シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十五回:トナカイ牧夫の子どもと寄宿制学校

2018年 6月 8日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十五回:トナカイ牧夫の子どもと寄宿制学校


オブゴルト村の小学生と幼稚園児用の寄宿舎(2016年筆者撮影)

 遊牧しているトナカイ牧夫たちの子どもたちも義務教育を受けます(注1)。しかし、遠く離れた村の学校に毎日通学することはできないので、村の学校に併設された児童用の寄宿舎、あるいは祖父母や親戚の家に預けられて学校に通います。彼らが両親と一緒に牧畜宿営地で過ごすのは、夏の長期休暇のときだけです。通常、義務教育の夏休みは6月からですが、牧夫の子どもたちの夏休みは特別長く、4月末から8月末まであります。なぜかというと、春にトナカイ群を長距離移動させるので、それに子どもを連れて行くため、牧夫の子どもだけ早めに夏休みに入ります。春は両親がスノーモービルで子供を迎えに来ますが、8月末に村へ戻る際には、村から約200キロメートル離れた場所に宿営しているため、両親たちが所属する農業企業のヘリコプターが迎えに来ます。ヘリコプターは森に散在する各宿営地を回って、子どもたちをピック・アップして村まで送ります。


トナカイ飼育班の春の川上移動(左)の様子を見に来た生徒たち(右)

 初等教育では、ロシア語、英語、算数、理科、社会等を学びます。なかにはハンティ語しか分からなく、ロシア語を初めて学ぶ牧夫の子どももいます。反対に、高学年からはハンティ語も学びます。ハンティの子どもでもロシア語を話す両親のもとで育ったためハンティ語が分からない児童もいるからです。ハンティ語の教科書や絵本も寄宿舎の共同スペースにはありました。

 義務教育の学費も寄宿舎も無料です。金銭的な余裕がない世帯の子供には、新品ではありませんが、衣服や靴などが与えられることもあります。寄宿舎に暮らす子供たちは、朝・昼・夜の食事を学校の食堂でとります。こちらは無料かどうか不明ですが、私は一食50ルーブル(2016年3月当時約95円)で食べさせてもらっていました。朝は牛乳、ヨーグルト、ミルクがゆ等です。昼食がもっとも豪華であり、サラダ、スープ、炊き込みご飯やマカロニとソース等です。夜はソーセージ等とサラダです。どの食事にもお替り自由なパンと紅茶が付きます。


牧食堂の昼食. トナカイ肉の炊き込みご飯とスープ

 また、保育園、学校、寄宿舎には、保育士や先生、掃除係、寄宿舎の世話係、事務員、保健士、栄養士、調理員等たくさんの人が働いています。警備員や施設整備員以外は女性で、それぞれの施設長も女性です。学校施設は、単なる教育機能だけでなく、村の女性たちの雇用を生み出すものとしても重要な役割を果たしています。

 さて、筆者の寄宿舎経験を少し紹介したいと思います。筆者がオブゴルト村という場所にはじめて行ったとき、まだ知り合いもいなかったので、学校の校長に頼んで、ホームステイ先が見つかるまで寄宿舎で寝泊まりさせもらったことがあります。大人用の部屋に空きがなかったため、私は6歳の女の子と相部屋で一週間ほど過ごしました。シャワーとトイレ等は共有で、一部屋当たり3名から5名が暮らしており、それぞれにベッドと机、クローゼットが与えられます。起床と消灯が管理されていて、規則正しい生活を送ることができます。


オブゴルト村の位置(クリックで拡大)

 彼女はハンティのトナカイ牧夫の子どもでした。朝、彼女は自ら起き、ベッドのシーツをきちんと整え、身支度をして、施設内の食堂で他の児童たちと簡単な朝食をとって学校に出かけて行きました。夜は共有スペースで他の児童たちと宿題をしたり、テレビを見たりして過ごしていました。彼女は私を警戒していたのか、もともと静かな性格なのか分かりませんが、私に文句を言ったり泣いたりしないものの、挨拶以外は私と話すことはありませんでした。彼女に寄宿舎生活はどうか等々、いろいろ尋ねたかったのですが、なかなか叶いませんでした。

 私がホームステイ先を見つけて寄宿舎から出ていくとき、相部屋をしてくれたお礼に、色鉛筆とスケッチブックをあげました。彼女は素直に喜んで明るい笑顔を見せてお礼を言ってくれました。もっと早く、あの手この手で彼女とコミュニケーションをとっておけば、いろいろと話してくれたかもしれないと、後悔しました。このように私は未だにインフォーマント(情報提供者)を逃してしまうことがあります。


寄宿舎の部屋. 筆者は右のベッドを使わせてもらった

[注]

  1. 外務省 諸外国・地域の学校情報
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC55200.html

ひとことハンティ語

単語:
読み方:アン リョーヒトゥルン。
意味:私が(は)コップを洗います。
使い方:私はホームステイ先で、食事後にこのように言ってから食器洗いを手伝っていました。

* * *

◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

*

【編集部から】

大石先生からトナカイ牧夫たちの生活を聞いているうちに、子供たちの教育はどうしているのだろう、と疑問に思い今回のエッセイで紹介いただきました。幼い頃から寄宿舎で過ごしたり、家族と過ごすのは夏の長期休暇の時のみだったり、住むところが変われば生活も変わり、教育の受け方も変わるのですね。次回の更新は7月13日を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第8回 フィールドでの生活

2018年 5月 18日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第8回 フィールドでの生活

 現在[注1]、調査のためザンジバルに滞在中です。今回は、フィールドでの生活がどんなものであるかを知ってもらうために、村でのある1日の生活を紹介したいと思います。

6:00 a.m.:起床
モスクから響くアザーン(お祈りの時間を知らせる合図)、夜明けを告げる鶏の鳴き声、起き出してきた家の人たちの物音で目を覚ます。ザンジバルの朝は早い。この時間は、メールのチェック、書きかけの論文の修正、朝の調査の準備(あらかじめ用意してきた質問事項の見直し)を行う。

8:30 a.m.:チャイ①(朝ごはん)
家のお母さんが用意してくれた朝ごはんを食べる。この日のメニューは、ふかしたサツマイモ、トマトの炒めもの、それとあまり香りがしないけど砂糖のたくさん入った紅茶。血糖値が急に上がって眠気に襲われる。ちなみに「チャイ (chai)」 は、お茶だけでなく軽食も指す。

9:30 a.m.:調査①
いつものおじさんのところに調査に行く。このおじさんには、ずっと前から調査に協力してもらっている。昨日のうちに電話でアポをとっておいた。調査では、用意してきた例文が自然であるかを確認したり、文や語の発音をしてもらう。調査時間は大体いつも90分。これくらいがお互いの体力と集中力の限界。

0:00 p.m.:調査のまとめ
子供たちから「写真撮って」攻撃にあったり、道中出会った大人たちに挨拶をしながら帰宅。家に着くと、パソコンを開き音声データを保存して、この日の調査で確認した文、調査の最中に新たにでてきた語や表現を記録する。こうした作業は、できるだけ早くやっておいたほうがいい。確認し忘れたことがあれば、次の日の調査で聞くことができるし、ノートの半端なメモからでも何を聞いたかすぐに思い出せる。日本に帰ってからまとめてやろうと思っても、何を聞いたかなかなか思い出すことはできない。人間は忘れる生き物である。なにより汚いメモをみるなんて、めんどくさくてあとになったら絶対やらない。

1:00 p.m.:チャイ②
調査のまとめをしてるときに、近所のおばさんから牛乳を売りつけられる(1.5リットルで約100円)。その牛乳に砂糖をいれて沸かしてもらい、朝と同じサツマイモとトマトの炒め物でチャイ(軽食)をとる。日本の昼食にあたる時間帯に、簡単な食事をとることが多い。

1:30 p.m.:昼寝
作業がひと段落したところで昼寝。

3:00 p.m.:床屋に行く
家の子供の自転車に乗せてもらって、床屋に行く。昨日村に着いてから、家のお母さんや隣の家のおばさんからしきりに「いつ髪を切りに行くの」と聞かれる。ここでは、男の長い髪は好まれないらしい。水浴びをするにも短い方が都合がいい。髪型はいつも通り、ジェラード(イングランドのサッカー選手)風。最初にこの床屋に来た時は、壁に貼られたスポーツ選手の写真の中からモデルとしてジェラードを選んだ。こんな写真は、ザンジバルのどこの床屋にも貼られている。ちなみにスワヒリ語で髪の多寡は、「長い」「短い」ではなく、「大きい」「小さい」という形容詞で表される。


ザンジバルの田舎の床屋

4:00 p.m.:知り合いに挨拶
床屋の近くに住む知り合いのところに行って、村に来たことを伝える。

5:00 p.m.:食事
家に帰って食事をとる。今日のメニューは、ダガー(小魚)のスープと白飯。白飯からはココナツの香りがする。米は、ココナツの削りカスを濾(こ) して絞りだされた水と塩をいれて炊かれる。1日のメインの食事は、午後2時から4時くらいにとることが多い。この日は出かけていたためちょっと遅め。

8:00 p.m.:調査②
隣の家に住むおばさん(家のお父さんのお姉さん)と発音の調査。ただひたすら用意してきた文を発音してもらう。退屈な調査だからか、おばさんは時折うつらうつらして、発音が曖昧になることもしばしば。時間も遅いので、1時間ほどで調査を切り上げる。この日は、近くの井戸掘りをみんなで見物していて調査を始めるのが遅れた。明日はもう少し早く始められるだろうか。

9:00 p.m.:チャイ③
寝る前にその日の最後の食事をとる。この日は昼の残りのダガーのスープとパンと紅茶。

10:00 p.m.:就寝

コラム5:1時は7時?

スワヒリ語で時間は1から12までの数字とsaa「時」という語を組み合わせて表されます。ただし、私たちが言いたい時間は、数字とこのsaaを組み合わせるだけでは言えません。例えば、1はmojaと言いますが、ザンジバルの人とsaa moja(時を表す語と数字の順番は日本語と逆です)に待ち合わせをしても、おそらく1時にその人には会うことはできないでしょう。これは、スワヒリ語で表される時間と、私たちが使う時間表現との間には、6時間の差があるためです。スワヒリ語で、saa mojaと言った場合、それは朝か晩の7時を指します。このような時間表現が使われている正確な理由は不明ですが、朝と晩の7時に最初の数字1が、6時に最後の数字12が割り当てられていることから、1日を太陽が出ている時間(昼間)と、沈んでいる時間(夜間)に分けていることがみてとれます。

* * *

[注]

  1. この記事の執筆時(2017年10月頃)

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

* * *

【編集部から】

今回はフィールド調査中の古本さんの生活を紹介していただきました。メールをチェックしたり、調査結果をまとめたり、一見、日本での研究生活と大きくは変わらないようです。しかし、近所の人に到着の挨拶をしたり、子供たちの「写真撮って」攻撃にあったり、日本での生活よりも人に会ったり話したりする機会が多いみたいですね。来月は連載をお休みし、次回は7月の第3金曜日に公開します。どうぞお楽しみに。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十四回:フィールドのネコとイヌ

2018年 5月 11日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十四回:フィールドのネコとイヌ


川沿いの集落のイヌたちが出迎えてくれた

 ハンティの多くの家庭ではネコとイヌを飼っています。森に暮らして漁撈(ろう)やトナカイ牧畜等を営む人々だけでなく、村や都市に暮らす人々もネコとイヌを飼育しています。イヌやネコはペットとして飼育されているだけでなく、さまざまな面で人間の役に立っています。

 例えば、ネコがいればネズミによる被害を減らすことができます。ネズミは人間が寝静まったころに活動し始めます。ネコがいない家庭に滞在しているとき、ネズミにパンの耳以外の柔らかい部分をくり抜かれるように食べられたり、収穫したばかりのジャガイモが齧られたりしたことがありました。すぐに食べ物を購入したり誰かと物々交換したりできるような村や町であれば、ネズミによる被害はそれほど困るものではありません。しかし、トナカイ牧畜キャンプや森の中で暮らしている人々は、肉や魚以外の食糧には限りがあります。そのため、ネズミによる被害はたいへんショックなできごとです。このように、ネコは普段何もしていないように見えますが、実は重要な役割を果たしています。


ネコがストーブの近くで眠ると明日は寒くなるといわれている

 かわって、ハンティはイヌを調教して牧畜犬や狩猟犬として使います。森ではイヌたちは放し飼いにされることがあります。彼らは家の周辺の森を歩き回り、カワウソやライチョウなどの獲物を見つけると、吠えて主人に教えます。しかも、獲物をある程度逃げにくい場所に追い込んでおいてくれます。

 トナカイの群れを移動させたり集めたりするのにも、イヌは非常に役に立ちます。イヌがトナカイをじっと見張って通せんぼをすれば、そちらの方向に逃げて行かないし、後ろから吠えて追い立てれば、群れを移動させることができます。イヌは群れの周囲を走り回って、トナカイ群がバラバラに広がるのを抑えて一か所に集めることができます。牧夫は集めたトナカイを橇(そり)につないで使役したり、トナカイにワクチンを打ったりなど、さまざまな作業をします。

 非常に興味深いのは、人間だけがイヌを調教するだけでなく、先輩牧畜犬・狩猟犬が若いイヌに仕事を教えることです。若いイヌは先輩イヌを真似して同じ行動をとり、人間に褒められたり、餌をもらったりしているうちに、次第に人間の合図を学習していきます。このように、イヌと人間・トナカイだけでなく、イヌ同士でもコミュニケーションをとっています。


牧夫の手伝いをするイヌ

 フィールドワークでは、私もネコとイヌとコミュニケーションをとり、彼らにも受け入れられようとします。はじめて訪問する家庭では、私は彼らに不審者扱いされ、よく吠えられたり、齧られたり、無視されたりします。しかし、しばらく一緒に暮らしていると、イヌたちは私と遊びたがり、ネコは私で暖をとり始めます。なぜこれがフィールドワークにおいて重要かというと、文化人類学では、人間と動物の相互関係も文化と考えるからです。人間が一方的に動物に影響を与えるだけでなく、動物も人間に影響を与えます。よって調査では、動物たちが人間の何を見て動いているのか、人間は動物の行動にどのように反応・対処しているかを理解しようとします。

 ひとつそのような例をあげてみたいと思います。2017年2月にトナカイの屠畜作業を見学しました。このときも牧夫たちはそれぞれ自分のイヌを数匹ずつ連れていましたが、あるイヌが縄に絡まって動けなくなっていました。彼は一番暇そうな私に向かって吠えて呼んでいたようでしたが、たくさんのイヌが吠えていたため、私はなかなか気づきませんでした。しかし、彼は私をじっと見つめつづけていたため、私は彼の視線に気づいて縄をほどいてあげました。するとイヌは私の鼻を舐めてお礼をしました。このことから、イヌが人を呼ぶときの特有の声や視線があり、牧夫たちはそれを知っており反応していることが分かってきました。

 ささいなことですが、現地の人たちが普段行っているイヌとのコミュニケーションが行えたこと、イヌの呼びかけに気づけたこと、ずっと私を警戒し続けていたイヌが私を頼り、お礼までしたことが、彼らに受け入れられたようでたいへん嬉しかったです。


集落のイヌ

ひとことハンティ語

単語:Ньотә!
読み方:ニョタ!
意味:助けてください。
使い方:誰かに助けを乞うときに使用します。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

ネコが大石先生で暖をとり始める姿、想像するだけでかわいいですね!そしてイヌも周りの人間関係を見極めて行動しているのですね。イヌもネコも世界中どこにでもいて、それぞれの役割を果たしているということが改めて分かりました。次回は6月8日の更新を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

2018年 4月 20日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

 フィールドワーク中は、その言語を教えてくれる人だけでなく、滞在先の家の人、近所に暮らす人と多くの時間を過ごすことになります。彼らと良好な関係を築くことができれば、フィールドワークはとても楽しいものになります。今回は、私がフィールドの人たちに信頼してもらうため、あるいは彼らと仲良くなるためにどんなことをしているかをお話します。あらかじめ断っておきますが、特別なこと、難しいことなど何もしていません。みなさんも、自分だったらどうするか想像しながら読んでみてください。

調査のとき

 言語調査でインフォーマントとなる人(調査に協力してくれる話者)は、普段の生活で聞かれることもないようなことを聞かれたり、やることもないようなことをやらされたりします。例えば、みなさんも「虫を殺したけど死ななかった」という文が自然であるか考えたり[注1]、「彼が明日来る」という文を何回も繰り返し発音するということは、したことがないでしょう。なぜこんな奇妙なことをするのかと、インフォーマントが疑問に思うこともしばしばあります。そんなときは、できるだけわかりやすく、調査の目的や理由を説明しなければなりません。私は「街のスワヒリ語とここの方言は発音が違うから比べてみたいんだけど、そのためには何回も発音してもらわなければならないんだよね」なんて言ったりしています。

 こんなことをひたすらやり続ける言語調査というのは、インフォーマントにとって(そして研究者にとっても)、とても退屈でつらいものです。インフォーマントは調査の途中で必ずといっていいほどウトウトします。あまりに調査が退屈だと、インフォーマントは不自然なはずの例文を自然だといったり、普段通り発音してくれなかったりするかもしれません。それどころか、明日以降の調査に協力してくれなくなるかもしれません。私は調査を苦行としないために、調査を長時間行わないようにしたり(大体2時間以内)、途中で休憩をはさんで水を飲んだりしてもらっています。こちらが用意した質問だけでなく、調査の途中ででてきた方言特有の語や表現を説明してもらったり、インフォーマントが調査中に思いついた物語を語ってもらうのもいいでしょう。こんな風にして得られたデータのなかに予想もしなかった表現や語が隠れているかもしれません。


調査中の著者とインフォーマント

 調査の際、インフォーマントに確認しなければならないことが2つあります。1つは録音、録画の許可。言語調査では、調べたことをノートにメモするだけでなく、その様子を録音、録画することがよくありますが、レコーダーのスイッチをいれる前には、必ず録音や録画の許可をとらなくてはいけません。いきなり無断でレコーダーやビデオのスイッチがいれられたら、誰だって不快な気持ちになります。調査の途中で、電話がかかってきたり、他の人が何か用事で訪ねて来たときは、レコーダーを止めるという配慮も必要となります。もう1つ確認すべきことは、データ公開の許可。調査で得られたデータ(例文、音声、写真、動画)は、学会や論文で公開することになりますが、その公開の可否についても許可を得なければなりません。論文の謝辞(お世話になった人への感謝の言葉)にインフォーマントの名前を書いていいかも尋ねるべきでしょう。調査によって得られた成果は、あなた一人のものではなくて、データを提供してくれたインフォーマントのものでもあることを忘れてはいけません。

謝礼とおみやげ

 私がザンジバルで調査をする際は、インフォーマントに謝礼としてお金を渡しています。謝礼については、調査地の物価や文化・風習を考慮して、渡すべきか[注2]、渡すとすればいくら位が適当か、渡す方法はどうすればいいか、ということを考えなければなりません。私は、1, 2時間程度の調査の最後に、コカ・コーラが数本買える程度の額[注3]のお札を小さく折りたたんで、他の人に見えないようにこっそりと手渡しています。この額や渡し方は、私を村に連れて行ってくれた古文書館のスタッフに教えてもらったものです。

 フィールドには、謝礼(お金)だけでなくおみやげも持って行きます。定番は、キャンディやビスケットのようなお菓子。フィールドで撮った写真[注4]や私がいつも使っている牛乳石鹸や綿棒、バスタオルなんかも喜ばれます。街にいったん戻るときは、村では手に入りにくい大きな玉ねぎやトマトなんかを持っていくこともあります。普段の生活をよく観察して、どんなものがフィールドの人たちに喜ばれるか調べておくといいでしょう。ちなみに、日本的なおみやげは、必ずしも歓迎されるわけではないということも覚えておいてください。

 フィールド滞在中は、調査をしていない時間のほうがずっと長く、その間はインフォーマント以外の地域の人々(つまりご近所さん)と過ごすことになります。研究者は、その地域コミュニティのメンバーの一人として、どうふるまうべきか、どんな役割を果たすことができるのかということも頭の片隅に置くべきでしょう。私は、進級試験前の中学生に数学を教えたり[注5]、家のお母さんや近所のお母さん[注6]のお使いとして、お米や野菜を買いに行ったりしています。調査をするだけがフィールドワークではありません。

コラム4:名づけの方法

ザンジバルの人の名前は、多くの場合、他のイスラム圏でもみられるものですが、中には変わり種もあります。例えば、私の調査協力者の女性には、「私はまだ信じない (Sijaamini)」「私はまだ同意していない (Sijadumba)」という名前の双子の子供がいます。彼女は、死産や自分の子供の夭逝(ようせい)(若くして死ぬこと)を経験したのちに、この双子を出産したため、彼らがちゃんと育ってくれるか不安に思い、このように命名したそうです。ちなみに、彼らは今では立派に成長しています。これ以外にも、「あなたたち私を笑いなさい (Nchekani)」や、「あなたたち置きなさい(Tuani)」と言った名前も耳にしたことがあります。

* * *

[注]

  1. この文を自然であると感じる日本語母語話者もいれば、不自然であると感じる日本語母語話者もいる。
  2. 日本での調査では渡さないことが多いようである。
  3. 日本円で約300円程度。現地の物価や平均収入を考慮すると、若干高額となる。
  4. 最近では、私が写真を撮って、あとで渡すことが知られていて、写真を撮りにくるよう呼ばれることもしばしばある。際限なく写真を要求されることもあるため、「2枚目以降は有料」と言っている。ただし払ってもらえるとは限らない。
  5. ザンジバルの中学生はあまり数学が得意ではない。
  6. 自分の家の子供だけでなく、近所の家の子供をお使いにやるということはよくある。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はフィールドの人たちとの付き合い方についてのお話でした。第5回に登場した古文書館の女性スタッフやホームステイ先のマクンドゥチの家のお母さん、また、今回の記事の写真のインフォーマントなど、古本さんの調査が多くの人の協力と彼らとの信頼関係から成り立っていることが分かります。次回は村でのある1日を紹介していただきます。お楽しみに。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十三回:フィールドワークでの振舞い

2018年 4月 13日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十三回:フィールドワークでの振舞い


薪割りをする筆者。
このとき、使用してはならない家の主人の所有物である斧を使っている

 筆者が初めてハンティのところへフィールドワークに行ったときには、彼らの家でどのように振舞えばよいのか、まったく知りませんでした。どのような服装をしたらよいか、どのような行為が無礼なのか、どこに座ればよいのか、誰と話してよいのか、生活のすべてが疑問でした。

 彼らには日本人とは異なる習慣やマナーがあります。生活を送る上で男女の区別があり、性別によって、家の中・外で行ってはならない場所やしてはならない仕事等があります。また、信仰に関係することでは、女性が触れてはならないもの、食べてはならないもの等があります。例えば、クマの毛皮で作られた牽引(けんいん)具を使用したトナカイ橇(そり)に女性が乗ることは禁じられています。あまりハンティの風習を尊重しない若者にそそのかされ、筆者はその橇に乗ってしまったことがあります。そのときは、筆者は年配の方々に叱られ、浄化儀礼を行いました。儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。そして、儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。例えば、調査者である筆者は女性であるため、見ることのできない部分や触ることができない儀礼道具があります。

 加えて、マナーやエチケットも日本とは異なっており、知らず知らずに無礼なことをしてしまっていることもあります。例えば、日本では目上の方の前を通ることが失礼とされていますが、ハンティでは後ろを通ることが失礼とされています。さらに、その地域のハンティ全体で共有している禁止事項もあれば、各親族や家で異なるような禁止事項や習慣もあります。


クマの毛皮の牽引具をつけたトナカイ

 このような禁止事項やマナー違反がまるで網目のように生活のあちこちに張り巡らされています。一歩けば、その網目にひっかかってしまいそうで、なかなか自由に振舞うことができず、フィールドワーク当初は筆者もとても窮屈に感じていました。お世話になる家庭の奥さんは、親切に「分からないことがあれば、何でも聞いてください」と言ってくださいましたが、最初は何を聞けばよいのかも分からない状態でした。ことあるごとに筆者は叱られたり、嫌な顔をされたり、陰で文句を言われたりして、落ち込んだこともあります。


女性は家の裏側に行ってはならない。また、屋根に登ってもいけない

 フィールドワークにおいてこうしたことは、慣れないうちは、かなりストレスです。しかし、ハンティの振舞い方と同じことをして当然と思われているということは、裏を返せば、彼らは筆者を一時滞在の外国のお客さんではなく、ハンティの家に同じように一緒に住まう者として扱おうとしているということです。生活習慣の違いによって叱られるときは、大きなストレスを感じますが、現地の方々に表面的ではなく深く受け入れられているようで、嬉しくも感じます。

ひとことハンティ語

単語:Пуна!
読み方:プーナ!
意味:注いでください。
使い方:年長者がお茶を注いでもらいたいときに、このように言って若者に催促します。お茶を注ぐのは年少者の役割です。また、年少者は年長者やお客さんお茶が空になったら、とにかく注ぎに行きます。このとき「もう一杯いかがですか」と聞いてはなりません。不要な場合は、お客さんが断ります。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

旅行者や部外者ではなくその地域の一員として扱ってもらう。これは信頼関係がないと難しいことですが、大石先生は第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編で紹介されていたような物を準備した上で、コミュニケーションを取り合っているのでしょうね。
冒頭の写真は家の主人の所有物の斧だから使用はしてはいけなかったようです。小さな道具類は個人所有で家族でも共有しない一方で、食べ物やタバコなどの消耗品は分け合わないといけなかったりするようです。どこからどこまでが個人所有なのか、集団所有、共有なのかは文化によってかなり異なりますね。次回は5月11日更新を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

2018年 3月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

 フィールド言語学の教科書や授業では必ずといっていいほど、準備(と計画)の大切さが説かれています。もちろん、前回までにお話した道具の用意や話者探し、あるいはお金の工面といったことも大事な準備の一部です。しかし、フィールドワークには、こうした物理的な準備だけでなく、「頭の準備」も求められます。それは、フィールドワークの目的が、調査・研究だからです。今回は、私のはじめてのフィールドワークにおける失敗を反面教師としながら、どのような「頭の準備」が必要となるかをお話させていただきます。

 2012年3月、調査のためにはじめてザンジバルを訪れた私は、日本の先生に言われた通り、マクンドゥチ方言の調査を渋々ながら行うことにしました(渋々なのはこの時はマクンドゥチ方言よりも街で話されるスワヒリ語に興味があったから)。最初はフィールド言語学の定石通り語彙調査。先生に渡された語彙調査票[注1]を使いながら、ストーンタウンの外れにある大学の教室で、マクンドゥチ郡出身の用務員さんに方言を教えてもらいます。調査票の最初の語彙は「身体」。標準スワヒリ語(街のスワヒリ語)ではmwiliと言います。「マクンドゥチ方言でmwiliは何と言いますか」と聞くと、返ってきた答えはmaungo。明らかに違います。私は、この最初の単語を聞いて初めてマクンドゥチ方言が、日本で勉強してきたスワヒリ語とは大きく異なることに気づきました。しかし、調査を始めてからそんなことに気づくというのはまったくダメなフィールドワークの典型です。言語調査をする場合は、フィールドワークに出かける前に、その言語(方言)についてどんな研究があるのか調べたうえで、そのフィールドワークで調べる課題を明確にしておかなければなりません。私がフィールドワークを始めてから知った語彙の違いというのは、ずっと昔から知られた事実であり、本来であれば日本を出発する前に把握しておかなければならないことだったのです。

 もう一つ失敗のお話をしましょう。フィールドワークに取り組む際は、媒介言語を事前に流暢に話せるまでに習得していることが必要条件となります。媒介言語というのは話者とコミュニケーションをとるための言語で、私の場合は、標準スワヒリ語がこの媒介言語となります[注2]。2012年の時点では、私は標準スワヒリ語を片言しか話すことができませんでした。では、媒介言語が話せないとどのような問題があるのでしょうか。上で述べたような語彙調査に取り組むと、語彙だけでなく文法についても少しずつ分かってきます。例えば、「食べる」という動詞が知りたくて、「食べること」を何と言うか聞くと、「食べること」ではなくて、「食べた」であったり「食べよう」という別の活用形が答えとして返って来ることがしばしばあります[注3]。つまり、動詞について正確な語彙調査をしようと思えば、その言語の動詞活用形を作る規則を調べるための文法調査も並行して行う必要があります。文法調査は、文法調査票[注4]にのっとって行われることが一般的ですが、この文法調査票は多くの場合、英語や日本語で書かれています。媒介言語が英語でも日本語でもない場合は、それを自分で翻訳しなくてはいけません。当時の私のスワヒリ語能力では、この翻訳がうまくできず、マクンドゥチ方言の文法を調べたくても調べることすらままならないという問題にぶち当たってしまいました(なお、この問題は、幸いにして豊富に用意されている標準スワヒリ語の語学の教科書の例文をマクンドゥチ方言に翻訳してもらうという方法をとることで回避できました)。

 フィールドワークに準備は不可欠です。もしこれからフィールドワークに行こうと思っている人は、その言語に関する下調べと媒介言語の習得を怠ってはいけません。決して私の真似はしないでください。ただし、どんなに入念に準備をしても、予想外の困難にぶつかるというのもフィールドワークの醍醐味。そんな状況を打開していく能力というのもフィールドワークでは(そして研究でも)必要となるのかもしれません。

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[注]

  1. 私はある先生の作成した非公開の調査票を用いたが、「言語調査票 2000年版」(峰岸 2000)http://www.aa.tufs.ac.jp/~mmine/kiki_gen/query/aaquery-1.htm(最終確認日 2018年1月15日)のような一般に公開されたものを用いることもある。
  2. 調査する地域や、協力してくれる話者によって、英語、フランス語、日本語などほかの言語が媒介言語になることもありうる。
  3. 英語のeatingをなんというか聞いたら、ateやLet’s eatという答えが返ってきた状況を想像してほしい。
  4. オンライン上で公開されている日本語で書かれた文法調査票としては「南アジア諸言語調査のための文法調査票」(澤田 2003)http://www.aa.tufs.ac.jp/~sawadah/raokaken/(最終確認日 2018年1月15日)がある。また、マックスプランク進化人類学研究所のHP上https://www.eva.mpg.de/lingua/tools-at-lingboard/questionnaires.php(最終確認日 2018年1月15日)でも、多くの文法調査票が公開されている。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は「頭の準備」、フィールドワーカー自身に必要なことについて教えていただきました。媒介言語の習得、調査対象の言語・方言の情報収集というのは、短時間でできるものではありません。こうした事前の準備の話から、フィールドワーカーがフィールドにいないときの日々の活動も垣間見えてきますね。次回はフィールドの人たちとの付き合い方についてお話をしていただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十二回:ハンティのハンティング

2018年 3月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十二回: ハンティのハンティング


キツネ用の罠(わな). キツネをおびき寄せるための魚が中に仕掛けられており、周辺には罠にはいることをためらったキツネの足跡が見える(2012年ヌムトにて撮影)

 ハンティが利用する動物は、これまで紹介してきた家畜トナカイや淡水魚ばかりではありません。家畜飼養や漁撈(ぎょろう)だけでなく、森の中で動物を捕獲し、その肉や毛皮を利用しています。このように、それぞれ居住地の自然・社会環境に合わせて複数の生業を営み、生活することを生業複合といいます。森に住むハンティは、漁撈とトナカイ牧畜、狩猟、採集、ジャガイモ栽培(半定住の場合)の生業複合を営んでいます。

 ハンティが主に利用している野生動物は、哺乳類ではヒグマ、クズリ、アカギツネ、キタキツネ、イタチ、テン、オコジョ、ミンク、カワウソ、野生トナカイ、ノウサギ、リス等、鳥類ではガン、カモ、ハクチョウ、ライチョウ等です。これらの鳥類には下位分類があり、種によっては国際条約、国・地方行政で狩猟対象としてはならない種が定められていたり、狩猟数が制限されたりしている場合もあります。ハンターたちはそれらを注意深く見極めて狩猟します。

 彼らの狩猟の方法には、罠を仕掛ける方法と銃を使用する方法があります。どちらの猟方法にせよ、ハンティの狩猟は基本的には「待ち」です。漁撈で網や筌(うけ)を仕掛けたり、釣り糸を垂らしたりして、魚がかかるのを待つのと同様に、狩猟においても罠を仕掛けて獣を待ちます。罠の素材は木材ですが、獣の種類によって罠の形状は異なります。住居から徒歩圏に罠を設置したのち、数日から1~2週間に1回の頻度でそれを見に行きます。冬季にはすぐに罠にかかった獲物が凍結するため、毎日見に行かなくても腐らずに保存できます。


キツネを生け捕りにしたハンティ(2012年ヌムト)

 猟銃を使用するときは、自宅周辺に獣が「来た」場合、あるいはスノーモービルやボートで出かけている最中に動物が自分のところへ「来た」場合です。現在は趣味のスポーツのように狩猟を楽しむハンティもいます。しかし、森の中に住む古老たちは自ら積極的に動物を探し求め、追いかけて捕らえるのではなく、獣が自分のところに姿を現したときに狩猟します。鳥類の場合も、同様に自分のところに飛来したときに銃で捕えます。

 さらに、自分たちが食べる分だけしか動物を捕獲しません。手が届きそうなところにリスがいても、捕まえずに無視することもあります。森の中では冷蔵庫がないため長期保存できないから、また貯えずともどこでも動物はいるからというのが理由です。しかし、かつては狩猟を積極的に行っていたこともあったようです。

 筆者がある年配のハンティから聞いたことには、ソ連時代には野生動物の毛皮を国営農場に売り現金を得ることができたので、積極的に狩猟を行っていました。当時、毛皮はソ連の重要な輸出品であり、国営農場を通してシベリアの北方少数民族に狩猟を推奨して、高く買いとっていました。腕のいい少数民族のハンターは行政から表彰されたり褒賞を与えられたりしたそうです。しかし、ソ連崩壊後はそういった販売ルートがなくなったため、あまり積極的に狩猟を行わなくなったと聞きました。


キツネの足跡をたどる(2012年ヌムト)

 森の中を歩けば、獣の足跡や野鳥の影に出会います。しかし、動物たちが現れたとしても、家庭で食べきれないほどの肉や必要のない毛皮のために狩猟は行わないというのが、現在のハンティの狩猟のあり方のようです。

ひとことハンティ語

単語:Муйсар бор?
読み方:ムイサル ボル?
意味:何の動物ですか?
使い方:森の中で獣の足跡を発見したときなど、獣の種類を訪ねるときに使用します。
「ムイМуй」が疑問詞「何」、「ムイサルМуйсар」が疑問詞「何の」であり、「ボルбор」が「獣」という意味です。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

2018年 2月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

 スーツケースに必要な物を詰め込んで、フィールドに乗り込んだとしても、すぐさまフィールドワークを始められるわけではありません。フィールド言語学にとって最も重要なもの、その言語を教えてくれる話者[注1]はどのように探し出せばいいのでしょうか。今回は、私がいかにしてフィールドにたどり着き、話者に出会ったのかについてお話ししたいと思います。

 ザンジバルでの調査は、調査許可と在留許可[注2]の2つの政府からの許可を取得するところから始まります[注3]。公式に調査をするためには、こうした許可が必ず必要となります。この2つは高い、時間がかかる(2つ合わせて取得に1か月以上)、手続きのプロセスが不明瞭というデメリット[注4]ばかりでなく、話者を紹介してもらえる(かもしれない)というメリットもあります。

 私の本格的なフィールドワークは、調査許可取得のために訪れた古文書館から始まりました。調査計画書のKimakunduchi(マクンドゥチ方言)という単語を目にした古文書館のおばちゃんスタッフは突然笑い出し、何をするかと思えば、マクンドゥチ郡出身の両親をもつという別の女性スタッフを呼びに行ってくれました。そしてこの女性スタッフの第一声は「じゃあ、マクンドゥチにはいつ一緒に行くの?」。私がフィールドにたどり着くことができたのは、彼女が連れて行ってくれたからだし、私の今の滞在先(この女性スタッフの姉の夫の弟の家)は、彼女が幾人もの人に連絡して探し出してくれたものです。つまり、今の私のフィールドワークはこの出会い(というかこの女性スタッフ)がなければ、なかったと言っても過言ではありません。

 ここでおもしろいのは、この古文書館、その名の通り、古文書を保存、管理する機関で、本来フィールドワークとはまったく関係がないというところです(そのことには、だいぶあとになってから気づきました)。ザンジバルの人は初対面のときはとてもシャイですが、悪いやつじゃない、おもしろそうなやつだと分かれば、とたんに心を開いて、自分の本当の仕事でなくても、親身になって助けてくれます。私の場合は、マクンドゥチ方言を調査したいということがポイントだったのかもしれません。外国人が、普通のスワヒリ語のみならず、方言を話すというのは相当に現地の人の興味を引くようです。


マクンドゥチへ向かうバス

 そして、ザンジバルの人は、人と人とのつながりを非常に重視します。いったんある人との間に信頼関係が出来れば、そのあとの話者探しは、その人からの紹介で非常にスムーズにいきます。「こんな感じ(昔話が上手、暇 etc.…)の人を探してるんだけど」なんて滞在してる家のお父さんやお母さんに言えばすぐに近所で探してきてくれます。それどころか、「トゥンバトゥ(ウングジャ島の北側にある小島)に行きたいと思ってるんだけど、まだ泊めてくれる人みつかってないんだよね」とマクンドゥチ(ウングジャ島の南側)の家のお母さんに言ったら、おそらく唯一のつてをたどり、滞在先を探して「日本人があんたんとこに行くけど、こいつは長く泊まるんだよ。食べ物は何でも食べるよ。スワヒリ語もしゃべれるよ。」と頼んでくれたこともあります(ちなみに、マクンドゥチとトゥンバトゥの間で人の交流はほとんどなく、知り合いがいることは非常にまれ)。


トゥンバトゥ島とマクンドゥチの位置

 ある一人の話者に出会うまでに、何人もの人を介すなんてことはよくあります。その人たちと信頼関係を築けるかどうかにフィールドワークの成否はかかっていると言っても過言ではありません。ただ、難しく考えずとも、気づかぬうちに彼らと仲良くなってしまうのがフィールドワークの醍醐味なのかもしれません。久しぶりにフィールドのお母さんにWhatsApp[注5]メッセージでも送ってみようかな(返事はたぶん1か月後だけど)。

コラム3:スワヒリ語にも方言がある

日本の各地域で、その土地ならではの方言が話されているのと同じように、スワヒリ語にも方言があります。その数は、大体20くらいと言われていて、多くは東アフリカの沿岸部で話されています。私が調査しているマクンドゥチ方言もこうした方言の一つです。マクンドゥチ方言は、標準語との間に共通点もたくさんありますが、違う点もたくさんあります。標準語しか話せない街出身の人にとっては理解が難しいことも多いようです。以下によく使う表現を挙げましょう。( ) のなかには、標準語の表現を挙げますので比べてみてください。Jaje? (Vipi)「調子はどう?」(友達との挨拶で)、Siviji (Sijui)「私は知らない」、Sikwebu (Sikutaki)「あんたなんかいらない」(夫婦喧嘩で)、Lya (Kula)「食べろ」。実は、Jajeという表現は、先ほどのバスの中に書かれていたのですが、見つけられましたか?


マクンドゥチへ向かうバスに書かれた方言

* * *

[注]

  1. 話者のことをコンサルタント (consultant) とかインフォーマント (informant) と呼ぶことがある。私は、現地ではどちらも使わず、「○○方言を話して教えてくれる人」とか「○○方言の先生」と呼んでいる。
  2. ザンジバルでの調査許可取得、在留許可取得については、http://www.jspsnairobi.org/tanzania(最終確認日 2018年1月5日)参照。なお、2017年2月時点で、古文書館と関わりのない調査については古文書館が調査許可取得の窓口とならないこと、滞在が3か月以内であれば、250ドルの在留許可が取得できることをここに補足しておく。
  3. タンザニア(ザンジバル含む)以外でも、調査に際して公的な許可が必要となる国はある。ちなみに、タンザニアでは、許可がないと、地方の役人に賄賂を要求されたり、調査を妨害されたりすることもあるらしい。
  4. 現地の人も、同じように許可地獄の中で日々生活している。ザンジバルはこういうものなんだと受け入れる態度、役所の人との雑談を楽しんだり感謝を伝える余裕をもつこと、許可取得を考慮して旅程を組むことが重要。
  5. LINEに似たメッセージ用アプリ。近年、ザンジバルでもスマートフォンの普及が進んでおり、このWhatAppを使うことで、日本からも簡単にザンジバルの人と連絡が取れるようになりつつある。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はその言語について教えてくれる話者との出会いについてのお話でした。現地に知り合いがいるととても心強いものです。古本さんは今回のエピソードに出てきた古文書館の女性スタッフに、在留許可取得のための入国管理局での交渉(とっても怖いのだとか)でこの間に入ってもらったこともあるそうです。次回はフィールド調査の「頭の」準備についてのお話をしていただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十一回:いろいろなトナカイ料理

2018年 2月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十一回: いろいろなトナカイ料理


トナカイ脂肪の燻製(左)とトナカイの煮こごり(右)

 トナカイは橇(そり)をひく家畜というイメージが強いかもしれません。しかし、トナカイ牧夫は、橇をひかせるためだけでなく、肉や毛皮を利用するためにもトナカイを飼育しています。橇をひかせたり、人を騎乗させたり、荷物を運ばせたりするための家畜を役畜(えきちく)、肉を利用するための家畜を肉畜といいます。トナカイは役畜であり、肉畜でもあります。今回は、牧夫たちはどのようなトナカイ料理を食べているかについて書いてみたいと思います。

 屠畜(とちく)は外気温での長期保存が可能な10月~3月に集中しています。屠畜後には、保存方法や部位によって食べ方が異なります。屠畜直後には、顔の肉、脳、肝臓、あばら骨に付いている肉を食べます。肉を一口大にナイフで切り取って塩をつけて食べます。唇や目の周り、頬の肉は繊維が強くなかなかかみ切れないので、数十分かけて噛んで楽しみます。血の滴るぷりぷりした新鮮な肝臓も生のまま食べます。血液も生のまま飲みます。パンや肝臓に血液をつけて食べることもあります。残った血液は凝固しないように塩を入れ、外気で凍らせて保存します。

 新鮮で濃厚な血液を飲むことは、寒さに強いトナカイの体をめぐっていた栄養をそのまま取り入れることです。現地の人々は、冬季の屠畜で湯気の立つ血液を飲むと「力が出る」、「寒さが厳しいときにとても欲しくなる」と言います。トナカイの血液をパン生地に混ぜ込み、フライパンで焼いて、血のパンケーキを作ることもあります。


茹でたトナカイの心臓

 肝臓や血液を食べている間に、消化器系の内臓と心臓を塩で茹でて食べます。消化器系の内臓の内容物を取り出しきれいに洗い、こぶし大に切ってから茹でます。そのまま食べるには大きいので、食卓で各自好きな部位を手に取ってナイフで切りながら食べます。

 冬には外気温ですぐに肉が凍るので、屋根の上や小屋、橇の上などで保存します。暖かくなるまで、凍ったトナカイ肉をナイフで削りながら食べます。とくに脛(すね)やあばらの骨に付いた肉をこの方法で食べます。脛の骨を割って、中の骨髄を食べます。そのまま、あるいはパンにのせて食べます。骨髄は油分が多く、「ちょうどパンにバターを塗るようなもの」と言います。また、骨髄だけでなく、トナカイの脂やクマの脂を溶かしてパンにつけて食べることもあります。内臓周りの網脂(あみあぶら)は乾燥させて保存します。


トナカイ肉のスープ

 腿(もも)や肩などの大きな部分は凍らせて保存しておき、随時のこぎりで切断・解凍して食べます。削ってそのまま食べるほか、スープやプロフ(炊き込みご飯)に入れたり、ミンチにしてカツレツやピロシキにして食べたりします。スープには、マカロニや米、ソバの実、ジャガイモを入れることがあります。そのほか、玉ねぎ、にんにく、にんじんを少量入れることもあります。調味料は塩のみか、あれば胡椒や化学調味料等を使用します。ジャガイモ以外の野菜や穀類、調味料、サラダ油は村や町で購入します。また、春にはトナカイの肉を乾燥させて干し肉をつくり、保存食とします。

 このように、部位や季節によってさまざまな方法で調理して楽しみます。しかし、現地の方々の一番のごちそうは生肉です。牧夫のところに客人が来訪したとき、親戚が集まったときには、凍った生肉と血液でもてなします。苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです。

ひとことハンティ語

単語:Щи. / Атән.
読み方:シ/アートン
意味:はい、そうです。/いいえ、ちがいます。良くない(悪い)と思います。
使い方:はい、いいえで答えられる質問に対する答えで使用します。「アートン」は、否定的な意見を言うときにも使用します。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ料理、というタイトルから「トナカイステーキ」「トナカイハンバーグ」「トナカイのロースト」などの料理を想像しましたが、トナカイの調理法とその食べ方を詳しく紹介をしてもらいました。それぞれの部位を季節ごとに調理法を変えて味わうトナカイ牧夫たちは、トナカイの活用法を熟知していると感じました。
大石先生の最後の文「苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです」に全てが凝縮されていますね。次回の更新は3月9日(金)を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

2018年 1月 19日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

 アフリカで調査をするフィールドワーカーというと、とんでもない秘境に出かけて行って、あまたのサバイバルグッズを駆使しながら生き抜く姿をイメージする人がいるかもしれません。もちろん、そうしたタイプのフィールドワーカーもいるのですが、残念ながら、そうしたイメージは私の調査には当てはまりません。私の滞在先には電気が来ており(時々停電するけど)、扇風機もあり(首は回らないけど)、夜はベッドで寝ています(南京虫にかまれたけど)。最近では、インターネットも使えます。食事も、お世話になっている家のお母さんが用意してくれるので、自分で作る必要がありません(ちなみに主食はだいたい米)。つまり、皆さんがちょっとしたキャンプに出かけるよりもよっぽど準備するものは少ないのです。特別に用意するものと言えば、蚊が多くてマラリアの心配があるので、その対策のための、予防薬や虫よけスプレー(私はどちらも使いませんが)や蚊取線香くらいでしょうか[注1]

 それでは、フィールド言語学のために特別に必要なものとはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、私のフィールドワークにおける必需品をいくつか紹介します。


私のフィールドワークにおける必需品

ノートとペン

この2つさえあればフィールドワークは始められます。私が使っているノートは、表紙の硬いA5くらいのサイズのものです。こんなノートを使っているのは、机がないところでも書き取りがしやすく、携帯もしやすいためです。話者への聞き取りは、たいてい家の軒先や屋外で行われます。また、決まった調査時間以外も気づいたこと、耳にしたおもしろい表現は書き留めておく必要があります。ペンは、書き心地のよい油性のボールペンを選んでいます。

ボイスレコーダーとマイク

フィールド言語学で分析の対象となる言語データは話者が発した音声に他なりません。この音声を残しておくことは以下のような利点があります。

・調査中にメモし忘れたり、自分の速記が汚すぎて読めない場合のデータの確認。
・メモには残されていない現象(例:声の抑揚)の検証。
・速記が不可能なおしゃべりの記録。
・データの信頼性の確保。

ボイスレコーダーは、16bit/44.1kHzのwavファイルの形で音声を録音できるものを用います。聞き取りやすく、多くの再生機器や分析ソフトに対応しているため、言語調査の際は、こうしたフォーマットで音声ファイルを保存することが一般的になっています。マイクは、レコーダー内臓のものを用いることもありますが、よりクリアな音声が必要なときは、ヘッドセット型のコンデンサーマイクを使います。

パソコン

パソコンは、集めたデータ(ノートのメモや音声)の保存だけでなく、普段のおしゃべりや民話の文字起こしのためにも用います。文字起こしは、パソコンに保存した録音データを母語話者と一緒に聞きながら行います。正確な文字起こしは、母語話者の協力なしではとてもできません。なお、私は初めて赴く調査地にはパソコンをもっていかないようにしています。これは、そもそも滞在先でパソコンが使えるか不明、パソコンがあるとフィールドの人たちと話す時間が減ってしまう、信頼関係を築くまでは万一盗まれたら嫌だ、といった理由によります。

懐中電灯

調査は、話者の都合に合わせて夜行うこともたびたびありますが、ザンジバルの地方には電気が来ていない家もたくさんあります。夜、電気のない家で調査をするときは、懐中電灯が必須です。また、家によっては、トイレに灯りがないということもよくありますが、こんなときにも懐中電灯を持っていると便利です。

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[注]

  1. なお、荷物を用意するときのコツは、調査時も含めた、朝起きてから夜寝るまでの生活をイメージすること。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は調査準備編の1回目ということで、調査道具について紹介していただきました。懐中電灯が必要なのは地域性の現れでしょうか。使用するノート・ペンの種類やパソコンに入れたソフト、マイクの種類などにはフィールドワーカーそれぞれのこだわりがあるのかもしれません。

次回は、話者(ことばを教えてくれる人)といつ、どのように知り合うかについて話していただきます。


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