2016年の選評
2. 助走の長かった「ほぼほぼ」
大賞には「ほぼほぼ」が選ばれました。「ほぼ」を重ねた言い方です。「最近、特によく聞く」という人が多いはずです。「新奇な言い方で、好きになれない」という人もいるかもしれませんね。
大賞 ほぼほぼ
選考委員の間でも「今年よく耳にした」という意見が多く、高い評点を集め、「大賞」ということになりました。
こう言うと、雰囲気で何となく決めたかのようですが、そうではありません。「ほぼほぼ」は、長い助走期間を経て、受賞にふさわしいまでに成長したことばです。
日本の国会での全発言を記録した「国会会議録」を見ると、すでに1949年、「ほぼほぼ」の例が現れています。意外に古くからあったんですね。ただ、使用例はその後も少ないままでした。実際の発音も「ほぼ、ほぼ」と分けていたかもしれません。ところが、90年頃から使用例が増え、2010年代に顕著になります。
2014年刊行の『三省堂国語辞典』第7版では、「ほぼ」の項目に〈俗に、重ねて使う。「― ―完売」〉と遠慮がちに書き添えられていました。それから2年、「ほぼほぼ」は独立項目になってもおかしくないほど普通に使われるようになりました。
今年4月、テレビ東京で「ほぼほぼ」という深夜バラエティー番組が始まりました。8月には『「ほぼほぼ」「いまいま」?!』と題する日本語関係の本が出版されました(野口恵子・光文社新書)。これらのタイトルに「ほぼほぼ」が選ばれたのは、人々の注意を引くようになったことばだと、作り手の側が判断したからでしょう。
『朝日新聞』6月30日付朝刊では〈新語?「ほぼほぼ」気になりますか〉という記事が出て、このことばの意味や使われる理由などがまとめられました。ひとつの副詞をめぐって一般記事が成立するのは異例です。
「ほぼほぼ」は、こうして長い時間をかけて、日常会話のことばとして定着しました。大賞にふさわしい「経歴」を持っており、また、受賞のタイミングは今年しかないと判断されました。
意味については「ほぼ」の強調、と理解して差し支えありません。もっとも、「強調」という説明は、実は曖昧です。「ほぼほぼ完成」と言った場合、それは「もう完成に近い」という点を強調しているのか、それとも、「あくまで『ほぼ』であって完成ではない」という点を強調しているのか、人によって解釈が分かれます。同じことは、「まあできた」に対する「まあまあできた」にも言えることです。
「ほぼ」を2回繰り返す形が嫌だ、と言う人もいます。語形について弁護しておくと、古代から「いと」を強調して「いといと」と言うなど、日本語には繰り返しことばが多いのです。「ほぼほぼ」もその伝統に則っています。ただ、広まって日の浅いことばなので、口頭語の感じが強いのは否めませんが。