『日本国語大辞典』をよむ―第14回 レストランお江戸のメニュー

2017年 8月 13日 日曜日 筆者: 今野 真二

第14回 レストランお江戸のメニュー

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、さまざまな食べ物や料理が見出しとなっており、こんな料理がかつてはあったのか、と驚く。使用例が載せられていないために、いつ頃の時代の料理か確認できないものもあるが、だいたいは江戸時代にあった料理であると思われるので、「レストランお江戸のメニュー」という題にした。

アチャラづけ【阿茶羅漬】〔名〕《アジャラづけ》漬物の一種。蓮根、大根、カブなどや果実などを細かく刻み、トウガラシを加え、酢と砂糖で漬けたもの。近世初期にポルトガル人によってもたらされたものか。

 「方言」の欄を見ると、「(1)刻んだ野菜を三杯酢に漬けた食品」で、滋賀県蒲生郡では干し大根と昆布で、福岡市では瓜と茄子とで作ったものをいうことがわかる。「アチャラづけ」は和風のピクルスのようなものと思えばよさそうだ。アチャラは外国語を思わせる。調べて見ると『日本大百科全書』(小学館)は「「あちゃら」とは外国の意味とも、またポルトガル語のachar(野菜、果物の漬物)に由来するともいわれる」と記し、『大辞泉』(1995年、小学館)は見出し「アチャラづけ」の語釈に「《(ポルトガル) acharは野菜・果物の漬物の意》」と記している。

あつめじる【集汁】〔名〕野菜、干し魚などをいろいろ入れて煮込んだみそ汁。または、すまし汁。五月五日に用いると邪気をはらうといわれる。あつめ。

 井原西鶴の「浮世草子・世間胸算用〔1692〕」が使用例としてあげられているので、江戸時代に食されていたことがわかる。「みそ汁。または、すまし汁」と説明されているが、味噌汁とすまし汁とではだいぶ違うようにも思うが、具がポイントということでしょうか。5月5日に作ってみてはいかが? 

あなごなんばん【穴子南蛮】〔名〕かけそばの一種。アナゴの蒲焼(かばやき)と裂葱(さきねぎ)とをそばの上にのせ、汁をかけたもの。近世から明治の初め頃の料理。

かけそば【掛蕎麦】〔名〕そばをどんぶりに入れ、熱い汁をかけたもの。ぶっかけそば。かけ。

 「あなごなんばん」の語釈で「かけそば」が気になる方がいるだろうと思って見出し「かけそば」も並べておきました。例えば、『三省堂国語辞典』第7版(2014年)は「かけそば」を「熱い しるをかけただけの そば。かけ」と説明し、対義語として「もりそば」を示している。見出し「もりそば」の語釈には「①せいろうに もった そば。しるに つけて食べる。もり」とある。もりそばを起点とすれば、もりそばが熱い汁に入っているものがかけそば、ということになるが、筆者の認識もそれだ。

 『日本国語大辞典』の「かけそば」の語釈は少し異なっているようにみえる。つまり「熱い汁をかけた」から「かけそば」ということだ。そばだけかどうかはポイントではない。結果としてそばだけということもあるが、何か具が入っていてもよい、ということだろう。さて、それでアナゴとネギとが入っているのが「あなごなんばん」であるが、現在は「かもなんばん」があるので、それのアナゴ版と理解すればよいのだろう。

 ここからはもう少し「えっ?」という料理を紹介しよう。

あゆどうふ【鮎豆腐】〔名〕おろした鮎をうらごし豆腐ではさみ、板につけて蒸した料理。椀盛(わんも)りの実に用いる。また、うらごし豆腐に魚のすり身をまぜ、だし汁、卵、くず粉を加え、みりん、しょうゆ、塩で味つけしてすりまぜ、おろしてみりん、しょうゆにつけこんだ鮎を並べて蒸した料理。一尾ずつ切り分け、汁をかけて供する。鮎寄(あゆよせ)。

 現代では鮎といえば、塩焼きがほとんどのように思うが、鮎と豆腐とをいっしょに食べるというのが、意外な感じがする。この見出しには使用例が載せられていない。

あられたまご【霰卵】〔名〕料理の一種。煮立っている湯の中に割った卵を入れてかき回し、大小さまざまな形としたもの。形があられに似ているところからいう。料理の添え物の一つとして用いられる。

あわびうちがい【鮑打貝】〔名〕アワビ料理の一種。大きなアワビの肉のふちの堅い部分を切り取り、残りの肉をシノダケでたたき、これを酒で煮たもの。

あわびのぶすま【鮑野衾】〔名〕料理の一つ。タイの作り身を霜降りにしたものと、小鳥のたたき肉を団子にしてゆでたものとを、アワビの肉の薄片をすまし汁で煮たもので包むようにして、椀に盛ったもの。

いかの黒煮(くろに) 料理の一つ。イカを細かく切って湯がき、しょうゆと酒少量とに、イカの墨を加えて煮込み、山椒(さんしょう)の若芽をたたいて合わせたもの。

 いかの黒煮は作れそうですね。さて最後に強烈なのを1つ。

めすりなます【目擦膾】〔名〕(「めすり」は、蛙は目をこするという俗説による)蛙を熱湯に入れてゆで、皮をむき、芥子酢(からしず)であえる料理。めこすりなます。

 なんと。カエルの料理です。日本でもカエルを食べていたのですね。この見出しには使用例もあげられていて、「俳諧・俳諧一葉集〔1827〕」に「蛙子は目すり鱠を啼音哉」とあることがわかります。料理の強烈さに、俳諧の句もかすみ気味かもしれません。『日本国語大辞典』をよむと、江戸時代にどんな料理が食されていたか、あれこれと想像することができます。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第13回 懐かしいことば

2017年 7月 30日 日曜日 筆者: 今野 真二

第13回 懐かしいことば

 『日本国語大辞典』をずっとよんでいくと、懐かしいことばに出会うことがある。

もっこう【目耕】〔名〕読書することを田を耕すことにたとえていった語。

 中国、明の王世貞が、5世紀半ば頃に成立した『世説新語(せせつしんご)』に、唐や宋の記事を加えて改編した『世説新語補』の使用例があげられているので、中国でも使われた語であることがわかる。ちなみにいえば『世説新語補』は江戸時代によく読まれていたと思われる。

 筆者は鎌倉に生まれた。鎌倉といっても、JRの駅でいえば、北鎌倉で、幼稚園は円覚寺の中にある円覚寺幼稚園に通っていた。その北鎌倉で唯一の本屋さんが「目耕堂」だった。なにしろ北鎌倉唯一だから、本といえば何でもそこで買っていた。亡父が毎月講読していた雑誌や筆者が買ってもらっていた子供用の雑誌は配達してもらっていた。それゆえ、「モッコウドウ」という名前はすぐに覚えたし、包装紙には「目耕堂」と印刷してあったので、ある時期からは漢字もわかっていた。しかし、「目耕堂」の「目耕」がどういう語義をもった語であるかは考えたことがなかった。なかなかしゃれたネーミングであったことが上の見出しをよんで初めてわかった。ちょっと感慨深い。

 そういえば筆者が子供の頃、クリスマスなどには少したくさん本を買ってもらうことがあった。そんな時には「おでかけ」をして横浜(伊勢佐木町)の「有隣堂」に行った。そこで数冊本を買ってもらい、地下の食堂で食事をして帰るのが「おでかけ」の決まりのコースであった。「有隣」は『論語』里仁編第4 25章の「徳不孤 必有隣」(徳は孤ならず、必ず隣有り)に由来しているのだということは、漢文で『論語』を習った時に、気づいた。こういうネーミングは少なくなっているように思う。

かわりばん【代番・替番】〔名〕(1)互いにかわりあって事をすること。交替でつとめること。順番。かわりばんこ。かわりばんて。かわりばんつ。(2)交替で当たる番。また、それに当たっていること。

かわりばんこ【代番―】〔名〕(「こ」は接尾語)「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

かわりばんつ【代番―】〔名〕「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

 「カワリバンコ」は現代でもひろく使う語であると思われるが、筆者は子供の頃に「カワリバンツ」を聞き、かわった語形だと思った記憶がある。いつ頃聞いたか定かではないが、小学校高学年だったような気がしている。筆者がかわった語形だと思ったのだから、筆者の周辺ではあまり耳にしない語形だったということだろう。「カワリバンツ」は自身が使う語ではないが、耳にした時の驚きのようなものが鮮明によみがえった。これも「懐かしいことば」だ。ちなみにいえば、見出し「かわりばんこ」において「「こ」は接尾語」と記していることからすれば、見出し「かわりばんつ」においても、「つ」に関しての記述があったほうが、記述の一貫性が保たれるのではないかと思う。記すとすれば、接尾語ということになりそうだが、他に「つ」が接尾語としてつく語がすぐには思い浮かばない。そんなことが「つ」についての記述を省いた理由かもしれない。

きよう【崎陽】(江戸時代の漢学者が、中国の地名らしく呼んだもの)長崎の異称。

 崎陽軒のシウマイは子供の頃から食べていたが、「キヨウ(崎陽)」が長崎のことだとはある時期までは知らなかった。調べてみると、創業者久保久行が長崎出身であることがわかった。そういえば、日本の活版印刷の先駆者として知られる本木昌造(もときしようぞう)が日本最初の地方新聞として印刷したものが『崎陽雑報』という名前だった。この冊子は木製活字と金属活字とで混合印刷されている。

 『甲陽軍鑑』という軍学書がある。『日本国語大辞典』は次のように説明している。

こうようぐんかん【甲陽軍鑑】江戸前期の軍書。二〇巻二三冊。武田信玄の老臣、高坂昌信の口述による、大蔵彦十郎、春日惣次郎の筆録で、元和七年(一六二一)以前に小幡景憲の整理を経たものという。(中略)甲州流軍学の教典とされ、江戸初期の思想や軍学を知る史料となっている。

 ここに「コウヨウ(甲陽)」がみられる。「「甲陽」は甲州のミヤコである甲府を指す語」(酒井憲二『老国語教師の「喜の字の落穂拾い」』、2004年、笠間書院、132ページ)であると思われる。『日本国語大辞典』は単独の「コウヨウ(甲陽)」は見出しとしていない。上の本には「紀陽」「薩陽」「周陽」という語が存在していたことが記され、それぞれ、紀州和歌山、薩摩鹿児島、周防山口を指すという、山田忠雄の見解が紹介されている。『日本国語大辞典』は長崎を「中国の地名らしく呼んだもの」が「キヨウ(崎陽)」であるということは記しているが、どこが中国の地名らしいのかについては記していない。実はそこが考え所であるが、山田忠雄は「洛陽」に由来すると考えていたことがやはり上の本の中に紹介されている。

らくよう【洛陽・雒陽】【一】〔一〕中国河南省北西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。(略)後漢・西晉・北魏などの首都となり、隋・唐代には西の長安に対し東都として栄えた。(略)【二】〔名〕(転じて)みやこ。

 もともとは中国の地名であった「ラクヨウ(洛陽)」が一般的な「ミヤコ」という語義をもつようになったということだ。【二】の使用例として「日葡辞書〔1603~04〕」があげられているので、17世紀初頭にはそうした使われ方がされていたことになる。

 崎陽軒から少し固い話になってしまったが、『日本国語大辞典』をよんでいると、このような「懐かしいことば」に出会うことがある。そのことばはいろいろな記憶をよびさましてくれるし、そこからまた別の記憶につながっていくこともある。ことばがそのように記憶の中に埋め込まれていることを改めて知ることができるのも、辞書をよむ楽しみの1つかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

2017年 7月 16日 日曜日 筆者: 今野 真二

第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

 2016年10月11日から里見弴の短篇小説集第2集『三人の弟子』(1917年、春陽堂)を読み始めた。84ページまで読んできて次のような行りがあった。「少年の嘘」という作品である。

少年(せうねん)はガツサと云(い)ふ改良半紙(かいりやうばんし)の折(を)れる音(おと)に何(な)んとなく目(め)を上(あ)げて、その教師(けうし)の視線(しせん)とピツタリ行(ゆ)き衝(あた)つた。

かいりょうばんし【改良半紙】〔名〕駿河半紙を漂白したもの。江戸末期からミツマタを原料としてつくられていた駿河半紙は色が悪く不評であったため、これを漂白し、明治末ごろから売り出したもの。昔からのコウゾ紙にくらべてきめがこまかく、色白、薄手で、しかも墨つきがよいので好評を博した。

 上のように、『日本国語大辞典』は「かいりょうばんし」を見出しとしている。使用例としては、まず、谷崎潤一郎の「卍〔1928〜30〕」があげられている。『三人の弟子』は1917年に出版されているので、「少年の嘘」での使用が『卍』よりも前であることになる。「ガツサ」は「改良半紙の折れる音」なので、発音は「ガッサ」であろうが、『日本国語大辞典』は見出しにしていない。『日本国語大辞典』といえども、あらゆるオノマトペを見出しにすることはできないだろうから、「ガッサ」が見出しになっていないのは理解できる。

 さらに読み進めていくと、「手紙」という作品に次のような行りがあった。

放埒(ルーズ)なことをして置(お)いて、その結果(けつくわ)には手(て)もなく苦(くる)しまされる過去(くわこ)の生活(せいくわつ)から、彼(かれ)は労(つか)れ易(やす)い老人(らうじん)の心(こゝろ)に傾(かたむ)いてはゐたが、それとて二十五歳(さい)の青年(せいねん)の心(こゝろ)から、その撓性(だうせい)を名残(なごり)なく奪(うば)ひ去(さ)ることは出来(でき)なかつた。(108ページ)

 『日本国語大辞典』は、上の「撓性(だうせい)」を見出しとしていない。『大漢和辞典』の「撓」字の条下にも「撓性」はあげられていないので、大規模な漢和辞典もこの語を載せていないことになる。そのことからすれば、国語辞書である『日本国語大辞典』があげていないことは当然ともいえるが、そういう語が大正時代には使われていたということでもある。「撓」字には〈みだす・たわむ〉など幾つかの字義があるが、この文脈で使われた「撓性」をどのような語義とみればよいか、案外とわかりやすくはないように思う。

 『日本国語大辞典』が見出しとしていない語は他にもある。

1 かう書(か)きかけて、彼(かれ)は初(はじ)めて女(をんな)体現的(たいげんてき)に想(おも)ひ浮(うか)べた。(115ページ)

2 その自信(じしん)ある生活(せいくわつ)に這入(はい)るために、常道(じやうだう)を踏(ふ)み出(だ)して、それまで自分(じぶん)の背後(うしろ)に幾本(いくほん)かの黯(くら)い筋(すぢ)を引(ひ)いて来(き)た例(れい)ズル/\ベツタリズムから脱(ぬ)け出(で)ようと云(い)ふのだ、とは考(かんが)へるけれども、(141ページ)

3 その時(とき)、何(な)んの聯絡(れんらく)もなく、ふと女(をんな)へ書(か)いた昨日(きのふ)の手紙(てがみ)のことが脳(あたま)に浮(うか)んだ。この二日間(かかん)に受(う)け取(と)つたどの手紙(てがみ)と比(くら)べて見(み)ても、一番(ばん)厭味(いやみ)なのが自分(じぶん)のだつた。何(なに)より「あてぎ(アフエクテエシヨン)」の多(おほ)いのが不愉快(ふゆくわい)だつた。(146ページ)

4 この友達(ともだち)と一時間(じかん)も一緒(しよ)にゐると、輪島(わじま)は必(かなら)メヅメライズされて了(しま)つて、いくら抵抗(ていかう)してみても、蟻地獄(ありぢごく)の傾斜(けいしや)にゐる蟻(あり)のやうにズル/\と惹(ひ)きずり込(こ)まれて行(ゆ)くのをどうすることも出来(でき)なかつた。(155ページ)

 1~3は「手紙」、4は「失われた原稿」という作品からの引用である。1「体現的」は「グタイテキ(具体的)」にちかいか。2の「ズルズルベツタリズム」は「ズルズルベッタリ」をもとにした造語であることは明らかであるので、『日本国語大辞典』が見出しにしていないのは当然といえよう。3は鉤括弧内に「あてぎ」とあって、振仮名に「アフエクテエシヨン」とある。「アフエクテエシヨン」は英語「affectation」のことと思われるが、小型の英和辞書でこの語を調べてみると、〈気取り・きざ(な態度)〉といった語義があることがわかる。「オモワセブリ」といったような意味合いで里見弴は「あてぎ」という語を使ったか。4の「メヅメライズ」は英語「mesmerize」のことであろう。語義は〈魅了する〉。

 先には、「放埒」に「ルーズ」と振仮名が施されていた。『日本国語大辞典』が見出しとしない語を上のように拾い出していくと、里見弴が使うことばのある特徴が炙り出されてくるように感じる。それは漢語、外来語/外国語を自由自在に使うということだ。「メヅメライズ」のように外国語を片仮名書きしてそのまま使ったり、「ホウラツ(放埒)」という漢語に「ルーズ」と振仮名を施したりする。「affectation」の場合は、この英語を「あてぎ」と訳して、振仮名に英語を残したようにみえる。こうしたことを、大正時代の日本語のありかたと、一般化してみてよいのか、それとも里見弴という個人のことであるのか、それはこれからゆっくり考えていくことにしたい。しかし例えば、里見弴は「失われた原稿」という作品で「廃頽的」(154ページ)という語を使っている。現在であれば「頽廃的」だろう。この「ハイタイテキ(廃頽的)」を『日本国語大辞典』で調べてみると、見出しとなっており、そこには有島武郎の「或る女〔1919〕」の使用例がまずあがっている。この「ハイタイテキ」も「失われた原稿」の使用が早いことになるが、里見弴以外の使用が確認できる。言語は共有されることが大前提であるので、それは当然といえば当然であるが、こうしたことからすれば、里見弴が使ったことばを『日本国語大辞典』とつきあわせながら、丁寧に追うことで大正時代の日本語について何かわかってくるのではないか、という期待をもつことができる。

 さて、筆者がなぜ里見弴を読むようになったかということについて最後に述べておこう。ある時の入試問題の検討会の後だったように記憶しているが、近代文学、特に泉鏡花を専門としている同僚と一緒に廊下を歩いている時に、その同僚が里見弴はけっこうおもしろいというような話をした。同僚は演劇や映画にも詳しいので、小津安二郎の「彼岸花」の原作は里見弴だということもその時に聞いて知ったように思う。そんなことがあって、ちょっと読んでみようかと思ったのがきっかけだった。読んでみるとたしかになかなかおもしろいし、何より、大正時代の日本語について考えるきっかけとなった。同僚に感謝。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第11回 文豪のことば①:永井荷風が使った語

2017年 7月 2日 日曜日 筆者: 今野 真二

第11回 文豪のことば①:永井荷風が使った語

 2016年9月30日から、永井荷風『来訪者』(1946年、筑摩書房)を読み始めた。いろいろな本を平行して読むことにしているので、なかなか読み進まないが、次のような行りがある。「踊子」という作品であるが、「浅草の楽隊になりさがつてしまつた」男と、「花井花枝と番組に芸名を出してゐるシヤンソン座の踊子」と、その妹の「千代美」との話であるが、あまり露骨な表現は避け、少し短めに文を引用しておく。

 1の「楽座」はどういう語を書いたものだろう、とまず思った。読み進むうちに、2にゆきあたり、「ガクザ」という語を書いたものであることがわかった。ほんとうは初めて出て来たところに振仮名を施してほしいが、振仮名があっただけよかったと思うことにしよう。ここで『日本国語大辞典』にあたってみたが、「らくざ(楽座)」は見出しになっているが、「がくざ(楽座)」はなっていなかった。『日本国語大辞典』が大規模な辞典であるだけに、この語は見出しになっているかどうか、ということがつねに気になる。さらに読み進めていくと3にゆきあたった。1と2とから「オーケストラボックス」のような場所が「ガクザ(楽座)」であろうと見当をつけていたが、3をみて、だいたいそれでよさそうだと思った。ところが、さらに読み進めていくと4にゆきあたった。4では漢字列「楽座」に「バンド」という振仮名が施されている。この「楽座(バンド)」で少しわからなくなった。『日本国語大辞典』の見出し「バンド」の〔二〕には「一組の人々。一団。特に楽団。ふつう軽音楽演奏の楽団。また、その演奏」とある。つまり「オーケストラボックス」というような語義の「バンド」は『日本国語大辞典』の記事からは見つけることができない。あるいは楽師がいる場所をも「バンド」と称することがあったのかもしれない。

1 舞台下の楽座から踊子が何十人と並んで腰をふり脚を蹴(け)上げて踊る、(108ページ)

2 楽屋口で田村と別れ、わたしは舞台下の楽座(がくざ)へもぐりこむと、後一回で其日の演芸はしまひになります。(132〜133ページ)

3 やがて入梅になる。暫くすると突然日の照りかゞやく暑い日が来ました。わたし達の家業には暑い時が一番つらいのです。楽師の膝を突合せて並んでゐる芝居の楽座(がくざ)は夏のみならず、冬も楽ではありません。看客の方から見たら楽器さへ鳴らしてゐればいゝやうに見えるかも知れませんが、寒中は舞台下から流れてくる空気の冷さ、足の先が凍つて覚えがなくなりますが、夏の苦しさに較べればまだしもです。(144ページ)

4 夜十二時頃に座元(ざもと)から蕎麦か饂飩(うどん)のかけを一杯づつ出します。蕎麦屋の男がその物を看客席へ持運んで来るのを見るや、舞台にゐる者はわれ先に下りて来て、中には楽座(バンド)の周囲(まはり)に立つたまゝ食べ初めるものもあります。(157ページ)

 ここまでは、少々の疑問を含みながら、「ガクザ(楽座)」という語があって、おそらくその語義は「オーケストラボックス」にちかいもので、それが『日本国語大辞典』には見出しとなっていない、という話題であった。

 「ガクザ(楽座)」が『日本国語大辞典』に見出しとなっていなかったので、いわばはずみがついて、「踊子」を読みながら、「これはどうだろう」と思う語について、『日本国語大辞典』にあたってみた。すると108ページから160ページの間に使われていた次のような語が『日本国語大辞典』の見出しになっていないことがわかった。

5 当人の述懐によれば十六の時、デパートの食堂ガールになり宝塚少女歌劇を看て舞台にあこがれ、十八の時浅草○○館の舞踊研究生になつた。(109ページ)

6 雪も今朝(けさ)がた積らぬ中にやんでしまつたのを幸、これから姉妹(きやうだい)して公園の映画でも見歩かうと云ふので、三人一緒に表通の支那飯屋で夕飯をたべ、わたしだけ芝居へ行きました。(112〜113ページ)

7 話題を転じようと思つた時、隣のテーブルにゐる事務員らしい女連の二人が、ともども洋髪屋の帰りと見えて壁の鏡に顔をうつして頻に髪を気にしてゐるので、(126ページ)

8 「お前も、もうパマにしたら。きつと似合ふよ。」(126ページ)

9 前以て振附の田村から約束通り月々三十円秘密に送つてくるので、わたしは花枝と相談して千代美を近処の姙婦預り所へ預けて世話をして貰ふことにしました。(160ページ)

 6は現在の「チュウカリョウリヤ(中華料理屋)」にあたる語と思われる。「シナ(支那)」は現在では使用しない語であろうが、過去においてこうした語があったということは知っておいてよいだろう。7の「ヨウハツヤ(洋髪屋)」は現在であれば「ビヨウイン(美容院)」であろう。8は現在の「パーマ」であることはすぐわかる。

 9などはいわば施設名であるので、そういう施設がなければ語も存在しない。いろいろな施設名をすべて見出しとすることはできないといえばできないのでこの語が『日本国語大辞典』の見出しになっていないことは当然かもしれない。

 やはりおもしろいのは5の「ショクドウガール(食堂ガール)」だろう。文脈からすると「エレベーターガール」と同じような、職業名に思われる。

 永井荷風の「踊子」は1948年に井原文庫として刊行されている。この頃の語を『日本国語大辞典』が見出しとしていないわけではないと考えるが、まだ歴史的にとらえる時期にはなっていないかもしれない。

 今自身が使っている語、自身の身のまわりで使われている語には注意が向きやすい。また「内省」もはたらくので、微細な変化にも気がつきやすい。それゆえ(といっておくが)、現代日本語の観察、分析も盛んに行なわれる。現在は過去の日本語よりも「今、ここ」の日本語に関心が向けられていると(少なくとも筆者には)感じられるが、それでも過去の日本語についての観察、分析も行なわれている。明治時代は「やっと」過去としてとらえられるようになったように思うが、大正時代、昭和時代は明らかな「過去」とはまだ思いにくいかもしれない。そこが『日本国語大辞典』の「エアポケット」なのだろうか。しかしそれはいたしかたないことと思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第10回 語源未詳

2017年 6月 18日 日曜日 筆者: 今野 真二

第10回 語源未詳

 筆者は大学の日本語日本文学科という学科に所属している。この学科では卒業論文を必修科目としているので、毎年卒業論文の指導をしている。指導する学生の数は、10人以上であることがほとんどで、今まで一番多かった年は27人の指導をした。筆者は、3年生の時に、どんなテーマで論文を書くかということを相談する時間を設けて、個別的な相談をするが、そこで学生がやってみたいというテーマとして、「オノマトペ」と「語源」と「若者言葉」が必ずといっていいほどあげられる。

 「オノマトペ」は論文として仕上げるのが案外難しいので、そのように説明をし、日本語の場合「語源」はわからない場合があるから、これもあまりすすめられない旨を伝える。日本語の場合は、同じ系統の言語がわかっていない。したがって、例えば「ヤマ(山)」という語の語源は何か、ということについて考える場合、他言語を援用することができない。となると、日本語の中で考えるしかなく、考察には自ずから限界がある。「ヤマ」という語は「ヤ」「マ」2拍で構成されている。原理的に考えれば、まず1拍の語があって、それが結びついて2拍の語になるはずだ。だから「ヤ」とは何か、「マ」とは何か、ということをつきとめなければならない。

 『日本国語大辞典』には「語源説」という欄が設けられている。『日本国語大辞典』第1巻の「凡例」「語源説欄について」の1.には「文献に記載された語源的説明を集め、【語源説】の欄に、その趣旨を要約して、出典名を〔 〕内に付して示す」とあり、3には「およその趣旨を同じくするものは、共通の要旨でまとめて、〔 〕内にその出典名を、ほぼ時代順に併記する」と記されている。

 さて、見出し「やま」の「語源説」欄をみると、(1)として「不動の意で、ヤム(止)の転〔日本釈名・日本声母伝・和訓栞〕」と記されている。これは「ヤマ」は動かないから、「ヤム」という動詞が転じて「ヤマ」という名詞がうまれた、というような語源説を唱えている文献が3つあることを示している。その他「ヤマ」では12の語源説が記されている。これはあくまでもそういう「説」がある、ということであって、それ以上でもそれ以下でもない。列記されている「説」の中に、現在、認められそうなものが含まれている場合もあろうが、現在は認めにくいものが少なくない。

 上で名前があげられている『日本釈名』は貝原益軒(1630~1714)が著わしたもので、元禄13(1700)年に刊行されている。日本語1100語について語源を説明したものである。学部の学生だった頃、大学の授業でこの書物の名前をきき、神田の古本屋(日本書房)で和本を見ていたらあったので、こういう本が今でも買えるのだと思って、嬉しくなって購入したという記憶がある懐かしい本だ。しかしその「説」はといえば、「タカ(鷹)」は「たかく飛也」とか「ネコ(猫)」の「ネ」は「ネズミ(鼠)」のネで、「コ」は「コノム(好)」の「コ」だというように、「こじつけ」にちかいものが少なくない。やはり日本語の語源はなかなか難しい。

 『日本国語大辞典』をよんでいて次のような項目があった。

めくじら【目―】〔名〕(「くじら」の語源未詳)目の端。目尻。目角(めかど)。めくじ。めくじり。

めくじらを=立(た)てる[=立(た)つ]他人の欠点を探し出してとがめ立てをする。わずかの事を取り立ててそしりののしる。目角に立てる。目口を立てる。めくじを立てる。めくじりを立てる。

 「メクジラヲタテル」は現代日本語でも使う表現だ。筆者も使うことがある。そういえば「メクジラ」の「クジラ」についてはあまり考えたことがなかったな、と思った。目をつりあげた時に、目尻のあたりにできる皺が、クジラの形にみえるのか、とか放恣な想像は頭に浮かぶが、『日本釈名』風かもしれない。

 この項目で「語源未詳」が気になったので、遡って『日本国語大辞典』を調べてみると、全部で47の「語源未詳」があることがわかった。「メクジラ」はそのうちの1つだ。やはり現代も使う語に「オテンバ」がある。この「テンバ」については次のように記されている。

てんば【転婆】〔名〕(語源未詳。「転婆」はあて字)(1)つつしみやはじらいに乏しく、活発に動きまわること。また、そのような女性。出しゃばり女。つつましくない女。おてんば。おきゃん。(2)(―する)あやまちしくじること。粗忽であること。また、その人。男女いずれにもいう。(3)親不孝で、従順でない子。男女いずれにもいう。

 あるいは、これも現在使う「トタン」という語。

トタン〔名〕(語源未詳)(1)亜鉛のこと。(2)米相場の異称。

 「補注」には「(1)(1)については、ふつうはポルトガル語のtutanaga(銅・亜鉛・ニッケルの合金)に由来するとされるが、「日葡辞書」には「Tǒtan(タウタン)〈訳〉白い金属の一種」とあって、この方が古い形だとすると右のポルトガル語とは相当遠くなる。他の別の言語に基づくものか」と記されている。語形などから外来語であろうという予想はできるが、具体的にもとになった語が特定できない場合には「語源未詳」ということになる。

 新しいところでは「ピイカン」がある。

ぴいかん〔名〕(語源未詳。「ピーカン」と表記することが多い)快晴をいう俗語。元来は映画界の隠語か。

 使用例としては「古川ロッパ日記」の昭和19(1944)年6月27日の記事のみがあげられている。俗語も語源はわかりにくくなりそうだ。

 先に47の「語源未詳」があったと記したが、これはオンライン版の検索機能を使ってのことなので、確かな数だ。「語源未詳」と記されている見出しが47しかないということは、多くの見出しに関して、そうした「判断」そのものをしていないということになる。つまり「ヤマ(山)」や「タニ(谷)」ももちろん語源はわからないけれども、そこにはわざわざ「語源未詳」とは記していないということだ。語源説をよむのは楽しいが、語源を厳密に追究することは日本語の場合むずかしい。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第9回 わたしは誰でしょう?②:東洋編

2017年 6月 4日 日曜日 筆者: 今野 真二

第9回 わたしは誰でしょう?②:東洋編

 「私は誰でしょう?①」は「西洋物」だったので、今回の②は「東洋物」にしてみましょう。みなさんは次の人名をご存じでしょうか。

1 めみょう【馬鳴】

2 もくあんしょうとう【木庵性瑫】

3 もくあんりょうえん【黙庵霊淵】

4 もくかんかかん【木杆可汗】

5 もちやのお福

 5は実在の人物ではなさそうだ、ということがすぐにわかってしまいそうなので、5から説明してみましょう。『日本国語大辞典』には次のようにあります。

もちやのお福(ふく) 江戸時代、看板として餅屋の門口に置いた、木馬にかぶせたお多福の面。また、そのように醜い女のたとえ。木馬は「あらうまし」または「見かけよりうまし」のしゃれで、お多福の面は、餅に息がかからないよう「ふく面して製す」のしゃれという。

 そして挿絵が添えられています。「おたふく」が醜いとばかりはいえないと思うが、醜いというとらえかたがなされていたことは確実といってよい。『日本国語大辞典』の見出し「おたふく」には次のようにある。見出し「おたふくめん」も併せてあげておく。

おたふく【阿多福】〔名〕(1)「おたふくめん(阿多福面)」の略。(2)(1)のような醜い顔の女。多くは女をあざけっていう。おかめ。三平二満(さんぺいじまん)。(3)((2)から転じて)自分の妻のことを謙遜していう。(以下略)

おたふくめん【阿多福面】〔名〕面の一種。丸顔で、ひたいが高く、ほおがふくれ、鼻の低い女の顔の面。おたふく。おかめ。乙御前(おとごぜ)。

 「醜いとばかりはいえない」は筆者の個人的な見解というわけではない。見出し「おたふくがお」の使用例に太宰治の「満願〔1938〕」が示されているが、そこには「奥さんは、小がらの、おたふくがほであったが、色が白く上品であった」とあるからだ。これは「器量はよくないが、色白で上品」ということを述べているととれなくもないが、「丸顔でほおがふくれ気味」ぐらいに理解すれば、「醜い」とまでいっていないことになる。まあ「おたふく」が醜いかどうかはこれぐらいにしておきましょう。

 さて、1~4について『日本国語大辞典』は次のように説明しています。

1 めみょう【馬鳴】({梵}Aśvaghoṣaの訳)一世紀後半から二世紀にかけてのインドの仏教詩人。中インドの出身という。はじめバラモン教のすぐれた論師であったが、のち仏教に帰依し、カニシカ王の保護を受けて、仏教の興隆に尽力した。知恵・弁舌の才にすぐれ、特に豊かな文学的才能をもって仏の生涯をうたった叙事詩「ブッダチャリタ(仏所行讚)」は著名。その他に「大荘厳論経」などがあるが、「大乗起信論」を著わしたとする伝承には疑問があり、五世紀ころ同名の別人がいたとする学説もある。生没年未詳。馬鳴菩薩。

2 もくあんしょうとう【木庵性瑫】江戸前期に来日した黄檗(おうばく)宗の中国僧。勅諡は慧明国師。明暦元年(一六五五)師の隠元とともに来日し、寛文四年(一六六四)黄檗山第二世を継ぎ、また江戸に瑞聖寺などを開いた。貞享元年(一六八四)没。黄檗三筆の一人。著「紫雲山草」「紫雲開士伝」など。(一六一一~八四)

3 もくあんりょうえん【黙庵霊淵】南北朝時代の禅僧。日本水墨画の草分けの一人。嘉暦二年(一三二七)前後に入元し、月江正印に参じ、貞和元年(一三四五)頃中国で没した。

4 もくかんかかん【木杆可汗】突厥第三代の可汗(在位五五三~五七二年)。柔然を滅ぼし、東は契丹、北はキルギスを討ち、また西方ではエフタル(嚈噠)を撃破して突厥の基礎を確立した。五七二年没。

 1~4は高等学校の世界史の時間に学習した記憶がないが、現在ではどうなのだろうか。「私は誰でしょう?」という話題からは少し離れるが、上の1~4をみて、気づいたこと、思ったことなどを記しておきたい。まず1の語釈中に「論師」という語が使われている。語釈中に使われている語がわからないこともあるから、同じ辞書にそれが見出しとなっていることが理想ではあるが、それはなかなか難しい。しかし、この「論師」は『日本国語大辞典』の見出しになっており、「論(経典の注釈書の類)を作った人。また、論蔵に通じた学者」と説明されている。この語釈中の「論蔵」を調べてみると、これもちゃんと見出しになっていて、「三蔵の一つ。経蔵、律蔵に対して、経典や律法について解釈・敷衍(ふえん)した著述の類、俱舎論、成実論等の総称」と説明されている。さすが、大規模な辞書。

 3の語釈中の「参じ」は少しわかりにくいのではないかと思う。『日本国語大辞典』で「さんじる」を調べると、「「さんずる(参)」に同じ」とあって、見出し「さんずる」の語釈【一】の(5)「禅寺で、坐禅の行をする。参禅する」にあたると思われるが、さすがの『日本国語大辞典』も「月江正印(げっこうしょういん)」を見出しとしていないので、これが中国、元の禅僧であることがわからないと全体が理解しにくいように思う。「にっとう・にゅうとう(入唐)」や「にっそう・にゅうそう(入宋)」からの類推で「入元」がわかるかどうかということもある。案外こういう類推がはたらきにくくなっているようにも感じる。ちなみにいえば、「にっとう」「にゅうとう」「にっそう」「にゅうそう」は見出しとなっているが、「にゅうげん(入元)」は見出しになっていない。「入元」は「いちょう(銀杏・公孫樹)」と「てっしゅうとくさい(鉄舟徳済)」の語釈中でも使われている。

 『日本国語大辞典』は日本人の名前もかなりとりあげている。例えば「もり【森】姓氏の一つ」と説明して、その後ろに「森」を姓としている人物を並べる。

もりありのり【森有礼】

もりありまさ【森有正】

もりおうがい【森鷗外】

もりかいなん【森槐南】

もりかく【森恪】

もりかんさい[森寛斎】

もりきえん【森枳園】

もりぎょうこう【森暁紅】

もりしゅんとう【森春濤】

もりそせん【森狙仙】

もりまり【森茉莉】

もりらんまる【森蘭丸】

 歴史好きな方は「森蘭丸」をご存じだろう。そのように、自分の興味のある分野であれば、知っているということになる。上の中で「?」という人物がいるでしょうか。それは興味のありどころのバロメーターかもしれません。そしてそれは個人ということを超えて、現代社会の興味のありどころのバロメーターかもしれません。人名からもいろいろなことがみえてきそうです。

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1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

2017年 5月 21日 日曜日 筆者: 今野 真二

第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

 かつては、小型の国語辞書では、動植物名や地名、人名などの固有名詞を見出し(headword)としないことが多かった。しかし最近では必ずしもそうでもなく、小型の国語辞書でも見出しとしていることが少なくない。「百科事典」は動植物名や固有名詞を必ず採りあげるので、このような見出しをたてるかたてないかによって、「百科事典」と「国語辞書」とが分かれるというみかたがある。『広辞苑』は中型辞書なので、例えば、「いたやがい」という二枚貝の名前を見出しとし、「挿図」が添えられている。しかし『新明解国語辞典』第7版には「いたやがい」という見出しはない。これはどちらがいいということではなく、どのような見出しをたてるか、という、それぞれの辞書の「方針」による。

 『日本国語大辞典』は大型辞書で、小型辞書に比して紙幅に余裕がある。そうしたこともあってのことと推測するが、動植物名や固有名詞をかなり見出しとしている。読み始めた頃は、固有名詞が気になった。なぜ気になったか、その理由を自身で推測してみると、おそらく日常生活では案外と目にしたり、耳にしたりしないということがありそうだ。また、ああこの人名は高等学校の生物の時間に習ったとか、高等学校の学習と結びついている人名がある程度あった。特に日本人以外の人名についてはそういうことが多いように思う。みなさんは次の人名をご存じでしょうか。

1 アクサーコフ

2 アグノン

3 アシュバゴーシャ

4 アスキス

5 アスケ

 1は「ロシアの小説家。作風は写実的で平明。代表作「家族の記録」「孫パグロフの少年時代」など。(一七九一~一八五九)」と説明されています。2は「イスラエルの小説家。作品は深い宗教性をもつ。一九六六年度ノーベル文学賞。代表作は「嫁入り」「恐れの日」など。(一八八八~一九七〇)」と説明されています。3は「古代インド一世紀後半の仏教詩人。漢訳名、馬鳴(めみょう)、馬鳴菩薩。生没年未詳」。4は「イギリスの政治家。自由党総裁、首相(在職一九〇八~一六年)。社会政策立法を強力に推進したが、第一次大戦の戦争指導で批判を受け、辞任。(一八五二~一九二八)」と説明されている。5は「北欧神話の主神、オーディンがトネリコの木からつくった最初の男。ハンノキからつくった最初の女エンブラとともに人類の祖先となった」と説明されている。これは正確にいえば人名ではなく、神名というべきであろう。クイズの問題がつくれそうであるが、こういう人名も載せられている。

 さて今回はちょっと風変わりな名前を話題にしてみたい。やはりクイズ形式で、次の名前がわかりますか。

6 しなのたろう【信濃太郎】

7 じゃのすけ【蛇之助】

8 そそうそうべえ【粗相惣兵衛】

9 たんばたろう【丹波太郎】

10 ちょうまつ【長松】

11 つくしさぶろう【筑紫三郎】

12 ならじろう【奈良次郎・奈良二郎】

13 にゅうばいたろう【入梅太郎】

14 ばんばのちゅうだ【番場忠太】

15 ひがざえもん【僻左衛門】

16 むちゅうさくざえもん【夢中作左衛門】

 『日本国語大辞典』は次のように説明している。

6 (1)夏の雲を人名のように表現して親しんでいう語。(2)毛虫のこと。

7 大酒飲みを人名のように表現した語。「古事記」にある素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐(やまた)の大蛇(おろち)に酒を飲ませて退治した伝説から、蛇(へび)を酒飲みとしていったもの。

8 (粗相者の意味を込めた擬人名から)あわて者がつぎつぎに失敗する笑話。弁当と枕を間違えて出かけ、失敗を重ねた結果、自分の家を隣と間違えてどなりつけるなどという筋。

9 陰暦六月頃に丹波方面の西空に出る雨雲を京阪地方でいう語。この雲が現われると夕立が降るという。

10 (1)(江戸時代、商家などの小僧に多く用いられた名前であるところから)商家などの小僧の通称。(2)田舎者や被害者をいう、てきや・盗人仲間の隠語。

11 九州地方を流れる筑後川の異称。関東地方の坂東太郎(利根川)、四国地方の四国二郎(吉野川)とともに日本三大河の一つ。吉野川を四国三郎と呼ぶ場合には筑紫二郎と呼称される。

12 【一】〔名〕夏の雲をいう畿内の方言。【二】奈良東大寺の鐘の異称。この鐘より大きく、琵琶湖に沈んでいるといわれる鐘を「海太郎」というのに対するとも、東大寺の大仏を「太郎」というのに対するともいう。

13 梅雨にはいった最初の日をいう。梅雨期の一日め。

14 芝居の曾我ものなどに、しばしば出る好色な三枚目敵で、梶原景時の家来の名。また転じて、女に甘い男をいう。

15 (「ひが」を人名のように表現した語)(1)やぼな人。無粋な人。いなかもの。明和(一七六四~七二)から天保(一八三〇~四四)へかけての上方の流行語。(2)我を張る人。わがままをいう人。

16 物事に夢中であること、酩酊(めいてい)して我を忘れることを人名のように表わした語。元祿(一六八八~一七〇四)頃から江戸で流行したことば。夢中作左。

 11は小学校か中学校で学習したように思う。習ったのは坂東太郎、四国二郎、筑紫三郎だっただろうか。6・9・12は雲に名づけられている。現在だと「ニュウドウグモ(入道雲)」という語は使うが、筆者は聞いたことがない語である。13の使用例に若月紫蘭の「東京年中行事〔1911〕」が示されているが、その例文中には「土用三郎」「寒四郎」「八専二郎」という語もみられる。『日本国語大辞典』は「はっせん(八専)」について「一年に六回あり、この期間は雨が多いといわれる。また、嫁取り、造作、売買などを忌む。八専日。専日」と説明している。この「ハッセン(八専)」の第2日目が「八専二郎」だ。

 筆者の子供の頃には、痩せている人を小学校の担任の先生が「ほねかわすじえもん(骨皮筋右衛門)」と言っていたような記憶があるので、いろいろなことを擬人化して表現するということがまだあった。現在だと問題になってしまうかもしれない。

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今野真二(こんの・しんじ)

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著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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『日本国語大辞典』をよむ―第7回 タヌキとサルトリイバラ

2017年 5月 7日 日曜日 筆者: 今野 真二

第7回 タヌキとサルトリイバラ

 『日本国語大辞典』は動植物名も見出しとしているので、「アカゲザル」(動物)「アカアシクワガタ」(昆虫)「アカアマダイ」(魚)「アカガシ」(植物)などの見出しがある。しかしその一方で、幼体がミドリガメという名前で売られ、日本中にひろく棲息するようになったアカミミガメは見出しとなっていないので、見出しとなる何らかの基準はあるのだろう。「ミドリガメ」は見出しとなっていて、「アメリカ原産のヌマガメ科の子ガメのこと。背甲が緑がかっているためにこの称があり、ペットとして人気がある」と説明されている。

 『日本国語大辞典』をよんでいると、次のような見出しがあった。

1くさいなぎ【野猪】〔名〕「いのしし(猪)」の古名。一説に、「たぬき(狸)」の古名ともいう。

2こわみ〔名〕「たぬき(狸)」または、「あなぐま(穴熊)」の異名。

3たたけ【狸】〔名〕(「たたげ」とも)(1)「たぬき(狸)」の異名。(2)筆の穂にする狸の毛。

4たのき【狸】〔名〕「たぬき(狸)」の変化した語。

5とんちぼお 方言〔名〕(1)動物、むじな(狢)。忌み言葉。(2)狢の子。(3)動物、たぬき(狸)。

6はちむじな【八狢】方言〔名〕動物、たぬき(狸)。

7まみ【貒・猯・狢】〔名〕穴熊(あなぐま)、狸(たぬき)などの類。

8めこま【狸】〔名〕「たぬき(狸)」の異名。

 2「こわみ」の使用例として、「和訓栞〔1777~1862〕」の「こはみ 狸に似てちひさく好んて人家に住其身の内至て強きをもて名く是むじな成へし」という記事があげられている。『日本国語大辞典』第2版には「主要出典一覧」などを示した「別冊」が附録されている。それによると「和訓栞」のテキストとして、具体的には1898年に刊行された『増補語林 倭訓栞』を使っていることがわかる。これは活字テキストである。亀甲括弧内にある「1777~1862」は『和訓栞』の版本が刊行された年である。実は活字テキストには「狸に似てちひさく好んて人家に住其身の内至て強きをもて名く是むな成へし」とあって小異(太字部分)がある。ついでに版本(中編巻8・31丁表)を確認してみると、「狸に似てちひさく好んて人家に住り其身の内至て/強きをもて名く是むな成へし」とあって濁点は使われていない。なぜ依拠テキストを調べてみようと思ったかといえば、「住い」は「住ひ」ではなくてほんとうに「住い」と書いてあるのかなと思ったことと、「むじな成へし」の箇所で、「むじな」では濁点を使い、「成へし」では使っていなかったので、そういうことは絶対ないというわけでもないが、なんとなく落ち着かない感じがしたためだ。調べた結果、少しずつ異なっていたが、それを問題視しようとしているわけではまったくない。このくらいのことはあるだろう。

 4は「タヌキ」から「タノキ」になったのであれば、「ヌ」が「ノ」に変わった、つまり母音の[u]が[o]に替わった「母音交替形」にあたる。室町時代頃には[u]が[o]に替わる母音交替形が少なくなかったことがわかっている。「クヌギ(櫟)」が「クノギ」になった例などが知られている。

 5と6とは方言だから、あまり耳にしたことのない語だが、「とんちぼお」はなんかかわいい感じがする。

 7の「まみ」は東京都港区麻布に「まみあな」という地名がある。

 上では「タヌキ」「アナグマ」「ムジナ」と3種類の動物の名前がでてきているが、たしかに山の中で遭遇した動物が何か、ということはよほど動物に詳しくなければわからないだろうし、文献に記されている動物が何かだって、その記事から特定できるとは限らないから、いろいろと「揺れ」が生じることは自然であろう。

 さて今度は植物名の話。『日本国語大辞典』をよんでいて、「サルトリイバラ」には異名が多いことに気づいた。そもそも「サルトリイバラ」があまり知られていないかもしれないが、『日本国語大辞典』は次のように説明している。

さるとりいばら【菝葜・猿捕茨】〔名〕(1)ユリ科の落葉低木。各地の山野に生える。高さ〇・六~二メートル。茎はつる性で節ごとに曲がり、まばらにとげがある。(略)和名はサルが棘(とげ)にひっかかる意からつけられた。漢名、菝葜。さるとり。さるかき。さるかきいばら。さるとりうばら。さるとりばら。さんきらい。わのさんきらい。

 上にも幾つかの異名があげられているが、上以外にも次のような見出しを見つけ出すことができる。「いぎんどう」「いびついばら」「うまがたぐい」「かからいげ」「かごばら」「さるかけいばら」「さんきらいいばら」「たまばら」「ほらくい」には「植物「さるとりいばら(菝葜)」の異名」と記されている。また、「おおうばら」「かから」「かきいばら」「かたらぐい」「かめいばら」「がんたち」「がんたちいばら」には「植物「さるとりいばら(菝葜)」の古名」と記されている。そして「かないばら」「まがたら」「もがきばら」「もちしば」には「方言 植物。(1)さるとりいばら(菝葜)」と記されている。方言形は他にもある。

 1つの植物の名称が複数あるということは、それだけその植物が目につきやすかったり、生活の中で「出番」があったということが推測される。たとえば薬になるといった場合だ。「かめいばら」の他に「かめのは」という見出しもあって、そこには「方言 植物。(1)(葉の形が亀の甲に似ているところから)さるとりいばら(菝葜)」と記されている。「かめいばら」は「亀茨」ということだ。見出し「おさすり」の方言(2)には「菝葜(さるとりいばら)の葉で包んだ団子、または餅(もち)の類」とある。あるいは見出し「いげのはまんじゅう」には「方言 菝葜(さるとりいばら)の葉で包んだ団子」とあって、亀の甲に似た形をしているというサルトリイバラの葉に団子や餅を包んでいたことが推測される。それで身近な植物だったのであろう。

 20年ほど前になるが、高知大学に勤めていたことがあった。その時、毎週木曜日に「木曜市」に行くのが楽しみだったが、そこで(おそらく)サルトリイバラの葉に包んだ餅を売っていたような記憶がある。ことばとともに懐かしい記憶が甦るのも、『日本国語大辞典』をよむ楽しさだ。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。


『日本国語大辞典』をよむ―第6回 オノマトペ④:セミの名前と鳴き声

2017年 4月 23日 日曜日 筆者: 今野 真二

第6回 オノマトペ④:セミの名前と鳴き声

 夏目漱石『吾輩は猫である』の七に「人間にも油野郎、みんみん野郎、おしいつく/\野郎がある如く、蟬にも油蟬、みん/\、おしいつく/\がある。油蟬はしつこくて行かん。みん/\は横風で困る。只取つて面白いのはおしいつく/\である。是は夏の末にならないと出て来ない」という行(くだ)りがある。

 東京近辺では、夏になってもセミの鳴き声があまり聞こえなくなってきたように感じる。筆者は神奈川県鎌倉市のうまれなので、小学生の頃には、夏になるとセミがうるさいくらい鳴いていた。上の文章中で夏目漱石は採りあげていないが、あちらこちらから響き合うように聞こえてきたヒグラシの鳴き声が懐かしく、もう一度あんな風に鳴いているヒグラシを聞いてみたいと思う。
 ヒグラシはカナカナと呼ばれることもある。

かなかな〔名〕(その鳴き声から)昆虫「ひぐらし(日暮)」の異名。

 ヒグラシの鳴き声を「カナカナカナカナ…」と聞きなすのは、自然に思われる。また、ヒグラシの鳴き声は同じ聞こえ(「カナ」)がずっと繰り返していくので、いわば単純な鳴き声ともいえよう。それに比べて、ツクツクホウシの鳴き声は「複雑」だ。

つくつくぼうし〔名〕(1)(「つくつくほうし」とも)カメムシ(半翅)目セミ科の昆虫。(略)七月下旬から一〇月初旬頃までみられ、八月下旬に最も多い。「つくつくおーし」と繰り返し鳴く。北海道南部以南、朝鮮、中国、台湾に分布する。つくつく。つくつくし。おおしいつく。くつくつぼうし。つくしこいし。ほうしぜみ。寒蟬。

 「語誌」欄には「(1)平安時代にはクツクツホウシ(ボウシ)と呼ばれていたようである。(略)(2)鎌倉時代になると、ツクツクの形も辞書にのり始め、ツクツクとクツクツの勢力争いといった形になる。しかし室町初期には「頓要集」などツクツクの形のみ記したものも登場し、室町後半にはこれが主流となる。(略)(5)現代ではその鳴き声を「おーしいつくつく」ときくこともある」とある。

 平安時代には「クツクツホウシ(ボウシ)と呼ばれていた」に驚かれた方もいるのではないだろうか。『日本国語大辞典』には次のように見出し項目がある。

くつくつぼうし〔名〕昆虫「つくつくぼうし」に同じ。

 使用例も少なからずあがっており、その中には1275年に成ったと考えられている『名語記(みょうごき)』も含まれている。「クツクツ」を繰り返せば「クツクツクツクツ…」となり、この音の連続は切りようによっては、つまり聞きようによっては、「ツクツク」になる。実際のヒグラシの鳴き声は「ツクツク」あるいは「クツクツ」がずっと繰り返されるわけではないが、とにかく「ツクツク」と「クツクツ」とは仮名の連続としてみると違うが、音の連続としては「近い」。

 さて、上の『日本国語大辞典』の記事で気になった点がある。引用の中に「つくつくおーし」、「おーしいつくつく」と書かれている。「現代仮名遣い」においては、平仮名で書く場合には長音に「ー」を使わない。そして一方では「おおしいつく」と書いている。筆者は、なぜ非標準的な書き方を使ったのかとすぐに思ってしまう。おそらく「おおしいつく」の発音は「オーシイツク」という長音を含んだものではなく「オオシイツク」である、ということだろうと思う。そうであれば、「つくつくおおし」と書くと「ツクツクオオシ」という発音だと勘違いされるから、ここはそうではなくて「ツクツクオーシ」という長音を含んだかたちなのだ、ということを示した書き方なのだろう。しかし、それがうまく「読み手」に伝わるだろうか、と気になる。因果なものです。

 筆者が小学生の頃に、夏休みに奈良県にいる叔母の家に泊まりにいったことがあった。すると今まで聞いたことのないセミが鳴いているのでびっくりした。それがクマゼミだった。現在では温暖化のためか、東京でも時々耳にすることがあるので、次第に生息域を拡げていったのだろう。クマゼミの鳴き声は筆者の聞きなしでは「シャワシャワシャワシャワ」というような感じだ。『日本国語大辞典』をみてみよう。

くまぜみ【熊蟬】〔名〕カメムシ(半翅)目セミ科の昆虫。日本産のセミ類のうち最も大きく体長四~五センチメートル、はねの先端までは七センチメートルに近い。体は全体に黒く光沢がある。(略)盛夏のころシャーシャーと続けて鳴く。西日本ではセンダン、カキなどに多い。関東地方以南の各地に分布。うまぜみ。やまぜみ。わしわし。

 『日本国語大辞典』の語釈記述をした人の聞きなしは「シャーシャー」のようだが「ワシワシ」という聞きなしもあることがわかる。見出し項目「わしわし」をみると、「大勢がしゃべりたてているさまを表わす語。わいわい」とあって、「方言」の【一】の(3)に「大きな蟬(せみ)の鳴き声を表わす語」とあり、【二】に「虫、くまぜみ(熊蟬)」とある。

 「クマゼミ」の「クマ」は黒色及び大きいことに由来していると思われる。「クマ(ン)バチ」と同じようなことだ。語釈中にみられる「ウマゼミ」は大きさを「ウマ(馬)」で表現しているのだろう。大きいものは「クマ」「ウマ」と名づけるというところもまたおもしろい。

 小さいセミとしてはニーニーゼミがいる。ニーニーゼミは夏前に鳴きだすセミとして印象深かったが、これも最近ほとんど鳴き声を聞いたことがない。

にいにいぜみ【―蟬】〔名〕(略)各地に普通にすみ、梅雨あけの頃から現われ、鳴き声はニーニーまたはチーチーと聞こえる。日本各地、朝鮮、中国、台湾に分布する。ちいちいぜみ。こぜみ。

 ここまでくるとアブラゼミが気になるが、見出し項目「あぶらぜみ」の語釈には「セミ科の昆虫。体長(翅端まで)五・六~六センチメートル。日本各地で最も普通に見られるセミ(略)あかぜみ。あきぜみ」とあって、「アカゼミ」「アキゼミ」と呼ばれることがあることがわかる。 

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第5回 オノマトペ③:オノマトペの「揺れ」

2017年 4月 9日 日曜日 筆者: 今野 真二

第5回 オノマトペ③:オノマトペの「揺れ」

 筆者の勤務している大学の学科では卒業論文が必修科目になっている。オノマトペは学生が興味をもちやすいテーマで、オノマトペをテーマにして卒業論文を書きたいと申し出る学生が少なくない。そんな時に必ずといってよいほど話題にのぼるのが宮沢賢治だ。

 『風の又三郎』は次のような歌で始まる。

どっどど どどうど どどうど どどう、

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんもふきとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 また「月夜のでんしんばしら」には「ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし ドッテテドッテテ、ドッテテド でんしんばしらのぐんたいは きりつせかいにならびなし。」という「軍歌」がみられる。「どっどど どどうど」は風の音を表現している擬音語のようでもあるし、風の強さを表現している擬態語のようでもある。なんとなくではあるが、「雰囲気」は伝わってくる。しかしそれはやはり「雰囲気」に留まるのであって、その「雰囲気」の受け取り方は「読み手」によって、少しずつ異なる可能性がある。

 前回オノマトペの「揺れ」と表現したのはそのようなことだ。擬音語であれば、何らかの「音」をもとにしてうまれるのだから、そうしてうまれたオノマトペは、多くの人がすぐに理解することができ、多くの人が共有できるはずだ。実際にそういうオノマトペも多い。しかし、最初に「音」をどのように、言語音としてキャッチするか、というところに「個性」がはたらくともいえ、その「個性」がユニークな人はユニークなオノマトペをうみだす。だから、オノマトペであれば、すぐにわかる、とばかりはいえない。

 『日本国語大辞典』にもたくさんのオノマトペが載せられている。小型の国語辞書では、オノマトペに多くのページをさくことはできないだろう。だから、これは大型辞書である『日本国語大辞典』の特徴の1つといってもよいかもしれない。さて、みなさんは次のオノマトペがどんな「雰囲気」を表現しているかわかるでしょうか。「セリセリ」「ソイソイ」「ソゴソゴ」「ソッソ」「ゾベゾベ」。答はこちらです。

せりせり〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)動作などの落ち着かないさま、せきたてるさまを表わす語。せかせか。(2)せせこましいさまを表わす語。こせこせ。(3)言動などのうるさいさまを表わす語。

そいそい〔副〕(「と」を伴って用いることもある)歯切れよく静かに物をかむ音などを表わす語。

そごそご〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)気落ちして元気のないさまを表わす語。すごすご。(2)かわいたものやこわばったものなどが、触れるさまを表わす語。

そっそ〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)静かに行なうさまを表わす語。そっと。(2)わずかなさまを表わす語。ちょっと。

ぞべぞべ〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)つややかなさまを表わす語。(2)長い着物などを着て、動作が不活発なさまを表わす語。そべらぞべら。ぞべりぞべり。(3)((2)から)てきぱきせず、だらしのないさまを表わす語。ぞべらぞべら。

 見出し項目「そいそい」には使用例として、「漢書列伝竺桃抄〔1458〜60〕」の「蚕の桑葉をそいそいと食て、あげくに食尽様にするぞ」があげられており、カイコが桑の葉を食べる時の音を「ソイソイ」で表現していることがわかる。もりもり食べるという「雰囲気」ですね。見出し項目「そごそご」には(1)の語釈中に「すごすご」とある。「ソゴソゴ」と「スゴスゴ」とは「ソ」と「ス」とが入れ替わっている。もっといえば、母音が[o]から[u]に入れ替わっているので、「母音交替形」ということになる。こういうこともある。落ち着きのない人に「なんだかセリセリしてるね。どうしたの?」と言ったり、落ち着きのないこどもに「セリセリしないっ!」と言ってみたら、どんな反応がかえってくるでしょうか。

 最後に1つ。次のような見出し項目があった。

こんかい[吼噦]【一】〔名〕狐の鳴声から転じて、狐のこと。【二】狂言「釣狐」の別称。

 【一】の語義の使用例として、「虎明本狂言・釣狐〔室町末〜近世初〕」の「わかれの後になくきつね、なくきつね、こんくゎいのなみだなるらん」、「雑俳・西国船〔1702〕」の「ひょっと出てこんくゎいのとぶ階がかり」などがあげられ、【二】の語義の使用例として、「堺鑑〔1684〕中・釣狐寺」の「世に云伝釣狐の 狂言 又吼噦共いへり」があげられている。「辞書」欄には「書言・言海」とある。「書言」は江戸時代、享保2(1717)年に刊行された辞書、『書言字考節用集』(全13冊)のことで、その「言辞 九上」(第11冊)に「吼噦(右振仮名コンクハイ)」という見出し項目がある。明治24年に完結した『言海』には、「こんくわい(名) 吼噦 [狐ノ鳴聲ヲ以テ名トス]狐釣ノ狂言ノ名」とある。「吼」は〈ほえる〉という字義をもっているが、『大漢和辞典』巻2(904ページ)に載せられている「吼」字に「コウ」「ク」という音は認められているが、「コン」はない。また「吼噦」という熟語もあげられていない。

 『日本国語大辞典』の見出し項目「こんかい」をよんだ時には、漢字列「吼噦」があてられていることもあって、「コンカイ(コンクヮイ)」という発音の漢語があって、それはキツネの鳴き声に基づいてできた漢語だと想像してしまった。そうであれば、日本でも中国でもキツネの鳴き声を「コン」と聞きなしたことになり、「おもしろいですね」でめでたくこの回も終わるところだった。ところが、どうも漢語「コンカイ(コンクヮイ)」はなさそうなので、そうなると「吼噦」は日本であてられたのではないかということになる。やはりことばは一筋縄ではいかないが、その「どっこい、そんなに単純ではないぞ」というところが言語のおもしろさでもあると思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

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