社会言語学者の雑記帳3-3 社会言語学者になるまで

2010年 1月 19日 火曜日 筆者: 松田 謙次郎

社会言語学者になるまで(3)

 さて、大分間が開いてしまいましたが<(_ _)>、社会言語学者になるまでの続きを。

 勇躍フィラデルフィアに到着して、学生生活が始まりました。聞かされていた通り、ほとんどの授業内容は最初の頃は簡単ですが、急カーブで難しくなっていきます。

 しかーし!一番大変だったのは、以前ここでも書いたフィールドワークの授業です。憧れのLabov教授の担当で、4~5人のグループになり、右も左も分からない(おまけに治安が最悪な!)フィラデルフィアの地図を渡され、市内のある一画を担当し、毎週授業で出される課題とテープレコーダを片手に、担当地域の家々を一軒一軒訪ね歩くのです。治安も悪い中、郊外の大多数が白人という住宅街を、突然怪しげな東洋人が、「すみません、この地域のことを調べているのですが」などと言ってドアを叩いてくる。そう、当然誰も応えてくれません。もっとも私のグループは私以外皆白人だったにもかかわらず同じ結果だったので、人種はこの際関係ないかも知れません。

 この授業では、「このリストを読ませて録音し、発音を分析してレポートに書いてテープと一緒に提出しろ」だの、「長時間のインタビューを取って来い」だの、「そのインタビューにあるナラティブを分析して来い」だのと、毎週課題が出されます(ひぃ)。次の授業では我々のレポートが全員に配られ、たまーに褒められ、たいていけなされます(泣) 訪ねた先では”Out!”と追いやられたり、被調査者を探しに入ったバーでは、「日本人は嫌いだっ!」と椅子を投げられそうになったりしながらフィールドから帰り、皆げっそりした顔で課題をやっつけたものです。ちなみにこの時苦労を共にした者は、私以外はみな立派な研究者になりましたヾ(・・;)ォィォィ この授業では他にも、「レストランに行ってオーダーを取られてから勘定を払って出るまでのやりとりを記録せよ」とか、「マクドナルドの店に行き、客の会話に出てくる-ingの発音を記録せよ」などといったユニークな課題も出されました。この授業では、フィラデルフィアという街、そしてアメリカ人との接し方も実践的に学びました。

 フィールドワークの他にも音声学、音韻論、語用論、歴史言語学などの授業を取りましたが、たいてい教授が説明し、学生がどんどん質問しながら授業が進みます。リーディングの多さは前からさんざ言われていたので驚きませんでしたが、重要なポイントになると先生も早口になり、スラング交じりになるのには閉口しました。もっとも、そういう時こそ質問のし時です (^0^)┘

 最後は試験のこともありますが、たいていペーパーを書かされます。授業で扱ったことに関連するテーマを取り上げ、自分で曲がりなりにも分析をします。学期末にこれが重なるのが非常に大変ですが、こうしたペーパーから博士論文に繋がっていくこともあるので気が抜けません。

 日本では、「この道一筋」ではありませんが、一度決めたテーマは何があっても貫徹するのが尊ばれ、テーマを変えることがあまり歓迎されない傾向にあるようです。しかし、アメリカの学生・研究者はあまりそうしたことに頓着しません。極端な例ですが、有名な生成文法家として名を馳せた人が、いきなりばりばりの変異理論的な論文を発表するということも最近ありました。その人が以前何に関心を持っていようが、何年それをやってきていようが関係ない。要は面白くて重要な発見ができ、学界に大きな貢献ができるかどうかだけが問われてしまう。よって学生も学部時代は数学専攻でした、なんて人は珍しくありません。でもそうした人が参入することでどんどん新しい発想が生まれ、新たな発見やパラダイムが生み出されていきます。

 これと関連することですが、特にペンシルバニア大では、コンピュータサイエンス、生成文法、社会言語学、歴史言語学の研究者が互いの研究に深く興味を持ち、共同研究も盛んでした。ここでは、「あれはパフォーマンスだから」とか「理想化された話者なんているわけないでしょ」などと言って排斥せず、その枠組みで何が分かるのか、目下の興味や関心にどのように生かせるのかと貪欲に考え、実際にプロジェクトを一緒にやって共著ペーパーを書いてしまうということが日常的に行われていました。日本ではなかなかあり得ないことでしょう。

 さて、こうして授業をこなしていくうちに1年目は無事終了。2年目からはリサーチアシスタントとして指導教授の手伝いもすることになり、やがて学会発表をすることになりました。ここら辺はまた次回ということで ε=ε=ε=ε=

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。


社会言語学者の雑記帳3-2

2009年 4月 10日 金曜日 筆者: 松田 謙次郎

社会言語学者になるまで(2)

 ある日のこと、午前中のフィールドワークから帰ってきた私は、現地の習慣に従ってホテルですやすやと昼寝をしておりました。と、目が覚めて見ると、天井に何か巨大なものが。それは、

 ク モ

キャ━━━━(゜∀゜)━━━━!!。私はクモが大嫌いで、こうして文字で書いていても見るのが嫌なほどです。電車の車体に「クモハ」などと書いてあると目をそらしますし、映画「スパイダーマン」などはまったくあり得ないオハナシだとしか思えません。それが、巨大なクモが、寝ている自分の真上の天井に張り付いている……! それから数分間の記憶が完全に欠落しているのですが、気がつくとホテルのフロントで大声で叫んでいました。それから不審な顔をしたフロントのおニイちゃんが面倒くさそうに私の部屋でクモを探しているシーンが断片的に浮かぶのですが、それ以外の記憶はかなり不確かです。

 しかし、私はこの時悟りました。しょせん自分には、自然が一杯の沖縄のフィールドワークは無理である。修士論文は乗りかかった舟であるからやり遂げるとして、これが終わったらフィールドを変えよう。そうだ、やっぱり生まれ故郷の東京にしよう。

 こうした深刻な動機により、私は翌年修論をまとめたネタで生まれて初めての学会発表を鹿児島で終えると、きっぱりと沖縄方言から足を洗いました。考えてみれば、たいして組織的に勉強したわけでもないのに、よくもいきなり沖縄方言を取り上げたものです。知らないと言うことは、本当に恐ろしいことです。学会発表の際には、沖縄語の専門家からいくつも鋭い質問が飛び、背筋に冷たい汗を感じたものです。同時に、こうした動機で研究分野を変更した人間も珍しいかも知れません。たいてい研究者が専門のフィールドを変えるには、それこそ「魂を揺さぶるような書物との巡り会い」とか「○○教授との運命的な論戦」、果ては「××学における自らの役割に限界を感じ」といった感動的な動機やエピソードがあるのが通例というもの。私のようにクモが嫌で、という軟弱なお方には、とんと出会ったこともないのであり、こういうところでも言語学者としての資質が問われてしまいそうです┐(´д`)┌。

 修論を終えた私は、すでに「博士後期課程在学」の身となりました。そして社会言語学、それも言語変異と変化の理論を勉強したいという気持ちが修士論文を経てますます強くなった私は、すでに留学を視野に入れていました。しかし留学準備は2年はかかるもの。さて、この2年間をどうしようか。

 まず早稲田のアメリカ人の先生の授業に出席しました。一種の他流試合です。修士の頃からほかの大学の授業に出させてもらっていたのですが、やはり自分の大学より外の世界を知ってしまうと、ああ、このままではダメだと焦ります。この先生の授業は形態論がテーマで、自分としては知識の穴であったこともあって学部の授業でありながら非常にまじめに勉強し、ついに先生は私の大事な恩師となりました。

 この経験から「自分の大学の外の世界」を知ることの重要性に気付いた私は、さらに暴走してアメリカ言語学会の夏期講習会にもノコノコ出かけてしまいました。カリフォルニアの陽光がさんさんと降り注ぐスタンフォード大での開催でしたが、この夏期講習会でまたしても「っがーん」という衝撃を受けました。なんということでしょう。ここでは社会言語学者も生成文法学者も真剣に互いの話を聞いて建設的な議論をしているし、コンピュータも図書館も使い放題。授業はむかーしの教科書を細かーく読んで訳をする(!)のではなく、先生の説明を聞いたらみーんなバシバシ言いたい放題質問をしている。中には相当アホな質問もあるが、だーれもまったく気にしない。( ・∀・)イイ!!これは(・∀・)イイ!! こういう環境で一度社会言語学を研究してみたい。これで一気に留学意欲に火がついたのです。

 この時期、さらにもう一つ、国立国語研究所の調査に参加しました。最初は当時参加していた授業の先生のお誘いでしたが、北海道の富良野市での共通語化調査でした。打ち合わせのために生まれて初めて国語研究所に行った時には、「きっと日本語の知識も試されるんだろうなぁ」などとあらぬ妄想が走り、日本語文法に今ひとつ自信のなかった私は、前日にコッソーリ『国語学概説』などを斜め読みしたものです(笑)

 院生仲間と参加した富良野調査は、自転車で富良野市を駆け巡っては、住所からインフォーマントを探しだし、調査をするという、まさにフィールドワークの最たるもの。一度、夜遅くに調査があり、原野のようなところで来るはずの迎えの車を待っていた時に見た真の闇も忘れがたいですが(^_^;)、それ以上に調査をやり終えた時の達成感も忘れられません。富良野調査でがんばったご褒美だったのか、国語研ではその後『方言文法全国地図』の調査にも参加させて頂きました。

 そしてそして! 出願書類だ推薦書だTOEFLだGREだ奨学金だと幾多の関門を抜けて、やっと卒論以来ずーっと憧れていたペンシルバニア大学に留学できることになりました\(^-^)/。目指していたのは、もちろんLabov教授。普通アメリカの大学に留学を考える時には、複数の大学に出願するものなのですが、私はペン(と現地では呼ばれていました)一本でした。ペンに入れなかったら、留学する意味もない、とまで考えていたのです。今考えると、これはかなり極端な考え方で、もっと広い視野で考えていても良かったのではないかとも思うのですが、そこは若気の至り。私の目にはペンしか見えていなかったのです。

 さて、こうして渡った彼の地でのオハナシはまた次回に……。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。


社会言語学者の雑記帳3-1

2008年 8月 10日 日曜日 筆者: 松田 謙次郎

社会言語学者になるまで(1)

 これまでいきなり自己紹介もなしにディープなフィールドワーク話を書いてきてしまいました。ちょっと順序に問題アリですね。そこで今回は、そもそも自分がどうして社会言語学者になってしまったのか、というオハナシをしてみましょう。

 本気で言語学をやろうと思ったのはやはり大学の英文科時代、それも4年で卒論を書きだしてからと、かなり遅めです。英語には中学以来ずっと興味があり、また構造主義にも関心があったので、それとなく入門書は読んでおりました。しかーし! 第2外国語のドイツ語でC、そして英文科必修科目であった「英語史」でもCというあまりに悲惨な成績。将来の進路で相談に行った高校時代の恩師には、「言語学をやるなら少なくとも3か国語はできないと……」という厳しいおことばをいただく始末(´Д`)ハァ… 言語学は面白そう、でも将来それで喰っていくのは無理無理無理。ワタシはそう諦めておりました。

 その頃「言語学史」という授業で、ワタシは構造主義の入門書で知っていた「プラーグ学派構造主義言語学」について発表することになり、うらうらと文献を調べておりました。ある日、そうした文献の一つである興津達朗著『言語学史』を読んでいたワタシは、突然自分の一生を変えた次のような一節に出会ったのでした。

「[プラーグ学派の言語変化論は] … 言語は、不断の変化、修正、合体、排除にもかかわらず、つねにひとつの音韻体系を維持しようとする調和的傾向を、それ自体の中に内蔵しているという考え方である」

(興津達朗, 『言語学史』 (太田朗(編)『英語学大系 第14巻』),
東京:大修館, 1976: 101)

 えっ、嘘だろ? 言語変化にこんな法則性があるなんて? これって……ほんと?

 ワタシはこの主張にいたく魂を揺さぶられ、これについて見極めたい、と思いました。こんな理論がすでに1920年代にあったなんて。うぅ、これは知りたい、いや、知ろう。そう、ワタシはまさにこの一節で人生を決めてしまったのです。怖いですねぇ。

 調べていくにつれ、当時同じことを別なところで考えていた言語学者(Edward Sapir)がいたことがわかり、ならそれらを比較しよう、ということでとんとん拍子に卒論テーマが決定。舞い上がったワタシは英語の論文はおろかフランス語論文にまで手を出し、他の大学図書館にまで足を伸ばして資料を漁るに至りました。やっぱり怖いですねぇ。

 卒論を書いているうちに分かったこと、その1。周囲にはあまりこのテーマについて詳しい人はいない。サピアに詳しい人、プラーグ学派に詳しい人はいる。でも、両者の言語変化理論を共に知っている人はいないみたい。その2。どうやら今こういうことをやるなら、Labov なる学者がやっている社会言語学がいいらしい。少なくとも最後に読んだ英語文献はそう言っていた。よし、ならこれで行こう。このオッサンのやっている社会言語学で言語変化を研究してみよう。

 しかししかし。周りを見回しても「社会言語学」の看板を出している大学院は当時見当たりませんでした。またあったとしても、私が考えていたような社会言語学ではありませんでした。当時英語学で大学院に行くなら、生成文法か応用言語学か歴史言語学。うーん、困った。学部からやり直すことも考えて某大学の学士入学も試みましたが、サクラチル(´Д`)ハァ… で、結局当時通っていた大学の大学院に進学しました。

 さてこの大学院が意外な展開。その1。生成文法万歳!なところだったので、社会言語学志望だったくせに生成文法を一生懸命学ぶことになった。その2。先輩から誘われて、突然ですが沖縄に敬語調査に行くことになった\(~o~)/ その3。ちょっと上の先輩がLabovのところで勉強していた ヮ(゚д゚)ォ!

 当時は正直生成文法をシャカリキに学ばねばならなかったことを恨んでいました。おまけに周囲は生成文法ピープルが多数派であったので、たま~に喧嘩を吹っかけられることもあり、私としてはショボーンなところもアリ。さらに授業ではほとんど社会言語学はなかったので、もっぱら論文を自分で探してきては読むばかり。でも、結局これが良かったのかもしれません。Labovのところで研究していた先輩と知り合いになったおかげで、日本では入手できなかったディープな論文が続々と入手できるようになり、私はそれらを次々と読んでいきました。今でもあの頃のようには論文を読んでいないと思います。誰もやっていないからこそ周囲を気にせず没頭できる。まさにそういう状況でした。

 そして修士論文。沖縄で敬語調査をやっていたので、どうせなら沖縄で言語調査をして論文を書きたいと思っていました。調査の傍ら言語地図を見ると調査地点はちょうどハ行音が「ファ」である(らしい)地域。これは本土方言のハ行転呼現象を考える上でも興味深い方言であるし、言語変化を実際に観察することもできるだろうということで、これをテーマにすることに。一応英語専攻だったので、当然周囲の反応は「???」。それでも理解してくださった国語学の先生に指導をお願いして、いざ!フィールドワーク@沖縄へ。

 自作の調査票を使った調査は面白く、地元の人々はとても親切。しかも睨んだ通りに「ファ」の音は「ハ」の音へと変化しつつある! 嬉々として毎日調査を進める私は、間もなく進路を沖縄方言から大きく変える大悲劇が起きようとは、夢にも思っていなかったのでした……。つづく。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
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