三省堂 辞書ウェブ編集部による ことばの壺
漢字んな話 2
朝日新聞の好評漢字コラム、待望の書籍化第2弾!
最新の研究成果も踏まえ、大幅加筆
4月「美」から3月「極」まで、身近な漢字100字のルーツやウンチクを校閲記者が江戸落語風に楽しく紹介。
- 朝日新聞で四年間連載された人気コラムの書籍化第2弾。
- ご隠居・咲・熊による落語風の掛け合いで、身近な漢字の成り立ちがすいすい分かる。
- 甲骨・金文・小篆の古代文字や楽しいイラストも満載。
- 全100字。
- 索引付き。
- 縦組みでも読みやすいイワタ UD明朝体(大きくデザインされた視認性・可読性に優れた文字)を使用。
[書体名:UD明朝RかなA。UD=ユニバーサルデザイン]
特長
さらに詳しい内容をご紹介
はじめに
漢字は、今から三千年以上も前に、中国大陸の地で生まれた。余りにも古いことなので、蒼頡 という四つの目を持つ不思議な人が生み出したという説話も生まれたくらいだ。かつては伝説とされた殷 王朝の時代に亀の甲羅や牛の骨に甲骨文字が刻まれて以来、中国では近現代になるまで漢字は造られ続けてきた。
漢字を見つめると、どうしてこのように書くのかがうかがえるものがある。「木」「山」「川」「日」は、分かりやすい。なぜそれらの字体が「ボク」「サン」「セン」「ニチ」と読むのかまで知りたくなってくる。さらに、「白」「赤」「黒」「青」「緑」などは、なぜこのような形で色の意味を表すのかも気にかかってくることだろう。
一つ一つの漢字は、造られた当時、何らかの意図をもってその形が定められたに違いない。形によって作られた象形文字は素朴である。中国で昔、mukというような発音で呼ばれた植物(英語で言えばwood)を
と象 ったのだ。
具体的で基本的なことばにはそのように字を造っていくことができる。しかし抽象的な概念を持つことばとなると工夫がいる。それを図形で表したのが指事文字である。「木」のこずえの部分にマーク(一)を入れて
(末)とする。一方、その根もとにマークを入れて
(本)とした。今でも、「本末転倒」ときちんと対をなす。
森羅万象を表現するために単語は限りなく増えていく。それに対応するためには、素朴な造字法だけでは足りない。単体の字を組み合わせ始めた。「木」を二つ合わせて「林」とするのが、意味を合わせた会意文字である。それらは、古代人の物事の見方、捉え方を反映している。水浴びをするという意味を持つmukということばを表すためには、さらなる方法が試みられた。発音を表すために「木」を借りてくる。「wood」という意味をここで消し去るのだ。「水」と「木」とを合わせた「沐」は、発音も示す形声文字である(「沐浴 」の一字目)。こうして漢字の造字法は四種類になった。
それらの漢字によって、実際の数多くのことばを書き表そうとするときには、柔軟に応用を加える必要があった。漢字のもつ意味や発音に基づいて、ある漢字を別の漢字と通わせるようになる。転注と仮借 という二つの使用法である。こうして六書 とよばれる漢字の造字・応用方法が揃 った。さらに種々の細かな方法を創造しながら、漢字は複雑な歴史を歩みつづけてきた。
こうして発展した漢字は、日本には五世紀頃に中国から、ときに朝鮮半島を経由して、本格的に伝来しはじめる。「木」という字では、当時の中国での「モク」「ボク」というような発音を聴き取って、これらを音読みとした。さらに、自分たちの暮らしの中で使ってきた和語つまり「やまとことば」の「き」が、それに対応する意味を持つことに気付き、これを訓読みとした。「末」は「すえ」、「林」は「はやし」と訓読みの手法を定着させながら、ついにそれを利用して日本語の文章も書き表そうとする。そのために、さらに応用を重ねる必要が生じた。日本で神事に用いる木「さかき」には新しく「榊」と書くというように造字までなされ、それも国字として親しまれていく。そこには日本の消化力と独自の工夫が見られる。
ことばや文字の起源は、古代のことなので証拠が残っていないことが多い。字源や解字と呼ばれる字の成り立ちを記した辞書は、中国では千九百年も前に許慎によって『説文解字』が編纂 されているが、今に至るまで個々の字の字源は諸説紛々である。どの残存資料を重視するか、古代社会をいかに捉えるかといった立場や解釈の違いが一因となって、簡単な「白」でも、どんぐり、親指、髑髏 、米粒、豚の皮など、象形文字だと言っても日中で定説を見ない。それは、個々の漢字の本来の字形だけでなく、その大元の発音や意味も明確ではないためである。
本書は、そうした研究の状況を踏まえ、漢字の成り立ちや単語との関わりについて、朝日新聞校閲センターの前田安正氏、桑田真氏のお二人が楽しく記した連載に基づく。日本人が漢字に抱いてきた情感も盛り込まれている。単行本化に当たって、大いに加筆された。軽妙な対話を通して、移り変わる漢字やことばについて考えていただけると幸いである。
笹原宏之
監修者・著者・作画者紹介
〈監修者〉
笹原 宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学教授。1965年東京都生まれ。博士(文学)。専門は日本語学(文字・表記)。人名用漢字・常用漢字などの制定に従事。著書に『日本の漢字』(岩波新書)、『漢字の現在』(三省堂)など。『国字の位相と展開』(同)により金田一京助博士記念賞。
〈著者〉
前田安正(まえだ・やすまさ)
朝日新聞東京本社編成局校閲センター長。1955年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学卒業、82年入社。東京本社校閲部次長、名古屋本社編集センター長補佐、大阪本社校閲センターマネジャー、用語幹事を経て現職。
桑田 真(くわた・まこと)
朝日新聞東京本社編成局校閲センター員。1984年生まれ、青森県出身。東京大学卒業、2006年入社。
〈作画者〉
わけ みずえ(和気瑞江=わけちゃん)
東京学芸大学在学中に出会った人形劇から抜け出せず、現在は公演や講習会などをしつつ、イラストの仕事にも携わる。