国語辞典入門:辞書の例文(実例や不自然な例)、表記
2010年 6月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第22回 例文の扱い方にもいろいろ
学習国語辞典(学習辞典)の中には、例文を一番最初に持ってくるという、独特の編集方法をとるものがあります。『くもんの学習国語辞典』(くもん出版)、『小学新国語辞典』(光村教育図書)がそうです。たとえば、「うすうす」を引くと、こんな具合です。
〈うすうす【薄薄】(例文)そのことは薄薄知っている。(意味)はっきりとではないが、ぼんやりとわかっているようす。〉(くもん)
〈うすうす【薄薄】[例]友達の気持ちにはうすうす気づいていた。 [意味]はっきりしないが、なんとなく。かすかに。《参考》ふつう、かな書き。〉(小学新国語)
私は、これはなかなかおもしろい試みだと思います。ことばの意味を知るということは、同時に、ことばの使い方を知ることでもあります。とすれば、使い方を示す例文を重視して、前に持ってくるという行き方は、たしかに理屈に合っています。
ただし、引くたびにまごつくことも事実です。「例文」「例」とは表示してあるものの、一般の辞書に慣れた目には、その例文が語釈のように見えます。いちいち、「そうだ、この辞書は最初に例文が来るんだっけ」と、ルールを思い出さなければなりません。
しかも、中には例文のない項目もあって、その場合はすぐに語釈になるのですから、混乱します。『くもん』で「薄曇り」を引くと、〈空全体にうすい雲がかかって……〉とあるので、これが例文かと思うと、〈……かかっていること。また、そのような天気。〉と続き、語釈だったことに気づきます。もう少し、使い勝手に配慮がほしいところです。
このことは、デザインをくふうすれば解決できるはずです。『くもん』も『小学新国語』も、「例文」「例」と「意味」の表示が同じデザインなので、ほとんど区別がつきません。それぞれの違いが際だつようにすればいいのです。例文を「 」に入れるだけでも、だいぶ違います。改善案の一例を示します。
うすうす【薄薄】「そのことは薄薄知っている。」▽意味 はっきりとではないが、ぼんやりとわかっているようす。
かなり読みやすくなったと思いますが、どうでしょうか。例文が最初にあるのがよくないのではなく、例文と語釈とがまぎらわしいのがよくないのです。
見慣れない表記、不適切な例文
例文については、ほかにも注目したい点があります。ひとつは、表記の問題です。「うすうす」は、見出しでは「薄薄」とあります。一方、例文では「薄薄」「薄々」「うすうす」など、いろいろです。これでは、どの表記に従えばいいのか分かりません。
ふつう、「薄薄」と漢字を重ねることは少なく、「薄々」と書きます。「薄薄」式の辞書の表記には疑問を呈する発言もあります(小駒勝美氏)。そもそも、「うすうす」のような副詞は、ひらがなで書くのが標準的です。そこで、見出しには「うすうす・薄々」の2つを掲げ、例文では「うすうす」を使ってはどうでしょう。たとえばこんな感じです。
うすうす【うすうす・薄々】「そのことはうすうす知っている。」
こんなふうに実際の表記を反映した辞書は、一般の国語辞典にもまだ多くありません。実際の表記をどのように取り入れるかは、すべての辞書にとっての課題です。
もうひとつの注目点は、例文に適切な文を選んでいるかということです。「そのことは薄薄知っている」という『くもん』の例文は、この点で不満を残します。
辞書の例文は、語釈で表現しきれないニュアンスなどを示すものです。「うすうす」は、事情・実情・真相などをぼんやり知る場合に使います。例文をつけるなら、「事情はうすうす察していた」など、何を察するのかが分かるように書くべきです。
用法が不自然な例文も、学習辞典には散見されます。たとえば、『チャレンジ小学国語辞典』(ベネッセ)の「何くれとなく」の項には、次の例文が出ています。
〈おじさんは何くれとなく相談相手になってくれる。〉
「何くれとなく」は「あれこれと。いろいろと」という意味ですから、一見、これでもよさそうです。でも、ふつうは「何くれとなく世話を焼く(面倒を見る)」の形で使うものです(他辞書の例文は、おおむねそうです)。上の例文は、間違いとは言えないまでも、少なくとも不自然です。頭の中だけで例文を考えると、えてして、不自然なものが生まれます。例文は、実例に基づいて作ることを基本にすべきです。
学習辞典には、例文の中に、やたらに父母や兄弟が出てくるものがありますが、あまり感心しません。「妹が友だちとむつまじく遊んでいる」などとあると、「そんな言い方するだろうか?」と思います。こういうものも、頭で作り出した例文のようです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生向け辞典 語数と子どものことばの発達
2010年 6月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第21回 学習辞典は何万語必要か
国語辞典を買うとき、何万語のものを選べばいいかということは、常に読者の関心事となります。学習国語辞典(学習辞典)も、事情は同じです。
先に、国語辞典というものは、必ずしも語数が多ければいいわけではないと述べました(第4回、第10回)。もし、語数が辞書の良し悪しの尺度になるなら、語数が6万語台で比較的少ない『岩波国語辞典』や『現代国語例解辞典』(小学館)は、8万語以上を擁する『新選国語辞典』(小学館)や『旺文社国語辞典』にかなわないことになります。でも、実際は、『岩波国語』も『現代国語例解』も、すぐれた代表的な国語辞典です。
語数と辞書の優劣が一致しない理由について、なお念を押しておくなら、こんな言い方もできます。けっこうな読書家でも、ふだん疑問に思って辞書で調べることばの大部分は、せいぜい6万語の範囲に収まります。そのため、それ以上の語彙を載せても、乱暴な言い方をすれば、あまり大勢には影響がないのです。6万のことばをしっかり説明してあれば、それだけでも、その辞書はきわめて有用な辞書になります。
では、学習辞典はどうでしょうか。学習辞典の収録語数は、1万数千語から3万数千語までの幅があります。このうちどれを選ぶのがいいかは、子ども本人の持つ語彙量(理解できることばの数)に応じて異なってきます。
子どもの語彙量の発達については、実は、ほとんど研究がありません。よく利用されるのは、戦前の1937年の調査結果です(坂本一郎『読みと作文の心理』牧書店)。それによれば、子どもは9歳頃までに約1万語の語彙量を獲得します。その後、12歳頃までに約2万語、15歳頃までに約4万語、18歳頃までに約5万語の語彙量に達します。
この数字は参考にはなりますが、人によって個人差が大きいことも事実です。今の子どもは、これよりもさらに多くの語彙量を持っていると思います。その子にとって、「やや語数が多いかな」という程度の辞書を選んで、ちょうどいいくらいでしょう。
私が小学校高学年の頃、大人向けの実用辞典を使っていたことは記しました(第1回、第2回参照)。べつに、私がひねくれていたのではありません。この年頃ともなれば、中高生向けから一般向けの辞書に進んでも、決して早くないと考えます。
開始年齢を前倒ししてもいい
小学生用の学習辞典は、従来は、小学3年生頃から卒業まで使うことが想定されていました。でも、今では、使用開始の年齢をもっと前倒しして、1年生から使ってもまったく問題ありません。このことは、中部大の深谷圭助さんの報告でも明らかです。
小学1年生で使う学習辞典は、何万語のものでもいいと思いますが、1万数千語もあれば十分です。このレベルの辞書は、幼稚園の年長組からでも使えます(そういう早期教育がいいかどうかは、別問題です)。
やがて、子どもの語彙量は、1万語、2万語と増えていきます。本を読んでいて、辞書を引いてもないことばが多くなれば、その辞書は買い換え時期を迎えたことになります。
たとえば、大石真さんの児童文学の傑作『ミス3年2組のたんじょう会』(偕成社文庫、原著は1974年)を読むと、次のようなことばが出てきます。
うら道 大通り おめかし かくれんぼ 立会人 ビフテキ もうちょうえん
2万数千語収録のA辞典には、これらは載っていません。3万数千語収録のB辞典には載っています(ただし「立会人」はなく「立ち会い」が載っている)。そうすると、そろそろA辞典は卒業で、B辞典に移ろう、ということになります。
ただ、B辞典を買っても、やはり載っていないことばがあります。
かいぞえ人 ごきげんとり 五目そば たなご でめきん 番台 まるがり
これらは、この作品にあって、B辞典には見当たらないことばです。
こんなことを言うと、「なんだ、B辞典もだめではないか」と速断する人がいます。でも、大人の小説だって、大型辞書にもないことばが何十語も出てきます(第5回)。書物の扱う世界は広く、1冊の辞書で覆いきれない部分はどうしても出てきます。「五目そば」などは、一般向けの辞書にもあまり載っていません。
本を読んでいて、辞書にないことばが数語にとどまっているうちは、まだその辞書は現役で使えます(上に7つも「ない語」の例を挙げたのは、私がしらみつぶしに調べたからで、ふつうはこんなには見つかりません)。また、語数の多い辞書に切り替えてからも、古い辞書を捨てるには及びません。2つの辞書の説明を比べながら使うことによって、多くの発見があるからです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
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国語辞典入門:小学生向け辞典 語釈と語数の関係
2010年 6月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第20回 語数を減らせば、語釈が親切に?
先に、語釈の不親切な学習国語辞典(学習辞典)は困る、という話をしました(第17回)。語釈をより親切にすることに反対する人は少ないはずです。でも、親切な説明をすれば、それだけ字数・行数が増えるのではないか、と心配する人はいるかもしれません。辞書の編集にくわしい人ほど、この点が気になるのではないかと思います。
たとえば、「提唱」ということばを次のように説明する学習辞典があります。
〈意見や考えを言いだすこと。〉
これでも間違いではありませんが、不親切です。「提唱」というのは、今まで言われなかった新しいことを世間に提案することです。そこで、次のように改めてみます。
〈意見や考えを発表して、人々に呼びかけること。〉
これなら合格です。ところが、もとの13字が22字になり、1.7倍に増えてしまいました。この調子で、すべての項目の字数を増やせるかというと、どうもむずかしそうです。
もし、全体の字数を1.5倍程度に増やしたとすると、単純計算で、1000ページの辞書は1500ページになります。学習辞典の本文はせいぜい1300ページが限界で、それを超えると、分厚くて重くて、実用的でなくなります。すでに1000ページを超えている辞書が、項目当たりの記述を1.5倍とか2倍とかに増やすのは、現実には困難です。
ページ数に上限を設けて、その中で語釈をくわしくしようとするなら、収録語数を減らすという方法が考えられます。かりに、同じページ数で3万語の辞書と2万語の辞書があったとすると、これも単純計算では、後者のほうが項目当たり1.5倍のスペースが確保できることになります。
書店に行って比べてみると、ページ数はほぼ同じでありながら、収録語数が3万数千語の辞書もあれば、2万数千語の辞書もあります。実に1万語の開きがあります。字の大きさなどの条件が同じだとすれば、後者のほうがくわしい記述をしているのではないかと、ふつうには思われます。
もしそうだとすると、語釈の親切さで学習辞典を選びたい子どもには、収録語数の少ない辞書を薦めたくなります。本当のところはどうなのでしょうか。
語数と親切さに関連なし
実際に、収録語数の少ない辞書は語釈が長くなるかどうか、調べてみます。約3万5千語を載せるA辞典(本文約1200ページ)と、約2万5千語を載せるB辞典(本文約1100ページ)とを取り上げます。2冊に共通する192項目を選び、語釈をパソコンに入力します。それから、字数を自動的に計算させます。
結果として、A辞典の語釈は平均30.8字、B辞典の語釈は平均31.1字でした。どちらもほとんど同じ字数です。このことから、必ずしも、収録語数が少なければ語釈が長くなるとは限らないことが分かります。
ページ数がほぼ同じで、1万語の開きがある2冊を比べて、語釈の字数があまり変わらないのは不思議です。これは、主に、1行の字数や1ページの行数など、レイアウトが微妙に違うことが理由でしょう。また、用例の長さなども関係しているようです。
収録語数が少なくて、語釈のくわしい辞書も、もちろんあります。その一方、語数が多くて、なおかつ語釈に力を入れている辞書もあります。収録語数が多いか少ないかということと、語釈が親切かどうかには、関連がないのです。
根本的なことを言えば、語釈を短く切りつめたからといって、不親切になるわけでもありません。今回は、「親切な説明のためには、多くの字数・行数が必要」という前提で話をしたのですが、実は、その前提があやしいのです。私は、これまでも、簡単な語釈だからといってだめな語釈だとは言えない、と繰り返してきました(第8回など)。
先に掲げた「提唱」の語釈は、くわしく書き換えると1.7倍に増えました。でも、同じ字数で、より的確に書き換えることもできます。別の辞書の「提唱」はこんな語釈です。
〈新しい考えを言いだすこと。〉
先の辞書では〈意見や考えを……〉でしたが、ここでは、〈新しい考えを……〉になっています。この「新しい」という要素を入れただけで、「提唱」の語釈としては、簡潔ながら十分なものになりました。
このように、「親切な語釈」は、辞書の収録語数や語釈の字数にかかわらずに実現できます。「それなら、語数を少なくする意味がない」と言われそうですが、低年齢の児童のためには、語数を抑えた辞書も必要です。このことについては、次回に考えます。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:小学生向け辞典 自分に合う辞書の探し方、比較方法
2010年 5月 26日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第19回 語釈の「比較リスト」の作り方
学習国語辞典(学習辞典)の語釈について、大まかなところを述べました。そっけない語釈もあれば、くわしくていねいな語釈、あるいは、簡潔ながら要を得た語釈もあります。中には、くわしいか簡潔かという以前に、ほかの辞書をまねたのではないかと疑われる語釈もあります。
以上は、あくまで総論です。これだけでは、どの学習辞典にどのタイプの語釈が多いかまでは分かりません。辞書ごとのタイプの違いを知るには、どういった語に注目して辞書を比較すればいいかという「比較語リスト」を作っておくと便利です。
リストなしで、思いついたことばを片っ端から引き比べるというのでもかまいませんが、基づくものが何もなければ、公平な比較にならないおそれがあります。
たとえば、「作曲」をA辞典・B辞典で引いてみると、こんな具合です。
〈曲を作ること。〉(A辞典)
〈音楽の曲をつくること。また、詩にふしをつけること。〉(B辞典)
また、「悲哀」はこんな具合です。
〈悲しみ。あわれ。〉(A辞典)
〈〔しみじみとかんじられる〕かなしさやみじめさ。〉(B辞典)
この結果からは、「A辞典は語釈が簡単、B辞典はくわしい」と考えたくなります。でも、それは早計です。次に、2つの外来語を比べてみます。まず、「キー」はこうです。
〈1 かぎ。2 問題などを解く手がかり。3 オルガン・ピアノ・コンピューターなどの、指でおす所。〉(A辞典)
〈1 かぎ。2 ピアノ・オルガンなどの、指でおすところ。けんばん。〉(B辞典)
また、「リンク」はこうです。
〈1 いくつかのものごとを結びつけること。2 インターネットで、ホームページなどから別のページに移ることができるようにすること。〉(A辞典)
〈むすびつけること。連結させること。〉(B辞典)
形勢が逆転し、今度はA辞典がB辞典よりもくわしいという結果になりました。
ことばの種類ごとに比較する
これはどういうことでしょうか。「作曲」「悲哀」など、一般的な二字熟語は、A辞典よりもB辞典のほうがくわしい場合がやや多い感じです。一方、情報機器の発達などで新しい意味が生まれている場合、A辞典はそれをすくい取っていることがあります。つまり、学習辞典ごとに、どんな種類のことばに重点を置いているかが、微妙に違います。
辞書ごとの重点の違いを知るために使うのが、「比較語リスト」です。いくつかの単語を紙に書いて、それをもとに、店頭で辞書を比較します。リストは、あなた自身が作ります。以下に、どういう種類のことばをリストアップすればいいか、アイデアを記します。
(1)二字熟語 漢字2字を音読みすることばです。「作曲」「悲哀」もそのうちです。硬いことばが多く、意味も抽象的なものが大半です。「威嚇」「空転」「挑戦」「輪郭」など、考えつくことばをリストに加えてみてください。「作曲」は「曲を作ること」という説明で十分か、さらに説明を加えるべきかは、人によって意見が分かれるところでしょう。
(2)感情や様子を表すことば 感情などの微妙な特徴が、うまく説明されていてほしいと思います。「こわい」「おそろしい」の違いが分からない辞書が多いことは述べましたが(第17回参照)、必ずしもそんな例ばかりではありません。「うらやましい」「いら立つ」「しゃくに障る」などの説明が、自分の語感に合うかどうか確かめてください。
(3)新しいことば 社会の変化に伴って、最近使われるようになったことばです。外来語がかなりの部分を占めます。上に述べた「キー」「リンク」の新しい意味もこれに含まれます。必ずしも最新のことばを多く載せる辞書がいいとは思いませんが、情報通信分野などの新語が分かりやすいかどうかは、その辞書のひとつの評価基準になるでしょう。
(4)百科語 理科や社会科など、主に国語以外の授業で習うことばです。たとえば、「小笠原国立公園」「カバーガラス」「砂防ダム」「蜜栓」など。お宅にある学習参考書の索引を使えば、候補がリストアップできます。ただ、現在のところ、百科語を十分にカバーする学習辞典はありません。こういうことばは、百科事典で調べるのが筋だとも思います。
このほか、「そわそわ」「にやにや」などのオノマトペ、「打つ」「掛ける」など多くの意味を持つことば(多義語)がどう説明されているかも知りたいところです。実際に紙に書き出さなくても、これらの注目点さえ頭に入れておけば、比較の作業はできます。
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飯間浩明(いいま・ひろあき)
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早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:小学生向け辞典の語釈(解説、意味説明)
2010年 5月 19日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第18回 「激似」の語釈にはひっかかる
国語辞典の語釈は、正確で分かりやすいだけでなく、オリジナリティー、つまり、独自性も必要です。大学生に聞くと、辞書の語釈に独自性があるとは思っていない人が多いのですが、それが誤りであることは、第6回・第7回・第8回で述べたとおりです。
学習国語辞典(学習辞典)の場合はどうかというと、語釈に独自性を出しにくい部分は、たしかにあります。何しろ、基礎的な項目を、子どもにも分かる限られた語彙で説明しなければならないのですから、どうしても似通ってきます。
たとえば、「ワンピース」は、どの学習辞典も、だいたい「上着とスカートが続いている、女性用の洋服」と説明してあります。一般向けの『三省堂国語辞典』の場合、これに加えて、「女性用水着」も指すことや、略称の「ワンピ」も示してありますが、こういう情報は、子どもには不要です。子ども向けという枠内で個性を出すのはむずかしいのです。
だから、というわけではないのでしょうが、学習辞典の中には、他の辞書と説明が似通うことに、さほど抵抗感を持たないように見えるものがあります。
ある学習辞典が刊行された時、その宣伝の文章で、「本書は語釈に力を入れました。たとえば……」と、新規項目の語釈を例示しているのを読んだことがあります。ところが、その語釈は、同じ出版社の他の辞書を参考にしていることが明らかでした。宣伝ですから、「この部分は○○辞典の語釈を参考にしており……」とくわしく書く必要はありませんが、いささか違和感を持ったのは事実です。
もっとも、同じ出版社の辞書なら、語釈を参考にすることはありうると思います。あとがきなどで断っておけば、なおいいでしょう。ある辞書をもとに、その「子ども版」として学習辞典が作られることはあり、必ずしも悪いとは言えません。
一方、別々の出版社から出ている学習辞典の語釈が、互いに偶然とは思えないほど似ているのを見ると、強いひっかかりを感じます。第12回で紹介した「現在」の例はその典型です。A辞典とB辞典の語釈が、用例までそっくりという場合は、どちらかが、参考という範囲を超えて、模倣を行った結果だろうと思われます。そういうことに抵抗感を持たない辞書は愛用できないし、人に薦めることもためらわれます。
2つの語釈を混ぜ合わせた?
具体的に、ひどく似ている語釈の例、今ふうに言えば「激似」の例を挙げます。「ピアノ」の語釈をA・B・Cの3つの学習辞典から引用します。
〈けんばん楽器の一つ。大きな箱の中に、何十本もの金属の線が張ってあり、白と黒のけん盤をたたくと、それにつながるつちが、線を打って、音が出る仕組みになっている。〉(A辞典)
〈けんばん楽器。木のはこの中にふつう八八本の鉄鋼の弦がはってあり、けんばんを指でたたくと、弦がしんどうして音を出す。〉(B辞典)
〈けんばん楽器の一つ。大きな木の箱の中に、ふつう八十八本の金属のげんが張ってあり、白と黒のけんばんをたたくと、それにつながるハンマーがげんを打って音を出す。〉(C辞典)
A・Cの語釈は、「けんばん楽器の一つ」「白と黒のけん盤をたたくと」「それにつながる」などの言い回しが共通します。また、B・Cの語釈は、「ふつう八八本の」という特徴的な言い回しが共通します。ごく素朴に考えれば、Cの語釈は、A・Bの語釈を混ぜ合わせて作っていると判断されます。少なくとも、C辞典は、そう思われないように独自性を追求しようとした形跡がありません。
こういう語釈に接すると、「この項目は大丈夫だろうか」「この項目はどうだろう」と、いちいちの項目を疑いの目で見てしまいます。そして、実際、他の辞書と雰囲気の似ている語釈や例文はしばしばあります。たとえば、「慕う」のC・D辞典の例文はこうです。
〈亡くなった祖父を慕う。〉〈子ねこがあとを慕ってきた。〉〈先生の人柄を慕う。〉(C辞典)
〈なくなった母を慕う。〉〈犬がぼくのあとを慕ってついてくる。〉〈先生の人がらを慕う。〉(D辞典)
互いに、きわめて似通っています。このことは、別のE辞典と比べればよく分かります。E辞典の例文は、〈幼い弟が母を慕う。〉〈生まれ故郷を慕う。〉〈画家の作風を慕う。〉と、趣が異なっており、C・D辞典の近さが際だちます。
先にも述べたように、学習辞典では、項目数も、語釈に使える語彙も限られます。どこまでが偶然の一致で、どこからがその範囲を超えるかは、一概に言えません。でも、だからこそ、ほかの辞書と似ないように心がけてもらいたいと言うのは、無理な注文でしょうか。「われわれの辞書の語釈は、ほかとは違う。見比べてください」と胸を張る学習辞典があれば、そのことだけでも、きっと支持を得るに違いありません。
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国語辞典入門:小学生の辞典 語釈(解説、意味説明)のわかりやすさ
2010年 5月 12日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第17回 不親切な語釈は改めていこう
国語辞典の最も大事な役目のひとつは、語釈、つまりことばを説明することです。利用者の側も、デザインや漢字の示し方などもさることながら、一番注目するのは、やはり語釈のでき具合でしょう。
学習国語辞典(学習辞典)には、語釈が簡単なものもあれば、くわしいものもあります。私は、語釈というものは、必ずしも長ければいいわけでないと考えています。このことは第8回でも述べました。簡単明瞭にまとめるのもまた、編纂者の腕の見せどころです。ただし、今の学習辞典を見ると、語釈が簡単明瞭というよりは、そっけなくて不親切な場合がしばしばあることも事実です。
たとえば、「怯(ひる)む」について、A・Bの2つの学習辞典を比べてみます。
〈勢いがくじける。おじける。〉(A辞典)
〈こわかったり相手の勢いにおされたりして、気が弱くなる。〉(B辞典)
この項目は、B辞典に軍配が上がります。A辞典は、「おじける」という、むずかしいことばで言い換えていますが、「おじける」の項目は立っておらず、これ以上調べることができません。一方、B辞典は、やさしいことばで書いてあって、申し分がありません。
「指揮」の語釈にも、同じような違いが現れています。
〈人々を指図すること。〉(A辞典)
〈1 人々に指図して、まとまった行動をさせること。2 音楽で、演奏者に合図をしながら、曲の演奏をまとめていくこと。〉(B辞典)
A辞典がやはりぶっきらぼうなのに対し、B辞典では、2つの意味に分けて、念入りに書いてあります。たしかに、音楽の場合に限定した意味を記すことは必要です。
私はよく学生に、「こわい」を引くと「おそろしい」、「おそろしい」を引くと「こわい」としか書いていない辞書は問題があると説明します。ところが、A辞典を含めて、学習辞典では、本当に「こわい」「おそろしい」しか書いていないものが多いのです。これでは語釈が循環してしまいます。そんな中で、B辞典を含むいくつかの辞書は、「こわい」「おそろしい」のどちらかにくわしい説明を加えて、循環を断ち切っています。
昔は不親切だった辞書が…
ここに紹介したようなB辞典の語釈は、評価に値するものです。もっとも、このB辞典も、かつては、そっけなく不親切な語釈の目立つ辞書でした。旧版から引用します。
「怯む」は、〈気持ちがくじける。こわくて気が弱くなる〉。
「指揮」は、〈指図して人を動かすこと〉。
そして、「こわい」を引くと「おそろしい」、「おそろしい」を引くと「こわい」と出ています。なんのことはない、先ほどの私の批判がかなり当てはまる語釈だったのです。
B辞典がその後、どんな方針で改訂作業を行ったのかは、私の知るよしもありません。ただ、少なくとも、上記の項目については、語釈が足りないと認め、改善に努力したことは明らかです。私は、この点で、B辞典の編纂者に敬意を表します。
もちろん、どんな辞書でも、すべての項目にわたってすぐれていることはありません。また、一部に難点があるからといって、ほかの項目もよくないことにはなりません。
B辞典は、「こわい」「おそろしい」では、循環をきちんと断っていました。ところが、「本」を引くと〈書物〉とあり、「書物」を引くと〈本。図書。書籍〉、さらに、「図書」「書籍」を引くと〈本。書物〉〈本。書物。図書〉とあって、堂々めぐりが起こっています(一般向けの辞書でもこういうことがあるのは、第8回で触れました)。
その点、A辞典は、「本」の項目に〈人に読んでもらうために印刷して、まとめたもの。書物〉と語釈を示し、循環はありません。ここではA辞典の処理のほうが適切です。
また、「密生」という項目でも、A辞典のほうがB辞典よりも妥当です。
〈すきまなく、生えること。〉(A辞典)
〈草や木が、すき間なく、びっしりと生えていること。〉(B辞典)
「密生」は「毛」の場合も言うので、B辞典が「草や木が」と記したのは限定しすぎです。くわしくしようとして、かえって不正確になってしまいました。
このように、B辞典にも難点はありますが、旧版のそっけなく不親切な部分を改めようという方向性は正しいものです。他の辞書も、そういった方向に向かいつつあるか、これから向かうだろうと思います。ただし、そっけない部分を、簡潔ながら分かりやすく改めるのか、それとも、くわしく長い説明にするのかは、辞書ごとに異なるでしょう。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 ○△×
2010年 4月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第16回 漢字のランクは示すべきだ
前回も述べたように、子どもは意外にむずかしい漢字を知っており、また、漢字を積極的に覚えようという子もいます。そこで、学習国語辞典(学習辞典)では、常用漢字にない字も載せてほしいと、要望を記しました。
さて、そのようにどんどん漢字を載せるとすると、次には、学習辞典で漢字のランクを示す必要はあるか、という問題が出てきます。つまり、その漢字が学習漢字なのか、学習漢字にない常用漢字なのか、それとも、常用漢字にない字(表外字)なのかという情報は必要か、ということです。「この漢字を使ってはいけません」と制限しないならば、学習漢字とか常用漢字とかいう表示はいらない、という理屈も成り立ちます。
現在、学習辞典では、漢字のランクを示すものと、示さないものとがあります。
ランクを示す場合、多くは、学習漢字(1006字)は無印です。たとえば、小学校1年生で習う【先生】【入学】も、6年生で習う【吸収】【砂糖】も、印はありません。
学習漢字にない常用漢字(939字)は、○とか▽とかいう印をつけてあります(辞書によって違います)。たとえば、【○炎○症】【○駆○逐】【○殊○勲】といった具合です。これらは、中学以降で習う漢字です。
さらに、常用漢字にない字は、×印をつけたり、参考表記(前回参照)を表す[ ]に入れたりしています。たとえば、[×鮟×鱇][×潰×瘍][×贔×屓]というように。これらは、学校では習わない字であり、一般にも漢字で書かなくていいとされます。
このほか、小学校で習う読み方かどうかなど、細かいことについても印があります。
一方、ランクを示さない場合は、当然、何の印もありません。【先生】【入学】【吸収】【砂糖】【炎症】【殊勲】など、この通り、区別なく記します。「贔屓」などの表外字はどうするかというと、そもそも漢字を示さず、「ひいき」という仮名見出しだけを立てています。
ランクの印は、示すべきか、示すべきでないか。私はこれまで、子どもは学年別配当表、常用漢字表といったことにこだわらずに漢字を覚えればいい、という趣旨のことを述べてきました。それならば、ランクを示さない辞書を支持するのかというと、まるで反対です。私は、辞書では、漢字のランクは示すべきだと考えます。
「どれから覚えればいいか」という指標が必要
どういうことか説明します。まず、私は、文章の書き手にとって、学習漢字とか、常用漢字とかいうものは、無意味とは言わないまでも、参考以上のものではないと考えています。この考えははっきりしています。
私の文章は、比較的漢字を使わないほうだと思います。本節でも、「子供」「難しい」と書かずに、「子ども」「むずかしい」と書いています。「供」「難」は常用漢字にありますが、ひらがなにしています。
一方、常用漢字にない字は、律儀に、できるだけ使わないようにしています。例外として、音読みする熟語は、だいたい漢字で書きます。たとえば、「牽引」の「牽」は表外字ですが、「けん引」とは書きません。
一般に、誰だって、漢字を書くときには、その字が漢字表にあるかどうかなんて、あまり気にしません。その字が常用漢字かどうか、いちいち確かめながら書くのは、役所やマスコミなど、限られた範囲の人だけでしょう。したがって、一般的な文章の書き手に対して、辞書が○や×などの記号で漢字のランクを示す必要性は薄いと思います。
ところが、漢字を覚えるために辞書を引く人に対しては、漢字のランクを示すことは絶対に必要です。とりわけ、大量の漢字を学習中の子どもにとって、その漢字が「今覚えるべき字か」「もっと大きくなってから覚えればいい字か」「必ずしも覚えなくても差し支えない字か」というランクが示されているかどうかは、学習効率に大きく影響します。
すべての漢字が無印で出ていると、その辞書を使う子どもは、それらの漢字を片っ端から覚えなければならないのかと思ってしまいます。優先順位が分かりません。小学生であっても、中学以降で習う漢字を積極的に覚えていいわけですが、覚えたくない子は、べつに無理をしなくてかまいません。【○炎○症】【○殊○勲】と印があれば、「これは後回しでもいいんだ」と分かり、気持ちが楽になります。
要するに、ランクを示す印は、子どもの学習意欲を抑えるためのものではなくて、どれから手をつければいいかを示す指標の役割を果たすものです。辞書には必要なものであり、これがない辞書は、子どもを途方に暮れさせます。ランクを示さず、しかも、むずかしい漢字はひらがなにしてしまうというのは、きわめて不親切なやり方です。
* * *
注 今回から、文章中に使う漢字を少し増やします。「頃」「誰」「謎」などは、今まで仮名書きにしてきましたが、今年告示される見込みの新常用漢字表に入っているため、漢字で書くことにします。部分的にせよ、「律儀に」漢字表を目安にしてきた私は、規則が変わるたびに振り回されることになりそうです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 常用漢字
2010年 4月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第15回 漢字はなるべく示してほしい
学習国語辞典(学習辞典)は、見出しに示す漢字を、だいたい常用漢字の範囲に止めるものが多いようです。もう少し多くの漢字を載せてもらえないものでしょうか。
子どもは、学校で習う漢字だけで生活しているわけではありません。身近に接する漢字は、むずかしくてもどんどん覚えます。たとえば、アニメの「名探偵コナン」「ケロロ軍曹」「鋼の錬金術師」に使われる「偵」「曹」「錬」などは、小学校では習いませんが、子どもたちは読めるはずです。書ける子も多いでしょう。さらには、「聖痕のクェイサー」「犬夜叉」「涼宮ハルヒの憂鬱」の「痕」「叉」「鬱」など、常用漢字にない字も、彼らはごく自然に受け入れているはずです。
ところが、学校では、昔も今も、習っていない漢字は書かないように指導されることがあります。どれが習った字で、どれが習っていない字かなんて、子どもには判断がつきません。そこで、むずかしい字はとりあえず仮名で書いておこう、と思うようになります。これでは、漢字学習への意欲を削ぐことおびただしいものがあります。
なるほど、学習指導要領では、学年ごとに配当漢字が決められています。でも、習っていない漢字でも、ルビを振れば使えることになっています。第一、配当漢字は、教える側の基準であって、教わる側の子どもたちが書く漢字を制限するものではありません。
漢字を無理強いするのは論外ですが、子どもが覚えたがっているなら、その意欲を育てることは必要です。「薔薇」「憂鬱」を漢字でどう書くか知りたいと思う子はいるし、読み書きできるようになれば、だれだってうれしいはずです。
学習辞典も、学ぼうとする子どもの気持ちに答えてほしいと思います。
試みに、8種の学習辞典で「薔薇」を引くと、漢字を載せるものが2種、仮名だけのものが6種でした。後者の中には、「ばらで売る」の「ばら」と同じ項目に入れているものもあり、粗雑な処理と言わざるを得ません。両者は、もちろん、別語源のことばです。
「憂鬱」を引くと、漢字を載せるものが2種、「憂うつ」とするものが5種、仮名で「ゆううつ」とするものが1種でした。アニメのタイトルの漢字を確かめようとしたのに、ひらがなしか載っていないのでは、がっかりするではありませんか。
「ぞうきん」で分かる漢字表記の方針
学習辞典ごとの漢字の示し方の違いを、もう少しくわしく比べてみます。
比べる項目は、手当たり次第にページを開いて抽出してもいいのですが、読者にも便利なように、特徴のある項目が1か所に集まっているページを選ぶことにします。それは、「ぞうきん(雑巾)」の載っているページです。
「雑巾」の「巾」は常用漢字表外の字(表外字)です。このように、下側に表外字を含む熟語が、たまたま、このページに続いています。「雑巾」「象牙」「造詣」がそうです。これらをどう表記するかが、以下のように、学習辞典ごとにかなり異なっています。
【〈雑×巾〉】/【〈象×牙〉】/【造けい・〈造×詣〉】(A辞典)
[雑×巾]/【象げ】[象×牙]/【造けい】[造×詣](B辞典)
【雑きん】/【象げ】[象牙]/[造詣](C辞典)
【雑きん】/【象げ】/【造けい】(D辞典)
このうち、漢字で書くことを最も熱心に推奨するのはA辞典です。「雑巾」「象牙」は漢字のみを示し、「造詣」は「造けい」「造詣」のどちらで書いてもいいことにしています。
次に熱心なのはB辞典です。この辞典では、【 】(推奨表記)と[ ](参考表記)とを区別しています。つまり、B辞典は、「ぞうきん」「象げ」「造けい」の表記を勧めるものの、「雑巾」「象牙」「造詣」とも書くことを参考に示しています。
C辞典も【 】と[ ]を区別します。「雑きん」「象げ」「ぞうけい」を勧め、参考に「象牙」「造詣」も示します。ただ、「雑きん」の「きん」をどう書くのかは示していません。
最も漢字表記に消極的なのはD辞典です。「雑きん」「象げ」「造けい」と示すだけで、全部漢字で書くときにはどう書けばいいのか、まったく分かりません。
私のこれまでの論旨から言えば、漢字表記を多く示すA辞典やB辞典の方針が望ましいことになります。ただ、まったく注文がないわけではありません。「雑巾」は、漢字を離れて日常語になっているので、「ぞうきん」と仮名で書いてもいいと思います。一方、「造詣」は、漢字を離れては意味をなさないので、2字とも漢字で書くのがいいでしょう。
「雑きん」「造けい」などの交ぜ書きは、「雑菌」「造形」などと勘違いされるおそれもあり、賛成できません。なお一考を望みたいところです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
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国語辞典入門:小学生向け辞書を選ぶ観点(2) ふりがな(ルビ)
2010年 4月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第14回 総ルビがよさそうだけれど…
学習国語辞典(学習辞典)の紙面を見渡したとき、本文の書体に続いて気になるのは、ルビ(振り仮名)をどれだけ振ってあるかです。ルビには2種類あって、全部の漢字に振る方式を「総ルビ」、必要に応じてぱらぱら振る方式を「パラルビ」と言います。
近年は、総ルビにする学習辞典がほとんどです。辞書の説明は、子どもが読めなければ何の意味もないので、総ルビにすることは当然とも言えます。私も、人に学習辞典を薦めるときは、「総ルビのものを」と言ってきました。
ただ、総ルビの中でも、さらに方式が分かれています。1つは、総ルビにはするけれども、できるだけ漢字を使わず、仮名を多くするもの。もう1つは、総ルビにするからには、ふつう漢字で書くことばは、少々むずかしくても漢字で書くものです。
たとえば、「世評」という項目について、3種の学習辞典の記述を比べてみます。
〈よの中(なか)のひょうばん。うわさ〉(A辞典)
〈世(よ)の中(なか)の評判(ひょうばん)。〉(B辞典)
〈世の中の評判(ひょうばん)。うわさ。〉(C辞典)
A辞典・B辞典は総ルビ、C辞典はパラルビ(かつ、2行に書く「割ルビ」)です。A辞典は、仮名が多くやさしい印象がありますが、せっかく総ルビなのですから、「よの中」「ひょうばん」は、B辞典のように漢字にしてもいいはずです。子どもが漢字を覚える助けにもなります。C辞典は、「評判」のみにルビを振っていますが、「世評」というむずかしいことばを調べるほどの子なら、「世の中」はルビなしで読めると考えたのでしょう。
もう1例挙げると、「合法」の説明も、同じような表記のしかたになっています。
〈ほうりつや規則(きそく)にあっていること〉(A辞典)
〈法律(ほうりつ)や、決(き)まりに合(あ)っていること〉(B辞典)
〈法律(ほうりつ)に合っていること〉(C辞典)
A辞典で「ほうりつ」と仮名にしてあるのは不自然で、やはり、B辞典や、パラルビのC辞典のほうが適切です。A辞典は、中・高学年で習う漢字はあまり使わない方針なのかもしれませんが、それにしては、5年生で習う「規則」は漢字になっていて、不統一です。
「りょう鉄鉱」では分からない
私は、仮名の多い説明を批判するのではありません。むずかしいことばを避けた結果として仮名が多くなったとすれば、それは好ましいと考えます。たとえば、A辞典の「刀」の項目は、そのいい例です。B辞典と比べてみます(以下、ルビは省略)。
〈むかし、さむらいがこしにさしていた長いはもの〉(A辞典)
〈片側に刃をつけた細長い武器。日本刀〉(B辞典)
どちらの説明も悪くありませんが、A辞典のほうが、ぱっとイメージが浮かびます。「武士」ではなく「さむらい」、「武器」ではなく「はもの」と言うことで、漢字を使わずにすんでいます(「ぶし」「ぶき」とはしていません)。ちなみに、かつての『三省堂小学国語辞典』でも、〈さむらいが、こしにさしていた はもの〉としています。
このように、漢字をむやみに使わないことで、説明がくふうされることもあります。だからといって、何でもひらがなにしてしまうと、意味不明になる場合もあります。
A辞典を読んでいて、意味が取れなかったのは、「鉄鉱石」の説明でした。
〈鉄の原料となる鉱石。磁鉄鉱・赤鉄鉱・りょう鉄鉱など〉
最後の〈りょう鉄鉱〉が分かりません。そういう項目も立っていません。実は、「菱鉄鉱」で、菱形に結晶する鉄鉱石のことです。漢字で書いてあれば、それをもとに意味を推測したり、調べたりすることもできますが、ひらがなではお手上げです。この場合、あえて「りょう鉄鉱」を例に出す必要はないでしょう。
あるいは、「ガラス」の項目にも、同様の問題があります。
〈けいしゃ・炭酸ソーダ・石灰石などのこなをまぜ、高い温度でとかし、〔後略〕〉
冒頭に、いきなり〈けいしゃ〉ということばが出てきます。この辞書の項目には「傾斜」しかないため、混乱する子どもも出てきそうです。一般向けの国語辞典で「珪砂」を引いて、はじめてのみこめます。こんな説明をするよりは、別の学習辞典のように、類義語の「石英」を使ったほうがいいでしょう。
総ルビという点では同じでも、表記のしかたは辞書によって異なります。漢字で書いてほしい部分が漢字になっているかどうか、確かめておくことが必要です。子どもの年齢や理解力によっては、パラルビのほうがいい場合もあることも言い添えておきます。
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国語辞典入門:小学生向け辞書を選ぶ観点(1) 大きさ 重さ 表紙 書体
2010年 4月 7日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第13回 デザインがどうかも、ばかにならない
いささか前置きが長くなりました。では、ここで一気に場面を変えて、書店の辞典コーナーに移動しましょう。あなたは、小学生のお子さんとともに、学習国語辞典(学習辞典)を買いに来たところです。書棚を見渡せば、色とりどりの学習辞典が並んでいます。このうちどれを選べばいいか、実際にページを繰りながら考えましょう。
まず目に飛びこんでくるのは、デザインです。内容もさることながら、デザインがどうかということも、辞書を使う意欲を左右します。
たとえば、ドラえもんのことが心底から好きな子なら、『例解学習国語辞典 ドラえもん版』(小学館)を選べば、学習意欲が上がるかもしれません。ドラえもん版とは、表紙にキャラクターの絵がついている版のことです。内容は通常版と同じです。
辞書は、使う本人が気に入ることが一番大事です。「どうしてもドラえもん」と言う子に、ほかの辞書を押しつけるのは考えものです。この場合はこれで購入決定となり、以下の私の説明は不要になります(なお、「楽しく学べる」と称して、マンガ形式の解説を入れる学習辞典が増えていますが、マンガの助けがなければ楽しくならないのか、疑問です)。
もし、子どもが一目で気に入った辞書が特にないなら、次の点の検討に移ります。
大きさ――同じ辞書でも、大型版と小型版と2種類用意されていることがあります。「A辞典の内容は気に入ったが、大きさが気に入らない」というとき、別の大きさの版がないか確かめてください。大型版の長所は、文字が見やすいところ。小型版の長所は、いつも持って歩きやすいというところです。
重さ――見落としがちですが、同じ大きさ、似た厚さの辞書でも、重さが異なることがあります。しじゅう手に取って使うことを考えれば、軽いにこしたことはありません。重さを比べるときには、目をつぶって両手に1冊ずつ辞書を載せ、さらに、何度か左右を入れ替えて載せてみると、よく分かります。
表紙――材質が、紙か、ビニールかということです。私は、ビニールで決まりだと思います。紙の表紙は、何度も引いているうちに折れてしまって、不便です。もっとも、大型版の場合は、紙のほうが造本がしっかりするという長所はあります。
本文は教科書体にしてほしい
次に、表紙を開いて、中を見ましょう。デザインのうちで、内容に深く関わるのは、何といっても、書体に関する部分です。
一般の国語辞典は、本文を明朝体で組んでいますが、学習辞典の多くは、教科書体を採用しています。教科書に使われる、手書きに近づけた書体のことです。文字の形を正しく覚えさせるためには、教科書体で組むことが絶対に必要です。できれば、実用辞典のように、手書きの楷書体を添えれば、なおよいと思います。
ところが、学習辞典の中には、本文が教科書体でないものがあります。広告などでよく目にする、丸ゴシック系などの書体を使っています。これは、どう考えても不適切です。いくら内容がよくても、書体のおかげで台なしです。
あえて、私の好きな辞書を例に挙げます。『下村式 小学国語学習辞典』(偕成社)は、編者・下村昇さんの国語教育に関する識見が反映された、すぐれた辞書です。たとえば、漢字は簡単なパーツに分け、口で唱えて覚えたほうがいいという考えから、筆順欄で漢字を分解して示しています。「層」は「コノソ田日」。「総」は「糸ハム心」といった具合です。
項目の選び方にも、独自色が出ています。「甘い汁を吸う」「生き血を吸う」などということばが立項されていますが、ほかの小学生向けの学習辞典には見当たりません。作り方が、ほかの辞書とはかなり違っていることが分かります。
このように見るべきところの多い辞書でありながら、なぜか、本文が丸ゴシック系で組まれているのです(表記欄だけは教科書体)。せっかくの辞書の価値を減じてしまっています。これはぜひ改善してほしい点です。
では、『下村式』は選ぶべきでないのかというと、そんなことはありません。『下村式』に限らず、どの辞書にも長所と短所があります。1冊の学習辞典だけを見ていては、そのよさも悪さも気づきにくいものです。学校用と家庭用、または、兄弟それぞれ用に別々の辞書を買ったりして、お互いに短所を補い合うようにすればいいのです。
この後も、私は特定の辞書の長所や短所を取り上げることがあるはずですが、そのことによって、その辞書を勧めたり、勧めなかったりするわけではありません。人間と同じで、全能の辞書というものはなく、補い合って読者の役に立つのです。
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飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
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辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生用国語辞典 大人用との違い
2010年 3月 31日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第12回 さきがけとなった『三省堂小学国語辞典』
今や国語辞典の売り上げを牽引する勢いの学習国語辞典(学習辞典)ですが、これらのさきがけとなったのはどんな辞書だったのか、まず触れておきます。
小学生用の本格的な学習辞典は、1959年の『三省堂小学国語辞典』に始まります。それ以前にも皆無ではなかったものの、〈おとなの辞典の焼き直しとも思われるものが少なくありません〉(同書冒頭)という状況だったようです。
『三省堂小学』の初版は、体裁は今の学習辞典とそう変わりませんが、紙がやや厚く、収録語数は1万7000語しかありませんでした。今の学習辞典の半分ほどです。それでも、そのユニークさは、今の目から見ても著しいものがあります。
一番の特色は、一般向けの国語辞典に載っていなくても、日常よく見聞きすることばは、積極的に載せているところです。たとえば、「それもそうだ」「それもそのはず」などという項目が『三省堂小学』にはありました。よく使う言い回しなのに、一般の多くの辞書にはいまだに載っていません。辞書の作り手にとっても、学ぶところの多い辞書です。
当然のことながら、この辞書は、後に続く学習辞典に大きな影響を与えました。その様子は、現在の学習辞典の項目からもうかがい知ることができます。
たとえば、現在の学習辞典には、「言い合わせたように」という項目が載っています。「言い合わせたように、みんなが反対した」などと用いる言い回しです。この項目は、私が見たところ、6種の学習辞典に採用されていますが、一般の国語辞典にはまず見当たりません(「言い合わせる」ならあります)。いわば、学習辞典特有の項目です。
不思議な感じがします。「言い合わせたように」は、今ではやや古さの感じられる表現です。用例の数で言えば、むしろ「申し合わせたように」などのほうが、ずっと多いのです。教科書にも「言い合わせたように」は出てきません。したがって、現代の辞書を編集する時、項目として選ばれる優先順位は高くないはずです。
そんなことばが、多くの学習辞典に出てくるのはなぜか、と追究していくと、『三省堂小学』の影響力に行き着きます。同書には「言い合わせたように」があります。現在に至るまでの学習辞典は、その項目を大いに参考にしているものと考えられます。
前例踏襲、横並び意識はないか
もうひとつ例を挙げます。「素知らぬ顔」という言い方は、一般向けの辞書では、「素知らぬ」の用例として示されます。ところが、学習辞典では、「素知らぬ顔」で1つの項目としているものが7種あります。子どもになじみ深い言い方だからとも言えますが、「素知らぬふり」などもあるので、「素知らぬ」という項目を立てたほうがいいはずです。
そこで、『三省堂小学』を見ると、「素知らぬ顔」の項目があります。ここでもまた、後続の辞書がこの項目を参考にしたことがうかがわれます。
このような例から、『三省堂小学』がいかにリスペクト(尊敬)されているかが分かります。もっとも、『三省堂小学』そのものがリスペクトされているのか、それとも、それを参照した辞書がさらに別の辞書に参照されているのかは、微妙なところです。
ここで目を転じて、現代の学習辞典同士を比べてみると、ある辞書の内容を、他の辞書が取り入れているとみられる例は、ときどきあります。たとえば、出版社の異なるA辞典とB辞典の「現在」という項目を比べると、よく似ています(書式を改めて示します)。
〈1 今。「兄は、―旅行中です」2 その時。「二時―の気温は三〇度です」〉(A辞典)
〈1 今。「父は―旅行中です」2 (時を表すことばのあとにつけて)その時。「午後二時―の気温は十度です」〉(B辞典)
例文までがほとんど同じです。偶然には起こりにくいことであり、一方が他方を参考にしたものと考えられます。だとしても、例文の細部までを参考にする必要はないはずですから、むしろ、無批判な引き写しと見られてもやむをえないでしょう。
複数の辞書の記述が似通っている場合、どちらが先に記したかは、前の版や、前身の辞書にまでさかのぼらなければ分かりません。不用意な断定は控えるべきです。ただ、辞書によっては、気になる記述の目立つものがあるというのが、私の正直な感想です。
『三省堂小学』以来、学習辞典は、先行辞書のすぐれた点を取り入れたり、それまでにない点をつけ加えたりして、進歩してきました。一方で、安易な前例踏襲や、「ほかの辞書もそうだから」という横並び意識の入りこんだ部分はないか――というのは疑いすぎでしょうか。ほかの辞書はどうあれ、自分はこうする、という気概が、『三省堂小学』にはありました。この気概は、辞書作りの上で忘れてはならないと、自戒をこめて思います。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。







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2007年









