金田一京助博士記念賞

第34回金田一京助博士記念賞

田中宣廣氏『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

授賞理由

田中宣廣『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』に対して

本書は,自立語に比して相対的に研究が遅れていた付属語のアクセントを正面に据えて研究したもので,臨地調査に基づいて信州大町方言,東京方言,京都方言,鹿児島方言,陸中宮古方言の5方言を対象に網羅的な記述を試みた意欲的な本である。

著者は,まず,従来の研究が散発的・個別的であって体系的ではなく,その手法も一貫したものがなかったという立場に立って批判を展開する。その上で,「前の語からの音の相対的高低関係上の続き方」を「付属語アクセントの「式」としてとらえる」という視点を提唱して統一的に分析を進める。それにより,自立語と付属語を合わせた日本語のアクセント構造の全体像を捉えることが可能になるという考えである。

結論として計6種類の付属語の式を立てる(以下,断らない限り,例は東京方言)。

  • 前接自立語のアクセントをそのまま実現させる「従接式」(取り立てのワ)
  • 前接自立語の声調が及ぶ「声調式」(使役のサセル)
  • 前接自立語からアクセント上独立する「独立式」(伝聞のソーダ)
  • 前接自立語から下がって付く「下接式」(禁止のナ)
  • 前接自立語のアクセントに関わりなく付属語の型となる「支配式」(丁寧のマス)
  • その付属語の1拍前から下がる「共下(ともさげ)式」(京都方言,打消のヘン)

である。これらに加えて,上記のうちの2つの式を組み合わせた「複合式」が,方言によっては複合付属語に認められる(宮古方言の丁寧デ・ゴゼンス)。

この明確な視点に立って5つの方言を臨地調査したその記述は詳細で,取り上げた付属語の数は先行研究をはるかに凌ぐ。また,その分析も概ね適切である。特に陸中宮古方言の記述は,自立語を含めた全体的なアクセント研究として面白く読め,学界に対する大きな貢献となっている。

ただし,著者は先行研究を実に丹念に集めて紹介しているが,そのすべてに目くばりをしているためか,それらを等しなみに扱って全体を批判し否定する傾向が強い。ここはそれにとどまらず,それらの中で研究を大きく進展させた画期的な論考を取り上げてその問題点を具体的に指摘し,それを克服するという姿勢が欲しかったところである。それがあれば,もっと焦点の合った批判が展開でき,真に先行研究を乗り越えた発展になったのではないかと惜しまれる。

とは言え,従来の個々の方言ごとの個別的な研究に対して,5つの方言を対象にその全体を統一的な視点で取り扱った点は高く評価できる。本書が刺激となって日本語諸方言の付属語アクセント研究が一層進むことが期待される。本選考委員会は,田中宣廣氏の研究を金田一賞に値するものと評価した。

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受賞の言葉

田中宣廣

田中宣廣氏写真このたび「第34回金田一京助博士記念賞」受賞者の栄誉に浴し,たいへん光栄に存ずるとともに,全く身の引き締まる思いです。関係各位に謹んで御礼申し上げます。

対象の『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(2005,おうふう)は,従来のアクセント論の中に付属語アクセントを明確に位置付け,その調査法と分析法を開発し,私自身が臨地調査して聴き取った,日本語アクセントの性質を代表する5つの方言(信州大町・東京・京都・鹿児島・陸中宮古)の言語実態から,従前不分明であった付属語アクセントの体系を導き出し,関連諸要素を併せて,日本語のアクセント構造をあらためて総合的に考察したものです。本研究によって日本語の基幹構造の解明が相当程度進んだとのご理解が得られたのならば,この受賞は,一個人の名誉というより,日本語の研究が数歩でも前進したという意味があり,その事実こそ私の喜びとするところです。

この課題の解決には種々困難がありましたが,私は多くの「出逢い」により,それを乗り越え,厳しい境遇の時期も耐えました。そのご恩に対する感謝とともに振り返ります。

大島一郎先生との出逢い:本研究の始点である東京都立大学大学院での修士論文から,常に親身にご指導くださいました。些か冒険的でもあった本研究にご理解を賜り,音韻論の研究となるよう課題をくださいました。本研究はそれらの課題に解答することにより進めることができました。東京都立大学大学院では,奥津敬一郎先生,(故)中本正智先生,小林賢次先生にも,在学中だけでなく,修了後までもお教えいただいています。

小林 隆 先生との出逢い:本書は,東北大学大学院での博士論文を補足・訂正しつつ発展させたものです。本研究を一つのまとまったものにすることができましたのは,小林先生のお教えお導きによるものであり,研究のご指導の他,研究生活での留意点までさまざまなことをご教示いただきました。本書の題目も小林先生のお教えから付けました。東北大学大学院では,小林先生に加え,村上雅孝先生,齋藤倫明先生,才田いずみ先生からも,実に懇切にお教えを賜り,本書の内容をより充実したものとすることができました。

研究課題との出逢い:その時の日本語研究において不分明な部分で,しかも,それが明らかになれば日本語の基幹構造の解明が確かに前進する,この課題に出逢えたことは,全く天の恵みによるものです。なお,その端緒は國學院大學の川上 蓁 先生の日本語アクセントに関する特殊講義からです。立正大学の春日正三先生のご指導を受け,川上先生に聴講を願い出ましたが,そのご指導や聴講ご許可も,ここで感謝を申すべき出逢いです。

話者や仲介者の皆様との出逢い:本書の資料のための言語調査は,昭和60年(1985)4月の信州大町から,平成17年(2005)5月の京都での一応の区切りまで,20年余にわたりました。対象5方言で「はえぬきの人」を話者に得るのは容易でなく,また,よそ者による言語調査の例が少ない地点です。私が調査をなし得たのは,話者や仲介者の皆様のお陰です。20年余を通して共同研究者に近いお力添えを戴いた方も少なくありません。

株式会社おうふうの皆さんとの出逢い:本書の出版をお誘いくださり,科学研究費研究成果公開助成金申請を経て,印刷開始直前(の休日)まで,お手数をお掛けしまして,恐縮しきりです。本研究を公に問うことができたのは,本書が出版されてこそのことです。

家族との出逢い:本書を共に成したと言える家族の理解と協力に,あらためて感謝の意を表します。妻には多大な苦労を掛けましたが,大きな感激を分かち合うことができ,また,娘たちには「信じて頑張れば夢は叶う」ことを身近な事実として示すことができました。夫としても,また,父としても,世界一の幸せ者にしてくれました。

おしまいに,これから研究生活その他人生全般におきまして,金田一賞受賞者の名に恥じぬよう,また,歴代受賞者の皆様方に幾分かでも近づくよう,さらに精進を重ねてまいる決意を述べまして,私の受賞のことばと致します。誠にありがとうございました。

(たなか・のぶひろ 岩手県立大学助教授)

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贈呈式

2006年12月20日 東京ドームホテル(東京都文京区)

贈呈式写真