『当て字・当て読み漢字表現辞典』の笹原宏之先生 ラジオ出演のお知らせ

2012年 4月 16日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

TOKYO FM「未来授業」に笹原宏之先生が出演されます。

TOKYO FM 4月16日(月)~19日(木) 19:55~20:00「未来授業」にて、
『当て字・当て読み 漢字表現辞典』『漢字の現在』の編著者 笹原宏之先生が出演され、当て字の魅力について多面的に語られます。

※放送後は以下のサイトから、ポッドキャストでも聴くことができます。

http://www.tfm.co.jp/podcasts/future/


『当て字・当て読み漢字表現辞典』の笹原先生ラジオ出演のお知らせ

2012年 1月 30日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

『当て字・当て読み漢字表現辞典』『漢字の現在』の編著者 笹原宏之先生がラジオ出演されます。
1月31日(火) 朝7:02~ Tokyo FM 『クロノス』にて、『当て字・当て読み漢字表現辞典』に掲載されている、当て字・当て読みの世界を堪能しながら、当て字の面白さを紹介します、とのことです。

⇒笹原宏之先生の連載「漢字の現在」

『当て字・当て読み 漢字表現辞典』紹介ページ


漢字の現在:幽霊文字からキョンシー文字へ?

2011年 2月 8日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第82回 幽霊文字からキョンシー文字へ?


【図1】

 画数の最も多い漢字として、84画の字がある、といわれることがある【図1】。


【図2】

 昭和のある日、とある大手証券会社に大金を持って表れたその人物が、名刺に残していったと伝えられる。その字体は、

【図2】のように印刷した資料もある。

 当人は、その時に「たいと」と名乗ったそうだ。ただ、電話帳など他の姓のデータには見いだすことができず、当時は用いることが可能であった仮名(かめい)ではないかと推測される。

 読み方は、「だいと」「おとど」として転載する名字や国字の辞書なども現れている。「おとど」とは、大臣を表す古語であろうか。伝聞が転化したものにしては、いささか差が大きい。

 私は、タイという音を持つと、トウという音を持つという2つの漢字を並べて用いた、2字からなる仮名(かめい)だったのでは、と考えている。それが、情報として一人歩きをしていくなかで、1字として認識されるようになり、姓の辞書にも転載され、世界最大の画数を有する国字として、一部で知られるようになった、ということではなかろうか。

 2字からなる仮名(かめい)がいつしかくっついて、1字の国字とされるに至る。もともと存在しない字を幽霊文字と呼んでいる。辞書学でいう、辞書においてまれに誤って生じていつの間にか載ってしまった「ゴーストワード」つまり幽霊語からの類推であった。

 JIS第2水準にあり、ケータイでも「シ」という、JIS採用経緯とは無関係の音で変換される「妛」は、タモリの出るテレビ番組でも紹介されたそうだ。限界集落と名付けられる地で用いられていた「山女」の合字を作字して印刷する際に、写った影を「一」と誤認した人がいたことから生じたものであった。幽霊文字の典型といえる(字体のみがたまたま一致する古い例はある)。

 ゴーストタウンとまではいえないものの住民も僅かなその地からの情報が、JIS公布以降全く寄せられていなかったことは分かるが、それと比べ、姓として「たいと」は、繰り返し報道がなされる情報社会の中で未だ実在の記録が現れない点から見ても、その類ではないかと思われる。

 幽霊文字は、何かに載せられると、第三者によって文字としての意味・用法を与えられる傾向がある。「妛」もそうだが、すでに幽霊ではなく、ゾンビのごとく復活をするのだ。キョンシーのように一人歩きをしはじめる。キョンシーとは、映画で有名になった死体が甦った妖怪で、「殭(歹+彊-弓)屍」を広東語で読んだものであり、大陸では「僵尸」と書く。

 84画のその幽霊文字とおぼしいものは、去年から新たな固有名詞としての使用を獲得した。千葉県松戸市の北松戸駅前で「おとど」と読むラーメン屋の店名となったのだ。正式な登録がどうなったのかはともかく、看板や暖簾に図1の形が大きく明示され、店内には「国字」を用いた店名の独自の由来まで記されている。画数に合わせて84食限定とも聞く。賑わっているようだが、どうしてこの字を知ったのかなど、ラーメンを食べながら詳しくお話をうかがいたいと願っている。

 ここに用法を得たこの84画は、ついに使われることで字としての位置を得た。少なくとも個人文字や位相文字であるともはや認めざるを得ないものとなったといえる。この「字」は、キョンシー文字とでもいえよう。「字」は個人の作であっても、そこに何らかの必要性や表現力など魅力が感じ取られれば、こうして使用の循環と情報の広がりを生み出すものである。語が先にあるとは限らないのが、漢字圏の命名だ。

 そういう一人歩きの例を次回、またいくつか紹介したい。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「64画以上の字」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


漢字の現在:64画以上の字

2011年 2月 1日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第81回 64画以上の字

 前回、画数の話といえばお決まりのテーマとなった観のある「龍4つ」をはじめとする64画の字について、とくに「龍4つ」の成立と運用の実際に触れてみた。

 ちなみに中国では、これを元にしたとも思われるような、さらに画数の多い字(符か)も道書つまり道教の経典に見られはした。『大漢和辞典』でも、一部で目玉のようにも扱われているその64画の字は、漢文の参考書にも転載され、小学生か中学生だった私にも、そんな凄い漢字を載せたという辞書を部屋に置きたいと思わせ、漢字の不可思議な世界に導かせるのに十分な存在であった。

 ただ、この字は、『大漢和辞典』が編纂された当初(戦前)は、その原稿に存在さえもしておらず、数奇な運命を経て、ついに掲載されるに至っていたということが色々な出逢いのお陰で最近分かってきた。これは、検証の説明に字数を要するので、別に述べることとしたい。

 ほかにも、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』には、凄まじい画数の漢字が実際に使用された例を鏤めてみた。


【図1】

【図2】

 中国語辞典のたぐいで総画索引の末尾に36画として載る「(鼻+囊)」(nang4 鼻がつまる)について、中国からの留学生たちに聞いてみると、語としては知っている者もあるが、漢字はない(有音無字)と思っていた、という。30画を超す字が常用されることは、中国でもまずないようだ。しかし、その中国から進出してきた50画台で擬音語を表したとされる字【図1】を含むラーメンの名「ビアンビアン麺」は、店で画数を当てられれば値引きしてもらえると聞いた。ただ、その字の本場である中国は西安でも、店舗によって掲げられた字体が少しずつ違うので、どの画数が本当なのかは分かりにくい。その字は、かの秦の始皇帝が発明したという立派な伝承まで生まれていて、何やらもっともらしそうだが、元は「日月」「干戈」「馬」「糸」「長」「言」「心」を組み合わせた、やはり64画に達する南方の造字【図2】だったのでは、と思われる。


【図3】

 そして、それらの64画という中国思想によって構築されたと考えられる大きな「壁」を軽々と突破し、70画台ともいえる「字」も日本で登場する。「64」という無意識ではあっても継承されてきたであろう思想的な縛りを意識しなかった日本人ならではの芸当、ともいえようか。その一つが「大一座」を表す江戸時代の戯作に登場する遊びの字であり、一部では有名になっている。さらには、宮沢賢治によって実際に詩の中で記された、正真正銘の76画の造字【図3】も、ファンなどの間では知られており、なおも個人文字ではあろうが載せておいた。この「鏡」を4つ書く字まで入った画引き索引があの辞書に、紙幅などの制約を超えて設けられたならば、末尾において目を驚かせることになったであろう。そんな画数のものがありうるのか、と思われる方は、パラパラとでも眺めて、見つけてみていただけると幸いである。

 そして、「雲」を「品」字様に3つ、その下に「龍」を同じく3つ重ねて84画に達するという、幽霊名字とおぼしい「国字」、読みは「たいと」「おとど」などと言われるものについての真相究明など、画数の多い「字」には、まだ解けない謎も残されている。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「64画の漢字による当て字」でした。

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漢字の現在:64画の漢字による当て字

2011年 1月 25日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第80回 64画の漢字による当て字

 一般に関心をもたれがちなことなので、60画台の字について述べておこう。中国では、辞書に「龍」を4つ書く字【図1】と「興」を4つ書く字【図2】とがある。いずれも64画に達する印象に刻まれやすい字であるが、どこか様になっている。とくに「龍」は、1字だけでも字体、字音、字義にインパクトがあるようで、それが4つも重ねられた字は、「奥深い」漢字の世界の最多画数の座を飾るにふさわしく感じられるようだ。漢字の蘊奥を感じ取る素材として十分な存在となっているようだ。


【図1】

【図2】

 前者【図1】は、テツ・テチという音読みで、多言、つまりよくしゃべる、おしゃべりというような意味で、かつては、かの『ギネスブック』にも掲載されていた。後者【図2】は、セイという音読みしか伝わっておらず、字義は「政」という字音がほのめかしているようだが、明確ではない。

 前者は、中国の古い道教の書籍にそれらしい使用例を見たが、もとより文脈がとれるような文章ではなく、中国古典で実際の言語を表そうとした使用例は見出しがたい。

 ただ、人名としては、この字が使用されることがある。辞書に載るということは、そうした応用を生む契機ともなるのである。以前に岩波から出した新書に示した幕末の例のほかにも複数の例が存在し、また台湾では「龍」さんという若者がいる、と報道されたことがあるそうだ。これは、16画×9回で、140画を優に超える人名だ。


【図3】

 ともあれ、このインパクトのある字の由来を考えておこう。まず、「龍龍」と「龍」を二つ並べて2匹の龍が飛ぶ様を表す字があり、それを声符とした、右の字【図3】が作られた。これがさらに「龍」ばかりが増殖し、「言」を同化して生じた字だと考えられる。

 これと「興」4つは、なぜちょうど64画という数字で頭打ちになっているのだろうか。実はもう1つ、説明の難しいほど様々な字を寄せ集めてできた64画の字も見つかっている。また50画台の字がほとんどない割に、なぜ64画の字ばかりが3つもあるのだろう。かつて古書の記述を調べたり、あれこれと考えたりした結果、中国で古くから根強く存在する六十四卦の思想を元に、漢字でも最小の「一」画があるので、最大の「六十四」という画数を押さえて、両端を埋める必要が意識されるようになり、作成されたものではないかと、書いてみたことがある。

 『当て字・当て読み 漢字表現辞典』には、耳に入りやすく記憶に残りやすい「鬱」(前回参照)と「龍4つが漢和辞典に収められていたこと」ばかりが喧伝される画数にまつわる「常識」を打ち破るべく、あえてこのたぐいもいくつも載せてみた。たとえば64画の「龍」4つの字を、店名に用いた喫茶店までが和歌山にある。何とその地で使われている方言「てち」に、同音のこの漢字を当て字して、実際に看板などで使っていたのだ。漢字の源泉に喩えうる中国と、海を隔てた日本の細かい河川のような様子とを、ここにも見た思いがする。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「画数の多い漢字による表現」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。


NHKラジオ第1『渋マガZ』「彩菜の課外授業」に笹原先生出演

2011年 1月 8日 土曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

1/9(日)21時台前半 NHKラジオ第1『渋マガZ』「彩菜の課外授業」に笹原先生出演

 「漢字の現在」を連載中で、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』の編者、早稲田大学教授 笹原宏之先生が、明日1月9日21時台前半のNHKラジオ第1『渋マガZ』「彩菜の課外授業」に出演、椿姫彩菜さんと“当て字”についてのお話しをされます。

 『当て字・当て読み 漢字表現辞典』「椿姫(つばき)」の項にも登場する椿姫彩菜さんと、どんな話がかわされるのでしょうか?

 番組の詳細は以下、番組のサイトをごらんください。→「彩菜の課外授業 | 渋マガZ」

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『当て字・当て読み 漢字表現辞典』

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漢字の現在:三河土産―地域誤字?

2010年 12月 28日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第77回 三河土産―地域誤字?

 作詞家の阿木燿子さんから、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』へ推薦のおことば、それももったいないほど過分なおことばを頂く機会に恵まれた(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/ja/ateji_ateyomi/subPage2.html)。

 阿木さんが実際に手がけられた歌詞では、ことばや表記に対する繊細な感覚とこだわりの数々を、引用させて頂く際に十分に感得したが、実際にお会いしてお話をうかがうほどに心に染みていっそう納得できた。「炎と書いてジェラシー … ルビをふったらジェラシー」と山口百恵に歌わせたそのモチーフなど、プロの作詞家としてのお仕事のほんの一端を教えて頂くことができた。後日、ミュージシャンであり夫の宇崎竜堂さんもご一緒にお話しして下さり、作曲の秘密などを気さくにお示し頂いた。お二人とも、ことばや文字に対しても実に真摯に取り組まれていて、私にも一緒に来てくれたゼミ生にも、キラキラと輝いて映った。

  さて、今回は、久しぶりに地域文字について記してみよう。今年、愛知県の豊橋で学会があった。学会での長かった役が満期を迎えたため、気持ちと時間にだいぶ余裕ができ、付き合いの長い風邪の具合が気にはなるが、発表を聴いた後に、どこかに足を伸ばしたくなった。

 駅で運賃表を眺めると、信州へと向かう飯田線に「大嵐」があった。そこは天竜川に近いようで、愛知県を越えて静岡県内に位置するようだ。読み方は確か「おおぞれ」という地域訓を含むもので、字体も略字がありそうだ、と思って、駅員に訊くと、やはり「おおぞれ」であった。ただ、ここから2時間半は掛かる、着くのは17時過ぎとのこと、それでは東京に戻れない。

 断念し、改めて見ると、「渕」を含む駅名がすぐ近くにあったので、そこに行くことで今回は諦めようと電車に乗った。しかし、急行かなにかだったのか、そこを通過したようだ。偶然というか行き当たりばったりが性に合っており、またワクワク感や意外性も楽しいので、そのまま岡崎に近い東岡崎まで、降りずに乗りつづけてみた。そうして豊橋に次いで、ほとんど何の予備知識ももたずに東岡崎の街を、カメラを持って歩いてみた。

 「…だもんで」、「…ら」、なるほどこの辺りの女子高生もおじさんたちも、話し方は浜松など静岡あたりの方言とよく似ている。化粧品店の黒板では、「綺麗」の「綺」は「口」が余分に書かれている(写真)。たまに見られはする「誤字」だが、さすが豊橋、しょっちゅう書く「橋」の字体の部分が干渉したのでは、と推測してみる。石川県羽咋市近くの出身の女子学生が、「昨日」を「咋日」と書き、それを自然に感じていたことを思い出した。

 愛知の地域文字といえば、やはり「杁」が気になる。用水路やその入り口を意味する「いり」は、江戸時代の初期から尾張ではこの字が造られ、使われてきた(『国字の位相と展開』参照)。一方、尾張を挟む他の地域では、木偏ではなく土偏の「圦」が国字として造られ、木偏のそれよりも少し遅れたようだが、書籍や幕府の文書でもよく使われたため、ついに辞書に載るほどにまでなった。三河地方では「いり」は、地図などを見ると分かるとおり、やはり「圦」というように土偏の、いわばかつての「共通文字」となっているのだろうか。

 古びた看板の残る、だいぶ涼しくなった市内を散策し、カメラで撮るうちに、使用されている「圦」の字をこの目で見て、記録してみたくなってきた。そぞろ神に取り憑かれたような状態とは、こういうことも指すのだろうか。 (つづく)

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『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「爻」など「マジ」の最先端」でした。

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漢字の現在:「爻」など「マジ」の最先端

2010年 12月 21日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第76回 「爻」など「マジ」の最先端

 「マジ」という語には、ついに「爻」という漢字まで当てられるようになった。この「コウ」と読み、易の卦(か)を構成する記号(━━ ━)を指し、交錯・まじわることを意味する字は、ケータイなどの変換候補で、初めて見るという者がほとんであろう。しかし、むしろ何だか分からないこの特徴あるシンプルな字こそ、それらしい形だと感じ取れるものとして、若者の一部に受け止められ、心をとららえたようだ。

 ケータイメールではこれが実際にやりとりされ、さらにWEBにも送られたり、またWEB上で打ち込まれたりされるようになっている。これには、2003年の使用例も残っていた。情報機器の力が個人表記を位相表記へと押し上げる、そういう時代が到来しているのである。

 「マジ」の漢字表記の試みは、この先も、よりしっくりくるニュアンスが求め続けられそうだ。「本命(マジ ルビ)カノ」と広告で使われれば、「本命(マジでヤバイ ルビ)」と手紙で使われることも生じている。「マジ」には、「心底」という表記を思いついた女子学生もいれば、「呪」や「蠱」のほうが自分の感覚に合うという女子学生もいる。広い意味での当て字は、今なお生産性を衰えさせるどころか、新たなより心に適う表現を求めて創造力を漲らせている。

 WEBの掲示板などでは、「mjd」で「まじで」と読ませる、ローマ字により子音だけを表記するものも流行っている。ヒエログリフなど古代の表記に通じる手法ともいえそうだが、まずはキーボードによる入力の経済化によるものであり、ここには口頭語の歯切れの良ささえも感じられようか。「mjdsk」で「まじですか」もまた、用いられている。

 ケータイでは、「まじで」と打てば、「(目の絵文字)(!?の絵文字)」、「(太陽の絵文字)。(太陽の絵文字)」、「(汗の絵文字)(!!の絵文字)」などと、絵文字交じりの候補が表示される機種さえも現れた。

 ここまで縷々述べてきた「マジ」の表記の動向に関して振り返ってみれば、「真面目」という表記だって、もとは頼りない存在であった。それが一人一人によって使われ続け、200年以上の歳月を掛け、やっとこのたび「改定常用漢字表」(11月30日)に採用されたばかりのものであった。

 そうして考えた時に、これらの「マジ」の漢字表記は、単なる徒花なのであろうか。まだ「マジ」という語の与える印象は正式な表現という感覚が薄い(私も位相語だととらえている)。

 同時代人というものは、今となっては歴史的な貴重な発言者だが、文字に関しては一概にそうとは言えないことは、現在、話を聞いたり調べごとをしたりするにつけ、しばしば痛感するところだ。

 これらの表記の意義と行方については、また50年後、あるいは100年後、200年後の人たちに、明らかにしてもらいたい。そういう時にも、古書店や図書館などにはあるであろう『当て字・当て読み漢字表現辞典』が一つの素材となればと願っている。「まじめ」と「まじ」の話だけで、連載も10回を超えてしまった。続けて、当て字・当て読みのたぐいに関して、種々のトピックを紹介していきたい。

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【編集部から】ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「漢字の現在:「馬路(マジ)」、そして…」でした。

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「この辞書の漢字でなければ表せない、そんな感情もあるのです。」阿木燿子

2010年 12月 20日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

「この辞書の漢字でなければ表せない、そんな感情もあるのです。」

 笹原さんにはNHKのドキュメント番組の対談でお会いしました。まだお若いのに、漢字の第一人者としてご活躍とのこと。漢字への情熱がほとばしるお話しぶりに引き込まれました。

 このたび刊行された『当て字・当て読み 漢字表現辞典』には、私の歌詞からもたくさん用例がとられているとのこと。字数の制約のある、歌の詞という表現形態のなかで、試行錯誤しつつ、つかみとった「漢字表現」のかずかず――「淡雪(めれんげ)」「真紅(まっか)」「何処(どこ)」「つむじ旋風(かぜ)」「悪戯(いたずら)」「魅(み)せられて」などなど。今では当たり前に使われるものもありますが、当時、表現したい想い、形にしたい感情に向かって模索した漢字達が懐かしく思い出されます。「この漢字でなければ、この感情は表せない」、まさにそうして綴られた詞でした。

 笹原さんは中学生の頃から漢字表現としての「当て字」に魅了され、大学ノートで「当て字辞典」を作っていらっしゃったとのこと。「当て字を専門に、というつもりではなかったのですが、いつのまにかライフワークになりつつあります」とお伺いしました。

 1500年以上も前に先人が出会って以来、脈々と続く漢字と日本語の、表現をめぐる営み。私たち日本人のDNAに刻み込まれた文字達が、この辞書にはちりばめられています。

 まさに玉手箱。ページを開くたびに、その言葉の持つ輝きに心を揺さぶられることでしょう。

阿木燿子

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【編集部から】作詞家の阿木燿子氏から、『当て字・当て読み漢字表現辞典』のご推薦をいただきました。編者の笹原宏之先生の連載「漢字の現在」でも触れられていますが、阿木燿子氏は素晴らしい漢字表現を駆使した作品で知られており、本辞典にも多くの用例があがっています。このたび、刊行に際して、ご推薦をいただきましたので、ご紹介いたします。

笹原先生の連載はこちら⇒「漢字の現在」アーカイブへ


漢字の現在:「馬路(マジ)」、そして…

2010年 12月 14日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第75回 「馬路(マジ)」、そして…

 関西のテレビ番組で、『当て字・当て読み漢字表現辞典』からクイズ形式で、当て字の読み方を答えさせるコーナーが放送されたそうだ。後で見せてもらったところ、「本気」に対しては「マジ」との答えが正解とされ、続けて「真剣」に対しては、漢字が得意と評されるタレントが「ガチ」と答えた。ところが、答えは「マジでした」と言われ、がっかりするというような場面があった。準備された解答を受け入れ、一問一答式を好むテレビらしさの感じられる一瞬であった。実際には、「真剣」で「ガチ」もWEBなどですでに現れている。

 さて、パソコンやケータイで「まじ」を変換させると漢字表記として、「馬路」しか選べない機種が多いことは前回触れたとおりである。それらの機器を辞書のように意識する使い手によって、これが本気などを意味するマジという語の一つの表記と解釈されたり認識されたりして使われることが若年層で広まりつつある。

 「馬路」は、実は、島根県大田市仁摩町にある地名「馬路」を打つために設けられた変換候補なのであろう。JR西日本の山陰本線には馬路駅(まじえき)も存在する(なお、高知県の馬路村は「うまじむら」)。ここは、

 最盛期の大正期に約3000人を数えた馬路地区の人口は今では約700人。国道9号からの交差点には信号もなく、小さな看板が立つだけ。 (http://hochouki.p-kit.com/page69846.html

 とのことだ。この人口が700人程度ののどかな出雲の地区の名を打つための候補が、漢字表記を変換によって得ようとする一部の若者たちの希求と合致したようだ。WEB上では少なくとも2006年には使用されていた。中学の時にケータイメールでギャル文字のように皆が使っていたとの証言もある。中学生は手紙にも使うという。WEBでは、中学生のブログにも見られる。さらに小学生がプリクラに使うとテレビで放送されたとのこと。

 このように「馬路」が本気という意味で使われていることはすでに一部で知られていて、限られた範囲では非常によく使われている様子がうかがえる。ライトノベルでも「馬路(まじ)」と使うものがあるそうだ。

 AKB48主演のテレビドラマ「マジすか学園」(2010)では、ヤンキーばかりの「馬路須加女学園(マジ女)」が舞台となった。ライバル校は「矢場久根女子高校」であり、不良の好む当て字というイメージを全面に打ち出している。

 この「馬路」という2字を、さらにひねって「うまろ」と言い換える人たちも、WEB上に現れている。こうした二次的な加工はやむことなく、種々に試みられていく。いわゆるギャル文字で、「馬足各」と書く人も、やはりいる。

 話すと面白ィし馬足各で大好き×∞なノ★

 ケータイはもの凄い速さで普及した。ただ、変換機能は開発が間に合わなかったものもあったようだ。「まじ」と打つと「爻」という字が出る機種がある。この易者が使うような見慣れない漢字は、「まじわる」という訓義をもつために、語幹で「まじ」が変換ソフトに組み込まれていたのだ。もとはそれが何の役に立つのか、むしろその場で求める表記の選択を阻害する候補の一つに過ぎないものであったのであろう。しかし、それさえも、「マジ」の表記に利用されているのである。(続く)

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【編集部から】ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「漢字の現在:「真剣(マジ)」、そして「馬路」へ」でした。

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