かこつけて(1)―一葉と漱石の「橋」―

2009年 11月 30日 月曜日 筆者: 新井 皓士

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(72)

樋口一葉に『十三夜』という短編小説がある。『たけくらべ』『にごりえ』に次ぐ佳作とされ、主情的ではあるが、社会変動の著しい明治中期の世相を連綿たる擬古文で書き残している。タイトルは、「中秋の名月」とならび賞玩される「後の月(十三夜)」、その片方だけ供え物をするのは片月見として忌む慣わしもあったそうな。因みに新暦ではあるが今年2009年10月は、中秋の名月と十三夜が同じ月の始めと終りにくる、かなり珍しい月でもあった。

さて話は、美しいが平凡な娘「お関」が、身分違いの高級官吏に偶然見初められ、躊躇つつも結局その「奥様」となり「お屋敷」暮らしをするようになりはした、ところが跡継ぎが産まれてからは手のひらをかえしたようなむごい夫の仕打ち、裏切りにいたたまれず、7年目の「後の月」の夜、しがない暮らしの父母の家に密かに逃げ帰るところから始まっている。「婚活」やら「肉食系」などという言葉がはやる今からいえば何とも消極的で一方的に弱い女性の立場のようだが、なにしろ「青鞜」以前、華族士族平民などと戸籍に記録された時代のことである。両親はむろん娘の「出世」を望外の幸せと喜んでいた。

とはいえ事情を詳しく聞くや、娘可愛さに母親は憤慨してまくしたてる。その言葉の中に「人橋たててやいやいと貰いたがる……」という文句があったのだ。それまでぼんやり活字をおっていた僕はおやっと思った。「人柱」とか(東西の)「掛橋」とかいう言葉には時々出くわすが、「人橋」というのは初めだったこと、それに、暫く前から気には掛かりながら追跡不調で放置していたドイツ語の表現を思い出したのである。

それは漱石が体調や精神的変調著しく新聞連載中に一度中断し、後に書き足した『行人』第4部「塵労」に出てくる文言で、いわく、「人から人へ掛け渡す橋はない(Keine Brücke führt von Mensch zu Mensch.)」。どうです、いかにもいかにもで、ちょっと気になる科白ではありませんか?

手元の古い版の注には「ドイツの諺」とあるが、K.F.W.Wanderの5巻本諺辞典をみても、Grimmその他2,3の辞典類をみても見当たらず、親友のハーバーマイアー君に聞いてもどこか地方の諺かもしれぬが自分は知らないという。漱石は弟子の小宮豊隆相手に独逸語に取り組んでいたし、Neue Rundschau なども覗いていたから、どこかで見つけ印象的に利用したのだろうから、あえて出典など問わずともいいようなものの、気になりだすと気になるもの、とりあえずインターネットで調べてみたら用例が4つ見つかった。といっても、そのうちの一つはローゼンツヴァイクの『救済の星(Der Stern der Hoffnung)』(1921) なる哲学書を引用する論文であるから、実質的には3例というべきだろう。

ローゼンツヴァイクは、知る人ぞ知る、ハイデガーと並ぶ現象学的実存(ないし先験)哲学の嚆矢ともみなされる存在で、その主著『救済の星』は英仏伊西など主要言語の翻訳はもちろん、最近は日本語の翻訳も出ているそうだ。ユダヤ系ドイツ人で大学の講壇を蹴ったせいもあってか、ハイデガーほど著名にはならなかったが、著作権問題は生じない没後70年を経て、フライブルク大学図書館が電子図書として公開している。僕もこれによって少し覗いてみたが、確かに上の文言が2度出てくる。しかし、文章は明晰なのだが、いかんせん門外漢にはチンプンカンプンだ。なんでも、神(Gott)と世界(Welt)と人間(Mensch)を互いに切り離せない三要素(Elemente)とみなし、論じ来たり論じ去って旧約聖書的な救済思想に至るらしいのだが、興味ある御仁は原文に当たるか翻訳書と格闘してほしい。僕はくじけかける途中で気づいてしまったのである、この書が世に出た頃(1921)には漱石はすでに泉下の人であったし、『行人』を書いたのは大正2(1913)年のことであったから、この文言の出典ではありえないことに。それに『グリトリ書簡集』(Gritli < Margrit Rosenstock-Huessy)と呼ばれる往復書簡集で、当のローゼンツヴァイクがこの文言を使いながら、「誰だかはっきりしないが、どこかに書いてあった」(1918.4.23)と言っているのである。

いま一つの用例はリヒァルト・フォスという人の『人二人(Zwei Menschen)』という長編小説にあった。主舞台は南チロル、激流アイザックでの救助をきっかけに愛し合うようになった若い男女貴族が、母親の信仰ゆえ男は聖職者に変身したため、永遠に結びつけない運命となる。「隔ての崖淵に二人は立つ。差し伸べる腕は空しく空を掴み、身にしみて知るはただ人間:男と女の大いなる悲劇である。人二人が一になることはできない、『人から人へ掛け渡す橋はない』ゆえに」、とまぁ『草枕』の画工風にさわりを訳してみたが、この作が世に出たのは1911年、当時40万部も売れたそうだから、何らかのきっかけで漱石の目にふれたかもしれない。といっても相当長い小説であるから全巻の半ばあたりに出てくるこの文言を直接そこから書き抜いたとも思えないのだが。日記・断片や書簡集にはヒントがみつからなかった。『行人』に出現する格言風ドイツ語(「孤独よ……」)の他の例は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』からの引用であることは明らかである。

お関の母親のいう「人橋」が、仲に人をたてて、の意味であることはいうまでもない。一葉の日記にはまたこんな歌もある。「たちまよふ 市(いち)のちまたの 塵のうちに つれなくすめる 月のかげ哉」。女ながらに戸主として、母と妹、そして己が身を養わんがため、悪戦苦闘する「晩年」、数えで23、満で21歳の頃の作である。

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【筆者プロフィール】
新井 皓士(あらい・ひろし)
放送大学特任教授・東京多摩学習センター所長 一橋大学名誉教授 
専門はドイツ文学・文体統計学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。


付録について

2009年 11月 16日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(71)

『クラウン独和辞典』の中身は、メインとなる「独和」の部のほか、さまざまなページから構成されている。序文はさておいても、「この辞典の約束ごと」「発音解説」「ドイツ語正書法解説」「正書法インデックス」「ドイツ語アルファベット」「枠囲みした記述」がはじめにあり、巻末には「付録」として、「和独インデックス」「文法小辞典」「主な参考文献」「動詞変化表」があり、表紙裏には地図「Mitteleuropa」「ドイツ・オーストリア・スイス(行政区画)」が掲載してある。また第4版はCDとそのテキストが別添されている。CDは第3版でも2006年2月から別添のものが刊行されたが、第4版ではすべてCD付となった。ちなみに「この辞典の約束ごと」は、一般に従来の辞書では「凡例」とされていたものに相当するが、この古い用語は今日の利用者にはなじまぬもので、学生のなかには(教師にも)「ぼんれい」と読む者がいるほどであったため、『クラ独』では他の辞典に先駆けて初版(1991年3月)からこうしたわかりやすいタイトルにしたのである。また、術語編、ドイツ語索引、別表の3部から成る「文法小辞典」は、ここだけでも独立させて単行本にすることができるほど充実した内容で、『クラ独』の目玉のひとつと言えよう。

「独和辞典」の付録といえば、明治の昔から、不規則動詞の変化表と決まっている。実際今日でも「独和辞典」を名乗る本で巻末に不規則動詞の変化表を掲載しないものはない。しかし学習上や情報社会のさまざまな要望に応じるべく、「独和辞典」にはそれだけでなく多種多様なページが添えられるようになった。とりわけ文法関連事項や日常会話や専門用語集などである。三省堂刊行の独和辞典に限ってみれば、『デイリーコンサイス独和・和独 第2版』(2009)と『身につく独和・和独辞典(CD付き)』(2007)の「役に立つ表現集」「数・数字の表現」、『新コンサイス独和辞典』(1998)の「経済用語辞典」「和独インデックス」「新正書法について」「つづりの分け方(分綴法)」、『独和新辞典 第3版』(1981)の「記号及びシンボル」「分綴法」「諸品詞及び構文要覧」などであるが、昔に遡って明治中期に好評だった『獨和新辭林』(明治29)のAnhang附録は、不規則動詞表のほかに、Erklärung der Abkürzungen 略語解 とDie gebräuchlichen fremden Ausdrücke 常用外國語 であった。

そもそも付録とは何であろうか。『大辞林』によれば「①…また本などで、本文を補足する目的などで添えられたもの」であり、巻頭でも巻末でも、あるいは別冊になっていても、位置や形態には関係ないようだ。ただ、巻末にあるものをまとめて「付録」と名をうっておけば、利用者は「おまけ」として、なんとなく得をしたような気分になるかもしれない。


耳の文化と目の文化(20)-視覚的な特性(13)

2009年 11月 9日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(70)

副詞+動詞の場合も前回と同じようなことが言える。例えば、wiederという副詞には「もとに戻って」という意味と「もう一度」という意味があり、前者では1語に書き、後者では2語に書くことを基本とすると言う。従って、wiedergebenは1語に書いて、「(物を)返す」、wieder anfangenは2語に書いて、「再度始める」ということになる。しかし、いつも両者の区別がつくとは限らない。「もう一度何かをする」ことは「元に戻って同じことを繰り返す」場合が多いからである。例えば、wieder sehenと2語に書くと「元通りに見えるようになる」という意味であるが、wiedersehenと1語で書くと「再会する」という意味だとされるが、「相手の顔を見るという前回と同じ行為を繰り返す」という点では同じことである。他には、vorher sagen「前もって言う」、vorhersagen「予言する」があるが、「予言する」ことは「前もって言う」ことに他ならないから、両者は発言行為であることに変わりはなく、ただ、その発言内容が一般的な事柄か、それとも発言内容が的中するかどうかに重点があるのかといった視点の違いである。

davonkommen「危険などを逃れる」などにおけるda+前置詞、aufeianderprallen「衝突する」などの前置詞+代名詞などの複合的な副詞が動詞と熟語を構成する場合は、両方にアクセントがある時は2語に書き、複合的な副詞だけにアクセントがおかれ、動詞にはそれがない時は1語に書く、とされる。しかし、このようなアクセントの区別は意味に基づいているだろうから、その意味的な違いを記述しないことには、特にドイツ語を母語としない人々にとっては意味がない。これは、前者の場合はdaやeinanderにまだコンテクストにおいてそれが指すものがあり、後者はそれの指示関係が失われて単なる副詞となっているということであると思われる。従って、davon,aufeinanderは前者ではそれぞれ「そこから」、「お互いを目指して」という意味であり、後者では「ある場所、ある状況から」、「相互に」という漠然としたものを表している。


【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
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耳の文化と目の文化(19)-視覚的な特性(12)

2009年 11月 2日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(69)

形容詞+動詞の構造を持った熟語の場合、形容詞が本来の意味で動詞を修飾しているのか熟語としてひとつの意味をもっているのかの判断には形態的な手掛かりは何もなく、もっぱら意味から判断するしかない。しかし、意味は不確定なものであり、主観的なものであるから、何をもって新しい意味として認定するかはきわめて難しい。そこで改訂新正書法では句として分けて書くのと1語に書くのとの両方を認め、明確に熟語的にひとつの意味だと認められる場合に1語に書くこととしている。ただ、これも個々の句・語によっていつも明確に判断がつくとは限らない。

例えば、frei は「自由な」という形容詞であるが、「自由」にもいろいろな自由があり、frei laufen「(犬などがリードなしで)自由に歩く」などは「物理的に拘束されない」という意味であるから2語に書くのであろう。eine Rede frei halten「(原稿を見ずに)演説する」などは「心理的に拘束されない」という意味でこれも2語に書くことに大体は納得がいく。しかし、 freisprechen「(人を)無罪放免にする」、などは1語に書くが、これもよく考えると「身体の自由がある」、「刑罰などの拘束がない」という意味でそれほど前2例とかけ離れているわけではないように思えてくる。また、den Oberkörper frei machen/freimachen「(医者の診察を受けるなどのため)上半身裸になる」、 den Weg frei machen/ freimachen「塞がっていた道路を通行可能にする」、sich von Vorurteilen frei machen/freimachen「偏見をすてる」などは1語で書いても2語で書いてもよいとされているが、これとても返って曖昧さを増すことにならないだろうか。ただ、freimachen「(手紙に)切手を貼る」などのfreiは単独では使われることはないから、接頭辞的になっており、1語に書くのもやむを得ない。このような問題は形容詞の多義性に原因があり、その例となる熟語はきわめて多数ある。


【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


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ドイツのゆで卵

2009年 10月 26日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(68)

エッグスタンド Eierbecher に立てたゆで卵を、そのままタマゴ用スプーンで上手に食べるのにはなかなか熟練が必要である。最初の段階で、どうやって殻の上部に口を開けるか、である。

通例は、スプーンの背で卵の頭を軽く叩いて、適当な範囲にひびを入れ、手で小さくむしり取る。確実だが、口の周りがギザギザになることは避けられない。それに、手を使うのもはばかられる。

そこへいくとドイツ人はみな、ナイフで上手にスパッと卵の殻の上部を薄く切り取る。まねをして何度かやってみると、思い切りさえ良ければ、何かの剣法のように不可能な技術でもないことが分かる。どうしても端に小さなギザギザが出来てしまうが。これはドイツ人でも全員なんなくやってのけられることではないらしく、ゆで卵用はさみ、というものを妻がドイツで見かけたことがあるそうだ。それ以後見かけないので、あの時買っておけば良かったと、しきりに悔やんでいる。

ある日本人は、その薄く切り取った卵の殻を、ドイツ人がそのまま惜しげもなく捨ててしまうのを見て驚いていた。だって、その卵の殻の裏には、薄く切られた白味が付いたままなのに、あの倹約家のドイツ人がそれを食べようとしないなんて!

ゆで卵といえば、ドイツで最も驚かされたことの一つが、卵のゆで方の違いだった。日本でゆで卵を作るには、卵は水からいれる。お湯から入れると、殻の内部にある空気が膨張し、殻が破裂してしまうからだ。ところがドイツではこの禁を犯す。それでも失敗しないのは、お湯に卵を入れる前に、何と針で殻に小さな穴を空けるのだ。尖っていない方の端に針を刺すのがコツで、通例空気はそちらの側にある。

こわごわドイツ人のまねをしてやってみると、なるほど普通の針で卵の殻に穴が空けられるものだし、それでといって卵全体が割れもせず、白味が流れ出もせず、お湯に入れると、プクプクとその小さな針穴から空気が出てきて、それで終わりである。6分で半熟、8分で固ゆでができるが、このゆで方で優れているのは、初めから殻に割れ目があって、殻と白味の間に水が入っているから、殻がむきやすく、失敗することがないのだ。是非お試し下さい。うちではもうゆで卵用の針が台所に常備してあるくらいである。卵に針で穴を簡単に空ける器具というものも売っている。これはまだ手にはいるし、日本でも見かける。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員


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ドイツの卵、日本の卵

2009年 10月 19日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(67)

外国人が成田空港に降り立つなり、辺り一面海の臭いというか魚臭いと感じるというのは、よく聞く話である。われわれには分からないが、われわれもヨーロッパの空港に着くと、何だかピザ屋の換気扇の下にでも立ったような香料の臭いが鼻につくのと同じことのようだ。

大気全体に関わるようなこの臭いは直ぐに慣れて忘れてしまうが、食べ物の独特のにおいとなると、しっかりと好悪や思い出と結びついて、いつまでも忘れられないものだ。それもレシピに書いてあるような香料や香味野菜のことではなくて、もっと根底的な、食材そのもののにおいの違いである。たとえば、卵。

私が聞いた範囲ではヨーロッパ人たちはみな口をそろえて、日本の卵は、特に白味が魚臭いと言う。私の妻などはそれが嫌いで日本ではゆで卵など食べられなかったが、ヨーロッパではじめて卵のおいしさが分かったという。しかし日本が長いあるヨーロッパ人は、日本の卵は魚の風味が付いているから、生でもいけるんだよ、という意見で、これは卵ご飯が好物だという、日本に馴染みすぎの例かもしれない。

今でもヨーロッパでは卵による食中毒で毎年死者が出る。最初から生食を想定していないから、殻の消毒が不徹底らしい。そのせいか、半熟卵も食べたことがなかったという話を聞いたことがある。危険なので火をよく通す習慣なのだろう。生卵となると論外で、日本人は生卵を食べるなどと言う話は、ヨーロッパで格好の土産話になるらしい。ええ!?、さかなだけじゃないの!?という悲鳴が上がって、盛り上がるそうだ。

さるドイツのミステリーを読んでいたら、フランドル絵画の中に、半熟卵の黄味にパンを付けながら食事をしている作品があるのを紹介しながら、この美味しい習慣はいつヨーロッパで失われたのだろうと、書いてあったから、ヨーロッパでも昔は食中毒など気にせず、半熟卵のおいしさを楽しんでいたらしい。目玉焼きの半熟の黄味を豪快にトーストにつけながら食べる、あの美味しいが行儀の悪い食べ方は、アメリカ人しかしないのだろうか。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員


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正書法と見出し語 ―辞書の見出し語の配列(3)―

2009年 10月 5日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(66)

見出し語は1語とは限らない。1語とみなすことができるような2語以上から成る語句や略語のこともある。例えばFloppy Disk; Fast Food; Fin de Siècle(世紀末); Ultima Ratio(最後の手段); summa cum laude(秀の成績で)など外国語や、固有名詞Le Fort(ドイツの作家名); Mao Tse-tungMao Zedong(毛沢東); New York; Sankt Gallen(スイスの都市)などである。観光都市Rothenburg も公式名でならRothenburg ob der Tauberと4語になるところ。略語の例ではu.a.m.(← und andere[s] mehr ); u.A.w.g. (← um Antwort wird gebeten ) など。Duden. Die deutsche Rechtschreibung. 24版(2006)ではdas heißtso wasを2語見出しにしている。『クラ独』も第2版ではwas für einを見出し語にしてWasen(芝)とWashingtonの間に掲げた。現在の新しい正書法では、従来(1996年以前)1語で書いていた副詞unterderhand(こっそりと)は unter der Hand と3語に分けて書くことになったため、この語は『クラ独』の見出しから消え、Handの項に熟語・成句として記されている。High-Tech は1語の見出しHightechとなったが、High-Societyは2語表記High Societyになった。また従来は「語の頭字を大文字で書く」の意味では1語書きgroßschreibenとし、比喩的な「重要視する」の意味では2語書きgroß schreibenとされていたが、いまではどちらの意味でも1語書きgroßschreibenである。groß schreiben と2語に書けば、「大きい字を書く」の意味でしかない。

一般に複数の表記を認めるケースでは、『クラ独』では紙面の節約との兼ね合いでその扱いに苦心した。一つの例を挙げると、machenと結果を表す形容詞の結合では、2語に分けても、1語につづってもよいが、比喩的な意味では1語につづるとされている。そこで『クラ独』第4版での例えばkaltmachenの記述は、①冷たくする.②人を殺す.ただし①の意味ではkalt machen とも、と注記することになる。上記Dudenの『正書法辞典』24版では複数の表記が認められる場合、いずれか一つの表記を推奨(Empfehlung)しているので、『クラ独』第4版でもそれを参考にした。

表記が変わって見出しの位置も移動する語もある。例:GreuelGräuel(残酷行為); StengelStängel(茎); rauhrau(きめの粗い)などはABC順で前送りされる。表記の異同については、『クラ独』第4版では「正書法インデックス」があるので、「この語が辞書に載っていない!」などと早合点しないで、この表でよく確かめてほしい。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


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テーマ別とアルファベット順 ―辞書の見出し語の配列(2)―

2009年 9月 28日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(65)

見出し語のアルファベット順配列の欠点は、相互に関連する語が無関係な語の介在によって分断・隔離され、その連携が失われることである。この不備を補うひとつの方法は、前世紀の半ばまで多くの独和辞典が採用していた複合語(合成語)の処理法、つまり規定語(語規定)を見出しとして立て、その項目のなかに語基だけ改行せずに追い込むやりかたで、紙面の節約にもなる。例えば、『クラウン独和辞典 第4版』の1104ページ右欄に、Regenschirm(雨傘) Regent(君主、統治者) Regentag(雨降りの日) Regentropfen(雨滴、雨粒) Regentschaft(君主の統治) Regenwasser(雨水)の順に見出し語が並ぶが、昭和11年4月発行の山岸光宣編『コンサイス獨和辭典』(三省堂)802ページでは、Regen- の項目のなかに ~schirmも ~tag、~tropfen、~wasserも追い込みで入っていて、~zeit(雨季)の後に、改行してRegentが全書されて見出し語として立項されている。RegenzeitRegentに先置されているから、アルファベット順とはいえないことになる。また山岸『コンサイス』では Gas- (372ページ)のなかに ~vergiftung(瓦斯中毒)が追い込みで入っているが、『クラ独4版』ではGas(516ページ左)(ガス)とGasvergiftung(517ページ左)(ガス中毒)は大きく離れて、その間にはGasse(路地)やGast(客)など Gasとはなんの関係もない語が多数入っている。

東ドイツで刊行された6巻本の『ドイツ語現代語辞典』(R.Klappenbach⁄W.Steinitz: Wörterbuch der deutschen Gegenwartssprache. Berlin 1964-77)がこの規定語のなかに語基だけを追い込む方式を採っていて、やはりRegen–zeitRegentに先置されている。

1981年3月発行の『三省堂 独和新辞典 第3版』では、規定語の見出しのなかに語基を追い込むが、アルファベット順が乱れる際にはそのつど改行して新たに見出し語を全書して立項する。例えば865ページで、Regen の項目のなかに収める複合語は ~anlage(雨状灌水装置)から ~(雨を伴う嵐)までで、それに続く Regenbogen(虹)は改行してあらためて見出し語として全書される。その先でも、Regensburg(地名)のあとの見出し語Regen₌schatten (雨陰)に続く複合語は ~schauer (夕立)から ~strom(篠つく雨)までで、そのあと改行してRegentが全書して立項されている。

今日のコンピューターの進歩・発展は、辞書の見出し語の配列だけでなく、今後の辞書の編集や体裁や普及のみならず、辞書の在り方そのものにまで、予測できないほどの大きくて深い影響を及ぼそうとしているようである。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


【編集部から】
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テーマ別とアルファベット順 ―辞書の見出し語の配列(1)―

2009年 9月 14日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(64)

今日では外国語辞書の見出し語の配列はアルファベット順であるのがふつうだが、辞書の歴史を調べてみると、揺籃期にはテーマ別の辞書もあった。集めた語彙を編纂者の世界観に従って整理し、論理的に順を追って展開し配列するテーマ別の語彙集は、学習にも適している。相互に関連する単語がアルファベットの前後に分散するのは支離滅裂で、知識の整理・統合にはならない。語や語句が表す観念に従って配列して語彙の集大成を目指す中世から近代初頭のヨーロッパの百科全書的な書物の編纂者たちの頭には、単語をアルファベット文字に分解してみる発想はなかった。

わが国の独和辞書の歴史を振り返ってみると、1862年(文久2)冬に幕府の洋書調所が発行した『官版獨逸單語編』が静岡県立中央図書館に残っている。黄色の和綴じ表紙で和紙両面木版刷り25葉に、およそ1,800語を手書き筆記体で収めていて、まだ辞書とはいえない単語集であるが、この書では単語は次の22項目に分類されている。Von der Welt und den Elementen; Von der Zeit und der Jahreszeiten; Vom Essen und Trinken; Von der Blutsverwandtschaft; Vom Menschen und dessen Theilen; Von den Zufallen der Krankheiten und Mangeln des Menschen; Von Gewerben und Handwerken; Von Manns und Frauen-Kleidern; Vom Studieren und Schreiberei; Von den Theilen des Hauses und vom Hausrath; Was man in der Kuche und in dem Keller findet … 例えばVom Essen und Trinkenには次の単語が2列に並んでいる。das Brot. 麺包 der Wein. 酒 das Bier. 麦酒 das Fleisch. 肉 der Fisch. 魚 Gesottenes. 煮肉 Gebratens. 焙肉 eine Pastete. eine Suppe. 羹 … eine Pasteteの欄には訳語がなく空白である。

この『官版獨逸單語編』に先立つ1854年(嘉永7)の刊行とみられる『佛英獨三語便覧』(村上松翁撰 達理堂)の「再刻」三巻木版刷りが国立国会図書館に残っている。これは日本語を最初に掲げて対応する佛蘭西語、英傑列語、獨逸語を手書き筆記体で記すもので、約3,500の日本語が、天文、地理、身體、疾病、家倫、官職、人品、官室、飲食 … など29項目に分けて挙がっている。例えば初巻の第1ページ天文の項は、天地既成(テンチノハジメ) chaos. chaos. chaos. 物(モノ) matiere. stuff. stoff. 自然(シゼン)nature. nature. natur. 全世界(ゼンセカイ) univers. universe. welt. … で始まる。

テーマ別に対し、不変で無意味で無機質なアルファベット順は、万人向きで検索にも便利である。辞書の配列がテーマ別からしだいにアルファベット順に移行したのは、語彙数の増加や学問の普及に伴う自然の成り行きであるが、編纂者の単語に対するアプローチが変化し多角的になったことや、活字の発達など印刷術の進歩もこれに大きく関わっている。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。


日独料理法の違い―あく―

2009年 9月 7日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(63)

日本とドイツの料理の違いということになると、野菜の料理法がまず気になるところである。この点で伝えるのに困る料理用語に「あく」がある。

「灰汁」ならLauge(アルカリ液)であるが、料理でいう「あく」はこれとは違う。因みに「灰汁を抜く」にあたる動詞auslaugenは、料理では、おいしさの元であるエキスや栄養が抜けてしまう、という否定的な意味で用いるようである。

「あく」は肉類の煮物や吸い物では、微細な肉片のことで、汁を濁らせてしまう料理の大敵である。日本では、汁が沸騰する前に泡とともに表面に浮き固まってきたのを、オタマなどで丹念にすくい取る。ドイツ料理でも、いわゆるklare Suppeではこの種の小肉片をFlockeと呼んで気にし、これを除去して澄んだスープにするが、日本人のように料理の途中にちまちま除去しようとしないで、スープが出来た後でausseihen(漉す)ようである。

問題なのは、野菜の「あく」であるが、これにぴたりとあたる概念はドイツ語にないようである。どうやら、気にならないことはないが、我慢できる範囲の苦み、くらいに認識しているようだ。ホウレンソウのクリームの作り方を見ると、苦みが強くならない程度で、ホウレンソウのゆで汁で最後に風味付けをする(auslöschen)、なんてことが書いてあるから、あのホウレンソウのえぐみでさえ風味のうちなのだろう。それは間違っていないが。

だから、うま味だとか風味だとか、日本語で言えば今度は「あく」対して「出汁」という概念すらも、何とか通じるかもしれない。上のホウレンソウのゆで汁ではないが、ゆでたり蒸したりして野菜から出たWasserをうまく利用することが、ドイツ料理でも重要であるようだから。

しかし(こだわるようだが)ホウレンソウのおひたしは、以前にドイツ人に料理として認めてもらえなかった覚えがある。あんなクリームよりはうまい食べ方があることを見せたかったのだが、まだ材料の段階にしか見えなかったようなのだ。確かにあの時は鰹節もなかったし、半生のホウレンソウに醤油をかけただけだから、料理には見えなくて当然だったかもしれない。生野菜のサラダをふんだんに食べるようになったから、今のドイツでは違う反応があるだろうか。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。


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