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WISDOM in Depth: #13

2008年 1月 25日 金曜日 筆者: 中山 仁
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第13回は編集委員の中山仁先生,4回目のご登場です。

気になる語法―主節から独立したWhich節

教科書や学習参考書では扱われていないにもかかわらず,実際にはしばしば見かける(あるいは,以前より多く見かけるようになったと思われる)気になる表現というべきものがいくつかある。これについて適切な情報をより多く提供するのも英和辞典の役目であろう。関係詞節が先行節から独立してできた文はそういった気になる表現のひとつであるが,これについて『ウィズダム英和辞典』ではこれまでにない踏み込んだ記述を行なっている。以下では関係詞whichの語法コラム「先行詞から独立して用いられるwhich…」に関して解説を加えたい。

問題となっているwhichは非制限的関係詞で,先行文の内容全体,またはその一部を受ける。この表現は意外にも幅広い場で使用されていて,((話))でも((書))でも用いられる。特に((話))では,先行文を述べた話し手が引き続いて独立したWhich節を発話する場合だけでなく,先行する相手の話を受けてWhich節を発話する(つまり,先行文の話し手とWhich節の話し手が異なる)場合もある点が興味深い(語法コラム内の用例がそれに当たる)。また,((書))では文学作品から新聞,雑誌まで様々な場面で使用されており,文体上くだけた表現に限ったものではないことも分かる。

この表現で特に注目すべきは,Which節に用いられる動詞に関して,通常の(=独立していない)which節にはない特徴が見られるということである。三省堂コーパスによれば,独立したWhich節ではmeans,brings (me [us] to),leads (me [us] to),reminds (me)などが高頻度で生じる。特に,meansについては,独立文に生じるのはwhich means… 全体の1割程度ではあるものの,その数は他のどの動詞の場合よりも多い。また,brings,leads,remindsについては,いずれも独立文の方が通常の場合より多く用いられている。

これらの動詞の共通点は何であろうか。まず気がつくのは,いずれも現在形であるという点である。これは,Which節の内容が先行文を受けて発話する時点での事柄を表していることを意味する。では,どんな事柄を表しているのだろうか。実際にそれぞれの動詞を用いた具体例を並べてみよう。

  • “The dog’s lungs were clear.” “Which means that the dog was dead before the fire started?”(語法コラム内の用例)
  • Which brings me to my next question about…(三省堂コーパスから;先行文は省略)
  • Which leads me to the conclusion that…(同上)
  • Which reminds me,” she added. “I need to go shopping tomorrow. …”(同上)

上記の例をながめると,いずれの場合もWhich節は先行文の発話をきっかけに,それまで話し手(または聞き手)の意識になかった考え(結論や疑問など)を新たに(あるいは再度)引き出す場合に用いられていると言えるだろう。これはWhich節のすべてに当てはまるわけではないが,語法コラムに記述された高頻度のWhich節に共通しているという点で興味深い。

このことから,主節から独立したwhich節には,単なる文体上の問題で片付けることのできない,特異な性質があることが分かる。

また,上記ほど際立ったケースではないが,which(あるいはwhichを含む句)が文頭に現れる表現は他にもある。例えばIn which caseやWhich is to sayなどである。『ウィズダム英和辞典』ではこれらを成句としても取り上げている(前者はcase,後者はsayの欄で)。なお,Dual ウィズダム英和辞典[Web版]で成句検索をすればさらに他の例を見ることもできるので試していただきたい。

ちなみに,今回取り上げた語法コラムと同様の具体的で踏み込んだ解説を他の英英,英和辞典で見ることはまずない。『ウィズダム英和辞典』はこのような気になる語法への配慮もすることで,いち早く言葉の変化を捉え,英語の「いま」を映し出すのに少なからず貢献しているものと思われる。
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【筆者プロフィール】
中山 仁 (なかやま・ひとし)
福島県立医科大学准教授。
専門は英語学。『ウィズダム英和辞典』編集委員。

WISDOM in Depth: #11

2008年 1月 11日 金曜日 筆者: 中山 仁
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第11回は編集委員の中山仁先生,3回目のご登場です。

類語コラムの記述―bakeの場合

『ウィズダム英和辞典』第2版の類義コラムは,他のコラムと同様,コーパスの分析結果を積極的に取り込むなどの工夫によって充実が図られ,さらに具体的で分かりやすい記述へと改善されている。ここではbake欄に記載されている類義コラム「bakeとroast, broil, grillなど」を取り上げ,初版と比べてどのように改められたのかを見てみたい。初版の類義コラムは以下の通りであった:

【類義】「焼く」の意の類語
bakeはパンやケーキをオーブンで焼く.roastは肉やじゃがいもをオーブンで焼く.toastはパンをトースターでぱりっと茶色に焼く.grillは焼き網やグリルで焼く.

この記述は簡潔ではあるが,その分いくつかの疑問や誤解の生じる余地を与えている。例えば,bakeとroastの違いが「パンやケーキ」と「肉やじゃがいも」といった食材の違いのみによって示されているが,果たしてそれで明確に区別されるのか,toastはトースターでパンを焼くことに限定した説明でよいのか,grillの場合の食材は何か(何でもよいのか)などの疑問が挙げられるだろう。また,「焼く」の意味を持つその他の語broil, barbecueなどとはどのような関係にあるのかといった疑問も湧いてくるだろう。

上記の問題は,それぞれの語と食材を単純に対応させたように見えることが原因で生じると考えてよい。したがって,同じ食材が,異なる調理法(焼き方)によってどんな料理になるかという点も考慮した上でまとめ直した方がより適切な理解につながると思われる。

この場合,コーパスを用いてそれぞれの動詞が実際にどのような食材を目的語として取るのかを調べると,興味深い結果が得られる。例えばbakeは,bread,cakes,cookiesを目的語に取るというのは事実だが,これらの他にpotatoesもしばしば目的語として取ることが分かる。ならば「じゃがいもをオーブンで焼く場合にはbakeでもroastでも同じこと」と考えていいだろうか。もちろん,そう考えるのは誤りで,bakeの場合は皮付のまま丸ごと焼き,roastの場合は皮をむいて分割したものを焼くので,出来上がりは全く別の料理を指すことになる。ちなみに,roast potatoes はイギリスではローストビーフなどの付け合せとしてお馴染みのものである(ただし,この場合のroastは形容詞)。また,ベークドポテト 1人前は普通1個で十分なので,注文をする際はa baked potatoと単数になるケースが多く,一方ローストポテトはroast potatoesと複数になるのが普通である。こうして,bakeがオーブンを使って調理することを意味するのに間違いはないが,オーブンで調理される食材は様々であるから,当然のことながら目的語もパンやケーキ類とは限らないということが分かってくる(その他,baked beansも頻度の高い例であることを付け加えておく)。このように,コーパス分析の結果を利用した記述は日常的に頻度の高い例を具体的に示すのに役立つ。また,食材が単数形で現れるか複数形で現れるかについての情報が得られることでイメージが湧きやすいという点でも,ここでの具体例の提示は効果的であると言える。

さらに調べを進めると,roastは直火で肉などを丸焼きにしたり,豆などを炒ったりするのにも用いられることが分かる。この点で,bakeとroastの意味記述自体にも差が出てくることになる。

toastについてはどうだろう。この語は「こんがり焼く」ことに重点があり,食材はパン(食パン)に限らない。実際,コーパスから用例を探ると,目的語にはbreadだけでなくnutsも含まれることが分かる。加えて,パンについては,ホットサンドのようにサンドイッチごと焼く場合がある(toasted cheese sandwichesなど)ということも分かる。

さらに,上記で疑問になったbroilとbarbecueについては,grillと関連させて記述することが可能である。broilはgrillとほぼ同義であるが,コーパスの分析結果から,broilは((主に米)),grillは((主に英))という使用域の差が明らかである。また,barbecueは「戸外で焼き網で[直火で](ソースをつけて)焼く」という意味だが,((主に米))ではgrillを用いることもあるようである。

以上の分析やその他の調査の結果,第2版のbakeに関連する類義コラムは,共起する語の情報や文化的情報が具体化され,質量ともに充実したものに改められたと言ってよいだろう。

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(第2版のbake類義コラム;クリックで拡大)

【筆者プロフィール】
中山 仁 (なかやま・ひとし)
福島県立医科大学准教授。
専門は英語学。『ウィズダム英和辞典』編集委員。

WISDOM in Depth: #9

2007年 12月 21日 金曜日 筆者: 中山 仁
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第9回は編集委員の中山仁先生,2回目のご登場です。

クリスマスとrobin―英和辞典から得られる文化的背景知識

英和辞典は百科事典的情報が豊富で,高校生の頃,さほど本好きでなかった筆者にとっては一般的知識・常識を補う上でも重要な情報源であり,その重要性は現在でも変わっていない。上記で示した robin とクリスマスの関係はイギリスでは常識だが,日本ではあまり知られていないと思われる。筆者も大分前から「robin=ヨーロッパコマドリ」と覚えてはいたが,それ以上の知識を得たのは比較的最近になってからのことである。比較的低いランクの語であっても,このような常識の空白を埋める作業によって,その語,ひいては英和辞典の価値をさらに高めることになると言える。

robin の解説はほんの4行ではあるが,限られたスペースでできるだけ情報が正確に伝わるようにいくつかの配慮をしたつもりである。例えば,「最も典型的な鳥」とか「国鳥」というよりも「最も親しまれている鳥」とした。なぜなら,典型性は個人の経験や文脈によって変わる可能性があるし(Christmas dinner で「鳥」と言えばイギリスでも turkey を一番に連想するだろう),また,国鳥は日本のキジのように普段めったに見かけない鳥である場合もあるので,あまり親しみのない国鳥もいるからである。しかも,robin は文字通り「身近な」鳥で,庭仕事をしていると,掘り返された土の中にいる虫にありつこうと人のすぐ近くまで寄って来るし,公園で食事をしていれば,おこぼれにあずかろうとテーブルの上にまで乗って来る。

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(筆者撮影)

そして,この親しみに基づく重要な情報がクリスマスとの関係である。実際の記述ではスペースの都合上クリスマスカードの図案に使われると述べただけだが,この機会に補足しておきたい。胸が黄赤色である robin がクリスマスカードに使われるようになったのは,クリスマスカードを送る習慣が始まった18世紀中ごろ,郵便配達員の上着が赤色だったことと関係しているらしい。以来 robin はクリスマスカードを運ぶ(あるいはクリスマスを連想させる)鳥としての意味づけがなされて今日に至っている(BBCの Amazing Animals 参照)。

古くから親しまれてきたからであろう。robin にまつわる伝説や童謡も多く残っている。例えば,robin の胸が赤いのは,処刑されたキリストがつけていたイバラの冠を外そうとした際にこの鳥が自らその棘(とげ)で胸に傷を負ったため(あるいは,棘を抜いたときにキリストの血を浴びたため)とか,煉獄(死者が火によって罪の浄化を受ける場所)で,炎の中を死者のために水を運んだためとか,さらには,人類のために天から地上に火をもたらした際に胸を焦がしたため,という言い伝えまである。また,マザーグース(nursery rhyme)では “Who killed Cock Robin?”の中に,バラッドでは “The Babes in the Wood” に登場する(一方で,“Who killed Cock Robin?”はRobin Hoodと関係するという説もあるようだ)。

このように,robin は「親しみ」をキーワードに解説すると理解が深まると思われる。今回はクリスマスにちなんだ例を取り上げたが,もちろん,『ウィズダム英和辞典』ではそのほか数多くの「事情」コラムや語義解説によって英米の日常生活に関する背景知識の充実が図られている。これを機に,『ウィズダム英和辞典』をじっくり読んで,語数だけでなく語の内容の点でも豊かになっていただければと思う。

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【筆者プロフィール】
中山 仁 (なかやま・ひとし)
福島県立医科大学准教授。
専門は英語学。『ウィズダム英和辞典』編集委員。

WISDOM in Depth: #6

2007年 11月 27日 火曜日 筆者: 中山 仁
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第6回は編集委員の中山仁先生です。

baggageとluggage―((米))・((英))で割り切れない類義語

center/centreのスペリングの違いやtakeout/takeaway(料理の「テイクアウト」)の語彙の選択について言えば,アメリカ英語(=((米)))とイギリス英語(=((英)))の違いははっきりしている。しかし,従来((米))・((英))の違いという点から区別されてきた語句の中には,必ずしもそのように割り切ることのできないものもある。baggageとluggageの違いがその1例である。

これまで,baggageは((主に米)),luggageは((主に英))と区別されることが多かった。そのため,((米))の文脈ではbaggageを,((英))の文脈ではluggageを当てはめればすべて事足りると判断されても不思議はない。その結果,米国のデパートでかばん売り場を探しても“baggage”は見当たらず,英国の空港で手荷物受け取りのためにバゲージ・クレームを探しても“luggage” claimは見当たらないことに疑問に思うことになる。

この場合,コーパスに基づく分析を行なうと両者の使い分けの実態がはっきりしてくる。三省堂コーパスによれば,baggageの((米))・((英))での使用の割合は約6:4で((米))での使用がやや多く,luggageに関してはほぼ同数である。これにより,両者の使い分けを((米))・((英))の観点から単純に説明できないことがまず予測される。さらに,baggageとluggageそれぞれの前後に生じる語について,頻度順や連語関係の統計処理をするとさらに興味深い結果が得られる。それによると,baggageの直前の語で目立つのが((米・英))excessや((米・英))extra,直後の語で目立つのが((米))claim/((英))reclaimや((米・英))checkである。つまり,baggageは全体の頻度では((米))が多いが,特に空港での手荷物の受け渡しに関しては ((米))・((英))を問わずbaggageが使用される割合が高いことが分かる(各用例の文脈からも空港での使用例であることが確認できる)。

一方,luggageの直前では((米・英))carry-on,((主に英))handなどが,直後では(少数ながらbaggageでは見られない)((米))tumbler(スーツケースの耐久テストに使用される大型の回転筒),((米))salesman,((英))space,((米))storeが目に付く。つまり,luggageは((米))でも使用され,特に商品としてのかばんを指す場合にはbaggageではなくluggageを用いるという傾向が見えてくる。

上記の結果が現場の使用状況と符合するかどうか検討してみよう。米国の航空会社3社のインターネット・サイトで手荷物扱いの案内について見てみると,United Airlinesではbaggageが,Northwest Airlinesではluggageが,American Airlinesではbaggage,luggageともに使用されている(Baggage Tips and Information / How Your Luggage Is Checkedといった具合)。また,英国の航空会社2社(British Airways,Virgin Atlantic Airways)では同様の文脈でbaggageが使用されている。

手荷物の扱いということであれば,鉄道の場合はどうかという疑問も湧くだろう。例えば米国のAmtrakや英国のVirgin Trainsのサイトでは手荷物の扱いに主にbaggageが使用されており,空港と同様の傾向が見られる。ただし,英国の鉄道には一貫してluggageを使用しているところもあり,英国では空港ほどはbaggageが使用されていないように思われる。

ところで,Amtrakの案内にbaggageとluggageを用いた次のような説明がある(太字は筆者):

Please be sure to pack your baggage using sturdy luggage or containers that are capable of withstanding expected handling.

つまり,((米))であっても収納の対象としてのかばんはbaggageではなくluggageで表されるということが分かる。先の,「商品としてのかばん」と合わせて考えれば,同じかばんでも,買って荷物を詰めるまではluggageであり,それを持って旅行に出かければbaggageということになる。

これにより,上記のコーパスの分析は現場の状況を正しく反映していると言ってよいであろう。実際,『ウィズダム英和辞典』luggage欄の類義コラム「baggageとluggage」は本辞典の他の記述部分と同様,コーパスの分析データを単純に取り入れたものではなく,それを基本にその他の関連する情報による検証作業を重ねて慎重に出された結論なのである。

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さて,英国の空港でもbaggageが主流とはいえ,例外もいくつかある。例えば,「手荷物一時預かり所」を意味するleft luggage (office) については,代わりにleft baggageを用いる例は少ないようである(ちなみに,((米))ではbaggage room,checkroom)。『ウィズダム英和辞典』では((米))・((英))で用法の異なるその他の複合語の例については,分離複合語の欄や主見出しで個々に表記されている。

最後に,上記で触れなかった,baggageに特徴的な連語関係について付け加えたい。三省堂コーパスによれば,baggageの直前には既に示した語の他にemotional,cultural,ideologicalといった語も多く生じる。この場合のbaggageは「精神的な負担」,「固定観念」という意味でluggageによる言い換えはできない。『ウィズダム英和辞典』ではbaggage欄の第2義の用例にemotional baggageを挙げ,コーパスの分析結果を記述に反映させている。


【筆者プロフィール】
中山 仁 (なかやま・ひとし)
福島県立医科大学准教授。
専門は英語学。『ウィズダム英和辞典』編集委員。

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