題詠:「旅(たび)」
「旅(たび)」を題にした歌を、なるべく多くの古語(『三省堂 全訳読解古語辞典 〔第四版〕』に載っている語)を用いて、五・七・五・七・七の形式で詠んでみましょう。また、歌を詠むきっかけとなった出来事やエピソードを一〇〇字程度で紹介してください。
「優秀賞」(3名)
廣間菜月(長野県・長野県立屋代高等学校2年)
100字エピソード:
春休みに海外に一人でホームステイに行った時の気持ちを詠んだ歌です。異国の地で生活することで広い世界を知り、そこで発見した新しい自分を連れて帰ろうという思いで旅立ちました。「このたびは」に「旅」と「度」を掛けています。下の句は倒置法です。
影山龍之介(静岡県・静岡北高等学校1年)
100字エピソード:
一人旅がしたくなって勢いで東京に行ったが着いてみると大してやることもなく、途方に暮れており、急に雨が降ってきてずぶ濡れになり、後悔とともに家に帰りたいと思った去年の夏を思い出して書いた。
真浦稜太(愛知県・愛知県立知立東高等学校2年)
100字エピソード:
小倉百人一首にある「瀬をはやみ」の歌は激しい恋情を詠んだものなので自分には合わないと思っていました。その時に見つけたのが「水無瀬川」という古語です。内に秘めた想いが形となるのはいつだろうかと思いながら新しい一歩を踏み出す姿を詠みました。
選評
今回のお題「旅」は、『万葉集』の時代から重要な歌材であり、勅撰集の多くは「羇旅(きりょ。「羇」は旅の意)」とされて部立名になっています。旅立ちへの思い、旅情や旅愁、旅路の長さ、望郷の念、家族や恋人への思慕、旅の心細さや苦しさ、あるいは、旅立つ人や旅先の人を思う、などといった内容が様々に詠まれてきました。応募作でも、この事情に変わりはありません。古語を使って、経験した旅だけでなく、想像した旅も詠まれていました。古文の勉強の成果が、歌に多く反映されていました。
廣間さんの歌は、海外のホームステイに旅立った時の決意がよく詠まれています。現代的な内容なのに、古語や古典文法、あるいは和歌の技巧がきちんと踏まえられています。初句の「この旅」と「この度」の掛詞、「ぞ…む」の強調の係り結びで四句切れにして、五句と倒置にするなどの工夫がこらされています。特に「率てぞ帰らむ」には、新たな自分になろうとする強い決意が込められています。この旅でいい成果があがったことでしょう。
影山さんの歌は、望郷の念を詠んだ旅の歌になっています。「雨もよに」「心もしのに」といった古語がうまく使用されています。旅先にあって、「雨もよに」で「薄暗き空」なのは、心細さを誘います。だから、「心もしのに」となって故郷が恋しくなります。「ながめ」には長雨の意が潜んでいます。「心もしのに」は柿本人麻呂の歌に倣ったのでしょうか。うまく自分の言葉にして取り入れ、旅先で故郷を恋しく思う心情を素直に表現しています。
真浦さんの歌は、「水無瀬川」の伏流する流れが、地上に出て瀬になるまでを旅になぞらえて、まだ見ぬ恋への期待を詠んでいます。特に「水無瀬川」がうまく使われています。「みなれ」は「見慣れ」「水馴れ」の掛詞、「逢ふ瀬」は逢瀬と川瀬の意が掛けられ、「瀬」は「水馴れ」と共に「川」の縁語となっています。今は経験のない恋だが、水無瀬川がいつか瀬になるように、逢瀬の機会を求めて旅に出ようとしています。(倉田実)
「入選」(3名)
石谷あすか(静岡県・静岡北高等学校 1年)
新妻優希 (東京都・学習院女子高等科1年)
鈴木瑛理奈(東京都・学習院女子高等科1年)
「奨励賞」
入賞には及ばなかったものの、 学習成果や創意工夫などの点で一定の評価の得られた方を、特別に「奨励賞」として表彰いたします。
中島芽意(愛知県・名古屋大学教育学部附属高等学校1年)/佐々木月乃(青森県・青森県立弘前高等学校2年)/西村百萌花(青森県・青森県立弘前高等学校2年)/川嶋隆之介(静岡県・静岡北高等学校1年)/平岡汐織里(東京都・学習院女子高等科1年)/宮さくら(東京都・学習院女子高等科1年)/吉澤謙臣(東京都・立教池袋高等学校3年)/秋津光咲(兵庫県・神戸女学院高等学部1年)/髙山小春(福岡県・福岡県立北筑高等学校1年)/羽田野滉介(福岡県・福岡県立北筑高等学校1年)/三浦世暖(福岡県・福岡県立北筑高等学校1年)
「団体賞」
青森県立弘前高等学校(青森県)
福岡県立北筑高等学校(福岡県)
学習院女子高等科(東京都)
静岡北高等学校(静岡県)
立教池袋高等学校(東京都)
総評
今回も「選考の観点」に沿った歌が入賞しています。古語の意がきちんと踏まえられ、仮名遣いも正しく、古典文法にも外れない、それでいて和歌の技巧が効果的で、情景や感動がしっかりと表現されていること、これが条件でした。それなりの努力と学習が必要ですね。ですから、どれかが不足すると入賞はできません。しかし、少しの手直しで、とてもよくなると思われる歌がたくさんありました。さらに古文の学習を深めてください。なお、本歌取りにするわけではなく、古歌の句をつなぎ合わせて一首にしている人もいましたが、独創性に欠けますので、できれば避けてほしい作り方でした。また、一首の中に同語を重複して使用した歌も目立ちました。三十一字で表現するのですから、同語反復はせずに歌の世界を広げるようにしてください。(倉田実)
【三省堂より】
2014年から開催して参りました本コンテストは、このたびの第4回をもって、休止とさせて頂きます。4年間にわたり、ご応募くださった高校生の皆様、そしてご高配くださいました先生方に、心よりお礼を申し上げます。今後も変わらず、弊社古語辞典『三省堂 全訳読解古語辞典』を古典学習にお役立てください。