明解PISA大事典:PISA、言語力検定と日本の読解教育

2010年 4月 9日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第35回 PISAと言語力検定

 OECDの実施したPISAは日本の教育に大きな衝撃を与えたが、(財)文字・活字文化推進機構の実施した言語力検定(1)も、日本の教育現場にそれなりの衝撃を与えたようだ。現場の声で意外に多かったのが、「ふつうの国語ならできる子が、言語力検定はあまりできなかった。その一方で、ふつうの国語はあまりできない子が、言語力検定では意外にできている場合があった」というもの。

 (財)文字・活字文化推進機構の3月26日付プレス・リリースによると、言語力検定の合格率は、3級で全受検者の21.7%、4級で13.9%、不合格者64%(2)。どの級にも受かることなく、落ちてしまう割合のほうが圧倒的に高い。ふつうの国語(というのも奇妙ではあるが)ならできる子が落ちてしまって、ふつうの国語はあまりできない子が受かるという現象が起こったのだろう。もちろん、全体として見れば、「ふつうの国語ができれば、言語力検定もできる」というケースのほうが多かったはずだ。だが、よほど目立つかたちで逆転現象が起こったものと思われる。

 言語力検定は、作問と評価の方式と体制について、OECDのPISAを完全に踏襲するかたちをとっている。PISAに関する情報が限られている現状において、PISAの読解力調査の実際を知る、よい手がかりになるだろう。OECDのPISAと異なるのは、完全に日本人を対象とした作問であるということ。とはいえ、読解問題のレベルとしては、基本的にはPISAと同じ。つまり、「生きる力」としての読解力ということで、クリティカル・リーディングの問題として特に高度なわけではない。ところが、この連載でも、繰り返し述べてきたように「PISA型読解力=高度な能力」という認識が蔓延しているためか、受検した進学校を中心に面白い反応があった。

 ひとつは、大変な危機感を抱くパターン。これはまずい。これを機会に、ウチでもPISA型読解教育を始めなければ、と思い立つのである。

 この反応はよく理解できる。PISAの読解力調査で求められているような力、すなわち言語力検定で求められているような力は、もちろん進学校においても育む必要がある。ただ、あくまでも「足元を固める力」であることを忘れてはならない。ちゃんとした進学校であるならば、通常の国語の授業において、PISAの読解力調査や言語力検定よりも、はるかに高度なことをやっているのだから。

 もうひとつは「なんだこんなものか!」と拍子抜けするパターン。PISA型読解力というから、どれほど御大層なものかと思ったら、ぜんぜんたいしたことないじゃないか。選択問題は正答が自明なものばかりであるし(3)、自由記述問題にしても文中から適切な根拠さえ見つけられれば簡単に書けるものばかりだ。こんなことは、昔からウチでもやっていた、というのである。

 この反応は大変に正しい。何度でも言うが、言語力検定にせよ、その向こうにあるOECDのPISAの読解力調査にしても、このテの読解問題としては簡単なものなのだ。ただ、ちゃんとした進学校ならば、中学生にせよ高校生にせよ、全員が合格するくらいでなければ、これからの多様化・複雑化・グローバル時代のリーダーを育むのはおぼつかない。

 何年か前、あるテレビ番組で(これから述べる肝心の部分は編集で切られてしまったので、番組名は伏せる)、PISAのサンプル問題をスタジオの大学生たちに解いてもらい、その場で正答例と誤答例をとりあげて解説したことがある。有名大学の学生ばかりだったが、正答と誤答の割合は半々くらいだったか。そのあと、記述問題の考えかたについて簡単に説明したところ、司会のKさん(劇団主宰者)が「おれ、コツわかっちゃったぞ。これ、コツがわかれば、簡単に答えられるぞ」とおっしゃって、用意していたすべての問題について、即座に模範解答となるような正答を連発されたことがある。Kさんがとても頭のよい方である点を差っ引いても、実はPISAの読解力調査程度の問題であれば、コツさえ知っていれば簡単に解けてしまうものばかりなのだ。

 では、コツさえ教えれば、日本の子どもたちもPISAで一位になれるではないか――PISAで国際順位を上げることだけを考えれば、確かにそのとおりである。だが、この連載で綿々と述べてきたように、問題の所在を考えれば、日本がその選択肢をとらなかったのは賢明であった。

* * *

(1) (財)文字・活字文化推進機構が実施する検定で、PISA型読解力の測定を目的とする。1級(大学生・社会人対象)~6級(小学校中学年対象)の級判定をする。昨年10月~11月に第一回を実施。初年は3~4級(高校生・中学生対象)のみ実施。受検者は9984名。
(2) 3級と4級は同一の問題を用い、得点率に応じて3級合格あるいは4級合格の判定がなされた。
(3) PISAにおける読解力の選択問題には、いわゆる「ひっかけ問題」が存在しない。そのため、ややこしい選択肢を見慣れた日本人の目には「正答が自明な問題」ばかりに見えるのがふつうである。

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。


明解PISA大事典:高度ながら知識不問の「PISA型」問題の答え

2010年 3月 19日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第34回 笑話による問題解決型読解教育――解答篇

 前回笑話を素材文にした場合の問題解決型読解について紹介した。最終課題は「笑話になるように、ほかの解決策を考えなさい」である。念のため、素材文のあらすじと、素材文における「問題―解決」を再掲する(*)

物語「くらのとびら」のあらすじ
 おまぬけ村のお父さんとお母さんの話である。お父さんは、野良仕事をしている間に蔵のお金がドロボウに盗まれるのではないかと心配していた。そこで、お母さんに、家事をしながら蔵の扉を見張っているように命じた。お母さんは蔵の扉を見張っていたが、話し相手のお父さんがいないので退屈である。畑に行けばお父さんと話せるのだが、それでは蔵の扉を見張ることができない。そこで、お母さんは蔵の扉を取り外し、それを背負って畑に行くことにした。お父さんはお母さんが畑に来たのでびっくりしたが、お母さんが蔵の扉を見張っていることがわかったので安心した。野良仕事を終え、家に帰った二人はびっくりした。蔵のお金がすっかり盗まれていたからである。

〈問題と解決〉
◎お父さんにとっての問題と解決
お金を盗まれるのではないか⇒お母さんに蔵の扉を見張っていてもらう。
◎お母さんにとっての問題と解決
退屈である。しかし蔵の扉を見張らなければならない⇒蔵の扉を背負って畑に行く。

 ポイントは、お父さんもお母さんも問題解決に大真面目に取り組んだつもりでいるのに、課題文のように「お金を盗まれてはならない」という大前提が崩れるか、新たな大問題が発生するように物語を書き換えることである。それができているかどうかが評価の対象であり、物語がおもしろいかどうかはそれほど重要ではない。

 当たり前のことだが、こういった課題に決まった正答はない。そこで、フィンランドと日本の実践例から、解答パターンを五つに分類して紹介することにしよう。

①見張っていたら盗まれた

 お母さんが蔵の扉「だけ」をずっと見張っていたために、ドロボウに蔵の壁を破られたり、窓を壊されたり、屋根をはずされたりしても気付かず、結局お金を盗まれてしまう――という解答パターンである。私の知るかぎり、フィンランドでも、日本でも、この解答パターンがいちばん多い。ただ、この場合は、お母さんにとっての「退屈である」という問題について、別の解決策を考える必要がある。お母さんにとって、蔵の扉を見張ることは退屈で仕方のないことなのだ。フィンランドでも、日本でも、ドロボウにお金を盗ませることにばかり熱中して、肝心のお母さんの問題を忘れてしまう場合が多い。その点を指摘すると、「お母さんは蔵の扉を見ているうちに楽しくなってきました。なんと蔵の扉がお母さんに話しかけてきたからです」などと、急にメルヘンな展開が始まったりするので、それはそれでおもしろい。

②ドロボウ登場

 物語の挿絵には二人組のドロボウのシルエットが描かれている(*)。そこから「ドロボウは二人組である」ということがわかる。この事実を利用しないテはない。たとえばドロボウの一人がお母さんの話し相手になって退屈をまぎらわし、もう一人が蔵の壁を破ったり、窓を壊したり、屋根をはずしたりしてお金を盗む(お母さんは世間話と『扉を見張ることだけ』に熱中していて気付かない)――というような解答パターンがある。お母さんの問題も自然に解決されており、①の改良型ともいえる。

 親切なドロボウがお母さんから事情を聞き、「かわりに蔵の扉を見張っていてあげましょう」と申し出る。お母さんはその提案をありがたく受け入れて畑に行き、結局お金を盗まれてしまう――というようなパターンもある。このあたりで、ちょっと別の問題の存在に気付く可能性があるのだが、これについては⑤で述べることにしよう。

③お母さん暴走

 お母さんは「蔵の扉を見張る」という行動に疑問を抱く。なぜこんなつまらないことをやらなければならないのか?「そうそう、蔵の中にお金があるからいけないんだわ」とかなんとか言って、「ドロボウさ~ん」などとドロボウを呼び寄せ、蔵の中のお金を全部持っていってもらう。そして「もう扉を見張る必要はなくなったわ」とかなんとか言って、お父さんのいる畑に向かうのである。そしてお父さんも「そうか、見張る必要がなくなったか」などと嬉しそうに言うのである――こういった凄まじい破壊力の解答を、たまにフィンランドの教室で聞くことができる。けっこうおもしろい。

④見張っていたら枯れちゃった

 お母さんの退屈をまぎらわすため、あるいはお母さんを信用できないために、お父さんも一緒に蔵の扉を見張ることになり、お父さんは野良仕事を一切しなくなってしまったために、畑の作物が全部枯れてしまう――というようなパターン。この物語の場合、フィンランドでも、日本でも、あまり新たな問題を発生させる余地がないようだ。

⑤余計なことに気付いちゃった

 世の中には気がつかないほうが幸せなことがある。だが、そういうことに必ず気がついてしまう人間はいるものだ。なぜ蔵の扉を見張らなければならないのか? 扉にカギはないのか? ここで挿絵を見る。なんと、お母さんの背負っている扉には、大きくて頑丈そうな錠前がついているのである(*)。こんな立派な錠前が付いているんだったら、扉を見張る必要はないんじゃないか! そう、その通り。挿絵も含めてクリティカルによく読むと、この物語はちょっとおかしいのである。

 お母さんが「錠前があるから大丈夫」と思って畑に行ったら、その間に錠前をこじあけられた/蔵の壁が破られた――というような解答パターンもあるが、これでは当たり前すぎて笑話にならない。お母さんかお父さんによる大真面目な問題解決が、直截的に大前提を崩したり、新たな大問題を引き起こしたりしていないと笑話にならないのである。

 たとえば、②の二番目の解答パターンを改良する。親切なドロボウが「かわりに蔵の扉を見張っていてあげましょう」と申し出る。そのとき、「お金が盗まれていないかどうか、蔵の中を確かめてみましょう」と言って、お母さんに錠前を開けさせる。そのあと一応は錠前を閉めさせるのだが、ドロボウは「私が見張っている間も、ときどき蔵の中にちゃんとお金があるかどうか確かめてあげましょう」などと言って、お母さんから錠前のカギを預かってしまうのだ――クラスの中で錠前の存在に気付いた児童がいて、「蔵の扉を見張ること」の意味に疑義が差し挟まれると、全員の話し合いによってこういった解決策を考えていくことになる。ただ、笑話の場合は、あまり細部をクリティカルに詰めすぎると、どんどんつまらなくなっていくことがあるので難しいところだ。

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(*) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp82-83 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年

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北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
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日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
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明解PISA大事典:高度ながら知識不問の「PISA型」問題

2010年 3月 5日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第33回 笑話による問題解決型読解教育

 前回はフィンランドの「分離・融合方式」について紹介した。分離段階(小学校5年生くらいまで)においては、相当に仕組まれた素材文を用い、学年相応の知識と経験のみを駆使してクリティカルに読むことが求められる。要するに、自分たちと同じような登場人物が、自分たちも経験したことのあるような問題に遭遇し、自分たちもやりかねない方法で解決する物語を読んで、ああだこうだと意見を言い合うようなやりかたである。いわゆる「PISA型読解力」を容易に習得できる方法ではあるが、「深さ」の感じられる方法ではないため、日本の国語の先生にとっては物足りなく感じられるようである。

 とはいえ、やりかたによっては、けっこう手ごたえのある課題を設定することもできる。

 一例を挙げよう。小学校3年生用の教科書に掲載されている事例である(1)

物語「くらのとびら」のあらすじ
 おまぬけ村のお父さんとお母さんの話である。お父さんは、野良仕事をしている間に蔵のお金がドロボウに盗まれるのではないかと心配していた。そこで、お母さんに、家事をしながら蔵の扉を見張っているように命じた。お母さんは蔵の扉を見張っていたが、話し相手のお父さんがいないので退屈である。畑に行けばお父さんと話せるのだが、それでは蔵の扉を見張ることができない。そこで、お母さんは蔵の扉を取り外し、それを背負って畑に行くことにした。お父さんはお母さんが畑に来たのでびっくりしたが、お母さんが蔵の扉を見張っていることがわかったので安心した。野良仕事を終え、家に帰った二人はびっくりした。蔵のお金がすっかり盗まれていたからである。

〈問題と解決〉
◎お父さんにとっての問題と解決
お金を盗まれるのではないか⇒お母さんに蔵の扉を見張っていてもらう。
◎お母さんにとっての問題と解決
退屈である。しかし蔵の扉を見張らなければならない⇒蔵の扉を背負って畑に行く。

 このように各人が各人の問題を解決しているにもかかわらず、大前提が崩れてしまった、つまり盗まれてはならないお金が盗まれてしまったのである。「おまぬけ村(Hölmölä)」の物語というのは、フィンランドでは定番の民話型笑話であり、だいたいこのパターンで笑いをとることになっている。

 この物語について、通常の問題解決型読解の方式(2)で話し合ってもあまり意味はない。「お金を盗まれてはならない」という大前提のもとで、「ほかに解決策はありませんか?」「あなただったらどうしますか?」と考えさせたところで、おまぬけ村の住人のようなアホな解決策をとらなければよいだけだからである。もちろん、小学校3年生が対象の課題なので、一応は確認のために「お金を盗まれないためには、どうすればよかったのですか?」と聞くことにはなっているが……。

 このように笑話が素材文の場合は、あくまでも笑話のルールに則って問題解決思考をすることになる。つまり「笑話になるように、ほかの解決策を考えなさい」というのが、この素材文を用いた場合の最終課題である。登場する各人が各人の問題を真面目に解決したにもかかわらず、そのために大前提が崩れるような解決策――お父さんかお母さんの解決策を考えなければならないのである。

 さて、この「おまぬけ村」の物語では、ほかにどのような解決策があるだろうか?

(解答例は次回)

* * *

(1) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp82-83 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年
(2) 問題解決型読解については第16回を参照。

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北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
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明解PISA大事典:発問 劇にしてみましょう

2009年 9月 25日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第20回 発問:最後の一問 ~本当に完結

 前3回(第17回第18回第19回)にわたって、フィンランドの国語教科書を用いて「問題解決方式の発問」について紹介してきた。前回で問題解決プロセスは完結したため、私としては「このシリーズはこれで終わり」と思っていたのだが、ある小学校の先生から「もう一つ残っているではないか」との指摘があった。たしかに残っている――。そこで今回は本当に完結させるため、最後の一問について説明することにしよう。しつこいようだが念のため素材文を再掲する(1)

●物語「ちょうど35キロ」のあらすじ●

 学校でバザーが開かれている。バザー会場に体重計があり、おじさんが呼びこみをやっている。料金1ユーロで体重を計測し、ちょうど35キロであれば賞品がもらえるとのこと。ユッシ少年の体重は36.5キロ、ラミ少年の体重は33.5キロで、いずれも賞品を獲得できない。そこでユッシは目的を告げぬまま、ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる。わけのわからぬままラミはレモネードを飲み、体重計に乗る。ちょうど35キロ! みごと賞品を獲得する。レモネードを飲みすぎて気持ち悪くなったラミが受け取った賞品は、レモネード一箱だった。

最後の一問とは以下の通り。

この話を劇にしてみましょう。ラミの家にレモネードが届いてからのことも考えましょう。

 「劇にしてみましょう」というのは、フィンランドの初等教育の国語(1~5年生)における定番の課題である(2)。単元の終わりに、必ずといっていいほど「劇にしてみましょう」という課題があるのだ。これについては、劇作家の平田オリザさんがしきりに感心していた(3)。平田さんが数えたところによると(律儀な御仁である)、全単元のうち3分の2が「劇にしてみましょう」で終わっているという。日本で演劇教育を推進されている平田さんにしてみれば、こういう国語教科書はさぞかしうらやましいに違いない。

 読解教育の観点からしても「劇にしてみましょう」という課題には大きな意味がある。物語の場面や状況をよく把握し、登場人物のそれぞれについて深く理解していないと、演じることはできないからだ。

 日本で「『劇にしてみましょう』をやりましょう」と言うと、「とても時間が足りません」という答えが返ってくる。配役を決めて~/シナリオを作って~/それを覚えて~/練習を重ねて~/全員が発表に参加して~というのに、膨大な時間がかかるというのだ。

 一方、フィンランドでは、こういう活動にはぜんぜん時間がかからない。4~5人のグループで演じるとしても、15分あれば充分である。それはフィンランドのクラス全体の人数が少ないからではない。30人でも40人でも、15分あれば充分なのである。

 フィンランドの国語教育の発想からすると、物語の流れを大づかみに把握した上で、即興的に演じることを重視するため、シナリオを用意して~/それを覚えて~/練習を重ねて~ということにはならない。だから、この課題を実施する場合には、「4分で配役を決めて練習、1分で実演!」という指示を与えるのが一般的である。これなら、児童が30人いようが40人いようが、15分もあれば全グループが演じられるだろう。

 この課題では「レモネードがラミの家に届いてからのことも考えましょう」となっており、物語の続きを自分たちで創作しなければならない。ただ、創作といっても、それまでの話の流れにそったものでなければならないから、読解教育の「推論」としての要素が強い。それまでの話の流れを手がかりにして、物語の続きを推論するのである。そして、この「推論」と「創作」も含めて、「4分で配役を決めて練習」なのである。

 もちろん「4分で決めて練習、1分で実演!」というやりかたでは、演劇としてはヘタクソなものにならざるをえない。だが、限られた時間内にグループ全員で合意形成し、その決定に基づいて全員で行動するというところに、この課題の最大の目的があるのだ。

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(1) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp80-81 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年
(2) 教科書にもよるが、6年生以上では演劇教育は原則として別単元になる。
(3) 『ニッポンには対話がない』pp44-45 北川達夫・平田オリザ著/三省堂 2008年

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著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
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PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
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明解PISA大事典:発問 結果から原因の推論

2009年 9月 11日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第18回 発問:問題解決プロセスの続き

 前回はフィンランド国語教科書(3年生)の素材文を用いて、問題解決の「きっかけ」づくりについて説明した。「きっかけ」だけを説明して終わるのも奇妙なので、引き続き問題解決プロセスの進めかたについて説明することにしよう。念のため素材文を再掲する(*)

●物語「ちょうど35キロ」のあらすじ●

 学校でバザーが開かれている。バザー会場に体重計があり、おじさんが呼びこみをやっている。料金1ユーロで体重を計測し、ちょうど35キロであれば賞品がもらえるとのこと。ユッシ少年の体重は36.5キロ、ラミ少年の体重は33.5キロで、いずれも賞品を獲得できない。そこでユッシは目的を告げぬまま、ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる。わけのわからぬままラミはレモネードを飲み、体重計に乗る。ちょうど35キロ! みごと賞品を獲得する。レモネードを飲みすぎて気持ち悪くなったラミが受け取った賞品は、レモネード一箱だった。

 この物語の“問題と解決例”は「体重を35キロにすること」、解決策は「(体重33.5キロの)ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる」と設定した。

 ここでフィンランド国語教科書に示された発問の②と③を見てみよう。

「ラミが素直な性格で、ほかの人に言われたとおりにすることは、この話の、どこの部分で分かりますか」
「ユッシが算数が得意であることは、この話の、どこの部分でわかりますか」

 このような発問を「結果から原因の推論」という。「ラミは素直な性格だ」という解釈の“結果”を示し、そのような解釈を成り立たせる“情報(原因)”を文中から探させるのである。文中から解釈の根拠となる情報を取り出させるのだから、いずれもPISAでいえば「情報の取り出し」の発問になる。

 日本であれば「ラミはどういう性格ですか?」と問うところだろう。このような発問を「原因から結果の推論」という。ラミがどういう性格かを推論するためには、まず文中からラミの性格を示す“情報(原因)”を拾い、それらの情報と自分の知識や経験とを関連付けて推論し、ラミの性格に関する解釈の“結果”を示さなければならないからだ。

 欧米の読解教育では、このような「結果から原因」「原因から結果」という双方向の推論が重視されている。特に小学校の低学年のうちは、「結果から原因」の推論が重要だとされている。「ラミはどういう性格ですか?」という発問よりも、「ラミが素直な性格で、ほかの人に言われたとおりにすることは、この話の、どこの部分で分かりますか」という発問のほうが重要ということだ。

 これには大まかにいって、次の二つの理由がある。

1.子どもの思考と語彙の枠を拡げる

 小学校低学年では使いこなせる語彙が限られている。そのため「ラミはどういう性格ですか?」と問われると、情報を縮約して答える傾向がある。つまり、「良い子です」とか「悪い子です」など、極端に単純化して答えてしまう。そこで、子どもが自力では思いつかないような解釈を示し、その解釈について考えさせることによって、子どもの思考の枠を拡げると同時に、使いこなせる語彙の枠も広げようというのである。

2.他者の意見の成り立ちを考える

 「結果から原因」の推論について、PISAなら次のように問うところである。

●この物語を読んだジョンは次のように言いました。
「ラミは素直な性格なんだね」
この意見の理由を言うとすると、ジョンはどのようなことを言ったらよいと思いますか。
文章の内容にふれながら答えてください。

 発問の求める作業内容はほとんど同じなのだが、発問の目的はこちらのほうが明確だろう。つまり、「他者の意見」を示し、その成り立ちを考えさせることが目的なのである。「自分の意見」を求めているのではない。「他者の意見」を成り立たせることを求めているのだ。これはコミュニケーション教育としての意味合いが強い。他者の意見の成り立ちを推論することは、コミュニケーションにおいては重要な技能だからだ。このあたりについて詳しくは、いずれ章を改めて紹介することにしよう。

 もうひとつ、ここでの問題解決プロセスにおいては、これらの発問には「解決策を成り立たせている条件に気付かせる」という意味がある。

3.解決策を成り立たせている条件

 「体重を35キロにする」という問題を解決するために「(体重33.5キロの)ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる」という手段をとるには、「ラミが素直で、人に言われたとおりにすること」「ユッシは算数が得意であること」という二つの条件が必要である。どちらが欠けても物語通りには話が進まなくなってしまう。物語に示された解決策が特定の条件下で成り立っていることに気付くかどうか。その気付きへの“きっかけ”となる発問なのである。ここから派生する発問として次のようなものがある。

「ラミがレモネードを飲むのをいやがった場合、ユッシはどうしたらよいと思いますか」

 ラミについての条件が欠けた場合、ユッシはどうすればいいのか。ラミを説得してレモネードを飲ませるか(物語では『わけのわからぬまま』レモネードを飲んでいる)、それとも他の方法を考えるか。さまざまな答えが可能だろう。

 物語に示された解決策以外の方法を模索し、そこから最善の解決策を見出せれば問題解決プロセスは完結である。これについては次回

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(*)『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp80-81 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年

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◇この問題の前へ⇒第17回 発問 問題解決型の読解問題作法「「なぜ?」の連鎖」

◇この問題の続きへ⇒第19回 発問 最善の解決策を模索する「問題解決プロセスの完結」

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。


明解PISA大事典:発問 問題解決型の読解問題

2009年 8月 28日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第16回 発問:問題をつくろう(初歩)

 欧米型の読解問題、つまり“PISAの読解力で出されているような問題”には「大枠」となる原理がある。いくつかの原理が存在するのだが、今回は最も基本的な「問題解決方式」を紹介することにしよう。

 何らかの問題に対処する場合、自分が過去に積み上げてきた知識と経験だけで解決することも不可能ではない。だが、第13回で述べたように、急激で予測不能な変化をする社会においては、過去に積み上げた知識や経験は必ずしも通用しない。そこで、新たな知識を取得し、それを過去に積み上げた知識や経験と関連付けながら問題解決を図っていくことが必要になってくる。

 このように、新たな知識(外部情報)と、自分の知識や経験(内部情報)とを統合して問題に対処することを、「創造的問題解決(Creative Problem Solving:CPS)」という。

 PISAの読解力においては、この創造的問題解決の能力が求められている。すなわち、テキストに含まれる情報(外部情報)を取り出し、自分の知識や経験(内部情報)と関連付けながら解釈し、熟考し、評価するということだ。

 PISAの読解力の創造的問題解決としての側面に注目し、それを大枠とした発問の原理のことを問題解決方式というのである。

 問題解決方式においては、テキストを「問題と解決例の提案者」と見なす。テキストが「こんな問題があったので、このように解決しましたが、いかがでしょうか?」と提案しているととらえるのである。

 たとえば、「桃太郎」であれば「鬼という問題があったので、こらしめて宝物を奪取するという解決策をとりましたが、いかがでしょうか?」となる。「スイミー」であれば、「まぐろという問題があったので、みんなで大きな魚の姿をつくって追い出すという解決策をとりましたが、いかがでしょうか?」となる。(これらは問題と解決例の設定の一例に過ぎない。同じ物語であっても、ほかのかたちで問題と解決例を設定することは可能である)

 テキストの提案を受けて、「ほかの方法はなかったのか?」「ほかの方法があるのに、なぜその方法がとられたのか?」「その方法の利点と難点は?」というように、提案された解決例について徹底的に検証する。そのうえで「最善の解決策」を自分の意見として提案していく。第11回でも述べたことだが、「最善の解決策」を求める場合、「あなたが主人公だったら、どうやって問題を解決しますか?」と問うことが多い。

 つまり、テキストに示された解決例を外部情報として、それと自分の知識や経験(内部情報)と関連付けながら、より良い解決策を見出していく。まさに創造的問題解決なのである。このような読解教育は、グループ学習で他人と相談しながら進めると、さらに効果的である。他者の意見や知識や経験も外部情報として利用できるからだ。もちろん、PISAのようなペーパーテストでは、独力で創造的問題解決するしかないのであるが。

 この問題解決方式を大枠として発問を組んでいく。もっとも単純な発問の組みかたは、原理通りに聞くことである。たとえば――

・主人公が遭遇した問題は何ですか?
・主人公はその問題をどうやって解決しましたか?
・その解決方法の良い点と悪い点をあげなさい。
・そのほかに解決方法はありませんか?
・あなたが主人公だったら、どうやって問題を解決しますか?

 これでもかまわないのだが、いかにも工夫がない。では、どのように工夫して聞けばいいのか? これについては、次回以降で説明することにしよう。

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
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PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
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