2. 体系の穴を埋めた「ぴえん」
大賞 ぴえん
今年よく使われ、しかもこの先も使われそうなことばは、コロナ関連語にもそれ以外にもあります。後者の筆頭に挙げたいのが、今回の大賞の「ぴえん」です。SNSでも、友だち同士のメッセージでも、さらには口頭でも、日常的に使われるようになりました。
「ぴえん」は、小さく1回、泣き声を立てる様子を表すオノマトペ(擬音語・擬態語)です。「私の分のケーキ残ってないの、ぴえん」のように、本当に泣いているわけではなく、泣き真似を表す場合によく使います。悲しく訴える表情の絵文字を添えることもあります。
「ぴえん」は、前回2019年にも4通投稿がありましたが、あまり注目されませんでした。今回はそれが70通に増え、投稿数では6位と大躍進する結果になりました。ちなみに、今回の投稿数の1位~5位は、「経年美化」(=年を経て美しさが増すこと。俳優の三浦春馬さんが使ったことで話題に)、「ソーシャルディスタンス」(詳しくは後述)、「コロナ禍」「3密」「コロナ」でした。これらの語と比べると、「ぴえん」は話題の種類に関係なく、いつでもどこでも使えるもので、より日常度が高いことばだと言えます。国語辞典にとって、こうした日常的なことばはぜひ項目に立てたいものです。
コロナ禍などの社会的なきっかけもないのに、なぜ「ぴえん」ということばが広まったのか。それは、「ぴえん」に相当することばが、これまでずっと待望されていたからです。
従来、泣く様子を表現するには、「わーん」「うえーん」「びえーん」など「大泣き」系か、「しくしく」「めそめそ」「くすんくすん」など「すすり泣き」系か、どちらかのオノマトペを使うしかありませんでした。「大泣きするほどでなく、少しだけ声を出す泣き方」を表す一般的なオノマトペはありませんでした。言わば、泣き声の体系の中で、「少しだけ声を出して泣く表現」が穴になっていました。
でも、控えめに声を出して泣く表現を使いたいことは、日常的によくあります。そこに颯爽と登場したのが「ぴえん」でした。「びえーん」とは違って、濁音「び」の代わりに半濁音「ぴ」を使い、長音化もせずに、控えめな泣き声を表現しています。「ぴえん」は、今まで体系の穴になっていた部分を埋めることばとして、多くの人々の支持を得ました。今回の大賞としてふさわしいことばだと、選考委員の意見が一致しました。
もっとも、「ぴえん」はすでに「JC・JK流行語大賞2019」(AMF発表)に選ばれ、2020年上半期にも「ぴえんこえてぱおん」がランクインしています(「ぱおん」は大泣きの表現)。「今年の新語」に選ぶのは遅いと思われるかもしれません。でも、「今年の新語」は辞書に載る候補を選ぶものです。2010年代末に流行語として現れた「ぴえん」が、日常的に使われ、今や辞書の項目の候補になったというのが、選考委員の判断です。