追悼文大全

定価
8,140円
(本体 7,400円+税10%)
判型
A5判
ページ数
864ページ
ISBN
978-4-385-15111-3

1編ずつに込められた故人と筆者の心の交流! 

共同通信文化部 編

  • 共同通信配信の追悼文27年分(1989年~2015年)を1冊に凝縮!
  • 掲載追悼文約770編、筆者約460名!
  • 追悼文は、配信年月日・配信番号、追悼文見出し、筆者名、追悼文本文、筆者所属から構成!
  • 索引は物故者索引、筆者索引、そして故人を知る、キーワード索引!

特長

さらに詳しい内容をご紹介

「追悼文大全」の内容より

はじめに

1.人生の風紋の記録
 社会に何かを残して世を去った人に、私たちはさまざまな感慨を抱く。悲しみや無念だけでなく、感謝やねぎらいの気持ちもある。どの人生も唯一無二のものであり、生きている人の記憶に刻まれている限り、その人生が消えることはない。  本書には1989(平成元)年から2015(平成27)年にかけて共同通信が全国の加盟新聞社に配信した文化人の追悼文約770編が、年を追って収録されている。この27年間に亡くなった国内外の俳優、映画監督、音楽家、作家、美術家らの業績や人柄をしのび、評価する文章を、故人と同じ分野で活躍している人たちや評論家ら約460人が執筆した。巻末には追悼される人々の没年齢を記した「物故者索引」、「筆者索引」、「キーワード索引」を付して、読者の便に供した。  情感あふれる一文や冷静な業績の記述には、筆者の哀惜の念が込められている。故人が生前に描いた軌跡と重ね合わせて読むと、20世紀から21世紀にかけて私たちが親しんだ文化の厚みが実感される。多くの人に影響を与えた人物の最期の地点から人生を照射する本書の目的は、文化史を総覧することではない。時代を駆け抜けた個性的な人生の風紋を記録し、伝えることにある。1編ずつに込められた故人と筆者の心の交流をぜひ読み取ってほしい。
2.追悼文の配信
 本書に収録されている追悼文は共同通信文化部が編集した。関西在住の文化人は大阪支社文化部が担当している。共同通信の正式な名称は「一般社団法人共同通信社」といい、全国の新聞社と放送局が加盟社、契約社となって運営される報道機関だ。世界で日々起こるあらゆる事象を取材し、硬軟の記事を24時間配信している。本書に収めた追悼文は新聞の学芸面、芸能面、生活面向けに配信された。実務は次のように行われている。  文化部には文芸や美術、論壇、出版、書評を担当する学芸班と、映画や演劇、音楽、放送を担当する芸能班、そして児童文学や漫画、料理、ファッション、教育、社会保障、消費者問題、レジャーなどを担当する生活班がある。それぞれの分野で活躍した人が亡くなった場合、その事実を報じるとともに、追悼文を配信するかどうかを記者とデスクが話し合って決めている。  本来、一人の人間の死は固有のものであり、大小を分ける基準はない。それでも報道機関としては生前の業績と死の影響、社会の受け止め方を勘案して、どのような長さ、大きさで報じるかを判断することになる。新聞の1面や社会面に掲載される死亡記事では、亡くなった日時や死因、葬儀の日取り、喪主といった情報と業績が記される。まずは事実を速く報じることが通信社の仕事だ。  そのストレートニュースとは別に、人柄や生前の仕事について専門的に書かれた追悼文が必要と判断した場合、担当記者は記事の取材、執筆と並行して外部の筆者に追悼文を依頼する。故人と同じ分野で親交が深かった人、業績を論じることができる人などから最適な書き手を選ぶ。そのためには記者が培った人脈、知識を動員しなければならない。  時間は限られている。誰と誰が親しいか、このテーマの第一人者は誰か、面識はなくてもこの人に頼めば読み応えのある追悼になるのではないか。こういう発想をするのは当然のことだが、今すぐお願いできる状況か、所在はどこかなど実現の可能性を迅速に掛け合わせる必要がある。  速報に重きを置く通信社には、死亡記事だけでなく追悼文もできる限り速やかに配信することが求められている。多くの場合、死去の事実を確認してから数時間、遅くとも1日程度の締め切りでお願いせざるを得ない。特に、関係が近い人ほど驚きと悲しみを抑えて筆を執ることになっただろう。依頼に応えてくださった筆者の方々に深く感謝している。  なお、1編当たりの字数は数百字から千数百字まで違いがある。これは配信する新聞紙面の状況に応じ、共同通信文化部がその都度、字数を決めて依頼していることによる。
3.本書の概要
 人の最期は一様ではない。天寿をまっとうしたと言われる人もいれば、将来にわたって活躍が期待されながら、病や事故で突然に命を奪われる人もいる。  本書で追悼されている人々の没年齢は、最高齢がポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリベイラの106歳(2015年没)で、日本人では日本画家の小倉遊亀の105歳(2000年没)。最も若いのは歌手尾崎豊の26歳(1992年没)である。一口に「一生」「生涯」と言っても長さは人それぞれに異なる。だからこそ、その人生がどのように貴重であるかを伝える追悼文には大きな意味がある。さらに言えば、かつて追悼文を寄せた人が、年を経て今度は自分が追悼文を捧げられる側になることもあった。歳月はめぐることを痛感させられる。  報道の一環として配信した追悼文を1冊にまとめるに当たり、重要視したのは記録性である。一部で事実関係の修正をしたほかは全編配信時のままの文章を掲載した。現在の常識や感覚と異なる記述があっても、訃報を受けてから間もない時に執筆した思考と感覚を記録しておくため、あえて加筆修正は施していない。この方針を前提に、筆者に転載許諾をお願いした。了承してくださったことにも感謝したい。  また、配信時の表記も変更していない。2009年6月から本文中の数字が漢数字から洋数字に変わったことや、2010年の常用漢字改定に伴う表記変更についてもそのままとし、現時点からの表記統一はしていない。そのほか敬称の有無も配信時のままとした。これらも記録としての価値を保つ方針に従った。巻末の「物故者索引」の没年齢は、死去が明らかになった時点の記事に合わせた。  通信社が配信した追悼文は日が過ぎれば新聞の縮刷版や切り抜きなどで保管されるが、見つけるのは手間がかかる。「追悼文大全」として1冊にまとめたことにより、ばらばらに残っていた追悼文に接しやすくなったと考えている。
4.多様な価値の中で
 時代を画した文化人の死は「一つの時代の終わり」と評されることがある。本文に列記された作品名に共感し、当時の思い出に浸る読者もいるだろう。訃報そのものは誰かが亡くなったことを伝えるものだが、記事は単なる情報である以上に、読む人の心を揺さぶる。追悼文を読むのは、去りゆく人を静かに見送る作業とも言える。  共同通信が記事を配信する新聞の読者は、年齢、職業、関心ともに幅広く、追悼文によっては故人のことをほとんど知らない人が読むことも想定している。そのため、可能な限り業績についての評価を読者に示すことをお願いしている。基本的に専門家に依頼するのはそのためでもある。代表作や転機となった重要な作品、公演、著作などを挙げ、再び評価することによって、故人が何を大切にする人物であったか、何に心血を注いだのかがあらためて明確になる。  新聞に掲載される追悼文には故人の紹介という側面もある。そこに書かれた作品や人柄を知ることは、未知の読者にとっては新鮮に映るだろう。  「棺を蓋いて事定まる」という言葉がある。「人間の本当の評価はひつぎにふたをしてから定まる」ことを意味するが、ひつぎのふたが閉まってから世に出る追悼文には、さらに新しい評価を生む力がある。優れた業績を残した人の軌跡を追悼文とともにたどり、何かを感得することができるなら、21世紀前半の混沌のさなかにある私たちの希望になるはずだ。  本書に収められた追悼文を読んでいると、亡き人に寄せる悲傷の思いに胸を打たれることが幾度となくある。師事した人、切磋琢磨した人、親しく付き合った人など個別の関係を書いた文章に筆者の心が映し出される。亡くなった事実に直面した驚き、悲しみ、悔しさ、怒り、無力感、そして受容、ねぎらい、感謝、決意。どれをとっても生身の人間がそこに現れる。生前に交わした言葉、表情などのエピソードには、筆者自身の人生も重なって見える。  現代の文化を担う表現者、研究者たちが書いた追悼文の数々から、あまたの感動が生まれる。本書はどこからでも読めるが、関心のある人物から始めて対象を広げていくことを薦めたい。世界が多様な価値観を持つ人間で成り立っており、人が人を思う気持ちは通じ合うという実感に至ることを期待している。私たちは一人一人個別の存在として生きている。そうであるとしても、互いの心の中で手を結び合うことができる。約760人の物故者と約460人の筆者が織りなす「追悼文大全」はそんなメッセージも発している。一人でも多くの読者に届くことを願ってやまない。
5.謝辞
 共同通信が配信した追悼文の筆者の方々と著作権継承者の方々に厚く御礼申し上げます。また全国の加盟新聞社と、新聞を支える読者の皆さまにも感謝いたします。  本書は2015年春に三省堂から刊行された「書評大全」(共同通信文化部編)の続編に当たります。今回も企画段階から三省堂出版局の飛鳥勝幸部長にお世話になりました。転載許諾や索引作成など煩雑な作業を的確に進めていただき、ありがとうございました。  本書で追悼した方々とご遺族にもあらためて敬意を表します。精魂を傾けた数多くの業績が、この1冊によって長く記憶され、新たな価値の創造につながれば幸いです。  本書に関心を持ってくださった全ての方が、いずれかのページで心に響く文章に出合えることを信じています。

2016年1月 共同通信文化部長 杉本 新