『ウィズダム英和辞典』第2版の類義コラムは,他のコラムと同様,コーパスの分析結果を積極的に取り込むなどの工夫によって充実が図られ,さらに具体的で分かりやすい記述へと改善されている。ここではbake欄に記載されている類義コラム「bakeとroast, broil, grillなど」を取り上げ,初版と比べてどのように改められたのかを見てみたい。初版の類義コラムは以下の通りであった:
【類義】「焼く」の意の類語
bakeはパンやケーキをオーブンで焼く.roastは肉やじゃがいもをオーブンで焼く.toastはパンをトースターでぱりっと茶色に焼く.grillは焼き網やグリルで焼く.
この記述は簡潔ではあるが,その分いくつかの疑問や誤解の生じる余地を与えている。例えば,bakeとroastの違いが「パンやケーキ」と「肉やじゃがいも」といった食材の違いのみによって示されているが,果たしてそれで明確に区別されるのか,toastはトースターでパンを焼くことに限定した説明でよいのか,grillの場合の食材は何か(何でもよいのか)などの疑問が挙げられるだろう。また,「焼く」の意味を持つその他の語broil, barbecueなどとはどのような関係にあるのかといった疑問も湧いてくるだろう。
上記の問題は,それぞれの語と食材を単純に対応させたように見えることが原因で生じると考えてよい。したがって,同じ食材が,異なる調理法(焼き方)によってどんな料理になるかという点も考慮した上でまとめ直した方がより適切な理解につながると思われる。
この場合,コーパスを用いてそれぞれの動詞が実際にどのような食材を目的語として取るのかを調べると,興味深い結果が得られる。例えばbakeは,bread,cakes,cookiesを目的語に取るというのは事実だが,これらの他にpotatoesもしばしば目的語として取ることが分かる。ならば「じゃがいもをオーブンで焼く場合にはbakeでもroastでも同じこと」と考えていいだろうか。もちろん,そう考えるのは誤りで,bakeの場合は皮付のまま丸ごと焼き,roastの場合は皮をむいて分割したものを焼くので,出来上がりは全く別の料理を指すことになる。ちなみに,roast potatoes はイギリスではローストビーフなどの付け合せとしてお馴染みのものである(ただし,この場合のroastは形容詞)。また,ベークドポテト 1人前は普通1個で十分なので,注文をする際はa baked potatoと単数になるケースが多く,一方ローストポテトはroast potatoesと複数になるのが普通である。こうして,bakeがオーブンを使って調理することを意味するのに間違いはないが,オーブンで調理される食材は様々であるから,当然のことながら目的語もパンやケーキ類とは限らないということが分かってくる(その他,baked beansも頻度の高い例であることを付け加えておく)。このように,コーパス分析の結果を利用した記述は日常的に頻度の高い例を具体的に示すのに役立つ。また,食材が単数形で現れるか複数形で現れるかについての情報が得られることでイメージが湧きやすいという点でも,ここでの具体例の提示は効果的であると言える。
さらに調べを進めると,roastは直火で肉などを丸焼きにしたり,豆などを炒ったりするのにも用いられることが分かる。この点で,bakeとroastの意味記述自体にも差が出てくることになる。
toastについてはどうだろう。この語は「こんがり焼く」ことに重点があり,食材はパン(食パン)に限らない。実際,コーパスから用例を探ると,目的語にはbreadだけでなくnutsも含まれることが分かる。加えて,パンについては,ホットサンドのようにサンドイッチごと焼く場合がある(toasted cheese sandwichesなど)ということも分かる。
さらに,上記で疑問になったbroilとbarbecueについては,grillと関連させて記述することが可能である。broilはgrillとほぼ同義であるが,コーパスの分析結果から,broilは((主に米)),grillは((主に英))という使用域の差が明らかである。また,barbecueは「戸外で焼き網で[直火で](ソースをつけて)焼く」という意味だが,((主に米))ではgrillを用いることもあるようである。
以上の分析やその他の調査の結果,第2版のbakeに関連する類義コラムは,共起する語の情報や文化的情報が具体化され,質量ともに充実したものに改められたと言ってよいだろう。