2017年の選評


2. 華麗な変貌を遂げた「忖度」

大賞 忖度

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」大賞「忖度」

忖度」は、今年の3月からしきりに使われはじめました。発端は国会での議論でした。大阪市の学校法人に国有地が払い下げられた際、官僚の間にある種の配慮が働いたのではないかというのです。その「ある種の配慮」が「忖度」と表現されました。

「忖度」は、中国古典の「詩経」にもあることばで、現在でも硬い文章語として用いられます。「忖」は「心をおしはかる」、「度」も「はかる」の意味で、要するに「相手の気持ちを推測すること」です。「母の心中を忖度する」「発言の真意を忖度する」などと使います。「推測」と置き換えても意味は通ります。  

その延長で、「忖度」は、有力者の意向を推測する場合にも使われるようになりました。

〈〔日本は〕国連重視といいながら、大国の意向をそんたくし過ぎるあまり、南〔=発展途上国〕の希望に沿った国連改革を検討しようとはまだしていない〉

(『朝日新聞』1994年1月1日社説)  

この例は「大国に気に入られようとするあまり」という意味合いが感じられます。このように、「有力者に気に入られるための推測」という意味の「忖度」の例が、近年目立つようになりました。とりわけ今年は、一般の人が「忖度」をこの意味でさかんに使うようになりました。世間でよく見かける行為でありながら、それをうまく言い表すことばがなかったところに、「忖度」はぴたりとはまりました。  

これだけならば、「意味が少し拡張されただけではないか。ことさら『今年の新語』に選ぶ必要はないのでは」と言われそうです。ところが、「忖度」は、文法的な面でも新しい変化を生じています。  

従来、「忖度」は「母の心中を忖度する」のように「○○を忖度する」の形で使うことが一般的でした。ところが、有力者へのこび、へつらいの気持ちを伴う意味が生じた結果、「忖度が働く」「忖度がはびこる」「忖度が入っている」など、「忖度」を主語にしたフレーズ(句)の形で使われることが多くなりました。  

とりわけ、「忖度が働く」は多く使われます。「事務所に対する忖度が働いている」「官僚の忖度が働いたのではないか」といった具合。「忖度」を従来どおり「推測」と解釈すると、「事務所に対する推測が働いている」などとなり、意味が通じません。  

一般になじみのなかった「忖度」という文章語は、今年、日常語として認知されました。使用頻度が突然に高まり、重要度が増しました。意味的、文法的にも変化しました。  

このように華麗な変貌を遂げたことばは、近年にあまり例がありません。今年、「忖度」の存在感は圧倒的なものがありました。大賞を与えるにふさわしいことばです。

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