第47回金田一京助博士記念賞
戸内俊介氏 『先秦の機能語の史的発展』に対して
下地理則氏 『南琉球宮古語伊良部島方言』に対して
授賞理由
戸内俊介『先秦の機能語の史的発展 ―上古中国語文法化研究序説―』 (2018年2月 研文出版刊)
戸内俊介氏著『先秦の機能語の史的発展―上古中国語文法化研究序説―』(以下、「本書」)は、上古中国語(前漢以前の中国語の総称)における3つの機能語、「于」、「而」、「其」を対象として、それらの意味や用法の変化を、文法化のプロセスとして捉えることにより、解明することを試みた研究である。まず、各章の概要を紹介する。
序章では、文法化(grammaticalisation)という言語変化の捉え方、中国語史研究における文法化研究、本書の目的と構成、用いられる言語資料とその時代区分、さらに古文字資料を引用する場合の表記などについて、簡潔な説明が与えられる。
第1章から第3章が本書の中心部分である。まず第1章では、従来より時間を表す介詞とされていた「于」について、その用法を詳細に検討することにより、単に動作が行われる時間を表すだけではなく、遠い未来の動作を導く働きがあることを明らかにする。その上で、「于」は「行く」という意味を持つ移動動詞から文法化した形式であるという仮説に依りながら、移動動詞「于」>空間における着点を表す「于」>遠い地点を表す「于」>遠い未来の時間を表す「于」という文法化のプロセスを提案する(地点を表す「于」が移動動詞から直接変化した可能性も残される)。
第2章では、上古中期以降の伝世文献に現れる「NP 而」(「NP 而 VP」と「NP1 而 NP2 VP」という2種類の構文に見られる)を扱う。第1章と同様に、多くの用例を詳細に検討することにより、「NP 而」を持つ文が会話文に現れること、NPが総称的・非特定的指示対象を持つこと、「而」の後のVPがNPによって喚起される性質や属性とは矛盾する事態を表すことを指摘する。その上で、「NP 而」と「VP 而 VP」(逆接の接続詞)における「而」が連続していること、想像世界と親和性が高い「NP 而 VP」が仮定の事態をも表現しやすいことを指摘し、「NP 而」が接続詞「而」の文法化の結果として説明できることを示す。
第3章は、3つの章のうちでもっとも長く、本書主要部の約半分を占める。扱われるのは、語気副詞とされる「其」である。まず、代名詞(指示詞)としての「其p」と、モーダルな副詞の「其m」を区別した後、歴史的に「其m」が「其p」に先行することを指摘し、「其m」が「其p」からの文法化によって生まれた可能性を否定する。その上で、上古中期における「其m」について考察する。その結果、「其m」が基本的に irrealis を表すこと、多様な意味や用法が主語の人称の違いや文型の違いから生まれることが、豊富な用例に依りつつ示される。さらに、上古前期(西周)における「其m」の用例が検討され、irrealis を表す点は共通するものの、上古中期に見られる、聞き手に対する敬避性や実現の困難さを表す用法はまだ発達していないことを確認する。そこから、上古前期において単に irrealis を表していた「其m」が、上古中期になると、語用論的強化により多様な意味を持つようになったことを主張する。
終章では、前章までを要約したのち、従来、統語的変化の考察が中心だった上古中国語における文法化の研究に対して、本書が目指したのは、機能語の意味の変化に注目することにより、文法化の考察範囲を拡張し、より汎用性のある文法化のモデルを提示することであることが述べられる。
本書の主張の多くが、先行研究を広く検討した結果から得られたものであることは、その都度明確に述べられている。特に、第1章は高嶋謙一氏の研究に、そして第3章は魏培泉氏の研究に大きく依存している。この意味で、本書が扱う3つの機能語の分析において、これまで知られていない言語事実の指摘は少ない。本書の独自性はむしろ、上古の各時期に見られるそれらの機能語のほぼすべての用例に目を通し、各時期の特徴を正確に把握した上で、その複雑な通時的変化を、文法化という統一された観点から説明しようとした点にある。
近年、出土文献を含め、電子化コーパスの整備が進んだ結果、中国語史における文法化の研究は、多くの研究者の関心を引きつけ、国際的に注目を浴びつつある分野である。一方、文法化のようなモデルを使った研究の問題点として、モデルに合わせようとするあまり、言語データの解釈に無理や飛躍が生じる弊害が往々にして見られ、事実そのような研究も少なくない。しかし本書は、対象時期を上古期(殷から前漢)に限定することにより、この時期の言語特徴を、形式だけでなく意味や用法に至るまで詳細に検討することで、前述のような問題を回避しようとしている。自説にとって不都合な事実も紹介することを躊躇しない著者の姿勢とも相まって、小さな飛躍が皆無ではないものの、全体として堅実な議論が展開されている。本書は、伝統的な中国語史研究の堅実な学風を受け継ぎつつ、最新の言語研究の動向にも注意を向けながら、良質な文法化研究の方向性を示していると言える。
唯一物足りなく感じられるのは、特定の特徴を持つ用例の多寡を問題にする際に、「多数」、「際立って多い」、「散見される」、「まれ」などの表現が使われている点である。一意的に解釈の定まらない例の存在があると思われるが、著者の言語資料の扱い方を考えれば、具体的な用例数を示すことが十分可能であったはずである。本書の主張が、より直接的に提示できたと思われるだけに、残念に思う。
とは言え、用例の解読に多くの労力が必要とされる上古中国語の研究において、形式的な特徴だけでなく、意味の分析にまで踏み込みながら、体系的な結論を導き出した著者の努力と力量は高く評価されるべきである。以上あげた理由により、選考委員会は、戸内俊介氏著『先秦の機能語の史的発展 ―上古中国語文法化研究序説―』が第47回金田一京助博士記念賞に相応しいと判断した。
下地理則『南琉球宮古語伊良部島方言』 (2018年3月 くろしお出版刊)
本書は、琉球列島の宮古市伊良部島方言に関する記述的研究である。いわゆる記述文法の立場から、この方言の綿密な文法記述がなされている。
本書は12章から構成されている。まず、第1章で先行研究に触れつつ、伊良部島方言の概観が述べられる。続く第2章では文法の基盤をなす音韻論が検討され、第3章では記述に必要な諸単位の定義が述べられる。そして、第4章の名詞句の構造から第12章の複文に至るまで、本書の中心課題とも言えるいわゆる文法論が展開されている。
琉球方言の研究は近年格段に進んだとはいうものの、特定の要素や形式についての研究が多く、言語現象を総体的に扱うものは多くなかった。この点は伊良部島方言も例外ではなく、これまでもこの島の方言を取り上げたものはあったが、多くはトピック的な成果に留まっていた。それに対し、本書は、言語体系全体を対象としている点に大きな特色がある。伊良部島方言を丸ごと取り上げ、網羅的・体系的な記述を試みようとした点は特筆に値する。琉球方言を広く見渡しても、本書ほど綿密に広範な現象を論じたものは、これまでほとんどなかったのではないかと思われる。
また、本書は、最新の言語学や文法研究の知見を基盤にし、さらに、世界の言語を視野に入れながら分析を行っている点に新しさを感じる。分析装置としての記述文法の視点・枠組みが先端的なレベルにあることが、それに基づく成果を質的な面で保証していると言える。係り結びの問題について焦点助詞と文末述語のムードの関係を考察したり、アスペクトにおける「消失結果相」の意味を詳しく論じたりするなど、伊良部島方言の記述に多くの新知見をもたらしている点は評価に値する。また、人称代名詞の体系の分析に、話し手と聞き手の組み合わせやそのグループのサイズといった概念を持ち込むなど、創意工夫を凝らしながら論を展開している点も興味深い。
消滅の危機に瀕する方言について、その記録の必要性が叫ばれて久しいが、これまで、学界での成果は十分なものとは言えなかった。一地域の方言の記録という立場からは、いわゆる「3点セット」すなわち、文法書、辞書、テキストの作成が求められているが、特に文法書については、網羅的・体系的な視点を備えたものは多くはなかった。本書は、そうした学界の現状に照らしてもタイムリーな研究であると評価される。また、近年の琉球方言研究の進展にはめざましいものがあり、本書の成立はそうした蓄積の先頭に立つ象徴的な成果であるとも言える。その点では、本書は、ひとつの記述モデルとして、あとに続く研究者たちのお手本となる成果であると考えられる。
その一方で、本書は論述が簡略に済まされている部分も見られるなど、必ずしも均質な記述態度が貫かれているわけではない。また、構造的側面については詳細だが、モダリティに関わる部分はそうでなく、待遇的な特徴や語用論的な特徴についてもこれからの課題として残されている。網羅的・体系的な記述を徹底すれば、本書はさらに大部なものとなるはずであり、その点は今後の研究に大いに期待したいところである。
もっとも、それらの課題は残るものの、本書は特定方言の記述的研究として優れた業績であることは疑う余地がなく、選考委員会は、本書を第47回金田一京助博士記念賞に値するものと判断した。
受賞の言葉
戸内俊介
この度、第47回金田一京助博士記念賞を受賞するという、身に余る栄誉に与ることができ、言語学者の末席に名を連ねる者として、大変感激しております。選考委員の諸先生方、並びに関係者の皆様には、心より御礼申し上げます。
拙著『上古中国語の機能語の史的発展』(研文出版、2018年)は、2016年に東京大学人文社会系研究科に提出した博士論文『上古中国語文法化研究序説』を基礎としています。今からおよそ2000年以上前の上古中国語、その中でもfunctional word(機能語)を中心に取り上げ、その意味機能的変遷を、文法化という側面から解き明かそうという試みでしたが、その際、最も注力したのは出土文献の扱いでした。出土文献に書かれている古代の漢字は、現代の漢字とは字形が異なるうえ、character(文字)とword(語)の対応関係も現代とは異なり、それを言語資料として運用するには一定の技術が要求されます。
上古中国語は無論、すでに話し手のいなくなった言語であり、その言語を読み解くには、古代人が書き残した文字資料に頼るしかありません。しかし、『論語』、『春秋左氏伝』、『史記』といった伝世文献は、2000年の時を超え、脈々と受け継がれてきたものであり、その間、各時代の人々の手が加えられています。謂わば「手あか」にまみれた資料となってしまっており、当時の生き生きとした、リアルな言語を正確に伝えているものとは言えません。
一方で出土文献は、古代人の生の言語の様相を伝えています。無論、出土文献には、書写された目的や用途が限られている、十分な用例数を得られないなどの限界もありますが、言語研究に従事する者にとって、生の資料と対峙できるというメリットは、その欠点を大きくしのぎます。
拙著では、殷代の甲骨文から、戦国時代の竹簡まで、各時代の出土文献を言語資料として用いています。思い返してみれば、私を出土文献研究の世界へといざなってくださったのは、最初の恩師である佐藤進先生でした。大学院に入って以降は、今日主賓としてご参列の大西克也先生に指導教員としてご指導いただきました。大西先生からは多くの出土文献を読み解く技術を教わり、私が上古中国の文献に向き合う姿勢は、他でもなく大西先生の薫陶を受けて培われたものです。同時に、大西先生は上古中国語文法研究の第一人者でもあり、先生からは研究上の重要な論点や課題についても学ぶことができました。不出来な私を辛抱強くご指導くださった大西先生には、今なお感謝の念に堪えません。
さらに研究を通して、多くの学友とも出会うことができました。今日ご参列くださった野原将揮さんや、先輩である松江崇さんとは、折に触れ、議論を交わしています。このほか、東洋史や中国語学を専門とする友人とのつきあいから、数え切れないほどの刺激を受けました。お一人ずつお名前を挙げるのは控えますが、感謝を申し上げます。
拙著の出版は、勤務校の同僚であった家井眞先生から、博士論文の出版を強く勧められたことで実現したものです。家井先生にはさらに、拙著の出版元である研文出版の山本實社長をご紹介いただきました。山本社長には、文字コードにない漢字を処理するなど、私の面倒な原稿を引き受けていただきました。お二方がいなければ、拙著の出版はありませんでした。今回、受賞という形で、お二方のご恩に報いることができたのは、大変な僥倖でした。
また、私ごとですが、いついかなる時も私を励まし続けてくれた妻と、2人の娘の存在は、常に私の心の支えでした。この場を借りて、改めて感謝申し上げたいと思います。
金田一先生のご業績、また歴代受賞者のお名前を拝見するたびに、本賞の重みを感じます。金田一京助博士記念賞の名前に恥じぬよう、そしてこれまで私が受けた学恩に報いられるよう、より一層精進していかねばならぬと、改めて自戒している次第です。古代の言語研究は、古代人の残した文献からの復元作業であるというのは、大西先生の言葉です。今後も古代中国語の復元に少しでも貢献できるよう、当時の資料と誠実に向き合いつつ、研究に邁進していきたいと存じます。
以上をもちまして、私の受賞の挨拶といたします。
下地理則
このたびは、名誉ある第 47 回金田一京助博士記念賞を賜りまして、選考委員、関係者の方々に、こころより御礼申し上げます。
受賞の対象となった拙著『南琉球宮古語伊良部島方言』は、沖縄県宮古島市で話されている、消滅の危機に瀕した琉球諸語の1方言の記述文法書です。この文法書の細かい特徴をここで述べることもできますし、ぜひそうしたいのですが、眠気を誘う可能性もあり、また、私のこの言語への異常な情熱から、話が止まらなくなってしまうため、やめておきます。ここでは、本書のあとがきにひっそりと書いた、私の思いを紹介させていただきたく存じます。そしてこれが、日本のフィールド言語学の父とも言える金田一京助博士への最大の敬意の表明になると確信しています。
言語学では現在、領域の細分化が進んでいます。ほとんどの研究者は、言語を専門としているというよりも、現象を専門としていると言った方が良いほどです。数えきれない専門家がいて、それぞれ立脚する理論も異なります。それはそれで構わないでしょう。しかし、どんな現象に関心があったとしても、そしてどんな理論を採用していても、一度立ち止まって、言語全体を俯瞰することは重要だと思うのです。言語体系は、個々のパーツ(現象)が有機的に繋がっていて、 それでいて体系内のパーツが異なる速度で、異なった方向に変化し、体系全体が常に軋みを生じながらゆっくりと変容していきます。よって、相互に関連のない現象など存在しませんし、例外のない共時規則も存在しません。共時体系の軋みがなぜ生じるかは、通時変化を明らかにしながら、体系を俯瞰しなければ納得できないことが多いのです。これらの事実に気づく唯一の方法は、実際に自分で言語体系全体を同時に扱って、1つの記述モデルとして示すことだと信じています。
しかし、現在の主流は、通時と共時を見据えて体系全体を扱うことに恐ろしく無関心だと言わざるを得ません。例えば、アクセント研究者は文法に関心がなく、文法研究者はアクセントに関心がありません。文法研究者でも、アスペクトだけ、モダリティだけ、ヴォイスだけ、終助詞だけ、敬語だけ、語彙だけに関心を示す研究者がいます。また、特定の理論的仮説の検証に役立ちそうだという理由で、ある言語のある現象だけに注目し、それが体系内でどういう位置を占めるかを深く考えずにフィールドにやってくる研究者もいます。あるいは、個々の現象をうまく説明するためだけに、その場しのぎの機能範疇を量産することもあります。
端的に言って、私は、そういう現在の言語学の主流にうんざりしています。筆者はもともと、人類学志望であり、学部では人類学のゼミにいました。人類学の入門書で、言語学の「音素分析」に触れて言語学に徐々に関心を広げていく過程で、言語そのものを記述する魅力に取り憑かれて行ったのです。軸足を言語学の方に移してからずっと抱いていた違和感は、上記の「主流」のアプローチです。よって、筆者は言語学を始めてからずっと、ある未知の言語体系を、その共時と通時に目を配りながら、内的一貫性を持たせる形でまとめることに価値を見出して来ました。内的一貫性、この崇高な目標を完璧に達成することは不可能かもしれません。しかし、だからといって、この目標に挑戦する意味がないということにはならないはずです。最初から無関心を決め込んでいる者と、この目標を達成しようと本気で考える者とでは雲泥の差があると考えています。
本書は、琉球宮古語伊良部島方言という1つの言語の記録であると同時に、私の、言語学者としての悪戦苦闘の記録でもありました。偉そうなことをここまで述べておきながら、認めなければならないことがあります。伊良部島方言は本当に手強い相手です。もう 15 年もかけて調査し、博士号をとり、本書を出版した上で告白しますが、本書によってこの言語の体系を満足いく形で示せたとは到底思えないのです。しかし、この言語の共時体系の頑強さと、ある種の脆さ、それを生む通時的な変化の様相を、しみじみと体感することはできました。これでようやく、この言語の細部に分け入る準備ができた、と言える段階にたどり着いた、そんな境地にいます。問答無用に強い相手に負けて、清々しい気分とはこういうものなのだろうと思います。言語に対して謝辞をいう研究者はこれまでいなかったと思われるが、「対戦相手」の伊良部島方言に対して、深く感謝の意を表したい。あんたは最強だ。これからもよろしく。
長くなりましたが、このようなことを、受賞対象の著書のあとがきで述べました。要するに、私が信じる言語学のアプローチは、自分が「これ」と決めた言語の巨大な体系から目を逸らさず、そしてその体系の辿ってきた歴史も含めて抱え込み、まるで生身の人間であるかのように、愛情を持って接するようなものです。このような考え方を具現化した、私の永遠の目標になっている研究者がいらっしゃいます。大学院修士課程時代の指導教官でいらっしゃった風間伸次郎先生です。風間先生は 10 年前に金田一京助博士記念賞を受賞されており、その時は、「風間先生が受賞されるような賞は、大変な賞なんだろう」と他人事のように考えておりました。まさか、その 10 年後に自分が受賞できるとは思ってもみませんでした。
実は、本書の出版に尽力してくださったくろしお出版の萩原典子さんは風間ゼミの後輩であり、そして、本賞と深い関係にある三省堂におられる青山幸さんは風間ゼミの同期です。この度、受賞によって、風間先生の信じる言語学が、 様々に共鳴しながら、着実にその弟子たちに引き継がれていることを証明できたと思います。
本書は世界の少数言語の記述文法書を、日本語で出版するシリーズ第一弾として出版されたものです。本シリーズを企画し、本書の出版を可能にしてくださった東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の渡邊己先生に、深く感謝申し上げます。先にもご紹介しましたくろしお出版の荻原典子さんは、例文1つ1つに至るまで、丁寧かつ精密な校正を行ってくださいました。厚く御礼申し上げます。本書の査読では、北琉球奄美語の専門家であり、私のよきライバルである新永悠人氏に様々なアドバイスをいただきました。新永氏にも深く感謝いたします。
ところで、本書で記述した伊良部島方言は、私の父の言語です。父は伊良部出身、母は沖縄本島出身であったため、お互い全く通じ合わないということ で、家庭の言葉は標準語(だと彼らが信じるもの)でした。そういう事情もあり、私はこの言語を習得できませんでした。しかし、だからこそ、私は、その後大学院で、消えゆく父の言葉を記録し始めよう、と思うことができたと言えます。本書と、金田一京助博士記念賞を、父に捧げます。
以上をもちまして、私の受賞の挨拶とさせて頂きたいと思います。皆様、ご清聴ありがとうございました。
受賞者略歴
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)氏は1980年生まれ。
東京大学大学院博士課程人文社会系研究科修了。博士(文学)。
現在、二松学舎大学文学部中国文学科准教授。
下地理則(しもじ・みちのり)氏は1976年生まれ。
東京外国語大学大学院博士前期課程修了。 オーストラリア国立大学博士課程PhD取得修了。PhD(言語学) 。
現在、九州大学大学院人文科学研究院准教授。
贈呈式
2019年12月22日 東京ドームホテル(東京都文京区)にて