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「萱野茂のアイヌ語辞典」について

はしがき

 アイヌの言葉はアイヌ民族の心であって民族の存在の証である。その言葉が消え去ることなく継承・発展してほしい。それが、アイヌである私をしてこの辞書を執筆させた最大の理由である。

 思えばアイヌ民族として生を受けて70年、アイヌであることから一度逃避した私が、ふたたびアイヌに戻り、アイヌの民具の収集と制作にかかわって45年を迎える。

 北海道平取町立の「二風谷アイヌ文化博物館」の展示物と私が個人で経営する「二風谷アイヌ資料館」の2館分の展示物を自分ひとりで収集制作したことを心密かに誇りに思っている。

 昭和35年2月から始めたアイヌ語の録音も平成8年現在、六百数十時間に達し、その音声資料の中から書かせてもらった本が約30冊、北海道教育委員会が長年取り組んでいる金成まつ筆録・萱野茂訳ユカラ集も18冊目が出た。

昭和55年頃だったと思うが、それまで集めた筆録資料・音声資料を基に、「アイヌ語辞典を書きたいのだが」と、あるアイヌ関係の学者に相談すると、その方が言われたのは、「アイヌ語を覚えているからといって“辞書”を書けるというものではない」と、言下に否定された。

 言葉を知っていても素人では書けないものが“辞書”というものかと、出鼻をくじかれた思いをし、その後数年の歳月が流れた。しかし、和人アイヌ語学者が辞書を書く気配は全く聞こえてこなかった。

 そうこうしているうちに、私の話を聞いた武蔵野美術大学の相澤韶男教授(民俗学)が、「アイヌ語辞典はぜひ必要だ。これならトヨタ財団の助成金を受けられる可能性がある」と、教えてくださった。そこで、相澤教授に推薦人になっていただき、トヨタ財団への助成申請の書類を提出すると、学術調査研究費という名目で助成が決定したのが平成元年であった。助成金で、収集したアイヌ語のリストを整理するためにパソコンを買い、本格的な作業がはじまったが、最初は試行錯誤の繰り返しであった。

 平成4年の暮れだったと思う。平凡社の当時社長であった、下中邦彦氏がふらりと私の家を訪れられ、「萱野さん、噂によるとアイヌ語辞典を計画されていると聞いたが、その後どうなっているんですか」と言われた。私は「はい、少しでも、ひと言でも多くいれようと日夜頑張っているところです」と答えた。私の返事を聞いた下中社長は、「萱野さん、私は長年出版の仕事をしてきた者として言わせてもらうが、辞書というものは足し算ですよ。まず出版すること、足りない分は出してから足していくこと、足し算の基を作りなさい。あなたがこれから若くなるわけでもないし、利口になるわけでもないでしょう」と、激励してくださったことが忘れられない。

 辞書は足し算、その言葉に触発され、それからの4か月、来客もなるべく断り、私が書いた原稿をパソコンに入れるのが助手の米田優子さんの役目、疑問があると納得のいくまでふたりで話し合いを重ねた。そして、平成5年の春を迎え、見出し項目を約8000に整理し、第1次稿ともいうべき項目原稿607枚、例文原稿715枚、合計1322枚分を出版社に持ち込むことができた。

 1日も早く出版したかったが、やはり辞書は簡単にはできない。出版社の編集者との内容整理にあたっての対応がまた大変であった。その後3年が経過して今を迎える。

 今、この本が完成するにあたって、ここに改めて記さなければならないことがある。

 山育ちの私は、海の魚の名前をあまり知らない。したがって、この本を作るにあたって、長万部アイヌに拠る魚の名を参考にした以外は参考文献はまったくない。文字どおり『萱野茂のアイヌ語辞典』であり、少年時代に母語としていた言葉を網羅したものがこの本である。

 したがって、この本は言語学者による辞書ではない。少年時代の生活語、すなわち「母語として使っていたアイヌがつくったアイヌ語辞典」であって、専門の方々からのご批判をお受けしたい。

 そして、私がアイヌの生活様式の資料収集や民具づくりにも努めたことから、それらを相澤教授のご協力をえて図版を描き起こしていただき関係項目に挿入することができた。その結果、この辞書がそれなりの価値を高めることができたと自負している。

 この本の出版に向けて多くの方々のご協力をいただいた。

 初期の段階で経費の面で行き詰まっていた時に助成してくださったトヨタ財団、その時を含めて終始面倒を見ていただいた相澤韶男教授、いつも私の側にいて厄介なパソコン入力や校正作業に尽力された米田優子さん、終始暖かい激励をいただいた民族文化映像研究所所長の姫田忠義氏にはお礼の言葉もない。

 また、辞書の三省堂に引き合わせ、初期の段階から多くのアドバイスをしてくれた同社編集部員の阿部和幸氏、編集実務の指揮をされた同社取締役事典担当出版部長の佐塚英樹氏、編集実務を担当された青木一平氏に心から感謝とお礼を申しあげる。

 はしがきを書く心境は、お産でいうと陣痛が始まった時と同じようなもので、生まれ出る我が子が五体満足であれかしと願う親心である。

 アイヌが書いたアイヌ語辞典を多くの人々に利用していただきたい。足し算の基がようやくできたと思っている。これから弛まない足し算を続けていくためにも、多くの読者のご鞭撻をお願いしたい。

 アイヌ民族が自分たちの言葉を手元に引き寄せることことができ、アイヌ語を全く知らない初心者の方々に、この1冊がアイヌ語とアイヌ民族の文化を知る端緒となることが私の願いである。

1996年 5月

萱野 茂