人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第5回)
2011年 3月 21日 月曜日 筆者: 安岡 孝一人名用漢字の源流(第5回)
(第4回からつづく)
今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。
人名用漢字別表の内閣告示
国語審議会は、昭和26年3月13日に固有名詞部会を発足させ、子供の名づけに使える漢字の審議を始めていました。子供の名づけに対する漢字制限を緩和することで、戸籍法第50条が骨抜きにされてしまうのを防ごうとしたのです。一方、参議院議員で元国語審議会委員の山本勇造は、参議院文部委員会を動かし、衆議院から送付された戸籍法第50条改正案に関して、参議院法務委員会に連合審査を承諾させました。連合審査となれば、法務委員会だけで本会議への上程を決めることができず、審議未了で廃案にできる可能性が高くなったのです。
固有名詞部会は『標準名づけ読本』(第1回参照)の500字をチェックし、 500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。そして、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。
国語審議会は、漢字に関する根本政策に基き、人名に用いる漢字について、次のことを建議する。子の名にはできるだけ常用平易な文字を用いることが理想である。その意味から子の名に用いる漢字は当用漢字によることが望ましい。しかしながら、子の名の文字には社会習慣や特殊事情もあるので、現在のところなお、当用漢字表以外に若干の漢字を用いるのはやむを得ないと考える。国語審議会では、この見地から、従来人名に使われることの多かった漢字を資料として審議し、慎重に検討を加えた結果、別紙に掲げる程度の漢字は当用漢字以外に人名に用いてもさしつかえないと認めた。この問題は国語政策に及ぼす影響がすこぶる大きいので、その点じゅうぶんに考慮し、善処されることを要望する。
人名用漢字92字は、5月21日の次官会議に持ち込まれ、さらに5月22日の閣議で了承されました。そして、昭和26年5月25日、人名用漢字別表92字は内閣告示されました。同じ日に戸籍法施行規則も改正され、子供の名づけに使える漢字は、当用漢字表に加えて人名用漢字別表92字もOKとなったのです。
(最終回「戸籍法第50条改正案の顛末」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第4回)
2011年 3月 18日 金曜日 筆者: 安岡 孝一人名用漢字の源流(第4回)
(第3回からつづく)
今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。
衆議院の戸籍法第50条改正案
昭和26年2月6日、衆議院予算委員会において、子供の名づけに対する漢字制限の問題を、川端佳夫議員が天野貞祐文部大臣に問いただしました。子供の名づけに使える漢字が、当用漢字1850字だけでは不十分なので、これを緩和する考えはないか、と詰め寄ったのです。この質問に対し天野大臣は、「名前についてはいかにもおっしゃる通りで、私もあれではどうかという考えを持っておりますので、これもよく研究してもらって何とか緩和しなければいけないという考えを実は持っております。」と答えてしまいました。
翌2月7日、眞鍋勝を中心とする13人の議員は、戸籍法の一部を改正する法律案を起草すべく、立法理由書を国会に提出しました。
常用平易な文字の問題は今や改正に着手すべき時期に達したと思う。子供の名につける常用平易な文字の範囲を国語審議会の定めた当用漢字の範囲と同じと断定したことは軽卒である。両者の範囲を同一と誤認し、当用漢字を国民に強制することによって、国民は多大の迷惑を受けている。たとえば無名、無籍の日本人が出現したり、戸籍事務担当者が54字を増加することを協議したり、同名異人が各地に現われたりしている。文部大臣が名につける漢字の緩和を答弁しているのは時宜に適している。
この立法理由書を受けて2月22日、衆議院法務委員会のもとで、戸籍法改正に関する小委員会が発足しました。これにあわてたのは国語審議会です。3月2日の部会長会議で衆議院法務委員会の動きを知った土岐善麿国語審議会会長は、副会長の宮沢俊義とともに、法務委員会に対して、拙速な審議をおこなわないよう申し入れをおこないました。しかし法務委員会は、この申し入れを無視し、戸籍法第50条を改正する法案を3月27日に仮決定しました。これに対し、3月29日に衆議院文部委員会が連合審査を申し入れましたが、法務委員会はこれを拒否、法案を3月30日の本会議にかけることを決定します。
第五十条 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。 常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。 市町村長は、出生の届出において子の名に前項の範囲外の文字を用いてある場合には、届出人に対してその旨を注意することができる。但し、届出人がこれに従わなくともその届出を受理しなければならない。
この法案は、子供の名づけに対する漢字制限を、事実上、骨抜きにするものでした。昭和26年3月30日の衆議院本会議では、この戸籍法第50条改正案は全会一致で可決、参議院に送付されたのです。
(第5回「人名用漢字別表の内閣告示」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第3回)
2011年 3月 16日 水曜日 筆者: 安岡 孝一人名用漢字の源流(第3回)
(第2回からつづく)
今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。
戸籍法の全面改正
当用漢字表が内閣告示された頃、司法省民事局では、戸籍法の改正作業がおこなわれていました。それまで家を単位としていた戸籍を、夫婦を基本単位とする戸籍に変える、というのが戸籍法改正の主眼で、日本国憲法の施行に間に合わせるべく全力で作業がおこなわれていました。そんな中、文部省教科書局国語調査室から「氏名等を平易にする法律試案」が持ち込まれたのです。民事局の青木義人は、この時のことを、のちにこう回想しています(『戸籍』昭和57年9月号47頁)。
この案を持ってこられたときには、ぼくも相当消極的だったんです。住所とか人の姓など従来のものはそのままにしておいて、将来の子供の名ばっかり問題にするのは、全然つり合いがとれんじゃないかと。読みにくくて困るのは、むしろ市町村や字の名前と人の姓なのに何で子供の名前だけ目のかたきにするんだと言って。(笑)それに当用漢字だけでは窮屈過ぎやせんかとかなりやり合ったわけだけど、国語審議会はなかなか強硬なんですね。局内でもずいぶん議論をしましたけど、結局受け入れざるを得ないということになってきました。
ところが、戸籍法改正とセットでおこなわれる民法改正は、翌年(昭和22年)3月になってもGHQ民政局を通過せず、5月3日の日本国憲法施行には間に合わない状況になってきました。そこで、昭和23年1月1日を民法および戸籍法改正の施行期日として、作業を仕切り直すことになりました。昭和22年8月8日、民事局がGHQに持ち込んだ戸籍法全面改正案には、以下の条文が含まれていました。
第七十七条 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。 常用平易な文字の範囲は、政令でこれを定める。
この後、GHQとのやりとりは11月7日まで3ヶ月間も続くのですが、この条文に関しては、第50条に移動した上、「政令」が「命令」に変わっただけで、ほとんど議論されることなくGHQを通過しています。そして、この戸籍法改正案は、11月28日に衆議院を通過、12月6日に条文を一部変更して参議院を通過、12月9日に衆議院が修正同意可決をおこなって、12月22日に官報公布されました。官報公布された戸籍法の第50条は、以下のようになっていました。
第五十条 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。 常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。
また、昭和22年12月29日には戸籍法施行規則が、司法省令として官報公布されました。戸籍法施行規則の第60条は、以下のようになっていました(原文縦書き)。
第六十条 戸籍法第五十条第二項の常用平易な文字は、左に掲げるものとする。 一 昭和二十一年十一月内閣告示第三十二号当用漢字表に掲げる漢字 二 片かな又は平がな(変体がなを除く。)
3日後の昭和23年1月1日、改正戸籍法と戸籍法施行規則が施行され、子供の名づけに使える漢字が当用漢字表1850字に制限されました。この日をもって、出生届に書ける漢字は、いきなり1850字に限定されることになったのです。
(第4回「衆議院の戸籍法第50条改正案」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
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人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第2回)
2011年 3月 14日 月曜日 筆者: 安岡 孝一人名用漢字の源流(第2回)
(第1回からつづく)
今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。
氏名等を平易にする法律試案
昭和21年5月8日、国語審議会は、常用漢字に関する主査委員会を発足させました。主査委員会の顔ぶれには、吉田澄夫が含まれていました。吉田は文部省教科書局で、国語調査官として働いていたのです。そして、9月25日の主査委員会には、林徹がゲストとして招かれました。主査委員会は、固有名詞に対する漢字制限を視野に入れており、そのためのヒアリングをおこなっていたのです。『標準名づけ読本』の500字を、どのように常用漢字に取り込むか、主査委員会は議論を重ねていたのです。
さらに10月1日の主査委員会には、「氏名等を平易にする法律試案」が提出されました。

審議中の常用漢字表による漢字制限を、氏名全般に及ぼしたい、とする法律案でした。しかし、この「氏名等を平易にする法律試案」には、各委員の賛同が得られませんでした。固有名詞を常用漢字表で制限するのは無理がある、という意見が大勢だったのです。これに対し、文部省教科書局国語調査室の三宅武郎は、最小限の要求として新しく生まれる子供の名前だけは常用漢字表の中から選んでほしい、と食い下がりました。その結果、主査委員会としては「固有名詞はこの表によらなくてもよい」と明記した上で、戸籍法改正については別途はたらきかける、ということになりました。また、この日の主査委員会で、表の名称を、当用漢字表とすることが決まりました。
昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表を文部大臣に答申しました。この時点の当用漢字表は、手書きのガリ版刷りで1850字を収録していました。当用漢字表は、11月11日の次官会議に持ち込まれ、さらに11月12日の閣議に持ち込まれます。そして、昭和21年11月16日、当用漢字表は内閣告示されました。こうして日本の漢字は、当用漢字表の1850字に制限されたのです。しかし、当用漢字表のまえがきには、「固有名詞については、法規上その他に関係するところが大きいので、別に考えることとした。」という一文がありました。この時点では、子供の名づけに対する漢字制限は、まだおこなわれていなかったのです。
(第3回「戸籍法の全面改正」につづく)
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安岡孝一(やすおか・こういち)
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人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第1回)
2011年 3月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一人名用漢字の源流(第1回)
今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。三省堂ワードワイズ・ウェブでの3年3ヶ月に渡る連載が、ようやく書籍の形で結実することとなりました。でも、実際に書籍として執筆してみると、ウェブ連載では書かなかったアレやコレやのネタを盛り込みたくなってしまい、結局、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」は完全に書き下ろしとなりました。出版記念と言っては何ですが、第1章の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を、昭和26年まで追ってみたいと思います。
名のつけ方委員会と『標準名づけ読本』
昭和13年7月11日、国語協会が主催した第1回国語運動懇談会では、漢字制限に関する様々な議論がたたかわされました。中でも東京高等学校の宮田幸一は、子供の名づけに関して、以下のような提案をおこないました(『国語運動』昭和13年9月号671頁)。
私は国語協会が命名問題について委員を設けて調査し、その結果を広く社会に訴えられることを提案する。漢字の制限整理の問題を最も困難にするのは固有名詞である。地名については別に考えることとし、人名の中、姓は変えることが困難だが、名は名づけの際自由にきめることができるし、今ついている名も長くて50年であるから、将来の名づけについて適当な案を立てたい。私も名として適当なやさしい、美しい字500くらいを選んでみたことがある。その解決には立法的な手段もあるだろうが、まず協会の調査の結果とその趣旨を力説したパンフレットを作って、社会の各方面に宣伝し、子供の名づけについて世間の注意を求めたいと思う。
この提案を受けて、国語協会は、名のつけ方委員会を組織しました。委員会の委員は、国語協会常務理事の岡崎常太郎、司法研究所の垂水克己と林徹、日本女子高等学院の吉田澄夫、そして、宮田幸一の5人でした。名のつけ方委員会は、昭和13年9月29日から昭和15年9月17日まで18回の会合を開き、昭和15年12月15日に『標準名づけ読本』を発表しました。子供の名づけに使うべき500字を、国語協会として選定したのです。

これら500字は、『日本紳士録』(交詢社)から男性名を、『婦人年鑑』(東京聯合婦人会)と実践女学校の卒業生名簿から女性名を集め、そこから5人の委員の取捨選択によって決定したものでした。ただし『標準名づけ読本』の500字は、あくまで国語協会が発表したものであり、公的な拘束力はありませんでした。
(第2回「氏名等を平易にする法律試案」につづく)
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
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人名用漢字の新字旧字:「鉄」と「鐵」
2011年 2月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第82回 「鉄」と「鐵」
大日本帝国陸軍が昭和15年2月29日に通牒した兵器名称用制限漢字表は、兵器の名に使える漢字を1235字に制限したものでした。陸軍では、おおむね尋常小学校4年生までに習う漢字959字を一級漢字とし、これに兵器用の二級漢字276字を加えて、合計1235字を兵器の名に使える漢字として定めたのです。この一級漢字の中に、新字の「鉄」が含まれていました。旧字の「鐵」では書くのに時間がかかることから、新字の「鉄」を兵器の名に使い、旧字の「鐵」は使わないこととされたのです。
一方、国語審議会は昭和17年6月17日、標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、常用漢字1134字、準常用漢字1320字、特別漢字74字、の合計2528字を収録していました。この常用漢字の中に、新字の「鉄」が含まれていました。「鉄」の直後には、カッコ書きで「鐵」が添えられていて、「鉄(鐵)」となっていました。国語審議会も、旧字の「鐵」ではなく新字の「鉄」を使うべきだ、と答申したのです。国語審議会は、戦後もこの方針を貫きました。昭和21年11月5日に答申した当用漢字表でも、「鉄(鐵)」としていたのです。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「鉄」は当用漢字になりました。
昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「鉄」が収録されていたので、「鉄」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。しかし旧字の「鐵」は、あくまで参考として当用漢字表に添えられたものだったので、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。この時点で、新字の「鉄」は出生届に書いてOKですが、旧字の「鐵」はダメ、となってしまったのです。
それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。
| 追加候補選定基準 | 漢字出現頻度数調査 | |||
|---|---|---|---|---|
| 200回以上 | 50~199回 | 1~49回 | ||
| 不受理の法務局数 | 11以上 | JIS第1~3水準 | JIS第1・2水準 | JIS第1・2水準 |
| 8~10 | JIS第1~3水準 | JIS第1・2水準 | JIS第1水準 | |
| 6~7 | JIS第1~3水準 | JIS第1水準 | JIS第1水準 | |
| 0~5 | JIS第1・3水準 | - | - | |
旧字の「鐵」は、全国50法務局のうち5つの管区で出生届を拒否されたことがあったものの、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が31回でした。この結果、旧字の「鐵」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。それが現在も続いていて、新字の「鉄」は子供の名づけに使えますが、旧字の「鐵」は使えないのです。
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人名用漢字の新字旧字:「翆」と「翠」
2011年 2月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第81回 「翆」と「翠」
新字の「翆」と旧字の「翠」の関係は、かなり複雑です。羽の下に卆の「翆」、羽の下に卆の「翆」、羽の下に卒の「翠」、羽の下に卒の「翠」、の4種類がありうるからです。
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これら4つのうち、子供の名づけに使えるのは、羽の下に卒の「翠」だけです。残りの3つは、現在は使えません。でも、過去には使えた時代もあったのです。
当用漢字1850字と人名用漢字92字では子供の名づけに足りない、という国民の声を受けて、法務省民事局は昭和50年7月、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを、全国の市区町村を対象に調査しました。さらに法務省民事局は、法務大臣の私的諮問機関として、人名用漢字問題懇談会を発足させ、人名用漢字に新たに28字を追加すべきだ、という結論を得ました(昭和51年5月25日)。この28字に、羽の下に卒の「翠」が含まれていたのです。そして昭和51年7月30日、この28字は、人名用漢字追加表として内閣告示されました。この時点では、羽の下に卒の「翠」だけが子供の名づけに使えて、「翆」「翆」「翠」はダメでした。
3週間後の昭和51年8月20日、法務省民事局は、羽の下に卒の「翠」も子供の名づけに認める旨を、全国の市区町村に通知しました。同時に、旧字の「翠」の下の「十」を「丅」に変えた俗字(下図参照)も、子供の名づけに認めたのです。この結果、羽の下に卒の「翠」、羽の下に卒の「翠」、そして下図の俗字、の3種類が子供の名づけに使えるようになりました。
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ところが、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、羽の下に卒の「翠」は子供の名づけに使えるが、羽の下に卒の「翠」はダメとなっていました。もちろん、上図の俗字もダメです。羽の下に卆の「翆」も、羽の下に卆の「翆」もダメ。昭和56年10月1日に戸籍法施行規則が改正された結果、羽の下に卒の「翠」だけが、出生届に書いてOKとなりました。
平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。羽の下に卆の「翆」は、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が1回しかなかったため、追加候補になりませんでした。羽の下に卒の「翠」は、出現頻度数調査の結果が32回だったのですが、JIS X 0213に収録されていなかったため、審議の対象になりませんでした。羽の下に卆の「翆」は、出現頻度数調査の結果が0回で、JIS X 0213に収録されていなかったため、やはり審議の対象になりませんでした。
この結果、羽の下に卒の「翠」だけが、人名用漢字として残されました。それが現在も続いていて、「翠」は出生届に書いてOKですが、「翆」も「翆」も「翠」もダメなのです。
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人名用漢字の新字旧字:「媛」と「媛」
2011年 1月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第80回 「媛」と「媛」
新字の「媛」は、常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「媛」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。つまり、新字の「媛」は出生届に書いてOKですが、旧字の「媛」はダメ。では、愛媛県はどうだったのでしょう。
昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、常用漢字1134字、準常用漢字1320字、特別漢字74字、の合計2528字を収録していました。この準常用漢字の中に、旧字の「媛」が収録されていました。ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表には、新字の「媛」も旧字の「媛」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、新字の「媛」も旧字の「媛」も子供の名づけには使えなくなってしまいました。
昭和53年1月1日に制定された漢字コード規格JIS C 6226では、旧字の「媛」が第1水準漢字でした。ところが昭和58年9月1日の規格改正で、旧字の「媛」に代わって、新字の「媛」が第1水準漢字になりました。旧字の「媛」は、JIS漢字コードの規格票からは消えてしまったのです。一方、民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、118字を答申しました。この118字には、新字の「媛」が含まれており、旧字の「媛」は含まれていませんでした。平成2年3月1日、戸籍法施行規則は改正され、新字の「媛」を含む118字は全て人名用漢字になりました(平成2年4月1日施行)が、旧字の「媛」は人名用漢字になれませんでした。
これらの動きに対し、愛媛県は、微妙な態度を取り続けていました。法令や公用文書に関しては旧字の「媛」による「愛媛県」を正式名称とする一方、住所表記やその他の印刷物に関しては新字の「媛」でも旧字の「媛」でもよい、としていたのです。ところが、平成20年7月15日に、文化審議会国語分科会の漢字小委員会が188字の常用漢字表追加案を発表したことで、風向きが変わり始めました。この追加案188字に、新字の「媛」が含まれていたのです。常用漢字表は、法令、公用文書における漢字使用の目安なので、新字の「媛」を常用漢字に追加するような改定がおこなわれたら、法令や公用文書には、旧字の「媛」より、むしろ新字の「媛」を使うべきだ、ということになります。
平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表には、新字の「媛」が含まれていました。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表にも、新字の「媛」が収録されていて、旧字の「媛」は含まれていませんでした。この結果、子供の名づけにも、法令や公用文書にも、新字の「媛」は使ってOKですが、旧字の「媛」はダメなのです。
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安岡孝一(やすおか・こういち)
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人名用漢字の新字旧字:「逸」と「逸」
2011年 1月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第79回 「逸」と「逸」
新字の「逸」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「逸」は人名用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。つまり、新字の「逸」も、旧字の「逸」も、出生届に書いてOK。でも、旧字の「逸」には、実は微妙な歴史があるのです。
昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「逸」が収録されていました。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「逸」が収録されていたので、旧字の「逸」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。
昭和23年6月1日、国語審議会は当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表では、旧字の「逸」に代えて、新字の「逸」が収録されていました。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「逸」が当用漢字となり、旧字の「逸」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある旧字の「逸」と、当用漢字字体表にある新字の「逸」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「逸」も新字の「逸」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。
昭和56年3月23日、国語審議会は常用漢字表を答申しました。常用漢字表の「逸」には、カッコ書きで「逸」が添えられていました。つまり、「逸(逸)」となっていたのです。これに対し民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字表1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字を、子供の名づけに認めることにしました。
昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、旧字の「逸」は、子供の名づけに使える漢字に含まれていました。ところが「逸」の字体は、常用漢字表のカッコ書きや当用漢字表とは、微妙に異なるものになっていました。中の「兔」の字体が変わっていて、画数が1画増えていたのです。昭和56年10月1日の戸籍法施行規則改正では、旧字の「逸」が人名用漢字になりましたが、その字体は、民事行政審議会答申と同じく、1画増えた方のものでした。常用漢字表のカッコ書きの「逸」と、人名用漢字の「逸」とは、微妙に異なる字体になってしまったのです。
平成16年9月27日、法務省は戸籍法施行規則を改正しました。この改正で、人名用漢字の「逸」の字体は、中の「兔」が1画減らされて、常用漢字表のカッコ書きと同じ字体になりました。それが現在も続いていて、常用漢字表の「逸(逸)」は、新字旧字ともに出生届に書いてOKなのです。逆に言えば、中の「兔」が1画多い旧字の「逸」は、昭和56年10月1日から平成16年9月26日の間だけ子供の名づけに使えた幻の字体なのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
人名用漢字の新字旧字:「斎」と「齋」
2010年 12月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第78回 「斎」と「齋」
新字の「斎」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「齋」は常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「斎」は出生届に書いてOKですが、「齋」はダメ。でも、新字の「斎」は、微妙に字体が揺れ続けているのです。
昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表2528字には、新字の「斎」が収録されていて、その直後にカッコ書きで「齋」が添えられていました。つまり「斎(齋)」となっていたわけです。国語審議会は、旧字の「齋」ではなく新字の「斎」を使うべきだ、と答申したのです。ただし、標準漢字表の「斎」は、「齐」の中に「示」を書く字体でした。
昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、「斎」の直後に「齋」がカッコ書きで添えられていて、「斎(齋)」となっていました。ところが、当用漢字表の「斎」の字体は、標準漢字表とは微妙に異なっていました。中にある「示」の横棒が2本ともかなり長く、「斉」の中に「小」を書く字体だったのです。
昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、旧字の「齋」は子供の名づけに使えなくなり、当用漢字表の「斎」(斉の中に小)だけが出生届に書いてOKとなりました。
昭和53年1月1日に制定された漢字コード規格JIS C 6226では、新字の「斎」が第1水準漢字、旧字の「齋」が第2水準漢字でした。ただし「斎」の字体は、標準漢字表の字体(齐の中に示)でした。規格票の印刷に使われた石井明朝体が、そういうデザインだったのです。一方、昭和56年10月1日に内閣告示された常用漢字表は、やはり「斎(齋)」となっていましたが、「斎」は当用漢字表と同じ字体(斉の中に小)でした。そして、子供の名づけに使えるのは、相変わらず常用漢字表の「斎」(斉の中に小)だけでした。でも、コンピュータで表示できる字体は、漢字コード規格に載っている方の「斎」(齐の中に示)が一般的で、常用漢字表とは微妙に異なっていました。
ところが、平成22年6月7日に文化審議会が答申した改定常用漢字表は、少し様子が違っていました。「斎(齋)」となっているものの、「斎」がいわゆるコンピュータ字体(齐の中に示)に変えられていたのです。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表においても、「斎(齋)」の「斎」は、齐の中に示を書く字体でした。つまり、常用漢字表の「斎」は、平成22年11月30日をもって字体が変更されてしまったのです。この結果、子供の名づけに使えた「斎」も、齐の中に示を書く字体へと変更されてしまったのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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2007年









