたり、群を先導・誘導させたりします。調教は仔トナカイが3、4歳になってから春か秋に行い始めます。調教過程でトナカイと人の関係が次第に親密になっていきます。かわって、農業企業所有のトナカイは企業の計画どおりに毎年200~300頭ほど食肉用に屠畜していきます。これらに名前や首輪をつけてかわいがることはあまりありません。こちらは人との関係が疎遠なトナカイといえます。


トナカイ革製のロープを投げてトナカイの角・頭に引っ掛けて捕らえる牧夫

 このようにトナカイを性質により見分けて分類することで、牧夫は人に良く馴れた個人所有のトナカイをそのときどきで選んで捕らえて、橇をひかせることが可能になっているのです。単に雄か雌かだけでなく、調教はどのくらい進んだか、最近橇牽引に働かせすぎて疲れていないか、お腹に仔がいるか、おとなしい性格か、健康状態はどうかなど、常に細かくトナカイを観察しています。トナカイの個体識別ができないと、橇をひかせる個体すら選び出すことができません。個体識別はトナカイ牧夫たちの重要な技術のひとつです。

ひとことハンティ語

Сора сора! 
読み方:ソーラ ソーラ!
意味:「速く、速く!」
使い方:人を急かすときや、トナカイに速く走れと命令するときに使います。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ(学名Rangifer tarandus)という呼び名はアイヌ語(tunakay)から来ています。ツングース系のウィルタが飼っていた動物に対して樺太アイヌがトナカイと名付けました。英語のreindeerのreinは手綱ですので、橇の手綱をつけるようになった鹿という意味ですね。トナカイは漢字では馴鹿(じゅんろく)と記し、人に馴(な)れた鹿という意味です。英語も日本語も人からの視点で名付けられているのが面白いですね。家畜化しなかったアラスカ、カナダは野生の同種のものをcaribouと呼びます。野生だからreindeerとは呼びません。
トナカイの話はしばらく続きます。次回の更新は9月8日を予定しています。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って

2017年 7月 14日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って


ヘリコプターの中から見たヌムト湖

 交通網が発達した現代においても、私の調査対象地はまだまだ行きにくいところにあります。1ヶ月間の渡航の内14日間が移動日ということもありました。今回は調査地である西シベリアの森の中へどのように行くのかを紹介したいと思います。

 調査地へは、まず、ロシアの首都モスクワ経由でハンティ-マンシースクに行きます。ここで諸手続きを終えた後、さらに田舎の町まで小型飛行機で行きます。川が凍結していない6月から9月は船で移動することも可能です。川が凍結している冬には乗り合いバスも地方都市と田舎の町を結んでいます。船やバスは日本から予約することはできないので、現地に行ってからどんな交通手段がそのときに最適であるかを判断します。インターネットで得られる交通情報もありますが、変更していたりもするので、現地でチケット販売の窓口に直接行くか電話で問い合わせるか、地元の方に聞きます。


ヌムトの位置(クリックで拡大)

 はじめてヌムトに行ったときはヘリコプターを利用しました。当時、ヘリコプターはカズィムという村とヌムトを結んでいました。ヘリコプターは月に1、2回往復していましたが、私がカズィム村に着いたときにはヘリコプターは出発したばかりだったので、最低でも2週間村で待つことになりそうでした。それまでも調査許可の書類入手のために一ヶ月以上も都市部で足止めされていたので、私は少し落胆しました。

 そんなとき、定期的な診察用のヘリコプターがヌムトへ行くという情報を偶然つかみました。村の方を通じて医師たちに私も同乗させて欲しいとお願いしました。かなり無謀なお願いでしたが、どういうわけか、すんなりとこの要望が叶いました。


医師たちとヘリコプターでヌムト集落に降りたつ

 ここで役にたっていたのが、どうやら都市部に滞在中に地元のテレビやラジオ、新聞にたびたび取り上げられていたことのようです。村の人たちみんなが、日本からハンティの文化を学びに来ている学生(当時は院生でした)が来ていて、森の奥深くまで行って調査研究したいらしいということを知っていました。医師たちもそれを知っていて、そういうことならば、と快諾してくれました。

 ヘリコプターは約250kmの道のりを2時間半程度かけてヌムトに到着しました。いよいよヌムトの人たちに会うことができると意気込んでいましたが、意外にも集落にはほとんど人がいませんでした。ヌムトの集落はソ連時代につくられた行政集落で約50軒の住居と小さな商店があり、電気と電話が使用可能です。しかし人々はここに常住せず、ふだんは集落から数十km離れた森の中で家族ごとにトナカイとともに暮らしていました。そこで、たまたま森から集落に来ていた方と交渉して、その方の家に行くことにしました。

 その方の森の住居までは集落から40km弱あり、トナカイに橇(そり)をひかせて移動しました。雪が湿っていてトナカイが走りにくく、休憩時間を含めて通常3時間程度で走るところを、5時間以上もかかって到着しました。トナカイ橇に乗るのは初めてだったので、道程で私は何度も振り落とされました。森の住居に到着するころにはへとへとに疲れていました。


トナカイ橇での移動

ハンティ語紹介

 Ма нємєм ~. マー ネーメム ~.「私の名前は~です(私は~と呼ばれています)」

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

現代社会はインターネットがあれば世界各国の交通事情も瞬時に分かりますが、どの手段を使うのがその時期に最適かは現地に行かないと分らないことがまだまだあります。雪と氷の世界の移動手段は現代的なヘリコプターと昔からのトナカイ橇、その対比が興味深かったですね。次回はトナカイ橇の話を詳しく紹介していただきます。


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