フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

2018年 4月 20日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

 フィールドワーク中は、その言語を教えてくれる人だけでなく、滞在先の家の人、近所に暮らす人と多くの時間を過ごすことになります。彼らと良好な関係を築くことができれば、フィールドワークはとても楽しいものになります。今回は、私がフィールドの人たちに信頼してもらうため、あるいは彼らと仲良くなるためにどんなことをしているかをお話します。あらかじめ断っておきますが、特別なこと、難しいことなど何もしていません。みなさんも、自分だったらどうするか想像しながら読んでみてください。

調査のとき

 言語調査でインフォーマントとなる人(調査に協力してくれる話者)は、普段の生活で聞かれることもないようなことを聞かれたり、やることもないようなことをやらされたりします。例えば、みなさんも「虫を殺したけど死ななかった」という文が自然であるか考えたり[注1]、「彼が明日来る」という文を何回も繰り返し発音するということは、したことがないでしょう。なぜこんな奇妙なことをするのかと、インフォーマントが疑問に思うこともしばしばあります。そんなときは、できるだけわかりやすく、調査の目的や理由を説明しなければなりません。私は「街のスワヒリ語とここの方言は発音が違うから比べてみたいんだけど、そのためには何回も発音してもらわなければならないんだよね」なんて言ったりしています。

 こんなことをひたすらやり続ける言語調査というのは、インフォーマントにとって(そして研究者にとっても)、とても退屈でつらいものです。インフォーマントは調査の途中で必ずといっていいほどウトウトします。あまりに調査が退屈だと、インフォーマントは不自然なはずの例文を自然だといったり、普段通り発音してくれなかったりするかもしれません。それどころか、明日以降の調査に協力してくれなくなるかもしれません。私は調査を苦行としないために、調査を長時間行わないようにしたり(大体2時間以内)、途中で休憩をはさんで水を飲んだりしてもらっています。こちらが用意した質問だけでなく、調査の途中ででてきた方言特有の語や表現を説明してもらったり、インフォーマントが調査中に思いついた物語を語ってもらうのもいいでしょう。こんな風にして得られたデータのなかに予想もしなかった表現や語が隠れているかもしれません。


調査中の著者とインフォーマント

 調査の際、インフォーマントに確認しなければならないことが2つあります。1つは録音、録画の許可。言語調査では、調べたことをノートにメモするだけでなく、その様子を録音、録画することがよくありますが、レコーダーのスイッチをいれる前には、必ず録音や録画の許可をとらなくてはいけません。いきなり無断でレコーダーやビデオのスイッチがいれられたら、誰だって不快な気持ちになります。調査の途中で、電話がかかってきたり、他の人が何か用事で訪ねて来たときは、レコーダーを止めるという配慮も必要となります。もう1つ確認すべきことは、データ公開の許可。調査で得られたデータ(例文、音声、写真、動画)は、学会や論文で公開することになりますが、その公開の可否についても許可を得なければなりません。論文の謝辞(お世話になった人への感謝の言葉)にインフォーマントの名前を書いていいかも尋ねるべきでしょう。調査によって得られた成果は、あなた一人のものではなくて、データを提供してくれたインフォーマントのものでもあることを忘れてはいけません。

謝礼とおみやげ

 私がザンジバルで調査をする際は、インフォーマントに謝礼としてお金を渡しています。謝礼については、調査地の物価や文化・風習を考慮して、渡すべきか[注2]、渡すとすればいくら位が適当か、渡す方法はどうすればいいか、ということを考えなければなりません。私は、1, 2時間程度の調査の最後に、コカ・コーラが数本買える程度の額[注3]のお札を小さく折りたたんで、他の人に見えないようにこっそりと手渡しています。この額や渡し方は、私を村に連れて行ってくれた古文書館のスタッフに教えてもらったものです。

 フィールドには、謝礼(お金)だけでなくおみやげも持って行きます。定番は、キャンディやビスケットのようなお菓子。フィールドで撮った写真[注4]や私がいつも使っている牛乳石鹸や綿棒、バスタオルなんかも喜ばれます。街にいったん戻るときは、村では手に入りにくい大きな玉ねぎやトマトなんかを持っていくこともあります。普段の生活をよく観察して、どんなものがフィールドの人たちに喜ばれるか調べておくといいでしょう。ちなみに、日本的なおみやげは、必ずしも歓迎されるわけではないということも覚えておいてください。

 フィールド滞在中は、調査をしていない時間のほうがずっと長く、その間はインフォーマント以外の地域の人々(つまりご近所さん)と過ごすことになります。研究者は、その地域コミュニティのメンバーの一人として、どうふるまうべきか、どんな役割を果たすことができるのかということも頭の片隅に置くべきでしょう。私は、進級試験前の中学生に数学を教えたり[注5]、家のお母さんや近所のお母さん[注6]のお使いとして、お米や野菜を買いに行ったりしています。調査をするだけがフィールドワークではありません。

コラム4:名づけの方法

ザンジバルの人の名前は、多くの場合、他のイスラム圏でもみられるものですが、中には変わり種もあります。例えば、私の調査協力者の女性には、「私はまだ信じない (Sijaamini)」「私はまだ同意していない (Sijadumba)」という名前の双子の子供がいます。彼女は、死産や自分の子供の夭逝(ようせい)(若くして死ぬこと)を経験したのちに、この双子を出産したため、彼らがちゃんと育ってくれるか不安に思い、このように命名したそうです。ちなみに、彼らは今では立派に成長しています。これ以外にも、「あなたたち私を笑いなさい (Nchekani)」や、「あなたたち置きなさい(Tuani)」と言った名前も耳にしたことがあります。

* * *

[注]

  1. この文を自然であると感じる日本語母語話者もいれば、不自然であると感じる日本語母語話者もいる。
  2. 日本での調査では渡さないことが多いようである。
  3. 日本円で約300円程度。現地の物価や平均収入を考慮すると、若干高額となる。
  4. 最近では、私が写真を撮って、あとで渡すことが知られていて、写真を撮りにくるよう呼ばれることもしばしばある。際限なく写真を要求されることもあるため、「2枚目以降は有料」と言っている。ただし払ってもらえるとは限らない。
  5. ザンジバルの中学生はあまり数学が得意ではない。
  6. 自分の家の子供だけでなく、近所の家の子供をお使いにやるということはよくある。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はフィールドの人たちとの付き合い方についてのお話でした。第5回に登場した古文書館の女性スタッフやホームステイ先のマクンドゥチの家のお母さん、また、今回の記事の写真のインフォーマントなど、古本さんの調査が多くの人の協力と彼らとの信頼関係から成り立っていることが分かります。次回は村でのある1日を紹介していただきます。お楽しみに。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十三回:フィールドワークでの振舞い

2018年 4月 13日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十三回:フィールドワークでの振舞い


薪割りをする筆者。
このとき、使用してはならない家の主人の所有物である斧を使っている

 筆者が初めてハンティのところへフィールドワークに行ったときには、彼らの家でどのように振舞えばよいのか、まったく知りませんでした。どのような服装をしたらよいか、どのような行為が無礼なのか、どこに座ればよいのか、誰と話してよいのか、生活のすべてが疑問でした。

 彼らには日本人とは異なる習慣やマナーがあります。生活を送る上で男女の区別があり、性別によって、家の中・外で行ってはならない場所やしてはならない仕事等があります。また、信仰に関係することでは、女性が触れてはならないもの、食べてはならないもの等があります。例えば、クマの毛皮で作られた牽引(けんいん)具を使用したトナカイ橇(そり)に女性が乗ることは禁じられています。あまりハンティの風習を尊重しない若者にそそのかされ、筆者はその橇に乗ってしまったことがあります。そのときは、筆者は年配の方々に叱られ、浄化儀礼を行いました。儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。そして、儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。例えば、調査者である筆者は女性であるため、見ることのできない部分や触ることができない儀礼道具があります。

 加えて、マナーやエチケットも日本とは異なっており、知らず知らずに無礼なことをしてしまっていることもあります。例えば、日本では目上の方の前を通ることが失礼とされていますが、ハンティでは後ろを通ることが失礼とされています。さらに、その地域のハンティ全体で共有している禁止事項もあれば、各親族や家で異なるような禁止事項や習慣もあります。


クマの毛皮の牽引具をつけたトナカイ

 このような禁止事項やマナー違反がまるで網目のように生活のあちこちに張り巡らされています。一歩けば、その網目にひっかかってしまいそうで、なかなか自由に振舞うことができず、フィールドワーク当初は筆者もとても窮屈に感じていました。お世話になる家庭の奥さんは、親切に「分からないことがあれば、何でも聞いてください」と言ってくださいましたが、最初は何を聞けばよいのかも分からない状態でした。ことあるごとに筆者は叱られたり、嫌な顔をされたり、陰で文句を言われたりして、落ち込んだこともあります。


女性は家の裏側に行ってはならない。また、屋根に登ってもいけない

 フィールドワークにおいてこうしたことは、慣れないうちは、かなりストレスです。しかし、ハンティの振舞い方と同じことをして当然と思われているということは、裏を返せば、彼らは筆者を一時滞在の外国のお客さんではなく、ハンティの家に同じように一緒に住まう者として扱おうとしているということです。生活習慣の違いによって叱られるときは、大きなストレスを感じますが、現地の方々に表面的ではなく深く受け入れられているようで、嬉しくも感じます。

ひとことハンティ語

単語:Пуна!
読み方:プーナ!
意味:注いでください。
使い方:年長者がお茶を注いでもらいたいときに、このように言って若者に催促します。お茶を注ぐのは年少者の役割です。また、年少者は年長者やお客さんお茶が空になったら、とにかく注ぎに行きます。このとき「もう一杯いかがですか」と聞いてはなりません。不要な場合は、お客さんが断ります。

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【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

旅行者や部外者ではなくその地域の一員として扱ってもらう。これは信頼関係がないと難しいことですが、大石先生は第三回 フィールドワークの旅支度②:装備編で紹介されていたような物を準備した上で、コミュニケーションを取り合っているのでしょうね。
冒頭の写真は家の主人の所有物の斧だから使用はしてはいけなかったようです。小さな道具類は個人所有で家族でも共有しない一方で、食べ物やタバコなどの消耗品は分け合わないといけなかったりするようです。どこからどこまでが個人所有なのか、集団所有、共有なのかは文化によってかなり異なりますね。次回は5月11日更新を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

2018年 3月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

 フィールド言語学の教科書や授業では必ずといっていいほど、準備(と計画)の大切さが説かれています。もちろん、前回までにお話した道具の用意や話者探し、あるいはお金の工面といったことも大事な準備の一部です。しかし、フィールドワークには、こうした物理的な準備だけでなく、「頭の準備」も求められます。それは、フィールドワークの目的が、調査・研究だからです。今回は、私のはじめてのフィールドワークにおける失敗を反面教師としながら、どのような「頭の準備」が必要となるかをお話させていただきます。

 2012年3月、調査のためにはじめてザンジバルを訪れた私は、日本の先生に言われた通り、マクンドゥチ方言の調査を渋々ながら行うことにしました(渋々なのはこの時はマクンドゥチ方言よりも街で話されるスワヒリ語に興味があったから)。最初はフィールド言語学の定石通り語彙調査。先生に渡された語彙調査票[注1]を使いながら、ストーンタウンの外れにある大学の教室で、マクンドゥチ郡出身の用務員さんに方言を教えてもらいます。調査票の最初の語彙は「身体」。標準スワヒリ語(街のスワヒリ語)ではmwiliと言います。「マクンドゥチ方言でmwiliは何と言いますか」と聞くと、返ってきた答えはmaungo。明らかに違います。私は、この最初の単語を聞いて初めてマクンドゥチ方言が、日本で勉強してきたスワヒリ語とは大きく異なることに気づきました。しかし、調査を始めてからそんなことに気づくというのはまったくダメなフィールドワークの典型です。言語調査をする場合は、フィールドワークに出かける前に、その言語(方言)についてどんな研究があるのか調べたうえで、そのフィールドワークで調べる課題を明確にしておかなければなりません。私がフィールドワークを始めてから知った語彙の違いというのは、ずっと昔から知られた事実であり、本来であれば日本を出発する前に把握しておかなければならないことだったのです。

 もう一つ失敗のお話をしましょう。フィールドワークに取り組む際は、媒介言語を事前に流暢に話せるまでに習得していることが必要条件となります。媒介言語というのは話者とコミュニケーションをとるための言語で、私の場合は、標準スワヒリ語がこの媒介言語となります[注2]。2012年の時点では、私は標準スワヒリ語を片言しか話すことができませんでした。では、媒介言語が話せないとどのような問題があるのでしょうか。上で述べたような語彙調査に取り組むと、語彙だけでなく文法についても少しずつ分かってきます。例えば、「食べる」という動詞が知りたくて、「食べること」を何と言うか聞くと、「食べること」ではなくて、「食べた」であったり「食べよう」という別の活用形が答えとして返って来ることがしばしばあります[注3]。つまり、動詞について正確な語彙調査をしようと思えば、その言語の動詞活用形を作る規則を調べるための文法調査も並行して行う必要があります。文法調査は、文法調査票[注4]にのっとって行われることが一般的ですが、この文法調査票は多くの場合、英語や日本語で書かれています。媒介言語が英語でも日本語でもない場合は、それを自分で翻訳しなくてはいけません。当時の私のスワヒリ語能力では、この翻訳がうまくできず、マクンドゥチ方言の文法を調べたくても調べることすらままならないという問題にぶち当たってしまいました(なお、この問題は、幸いにして豊富に用意されている標準スワヒリ語の語学の教科書の例文をマクンドゥチ方言に翻訳してもらうという方法をとることで回避できました)。

 フィールドワークに準備は不可欠です。もしこれからフィールドワークに行こうと思っている人は、その言語に関する下調べと媒介言語の習得を怠ってはいけません。決して私の真似はしないでください。ただし、どんなに入念に準備をしても、予想外の困難にぶつかるというのもフィールドワークの醍醐味。そんな状況を打開していく能力というのもフィールドワークでは(そして研究でも)必要となるのかもしれません。

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[注]

  1. 私はある先生の作成した非公開の調査票を用いたが、「言語調査票 2000年版」(峰岸 2000)http://www.aa.tufs.ac.jp/~mmine/kiki_gen/query/aaquery-1.htm(最終確認日 2018年1月15日)のような一般に公開されたものを用いることもある。
  2. 調査する地域や、協力してくれる話者によって、英語、フランス語、日本語などほかの言語が媒介言語になることもありうる。
  3. 英語のeatingをなんというか聞いたら、ateやLet’s eatという答えが返ってきた状況を想像してほしい。
  4. オンライン上で公開されている日本語で書かれた文法調査票としては「南アジア諸言語調査のための文法調査票」(澤田 2003)http://www.aa.tufs.ac.jp/~sawadah/raokaken/(最終確認日 2018年1月15日)がある。また、マックスプランク進化人類学研究所のHP上https://www.eva.mpg.de/lingua/tools-at-lingboard/questionnaires.php(最終確認日 2018年1月15日)でも、多くの文法調査票が公開されている。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は「頭の準備」、フィールドワーカー自身に必要なことについて教えていただきました。媒介言語の習得、調査対象の言語・方言の情報収集というのは、短時間でできるものではありません。こうした事前の準備の話から、フィールドワーカーがフィールドにいないときの日々の活動も垣間見えてきますね。次回はフィールドの人たちとの付き合い方についてお話をしていただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十二回:ハンティのハンティング

2018年 3月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十二回: ハンティのハンティング


キツネ用の罠(わな). キツネをおびき寄せるための魚が中に仕掛けられており、周辺には罠にはいることをためらったキツネの足跡が見える(2012年ヌムトにて撮影)

 ハンティが利用する動物は、これまで紹介してきた家畜トナカイや淡水魚ばかりではありません。家畜飼養や漁撈(ぎょろう)だけでなく、森の中で動物を捕獲し、その肉や毛皮を利用しています。このように、それぞれ居住地の自然・社会環境に合わせて複数の生業を営み、生活することを生業複合といいます。森に住むハンティは、漁撈とトナカイ牧畜、狩猟、採集、ジャガイモ栽培(半定住の場合)の生業複合を営んでいます。

 ハンティが主に利用している野生動物は、哺乳類ではヒグマ、クズリ、アカギツネ、キタキツネ、イタチ、テン、オコジョ、ミンク、カワウソ、野生トナカイ、ノウサギ、リス等、鳥類ではガン、カモ、ハクチョウ、ライチョウ等です。これらの鳥類には下位分類があり、種によっては国際条約、国・地方行政で狩猟対象としてはならない種が定められていたり、狩猟数が制限されたりしている場合もあります。ハンターたちはそれらを注意深く見極めて狩猟します。

 彼らの狩猟の方法には、罠を仕掛ける方法と銃を使用する方法があります。どちらの猟方法にせよ、ハンティの狩猟は基本的には「待ち」です。漁撈で網や筌(うけ)を仕掛けたり、釣り糸を垂らしたりして、魚がかかるのを待つのと同様に、狩猟においても罠を仕掛けて獣を待ちます。罠の素材は木材ですが、獣の種類によって罠の形状は異なります。住居から徒歩圏に罠を設置したのち、数日から1~2週間に1回の頻度でそれを見に行きます。冬季にはすぐに罠にかかった獲物が凍結するため、毎日見に行かなくても腐らずに保存できます。


キツネを生け捕りにしたハンティ(2012年ヌムト)

 猟銃を使用するときは、自宅周辺に獣が「来た」場合、あるいはスノーモービルやボートで出かけている最中に動物が自分のところへ「来た」場合です。現在は趣味のスポーツのように狩猟を楽しむハンティもいます。しかし、森の中に住む古老たちは自ら積極的に動物を探し求め、追いかけて捕らえるのではなく、獣が自分のところに姿を現したときに狩猟します。鳥類の場合も、同様に自分のところに飛来したときに銃で捕えます。

 さらに、自分たちが食べる分だけしか動物を捕獲しません。手が届きそうなところにリスがいても、捕まえずに無視することもあります。森の中では冷蔵庫がないため長期保存できないから、また貯えずともどこでも動物はいるからというのが理由です。しかし、かつては狩猟を積極的に行っていたこともあったようです。

 筆者がある年配のハンティから聞いたことには、ソ連時代には野生動物の毛皮を国営農場に売り現金を得ることができたので、積極的に狩猟を行っていました。当時、毛皮はソ連の重要な輸出品であり、国営農場を通してシベリアの北方少数民族に狩猟を推奨して、高く買いとっていました。腕のいい少数民族のハンターは行政から表彰されたり褒賞を与えられたりしたそうです。しかし、ソ連崩壊後はそういった販売ルートがなくなったため、あまり積極的に狩猟を行わなくなったと聞きました。


キツネの足跡をたどる(2012年ヌムト)

 森の中を歩けば、獣の足跡や野鳥の影に出会います。しかし、動物たちが現れたとしても、家庭で食べきれないほどの肉や必要のない毛皮のために狩猟は行わないというのが、現在のハンティの狩猟のあり方のようです。

ひとことハンティ語

単語:Муйсар бор?
読み方:ムイサル ボル?
意味:何の動物ですか?
使い方:森の中で獣の足跡を発見したときなど、獣の種類を訪ねるときに使用します。
「ムイМуй」が疑問詞「何」、「ムイサルМуйсар」が疑問詞「何の」であり、「ボルбор」が「獣」という意味です。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

2018年 2月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

 スーツケースに必要な物を詰め込んで、フィールドに乗り込んだとしても、すぐさまフィールドワークを始められるわけではありません。フィールド言語学にとって最も重要なもの、その言語を教えてくれる話者[注1]はどのように探し出せばいいのでしょうか。今回は、私がいかにしてフィールドにたどり着き、話者に出会ったのかについてお話ししたいと思います。

 ザンジバルでの調査は、調査許可と在留許可[注2]の2つの政府からの許可を取得するところから始まります[注3]。公式に調査をするためには、こうした許可が必ず必要となります。この2つは高い、時間がかかる(2つ合わせて取得に1か月以上)、手続きのプロセスが不明瞭というデメリット[注4]ばかりでなく、話者を紹介してもらえる(かもしれない)というメリットもあります。

 私の本格的なフィールドワークは、調査許可取得のために訪れた古文書館から始まりました。調査計画書のKimakunduchi(マクンドゥチ方言)という単語を目にした古文書館のおばちゃんスタッフは突然笑い出し、何をするかと思えば、マクンドゥチ郡出身の両親をもつという別の女性スタッフを呼びに行ってくれました。そしてこの女性スタッフの第一声は「じゃあ、マクンドゥチにはいつ一緒に行くの?」。私がフィールドにたどり着くことができたのは、彼女が連れて行ってくれたからだし、私の今の滞在先(この女性スタッフの姉の夫の弟の家)は、彼女が幾人もの人に連絡して探し出してくれたものです。つまり、今の私のフィールドワークはこの出会い(というかこの女性スタッフ)がなければ、なかったと言っても過言ではありません。

 ここでおもしろいのは、この古文書館、その名の通り、古文書を保存、管理する機関で、本来フィールドワークとはまったく関係がないというところです(そのことには、だいぶあとになってから気づきました)。ザンジバルの人は初対面のときはとてもシャイですが、悪いやつじゃない、おもしろそうなやつだと分かれば、とたんに心を開いて、自分の本当の仕事でなくても、親身になって助けてくれます。私の場合は、マクンドゥチ方言を調査したいということがポイントだったのかもしれません。外国人が、普通のスワヒリ語のみならず、方言を話すというのは相当に現地の人の興味を引くようです。


マクンドゥチへ向かうバス

 そして、ザンジバルの人は、人と人とのつながりを非常に重視します。いったんある人との間に信頼関係が出来れば、そのあとの話者探しは、その人からの紹介で非常にスムーズにいきます。「こんな感じ(昔話が上手、暇 etc.…)の人を探してるんだけど」なんて滞在してる家のお父さんやお母さんに言えばすぐに近所で探してきてくれます。それどころか、「トゥンバトゥ(ウングジャ島の北側にある小島)に行きたいと思ってるんだけど、まだ泊めてくれる人みつかってないんだよね」とマクンドゥチ(ウングジャ島の南側)の家のお母さんに言ったら、おそらく唯一のつてをたどり、滞在先を探して「日本人があんたんとこに行くけど、こいつは長く泊まるんだよ。食べ物は何でも食べるよ。スワヒリ語もしゃべれるよ。」と頼んでくれたこともあります(ちなみに、マクンドゥチとトゥンバトゥの間で人の交流はほとんどなく、知り合いがいることは非常にまれ)。


トゥンバトゥ島とマクンドゥチの位置

 ある一人の話者に出会うまでに、何人もの人を介すなんてことはよくあります。その人たちと信頼関係を築けるかどうかにフィールドワークの成否はかかっていると言っても過言ではありません。ただ、難しく考えずとも、気づかぬうちに彼らと仲良くなってしまうのがフィールドワークの醍醐味なのかもしれません。久しぶりにフィールドのお母さんにWhatsApp[注5]メッセージでも送ってみようかな(返事はたぶん1か月後だけど)。

コラム3:スワヒリ語にも方言がある

日本の各地域で、その土地ならではの方言が話されているのと同じように、スワヒリ語にも方言があります。その数は、大体20くらいと言われていて、多くは東アフリカの沿岸部で話されています。私が調査しているマクンドゥチ方言もこうした方言の一つです。マクンドゥチ方言は、標準語との間に共通点もたくさんありますが、違う点もたくさんあります。標準語しか話せない街出身の人にとっては理解が難しいことも多いようです。以下によく使う表現を挙げましょう。( ) のなかには、標準語の表現を挙げますので比べてみてください。Jaje? (Vipi)「調子はどう?」(友達との挨拶で)、Siviji (Sijui)「私は知らない」、Sikwebu (Sikutaki)「あんたなんかいらない」(夫婦喧嘩で)、Lya (Kula)「食べろ」。実は、Jajeという表現は、先ほどのバスの中に書かれていたのですが、見つけられましたか?


マクンドゥチへ向かうバスに書かれた方言

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[注]

  1. 話者のことをコンサルタント (consultant) とかインフォーマント (informant) と呼ぶことがある。私は、現地ではどちらも使わず、「○○方言を話して教えてくれる人」とか「○○方言の先生」と呼んでいる。
  2. ザンジバルでの調査許可取得、在留許可取得については、http://www.jspsnairobi.org/tanzania(最終確認日 2018年1月5日)参照。なお、2017年2月時点で、古文書館と関わりのない調査については古文書館が調査許可取得の窓口とならないこと、滞在が3か月以内であれば、250ドルの在留許可が取得できることをここに補足しておく。
  3. タンザニア(ザンジバル含む)以外でも、調査に際して公的な許可が必要となる国はある。ちなみに、タンザニアでは、許可がないと、地方の役人に賄賂を要求されたり、調査を妨害されたりすることもあるらしい。
  4. 現地の人も、同じように許可地獄の中で日々生活している。ザンジバルはこういうものなんだと受け入れる態度、役所の人との雑談を楽しんだり感謝を伝える余裕をもつこと、許可取得を考慮して旅程を組むことが重要。
  5. LINEに似たメッセージ用アプリ。近年、ザンジバルでもスマートフォンの普及が進んでおり、このWhatAppを使うことで、日本からも簡単にザンジバルの人と連絡が取れるようになりつつある。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はその言語について教えてくれる話者との出会いについてのお話でした。現地に知り合いがいるととても心強いものです。古本さんは今回のエピソードに出てきた古文書館の女性スタッフに、在留許可取得のための入国管理局での交渉(とっても怖いのだとか)でこの間に入ってもらったこともあるそうです。次回はフィールド調査の「頭の」準備についてのお話をしていただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十一回:いろいろなトナカイ料理

2018年 2月 9日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十一回: いろいろなトナカイ料理


トナカイ脂肪の燻製(左)とトナカイの煮こごり(右)

 トナカイは橇(そり)をひく家畜というイメージが強いかもしれません。しかし、トナカイ牧夫は、橇をひかせるためだけでなく、肉や毛皮を利用するためにもトナカイを飼育しています。橇をひかせたり、人を騎乗させたり、荷物を運ばせたりするための家畜を役畜(えきちく)、肉を利用するための家畜を肉畜といいます。トナカイは役畜であり、肉畜でもあります。今回は、牧夫たちはどのようなトナカイ料理を食べているかについて書いてみたいと思います。

 屠畜(とちく)は外気温での長期保存が可能な10月~3月に集中しています。屠畜後には、保存方法や部位によって食べ方が異なります。屠畜直後には、顔の肉、脳、肝臓、あばら骨に付いている肉を食べます。肉を一口大にナイフで切り取って塩をつけて食べます。唇や目の周り、頬の肉は繊維が強くなかなかかみ切れないので、数十分かけて噛んで楽しみます。血の滴るぷりぷりした新鮮な肝臓も生のまま食べます。血液も生のまま飲みます。パンや肝臓に血液をつけて食べることもあります。残った血液は凝固しないように塩を入れ、外気で凍らせて保存します。

 新鮮で濃厚な血液を飲むことは、寒さに強いトナカイの体をめぐっていた栄養をそのまま取り入れることです。現地の人々は、冬季の屠畜で湯気の立つ血液を飲むと「力が出る」、「寒さが厳しいときにとても欲しくなる」と言います。トナカイの血液をパン生地に混ぜ込み、フライパンで焼いて、血のパンケーキを作ることもあります。


茹でたトナカイの心臓

 肝臓や血液を食べている間に、消化器系の内臓と心臓を塩で茹でて食べます。消化器系の内臓の内容物を取り出しきれいに洗い、こぶし大に切ってから茹でます。そのまま食べるには大きいので、食卓で各自好きな部位を手に取ってナイフで切りながら食べます。

 冬には外気温ですぐに肉が凍るので、屋根の上や小屋、橇の上などで保存します。暖かくなるまで、凍ったトナカイ肉をナイフで削りながら食べます。とくに脛(すね)やあばらの骨に付いた肉をこの方法で食べます。脛の骨を割って、中の骨髄を食べます。そのまま、あるいはパンにのせて食べます。骨髄は油分が多く、「ちょうどパンにバターを塗るようなもの」と言います。また、骨髄だけでなく、トナカイの脂やクマの脂を溶かしてパンにつけて食べることもあります。内臓周りの網脂(あみあぶら)は乾燥させて保存します。


トナカイ肉のスープ

 腿(もも)や肩などの大きな部分は凍らせて保存しておき、随時のこぎりで切断・解凍して食べます。削ってそのまま食べるほか、スープやプロフ(炊き込みご飯)に入れたり、ミンチにしてカツレツやピロシキにして食べたりします。スープには、マカロニや米、ソバの実、ジャガイモを入れることがあります。そのほか、玉ねぎ、にんにく、にんじんを少量入れることもあります。調味料は塩のみか、あれば胡椒や化学調味料等を使用します。ジャガイモ以外の野菜や穀類、調味料、サラダ油は村や町で購入します。また、春にはトナカイの肉を乾燥させて干し肉をつくり、保存食とします。

 このように、部位や季節によってさまざまな方法で調理して楽しみます。しかし、現地の方々の一番のごちそうは生肉です。牧夫のところに客人が来訪したとき、親戚が集まったときには、凍った生肉と血液でもてなします。苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです。

ひとことハンティ語

単語:Щи. / Атән.
読み方:シ/アートン
意味:はい、そうです。/いいえ、ちがいます。良くない(悪い)と思います。
使い方:はい、いいえで答えられる質問に対する答えで使用します。「アートン」は、否定的な意見を言うときにも使用します。

* * *

◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

トナカイ料理、というタイトルから「トナカイステーキ」「トナカイハンバーグ」「トナカイのロースト」などの料理を想像しましたが、トナカイの調理法とその食べ方を詳しく紹介をしてもらいました。それぞれの部位を季節ごとに調理法を変えて味わうトナカイ牧夫たちは、トナカイの活用法を熟知していると感じました。
大石先生の最後の文「苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです」に全てが凝縮されていますね。次回の更新は3月9日(金)を予定しています。


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

2018年 1月 19日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

 アフリカで調査をするフィールドワーカーというと、とんでもない秘境に出かけて行って、あまたのサバイバルグッズを駆使しながら生き抜く姿をイメージする人がいるかもしれません。もちろん、そうしたタイプのフィールドワーカーもいるのですが、残念ながら、そうしたイメージは私の調査には当てはまりません。私の滞在先には電気が来ており(時々停電するけど)、扇風機もあり(首は回らないけど)、夜はベッドで寝ています(南京虫にかまれたけど)。最近では、インターネットも使えます。食事も、お世話になっている家のお母さんが用意してくれるので、自分で作る必要がありません(ちなみに主食はだいたい米)。つまり、皆さんがちょっとしたキャンプに出かけるよりもよっぽど準備するものは少ないのです。特別に用意するものと言えば、蚊が多くてマラリアの心配があるので、その対策のための、予防薬や虫よけスプレー(私はどちらも使いませんが)や蚊取線香くらいでしょうか[注1]

 それでは、フィールド言語学のために特別に必要なものとはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、私のフィールドワークにおける必需品をいくつか紹介します。


私のフィールドワークにおける必需品

ノートとペン

この2つさえあればフィールドワークは始められます。私が使っているノートは、表紙の硬いA5くらいのサイズのものです。こんなノートを使っているのは、机がないところでも書き取りがしやすく、携帯もしやすいためです。話者への聞き取りは、たいてい家の軒先や屋外で行われます。また、決まった調査時間以外も気づいたこと、耳にしたおもしろい表現は書き留めておく必要があります。ペンは、書き心地のよい油性のボールペンを選んでいます。

ボイスレコーダーとマイク

フィールド言語学で分析の対象となる言語データは話者が発した音声に他なりません。この音声を残しておくことは以下のような利点があります。

・調査中にメモし忘れたり、自分の速記が汚すぎて読めない場合のデータの確認。
・メモには残されていない現象(例:声の抑揚)の検証。
・速記が不可能なおしゃべりの記録。
・データの信頼性の確保。

ボイスレコーダーは、16bit/44.1kHzのwavファイルの形で音声を録音できるものを用います。聞き取りやすく、多くの再生機器や分析ソフトに対応しているため、言語調査の際は、こうしたフォーマットで音声ファイルを保存することが一般的になっています。マイクは、レコーダー内臓のものを用いることもありますが、よりクリアな音声が必要なときは、ヘッドセット型のコンデンサーマイクを使います。

パソコン

パソコンは、集めたデータ(ノートのメモや音声)の保存だけでなく、普段のおしゃべりや民話の文字起こしのためにも用います。文字起こしは、パソコンに保存した録音データを母語話者と一緒に聞きながら行います。正確な文字起こしは、母語話者の協力なしではとてもできません。なお、私は初めて赴く調査地にはパソコンをもっていかないようにしています。これは、そもそも滞在先でパソコンが使えるか不明、パソコンがあるとフィールドの人たちと話す時間が減ってしまう、信頼関係を築くまでは万一盗まれたら嫌だ、といった理由によります。

懐中電灯

調査は、話者の都合に合わせて夜行うこともたびたびありますが、ザンジバルの地方には電気が来ていない家もたくさんあります。夜、電気のない家で調査をするときは、懐中電灯が必須です。また、家によっては、トイレに灯りがないということもよくありますが、こんなときにも懐中電灯を持っていると便利です。

* * *

[注]

  1. なお、荷物を用意するときのコツは、調査時も含めた、朝起きてから夜寝るまでの生活をイメージすること。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は調査準備編の1回目ということで、調査道具について紹介していただきました。懐中電灯が必要なのは地域性の現れでしょうか。使用するノート・ペンの種類やパソコンに入れたソフト、マイクの種類などにはフィールドワーカーそれぞれのこだわりがあるのかもしれません。

次回は、話者(ことばを教えてくれる人)といつ、どのように知り合うかについて話していただきます。


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第十回:魚好きのトナカイ牧夫

2018年 1月 12日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第十回: 魚好きのトナカイ牧夫


魚の燻製を嬉しそうに食べる子供

 ハンティが暮らす地域は内陸の低地であり、無数の湖沼が分布し、その間を川が蛇行しています。その水域にはカワカマスやカワスズキ、コイ類、フナ類、コレゴヌス属の淡水魚(シナノユキマスに似た魚)などの淡水魚が豊かに繁殖しています。ハンティは家畜としてトナカイを飼育し、その肉や毛皮を利用してきましたが、同時に淡水産資源も大いに利用して暮らしてきました。

 トナカイを飼育しているからといって、トナカイ肉ばかりを食べているわけではありません。トナカイ牧畜と漁撈(ろう)、狩猟、採集を複合的に営むハンティは、季節によってより手に入り易いものを中心に食べます。魚は夏でも冬でも手に入りますが、トナカイは主に冬に屠畜して食べ、夏にはあまり食べません。冷蔵庫のない森の中では、夏は肉の保存が難しいからです。代わりに、夏は主に魚や渡り鳥を食べます。遡河魚(そかぎょ)は種類によって現れる時期が異なるので、夏から秋にかけて順々にさまざまな遡河魚を楽しむことができます。冬には氷を割って川底に網や筌(うけ)を設置します。冬でも群れが遠くに行ってしまって、トナカイ肉が手に入らないときには、魚で食糧を補います。

 かわって、ハンティの中にはトナカイ牧畜に専念せねばならない専業トナカイ牧夫もいます。そのような牧夫は自ら漁撈を行うことは難しいので、親戚たちと肉と魚を交換してもらい、魚を入手します。ある専業トナカイ牧夫は、「魚を食べるのが身にしみついている。たくさんトナカイを持っているのに、遊牧キャンプにいてもどうしても魚が食べたくなる。そのときは漁撈を行う親戚に頼んで魚を持ってきてもらう」と言っていました。


生のまま凍らせたカワカマスを薄く削ったもの

 ハンティは魚をさまざまな調理方法で食べます。日本と同じく、生食も好んで行われます。春から秋にかけは、獲れたての新鮮な魚を三枚におろして、食べやすい大きさに切り、塩をつけて食べます。冬は獲った魚がすぐに凍るので、凍った魚の肉を薄く削って食べます。魚をぶつ切りして塩茹にしたり、小麦粉でとろみをつけたスープにしたりもします。また、夏には、長期保存用として塩漬けやひもの、燻製を作ります。若い夫婦の家庭ではロシア風の魚料理も作られます。ミンチにしてペリメニ(ロシアの餃子)の具にしたり、小麦粉をまぶして油で揚げたりもします。

 さらに、特徴的な魚料理としては魚油があります。魚油をパンに塗ったり、凍らせたベリーをいれたりして食べます。魚油は夏に魚がたくさん獲れたときに作ります。鱗を取り除いてから、丸ごと大きな鍋に入れて何日もかけて骨肉の形がなくなるまで煮詰めます。すると栄養が凝縮された琥珀色の魚油ができます。魚油は食用だけでなく、トナカイや野生動物の皮鞣(なめ)しにも使用します。皮の繊維に油分を入れることで皮が柔らかくなります。

 このように、トナカイ牧夫たちの体には魚食習慣がしみ込んでおり、そして、彼らがまとうトナカイ毛皮の衣服にも文字通り魚がしみ込んでいます。


魚油と凍ったベリーを混ぜ合わせた料理

ひとことハンティ語

単語:Мєлка юва!
読み方:メールカ ユヴァ!
意味:暖かさよ、来い!
使い方:ストーブの灰を外に捨てながら、このように言います。寒さが厳しいとき、暖かさを呼ぶおまじないです。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

魚油は健康食品やサプリメントのコマーシャルでしか聞いたことがなかったのですが、ハンティの人々にとって身近なのですね。その魚油とベリーを混ぜて食べる料理の味は想像がつきません。機会があれば是非食してみたいです。次回の更新は2月9日を予定しております。お楽しみに!


フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

2017年 12月 15日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

 前回は、私がフィールドとするザンジバルの地理と気候、そして歴史と政治について述べました。今回は、ザンジバルの宗教となりわいを紹介したいと思います。

 ザンジバルの人口はおよそ130万人ですが[注1]、その99パーセントがイスラム教徒と言われています[注2]。私も、都市部を離れて、イスラム教徒でない現地出身の人に会ったことはほとんどありません[注3]。イスラム教であることは、ザンジバルの人の生活の中にも色濃く反映されています。ちょうど日本の寝る前の歯磨きのような感じで、お母さんが子供に「お祈りしたの?お祈りしなさい」という場面は毎日のように目にします(ちなみに、ザンジバルの人はきちんと歯磨きをしません)。普段の言葉遣いでも、オフィスやバスで「アッサラームアライクム(あなたに平安を)」、若い娘がごはんを食べ終わって「アルハムドリッラー(神に讃えあれ)」(ゲップをしながら)、「明日朝9時に会おう」と約束をして「インシャアッラー(神の思し召しがあれば)[注4]」、なんていうイスラム圏では一般的なアラビア語の表現がよく聞かれます。

 なりわいとして、私の周りでよくみられるものは、農業、漁業、公務員(教師、警察含む)[注5]といったところでしょうか。農産物としては、キャッサバ、バナナ、マンゴーなどのいかにもトロピカルなものだけでなく、サツマイモ、トマト、みかんなど、日本の人にもなじみのあるものも挙げられます。これ以外に、海藻を浜辺で育てている人(主に女性)もたくさんいます[注6]。漁業は、陸からそう離れずに行われる小規模なものから、タンザニアの大陸部まで渡ってそこに数か月滞在して行うような大規模なものまであります。これは地域によって異なるようです。例えば、私がよく滞在しているマクンドゥチの人が行うのは前者のタイプですが、ウングジャ島の北にあるトゥンバトゥ島の人たちは、後者のタイプの漁業を行っています。


海藻を育てる女性たち

 男性がかぶる帽子、ココナツの繊維を手でよったロープやヤシの繊維を編んだカバンもよくある現金収入を得る手段の一つです。また、観光も重要な産業の一つとなっています。観光資源としては、ウングジャ島北部のヌングイに代表される美しい海と砂浜、クローブをはじめとするスパイス、前回紹介したストーンタウンの街並みが有名です。現地の人が、ホテルの掃除の仕事に行って、観光客の置いて帰った日焼け止めや歯磨き粉を、何か分からず持って帰ってくるなんてこともよくあります。


自分で編んだ帽子をかぶる女性

 「フィールド言語学」に取り組む際は、研究対象となる言語だけでなく、フィールドの環境、歴史や政治、人々の暮らしにも注意深く目を向けなくてはなりません。なぜ、そんな必要があるのかについては、次回以降、少しずつ話していきたいと思います。

コラム2:「アッサラームアライクム」はスワヒリ語?

本文中で、「アッサラームアライクム」などのアラビア語の挨拶を紹介しましたが、スワヒリ語の語彙の中には、アラビア語由来のものがたくさんあります。実は、第一回のコラムで紹介したサファリ (safari) も元々はアラビア語です。以前、ザンジバルの中学生たちがスワヒリ語(国語)のテスト勉強をしているところをのぞいたことがあるのですが、興味深いことに、英語由来の語は外来語とみなされている一方で、アラビア語由来の語の多くは、外来語とは認識されていませんでした。彼らにとって、アラビア語由来の語というのは、私たちにとっての漢語のようなもので、より深くスワヒリ語に根差しているのかもしれません。

* * *

[注]

  1. ザンジバルを構成するウングジャとペンバの合計。2012年タンザニア国勢調査http://www.nbs.go.tz/(最終確認日 2017年10月29日)を参照。
  2. アメリカ国務省の報告https://www.state.gov/j/drl/rls/irf/2007/90124.htm/(最終確認日 2017年10月24日)を参照。
  3. タンザニアの大陸部から出稼ぎに来ているマサイ人はこの限りではないと思われる。
  4. 他の国や地域で、この表現は守られない約束の際に使われることも多いようだが、ザンジバルでは、この表現の有無と約束が守られるかは関係ないようである。
  5. ちなみに、現地の人曰く、一番儲かるのは「政府の仕事」(公務員)らしい。
  6. アジアやヨーロッパへ輸出され、化粧品や歯磨き粉の原材料として使われる。ザンジバルで海藻を育てている人たち自身は、どのような目的で使われるのか必ずしも正確に理解しているわけではなさそうである。http://www.bbc.com/news/world-africa-26770151(最終確認日 2017年10月24日)を参照。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はザンジバルの人々の宗教となりわいについて紹介していただきました。次回からは調査準備編ということで、古本さんの荷造りの方法を教えていただきます。ザンジバルでの長期滞在に必要なものは何でしょうか?そして、研究室を離れた調査には何が必要でしょうか?


シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第九回:ハンティの暦と年末年始の過ごし方

2017年 12月 8日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第九回: ハンティの暦と年末年始の過ごし方


年末年始に親元に戻ってきた寄宿制学校の子供たち

 ハンティの新年の始まりは、伝統的には初雪が降ったときでした。したがって、気候によって毎年新年の日が異なります。現代の西暦とは異なり、ハンティの暦は太陽の動きや季節的な気候の変化、野生動物の様子、トナカイ牧畜や漁撈(ろう)、狩猟等の季節的な仕事内容などをもとに考えられていました。よって、必ずしも確固とした日付や時間があり、それに合わせて行事や儀礼が行われるというわけではありません。このような自然の変化に合わせて流れ巡るようなハンティの暦は、ロシア正教やソ連・ロシアの統治、義務教育、マスメディア等の影響を受け変化してきました。現在では1月1日を新年の始まりとしています。

 今回は、現代のハンティの年末年始の過ごし方について紹介します。ちなみに、年末の行事というとクリスマスを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、ロシアで普及しているロシア正教の聖誕祭は1月7日に行われます。ハンティの中にもロシア正教を信仰する人はいますが、あまり盛大にお祝いする習慣はありません。

 年末年始には村や森で暮らす人たちのところに親戚が集まります。親戚の家を互いに訪ね合うだけでなく、町や都市部で暮らす家族も森に暮らす実家に帰省します。年末年始には町の学校や仕事は休暇になるので、遠く行きにくい場所にある実家でも行くことができます。森での暮らしは、普段とても静かですが、年末年始は家族や親戚たちが集い、にぎやかに楽しく過ごします。


曲がってしまった漁道具の修理

 日中は、町から来た孫たちと狩猟や漁撈、トナカイ群探しに出かけます。祖父母や両親たちは数日間でも孫たちに森に暮らすハンティの生業技術を見せて学ばせようとします。また、人手のあるこの機会に普段後回しにしてしまっている仕事を済ませようとします。橇(そり)や牽引具、漁道具の修理や薪の貯蔵作りなどを分担して手際よく終わらせます。したがって、年末年始の休暇といえども日中はみんな良く働いています。

 日本のお節料理やお雑煮のような新年の行事食は特にありません。新年に特別に行う習慣ではありませんが、トナカイを所有する世帯では新鮮な肉と血を親戚たちに振舞うために、前年に生まれた雄の仔トナカイを屠畜して食べることがあります。また、親戚たちはたいてい何か食べ物やアルコール飲料のお土産を持って来るので、年末年始の食卓はとても豊かになります。

 夜は語りの時間です。日照時間が最も短い時期のため、午後5時くらいには寝床に横になります。すぐに眠るのではなく、何時間も真っ暗な中で話します。一人が話して他の人々が静かに聞き入ります。森での面白いできごとや町の生活、共通の知人や親戚たちについて、旅行のこと、祖父母がその祖父母から聞いた民話など、たくさんのことを話したり聞いたりして、情報を共有し共感します。

 このように、現在のハンティの新年はいわゆる「伝統的」な暦や行事の意味と異なっています。しかし、森にも村にも町にも家族や親戚がいるという現代的状況の中では、年末年始を共に過ごし、親族のつながりを再確認するという点で重要な機会になっていると、筆者は考えます。


トナカイ探しに出かける父子と筆者

ひとことハンティ語

単語:Тӑӆа йис.
読み方:タラ イイス。
意味:冬が来ましたね。
使い方: 雪が降り、寒くなってきたときに使います。тӑӆには、「冬」という意味と「年」という二つの意味があります。

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

新年の始まりが毎年異なっていたというのは現代の日本では想像しづらいですが、ハンティの人々にとって重要なのは、季節や気候、動植物の様子・変化を理解することのようです。日本もかつてはそうだったのかもしれませんね。大石先生からは「大宗教の暦、学校教育、労働者の管理、国民(納税・徴兵)の管理などによって、現代人の暦や年中行事はより強化されているのだと思います。国家や宗教によって管理されているのとは異なった仕組みで、ハンティは一年を認識し、秩序づけています」というお話もいただきました。次回は1月12日の更新を予定しています。


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