明日は何の日:9月20日

2007年 9月 19日 水曜日 筆者: 淳

マゼランが出航

1519年9月20日,フェルディナンド・マゼラン Ferdinand Magellan がモルッカ諸島への西回りの航路を求めてスペインの港を出航しました。マゼランはポルトガル人で,Ferdinand Magellan というのは英語表記です。ポルトガル語では Fernão de Magalhães (フェルナン・ジ・マガリャンイス)となります。

マゼランはスペイン王室の援助を受けて5隻の艦隊を編成し,マゼラン海峡を経て太平洋を横断します。途中,反乱や難破に遭って船を減らしながらも1521年にフィリピンに到着しました。そこでマクタン島の王ラプラプらとの戦闘になり,マゼランは殺されてしまいます。残った部下が西に向かい,喜望峰を回って1522年にスペインに戻りました。これが世界一周航海となり,地球が球体であることの証明になりました。


明日は何の日:9月2日

2007年 9月 1日 土曜日 筆者: 淳

棍棒外交演説

アメリカ合衆国第25代大統領セオドア・ローズヴェルト Theodore Roosevelt の外交政策(とりわけ中南米政策)は Big Stick Diplomacy(棍棒外交)として知られています。この言葉は「棍棒を持ちながら穏やかに話せば遠くまで行ける」Speak softly and carry a big stick, and you will go far. という彼の得意な台詞からきていますが,これを初めて公の場で発したのが,まだ副大統領職にあったとき,1901年9月2日のミネソタ州での講演でした。この講演から2週間後に,マッキンリー大統領の死去によってローズヴェルトが大統領に就任します。

棍棒外交とは,カリブ海諸国をはじめとする中南米へのヨーロッパ列強の介入をアメリカ合衆国は許さず,強権的に支配していくという帝国主義的政策で,この地域への武力干渉をたびたび行いました。


明日は何の日:8月25日

2007年 8月 24日 金曜日 筆者: 淳

ニューオーリンズ建設の日

ニューヨーク・タイムズのOn This Dayという記事の8月25日の項によると,1718年8月25日にフランス人の入植者が北米ルイジアナに到着,その一部が後にニューオーリンズ New Orleans となる都市に植民を開始しました。ミシシッピ川河口部にあるこの都市は,当初La Nouvelle-Orléansと呼ばれていました。これは当時のフランスの摂政オルレアン公フィリップにちなんで名づけられたもので,「新オルレアン」といった意味です。

1755-63年のフレンチ・インディアン戦争 French and Indian War でフランスが敗れ,ニューオーリンズ周辺およびルイジアナのミシシッピ川以西の土地はスペインに割譲されました。その後ナポレオン1世がスペインを支配したため,再びフランス領に戻りましたが,1803年に「ルイジアナ購入」でアメリカ合衆国に編入され,今日に至っています。

こうした歴史を反映してニューオーリンズはフランス風の文化が栄え,またカリブ海諸国に近いという地理的条件からも独特の混淆的文化が繁栄し,ジャズの発祥の地とされるなど,全米でも有数の観光都市として栄えています。

2005年,ハリケーンカトリーナによって大きな被害を受けたのは記憶に新しいところです。奇しくもこの街の記念日である8月25日に米本土(フロリダ半島)に上陸したハリケーンは,陸地面積の約8割が水没するという激甚な災害をもたらしました。


明日は何の日:8月24日

2007年 8月 23日 木曜日 筆者: 淳

サンバルテルミの虐殺

1572年8月24日,ユグノー戦争下のフランスで,カトリック側によるカルヴァン派(ユグノー)の虐殺事件が起こりました。フランス語ではMassacre de la Saint-Barthélemyといいます。カルヴァン派とカトリックの融和を図るために,(後にブルボン朝最初の王アンリ4世となる)新教徒のナヴァラ王アンリと王女マルグリットの政略結婚がおこなわれましたが,これを祝うためにパリに集まっていたカルヴァン派の貴族や市民をカトリック側が多数虐殺した事件です。これをきっかけにフランス全土に騒動が広がり,ユグノー戦争はいっそう複雑化しました。

8月24日は,サン(=聖)バルテルミを守護聖人とする日なのでこの呼び名がついています。言わずもがなですが,サンバルテルミという聖人がこの日に虐殺されたわけではありません。サンバルテルミとは,十二使徒の1人,聖バルトロメオのことです。Barthélemyは英語ではBartholomewにあたり,愛称はBartとなります。


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