カテゴリー:コラム

続 10分でわかるカタカナ語 第20回 ディスクロージャー

2017年 7月 22日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ディスクロージャー」の意味と使い方

どういう意味?

 「情報の開示」という意味です。

もう少し詳しく教えて

 ディスクロージャー(disclosure)とは、もともと英語で「情報の開示」を意味します。

 disclosure は、dis-(打ち消し)と close(「閉じる」)が結びついた動詞 disclose がもとになっています。したがって disclosure とは「閉じないこと」、ひいては「情報を隠さないこと」を意味するわけです。以上の意味はカタカナ語のディスクロージャーにも引き継がれています。

 なお一部ではディスクロージャーを「ディスクロ」と省略して呼ぶこともあるようです(例:ディスクロ誌など)。

どんな時に登場する言葉?

 多くの場合、ディスクロージャーは「企業による経営内容の公開」を意味します。したがってこの言葉は経営分野でよく登場します。また行政による情報公開のこともディスクロージャーと言います。さらにコンピューターの分野でも脆弱(ぜいじゃく)性情報の公開のことをディスクロージャーと呼びます。

どんな経緯でこの語を使うように?

 日本でディスクロージャーという言葉や概念が本格的に注目されたのは1990年代後半のことでした。バブル経済崩壊後の金融市場で「金融ビッグバン」と呼ばれる制度改革が進んだことが背景にあります。これは日本の金融市場を、自由で公正で国際的な市場に変革するための取り組みでした。このうち公正化(利害関係者の保護)を実現するための取り組みとして、ディスクロージャー制度、つまり企業による情報公開制度が拡充されたのです。

ディスクロージャーの使い方を実例で教えて!

「ディスクロージャーの充実」

 ディスクロージャーという言葉を使って、次のような言い方ができます。「ディスクロージャーの充実」「ディスクロージャーの強化」「ディスクロージャーの徹底」「ディスクロージャーを行う」など。いずれも「ディスクロージャー」を「情報開示」に置き換えても意味が通じるところに注目してください。

「ディスクロージャー誌」

 銀行・信用金庫などの金融機関は「ディスクロージャー誌(ディスクロ誌)」と呼ばれる資料を半期ごとに公開しなければなりません。その金融機関における最新の「財務状況や業務内容」を公開する必要があるのです。

 これは銀行法や信用金庫法などの規定に基づいており、「預金者が自己責任で健全な取引先を選べるようにする」ことを目的にしています。ディスクロージャー誌は銀行の本支店に冊子として置いてあるほか、ウェブサイトでも閲覧が可能です。

企業の「ディスクロージャー」

 ディスクロージャーが関係するのは金融機関だけではありません。あらゆる企業における情報公開のこともディスクロージャーと言います。企業のステークホルダー、すなわち利害関係者(株主や取引先など)を保護するため、企業は経営に関する情報を適宜開示しなければなりません。

 企業のディスクロージャーには、大きく分けて「法定開示」「適時開示」「任意開示」という3つの種類があります。このうち法定開示とは、会社法や金融商品取引法(旧証券取引法)に基づく情報開示のこと。また適時開示(タイムリーディスクロージャー)とは、証券取引所の規定により「株価に重要な影響を与える情報」をその都度開示することを意味します。インサイダー取引(=未公開の重要情報を持つ人物による不公正な証券取引)を防ぐことが目的です。さらに任意開示とは、IR(投資家向け広報)・PR(広報)といった方法による自主的な情報開示をさします。

 近年では環境報告書、CSR 報告書などを自主的に公開する企業も増えています。社会が企業に対して開示を求める情報の種類は、多様化する傾向があるようです。

脆弱性の公開

 コンピューターセキュリティー(=コンピューターの安全性を維持する活動)の分野では、ある情報システムで脆弱性(=安全を脅かす弱点)が発見された際、その情報を公開することをディスクロージャーと呼んでいます。また脆弱性の情報を「即時かつ完全に」公開することをフルディスクロージャーとも呼びます。

言い換えたい場合は?

 単純に言い換える場合は「開示」「公開」「公表」「発表」などの言葉を試してください。また「情報開示」「情報公開」のように「情報」という表現を付け加える方法もあります。

 定まった代替表現を使う方法もあります。例えば、企業のディスクロージャーは「企業情報開示」、行政のディスクロージャーは「情報公開」、タイムリーディスクロージャーは「適時開示」と表現できます。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

未確認飛行物体 UFO(未確認飛行物体)や地球外生命体などの存在を信じている人たちの中には、政府などの公的機関に対して「機密情報」を開示させる活動を行っている人もいます。このような活動でもディスクロージャーという言葉が登場します。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

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人名用漢字の新字旧字:「𪚲」と「𪚮」

2017年 7月 20日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第137回 「𪚲」と「𪚮」

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新字の「𪚲」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「𪚮」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。『国字の字典』は、月部に新字の「𪚲」を収録していて、日本の国字(和製漢字)だとみなしています。一方、『説文解字』は、龜部に旧字の「𪚮」を収録していて、秦の時代以前から存在する漢字だとみなしているようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「𪚲」も「𪚮」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「𪚲」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第4水準漢字で、出現頻度数調査の結果が0回でした。この結果、新字の「𪚲」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。旧字の「𪚮」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、審議の対象になりませんでした。

その一方で、平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、新字の「𪚲」と旧字の「𪚮」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「𪚲」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「𪚲」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

『日本国語大辞典』をよむ―第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

2017年 7月 16日 日曜日 筆者: 今野 真二

第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

 2016年10月11日から里見弴の短篇小説集第2集『三人の弟子』(1917年、春陽堂)を読み始めた。84ページまで読んできて次のような行りがあった。「少年の嘘」という作品である。

少年(せうねん)はガツサと云(い)ふ改良半紙(かいりやうばんし)の折(を)れる音(おと)に何(な)んとなく目(め)を上(あ)げて、その教師(けうし)の視線(しせん)とピツタリ行(ゆ)き衝(あた)つた。

かいりょうばんし【改良半紙】〔名〕駿河半紙を漂白したもの。江戸末期からミツマタを原料としてつくられていた駿河半紙は色が悪く不評であったため、これを漂白し、明治末ごろから売り出したもの。昔からのコウゾ紙にくらべてきめがこまかく、色白、薄手で、しかも墨つきがよいので好評を博した。

 上のように、『日本国語大辞典』は「かいりょうばんし」を見出しとしている。使用例としては、まず、谷崎潤一郎の「卍〔1928〜30〕」があげられている。『三人の弟子』は1917年に出版されているので、「少年の嘘」での使用が『卍』よりも前であることになる。「ガツサ」は「改良半紙の折れる音」なので、発音は「ガッサ」であろうが、『日本国語大辞典』は見出しにしていない。『日本国語大辞典』といえども、あらゆるオノマトペを見出しにすることはできないだろうから、「ガッサ」が見出しになっていないのは理解できる。

 さらに読み進めていくと、「手紙」という作品に次のような行りがあった。

放埒(ルーズ)なことをして置(お)いて、その結果(けつくわ)には手(て)もなく苦(くる)しまされる過去(くわこ)の生活(せいくわつ)から、彼(かれ)は労(つか)れ易(やす)い老人(らうじん)の心(こゝろ)に傾(かたむ)いてはゐたが、それとて二十五歳(さい)の青年(せいねん)の心(こゝろ)から、その撓性(だうせい)を名残(なごり)なく奪(うば)ひ去(さ)ることは出来(でき)なかつた。(108ページ)

 『日本国語大辞典』は、上の「撓性(だうせい)」を見出しとしていない。『大漢和辞典』の「撓」字の条下にも「撓性」はあげられていないので、大規模な漢和辞典もこの語を載せていないことになる。そのことからすれば、国語辞書である『日本国語大辞典』があげていないことは当然ともいえるが、そういう語が大正時代には使われていたということでもある。「撓」字には〈みだす・たわむ〉など幾つかの字義があるが、この文脈で使われた「撓性」をどのような語義とみればよいか、案外とわかりやすくはないように思う。

 『日本国語大辞典』が見出しとしていない語は他にもある。

1 かう書(か)きかけて、彼(かれ)は初(はじ)めて女(をんな)体現的(たいげんてき)に想(おも)ひ浮(うか)べた。(115ページ)

2 その自信(じしん)ある生活(せいくわつ)に這入(はい)るために、常道(じやうだう)を踏(ふ)み出(だ)して、それまで自分(じぶん)の背後(うしろ)に幾本(いくほん)かの黯(くら)い筋(すぢ)を引(ひ)いて来(き)た例(れい)ズル/\ベツタリズムから脱(ぬ)け出(で)ようと云(い)ふのだ、とは考(かんが)へるけれども、(141ページ)

3 その時(とき)、何(な)んの聯絡(れんらく)もなく、ふと女(をんな)へ書(か)いた昨日(きのふ)の手紙(てがみ)のことが脳(あたま)に浮(うか)んだ。この二日間(かかん)に受(う)け取(と)つたどの手紙(てがみ)と比(くら)べて見(み)ても、一番(ばん)厭味(いやみ)なのが自分(じぶん)のだつた。何(なに)より「あてぎ(アフエクテエシヨン)」の多(おほ)いのが不愉快(ふゆくわい)だつた。(146ページ)

4 この友達(ともだち)と一時間(じかん)も一緒(しよ)にゐると、輪島(わじま)は必(かなら)メヅメライズされて了(しま)つて、いくら抵抗(ていかう)してみても、蟻地獄(ありぢごく)の傾斜(けいしや)にゐる蟻(あり)のやうにズル/\と惹(ひ)きずり込(こ)まれて行(ゆ)くのをどうすることも出来(でき)なかつた。(155ページ)

 1~3は「手紙」、4は「失われた原稿」という作品からの引用である。1「体現的」は「グタイテキ(具体的)」にちかいか。2の「ズルズルベツタリズム」は「ズルズルベッタリ」をもとにした造語であることは明らかであるので、『日本国語大辞典』が見出しにしていないのは当然といえよう。3は鉤括弧内に「あてぎ」とあって、振仮名に「アフエクテエシヨン」とある。「アフエクテエシヨン」は英語「affectation」のことと思われるが、小型の英和辞書でこの語を調べてみると、〈気取り・きざ(な態度)〉といった語義があることがわかる。「オモワセブリ」といったような意味合いで里見弴は「あてぎ」という語を使ったか。4の「メヅメライズ」は英語「mesmerize」のことであろう。語義は〈魅了する〉。

 先には、「放埒」に「ルーズ」と振仮名が施されていた。『日本国語大辞典』が見出しとしない語を上のように拾い出していくと、里見弴が使うことばのある特徴が炙り出されてくるように感じる。それは漢語、外来語/外国語を自由自在に使うということだ。「メヅメライズ」のように外国語を片仮名書きしてそのまま使ったり、「ホウラツ(放埒)」という漢語に「ルーズ」と振仮名を施したりする。「affectation」の場合は、この英語を「あてぎ」と訳して、振仮名に英語を残したようにみえる。こうしたことを、大正時代の日本語のありかたと、一般化してみてよいのか、それとも里見弴という個人のことであるのか、それはこれからゆっくり考えていくことにしたい。しかし例えば、里見弴は「失われた原稿」という作品で「廃頽的」(154ページ)という語を使っている。現在であれば「頽廃的」だろう。この「ハイタイテキ(廃頽的)」を『日本国語大辞典』で調べてみると、見出しとなっており、そこには有島武郎の「或る女〔1919〕」の使用例がまずあがっている。この「ハイタイテキ」も「失われた原稿」の使用が早いことになるが、里見弴以外の使用が確認できる。言語は共有されることが大前提であるので、それは当然といえば当然であるが、こうしたことからすれば、里見弴が使ったことばを『日本国語大辞典』とつきあわせながら、丁寧に追うことで大正時代の日本語について何かわかってくるのではないか、という期待をもつことができる。

 さて、筆者がなぜ里見弴を読むようになったかということについて最後に述べておこう。ある時の入試問題の検討会の後だったように記憶しているが、近代文学、特に泉鏡花を専門としている同僚と一緒に廊下を歩いている時に、その同僚が里見弴はけっこうおもしろいというような話をした。同僚は演劇や映画にも詳しいので、小津安二郎の「彼岸花」の原作は里見弴だということもその時に聞いて知ったように思う。そんなことがあって、ちょっと読んでみようかと思ったのがきっかけだった。読んでみるとたしかになかなかおもしろいし、何より、大正時代の日本語について考えるきっかけとなった。同僚に感謝。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

続 10分でわかるカタカナ語 第19回 ダイバーシティー

2017年 7月 15日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ダイバーシティー」の意味と使い方

どういう意味?

 「(人間の)多様性」という意味です。「ダイバーシティ」とも言います。

もう少し詳しく教えて

 ダイバーシティー(diversity)はもと英語で、「多様性」を意味します。

 英語の diversity のニュアンスは、類義語である variety(バラエティー)と比較することで理解できます。そもそも diversity も variety も「多様性」を意味しますが、variety は「同じ種類の中での違い」を強調する傾向があり、diversity は「そもそも種類が違うこと」を強調する傾向があるのです。カタカナ語のダイバーシティーも、そのニュアンスを引き継いでいます。

 さてダイバーシティーという言葉は「人間の多様性」を表現する場面でよく登場します。具体的には性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性のことを指すのです。これは後述する「ダイバーシティーマネージメント(diversity management)」に関連しています。

どんな時に登場する言葉?

 経営分野で頻出する言葉です。この分野で近年、「ダイバーシティーマネージメント」という新概念が注目されているからです。「多様な人材を活用する経営」をさす概念です。

 このほか無線通信の分野にも「ダイバーシティー(diversity)」と呼ばれる技術手法があります。

どんな経緯でこの語を使うように?

 もともと1960年代の米国で誕生したダイバーシティーマネージメントという概念が日本でも注目されるようになったのは2000年代以降のことです。2002年に当時の日経連(後の経団連)が『原点回帰―ダイバーシティ・マネジメントの方向性―』と題する報告書を発表。この報告書がダイバーシティーマネージメントの重要性を主張したことから、ダイバーシティーという言葉の使用も増えていきました。

 無線通信用語のダイバーシティーは、これ以前から、専門用語として使われていたようです。

ダイバーシティーの使い方を実例で教えて!

「ダイバーシティーマネージメント」

 多様な人材を活用する経営(マネージメント)のことです。「ダイバーシティー経営」とも言います。

 ここでいう多様性とは、性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性のことです。したがってダイバーシティーマネージメントとは「性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様な従業員を活用する経営手法」を意味するわけです。日本ではとりわけ「女性」人材の活用だけが注目されることも多い概念ですが、それは目標の一部に過ぎません。

 多様な人材の活用は、企業・従業員の双方にとって有益です。まず企業にとっては「国際的なビジネス環境」や「変動の激しいビジネス環境」への対応力が増すメリットがあります。また従業員にとっては、自身の潜在的価値を最大限に活用する働き方が可能になるわけです。

 日本政府もその推進に力を入れており、2012年から経済産業省が「ダイバーシティー経営企業100選」(2015年からは「新ダイバーシティー経営企業100選」)を選定しています。

 ちなみに「ワークライフバランス(work-life balance)」(仕事と生活の両立)という概念も、ダイバーシティーマネージメント(特に女性人材の活用)を実現させる要素として注目された経緯があります。

無線の「ダイバーシティー」

 無線通信分野では「ひとつの無線信号を複数のアンテナで受信したうえで、複数の受信信号をうまく選択・合成することで、信頼性の高い信号を確保する技術」をダイバーシティーと呼んでいます。この分野では慣習的に「ダイバーシチ」ということもあります。またこの技術を用いたアンテナ群を「ダイバーシティーアンテナ(diversity antenna)」といいます。携帯電話の基地局などで一般的に用いられている技術です。

生物多様性

 多様性という言葉を聞いて「生物多様性」のことを思い出した人もいるのではないでしょうか。地球上に多様な種の生物がいること、同じ種の中にも多様な遺伝子があること、さらには多様な生態系があることを意味する言葉です。

 このような多様性は人類にとっても有益な存在。例えば生物工学(バイオテクノロジー)の分野でも、多様性が新しい知見をもたらすことがあるのです。この多様性を保護する目的で「生物多様性条約」(1993年発効)などの国際的な取り組みも進んでいます。

 さて、生物多様性を英語で表現すると biodiversity(「バイオダイバーシティー」)となります。この言葉もダイバーシティーの仲間ということになります。

言い換えたい場合は?

 単純に言い換える場合は「多様性」が使えます。また人の多様性を表現する場合は「人間の多様性」「人材の多様性」などの表現も可能です。もっと詳しく「性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性」というように補足するのも良いでしょう。またダイバーシティーマネージメントは「多様な人材の活用」「多様な人材を活用する経営」「多様性を尊重する経営管理」などと言い換えることが可能です。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

お台場(だいば) 東京都江東区青海(あおみ)に『ダイバーシティ東京』と名付けられた複合商業施設/オフィスビルがあります。この場合のダイバーシティ(DiverCity)は多様性(diversity)と街(city)を組み合わせた造語。施設がある地域の名前「台場(だいば)」にもちなんでいるそうです。

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 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
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●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

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シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って

2017年 7月 14日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って


ヘリコプターの中から見たヌムト湖

 交通網が発達した現代においても、私の調査対象地はまだまだ行きにくいところにあります。1ヶ月間の渡航の内14日間が移動日ということもありました。今回は調査地である西シベリアの森の中へどのように行くのかを紹介したいと思います。

 調査地へは、まず、ロシアの首都モスクワ経由でハンティ-マンシースクに行きます。ここで諸手続きを終えた後、さらに田舎の町まで小型飛行機で行きます。川が凍結していない6月から9月は船で移動することも可能です。川が凍結している冬には乗り合いバスも地方都市と田舎の町を結んでいます。船やバスは日本から予約することはできないので、現地に行ってからどんな交通手段がそのときに最適であるかを判断します。インターネットで得られる交通情報もありますが、変更していたりもするので、現地でチケット販売の窓口に直接行くか電話で問い合わせるか、地元の方に聞きます。


ヌムトの位置(クリックで拡大)

 はじめてヌムトに行ったときはヘリコプターを利用しました。当時、ヘリコプターはカズィムという村とヌムトを結んでいました。ヘリコプターは月に1、2回往復していましたが、私がカズィム村に着いたときにはヘリコプターは出発したばかりだったので、最低でも2週間村で待つことになりそうでした。それまでも調査許可の書類入手のために一ヶ月以上も都市部で足止めされていたので、私は少し落胆しました。

 そんなとき、定期的な診察用のヘリコプターがヌムトへ行くという情報を偶然つかみました。村の方を通じて医師たちに私も同乗させて欲しいとお願いしました。かなり無謀なお願いでしたが、どういうわけか、すんなりとこの要望が叶いました。


医師たちとヘリコプターでヌムト集落に降りたつ

 ここで役にたっていたのが、どうやら都市部に滞在中に地元のテレビやラジオ、新聞にたびたび取り上げられていたことのようです。村の人たちみんなが、日本からハンティの文化を学びに来ている学生(当時は院生でした)が来ていて、森の奥深くまで行って調査研究したいらしいということを知っていました。医師たちもそれを知っていて、そういうことならば、と快諾してくれました。

 ヘリコプターは約250kmの道のりを2時間半程度かけてヌムトに到着しました。いよいよヌムトの人たちに会うことができると意気込んでいましたが、意外にも集落にはほとんど人がいませんでした。ヌムトの集落はソ連時代につくられた行政集落で約50軒の住居と小さな商店があり、電気と電話が使用可能です。しかし人々はここに常住せず、ふだんは集落から数十km離れた森の中で家族ごとにトナカイとともに暮らしていました。そこで、たまたま森から集落に来ていた方と交渉して、その方の家に行くことにしました。

 その方の森の住居までは集落から40km弱あり、トナカイに橇(そり)をひかせて移動しました。雪が湿っていてトナカイが走りにくく、休憩時間を含めて通常3時間程度で走るところを、5時間以上もかかって到着しました。トナカイ橇に乗るのは初めてだったので、道程で私は何度も振り落とされました。森の住居に到着するころにはへとへとに疲れていました。


トナカイ橇での移動

ハンティ語紹介

 Ма нємєм ~. マー ネーメム ~.「私の名前は~です(私は~と呼ばれています)」

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

現代社会はインターネットがあれば世界各国の交通事情も瞬時に分かりますが、どの手段を使うのがその時期に最適かは現地に行かないと分らないことがまだまだあります。雪と氷の世界の移動手段は現代的なヘリコプターと昔からのトナカイ橇、その対比が興味深かったですね。次回はトナカイ橇の話を詳しく紹介していただきます。

広告の中のタイプライター(11):Sholes & Glidden Type-Writer

2017年 7月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『The Nation』1875年12月16日号

『The Nation』1875年12月16日号(写真はクリックで拡大)

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、1874年にE・レミントン&サンズ社が製造を開始したタイプライターです。当初はデンスモア(James Densmore)が販売権を握っていましたが、すぐに立ち行かなくなり、1875年11月にはロック・ヨスト&ベイツ社(David Ross Locke, George Washington Newton Yost & James Hale Bates)に販売権が移っています。ロック・ヨスト&ベイツ社は、「Sholes & Glidden Type-Writer」の販売をテコ入れするため、あちこちの雑誌や新聞に広告を掲載しました。上に示した広告もその一つなのですが、発明者のショールズ(Christopher Latham Sholes)やグリデン(Carlos Glidden)に断りなく、広告のブランド名を「Type-Writer」に縮めてしまっています。というのも、この時点の「Sholes & Glidden Type-Writer」には、筐体のどこにも、ブランド名が記されていなかったのです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、44キーのアップストライク式タイプライターです。外見は足踏み式のミシンに似ており、専用の台の上にマウントされていて、フットペダルがついています。フットペダルを踏み込むと、プラテンが右端に移動し、いわゆるキャリッジリターン動作をおこないます。キー配列は下図に示すとおりです。このキー配列は、最終的にはショールズが決定したものですが、決まるまでには、かなりの紆余曲折があったようです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列

「Sholes & Glidden Type-Writer」には、小文字は無く、大文字しか打つことができません。また、数字の「1」は大文字の「I」で、数字の「0」は大文字の「O」で、代用することになっていました。しかも打った文字は、その場では見ることができません。キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテン下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

大文字しか印字できない「Sholes & Glidden Type-Writer」は、モールス符号の受信には使えるものの、一般的なビジネス分野への導入には無理がありました。もちろん、クリスマス・プレゼントとしても、かなり無理のあるものだったのですが、ロック・ヨスト&ベイツ社は、あえてそこからスタートしたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

モノが語る明治教育維新 第13回―文部省発行の家庭教育錦絵 (3)

2017年 7月 11日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第13回―文部省発行の家庭教育錦絵 (3)

 第12回に引き続き、文部省が発行した教育錦絵について話を進めます。前回では伝統的な色彩の濃い内容の錦絵をご紹介しましたが、今回は文明開化の影響が濃く表れたものの一つ、4の「西洋器械発明者の像」についてみていきます。

 先の文部省布達に「各四十七種の絵草紙は、西洋器械発明者の像、及び本邦児童の遊戯に、勧戒発明(注:善を勧めて悪を戒め、ものの道理を明らかにすること)を示せし摺物(すりもの)等なり」とあることから、まず初めに頒布したかった錦絵が、これら西洋器械発明者の像であったことが分かります。科学技術の分野で後れを取っていた日本としては、一刻も早くこの分野で活躍できる人材が育つことを求めていたのでしょう。蒸気機関の技術を改良したジェームズ・ワットや水力紡績機を発明したリチャード・アークライト、イタリアの画家ティツィアーノやアメリカの物理学者ベンジャミン・フランクリンなど産業革命や西洋文明に貢献した偉人のエピソードを、絵解きで紹介したのがこのシリーズです。


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 これらの話は実は、中村正直(なかむら・まさなお)訳の『西国立志編』(明治4年発行)からの引用であることが明らかになっています。当時『学問ノススメ』と並び、大ベストセラー(何しろ人口3千数百万の時代にミリオンセラーだったのです)となったこの本は、維新はなされたものの生き方の指針に惑う若者に、大きな影響を与えました。原著はS・スマイル著 “Self-Help”(『自助論』)で、幕府の瓦解で英国留学から急きょ呼び戻された幕臣中村が、イギリスの友人から贈られたこの本を帰船の中で翻訳しました。「天ハ自ラ助ルモノヲ助ク」つまり、自主自立して他人の力に頼らない生き方を示し、たとえ貧しく、身分が低くても志を持ち、努力、勤勉、忍耐の力を有することで成功を導いた偉人の例を多数あげた啓蒙書で、明治の多くの起業家がこの本に触発されました。

 文部省もブームの『西国立志編』がこれからの子どもの教訓話に適していると考え、教材として取りあげたのでしょうが、中には子どもに読み聞かせするのにいかがなものかと首をひねる部分もあります。



「英国(いきりす)の阿克来(あくらい)は紡棉機(もめんいとをよるしかけ)
を造るに数年心を苦しめて
家貧くなりけるを其妻其功な
くして徒に財を費すを憤り雛
形を打砕きければ阿克来怒
りて婦を逐出しぬ其後機器
成就して大に富しとそ」
(改行は原文ママ)

例えば、このアークライトの話で記されているのは、 「研究にお金がかかり、そのことに憤った妻が機器を壊してしまう。怒ったアークライトは妻を家から追い出すが、その後成功して金持ちになる」といった話の展開と結末なのです。『西国立志編』からの抜粋ではあるのですが、なぜこの部分が教訓的なのか、疑問に思うのは私だけでしょうか。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

◇次回は7月25日(火)更新の予定です。

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

続 10分でわかるカタカナ語 第18回 タブレット

2017年 7月 8日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「タブレット」の意味と使い方

どういう意味?

 もともと「小さな板状のもの」の意で、「錠剤」「鉄道の通票」「板状の情報機器」などのことです。

もう少し詳しく教えて

 タブレット(tablet)は英語で本来「小さな板状のもの」を意味します。

 英語では、書字板(文字を書いたり消したりできる板)、銘板(建物や施設などに掲示する板)、錠剤、鉄道の通票(通行許可票)などを表します。近年では板状の入力装置や情報端末(「タブレット端末」)をさす言葉としても使われています。

 以上のうち日本では、「錠剤」「鉄道の通票」「板状の入力装置や情報端末」の意味で使われてきています。

どんな時に登場する言葉?

 医薬品・食品・鉄道・情報通信の分野で登場します。

どんな経緯でこの語を使うように?

 大正時代には見られた言葉です。例えばそのころの外来語辞典には「タブレット」の項目がありました。当時のタブレットは、主に「鉄道の通票」「錠剤」「銘板」という意味で使われていたようです。

 いっぽう「情報機器」の意味が広まったのは近年のことです。まず20世紀末にコンピューターへの入力装置であるタブレット(ペンタブレット)が普及。2000年代以降になると1枚の板状のコンピューターが登場し、これをさす語として「タブレット(端末)」が使われるようになりました。

タブレットの使い方を実例で教えて!

医薬品・食品の「タブレット」

 タブレットは、医薬品や栄養補助食品(サプリメント)の分野で「錠剤」、食品の分野で「錠菓」(ラムネ菓子のような食品)をさします。なお『ミンティア』や『フリスク』などの商品名で知られる菓子は「ミントタブレット」と呼ばれます。

 錠剤にせよ錠菓にせよ、その形は「板状」とは言い難いかもしれません。しかしこれらも習慣的にタブレットと呼ばれます。

鉄道の「タブレット」

 鉄道で列車どうしの衝突・追突を防ぐ仕組みのひとつに「閉塞(へいそく)」があります。これは線路を区間に区切って「各々の区間にはひとつの列車しか進入してはいけない」というルールをさします。

 現代の鉄道では多くの場合、人手を介さない「自動閉塞」を用いています。しかしかつてはこの作業を人力で行った時代もありました。そのときに用いていた道具がタブレットと呼ばれる通票です。これは、列車に対して発行される通行手形のようなもの。実際にはコースター(コップ敷き)程度の大きさの「金属製の円盤」を用いていました。列車の運転手は、停車駅で次の区間専用の円盤を受け取ることで、初めてそこから先の区間を走行できるようになります。

入力装置の「タブレット」

 コンピューター用語の「タブレット」は、まず20世紀中に「ペンタブレット(pen tablet)」の略称として普及しました。ペンタブレットとは、平面板とペン状の棒で構成されている入力装置のこと。パソコンでイラストを描く時によく使われます。利用者の間では「ペンタブ」という略称も普及しました。

情報端末の「タブレット」

 2000年代に入ると、コンピューターの一形態としての意味も加わるようになりました。平らな板のような形で、パソコンに近い機能を備えた機器のことです。

 まず2002年にマイクロソフトが「タブレットPC(Tablet PC)」と呼ぶ概念を発表。板のような形状で、タッチパネルやペンによる操作が可能なパソコンでした(キーボード付きの端末も、そうでない端末も存在した)。つづいてアップルが2010年にiPad(アイパッド)を発表。これ以後、このようなコンピューターが「タブレット端末」と総称されるようになりました。なおタブレット端末やスマートフォンなどの情報機器は、スマートデバイス(→スマート)と総称されます。

言い換えたい場合は?

 医薬品・栄養補助食品のタブレットには「錠剤」、菓子のタブレットには「錠菓」や「タブレット菓子」という定訳があります。また鉄道のタブレットは、厳密さを求められない場面なら「通票」という定訳を使えます。

 入力装置のタブレットには定訳がありません。「平面板とペンで構成される入力装置」などの補足を試してください。また情報端末のタブレットについては、一部マスコミが「多機能情報端末」という補足表現を使っています。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

「タ」ブレットではなく「ダ」ブレット 『不思議の国のアリス』の作者であるルイス・キャロルが遺した言葉遊びに「ことばのはしご(word ladders)」があります。例えば「cold(冷たい)を warm(暖かい)にせよ」というお題を与えられると、cold → cord(コード)→ card(カード)→ ward(病室)→ warm といった具合に1文字ずつ変えてゆき別の単語に変形させる遊びです。
日本では一部で「タブレット」の名称でも知られている遊びですが、ルイス・キャロルはこの遊びを「ダブレット(Doublets)」と呼んでいました。ダブレットという命名には「お題となる対(ダブル)の言葉」という意味が隠されています。

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◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

人名用漢字の新字旧字:「亀」と「龜」

2017年 7月 6日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第136回 「亀」と「龜」

昭和15年12月15日、国語協会は『標準名づけ読本』を発表しました。『標準名づけ読本』は、やさしくわかりやすい名前を子供につけることで国字運動の一翼を担おう、という意図のもとに編纂されたもので、端的に言えば、子供の名づけに用いる漢字を500字に制限しようとするものでした。この500字の中に、旧字の「龜」が含まれていました。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の龜部には「亀」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「龜」が添えられていました。「亀(龜)」となっていたわけです。簡易字体の「亀」は、旧字の「龜」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、しかし、新字の「亀」も、旧字の「龜」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「亀」も「龜」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「亀」も「龜」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和26年3月13日、国語審議会のもと発足した固有名詞部会では、子供の名づけに使える漢字を、当用漢字以外にも増やす方向で議論が進みました。固有名詞部会は『標準名づけ読本』の500字をチェックし、500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。この75字の中に、旧字の「龜」が含まれていたのです。固有名詞部会は、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しましたが、「龜」は簡易字体の「亀」で代えることにしました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、新字の「亀」が子供の名づけに使えるようになりました。

一方、旧字の「龜」は、子供の名づけに使えない、と思われていました。これに対し、昭和36年12月15日、当時の栃木県今市市の戸籍事務担当者は、今市市長経由で宇都宮地方法務局長に対し、旧字の「龜」を名に含む出生届を受理してよいかどうか、照会をおこないました。法務省民事局長の回答(昭和37年1月20日)は、旧字の「龜」も受理してさしつかえないが、なるべく新字の「亀」で出生届を提出させるよう指導してほしい、というものでした。

ところが、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申は、この回答を覆すものでした。子供の名づけには、新字の「亀」だけを認め、旧字の「龜」は使うべきでない、という答申だったのです。昭和56年10月1日の常用漢字表内閣告示と同時に、戸籍法施行規則が改正され、新字の「亀」だけが人名用漢字になりました。旧字の「龜」は、この日をもって子供の名づけに使えなくなりました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「亀」と旧字の「龜」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「亀」に加え、旧字の「龜」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「亀」はOKですが、旧字の「龜」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

『日本国語大辞典』をよむ―第11回 文豪のことば①:永井荷風が使った語

2017年 7月 2日 日曜日 筆者: 今野 真二

第11回 文豪のことば①:永井荷風が使った語

 2016年9月30日から、永井荷風『来訪者』(1946年、筑摩書房)を読み始めた。いろいろな本を平行して読むことにしているので、なかなか読み進まないが、次のような行りがある。「踊子」という作品であるが、「浅草の楽隊になりさがつてしまつた」男と、「花井花枝と番組に芸名を出してゐるシヤンソン座の踊子」と、その妹の「千代美」との話であるが、あまり露骨な表現は避け、少し短めに文を引用しておく。

 1の「楽座」はどういう語を書いたものだろう、とまず思った。読み進むうちに、2にゆきあたり、「ガクザ」という語を書いたものであることがわかった。ほんとうは初めて出て来たところに振仮名を施してほしいが、振仮名があっただけよかったと思うことにしよう。ここで『日本国語大辞典』にあたってみたが、「らくざ(楽座)」は見出しになっているが、「がくざ(楽座)」はなっていなかった。『日本国語大辞典』が大規模な辞典であるだけに、この語は見出しになっているかどうか、ということがつねに気になる。さらに読み進めていくと3にゆきあたった。1と2とから「オーケストラボックス」のような場所が「ガクザ(楽座)」であろうと見当をつけていたが、3をみて、だいたいそれでよさそうだと思った。ところが、さらに読み進めていくと4にゆきあたった。4では漢字列「楽座」に「バンド」という振仮名が施されている。この「楽座(バンド)」で少しわからなくなった。『日本国語大辞典』の見出し「バンド」の〔二〕には「一組の人々。一団。特に楽団。ふつう軽音楽演奏の楽団。また、その演奏」とある。つまり「オーケストラボックス」というような語義の「バンド」は『日本国語大辞典』の記事からは見つけることができない。あるいは楽師がいる場所をも「バンド」と称することがあったのかもしれない。

1 舞台下の楽座から踊子が何十人と並んで腰をふり脚を蹴(け)上げて踊る、(108ページ)

2 楽屋口で田村と別れ、わたしは舞台下の楽座(がくざ)へもぐりこむと、後一回で其日の演芸はしまひになります。(132〜133ページ)

3 やがて入梅になる。暫くすると突然日の照りかゞやく暑い日が来ました。わたし達の家業には暑い時が一番つらいのです。楽師の膝を突合せて並んでゐる芝居の楽座(がくざ)は夏のみならず、冬も楽ではありません。看客の方から見たら楽器さへ鳴らしてゐればいゝやうに見えるかも知れませんが、寒中は舞台下から流れてくる空気の冷さ、足の先が凍つて覚えがなくなりますが、夏の苦しさに較べればまだしもです。(144ページ)

4 夜十二時頃に座元(ざもと)から蕎麦か饂飩(うどん)のかけを一杯づつ出します。蕎麦屋の男がその物を看客席へ持運んで来るのを見るや、舞台にゐる者はわれ先に下りて来て、中には楽座(バンド)の周囲(まはり)に立つたまゝ食べ初めるものもあります。(157ページ)

 ここまでは、少々の疑問を含みながら、「ガクザ(楽座)」という語があって、おそらくその語義は「オーケストラボックス」にちかいもので、それが『日本国語大辞典』には見出しとなっていない、という話題であった。

 「ガクザ(楽座)」が『日本国語大辞典』に見出しとなっていなかったので、いわばはずみがついて、「踊子」を読みながら、「これはどうだろう」と思う語について、『日本国語大辞典』にあたってみた。すると108ページから160ページの間に使われていた次のような語が『日本国語大辞典』の見出しになっていないことがわかった。

5 当人の述懐によれば十六の時、デパートの食堂ガールになり宝塚少女歌劇を看て舞台にあこがれ、十八の時浅草○○館の舞踊研究生になつた。(109ページ)

6 雪も今朝(けさ)がた積らぬ中にやんでしまつたのを幸、これから姉妹(きやうだい)して公園の映画でも見歩かうと云ふので、三人一緒に表通の支那飯屋で夕飯をたべ、わたしだけ芝居へ行きました。(112〜113ページ)

7 話題を転じようと思つた時、隣のテーブルにゐる事務員らしい女連の二人が、ともども洋髪屋の帰りと見えて壁の鏡に顔をうつして頻に髪を気にしてゐるので、(126ページ)

8 「お前も、もうパマにしたら。きつと似合ふよ。」(126ページ)

9 前以て振附の田村から約束通り月々三十円秘密に送つてくるので、わたしは花枝と相談して千代美を近処の姙婦預り所へ預けて世話をして貰ふことにしました。(160ページ)

 6は現在の「チュウカリョウリヤ(中華料理屋)」にあたる語と思われる。「シナ(支那)」は現在では使用しない語であろうが、過去においてこうした語があったということは知っておいてよいだろう。7の「ヨウハツヤ(洋髪屋)」は現在であれば「ビヨウイン(美容院)」であろう。8は現在の「パーマ」であることはすぐわかる。

 9などはいわば施設名であるので、そういう施設がなければ語も存在しない。いろいろな施設名をすべて見出しとすることはできないといえばできないのでこの語が『日本国語大辞典』の見出しになっていないことは当然かもしれない。

 やはりおもしろいのは5の「ショクドウガール(食堂ガール)」だろう。文脈からすると「エレベーターガール」と同じような、職業名に思われる。

 永井荷風の「踊子」は1948年に井原文庫として刊行されている。この頃の語を『日本国語大辞典』が見出しとしていないわけではないと考えるが、まだ歴史的にとらえる時期にはなっていないかもしれない。

 今自身が使っている語、自身の身のまわりで使われている語には注意が向きやすい。また「内省」もはたらくので、微細な変化にも気がつきやすい。それゆえ(といっておくが)、現代日本語の観察、分析も盛んに行なわれる。現在は過去の日本語よりも「今、ここ」の日本語に関心が向けられていると(少なくとも筆者には)感じられるが、それでも過去の日本語についての観察、分析も行なわれている。明治時代は「やっと」過去としてとらえられるようになったように思うが、大正時代、昭和時代は明らかな「過去」とはまだ思いにくいかもしれない。そこが『日本国語大辞典』の「エアポケット」なのだろうか。しかしそれはいたしかたないことと思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

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