国語辞典入門:小学生向け辞典 選ぶ観点 基準

2010年 6月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第24回 学習辞典を特徴づける対立軸

 学習国語辞典(学習辞典)を選ぶときに、どういう点に注目すればいいかについて、基本的なところを述べてきました。この話題のしめくくりとして、主要な点について、対立軸を設定してみます。実際に辞書を選ぶ時の参考にしてください。

 ●デザイン――マンガが多いか、少ないか
 デザインは学習辞典ごとにくふうをこらしていますが、あえて対立軸を設けるなら、紙面にマンガやキャラクターの絵が多いものと、少ないものとに分けられます。前者は、低年齢の子や、学習習慣の不十分な子にはいいかもしれません。そうでない子には少々うるさいでしょう。そのほか、大きさや重さ、表紙の材質なども判断材料になります。

 ●本文書体――教科書体か、ほかの書体か
 本文には、筆写体に近い教科書体を使うのが、多くの学習辞典の方針です。私はこれがいいと思います。デザインの面では、もっとかっこいい書体もあり、それを使う辞書もありますが、字形の学習にはふさわしくありません。学習辞典は、子どもが文字を書くときの規範になるべきです。手書きの楷書体を添えてもいいと思います。

 ●ルビ――総ルビか、パラルビか
 目下の情勢としては、学習辞典はみな総ルビ方式に向かっており、パラルビ(部分ルビ)方式は消えつつあります。ただ、総ルビにしさえすればいいと、いささか安易に考えられているふしもあります。同じ総ルビでも、内実はいろいろであることは述べました。また、高学年になれば、パラルビのほうが読みやすいと思う子もいるはずです。

 ●漢字表記――表外字を仮名にするか、漢字で書くか
 多くの学習辞典の表記欄では、常用漢字表に入っていない漢字(表外字)は仮名で書き、必要に応じて漢字を添えています。どういう場合に「必要」と考えるかは、辞書によって微妙に異なります。一方、表外字であってもすべて漢字で示す辞書も、少数ながらあります。むずかしい漢字を知りたい子にとっては、このほうが役に立ちます。

 表記欄では、学習漢字は無印、常用漢字は「○」、表外字は「×」など、区別を示してあるのがふつうです。こうしてあれば、どの漢字から学べばいいかが分かり、便利です。

複数の辞書を比べながら使うといい

 ●語釈――多くの行数を取るか、短くまとめるか
 辞書の語釈は、一般に、長く書いてあるものが好まれます。でも、語釈にまず求められるのは、その事物を的確に定義することです。誰にもぱっと分かる語釈なら、短くても十分だし、要点をつかんでいない語釈なら、長く書いてもだめです。ある辞書の「オーストラリア」の項目で、タスマニア島にまで言及していることを評価する人がいます。でも、タスマニア島に触れなくても、オーストラリアを定義することは十分できます。

 その辞書の語釈の傾向を知るには、「比較語リスト」が有効です。私の示した例も参考に、できれば10語以上のリストを作って、辞書売り場に持って行くといいでしょう。

 ●語数――多くを求めるか、抑え気味にするか
 どのくらいの語数の入った学習辞典が適当かということは、子どもの持つ語彙量によって変わります。学校や日常生活で出合うことばを引いて、載っていれば、その辞書はまず問題なく使えると考えていいでしょう。幼稚園の子が見るアニメに「あこぎ」「戦歴」「討伐」などのことばが出てきて、それが学習辞典にないと指摘する人がいます。これはアニメが学習範囲を超えているのであって、辞書を批判するのは酷な面もあります。

 ●例文――最後に示すか、最初に示すか
 ほとんどの学習辞典は、例文を最後に示しています。ことばの使い方を示すのも辞書の大切な役割であることを考えれば、例文を最初に示す行き方はあっていいと思います。ただし、語釈と例文とが紛れないように、デザインを十分くふうすべきです。

 以上のような対立軸について学習辞典をチェックしてみると、すべての点で望みどおりの辞書を得ることは、なかなかむずかしいものです。そこで、1冊だけではなく、複数の辞書を使うという方法が有効になります。

 最初は1冊の辞書をとことん使い込むべきことはもちろんですが、やがて不満も出てきます。その頃に、もう1冊の辞書を加え、両方を比べながら使うといいでしょう。

 何かの研究発表をする時、1冊の辞書に基づいて説明するだけでは、丸写しになります。でも、2冊の辞書を比べて、どちらがより適当と考えるかを述べれば、それはささやかながらも「考察」です。複数の辞書を使うことには、こんな学習上の効果もあります。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。


国語辞典入門:幼児向けの辞典・事典 絵じてん

2010年 6月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第23回 絵じてんで親子コミュニケーション

 学習国語辞典(学習辞典)についての話題も、そろそろ締めくくりに近づいています。このあたりで、絵じてんについて触れておいてもいいでしょう。

 絵じてんとは、カラーのさし絵を使って、ことばの意味を子どもにも分かりやすく示した辞典(または事典)のことです。対象年齢は、ざっと幼稚園入園前の子どもから小学校低学年といったところです。

 私の娘も、幼稚園に通い始める頃から、絵じてんがお気に入りになりました。彼女はほとんど病院に行ったことはありませんが、「びょういん」のページで、「ほうたい」「しっぷ」「ガーゼ」といったことばを、絵とともに覚えたりしています。

 子どもの行動範囲はごく狭く、新しいものごとに触れる機会はわりあい限られています。絵じてんは、子どもの体験を擬似的に広げてくれる道具のひとつです。

 ことば一般を扱う絵じてんとして、『三省堂こどもことば絵じてん』、『三省堂ことばつかいかた絵じてん』、『くもんのことば絵じてん』(くもん出版)、『小学館ことばのえじてん』、『レインボーことば絵じてん』(学研)などがあります。このほか、漢字絵じてん、ことわざ絵じてん、けいご絵じてんなど、各社がアイデアを競っています。

 絵じてんの編集のしかたは、大きく分けて、ことばを意味ごとに分類したもの(分類体)と、五十音順に並べたもの(五十音引き)とがあります。どちらを選ぶかは、子どもの性格や好みにもよりますが、年齢がひとつの目安になります。

 分類体の絵じてんは、ひらがなが読めるか読めないかという年齢の子でも入っていけます。「びょういん」「どうぶつえん」「ごはんを たべる」「かいすいよくへ いく」などと、見開きが1つの絵になっていて、さまざまな事物が描きこまれ、名前が添えられています。じてんという意識もなく、絵本と同じ感覚で読むことができます。

 五十音引きは、もう少し成長した子どもにとって、よりふさわしいでしょう。1ページが8つ程度のコマに分割され、その1つ1つにさし絵つきでことばの説明が載っています。「からだ」「くだもの」「さかな」などの基本的な項目では、絵を大きくして、関連する事物を描き、分類体ふうにしてあるページもあります。

美しく正確なじてんを

 絵じてんに注文したいことは、2つあります。ひとつは、動詞の扱い方です。

 絵じてんでは、動詞は、「たべる」「おきる」などの終止形を見出しに掲げてあります。それはいいとして、絵に添えてある例文までも、「ごはんを たべる」「あさ はやく おきる」など、すべて終止形になっています。ところが、幼児の言語生活では、こういった終止形は必ずしも多く使われません。

 ある絵じてんを見ると、「たべる」の項目に描かれているのは、実際は、子どもがご飯を「たべている」ところです。「おきる」に描かれているのは、子どもが今「おきた」ところです。親が説明するとき、「これは『ごはんを たべる』だよ」と言うよりも、「ごはんをたべているね」と言い直したほうが、子どもにはよく分かります。

 終止形も大事ですが、見出しだけで十分でしょう。例文は、状況に合った語形を使ってほしいと思います。終止形の続く例文は、読んでいて単調でもあります。

 もうひとつは、より重要なことです。絵じてんの絵は、美しく正確であってほしいということです。

 子どもは勉強しようと思って絵じてんを見るのではなく、まずは絵が美しいから、楽しいから読むのです。絵本と同じで、絵の美しくない絵じてんは、子どもの注意を引き止めません。わが家に数種ある絵じてんのうち、娘がいつも読んでいるのは、私の目から見ても絵の美しい本です。

 美しい絵と、正確な絵というのは少し違います。たとえうまく描いてあっても、漫画的に誇張されて、不正確になっている場合もあります。虫や鳥がそんな描き方だと、「これはバッタだよ」と、そのまま教えていいものか、ためらわれます。

 形だけでなく、色も重要です。娘に「オレンジジュース」と書いてある飲み物の絵を指して、「これは何色」と聞くと、「赤」と答えました。たしかに、その色はオレンジよりも赤に近い色です。やむをえず、トマトジュースということにしてしまいました。

 絵が美しく、例文もよく練られた絵じてんを選んだとすれば、あとは、それを生かすも殺すも親次第です。「これは何?」「これは前に食べたね?」などと質問したりして、ことばを媒介に、親子のコミュニケーションを深めていければ言うことなしです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
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国語辞典入門:辞書の例文(実例や不自然な例)、表記

2010年 6月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第22回 例文の扱い方にもいろいろ

 学習国語辞典(学習辞典)の中には、例文を一番最初に持ってくるという、独特の編集方法をとるものがあります。『くもんの学習国語辞典』(くもん出版)、『小学新国語辞典』(光村教育図書)がそうです。たとえば、「うすうす」を引くと、こんな具合です。

 〈うすうす【薄薄】(例文)そのことは薄薄知っている。(意味)はっきりとではないが、ぼんやりとわかっているようす。〉(くもん)

 〈うすうす【薄薄】[例]友達の気持ちにはうすうす気づいていた。 [意味]はっきりしないが、なんとなく。かすかに。《参考》ふつう、かな書き。〉(小学新国語)

 私は、これはなかなかおもしろい試みだと思います。ことばの意味を知るということは、同時に、ことばの使い方を知ることでもあります。とすれば、使い方を示す例文を重視して、前に持ってくるという行き方は、たしかに理屈に合っています。

 ただし、引くたびにまごつくことも事実です。「例文」「例」とは表示してあるものの、一般の辞書に慣れた目には、その例文が語釈のように見えます。いちいち、「そうだ、この辞書は最初に例文が来るんだっけ」と、ルールを思い出さなければなりません。

 しかも、中には例文のない項目もあって、その場合はすぐに語釈になるのですから、混乱します。『くもん』で「薄曇り」を引くと、〈空全体にうすい雲がかかって……〉とあるので、これが例文かと思うと、〈……かかっていること。また、そのような天気。〉と続き、語釈だったことに気づきます。もう少し、使い勝手に配慮がほしいところです。

 このことは、デザインをくふうすれば解決できるはずです。『くもん』も『小学新国語』も、「例文」「例」と「意味」の表示が同じデザインなので、ほとんど区別がつきません。それぞれの違いが際だつようにすればいいのです。例文を「 」に入れるだけでも、だいぶ違います。改善案の一例を示します。

  うすうす【薄薄】「そのことは薄薄知っている。」▽意味 はっきりとではないが、ぼんやりとわかっているようす。

 かなり読みやすくなったと思いますが、どうでしょうか。例文が最初にあるのがよくないのではなく、例文と語釈とがまぎらわしいのがよくないのです。

見慣れない表記、不適切な例文

 例文については、ほかにも注目したい点があります。ひとつは、表記の問題です。「うすうす」は、見出しでは「薄薄」とあります。一方、例文では「薄薄」「薄々」「うすうす」など、いろいろです。これでは、どの表記に従えばいいのか分かりません。

 ふつう、「薄薄」と漢字を重ねることは少なく、「薄々」と書きます。「薄薄」式の辞書の表記には疑問を呈する発言もあります(小駒勝美氏)。そもそも、「うすうす」のような副詞は、ひらがなで書くのが標準的です。そこで、見出しには「うすうす・薄々」の2つを掲げ、例文では「うすうす」を使ってはどうでしょう。たとえばこんな感じです。

  うすうす【うすうす・薄々】「そのことはうすうす知っている。」

 こんなふうに実際の表記を反映した辞書は、一般の国語辞典にもまだ多くありません。実際の表記をどのように取り入れるかは、すべての辞書にとっての課題です。

 もうひとつの注目点は、例文に適切な文を選んでいるかということです。「そのことは薄薄知っている」という『くもん』の例文は、この点で不満を残します。

 辞書の例文は、語釈で表現しきれないニュアンスなどを示すものです。「うすうす」は、事情・実情・真相などをぼんやり知る場合に使います。例文をつけるなら、「事情はうすうす察していた」など、何を察するのかが分かるように書くべきです。

 用法が不自然な例文も、学習辞典には散見されます。たとえば、『チャレンジ小学国語辞典』(ベネッセ)の「何くれとなく」の項には、次の例文が出ています。

 〈おじさんは何くれとなく相談相手になってくれる。〉

 「何くれとなく」は「あれこれと。いろいろと」という意味ですから、一見、これでもよさそうです。でも、ふつうは「何くれとなく世話を焼く(面倒を見る)」の形で使うものです(他辞書の例文は、おおむねそうです)。上の例文は、間違いとは言えないまでも、少なくとも不自然です。頭の中だけで例文を考えると、えてして、不自然なものが生まれます。例文は、実例に基づいて作ることを基本にすべきです。

 学習辞典には、例文の中に、やたらに父母や兄弟が出てくるものがありますが、あまり感心しません。「妹が友だちとむつまじく遊んでいる」などとあると、「そんな言い方するだろうか?」と思います。こういうものも、頭で作り出した例文のようです。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:小学生向け辞典 語数と子どものことばの発達

2010年 6月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第21回 学習辞典は何万語必要か

 国語辞典を買うとき、何万語のものを選べばいいかということは、常に読者の関心事となります。学習国語辞典(学習辞典)も、事情は同じです。

 先に、国語辞典というものは、必ずしも語数が多ければいいわけではないと述べました(第4回第10回)。もし、語数が辞書の良し悪しの尺度になるなら、語数が6万語台で比較的少ない『岩波国語辞典』や『現代国語例解辞典』(小学館)は、8万語以上を擁する『新選国語辞典』(小学館)や『旺文社国語辞典』にかなわないことになります。でも、実際は、『岩波国語』も『現代国語例解』も、すぐれた代表的な国語辞典です。

 語数と辞書の優劣が一致しない理由について、なお念を押しておくなら、こんな言い方もできます。けっこうな読書家でも、ふだん疑問に思って辞書で調べることばの大部分は、せいぜい6万語の範囲に収まります。そのため、それ以上の語彙を載せても、乱暴な言い方をすれば、あまり大勢には影響がないのです。6万のことばをしっかり説明してあれば、それだけでも、その辞書はきわめて有用な辞書になります。

 では、学習辞典はどうでしょうか。学習辞典の収録語数は、1万数千語から3万数千語までの幅があります。このうちどれを選ぶのがいいかは、子ども本人の持つ語彙量(理解できることばの数)に応じて異なってきます。

 子どもの語彙量の発達については、実は、ほとんど研究がありません。よく利用されるのは、戦前の1937年の調査結果です(坂本一郎『読みと作文の心理』牧書店)。それによれば、子どもは9歳頃までに約1万語の語彙量を獲得します。その後、12歳頃までに約2万語、15歳頃までに約4万語、18歳頃までに約5万語の語彙量に達します。

 この数字は参考にはなりますが、人によって個人差が大きいことも事実です。今の子どもは、これよりもさらに多くの語彙量を持っていると思います。その子にとって、「やや語数が多いかな」という程度の辞書を選んで、ちょうどいいくらいでしょう。

 私が小学校高学年の頃、大人向けの実用辞典を使っていたことは記しました(第1回第2回参照)。べつに、私がひねくれていたのではありません。この年頃ともなれば、中高生向けから一般向けの辞書に進んでも、決して早くないと考えます。

開始年齢を前倒ししてもいい

 小学生用の学習辞典は、従来は、小学3年生頃から卒業まで使うことが想定されていました。でも、今では、使用開始の年齢をもっと前倒しして、1年生から使ってもまったく問題ありません。このことは、中部大の深谷圭助さんの報告でも明らかです。

 小学1年生で使う学習辞典は、何万語のものでもいいと思いますが、1万数千語もあれば十分です。このレベルの辞書は、幼稚園の年長組からでも使えます(そういう早期教育がいいかどうかは、別問題です)。

 やがて、子どもの語彙量は、1万語、2万語と増えていきます。本を読んでいて、辞書を引いてもないことばが多くなれば、その辞書は買い換え時期を迎えたことになります。

 たとえば、大石真さんの児童文学の傑作『ミス3年2組のたんじょう会』(偕成社文庫、原著は1974年)を読むと、次のようなことばが出てきます。

  うら道 大通り おめかし かくれんぼ 立会人 ビフテキ もうちょうえん

 2万数千語収録のA辞典には、これらは載っていません。3万数千語収録のB辞典には載っています(ただし「立会人」はなく「立ち会い」が載っている)。そうすると、そろそろA辞典は卒業で、B辞典に移ろう、ということになります。

 ただ、B辞典を買っても、やはり載っていないことばがあります。

  かいぞえ人 ごきげんとり 五目そば たなご でめきん 番台 まるがり 

 これらは、この作品にあって、B辞典には見当たらないことばです。

 こんなことを言うと、「なんだ、B辞典もだめではないか」と速断する人がいます。でも、大人の小説だって、大型辞書にもないことばが何十語も出てきます(第5回)。書物の扱う世界は広く、1冊の辞書で覆いきれない部分はどうしても出てきます。「五目そば」などは、一般向けの辞書にもあまり載っていません。

 本を読んでいて、辞書にないことばが数語にとどまっているうちは、まだその辞書は現役で使えます(上に7つも「ない語」の例を挙げたのは、私がしらみつぶしに調べたからで、ふつうはこんなには見つかりません)。また、語数の多い辞書に切り替えてからも、古い辞書を捨てるには及びません。2つの辞書の説明を比べながら使うことによって、多くの発見があるからです。

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国語辞典入門:小学生向け辞典 語釈と語数の関係

2010年 6月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第20回 語数を減らせば、語釈が親切に?

 先に、語釈の不親切な学習国語辞典(学習辞典)は困る、という話をしました(第17回)。語釈をより親切にすることに反対する人は少ないはずです。でも、親切な説明をすれば、それだけ字数・行数が増えるのではないか、と心配する人はいるかもしれません。辞書の編集にくわしい人ほど、この点が気になるのではないかと思います。

 たとえば、「提唱」ということばを次のように説明する学習辞典があります。

 〈意見や考えを言いだすこと。〉

 これでも間違いではありませんが、不親切です。「提唱」というのは、今まで言われなかった新しいことを世間に提案することです。そこで、次のように改めてみます。

 〈意見や考えを発表して、人々に呼びかけること。〉

 これなら合格です。ところが、もとの13字が22字になり、1.7倍に増えてしまいました。この調子で、すべての項目の字数を増やせるかというと、どうもむずかしそうです。

 もし、全体の字数を1.5倍程度に増やしたとすると、単純計算で、1000ページの辞書は1500ページになります。学習辞典の本文はせいぜい1300ページが限界で、それを超えると、分厚くて重くて、実用的でなくなります。すでに1000ページを超えている辞書が、項目当たりの記述を1.5倍とか2倍とかに増やすのは、現実には困難です。

 ページ数に上限を設けて、その中で語釈をくわしくしようとするなら、収録語数を減らすという方法が考えられます。かりに、同じページ数で3万語の辞書と2万語の辞書があったとすると、これも単純計算では、後者のほうが項目当たり1.5倍のスペースが確保できることになります。

 書店に行って比べてみると、ページ数はほぼ同じでありながら、収録語数が3万数千語の辞書もあれば、2万数千語の辞書もあります。実に1万語の開きがあります。字の大きさなどの条件が同じだとすれば、後者のほうがくわしい記述をしているのではないかと、ふつうには思われます。

 もしそうだとすると、語釈の親切さで学習辞典を選びたい子どもには、収録語数の少ない辞書を薦めたくなります。本当のところはどうなのでしょうか。

語数と親切さに関連なし

 実際に、収録語数の少ない辞書は語釈が長くなるかどうか、調べてみます。約3万5千語を載せるA辞典(本文約1200ページ)と、約2万5千語を載せるB辞典(本文約1100ページ)とを取り上げます。2冊に共通する192項目を選び、語釈をパソコンに入力します。それから、字数を自動的に計算させます。

 結果として、A辞典の語釈は平均30.8字、B辞典の語釈は平均31.1字でした。どちらもほとんど同じ字数です。このことから、必ずしも、収録語数が少なければ語釈が長くなるとは限らないことが分かります。

 ページ数がほぼ同じで、1万語の開きがある2冊を比べて、語釈の字数があまり変わらないのは不思議です。これは、主に、1行の字数や1ページの行数など、レイアウトが微妙に違うことが理由でしょう。また、用例の長さなども関係しているようです。

 収録語数が少なくて、語釈のくわしい辞書も、もちろんあります。その一方、語数が多くて、なおかつ語釈に力を入れている辞書もあります。収録語数が多いか少ないかということと、語釈が親切かどうかには、関連がないのです。

 根本的なことを言えば、語釈を短く切りつめたからといって、不親切になるわけでもありません。今回は、「親切な説明のためには、多くの字数・行数が必要」という前提で話をしたのですが、実は、その前提があやしいのです。私は、これまでも、簡単な語釈だからといってだめな語釈だとは言えない、と繰り返してきました(第8回など)。

 先に掲げた「提唱」の語釈は、くわしく書き換えると1.7倍に増えました。でも、同じ字数で、より的確に書き換えることもできます。別の辞書の「提唱」はこんな語釈です。

 〈新しい考えを言いだすこと。〉

 先の辞書では〈意見や考えを……〉でしたが、ここでは、〈新しい考えを……〉になっています。この「新しい」という要素を入れただけで、「提唱」の語釈としては、簡潔ながら十分なものになりました。

 このように、「親切な語釈」は、辞書の収録語数や語釈の字数にかかわらずに実現できます。「それなら、語数を少なくする意味がない」と言われそうですが、低年齢の児童のためには、語数を抑えた辞書も必要です。このことについては、次回に考えます。

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国語辞典入門:小学生向け辞典 自分に合う辞書の探し方、比較方法

2010年 5月 26日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第19回 語釈の「比較リスト」の作り方

 学習国語辞典(学習辞典)の語釈について、大まかなところを述べました。そっけない語釈もあれば、くわしくていねいな語釈、あるいは、簡潔ながら要を得た語釈もあります。中には、くわしいか簡潔かという以前に、ほかの辞書をまねたのではないかと疑われる語釈もあります。

 以上は、あくまで総論です。これだけでは、どの学習辞典にどのタイプの語釈が多いかまでは分かりません。辞書ごとのタイプの違いを知るには、どういった語に注目して辞書を比較すればいいかという「比較語リスト」を作っておくと便利です。

 リストなしで、思いついたことばを片っ端から引き比べるというのでもかまいませんが、基づくものが何もなければ、公平な比較にならないおそれがあります。

 たとえば、「作曲」をA辞典・B辞典で引いてみると、こんな具合です。

 〈曲を作ること。〉(A辞典)

 〈音楽の曲をつくること。また、詩にふしをつけること。〉(B辞典)

 また、「悲哀」はこんな具合です。

 〈悲しみ。あわれ。〉(A辞典)

 〈〔しみじみとかんじられる〕かなしさやみじめさ。〉(B辞典)

 この結果からは、「A辞典は語釈が簡単、B辞典はくわしい」と考えたくなります。でも、それは早計です。次に、2つの外来語を比べてみます。まず、「キー」はこうです。

 〈1 かぎ。2 問題などを解く手がかり。3 オルガン・ピアノ・コンピューターなどの、指でおす所。〉(A辞典)

 〈1 かぎ。2 ピアノ・オルガンなどの、指でおすところ。けんばん。〉(B辞典)

 また、「リンク」はこうです。

 〈1 いくつかのものごとを結びつけること。2 インターネットで、ホームページなどから別のページに移ることができるようにすること。〉(A辞典)

 〈むすびつけること。連結させること。〉(B辞典)

 形勢が逆転し、今度はA辞典がB辞典よりもくわしいという結果になりました。

ことばの種類ごとに比較する

 これはどういうことでしょうか。「作曲」「悲哀」など、一般的な二字熟語は、A辞典よりもB辞典のほうがくわしい場合がやや多い感じです。一方、情報機器の発達などで新しい意味が生まれている場合、A辞典はそれをすくい取っていることがあります。つまり、学習辞典ごとに、どんな種類のことばに重点を置いているかが、微妙に違います。

 辞書ごとの重点の違いを知るために使うのが、「比較語リスト」です。いくつかの単語を紙に書いて、それをもとに、店頭で辞書を比較します。リストは、あなた自身が作ります。以下に、どういう種類のことばをリストアップすればいいか、アイデアを記します。

 (1)二字熟語 漢字2字を音読みすることばです。「作曲」「悲哀」もそのうちです。硬いことばが多く、意味も抽象的なものが大半です。「威嚇」「空転」「挑戦」「輪郭」など、考えつくことばをリストに加えてみてください。「作曲」は「曲を作ること」という説明で十分か、さらに説明を加えるべきかは、人によって意見が分かれるところでしょう。

 (2)感情や様子を表すことば 感情などの微妙な特徴が、うまく説明されていてほしいと思います。「こわい」「おそろしい」の違いが分からない辞書が多いことは述べましたが(第17回参照)、必ずしもそんな例ばかりではありません。「うらやましい」「いら立つ」「しゃくに障る」などの説明が、自分の語感に合うかどうか確かめてください。

 (3)新しいことば 社会の変化に伴って、最近使われるようになったことばです。外来語がかなりの部分を占めます。上に述べた「キー」「リンク」の新しい意味もこれに含まれます。必ずしも最新のことばを多く載せる辞書がいいとは思いませんが、情報通信分野などの新語が分かりやすいかどうかは、その辞書のひとつの評価基準になるでしょう。

 (4)百科語 理科や社会科など、主に国語以外の授業で習うことばです。たとえば、「小笠原国立公園」「カバーガラス」「砂防ダム」「蜜栓」など。お宅にある学習参考書の索引を使えば、候補がリストアップできます。ただ、現在のところ、百科語を十分にカバーする学習辞典はありません。こういうことばは、百科事典で調べるのが筋だとも思います。

 このほか、「そわそわ」「にやにや」などのオノマトペ、「打つ」「掛ける」など多くの意味を持つことば(多義語)がどう説明されているかも知りたいところです。実際に紙に書き出さなくても、これらの注目点さえ頭に入れておけば、比較の作業はできます。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。


国語辞典入門:小学生向け辞典の語釈(解説、意味説明)

2010年 5月 19日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第18回 「激似」の語釈にはひっかかる

 国語辞典の語釈は、正確で分かりやすいだけでなく、オリジナリティー、つまり、独自性も必要です。大学生に聞くと、辞書の語釈に独自性があるとは思っていない人が多いのですが、それが誤りであることは、第6回第7回第8回で述べたとおりです。

 学習国語辞典(学習辞典)の場合はどうかというと、語釈に独自性を出しにくい部分は、たしかにあります。何しろ、基礎的な項目を、子どもにも分かる限られた語彙で説明しなければならないのですから、どうしても似通ってきます。

 たとえば、「ワンピース」は、どの学習辞典も、だいたい「上着とスカートが続いている、女性用の洋服」と説明してあります。一般向けの『三省堂国語辞典』の場合、これに加えて、「女性用水着」も指すことや、略称の「ワンピ」も示してありますが、こういう情報は、子どもには不要です。子ども向けという枠内で個性を出すのはむずかしいのです。

 だから、というわけではないのでしょうが、学習辞典の中には、他の辞書と説明が似通うことに、さほど抵抗感を持たないように見えるものがあります。

 ある学習辞典が刊行された時、その宣伝の文章で、「本書は語釈に力を入れました。たとえば……」と、新規項目の語釈を例示しているのを読んだことがあります。ところが、その語釈は、同じ出版社の他の辞書を参考にしていることが明らかでした。宣伝ですから、「この部分は○○辞典の語釈を参考にしており……」とくわしく書く必要はありませんが、いささか違和感を持ったのは事実です。

 もっとも、同じ出版社の辞書なら、語釈を参考にすることはありうると思います。あとがきなどで断っておけば、なおいいでしょう。ある辞書をもとに、その「子ども版」として学習辞典が作られることはあり、必ずしも悪いとは言えません。

 一方、別々の出版社から出ている学習辞典の語釈が、互いに偶然とは思えないほど似ているのを見ると、強いひっかかりを感じます。第12回で紹介した「現在」の例はその典型です。A辞典とB辞典の語釈が、用例までそっくりという場合は、どちらかが、参考という範囲を超えて、模倣を行った結果だろうと思われます。そういうことに抵抗感を持たない辞書は愛用できないし、人に薦めることもためらわれます。

2つの語釈を混ぜ合わせた?

 具体的に、ひどく似ている語釈の例、今ふうに言えば「激似」の例を挙げます。「ピアノ」の語釈をA・B・Cの3つの学習辞典から引用します。

 〈けんばん楽器の一つ。大きな箱の中に、何十本もの金属の線が張ってあり、白と黒のけん盤をたたくと、それにつながるつちが、線を打って、音が出る仕組みになっている。〉(A辞典)

 〈けんばん楽器。木のはこの中にふつう八八本の鉄鋼の弦がはってあり、けんばんを指でたたくと、弦がしんどうして音を出す。〉(B辞典)

 〈けんばん楽器の一つ。大きな木の箱の中に、ふつう八十八本の金属のげんが張ってあり、白と黒のけんばんをたたくと、それにつながるハンマーがげんを打って音を出す。〉(C辞典)

 A・Cの語釈は、「けんばん楽器の一つ」「白と黒のけん盤をたたくと」「それにつながる」などの言い回しが共通します。また、B・Cの語釈は、「ふつう八八本の」という特徴的な言い回しが共通します。ごく素朴に考えれば、Cの語釈は、A・Bの語釈を混ぜ合わせて作っていると判断されます。少なくとも、C辞典は、そう思われないように独自性を追求しようとした形跡がありません。

 こういう語釈に接すると、「この項目は大丈夫だろうか」「この項目はどうだろう」と、いちいちの項目を疑いの目で見てしまいます。そして、実際、他の辞書と雰囲気の似ている語釈や例文はしばしばあります。たとえば、「慕う」のC・D辞典の例文はこうです。

 〈亡くなった祖父を慕う。〉〈子ねこがあとを慕ってきた。〉〈先生の人柄を慕う。〉(C辞典)

 〈なくなった母を慕う。〉〈犬がぼくのあとを慕ってついてくる。〉〈先生の人がらを慕う。〉(D辞典)

 互いに、きわめて似通っています。このことは、別のE辞典と比べればよく分かります。E辞典の例文は、〈幼い弟が母を慕う。〉〈生まれ故郷を慕う。〉〈画家の作風を慕う。〉と、趣が異なっており、C・D辞典の近さが際だちます。

 先にも述べたように、学習辞典では、項目数も、語釈に使える語彙も限られます。どこまでが偶然の一致で、どこからがその範囲を超えるかは、一概に言えません。でも、だからこそ、ほかの辞書と似ないように心がけてもらいたいと言うのは、無理な注文でしょうか。「われわれの辞書の語釈は、ほかとは違う。見比べてください」と胸を張る学習辞典があれば、そのことだけでも、きっと支持を得るに違いありません。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:小学生の辞典 語釈(解説、意味説明)のわかりやすさ

2010年 5月 12日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第17回 不親切な語釈は改めていこう

 国語辞典の最も大事な役目のひとつは、語釈、つまりことばを説明することです。利用者の側も、デザインや漢字の示し方などもさることながら、一番注目するのは、やはり語釈のでき具合でしょう。

 学習国語辞典(学習辞典)には、語釈が簡単なものもあれば、くわしいものもあります。私は、語釈というものは、必ずしも長ければいいわけでないと考えています。このことは第8回でも述べました。簡単明瞭にまとめるのもまた、編纂者の腕の見せどころです。ただし、今の学習辞典を見ると、語釈が簡単明瞭というよりは、そっけなくて不親切な場合がしばしばあることも事実です。

 たとえば、「怯(ひる)む」について、A・Bの2つの学習辞典を比べてみます。

 〈勢いがくじける。おじける。〉(A辞典)

 〈こわかったり相手の勢いにおされたりして、気が弱くなる。〉(B辞典)

 この項目は、B辞典に軍配が上がります。A辞典は、「おじける」という、むずかしいことばで言い換えていますが、「おじける」の項目は立っておらず、これ以上調べることができません。一方、B辞典は、やさしいことばで書いてあって、申し分がありません。

 「指揮」の語釈にも、同じような違いが現れています。

 〈人々を指図すること。〉(A辞典)

 〈1 人々に指図して、まとまった行動をさせること。2 音楽で、演奏者に合図をしながら、曲の演奏をまとめていくこと。〉(B辞典)

 A辞典がやはりぶっきらぼうなのに対し、B辞典では、2つの意味に分けて、念入りに書いてあります。たしかに、音楽の場合に限定した意味を記すことは必要です。

 私はよく学生に、「こわい」を引くと「おそろしい」、「おそろしい」を引くと「こわい」としか書いていない辞書は問題があると説明します。ところが、A辞典を含めて、学習辞典では、本当に「こわい」「おそろしい」しか書いていないものが多いのです。これでは語釈が循環してしまいます。そんな中で、B辞典を含むいくつかの辞書は、「こわい」「おそろしい」のどちらかにくわしい説明を加えて、循環を断ち切っています。

昔は不親切だった辞書が…

 ここに紹介したようなB辞典の語釈は、評価に値するものです。もっとも、このB辞典も、かつては、そっけなく不親切な語釈の目立つ辞書でした。旧版から引用します。

 「怯む」は、〈気持ちがくじける。こわくて気が弱くなる〉。

 「指揮」は、〈指図して人を動かすこと〉。

 そして、「こわい」を引くと「おそろしい」、「おそろしい」を引くと「こわい」と出ています。なんのことはない、先ほどの私の批判がかなり当てはまる語釈だったのです。

 B辞典がその後、どんな方針で改訂作業を行ったのかは、私の知るよしもありません。ただ、少なくとも、上記の項目については、語釈が足りないと認め、改善に努力したことは明らかです。私は、この点で、B辞典の編纂者に敬意を表します。

 もちろん、どんな辞書でも、すべての項目にわたってすぐれていることはありません。また、一部に難点があるからといって、ほかの項目もよくないことにはなりません。

 B辞典は、「こわい」「おそろしい」では、循環をきちんと断っていました。ところが、「本」を引くと〈書物〉とあり、「書物」を引くと〈本。図書。書籍〉、さらに、「図書」「書籍」を引くと〈本。書物〉〈本。書物。図書〉とあって、堂々めぐりが起こっています(一般向けの辞書でもこういうことがあるのは、第8回で触れました)。

 その点、A辞典は、「本」の項目に〈人に読んでもらうために印刷して、まとめたもの。書物〉と語釈を示し、循環はありません。ここではA辞典の処理のほうが適切です。

 また、「密生」という項目でも、A辞典のほうがB辞典よりも妥当です。

 〈すきまなく、生えること。〉(A辞典)

 〈草や木が、すき間なく、びっしりと生えていること。〉(B辞典)

 「密生」は「毛」の場合も言うので、B辞典が「草や木が」と記したのは限定しすぎです。くわしくしようとして、かえって不正確になってしまいました。

 このように、B辞典にも難点はありますが、旧版のそっけなく不親切な部分を改めようという方向性は正しいものです。他の辞書も、そういった方向に向かいつつあるか、これから向かうだろうと思います。ただし、そっけない部分を、簡潔ながら分かりやすく改めるのか、それとも、くわしく長い説明にするのかは、辞書ごとに異なるでしょう。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
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国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 ○△×

2010年 4月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第16回 漢字のランクは示すべきだ

 前回も述べたように、子どもは意外にむずかしい漢字を知っており、また、漢字を積極的に覚えようという子もいます。そこで、学習国語辞典(学習辞典)では、常用漢字にない字も載せてほしいと、要望を記しました。

 さて、そのようにどんどん漢字を載せるとすると、次には、学習辞典で漢字のランクを示す必要はあるか、という問題が出てきます。つまり、その漢字が学習漢字なのか、学習漢字にない常用漢字なのか、それとも、常用漢字にない字(表外字)なのかという情報は必要か、ということです。「この漢字を使ってはいけません」と制限しないならば、学習漢字とか常用漢字とかいう表示はいらない、という理屈も成り立ちます。

 現在、学習辞典では、漢字のランクを示すものと、示さないものとがあります。

 ランクを示す場合、多くは、学習漢字(1006字)は無印です。たとえば、小学校1年生で習う【先生】【入学】も、6年生で習う【吸収】【砂糖】も、印はありません。

 学習漢字にない常用漢字(939字)は、○とか▽とかいう印をつけてあります(辞書によって違います)。たとえば、【症】【逐】【勲】といった具合です。これらは、中学以降で習う漢字です。

 さらに、常用漢字にない字は、×印をつけたり、参考表記(前回参照)を表す[ ]に入れたりしています。たとえば、[××鱇][××瘍][××屓]というように。これらは、学校では習わない字であり、一般にも漢字で書かなくていいとされます。

 このほか、小学校で習う読み方かどうかなど、細かいことについても印があります。

 一方、ランクを示さない場合は、当然、何の印もありません。【先生】【入学】【吸収】【砂糖】【炎症】【殊勲】など、この通り、区別なく記します。「贔屓」などの表外字はどうするかというと、そもそも漢字を示さず、「ひいき」という仮名見出しだけを立てています。

 ランクの印は、示すべきか、示すべきでないか。私はこれまで、子どもは学年別配当表、常用漢字表といったことにこだわらずに漢字を覚えればいい、という趣旨のことを述べてきました。それならば、ランクを示さない辞書を支持するのかというと、まるで反対です。私は、辞書では、漢字のランクは示すべきだと考えます。

「どれから覚えればいいか」という指標が必要

 どういうことか説明します。まず、私は、文章の書き手にとって、学習漢字とか、常用漢字とかいうものは、無意味とは言わないまでも、参考以上のものではないと考えています。この考えははっきりしています。

 私の文章は、比較的漢字を使わないほうだと思います。本節でも、「子供」「難しい」と書かずに、「子ども」「むずかしい」と書いています。「供」「難」は常用漢字にありますが、ひらがなにしています。

 一方、常用漢字にない字は、律儀に、できるだけ使わないようにしています。例外として、音読みする熟語は、だいたい漢字で書きます。たとえば、「牽引」の「牽」は表外字ですが、「けん引」とは書きません。

 一般に、誰だって、漢字を書くときには、その字が漢字表にあるかどうかなんて、あまり気にしません。その字が常用漢字かどうか、いちいち確かめながら書くのは、役所やマスコミなど、限られた範囲の人だけでしょう。したがって、一般的な文章の書き手に対して、辞書が○や×などの記号で漢字のランクを示す必要性は薄いと思います。

 ところが、漢字を覚えるために辞書を引く人に対しては、漢字のランクを示すことは絶対に必要です。とりわけ、大量の漢字を学習中の子どもにとって、その漢字が「今覚えるべき字か」「もっと大きくなってから覚えればいい字か」「必ずしも覚えなくても差し支えない字か」というランクが示されているかどうかは、学習効率に大きく影響します。

 すべての漢字が無印で出ていると、その辞書を使う子どもは、それらの漢字を片っ端から覚えなければならないのかと思ってしまいます。優先順位が分かりません。小学生であっても、中学以降で習う漢字を積極的に覚えていいわけですが、覚えたくない子は、べつに無理をしなくてかまいません。【症】【勲】と印があれば、「これは後回しでもいいんだ」と分かり、気持ちが楽になります。

 要するに、ランクを示す印は、子どもの学習意欲を抑えるためのものではなくて、どれから手をつければいいかを示す指標の役割を果たすものです。辞書には必要なものであり、これがない辞書は、子どもを途方に暮れさせます。ランクを示さず、しかも、むずかしい漢字はひらがなにしてしまうというのは、きわめて不親切なやり方です。

* * *

 今回から、文章中に使う漢字を少し増やします。「頃」「誰」「謎」などは、今まで仮名書きにしてきましたが、今年告示される見込みの新常用漢字表に入っているため、漢字で書くことにします。部分的にせよ、「律儀に」漢字表を目安にしてきた私は、規則が変わるたびに振り回されることになりそうです。

* * *

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国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 常用漢字

2010年 4月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第15回 漢字はなるべく示してほしい

 学習国語辞典(学習辞典)は、見出しに示す漢字を、だいたい常用漢字の範囲に止めるものが多いようです。もう少し多くの漢字を載せてもらえないものでしょうか。

 子どもは、学校で習う漢字だけで生活しているわけではありません。身近に接する漢字は、むずかしくてもどんどん覚えます。たとえば、アニメの「名探偵コナン」「ケロロ軍曹」「鋼の錬金術師」に使われる「偵」「曹」「錬」などは、小学校では習いませんが、子どもたちは読めるはずです。書ける子も多いでしょう。さらには、「聖痕のクェイサー」「犬夜叉」「涼宮ハルヒの憂鬱」の「痕」「叉」「鬱」など、常用漢字にない字も、彼らはごく自然に受け入れているはずです。

 ところが、学校では、昔も今も、習っていない漢字は書かないように指導されることがあります。どれが習った字で、どれが習っていない字かなんて、子どもには判断がつきません。そこで、むずかしい字はとりあえず仮名で書いておこう、と思うようになります。これでは、漢字学習への意欲を削ぐことおびただしいものがあります。

 なるほど、学習指導要領では、学年ごとに配当漢字が決められています。でも、習っていない漢字でも、ルビを振れば使えることになっています。第一、配当漢字は、教える側の基準であって、教わる側の子どもたちが書く漢字を制限するものではありません。

 漢字を無理強いするのは論外ですが、子どもが覚えたがっているなら、その意欲を育てることは必要です。「薔薇」「憂鬱」を漢字でどう書くか知りたいと思う子はいるし、読み書きできるようになれば、だれだってうれしいはずです。

 学習辞典も、学ぼうとする子どもの気持ちに答えてほしいと思います。

 試みに、8種の学習辞典で「薔薇」を引くと、漢字を載せるものが2種、仮名だけのものが6種でした。後者の中には、「ばらで売る」の「ばら」と同じ項目に入れているものもあり、粗雑な処理と言わざるを得ません。両者は、もちろん、別語源のことばです。

 「憂鬱」を引くと、漢字を載せるものが2種、「憂うつ」とするものが5種、仮名で「ゆううつ」とするものが1種でした。アニメのタイトルの漢字を確かめようとしたのに、ひらがなしか載っていないのでは、がっかりするではありませんか。

「ぞうきん」で分かる漢字表記の方針

 学習辞典ごとの漢字の示し方の違いを、もう少しくわしく比べてみます。

 比べる項目は、手当たり次第にページを開いて抽出してもいいのですが、読者にも便利なように、特徴のある項目が1か所に集まっているページを選ぶことにします。それは、「ぞうきん(雑巾)」の載っているページです。

 「雑巾」の「巾」は常用漢字表外の字(表外字)です。このように、下側に表外字を含む熟語が、たまたま、このページに続いています。「雑巾」「象牙」「造詣」がそうです。これらをどう表記するかが、以下のように、学習辞典ごとにかなり異なっています。

 【〈雑×巾〉】/【〈象×牙〉】/【造けい・〈造×詣〉】(A辞典)
 [雑×巾]/【象げ】[象×牙]/【造けい】[造×詣](B辞典)
 【雑きん】/【象げ】[象牙]/[造詣](C辞典)
 【雑きん】/【象げ】/【造けい】(D辞典)

 このうち、漢字で書くことを最も熱心に推奨するのはA辞典です。「雑巾」「象牙」は漢字のみを示し、「造詣」は「造けい」「造詣」のどちらで書いてもいいことにしています。

 次に熱心なのはB辞典です。この辞典では、【 】(推奨表記)と[ ](参考表記)とを区別しています。つまり、B辞典は、「ぞうきん」「象げ」「造けい」の表記を勧めるものの、「雑巾」「象牙」「造詣」とも書くことを参考に示しています。

 C辞典も【 】と[ ]を区別します。「雑きん」「象げ」「ぞうけい」を勧め、参考に「象牙」「造詣」も示します。ただ、「雑きん」の「きん」をどう書くのかは示していません。

 最も漢字表記に消極的なのはD辞典です。「雑きん」「象げ」「造けい」と示すだけで、全部漢字で書くときにはどう書けばいいのか、まったく分かりません。

 私のこれまでの論旨から言えば、漢字表記を多く示すA辞典やB辞典の方針が望ましいことになります。ただ、まったく注文がないわけではありません。「雑巾」は、漢字を離れて日常語になっているので、「ぞうきん」と仮名で書いてもいいと思います。一方、「造詣」は、漢字を離れては意味をなさないので、2字とも漢字で書くのがいいでしょう。

 「雑きん」「造けい」などの交ぜ書きは、「雑菌」「造形」などと勘違いされるおそれもあり、賛成できません。なお一考を望みたいところです。

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国語辞典入門:小学生向け辞書を選ぶ観点(2) ふりがな(ルビ)

2010年 4月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第14回 総ルビがよさそうだけれど…

 学習国語辞典(学習辞典)の紙面を見渡したとき、本文の書体に続いて気になるのは、ルビ(振り仮名)をどれだけ振ってあるかです。ルビには2種類あって、全部の漢字に振る方式を「総ルビ」、必要に応じてぱらぱら振る方式を「パラルビ」と言います。

 近年は、総ルビにする学習辞典がほとんどです。辞書の説明は、子どもが読めなければ何の意味もないので、総ルビにすることは当然とも言えます。私も、人に学習辞典を薦めるときは、「総ルビのものを」と言ってきました。

 ただ、総ルビの中でも、さらに方式が分かれています。1つは、総ルビにはするけれども、できるだけ漢字を使わず、仮名を多くするもの。もう1つは、総ルビにするからには、ふつう漢字で書くことばは、少々むずかしくても漢字で書くものです。

 たとえば、「世評」という項目について、3種の学習辞典の記述を比べてみます。

 〈よの中(なか)のひょうばん。うわさ〉(A辞典)
 〈世(よ)の中(なか)の評判(ひょうばん)。〉(B辞典)
 〈世の中の評判(ひょうばん)。うわさ。〉(C辞典)

 A辞典・B辞典は総ルビ、C辞典はパラルビ(かつ、2行に書く「割ルビ」)です。A辞典は、仮名が多くやさしい印象がありますが、せっかく総ルビなのですから、「よの中」「ひょうばん」は、B辞典のように漢字にしてもいいはずです。子どもが漢字を覚える助けにもなります。C辞典は、「評判」のみにルビを振っていますが、「世評」というむずかしいことばを調べるほどの子なら、「世の中」はルビなしで読めると考えたのでしょう。

 もう1例挙げると、「合法」の説明も、同じような表記のしかたになっています。

 〈ほうりつや規則(きそく)にあっていること〉(A辞典)
 〈法律(ほうりつ)や、決(き)まりに合(あ)っていること〉(B辞典)
 〈法律(ほうりつ)に合っていること〉(C辞典)

 A辞典で「ほうりつ」と仮名にしてあるのは不自然で、やはり、B辞典や、パラルビのC辞典のほうが適切です。A辞典は、中・高学年で習う漢字はあまり使わない方針なのかもしれませんが、それにしては、5年生で習う「規則」は漢字になっていて、不統一です。

「りょう鉄鉱」では分からない

 私は、仮名の多い説明を批判するのではありません。むずかしいことばを避けた結果として仮名が多くなったとすれば、それは好ましいと考えます。たとえば、A辞典の「刀」の項目は、そのいい例です。B辞典と比べてみます(以下、ルビは省略)。

 〈むかし、さむらいがこしにさしていた長いはもの〉(A辞典)
 〈片側に刃をつけた細長い武器。日本刀〉(B辞典)

 どちらの説明も悪くありませんが、A辞典のほうが、ぱっとイメージが浮かびます。「武士」ではなく「さむらい」、「武器」ではなく「はもの」と言うことで、漢字を使わずにすんでいます(「ぶし」「ぶき」とはしていません)。ちなみに、かつての『三省堂小学国語辞典』でも、〈さむらいが、こしにさしていた はもの〉としています。

 このように、漢字をむやみに使わないことで、説明がくふうされることもあります。だからといって、何でもひらがなにしてしまうと、意味不明になる場合もあります。

 A辞典を読んでいて、意味が取れなかったのは、「鉄鉱石」の説明でした。

 〈鉄の原料となる鉱石。磁鉄鉱・赤鉄鉱・りょう鉄鉱など〉

 最後の〈りょう鉄鉱〉が分かりません。そういう項目も立っていません。実は、「菱鉄鉱」で、菱形に結晶する鉄鉱石のことです。漢字で書いてあれば、それをもとに意味を推測したり、調べたりすることもできますが、ひらがなではお手上げです。この場合、あえて「りょう鉄鉱」を例に出す必要はないでしょう。

 あるいは、「ガラス」の項目にも、同様の問題があります。

 〈けいしゃ・炭酸ソーダ・石灰石などのこなをまぜ、高い温度でとかし、〔後略〕〉

 冒頭に、いきなり〈けいしゃ〉ということばが出てきます。この辞書の項目には「傾斜」しかないため、混乱する子どもも出てきそうです。一般向けの国語辞典で「珪砂」を引いて、はじめてのみこめます。こんな説明をするよりは、別の学習辞典のように、類義語の「石英」を使ったほうがいいでしょう。

 総ルビという点では同じでも、表記のしかたは辞書によって異なります。漢字で書いてほしい部分が漢字になっているかどうか、確かめておくことが必要です。子どもの年齢や理解力によっては、パラルビのほうがいい場合もあることも言い添えておきます。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。


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