耳の文化と目の文化(35)―地名の表記(9)―

2011年 12月 26日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(127)

スイスとオーストリアとに挟まれたアルプスの山間に日本の小豆島ぐらいの大きさの Liechtenstein リヒテンシュタインという公国がある。ここの公用語はドイツ語である。現代ドイツ語の正書法では ie という綴りは i の長音を表すから、この Liechtenstein という国名を見ると、リーヒテンシュタインと読みそうになってしまう。しかし、この Liecht- は中世語では「明るい、白く輝く」という意味の lieht [liəxt] であり、二重母音であった。また、Liechtenstein は「白く輝く岩山」という意味であった。この形容詞は現代ドイツ語では licht と短母音になったから、Liechtenstein という表記は中世語の綴りを残しているというわけである。ところで、ドイツにも同名や同じ形容詞を含む地名がある。例えば、ザクセン州には Lichtenstein があり、バイエルン州には Lichtenfels があるが、これらは licht と表記されている。

外来語は別として、ドイツ語の単一語の強勢は第一音節にある。しかし、ドイツの首都 Berlin ベルリーン、メクレンブルク=フォアポメルン州の州都 Schwerin シュヴェリーン、 ドイツ国境に近いポーランドの Szczecin シュチェチンのドイツ語名である Stettin シュテティーンなどは、最後の音節に強勢があり、母音は長音である。これらの地名がふつうのドイツ語のアクセントの位置とは異なるのは、これらがスラブ系言語起源のものだからである。

発音ということで言うならば、ゲーテが宰相を務めていたザクセン=ヴァイマル公国があった、現在のテューリンゲン州の Weimar ヴァイマル、メクレンブルク=フォアポメルン州のバルト海に臨む港町 Wismar ヴィスマル、また、ニーダーザクセン州にある、魔女が集まるというハルツ山地の麓の鉱山都市 Goslar ゴスラル、ゲーテの『若きウエルテルの悩み』の舞台となったヘッセン州の Wetzlar ヴェツラル、さらにはミュンヒェンを流れる川、Isar イーザルなどの地名の最後の音節も、例えば、日本では一般にはワイマール共和国と言われてきた場合のように、長く伸ばして読んでしまいそうである。

【筆者プロフィール】

新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
『クラウン独和辞典第4版』編集委員

【編集部から】

2008年2月『クラウン独和辞典』(第4版)の刊行を機に始めた本連載は、今回が最終回となります。長らくのご愛読ありがとうございました。


緑のソース

2011年 12月 19日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(126)

日本人が一番訪れるドイツの都市は、実はベルリンでもミュンヘンでもデュッセルドルフでもなく、ヨーロッパの交通の要所であるフランクフルトだろうと思うのだが、どうだろうか。その分逆に、フランクフルト自体を落ち着いて見て回った人は少ないのではないかと思う。

古くさい昔ながらのケーキに Frankfurter Kranz というのがあって、ザントクーヘン Sandkuchen(パウンドケーキに作り方が似ているが、コーンスターチを使うので目が詰まって重く、砂のように崩れやすい)にバタークリームをこてこてに塗りまくって、積み上げ、砕いたナッツを散らしてある。バタークリームは日本では安物の代名詞だが、向こうは乳製品が良いから、バタークリームもおいしい。バタークリームの嫌いな妻も、これは食べる。こういう伝統的な各種ケーキを出すカフェ自体がもうほとんどなくなってしまった。ともあれ、これもフランクフルト名物ではあるわけだ。

どういう前後関係だったか、私たち一家がドイツ人の友人とフランクフルトで一晩過ごす機会があって、何かフランクフルトの伝統料理はないかと聞いたら、グリーン・ソース grüne Soße というものを食べさせてくれた。残念なことにレストランのあった通りの名をを忘れてしまったのだが、せいぜいマイン河沿いの観光名所を回る時間があれば御の字という外国人旅行者などは迷い込んだことはない、ドイツ人ばかりが集う古い店がずらっと並ぶ、味わいのある下町通りのビアガーデンだった。

透明な酢と油に、パセリ・クレソン・ワケギといった新鮮なハーブ Kräuter を、伝統的には全部で7種類なんだそうだが、刻んで混ぜ込む。ハーブが新鮮な上にたっぷり混ぜ込むので、ソースがきれいな緑色になるという次第だ。これをゆでたジャガイモとか、ゆで卵にかけていただく。魚にも合う。場合によってはこれに、前に紹介したクヴァルクなどを混ぜる。

そのレストランも、そのレストランがある通りも、グリーン・ソースも、あまりにもドイツの日常に密着したものだったから、私の友人は本当に私たち一家の気に入るかどうか、最後まで懐疑的だったようだ。いや、気に入ったよ。本当においしかったよ。後になってドイツの別のレストランで見つけた時には、私たちは喜んで注文した。やはりとてもおいしかった。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

【編集部から】

2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。


耳の文化と目の文化(34)―地名の表記(8)―

2011年 12月 12日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(125)

中部ドイツ、ザクセン=アンハルト州にある Wittenberg ヴィッテンベルクはルターが宗教改革を起こした町として有名であるが、この地名の Witten は低地ドイツ語の形容詞「白い」を意味する wit(英語:white)から来ており、-berg は「山」であるから、Wittenberg はもともとは「白い山」という意味だったことになる。ところで、Witten の en は形容詞の変化語尾、ないしは接合辞である。他方、同じ州のザーレ河畔にある、大聖堂で有名な Naumburg ナウムブルクの naum は「新しい」という意味の中世語の形容詞 niuwe と -burg「城塞」からできており、もともとは「あたらしい城塞」という意味であった。ただ、この naum- という形であるが、中世から近世にかけての表記では Nuwenburgum, Numburg, Nuwenburg, Nuenburc, Nawmborg などとなっているから、本来は変化語尾、ないしは接合辞だった en の n が -burg の両唇音 b に同化して同じく両唇音の m になったと考えられる。また、南西ドイツにあるバーデン=ヴュルテンベルク州の東半分、自動車メーカーのダイムラー=ベンツやポルシェのあるシュトゥットガルト、また、大学町のテュービンゲンなどのある地方は Württemberg ヴュルテンベルクと呼ばれる。この地方名の表記が公式に決められたのは1802年であるが、それ以前は時代を遡っていくと、1475年 Würtemperg,1153年 Werdeneberch,1139年 Wirdenberc,1092年 Wirtinisberg などとなっているから、Würtem の m も本来は n であった。後にこれが p(b) に同化して m になったと考えられる。同様にバイエルン州の、教会のたくさんある、カトリックの町 Bamberg も時代を遡って見ると、1174年 Bamberc,Bamberg,1138年 Babenberch,973年 Papinberc などの表記があるから、本来は「Papo/Babo(人名)の城塞」という意味であり、語尾は n であったのが b に引きずられて m になったと考えられる。
 
正書法ではふつうこのような環境による音の変化をいちいち記すことはなく、音素表記をするのが本来である。

ちなみに、首都ベルリンに次ぐ、ドイツ第二の大都会 Hamburg ハンブルクの Ham- は「川の湾曲部」を意味する初期中世ドイツ語 hamma,あるいは「柵で囲った放牧地」を意味する低地ドイツ語の hamme に由来するから、m はもともとの音である。他には、バイエルン州にある Krumbach クルムバッハも中世語の形容詞 krum[p]「曲がりくねった」-bach「川」であるからもともと m があったのである。

【筆者プロフィール】

新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
『クラウン独和辞典第4版』編集委員

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クヴァルク

2011年 12月 5日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(124)

クヴァルクの話をもう少し続けたい。牛乳に酸や凝乳酵素(レンネット)Labを混ぜ、沈殿する白い凝縮物と透明な上澄みに分ける。白い凝縮物が凝乳Quark(英curd)で、上澄みが乳清Molke(英whey)である。

乳清は昔は捨てていたそうだが、今日では風味と栄養価を様々に利用する。粉末にしてお菓子などに混ぜ込んである。お菓子の箱の裏に印刷されている成分表によく見かける「ホエー」「ホエイ」とあるのがそれだ。英語から来たこの音がおかしいといって、ちょくちょくネット上で話題になる。

凝乳の方は、各民族各地方でありとあらゆる方法で手を掛け、熟成させて、様々なフレッシュチーズを作る。輸入チーズをブレンド、加熱処理して日持ちがするようにしたプロセスチーズしか日本では長いことお目にかかれず、今でもチーズと言えばプロセスチーズが主流で、国産のフレッシュチーズが手に入るようになったのもごく最近だから、まして新鮮な凝乳などは日本で知られていない。ヨーグルト違って乳酸発酵させて作るわけではないので、風味がもっと淡泊である。

因みに牛乳から乳脂 Rahm を分離して、発酵させればサワークリーム、乳脂の純度を上げていけば生クリーム Sahne からバター Butter に。バターを分離した後に残る液体が(専門的にも Milchflüssigkeit と呼ぶらしいが)バターミルク Buttermilch である。さっぱりした飲み心地で、時々日本でも見かけるが、よくよく考えてみると脱脂乳というやつで、私くらいの世代だと給食のまずい脱脂粉乳を思い出して、興がそがれる。

クヴァルクは食材としてよく使う。ソースやドレッシングに使うと、生クリームやヨーグルトとは違う爽やかな風味が出る。甘くしてお菓子にはさむクリームにしたりもする。しかし一番印象に残ったのは、ベイクド・ポテトにたっぷりのせたクヴァルクだ。

あんなものは以前はドイツの大学でも学食ではなく、カフェの軽食で出していた。大人の握り拳二つ分はあろうかという大きなジャガイモを、皮付きのままアルミホイルでくるんでじっくりオーブンで焼く。焼き上がったら、アルミホイルのまま皿に載せ、アルミを開いてジャガイモの真ん中にさくっと切れ目を入れ、湯気の立つところへ、ハーブを刻み込んだクヴァルクをどさっと山盛りにかける。初めて目にしたときには、前に座った女子学生がうまそうに平らげていくのに、失礼も顧みずとうとう最後まで見とれてしまった。席を変えて、自分でも早速注文したが、忘れられない味だった。ドイツのレストランにもなかなかない。簡単なようで、自分で作るのは難しい。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

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オバツダ

2011年 11月 28日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(123)

パンに塗って食べるミートペーストと並んで、パンに塗って食べるいろいろな乳製品というのもドイツで味を覚えたものだった。クラフト Kraft 社のフィラデルフィア・クリームチーズさえまだ日本であまり見かけなかった頃の話である。 けれどもドイツでよく食べた塗るチーズ、日本で言うクリームチーズは、ドイツ製ではなかった。以前にドイツでさんざん世話になり、最近ようやく日本にも上陸して手に入るようになって喜んでいるキリ Kiri やブルサン Boursin といった、ハーブやガーリック入りの様々なクリームチーズを作っているベルBel社というのは、フランスの会社である。

こういう既製品もさることながら、ドイツでおいしさを知ったのは、家庭で手軽に作るチーズ・ディップだった。何日か世話になった一人暮らしの老婦人は、朝の食卓に必ず、タマネギとパセリのみじん切りとカッテージチーズを和えたもの出した。パンにのせて食べる。風味がきついのと辛みがあるので、お前には無理かも知れないが、これで私は目を覚ますので、朝食には欠かせないのだ、とその老婦人は言っていた。いや、そのおいしかったこと。日本で真似をして作ろうとするが、どうもうまくいかない。後で分かったのは、あれはカッテージチーズではなかったということだった。どうやらクヴァルク Quark というもので、味わいはサワークリームに近い。酸味となめらかさが、カッテージチーズとは比べものにならない。納豆や豆腐と同じで、やはり原材料のある本場に行かないと本物は手に入らない、というわけだ。

バイエルンで教わったのは、オバツダ Obatzda という料理だった。レストランで出していたり、既製品を売っていたりするが、もともとは家庭料理だそうだ。古くなったカマンベールにバターや柔らかいチーズを足し、タマネギやピーマンのみじん切りを加え、ハーブを入れて練り上げる。オバツダという奇妙な名前は、*angebatzte という今はもう使われなくなった動詞の過去分詞のバイエルン訛りで、押し潰し混ぜる、というような意味だそうである。ホームメード・チーズディップの極点と申すべきか。病みつきになるお味である。

昔は肉などほとんど口に入らなかった農民が、肉の代用に乳製品を使って工夫した田舎料理というものがあって、オバツダはその典型的な例なのだという話を聞かせてくれたドイツ人の友人がいた。大変興味深い話なのであちこち調べているのだが、残念ながらまだどうも調べきれないでいる。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

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耳の文化と目の文化(33)―地名の表記(7)―

2011年 11月 21日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(122)

ドイツ語正書法では [t] の音はtで表す。しかし、ギリシア語起源の Theater [tea:tɐ]「劇場」、Mathematik [matemati:k]「数学」、Mythe [my:tə]「神話」などの語はドイツ語では気息音のhがないにもかかわらず原語のまま th で表記される。

ところでこれとは関係はないが、ドイツ語圏の地名の中には [t] の音が th で表記されるものがある。中部ドイツの州の Thüringen テューリンゲン、バイエルン州の、ワーグナーの祝祭劇場で名高い Bayreuth バイロイト、ドイツで初めて鉄道がニュルンベルクから敷かれた Fürth フュルト、ドナウ河畔の Donauwörth ドーナウヴェルト、また、スイスの州の Thurgau トゥールガウや都市 Winterthur ヴィンタートゥーアなどである。

Thürigen の地名はゲルマン部族のひとつのテューリンゲン族に由来する。中世語では Duringen, Türingen などと書かれていたから t による表記でいいのだが、更にそれ以前の5世紀末にはラテン語で T[h]oringi, T[h]uringi と th による表記もあったので、近世以降はそれを基にしているとも考えられる。

Bayreuth の bay- は「バイエルン族」を意味する初期中世ドイツ語の Beiera、-reuth は「開墾地」を意味する riuti から来ている。従って、-reuth は -reut と表記してもいいものである。ちなみに、これには -rod[e], -rath, rad[e], -reut, ried などの異形がある(Gernrode ゲルンローデ(ザクセン=アンハルト州)、 Benrath ベンラート(ノルトライン=ヴェストファーレン州)、Autenried アウテンリート(バイエルン州))。

Fürth は Frankfurt フランクフルトの -furt と同じく、「歩いて渡れる川の浅瀬」を意味する語に由来するからこれも t の表記でいいものである。

Donauwörth の -wörth は中世語の「川中島」を意味する wert から来ているから、tの表記が本来である。-wörth は -werth、低地ドイツ語では -werder などの異形があり、このような地形は各地にあるので地名としては前に他の語をつけて区別している:Kaiserswerth カイザースヴェルト(ノルトライン=ヴェストファーレン州)、Finkenwerder フィンケンヴェルダー(ハンブルク州)。従って、Donauwörth はもともとは「ドナウ川の川中島」という意味である。

スイスの州名の Thurgau はこの州にある村のひとつ Turgi に由来する。従って、州名の Thurgau の th も t でもかまわないはずのものである。また、Winterthur という地名もケルト起源の名前にも基づくローマ人の居住地 Vitudurum に由来すると考えられているから、本来 -thur は tur と表記されてもいいものである。

【筆者プロフィール】

新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
『クラウン独和辞典第4版』編集委員

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耳の文化と目の文化(32)―地名の表記(6)―

2011年 11月 14日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(121)

ドイツ語正書法では [f] の音は f で表記するが、Vater [fa:tɐ]「父親」、viel [fi:l]「たくさんの」、von [fɔn](前置詞)「…の」、verstehen [fɛɐʃte:ən]「理解する」などのように、v による歴史的表記のものが、少数ではあるが重要で頻繁に使われる語であるため、しぶとく残っている。(ちなみに、Universität [univɛrzitɛ:t]「大学」などの、ラテン語などからの借用語における v は [v] の音である。)

[f] の v による表記は地名ではけっこう残っている。とくに北ドイツで多く見られるようである。ニーダーザクセン州の Hannover ハノーファー、Vechta フェヒタ、ブレーメンとひとつの州を形成している Bremerhaven ブレーマーハーフェン、ブランデンブルク州と首都ベルリンを通ってエルベ川に流れ込む Havel ハーフェル川などの v はすべて [f] の音である。ただ、ビールの銘柄としても知られているニーダーザクセン州の Jever イェーファーはイェーヴァーとも発音される。また、Hannover の v は [f] の音であるが、Hannoveraner ハノヴェラーナー「ハノーファーの人」という派生語では、強勢が Hannover の v の前の [no] から Hannoveraner の v の後の [ra:] へ移動すると v は [v] の音になる。これはヴェルナーの法則と呼ばれるものであるが、このように v による表記は [f] と [v] がきわめて近い音であることを表している。

Bremerhaven の他にもニーダーザクセン州には Wilhelmshaven ヴィルヘルムスハーフェン、Cuxhaven クックスハーフェンがある。これらの語における haven は「港」の意味であり、これはもともと低地ドイツ語である。(ちなみに、英語にも haven「港」があり、その v は [v] の音である。)この低地ドイツ語が高地ドイツ語に入り、Hafen と f で書かれるようになった。従って、ラインラント=プファルツ州の Ludwigshafen ルードヴィヒスハーフェンもバーデン=ヴュルテンベルク州の Friedrichshafen フリードリヒスハーフェンも f で表記されている。

南ドイツにも v で書かれる地名として Vaihingen ファイヒンゲン、Villigen フィリゲンなどがある。これらの v も [f] の音を表している。ただ、Ravensburg ラーヴェンスブルクの v は [v] であるが、これもときに [f] の音で読まれることもあるようである。

ノルトライン=ヴェストファーレン州の都市に製薬会社バイエルの本社がある Leverkusen レーヴァークーゼンがある。この v は [v] の音である。ただ、この町は化学者の Carl Leverkus にちなんで名付けられたので、人名に固有の要素もあるから一律には論じられないであろう。

【筆者プロフィール】

新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
『クラウン独和辞典第4版』編集委員

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ドイツ料理―メットヴルスト(Mettwurst)―

2011年 11月 7日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(120)

初めてドイツで暮らして日も浅かった頃に、ドイツのスーパーマーケットで日本でも見慣れた赤いフィルムでラッピングされたソーセージを見つけた。買って帰って、おとなしくパンといっしょに食べようと思ったら、凹むばかりで、フィルムの上からナイフが入らない。ミートペーストをソーセージの形にまとめてフィルムでくるんであるのだと分かり、仕方ないので果物のようにフィルムをむいて、パンに塗って食べた。結果的に正しい食べ方であったようだ。Mettwurst との初めての出会いである。

子供の頃家中で父だけがレバーペーストが好きで、輸入品がよくうちにあったから、満更知らないものではなかった。けれども好きではなかった。レバーの血なまぐささが嫌いであっただけではない。考えてみれば例えば練りウニと同じ理屈の食べ物なのだが、肉のペーストというもの自体がどうもぞっとしなかったのだ。

古くに低地ドイツ語から入ってきたこの言葉の、Mett- というのは、脂身のない豚の赤身のミンチを意味し、英語の meat と同語源なのだそうである。そうだとすると、よく意味の分からない命名である。脂身のない肉などは下等で人気のない部分だから、これは私見だが、「普段の食事用の、すぐ食べられる」というような意味だったのではないだろうか。

あまり食指の動かなかったこういう Mettwurst も、ドイツ生活に慣れてくるに従い、ちゃんとした肉でありながら、日持ちがし、手軽にさっとパンに塗って食べられ、しかもボリュームも栄養もあるとなると、手放せなくなってくる。私は古い世代に属するからこうなるまで一段階経ねばならなかったが、子供達となると最初から「紅毛人の野蛮な肉食」を恐れ嫌う心性など持ってはいないから、すぐに Mettwurst は好物となって、帰国後も日本で手に入らないのを嘆くほどであった。

最近ようやく独仏の輸入品が少しずつ手に入るようになった。また本格的なハム・ソーセージの職人が日本でも育ってきて、「生サラミ」などという名前を付けたりして、広めようとしているようだ。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

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ドイツ料理―Dr. Oetker社について―

2011年 10月 31日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(119)

ドイツでは冷凍tiefgefroren/tiefgekühltピザをよく食べる。Lサイズの大きいのが、スーパーマーケットの冷凍食品売り場に各種並んでいる。住環境が日本と違い格段に広く、従って台所も広く、それに合わせて冷凍庫も大きいから、あんなものを買い込んでもいくらでも家庭で保存できるのだ。ちょっとしたパーティだと、10枚も用意しておけばそれだけでメインは何とかなる。宅配Lieferungピザもおいしかったが、冷凍ピザもバカにならなかった。

山ほどある中で、よくお世話になったドイツの冷凍ピザは、テレビのコマーシャルで有名なFreiberger社のAlbertoというシリーズと、Dr. Oetker社のRistoranteというシリーズだった。

Freiberger社は1970年代にベルリンで創業した、ドイツ初の宅配ピザ屋だったそうで、Albertoというイタリア語風の名前がボディに書かれた、当時の同社の宅配の赤い小型トラックの模型は、コレクターズアイテムのようである。

Dr. Oetker社については、Iglo社の白身魚のフライと並んでスーパーマーケットの冷凍食品コーナーでよく見かける(日本人がよく食べる)から、こっちが専門だと思っておられる向きもあるが、今は総合食料品メーカーであるものの、そもそもは製菓材料の会社である。更にその元はといえば19世の末に北ドイツのBielefeldで開業した薬屋Apothekeで、小麦粉500グラムにちょうど良い量のベーキングパウダーBackpulverを小分けにして売り出して当たりをとった。ドイツでは粉砂糖などその他の製菓材料が不思議に小分けして古くさい紙袋に入って売っていて、日本人にはかえって使いにくいことがあるが、この流れである。万事この方面はDr. Oetkerがかなりのシェアを占めている。

ベーキングパウダー(ふくらし粉)というのは重曹(炭酸水素ナトリウム)に酒石酸とか焼きミョウバン(カリウムミョウバンだが、これに含まれるアルミニウムはアルツハイマーの原因になるといって嫌われ、最近は使われない)のような分解補助剤を加えて、炭酸ガスを発生させ、パンや焼き菓子の膨張剤として用いる薬品である。イーストHefeとは別にこのような化学薬品を入れてパンや菓子を焼くとうまくいくことは経験的に知られていたが、Dr. Oetkerの創業者が大量生産による商品化に成功し、特許を取った。プロが使うものと思われていたベーキングパウダーを一般に使えるようにし、更にパンのクッキングブックとか料理教室にまで事業を拡張して需要を開拓し、大成功を収めたのである。日本の国産では、粉屋の日清やニップンのものもあるが、なんと言っても昭和7年創業の株式会社アイコク(先頃「愛国産業株式会社」から社名変更)の「アイコク・ベーキングパウダー」が有名で、皆さんのお宅にも必ず見慣れたあの缶があるはずである。

ピザから話が脱線してしまった。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
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耳の文化と目の文化(31)―地名の表記(5)―

2011年 10月 24日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(118)

cで表記される地名は、これまで見てきたように、ラテン語に由来するものであればむしろcによる表記を近世以降にkに改めたものが多い。しかし、それでもなおcによる表記を保持しているものがある。それらはむしろ由来のわからなくなっている地名が多いようである。それは、まだ正書法の定まっていない時代に、cによる表記が目立つことから差異化などのために使われたものがそのまま受け継がれていると考えられる。また、人名などに由来するものであればその表記がそのまま受け継がれているようである。

ニーダーザクセン州のエルベ川の河口にCuxhavenクックスハーフェンという港町がある。havenは「港」であるが、cuxは低地ドイツ語の「堤防で囲んだ土地、干拓地」を意味するkoogに由来する。中世の表記にKuckeshaven、近世の表記にKoogshavenとあるから本来はcではなかったことになる。

バイエルン州の北部に位置するCoburgコーブルクは1530年にアウグスブルク帝国議会に出席できなかったルターが待機していた都市として知られている。burgは「城」を意味するのであろうが、coの語源は不明である。中世にはChoburc, Chonburchという表記もあり、一貫してc, chが使われている。

ブランデンブルク州のシュプレー河畔にあるCottbusコトブスは今日でもなおスラブ系のソルブ人が住んでいる。地名の語源はソルブ語の人名に由来すると考えられている。中世ではKottbuzと表記されることもあった。

ニーダーザクセン州のハルツ山の近くに鉱山都市として栄えたClausthalクラウスタールという都市がある。ここはノンアルコールビールの醸造所があったところとしても有名である。この地名は人名Nikolausニコラウス、Clausクラウスに関係があると思われる。Klausthalと表記されたこともあった。

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