国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 常用漢字
2010年 4月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第15回 漢字はなるべく示してほしい
学習国語辞典(学習辞典)は、見出しに示す漢字を、だいたい常用漢字の範囲に止めるものが多いようです。もう少し多くの漢字を載せてもらえないものでしょうか。
子どもは、学校で習う漢字だけで生活しているわけではありません。身近に接する漢字は、むずかしくてもどんどん覚えます。たとえば、アニメの「名探偵コナン」「ケロロ軍曹」「鋼の錬金術師」に使われる「偵」「曹」「錬」などは、小学校では習いませんが、子どもたちは読めるはずです。書ける子も多いでしょう。さらには、「聖痕のクェイサー」「犬夜叉」「涼宮ハルヒの憂鬱」の「痕」「叉」「鬱」など、常用漢字にない字も、彼らはごく自然に受け入れているはずです。
ところが、学校では、昔も今も、習っていない漢字は書かないように指導されることがあります。どれが習った字で、どれが習っていない字かなんて、子どもには判断がつきません。そこで、むずかしい字はとりあえず仮名で書いておこう、と思うようになります。これでは、漢字学習への意欲を削ぐことおびただしいものがあります。
なるほど、学習指導要領では、学年ごとに配当漢字が決められています。でも、習っていない漢字でも、ルビを振れば使えることになっています。第一、配当漢字は、教える側の基準であって、教わる側の子どもたちが書く漢字を制限するものではありません。
漢字を無理強いするのは論外ですが、子どもが覚えたがっているなら、その意欲を育てることは必要です。「薔薇」「憂鬱」を漢字でどう書くか知りたいと思う子はいるし、読み書きできるようになれば、だれだってうれしいはずです。
学習辞典も、学ぼうとする子どもの気持ちに答えてほしいと思います。
試みに、8種の学習辞典で「薔薇」を引くと、漢字を載せるものが2種、仮名だけのものが6種でした。後者の中には、「ばらで売る」の「ばら」と同じ項目に入れているものもあり、粗雑な処理と言わざるを得ません。両者は、もちろん、別語源のことばです。
「憂鬱」を引くと、漢字を載せるものが2種、「憂うつ」とするものが5種、仮名で「ゆううつ」とするものが1種でした。アニメのタイトルの漢字を確かめようとしたのに、ひらがなしか載っていないのでは、がっかりするではありませんか。
「ぞうきん」で分かる漢字表記の方針
学習辞典ごとの漢字の示し方の違いを、もう少しくわしく比べてみます。
比べる項目は、手当たり次第にページを開いて抽出してもいいのですが、読者にも便利なように、特徴のある項目が1か所に集まっているページを選ぶことにします。それは、「ぞうきん(雑巾)」の載っているページです。
「雑巾」の「巾」は常用漢字表外の字(表外字)です。このように、下側に表外字を含む熟語が、たまたま、このページに続いています。「雑巾」「象牙」「造詣」がそうです。これらをどう表記するかが、以下のように、学習辞典ごとにかなり異なっています。
【〈雑×巾〉】/【〈象×牙〉】/【造けい・〈造×詣〉】(A辞典)
[雑×巾]/【象げ】[象×牙]/【造けい】[造×詣](B辞典)
【雑きん】/【象げ】[象牙]/[造詣](C辞典)
【雑きん】/【象げ】/【造けい】(D辞典)
このうち、漢字で書くことを最も熱心に推奨するのはA辞典です。「雑巾」「象牙」は漢字のみを示し、「造詣」は「造けい」「造詣」のどちらで書いてもいいことにしています。
次に熱心なのはB辞典です。この辞典では、【 】(推奨表記)と[ ](参考表記)とを区別しています。つまり、B辞典は、「ぞうきん」「象げ」「造けい」の表記を勧めるものの、「雑巾」「象牙」「造詣」とも書くことを参考に示しています。
C辞典も【 】と[ ]を区別します。「雑きん」「象げ」「ぞうけい」を勧め、参考に「象牙」「造詣」も示します。ただ、「雑きん」の「きん」をどう書くのかは示していません。
最も漢字表記に消極的なのはD辞典です。「雑きん」「象げ」「造けい」と示すだけで、全部漢字で書くときにはどう書けばいいのか、まったく分かりません。
私のこれまでの論旨から言えば、漢字表記を多く示すA辞典やB辞典の方針が望ましいことになります。ただ、まったく注文がないわけではありません。「雑巾」は、漢字を離れて日常語になっているので、「ぞうきん」と仮名で書いてもいいと思います。一方、「造詣」は、漢字を離れては意味をなさないので、2字とも漢字で書くのがいいでしょう。
「雑きん」「造けい」などの交ぜ書きは、「雑菌」「造形」などと勘違いされるおそれもあり、賛成できません。なお一考を望みたいところです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生向け辞書を選ぶ観点(2) ふりがな(ルビ)
2010年 4月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第14回 総ルビがよさそうだけれど…
学習国語辞典(学習辞典)の紙面を見渡したとき、本文の書体に続いて気になるのは、ルビ(振り仮名)をどれだけ振ってあるかです。ルビには2種類あって、全部の漢字に振る方式を「総ルビ」、必要に応じてぱらぱら振る方式を「パラルビ」と言います。
近年は、総ルビにする学習辞典がほとんどです。辞書の説明は、子どもが読めなければ何の意味もないので、総ルビにすることは当然とも言えます。私も、人に学習辞典を薦めるときは、「総ルビのものを」と言ってきました。
ただ、総ルビの中でも、さらに方式が分かれています。1つは、総ルビにはするけれども、できるだけ漢字を使わず、仮名を多くするもの。もう1つは、総ルビにするからには、ふつう漢字で書くことばは、少々むずかしくても漢字で書くものです。
たとえば、「世評」という項目について、3種の学習辞典の記述を比べてみます。
〈よの中(なか)のひょうばん。うわさ〉(A辞典)
〈世(よ)の中(なか)の評判(ひょうばん)。〉(B辞典)
〈世の中の評判(ひょうばん)。うわさ。〉(C辞典)
A辞典・B辞典は総ルビ、C辞典はパラルビ(かつ、2行に書く「割ルビ」)です。A辞典は、仮名が多くやさしい印象がありますが、せっかく総ルビなのですから、「よの中」「ひょうばん」は、B辞典のように漢字にしてもいいはずです。子どもが漢字を覚える助けにもなります。C辞典は、「評判」のみにルビを振っていますが、「世評」というむずかしいことばを調べるほどの子なら、「世の中」はルビなしで読めると考えたのでしょう。
もう1例挙げると、「合法」の説明も、同じような表記のしかたになっています。
〈ほうりつや規則(きそく)にあっていること〉(A辞典)
〈法律(ほうりつ)や、決(き)まりに合(あ)っていること〉(B辞典)
〈法律(ほうりつ)に合っていること〉(C辞典)
A辞典で「ほうりつ」と仮名にしてあるのは不自然で、やはり、B辞典や、パラルビのC辞典のほうが適切です。A辞典は、中・高学年で習う漢字はあまり使わない方針なのかもしれませんが、それにしては、5年生で習う「規則」は漢字になっていて、不統一です。
「りょう鉄鉱」では分からない
私は、仮名の多い説明を批判するのではありません。むずかしいことばを避けた結果として仮名が多くなったとすれば、それは好ましいと考えます。たとえば、A辞典の「刀」の項目は、そのいい例です。B辞典と比べてみます(以下、ルビは省略)。
〈むかし、さむらいがこしにさしていた長いはもの〉(A辞典)
〈片側に刃をつけた細長い武器。日本刀〉(B辞典)
どちらの説明も悪くありませんが、A辞典のほうが、ぱっとイメージが浮かびます。「武士」ではなく「さむらい」、「武器」ではなく「はもの」と言うことで、漢字を使わずにすんでいます(「ぶし」「ぶき」とはしていません)。ちなみに、かつての『三省堂小学国語辞典』でも、〈さむらいが、こしにさしていた はもの〉としています。
このように、漢字をむやみに使わないことで、説明がくふうされることもあります。だからといって、何でもひらがなにしてしまうと、意味不明になる場合もあります。
A辞典を読んでいて、意味が取れなかったのは、「鉄鉱石」の説明でした。
〈鉄の原料となる鉱石。磁鉄鉱・赤鉄鉱・りょう鉄鉱など〉
最後の〈りょう鉄鉱〉が分かりません。そういう項目も立っていません。実は、「菱鉄鉱」で、菱形に結晶する鉄鉱石のことです。漢字で書いてあれば、それをもとに意味を推測したり、調べたりすることもできますが、ひらがなではお手上げです。この場合、あえて「りょう鉄鉱」を例に出す必要はないでしょう。
あるいは、「ガラス」の項目にも、同様の問題があります。
〈けいしゃ・炭酸ソーダ・石灰石などのこなをまぜ、高い温度でとかし、〔後略〕〉
冒頭に、いきなり〈けいしゃ〉ということばが出てきます。この辞書の項目には「傾斜」しかないため、混乱する子どもも出てきそうです。一般向けの国語辞典で「珪砂」を引いて、はじめてのみこめます。こんな説明をするよりは、別の学習辞典のように、類義語の「石英」を使ったほうがいいでしょう。
総ルビという点では同じでも、表記のしかたは辞書によって異なります。漢字で書いてほしい部分が漢字になっているかどうか、確かめておくことが必要です。子どもの年齢や理解力によっては、パラルビのほうがいい場合もあることも言い添えておきます。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
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国語辞典入門:小学生向け辞書を選ぶ観点(1) 大きさ 重さ 表紙 書体
2010年 4月 7日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第13回 デザインがどうかも、ばかにならない
いささか前置きが長くなりました。では、ここで一気に場面を変えて、書店の辞典コーナーに移動しましょう。あなたは、小学生のお子さんとともに、学習国語辞典(学習辞典)を買いに来たところです。書棚を見渡せば、色とりどりの学習辞典が並んでいます。このうちどれを選べばいいか、実際にページを繰りながら考えましょう。
まず目に飛びこんでくるのは、デザインです。内容もさることながら、デザインがどうかということも、辞書を使う意欲を左右します。
たとえば、ドラえもんのことが心底から好きな子なら、『例解学習国語辞典 ドラえもん版』(小学館)を選べば、学習意欲が上がるかもしれません。ドラえもん版とは、表紙にキャラクターの絵がついている版のことです。内容は通常版と同じです。
辞書は、使う本人が気に入ることが一番大事です。「どうしてもドラえもん」と言う子に、ほかの辞書を押しつけるのは考えものです。この場合はこれで購入決定となり、以下の私の説明は不要になります(なお、「楽しく学べる」と称して、マンガ形式の解説を入れる学習辞典が増えていますが、マンガの助けがなければ楽しくならないのか、疑問です)。
もし、子どもが一目で気に入った辞書が特にないなら、次の点の検討に移ります。
大きさ――同じ辞書でも、大型版と小型版と2種類用意されていることがあります。「A辞典の内容は気に入ったが、大きさが気に入らない」というとき、別の大きさの版がないか確かめてください。大型版の長所は、文字が見やすいところ。小型版の長所は、いつも持って歩きやすいというところです。
重さ――見落としがちですが、同じ大きさ、似た厚さの辞書でも、重さが異なることがあります。しじゅう手に取って使うことを考えれば、軽いにこしたことはありません。重さを比べるときには、目をつぶって両手に1冊ずつ辞書を載せ、さらに、何度か左右を入れ替えて載せてみると、よく分かります。
表紙――材質が、紙か、ビニールかということです。私は、ビニールで決まりだと思います。紙の表紙は、何度も引いているうちに折れてしまって、不便です。もっとも、大型版の場合は、紙のほうが造本がしっかりするという長所はあります。
本文は教科書体にしてほしい
次に、表紙を開いて、中を見ましょう。デザインのうちで、内容に深く関わるのは、何といっても、書体に関する部分です。
一般の国語辞典は、本文を明朝体で組んでいますが、学習辞典の多くは、教科書体を採用しています。教科書に使われる、手書きに近づけた書体のことです。文字の形を正しく覚えさせるためには、教科書体で組むことが絶対に必要です。できれば、実用辞典のように、手書きの楷書体を添えれば、なおよいと思います。
ところが、学習辞典の中には、本文が教科書体でないものがあります。広告などでよく目にする、丸ゴシック系などの書体を使っています。これは、どう考えても不適切です。いくら内容がよくても、書体のおかげで台なしです。
あえて、私の好きな辞書を例に挙げます。『下村式 小学国語学習辞典』(偕成社)は、編者・下村昇さんの国語教育に関する識見が反映された、すぐれた辞書です。たとえば、漢字は簡単なパーツに分け、口で唱えて覚えたほうがいいという考えから、筆順欄で漢字を分解して示しています。「層」は「コノソ田日」。「総」は「糸ハム心」といった具合です。
項目の選び方にも、独自色が出ています。「甘い汁を吸う」「生き血を吸う」などということばが立項されていますが、ほかの小学生向けの学習辞典には見当たりません。作り方が、ほかの辞書とはかなり違っていることが分かります。
このように見るべきところの多い辞書でありながら、なぜか、本文が丸ゴシック系で組まれているのです(表記欄だけは教科書体)。せっかくの辞書の価値を減じてしまっています。これはぜひ改善してほしい点です。
では、『下村式』は選ぶべきでないのかというと、そんなことはありません。『下村式』に限らず、どの辞書にも長所と短所があります。1冊の学習辞典だけを見ていては、そのよさも悪さも気づきにくいものです。学校用と家庭用、または、兄弟それぞれ用に別々の辞書を買ったりして、お互いに短所を補い合うようにすればいいのです。
この後も、私は特定の辞書の長所や短所を取り上げることがあるはずですが、そのことによって、その辞書を勧めたり、勧めなかったりするわけではありません。人間と同じで、全能の辞書というものはなく、補い合って読者の役に立つのです。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
国語辞典入門:小学生用国語辞典 大人用との違い
2010年 3月 31日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第12回 さきがけとなった『三省堂小学国語辞典』
今や国語辞典の売り上げを牽引する勢いの学習国語辞典(学習辞典)ですが、これらのさきがけとなったのはどんな辞書だったのか、まず触れておきます。
小学生用の本格的な学習辞典は、1959年の『三省堂小学国語辞典』に始まります。それ以前にも皆無ではなかったものの、〈おとなの辞典の焼き直しとも思われるものが少なくありません〉(同書冒頭)という状況だったようです。
『三省堂小学』の初版は、体裁は今の学習辞典とそう変わりませんが、紙がやや厚く、収録語数は1万7000語しかありませんでした。今の学習辞典の半分ほどです。それでも、そのユニークさは、今の目から見ても著しいものがあります。
一番の特色は、一般向けの国語辞典に載っていなくても、日常よく見聞きすることばは、積極的に載せているところです。たとえば、「それもそうだ」「それもそのはず」などという項目が『三省堂小学』にはありました。よく使う言い回しなのに、一般の多くの辞書にはいまだに載っていません。辞書の作り手にとっても、学ぶところの多い辞書です。
当然のことながら、この辞書は、後に続く学習辞典に大きな影響を与えました。その様子は、現在の学習辞典の項目からもうかがい知ることができます。
たとえば、現在の学習辞典には、「言い合わせたように」という項目が載っています。「言い合わせたように、みんなが反対した」などと用いる言い回しです。この項目は、私が見たところ、6種の学習辞典に採用されていますが、一般の国語辞典にはまず見当たりません(「言い合わせる」ならあります)。いわば、学習辞典特有の項目です。
不思議な感じがします。「言い合わせたように」は、今ではやや古さの感じられる表現です。用例の数で言えば、むしろ「申し合わせたように」などのほうが、ずっと多いのです。教科書にも「言い合わせたように」は出てきません。したがって、現代の辞書を編集する時、項目として選ばれる優先順位は高くないはずです。
そんなことばが、多くの学習辞典に出てくるのはなぜか、と追究していくと、『三省堂小学』の影響力に行き着きます。同書には「言い合わせたように」があります。現在に至るまでの学習辞典は、その項目を大いに参考にしているものと考えられます。
前例踏襲、横並び意識はないか
もうひとつ例を挙げます。「素知らぬ顔」という言い方は、一般向けの辞書では、「素知らぬ」の用例として示されます。ところが、学習辞典では、「素知らぬ顔」で1つの項目としているものが7種あります。子どもになじみ深い言い方だからとも言えますが、「素知らぬふり」などもあるので、「素知らぬ」という項目を立てたほうがいいはずです。
そこで、『三省堂小学』を見ると、「素知らぬ顔」の項目があります。ここでもまた、後続の辞書がこの項目を参考にしたことがうかがわれます。
このような例から、『三省堂小学』がいかにリスペクト(尊敬)されているかが分かります。もっとも、『三省堂小学』そのものがリスペクトされているのか、それとも、それを参照した辞書がさらに別の辞書に参照されているのかは、微妙なところです。
ここで目を転じて、現代の学習辞典同士を比べてみると、ある辞書の内容を、他の辞書が取り入れているとみられる例は、ときどきあります。たとえば、出版社の異なるA辞典とB辞典の「現在」という項目を比べると、よく似ています(書式を改めて示します)。
〈1 今。「兄は、―旅行中です」2 その時。「二時―の気温は三〇度です」〉(A辞典)
〈1 今。「父は―旅行中です」2 (時を表すことばのあとにつけて)その時。「午後二時―の気温は十度です」〉(B辞典)
例文までがほとんど同じです。偶然には起こりにくいことであり、一方が他方を参考にしたものと考えられます。だとしても、例文の細部までを参考にする必要はないはずですから、むしろ、無批判な引き写しと見られてもやむをえないでしょう。
複数の辞書の記述が似通っている場合、どちらが先に記したかは、前の版や、前身の辞書にまでさかのぼらなければ分かりません。不用意な断定は控えるべきです。ただ、辞書によっては、気になる記述の目立つものがあるというのが、私の正直な感想です。
『三省堂小学』以来、学習辞典は、先行辞書のすぐれた点を取り入れたり、それまでにない点をつけ加えたりして、進歩してきました。一方で、安易な前例踏襲や、「ほかの辞書もそうだから」という横並び意識の入りこんだ部分はないか――というのは疑いすぎでしょうか。ほかの辞書はどうあれ、自分はこうする、という気概が、『三省堂小学』にはありました。この気概は、辞書作りの上で忘れてはならないと、自戒をこめて思います。
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飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
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国語辞典入門:小学生向け辞典のおすすめ 選び方
2010年 3月 24日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第11回 学習辞典抜きで国語辞典は語れない
前回までは、主に、私の個人的な体験に基づいた話を書いてきました。今回からは、もうちょっと話を一般化したいと思います。実際に書店に国語辞典を買いに行くとき、どんなことに気をつければいいかといった、実践的な内容を扱います。
チェック項目を並べて国語辞典を点数化したくないというのは、最初に述べたとおりです。特定の辞書だけがいいと思われるような書き方は避けます。それよりも、読者が「自分ならこういう辞書を選ぶ」と、自由に判断するのを助けるような材料を記すつもりです。
話の中心にしたいのは、児童・生徒が学校で使う学習国語辞典(以下、学習辞典)です。特に、小学生向けのものを取り上げます。
なぜ急に学習辞典の話になるのか、と思われるかもしれません。理由は、大人が自分用の辞書を選ぶときよりも、子どもに選んでやるときのほうが、ずっと頭を悩ませるものだからです。辞書ひとつで学習意欲が左右されるかもしれないわけで、責任は重大です。
子どもの辞書の選び方が分かれば、その応用で大人の辞書も選べます。大人用の辞書については、必要に応じて補足をします。
私自身は、小学生の時、例の『広辞典』(集英社)という実用辞典を愛用していたためもあって、リアルタイムで学習辞典を使った記憶はほとんどありません。学校の図書館にあったものを、授業で何度か使った程度です。その後も、学習辞典とは縁がないままでした。
ところが、2004年のこと、NHK教育テレビの小学生向け国語番組の制作に参加してから、事情が変わりました。語彙や文法から文章表現にいたるまで、ことばに関するもろもろの内容を、小学生に分かるように説明する必要が出てきました。
私は、その手法を学習辞典に求めました。学習辞典は、やさしい説明が命です。たとえば、「概念」は、一般向けの『新選国語辞典』(小学館)では、〈多くの観念のうちから、共通の要素をぬきだし、それをさらに総合して得た普遍的な観念〉と説明しています。これでも十分ですが、子ども向けの『例解学習国語辞典』(同)では、さらにかみ砕いています。
〈多くの物ごとから、にたところをとりだしてつくられる考えのまとまり〉
たしかに、分かりやすい。こうして、私は、学習辞典を熟読するようになりました。
学習辞典選びは自分の目で
その後、「子どもの国語辞典をどう選んだらいいか」と取材を受ける機会も、何度かありました。インタビュアーの話から、世間では、学習辞典の選び方に悩む親御さんが非常に多いらしいことも知りました。
実際、学習辞典に対する需要は高まっているようです。〈辞書の売れ行きはこの10年で約半分に落ち込んだが、小学生向けの辞書に限っては販売部数が伸びている〉(『産経新聞』ウェブ版 2009.4.21、三省堂宣伝広報部長談)というのですから、よろこばしい話です。
「amazon.co.jp」の「国語辞典」というカテゴリーで、売れている順番にリストを並べてみると、一般向けを抑えて、学習辞典が上位に来ます。今や、学習辞典を無視しては、国語辞典は語れない状況になっています。
学習辞典人気の功労者は、言うまでもなく、立命館小学校の深谷圭助さんです。小学1年生から日常的に辞書を引かせるという、従来にない指導法を取り入れました。子どもたちは、調べたことばに付箋をつけていき、そのうち、付箋の厚みで辞書がふくれあがります。調べた量が視覚化され、自信につながります。
この指導法は、画期的であると同時に、いたって正攻法であり、支持を広げました。辞書出版社もまた、この指導法を支持し、かつ、競うかのように宣伝しています。宣伝それ自体は、辞書の活用を促すことにつながり、たいへんけっこうなことです。
ただ、その結果、〈深谷先生も推奨されている辞書〉という理由で、いくつかの特定の学習辞典を選んだり、勧めたりする人も出てきました。インターネット上では、そういう書きこみが目につきます。これは判断停止であり、好ましいことではありません。
深谷さん自身は、〈辞書によって書いてあることが違うと知るのも大切な学びですから、最初の辞書は当校ではあえて指定していません〉(『プレジデントFamily』2009.4)と明確に語っています。著書にも、辞書の名前は記してありますが、例示にとどまります。判断は、あくまで辞書を買う側がすべきものです。
どの先生が推薦しているからとか、アマゾンのレビューでほめてあったからという理由で子どもの辞書を選ぶのは、さびしい気がします。せっかくなら、自分の目で選びたいではありませんか。そのために役立つことをお話ししたいと思います。
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飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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2007年









