地域語の経済と社会 第340回 来館記念の大分方言プラカード「OPAMに来ちょんよ!」

2015年 10月 31日 土曜日 筆者: 杉村孝夫

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第340回 来館記念の大分方言プラカード「OPAMに来ちょんよ!」

 大分県立美術館が今年4月に開館しました。建物そのものが,美術品といってもいいほど個性的です。開館以来,数々の催しが行われ,8月には「進撃の巨人展」「『描(か)く!』マンガ展」と「大分県立美術館コレクション展」を開催していました。特に「進撃の巨人展」は大変な人気で,8月下旬には早くも入場者が6万人を超えたとのこと。開館前から九州各地に美術館のポスターを掲示していました。誘いにのって訪れると,館内では,「方言」も来場者サービスの一翼を担っていました。

【写真1】
【写真1】

 「マンガ展」の出入り口には,撮影コーナーを設置。観光地に行くと,よく板に描いた人の顔の部分がくり抜かれていて,そこに自分の顔をはめ込んで記念撮影ができるようになった「顔はめパネル」が設置されていますが,大分県立美術館では,プラカードがそれに代わる役割をしていました。

 来場者は①「OPAMに来ちょんよ!」や②「『描く!』マンガ展おもしりかった!」など吹き出しに書かれたプラカードを好みで選んで記念の撮影をします。【写真1】

 「OPAM」は「Oita Prefectural Art Museum」の頭文字です。「来ちょんよ」は共通語の〔来ているよ〕に当たり,共通語と異なるのは文末表現だけなので,県外からの来館者にも意味はすぐに伝わります。「て+おる」は福岡県の西部域では「とる」「とー」、東部域では「ちょる」ですが,大分県ではさらに「る」が撥音化して「ん」に変わります。その結果「ちょん」となります。大分方言になじみのある人なら「いかにも大分らしい」と感じるでしょう。

 ②「おもしりかった」は〔面白かった〕の意で,「おもしろい」の -oi[‐オイ]という母音連続が融合して「おもしりー」(終止形)となったものに,過去を表す「‐かった」が直接続いています。つまり終止形の「おもしりー」を語幹相当の形と見なして「おもしりーねー」「おもしりーなる」または「おもしりーくなる」のように「ねー・なる」をつなげます。同様に,「かった」をつなげれば、「おもしりーかった」が出来上がるわけです。なお、ここでは「終止形」はさらに進んで短く「おもしり」になっています。これは「形容詞の無活用化(学校文法で言えば語尾が変化しない)」と言われ,主に若い世代に見られます。-oi[‐オイ] が -i:[‐イー] になるという音変化とともに大分方言の特徴の一つです(多くの方言では,-oi[‐オイ]は -e:[‐エー]になるのが一般的です)。

 意味は何となくわかるが,ちょっとだけその地域らしさが感じられるところが,いかにも大分方言らしさを表しています。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『これが九州方言の底力!』杉村孝夫(すぎむら・たかお)
 福岡教育大学名誉教授。
 専門は方言学,音声学。現在の関心は方言談話の研究。全国をフィールドに,場面設定の談話の収録と分析を行っている。
 共編著に『これが九州方言の底力!』(大修館書店 2009),『現代日本語方言大辞典』(明治書院 1992-1994),共著に『都道府県別 全国方言辞典』(三省堂 2009)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


地域語の経済と社会 第339回 「おま!」―人気俳優と方言―

2015年 10月 17日 土曜日 筆者: 札埜和男

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第339回 「おま!」―人気俳優と方言―

 「事務所も心広いねえ」「岡田クン仕事選ばへんなあ,ようやるヮ」

 ここは大阪府にある遊園地・枚方(ひらかた)パークの園長資料室。V6・岡田准一クンのCM資料が揃えられており,来園者が訪れては記念写真を撮っています。目につくのは【写真1】のように「おま」という現在殆ど使われない大阪弁を言語景観として活かした岡田クンのポスターです。

【写真1】
【写真1】「おまバウアー」で、おま。
【写真2】
【写真2】園長の延長コード、ほんまに売ってます。

 「新園長おまフェスト」「わいでおま」「オ…オアシスで…お…ま…」「わいを育てたプール。でおま」「ただいま。でおま。」「ひらパーの新アトラクションは、まさかの『おま』と叫ぶだけ。絶叫おまライド おまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」等々。

 「おま」は「あります、ございます」の意「おます」が短くなった大阪弁,「わい」は「私」の意で男性使用の大阪弁です。2013年3月大阪で行われたコンサートで「超ひらパー兄さん」園長就任発表後,岡田クンのCMは関西で話題になっています。

 しかし共通語を使う俳優として活躍する岡田クンと,大阪弁「おま」は相容れない組み合わせです。枚方市出身で郷土愛に溢れる岡田クンに,ボランティアに近い形で事務所から出演の承諾を得たものの,ローカル遊園地と岡田クンのイメージギャップをどう埋めるかが悩み所でした。岡田クンは大阪人ですが上京後言語を矯正されており,大阪イメージが抜けていました。低予算でCM出稿量も少ない中どうするか? 広告会社と協議して出した案は岡田クンに大阪弁を喋らせることでした。しかも「一度聞いたら忘れない,誰も使わないが,汎用性があり映画等の番宣でパッとやれる短い言葉」という条件を備える必要がありました。結果選ばれたのが「おま」です。両者のギャップを繋ぐ媒体が方言だったのです。前園長はブラックマヨネーズの小杉サンでしたが,彼が「わいでおま」と言っても不自然さはありません。岡田クンが言うからこそインパクトがあるのです。実際に大河ドラマ『軍師官兵衛』の番組宣伝に際しTVで「官兵衛兄さんでおま」と言って,それがトップツイートにもなりました。

 就任2年目の2014年「年間来園者100万人達成できなかったらさようなら」宣言をしたところ「おま」方言戦略による経済効果もあって見事100万人を突破,2015年度の「園長、延長。」が決定し,春には,「延長コード」に身を包む岡田クンが「これからも枚方を明るくするで,おま」と宣言するポスター【写真2】が京阪沿線を飾っていました。

 

《謝辞》調査にあたっては(株)京阪レジャーサービスひらかたパーク事業部の広報担当・石川真吾氏に大変お世話になりました。有難うございました(ちなみに氏は静岡出身です)。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『大阪弁看板考』『法廷はことばの教室や! 傍聴センセイ裁判録』札埜和男(ふだの・かずお)
 高校国語科教員、社会言語学者。1962年大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2008年『法廷における方言―「臨床ことば学」の立場から』で博士号(文学・大阪大学)取得。方言学・社会言語学専攻。現在,京都教育大学附属高等学校国語科教諭。
 著書に『大阪弁看板考』(葉文館出版 1999年8月),『大阪弁「ほんまもん」講座』(新潮新書 2006年3月),『法廷における方言―「臨床ことば学」の立場から』(和泉書院 2012年12月),『法廷はことばの教室や! 傍聴センセイ裁判録』(大修館書店 2013年7月)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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地域語の経済と社会 第338回 『もんげー 岡山!』でイメージアップ大作戦

2015年 10月 3日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第338回 『もんげー 岡山!』でイメージアップ大作戦

 岡山県は「晴れの国」というキャッチフレーズがあるように,瀬戸内・山陽路にあって,海と山の幸に恵まれ,気候も温暖な土地柄です。(第223回「『グルグルおかやまB級グルメ』で地域おこし」を参照)その岡山がいま,地元の方言「もんげー」をキーワードにして,県を挙げてキャンペーンを展開。岡山県の存在感と魅力をアピールしてイメージアップを図っています。

(クリックで拡大)
【写真1】PRポスターの1枚(提供:岡山県公聴広報課)
【写真1】PRポスターの1枚
(提供:岡山県公聴広報課)
【写真2】PRポスター 右・伊原木隆太知事,中・葛城ユキ,左・桃瀬美咲(提供:岡山県公聴広報課)
【写真2】PRポスター 右・伊原木隆太知事,
中・葛城ユキ,左・桃瀬美咲
(提供:岡山県公聴広報課)

 県の公聴広報課によると,2014年度から今回のこの取り組みをスタートさせました。その「シンボルになる語」の候補になったのは地元出身の3人が推薦する〔非常に〕を意味する岡山の方言で,インターネットを活用して投票(2014.9.9~9.15)を呼びかけました。ロック歌手=葛城ユキの推す「でーれー」,作家=岩井志麻子の推す「ぼっけー」(第269回「「ぼっけぇ」岡山」を参照),それにタレント=桃瀬美咲の推す「もんげー」の3語で競った結果,「もんげー」が48%の票を集めて1位になりました。2位「ぼっけー」,3位「でーれー」でした。(http://www.pref.okayama.jp/chiji/kocho/hareoka26/hareoka_2612/html/sp1.html参照)

 「でーれー・ぼっけー」に比べて「もんげー」は地元でも知名度は高くなく,テレビの人気アニメ番組『妖怪ウォッチ』に登場する,神社の狛犬(こまいぬ)の妖怪「コマさん」が口癖として発することばが「もんげー」で,これは全国的に知られており,特に子供たちや若い世代に親しまれていることなどが投票にも反映されたのではないかと見られています。

 地元の人たちにとっては,いわばダークホースの「もんげー」がキャンペーンのキーワードとして選ばれたのですから,ちょっと,否,でーれー意外な展開だったわけです。以後,「もんげー」を前面に押し立てて活動が繰り広げられることになりました。【写真1・2】 「でーれー」を推した葛城ユキも,PR用テーマソング『もんげー岡山!』では,方言の歌詞を力強く歌っています。

再生ボタンを押すと開始  http://youtu.be/QKuiGUtf9d0

 では「もんげー」とはどういう意味のことばでしょうか? 『日本方言大辞典』(小学館)で「もんげー」を探すと「ものげー」を見よとあり,その「ものげー」を見ると,意味は〔たいへん,ものすごく〕とあり,使用地域としては岡山県が,また異なる語形として「もんげー」には岡山県と香川県が,「もんがい」には岡山県が挙げてあります。

 県では伊原木隆太(いばらぎ・りゅうた)知事が先頭に立ち,PRに大層力を入れています。ディズニー映画とタイアップしたり,ロゴマーク(「もんげー」と言うときの口の形を象ったものの由)とバッジを作り,マークは誰にでも自由な使用を認めたり,岡山県のファンになって応援してくれる人を「もんげー部」の部員にしたり,さらには「晴れの国」にちなんで「8092人」を目標に「岡山に移住しませんか? 岡山県でもんげー未来を!」と,岡山に移住して来る人たちを広く募集しています。

 ふつうメジャーな方言があればそれを活用しそうなところですが,マイナーな語である「もんげー」を選んでの今回の“認知度向上とイメージアップ大作戦”。それが今後どういう効果を発揮するか,ぼっけー珍しいケースとして,方言研究の面からも注目されます。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第337回 最古の方言看板? The oldest dialect signboard?

2015年 9月 19日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第337回 最古の方言看板? The oldest dialect signboard?

 今回は現段階で最古と思われる方言看板を紹介します。薬屋の看板に「しろなる」と書いてあります【図】。もともとは,大坂の浮世絵師長谷川光信画の狂歌絵本『絵本家賀御伽(かがみとぎ)』3冊(栗柯亭木端作)宝暦2年(1752)の中の図です。三谷一馬(2013)『江戸看板図聚』中央公論新社p.90からコピーしました(関係者の許諾をいただきました)。『日本名著全集江戸文芸之部』第30巻『風俗図絵集』(1929)の復刻図版で見ても,確かに「しろなる」と書いてあります。

(画像はクリックで拡大)
【図】「しろなる」
【図】「しろなる」

   色のしろなる薬
   面薬資清香
   右之外妙薬品々

 地理的に見ましょう。「白くなる」を「しろうなる」と言うのは,形容詞連用形のウ音便で,西日本一帯で使われます。「しろなる」はその短音化(短呼)で,近畿から北陸にかけてと,九州中央部に分布します。近世以降別々に発生したのでしょう。インターネットで「方言文法全国地図」で検索して,第3集の137図138図139図140図を見ると,分かります。印刷もできます。(「方言文法全国地図」へのリンク先はPDF)

 歴史的に見ると,形容詞連用形のウ音便は,平安時代から現れます。キリシタン宣教師ロドリゲスの『日本大文典』では,江戸時代初期の京都の標準的な言い方とされています。そのウ音便が短音化する現象は,近松門左衛門(1653~1725)の作品にもいくつか現れますから,江戸時代前期には生じていました。ただ,1756年以降の上方の小説類でも,一作品に数個程度しか出ません(村上謙2003)。1752年の看板は,かなり古い使用例です。

 ただし,方言という意識がなく使われたのかも知れません。看板では,公的な文章語を漢字で書くのが当たり前でした。今でも「白くて」でなく「白くって」と広告に書いたら,くだけた感じでしょう。ちなみに「方言文法全国地図」の138図では,「白くって」は北関東と福島県に現れます。1752年の看板の「しろなる」は今の「白くって」と同じ程度に口語的または俗語的だったでしょう。現代の東京に方言があり,若者が「ら抜きことば」や「じゃん」や「違かった」などの東京新方言を使うことを考えると,江戸時代上方の新方言が看板に現れたととらえていいでしょう。その意味で,気づいた限り最古の方言看板です。なお今のところ最古の方言番付は江戸時代後期の金沢の番付(第292回「最古の方言番付―金沢の江戸時代の刷り物―」),方言ネーミングによる最古の店名は1880年の「がんべ茶屋」です(第291回「がんべ茶屋~方言ネーミングのはじめて?」)。

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言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
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『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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地域語の経済と社会 第336回 『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~

2015年 9月 5日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

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第336回 『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~

 今回は,岩手県宮古市の中心商店街の案内パンフレット『Miyako♡あうぇーこなび』【写真1】【写真2】の方言ネーミングです。2つの観点から考えます。

(クリックで全体を表示)
【写真1】『Miyako♡あうぇーこなび』表紙
【写真1】『Miyako♡あうぇーこなび』表紙
【写真2】『Miyako♡あうぇーこなび』内容
【写真2】『Miyako♡あうぇーこなび』内容

 まず,方言を考えます。後部の「なび」は方言でなく,カーナビの「ナビ:navigation」の意味の一つ「誘導」です。前部の「あうぇーこ」〔奥まった小路:正確な発音は[awɛːkko]〕が方言です。宮古方言の代表の一つに挙げられます。

 この小路は,京都市中心部のように格子状に街路が構成された街にみられます。こういう区画形状の街では,隣り合う建物同士の間に,街路から区画の奥に入るための(狭い)通路があります。この小路,京都ではロージと呼ばれます。東北地方では「アワイ〔間〕+コ」を語源とする地点が多く,宮古などでは「アウェーッコ」です[後注]

 この小路の発生は,室町時代以降の町屋敷に掛かる直接税「地子」(じし/ちし:現代の固定資産税に相当)が起源です。こういう街では,ほとんどの建物が街路に接する部分を短くして街路から奥に細長い構造です。よく『うなぎの寝床』と呼ばれますね。区画内での細長い建物と建物の間の通路も幅狭く細長いものになります。地子は街路に接する部分(間口)の長さ(接道の長さ)により税額が決まっていました(現代の固定資産税も税額算出の一部にこの方式を継承)。町屋敷は節税のため街路に接する部分の長さをできるだけ短くしました。建物の面積は街路から奥に伸ばすことで確保したので『うなぎの寝床』になりました。そこに,区画の反対側の街路への近道,また,奥の建物への通路として小路が設置されました。

 2つ目の観点は『Miyako♡あうぇーこなび』の制作者です。「ユースみやっこベース」という高校生のグループ(http://miyakkobase.jimdo.com/)です。次代を担う世代が方言を活用していまして,地域や方言の将来にとって大いに結構なことだと思います。制作の中心メンバー4名が現在,宮古短期大学部学生赤十字奉仕団で活躍しています。『あうぇーこなび』はhttp://miyakkobase.jimdo.com/プレゼン大会/宮古市のマップ制作/にも紹介があります。

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[注]伊藤麟市『宮古の方言と敬語』(1982年,田中タイプ印刷)の「各地(方言)比較表」に,岩手県内各地と秋田県鹿角市の諸方言の「奥まった小路」の方言形一覧があります(pp.184-185,表記は原典のまま。掲載順は引用にあたり調整)。

宮古:アワェーッコ 川井:アワェコ
田老:アワェコ 盛岡:アワェ
山田:アワェーッコ 遠野:ヒエァーコ,ヒシエァコ
大槌:アワイッコ 和賀:アエダコ
釜石:アエッコ 福岡(現二戸市):カミヨデ
大船渡:アワェーッコ   鹿角市(秋田県):アワェコ

無回答の地点:新里,岩泉,沢内,田野畑,久慈(田中調査ではロジ)

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『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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地域語の経済と社会 第335回 福井でフィールドワーク

2015年 8月 22日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第335回 福井でフィールドワーク

 北陸新幹線開業の時流に乗って,なおかつ「食べにきね、福井」〔食べにいらっしゃい,福井へ〕【写真1】の誘いにも乗って,さらなる新幹線延伸が予定されている福井へ行ってみると……。

 福井駅前には,福井市地域交流プラザが鎮座。その愛称は「アオッサ(AOSSA)」〔会いましょう〕【写真2】。

【写真1】福井への旅を誘う看板 【写真2】福井市地域交流プラザAOSSA外観
  左:【写真1】福井への旅を誘う看板(クリックで拡大)
  右:【写真2】福井市地域交流プラザAOSSA外観(クリックで周辺も表示)

 地元の方に伺うと,「きね」よりも「きねの」,「あおっさ」よりも「あおっさの」の方が,より親しみがわく言い方との由。そのためでしょうか,坂井市の文具店のオリジナル商品である方言金封(のし袋に福井方言をあしらったもの)の語例も,以下のとおり,「の」の使用がポイントになっています。

「かたいけの」〔お元気ですか〕
「またきねの」〔また来てね〕
「ありがとの」〔ありがとう〕
「おおきんの」〔ありがとう〕
「つるつるいっぱいの愛情」〔あふれんばかりの愛情〕

 これまで本サイトで,福井がメインに取り上げられたのは,第139回「いやしの方言(福井県)」のみで,方言グッズが紹介されています。それは,現代的な商品である携帯電話用の画面クリーナーの表面に,福井方言によるメッセージが記されたものと,オーソドックスな商品である福井方言の番付を染め抜いた方言手ぬぐいの2種でした。

 今回の調査で,方言グッズに加えて,方言メッセージと方言ネーミングがあることが確認できました。福井方言を対象にしたものは,今まで,報告が少なかっただけで,多種多様なものがあることがわかりました。

 上記の例以外でも,下記のようなものが記録できました。

○方言グッズ
「これがうまいんじゃ福井」〔これがおいしいですよ〕……サトイモの煮物
「福井方言豆知識」……おせんべい(第243回「青森の方言名のお菓子」第248回「方言名のお菓子の全国展開」で取り上げられている「方言豆知識」シリーズの一つ)
「おちょ金時」……福井特産のサツマイモ「越前金時」を用いた焼き菓子
方言Tシャツ
 「おちょきんしねまっ!」〔正座しなさい〕
 「おちょきん」〔正座〕
 「じゃみじゃみ」〔テレビの画面が,砂嵐のようになっていること〕
 「だわもん」〔怠け者〕
 「つるつるいっぱい」〔あふれるほどいっぱい〕
 「ちゃまる」〔捕まる〕
 「ちゅんちゅん」〔すごく熱い状態〕

○方言メッセージ
「好きやざぁ!福井」……某ビールメーカーのご当地ポスターの標語

こうして見ると,「おちょきん」〔正座〕が好まれていることがわかります。語呂合わせに好適な語だと,一気に用例が増える可能性がありますね。

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言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』大橋敦夫先生監修の本大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


地域語の経済と社会 第334回 ダブル経済効果と方言使用

2015年 8月 8日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第334回 ダブル経済効果と方言使用

 北陸新幹線開業後とNHK朝の連続ドラマ「まれ」の舞台によるダブル経済効果と方言使用の状況を追ってみました。北陸鉄道株式会社の話によると,首都圏をはじめ各地から石川県を訪れる観光客は増加しているそうです。そして,輪島など奥能登へ足を延ばす人々のために観光バスが増発されました。(新幹線開通前については第310回「北陸新幹線開業と方言活用」を参照)

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【写真1】のらんけバス(停留所の看板)
【写真1】のらんけバス(停留所の看板)
【写真2】スタンプ「きのどくな」
【写真2】スタンプ「きのどくな」

 観光バス「わじま温泉郷号」では,輪島弁地元ガイド『あかり人』が案内します。『あかり人』は現在31名いますが,岸野欣一さんにお話を伺いました。『あかり人』になるための講習会は第2期を終えたそうで,岸野さんは,第1期生です。

 講習会は5日間で,テキストを使用し,能登の里山里海についての歴史,観光のポイント,方言などについてそれぞれの分野の専門家の話を聞きます。方言使用については,「日常生活のままの言葉で案内する」ことを原則としているそうです。苦労する点は,相手が非輪島弁話者なので,観光客から方言で話してくださいと改めて言われるとかえって出てこなくなることだそうです。普段どおりの言葉で話しながら旅情を味わってもらうのがねらいですが,まったくわからないと言われることはないそうです。

 能登方言は,口能登方言と奥能登方言に分けられ,ドラマ「まれ」で使用される輪島弁は奥能登方言に属します。能登地方では文末詞として「け」「わいね」「げん」などが使われます。また,文節の切れ目や文末が伸びてゆすりイントネーションと言われる「あの~」「ほやさけ~」〔だから〕などが見られます。

 輪島市コミュニティーバスの名称は「のらんけバス」〔乗りませんか〕【写真1】です。輪島に来たら「のらんけ!」というわけで5つのコースを走っています。能登祭りのシンボル「キリコ」に「きのどくな」〔ありがとう〕【写真2】と書かれたスタンプも売られています。能登弁講座のシリーズとして6種類のスタンプが用意されています。

 『月刊北国ACTUS(アクタス)』No.311(2015年6月号)に「まれ」にみる能登弁大研究が特集されています。記事によると方言目当てで輪島に来るファンもいるそうです。視聴者からの声は能登弁が「かわいい」「どこか懐かしい」と好評です。

 インターネット上では「アナと雪の女王」で歌われる歌の方言による替え歌が全国各地で盛んに作られていますが,能登弁版は女王もひっくり返るほどの迫力のある男声です。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』山下暁美(やました・あけみ)
元明海大学教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは,海外の日本語の変化,談話分析による待遇表現,福祉の言語学。街角の言語表示,災害時の『命綱カード』などに関心がある。著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著・アルク),『海外の日本語の新しい言語秩序』(三元社),『スキルアップ日本語表現』(おうふう),『スキルアップ文章表現』(共著・おうふう),『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(国書刊行会),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第333回 フリーマガジン『大分出張』

2015年 7月 25日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第333回 フリーマガジン『大分出張』

 大分には,出張で訪れる人たちのために,お勧めの場所や観光スポット,ホテル,店舗・飲食店,特産品・みやげものなどを紹介する情報誌=出張ビトのための大分満喫本『大分出張』(発行・編集 大分合同新聞社 季刊 32ページ)があります。空港や駅,観光案内所,大分市・別府市内のホテル,道の駅など,県内の主要なところに置いてあり,無料ですから,自由に持ち帰ることができます。毎回5万部が発行されているということです。

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【写真】『大分出張』vol.15の「大分方言特集」
【写真】『大分出張』vol.15の「大分方言特集」

 vol.15(2015年春号)では,特集記事のひとつとして「大分方言」を取り上げ,カルタ形式にして何枚かにはイラストも付け,4ページにわたって単語や表現とその意味・用例を紹介しています。【写真】

 この特集のねらいとして,「出張先のあるあるのひとつが方言が理解できないこと。取引先のお偉いさんの言葉がわからない。隣合わせた美人との会話が弾まない。地元の方言を使えば,ぐんと距離が近づくものです。個性あふれる大分の方言をカルタ形式でご紹介。これだけ覚えればあなたも大分県民に!?」とあります。

 元は地元紙『大分合同新聞』に「教えて! ぶんぶん【大分方言】」として2010年2月1日から2013年3月31日まで長期連載され,のちに約200語を加筆して『大分方言語録』(2014年3月 大分合同新聞社刊 約1300語を収録)として単行本化された本の中から取られています。(この連載について詳しくは,第93回 『大分合同新聞』の「方言連載」を参照)

 そのカルタの中からいくつかを紹介すると……「おうちゃきい」〔横着だ〕,「げさきい」〔下作な。下品な〕は共通語だと形容動詞で「~な」となるところですが,大分では形容詞形での言い方が一般的です。「あっちあられん」〔とうていあり得ない〕,「ぎゅうらしい」〔大げさな。仰々しい〕,「つるっとする」〔居眠りする。いつのまにか短い眠りに落ちる。まどろむ〕,「てれんぱれん」〔ちゃらんぽらん〕,「ぬれっと」〔隠れてずうずうしいことをするさま。しれっと〕,「ふうたらぬりい」〔①遅い,②生ぬるい〕などは,音の響きが独特で,いかにも方言らしい語感と印象を残すことばです。

 「なば」は〔①きのこ,②活力がない様子。普通「なばになっちょる」と使う〕とあります。「なば」はきのこ一般,特に大分の代表的な特産品のシイタケのことを指しますが,それがちょっとナーバスで元気のない状態を指す意味でも使われるとは,面白い表現です。

 「にごじゅう」も〔①(2×5=10のように)当たり前のこと ②無条件降伏すること〕という意味で年配の人の間では今も聞かれる表現ですが,よく語源・由来が話題になります。②無条件降伏すること,とはつまり〔お手上げ〕という意味ですが,両方の掌を顔の横で広げると5と5で10,それはまさに「お手上げ」のポーズですから,〔無条件降伏〕の意味あいになるのだと考えられます。これまた何とも面白い言い方です。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
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『魅せる方言 地域語の底力』日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第332回 地方議会の方言―アホ・バカ分布再考―

2015年 7月 11日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第332回 地方議会の方言―アホ・バカ分布再考―
Dialect in local assemblies ―Reconsideration on distribution of AHO & BAKA (fool)―

 今回は,地方議会会議録を横断検索できる「地方議会会議録検索システム」を紹介します。新しいバージョンでは,使用状況が日本地図に示されます。地方差のありそうな単語で検索すると,数秒後に地図が出ます。その中の一つ「あほ」を紹介しましょう。他の言い方が混じらないように「あほな」「アホな」「阿呆な」で検索してみました。

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【図】地方議会会議録の「あほな」の出現頻度
【図】地方議会会議録の「あほな」の出現頻度

 地方議会のまじめな場面で使われるか心配しましたが,議員さんも結構くだけたことを言っているようです。「あほな」は645例見つかりました【図】。主に近畿地方で,「あほな質問しましたな」などと生き生きと活用されています。対抗馬「ばかな」は11,267例で,日本全国で使われます。「こんなばかな話はない」などと使われます。「たわけた」は41例。「たわけたこと言わんでください」などと,東海地方と中国地方で使われています。

 アホとバカは松本修『全国アホ・バカ分布考』(太田出版)で有名になりました。東西差と思われていたのですが,実は京都中心の方言周圏論があてはまるのです。全国に分布する様々な言い方は,文献に出た年代と比べると,年速1キロ前後で広がったと見られます。

 様々な言い方の一つ,ダボは,甲南大学の都染直也さんによると兵庫県加古川市周辺でほぼ年速1キロで広がりつつあるそうです。でも会議録には出てきませんでした。なお,某兵庫県民(特に名を秘す)は,以下のように書いています。

いくら兵庫県議会のヤジでも,「そんなあほなこと言うな」はスルーされるでしょうが,「何言うとんね,ダボ」は審議が一時中断する事態になるだろうと思います。

【写真】「平成播州ことば大番付」
【写真】「平成播州ことば大番付」

 アホは良い意味ではないので,商品に「買わせる方言」として使われることは少ないと考えられます。姫路の「平成播州ことば大番付」では,数が多いだけに,東方前頭(上から2段目4番目)に「あほんだら」が載っていました【写真】。「地方議会会議録」では高知県の引用例があるだけです。議員さんも使用を控えているようです。

 「地方議会会議録」は,インターネットで検索すると,たどりつけます。横断検索できる「地方議会会議録検索システム」は,全国の地方議会の議事録を集めたデータです。単語や文で検索でき,どこの誰が使ったかも分かります。使いたい方はhttp://local-politics.jp/の「連絡先」から木村泰知さんにご連絡ください。

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言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
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『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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地域語の経済と社会 第331回 方言による特殊詐欺被害防止策

2015年 6月 27日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第331回 方言による特殊詐欺被害防止策

 今回は,犯罪被害を方言で防止する意図の方言メッセージと方言ネーミングです。本題の前にタイトルについて少し説明します。「特殊詐欺」は最近マスコミでよく目に耳にする用語です。以前,孫や息子になりすます「オレオレ詐欺」と呼ばれたものなど,多種多様な手口があり,これらの総称です。2004年12月から「振り込め詐欺」と呼ばれました。さらに,現金を持たせる手口も出てきたため,別の呼称が必要となり,2013年5月に「母さん助けて詐欺」が出ました。これが定着せず,また,前のとおり,手口がさまざまなので,マスコミ等では「特殊……」が主流となっています。

(クリックで全体を表示)
【写真1】気ぃつけておくれやっしゃ~ 【写真2】もうかるちゃ詐欺
左:【写真1】気ぃつけておくれやっしゃ~
右:【写真2】もうかるちゃ詐欺

 それでは本題です。一つ目は方言メッセージの用例です。滋賀県警察による「振り込め詐欺に 気ぃつけておくれやっしゃ~」〔振り込め詐欺に気をつけてくださいね〕です【写真1】。そもそも特殊詐欺は主に高齢者を狙います。そこで方言の出番です。共通語より方言の方が身近に感じてもらえるのはこの連載の趣旨の基本です。対象が高齢者なら,より大きな効果が期待できます。この用例は,純粋に滋賀県の方言というより,同県出身で,滋賀県警察の「振り込め詐欺根絶大使」(2014年11月任命)の末成由美さんの名せりふがもとです。末成さんといえば,吉本新喜劇で「ごめんやして,おくれやして,ごめんやっしゃ~」[注1]と挨拶し,舞台上の他の人物がコケるのがパターンですね。

 二つ目は方言ネーミングの用例です。富山県警察の「もうかるちゃ詐欺」〔(必ず)儲かりますよ詐欺〕[注2]です【写真2】。出資金の何倍もの利益が確実にある,という投資型の手口ですね。特殊詐欺を富山の方言で表現することで,より身近に防犯意識を持ってもらうわけです。この幟は富山駅前交番に立てられていました[注3]。富山での方言による犯罪被害防止は,交番のすぐ隣の富山駅南第2自転車駐車場にも「カギかけんまいけ!」〔(自転車の)鍵を掛けましょう〕の方言メッセージが大きく出されていました。

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[注1]最近は末尾が「…やっし~」ですが,スウィング吉本ビル(大阪市中央区:元の「なんば花月」跡地,現「なんばグランド花月」至近)の入り口には,このままが出ています

[注2]富山方言の「-ちゃ」について「第308回 富山県の観光PR誌『ねまるちゃ』」に説明があります

[注3]用例の取材は2014年11月でした。北陸新幹線開業に伴う駅周辺整備事業のため,2012年1月19日から仮駅舎の西側に移転しているときでした

 

《謝辞》資料撮影にご協力いただいた大津駅前交番と富山駅前交番,また,資料掲載をお許しいただいた滋賀県警察(生活安全部 生活安全企画課 犯罪抑止係)および,株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシーに,この場を借りて感謝申し上げます。

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『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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